Activity record for the latest year
February 7, 2019
The 40th Science Café “Let’s ask about breeding technologies supporting our food supply.——New breeding technologies and food safety”
Date and time:
February 7, 2019 (Thursday), 14:00-15:30
Location: Cafe Agli 101,” 1F, Food Science Building, Faculty of Agriculture Campus, The University of Tokyo
Facilitators: Ryo Ohsawa (Professor, University of Tsukuba)
October 27, 2017
Investigation and research presentation on JRA Livestock Industry Promotion Project 2019
Date and time: October 10, 2019 (Thursday), 13:10-17:20
Location: Ichijo Hall, Yayoi Auditorium, Faculty of Agriculture, The University of Tokyo
Report of the 40th Science Café “Let’s ask about breeding technologies supporting our food supply.——New breeding technologies and food safety”
2019年2月7日(木)食の安全研究センター第40回サイエンスカフェ「聞いてみよう!食を支える品種改良技術〜新しい育種技術と安全性〜」が開催されました。筑波大学生命環境系教授の大澤良さんより、食品に関して特に関心が高まっているゲノム編集を含めた新しい育種技術をテーマにお話ししていただきました。食料生産を支える育種の歴史、従来からの育種法のしくみ、遺伝子組換えからゲノム編集に至るまでの技術の変遷と、応用、そして今後期待される開発分野と食品の安全性、また栽培種の環境影響面での安全性担保のための規制など現在の議論についても紹介していただきながら、質疑応答を交え、研究、開発、経済活動、消費等の角度から理解を進めました。
○第40回サイエンスカフェ配布資料(pdf) (クリックすると開きます)
※以下、記載がない場合の発言は大澤氏のもの
※質疑応答は一部抜粋
食料供給がいま直面する課題
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世界の人口は増加し続けており、2050年には100億近くになると予測されています(スライド2)。著しい気候変動による栽培環境の悪化も予想され、1人分の食料に使える農地は減少しています。今から50年前は世界全体で1人分として約60×60mの農地がありましたが、2050年には3分の1の約60×20mにまで減ってしまうと予想されています。食料生産に使える水資源も減少しています。こうした状況下で、いかに生産性を上げ食料を確保していくかが重要な課題です。
- 品種改良の目的はいかに美味しい物を食べるかよりも、究極の目的はまず量を確保してきちっと食べ、お腹を満たすことです。美味しいとか体に良いとかも大事ですが、食料の確保こそ、これまで育種の技術が担ってきた役割です。
- スライド3は世界の人口の推移ですが、特にここ数十年は右肩上がりで急増しています。日本は人口が減っていますが、このことが「食料が足りない」ことを日本人が実感できない背景ではないかと私は思っています。
- 品種改良による品質向上というと見た目や味、栄養、歯ごたえなどを向上させるというのもありますが、水稲、トウモロコシ、ダイズ、コムギなどのように生産性が右肩上がりでずっと上がってきていることも品種改良によるものです。戦争の前後などは生産性の向上が見られずグラフが寝ているところもありますが、基本的には右肩上がりで世界の食料需要を支えてきています。
関崎
このグラフは耕作地の単位面積あたりの生産量が上がっているということですね。
大澤
そうです。たくさん食べられるようにするには、2つのポイントがあります。1つは耕地の面積を広げること。面積を倍にすれば倍の量収穫できるのですが、それも限界があります。もう1つ、単位面積あたりの収穫高を上げること。これが品種改良の一番重要なポイントです。土地を改良する、水をどんどん使うというのは限界があります。その中で食料生産を支えたのが品種改良という技術です。
品種改良の原点
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品種改良の原点として私がいつも取り上げているのはダーウィンの『種の起源』(“The Origin of Species”)です。世界で最も知られていて誰も読まない本と言われています。1859年の本です。第1章からハトの話が始まって、ハトの改良をした話が延々と語られ、大方の人はそこで読むのを諦めてしまうんです。実はハトの改良をしたのは誰か、それは人間だ、というところから品種改良の話が始まるわけです。ダーウィンは、ハトという多くの人が分かりやすいものをテーマにして説いていったわけです。
- 『種の起源』の執筆は、ご存知のようにダーウィンがビーグル号の航海でガラパゴス諸島を回っていった際に着想を得たものでした。この本は岩波書店版でいうと上・中・下とあり、全部読んだことがあるという人はまずいないと思います。
- この本の中でダーウィンは「すべての品種が、いま見られるような完全な、また有用なものとして、突然に生じたとは想像できない」、「品種の歴史はそのようなものではない」、「その鍵は選択を積み重ねていくことができる人間の能力にある」、「自然は継起する変異を与え」る(『種の起源』ダーウィン、岩波書店、八杉龍一 訳)、それを積み重ねていく、それが品種作りである、つまり「人間は自然に生じた突然変異を利用して、人間に有益な作物家畜を作ってきた」と述べています。
祖先種と改良種を見てみよう
- 皆さんが知っているコムギやダイズやコメがいきなり野原に落ちている訳ではないですね。では野生種から栽培種に変えていくために何をしたのでしょう。
- スライド5の写真は野生種と栽培種ですが、例えば穂ができる植物が「バラバラと実が落ちる性質を失う」という変化もあります。自然では、種(たね)は穂からこぼれ落ちたら春が来るまでずっと発芽しないという休眠性があります。ですが、その後ずっと眠っていられても困るんですね。100年経ってもまだ発芽しないんじゃ食料になりません。ただ、作物というのは蒔いたら揃って芽が出てくれなくてはいけない。しかし、これは野生の植物が生きていくのにはものすごく不利なわけです。地面に落ちて、芽を出してみたら冬だった、ではダメなわけです。このように本来持っている性質を失わせたり、毛やトゲをなくしたり、毒をなくしたりするといった改良をしていきます。わかりやすいように実物を見ましょう。エノコログサは野生種と、栽培種のアワです。(ここから順次アワ、ダイズ、トウモロコシとその原種の実物の標本を参加者に回覧)
関崎
エノコログサは食べられない。アワは小鳥の餌にも使いますね。
大澤
エノコログサは、無理に食べれば食べられなくもないですが。エノコログサというのは通称ネコジャラシのことです。秋口なら通りがかりに道ばたで摘んでこられるんですけど。
参加者
ダイズはF1(エフワン)はないんですか。
大澤
ダイズはF1をしません。F1をやったらすごく収量が穫れるのかもしれませんが、ダイズの花というのは2〜3㎜でとても小さくて、それにAとBという種を交配するというのは、僕らも顕微鏡を覗いてようやく交配するくらいなので、F1品種を作るのはものすごく難しいんです。
関崎
F1というのは1代目の雑種のことですね。
大澤
「鳶が鷹を生む」作戦という感じで、Aという品種とBという品種をかけ合わせることで、それぞれ品種の有用な性質がどんと出ることがあるんですが、F1を行うのは主にトウモロコシですね。(トウモロコシの標本を示しながら)黄色いほうが皆さんが食べたり、食用油の原料にしているトウモロコシです。小さいほうはテオシントというトウモロコシの祖先種です(スライド6)。(テオシントの実の標本を示して)白いほうがテオシント、黄色いほうは実はGM(遺伝子組換え)コーンですが、芯が赤っぽいのはGMだからではなく、遺伝的な色で、赤以外の色もあります。ごく一般的に輸入されている普通のトウモロコシです。
- スライド5は、野生種から栽培種にどのように変わって来たのかを示しています。心配する人たちからしばしば言われるのは、品種改良でいろいろいじったら祖先種に戻って危ないんじゃないか、雑草化するのではないか、ということです。しかし、これはまず戻らないです。すでにあまりにも変化していて、100ぐらいの形質が変わらないと祖先種には戻っていけないからです。
参加者
なぜ戻らないんですか。
大澤
遺伝子の数が多すぎます。全部変わってしまっているので、それを全部1つ1つ戻していくということは難しいからです。
参加者
確率的なことですか。
大澤
やろうと思えばできるかもしれませんが、長い年月をかけて変化してきた物ですから、例えば1つの変異が起きるのは自然の突然変異だと10の6乗分の1だとします。変異が5つあったらさらにその5乗になりますから、なかなか戻るということはないですね。
関崎
改良種をつくること自体、その苦労がいろいろあって、その結果今の栽培種まで来ているということですね。
大澤
トウモロコシの場合、今食べているものは1粒1粒が皮に包まれていますが、それが1粒ずつむき出しになっていて全体が皮に包まれているというのが祖先種のテオシントです。ものすごい変わり方ですね(スライド6)。
- アワの祖先種Setaria viridisはネコジャラシでしたが、それが栽培種のアワSetararia italicaになりました(スライド7)。同スライド左上写真はツルマメとダイズ、その右隣にはダイコンとその祖先に近いハマダイコンがあります。写真の中の軍手と比べると、栽培種ではかなり大きくなっているのがわかると思います。左下の写真は野生のリンゴと栽培種のフジを一緒に写しています。比べて見てください。
イネの品種改良のあゆみ
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イネには約32,000個の遺伝子があります。個々の遺伝子すべてがわかっているわけではありませんが、それらが関わり合いながら今のイネになっています。野生のイネの32,000の遺伝子のうち、約300ほどが関わって今の栽培種になっています。
- 300ほどの遺伝子が関わって栽培化されてきた、その段階ではまだごく素朴な栽培品種です。お米のインディカとジャポニカ、インドイネと日本イネ、かつては長粒イネと短粒イネともいいましたが、両者の間では1,100個くらい遺伝子が違います。栽培化するということは、その種が生きていくための鍵となる遺伝子を人間が一生懸命集めたことになります。
- 品種の中での多様化というのは、その地域や民族の好み、気候など全部をチューニングしていくんですね。そうして1,000以上の遺伝子が変わったものを集めていかなければ今の品種にたどり着いていない。これが品種の多様性の元になっています。ただ、コシヒカリとササニシキがどれくらい違いますかと聞かれても、広くアジアのイネ全体から見るとそれほどの違いはありません。
関崎
コシヒカリ、ササニシキなどはジャポニカ種の中での話ですね。
大澤
どちらもジャポニカ種で、2つはほぼ兄弟なのでほとんど変わりません。タイ米など東南アジアにある細長いお米とジャポニカ米とではだいぶ違います。
参加者
農研機構の人に尋ねて、例えばコシヒカリとササニシキは、全然違いますよと聞いたことがありました。何が違って何がほとんど変わらないのでしょうか。
大澤
ササニシキとコシヒカリはおじいちゃん、おばあちゃんが一緒で、同じバックグラウンドを持つ子ども達です。そういう意味で大雑把に言えばほぼ同じ家族の関係です。その中で粘りが違うとか、開花期が少し早いといった特徴を選んでいるんですね。そういう意味では違う。でも、全体像としてはほぼ同じようなものと言えます。一方で、IR8というアジアのいろいろな品種の元になった重要なイネの種がありますが、それとコシヒカリを比べると全然違います。全然と言ってもイネの仲間なのでイネの範疇には入っていますが。
キャベツの仲間の品種いろいろ
- キャベツも原種に近いBrassica oleraceaというものからいろいろな栽培種になっています。
- キャベツから変化した栽培種の仲間はいろいろあります。例えばキャベツの原種で、キャベツの葉っぱに当たるところを落としながら伸びていくような形のもの、スライド8の左上写真の野菜、ご存知の方いらっしゃいますか。コールラビといいます。真ん中はキャベツで、その下はカリフラワー。左下は芽キャベツですが、傷みやすい野菜なので最近はあまり出回っていませんね。
- 右上はブロッコリです。ブロッコリは皆さんが食べられているのは花の部分です。右下はわかりますか。これはスティック・セニョールといって、ブロッコリの芽が伸びたような形ですね。ブロッコリは茎が意外と甘みがあって美味しいのですが、そこを伸ばして食べるようにした新品種です。これらは品種は違いますが、すべて同じ種類Brassica oleraceaで、交配できます。みんな同じ黄色い花が咲きます。
関崎
品種の違いであって、種の違いではないんですね。
大澤
自然界ではこの改良種の野菜たちは生きていけません。例えば、キャベツですが、売られているキャベツの葉っぱが緩んでふわふわしていたら普通は避けて買いませんね。ぎゅっと巻いて重たいようなのを買いますよね。がっちりと葉っぱが重なって固まっているから重たいんですが、もし自然界でこのキャベツが花を咲かそうと思ったら、この葉っぱが開いてこないといけないんですが、キャベツは一種の奇形なので開けないものが多いんです。
- 開けない葉を開かせるためには、巻いたままの葉に縦に切れ目を入れておいてあげます。すると真ん中から盛り上がって花芽が出てきます。白菜やキャベツを半分に切って長く冷蔵庫に入れておくと、真ん中が膨れてきますが、あれと同じような状態がまるまる一玉のキャベツの中で起きて花が咲きます。
- 売られている野菜のキャベツではそれが自然にはできないように品種改良されています。それは人間が加工したということではなくて、そうした変異を集積していったものです。100何年の歴史が積み重なってできています。
関崎
これをかけ合わせるとまたいろいろなものができないかなと思うんですが。
大澤
私も同じようなことを考えたんです。スライド8の芽キャベツの写真で、くっついているのがみんなブロッコリだったらいいなと思ったんですが、そうはいかないんですね。不思議ですが、かけるとだいたい同じようなものしかできないんです。
品種改良の歴史
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育種というのは、生物を遺伝的に改良して新しい品種を作成することです。スライド9のグラフは、横軸が時間、絶対的生産性を上げるということが縦軸、それに病気、害虫、雑草などのストレス要因ですが、それに打ち克つストレス耐性を付け生産性が減るのを防ぐのと、粒を大きくし、穂の数を増やすという生産性の潜在能力を高め、本質的に絶対的収量を増やす、そのために今までいろいろな育種方法が使われてきました。
- スライド9下の右端のほうに遺伝子組換えとかゲノム編集という言葉が出てきますが、長い歴史から見るとごく最近のことです。メンデルの法則の再発見が1900年です(スライド10)。AとBを交配してその子どもにどんなものができるだろうかと予測できるようになった近代的育種は、今から120年前に始まったという言い方もできます。それを利用して急速に品種改良は進みました。もちろんメンデルが発見しなくても、その前からずっと品種改良はされているわけです。それが、ルールにしたがって改良ができることがわかったのが1900年ということです。
- 先ほどの「鳶が鷹を生む」といったことが起こるのは1910年くらいからわかっています。AとBの組み合せによっては抜群の子どもができる、だからそのAとBを探しましょうというのです。そのあと、突然変異育種というのが1920年ぐらいから始まりました。原子力の平和利用ということも絡んで、のちに化学変異原というものも登場し、それらを当てることで出てくるいろいろな変異を使った育種も生まれました。
- 突然変異は先ほどお話したように10の6乗分の1という確率でしか自然には起きないところ、放射線を当てると10の3乗分の1、すなわち1000倍の確率でいろいろな変異が出ます。しかし、それらの変異のほとんどは使えません。品種改良というのは出てきた変異について、人間にとって不要なもの、栽培にとって効果のないものを捨てていく作業です。ほとんどを捨て、良いものだけを選ぶという作業を続けるのです。
- 1953年にワトソンとクリックが遺伝子の本体を示しました。そこから考えると品種改良に遺伝情報が関わり始めて70年くらいの歴史になります。1960年代は緑の革命と言われる時代で、イネやコムギで大規模に栽培できるような高収量品種の開発などが進みました。遺伝子組換え作物の流通は1996年からで、ゲノム編集はごく最近からという品種改良の歴史の流れがあります。
品種改良の三原則
- 品種改良は、特別な技術のことと思っている方が非常に多いと思いますが、そうではありません。これは私が考える品種改良(育種)の3原則です(スライド11)。
- 1)変異を生み出す。これは大事なことで、まず変異がなければ変えようがありません。自然、交雑、突然変異、遺伝子組換えやゲノム編集、これらは変異を生み出す方法です。2)変異を生み出した後、欲しい性質をものすごく丁寧に選び出すという過程が必要です。「変異を生み出すもの=世の中に出せるもの」ではないです。ほとんどは役に立ちません。変異の中で最も欲しかったものを選び出す作業にだいぶかかります。3)それを性質が変わらないように維持することが重要です。生み出すところだけが大きくクローズアップされることが多いんですが、それは育種(品種改良)の最初の第一歩だということを理解しておいてください。
- ナスを例にお話しします(スライド12)。普通のナスは受粉しないと実が大きくなりませんが、突然変異で受粉しなくても実が大きくなるナスが見つかりました。普通に栽培されて花が咲きほとんどの実が大きくなるのです。これはホルモン合成が異常を起こしており、自家受粉で勝手に受粉しているんです。その受粉の刺激で受精して、受精した種が大きくなるのと同時に実が大きくなるんです。でも、野生のナスは、メカニズムは同じでも、同じようには大きくならないです。
- 最近、突然変異で受粉しなくてもよく生るナスも見つかりまた。これは農業上は非常に有益です。温暖化で受粉がうまくいかないことへの対策や、受粉のため人間が手作業でゆらしてあげるという作業が要らなくなります。この性質を単為結果性といいます。こうした品種改良での品種は突然変異、交配、ゲノム編集、いずれでもつくることができます。並べて書いてありますが、遺伝子組換えでは、つくれません。
関崎
このナスは種ができないですよね。焼きナスにしても粒々がないですね。
大澤
種はできません。しかし胎座だけが大きくなります。粒々のない焼きナス、いいですよ。粒々が好きな人は別ですが。ナスは種取り用に熟させたものは食べられたものではありません。家庭菜園などされた方はわかると思いますが、収穫し損ねて「しまった」と気付く頃にはものすごく長くなり、皆さんが食べる白い胎座の部分は、ゴワゴワ、スカスカして何にも美味しくありません。トマトも青いときに収穫していて、われわれが食べている野菜はほとんどとても未熟なものばかりです。逆に次の種を取ろうと思うほど熟したものは、僕はとても食べられないです。そういうトマトは食べると非常に苦いです。
誰のための品種改良?消費者メリットと生産者メリット
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最近人気のあるキーワードをスライド13の左側に列記しました。「美味しい」、「体にいい」、「甘い」等とあります。
- 「涙の出ないタマネギ」はイグノーベル賞を取りましたが、タマネギの、涙が出る形質を止めたんですね。これも突然変異で、ハウス食品の人が見つけました。「花粉症に効くイネ」は遺伝子組換えです。「ソラニンのできないジャガイモ」、これはゲノム編集で今話題になっています。
- 「青臭くないダイズ」、「カラフルな野菜」、「低アミロース米」など、大人気です。右側には多収性、耐病性、耐虫性、早晩性(早いか、遅いか)などを書きました。日本では、左側は「ああ、なるほど」とよく理解されますが、右側は全く理解されません。必要ですかと聞くと、必要だと言われます。
- スライド14の写真は近所のスーパーで取りました。撮影しているとお店の人に怪しまれますが。「フルティカ」、「ルピンズ」、「高リコピン」など、のキーワードに反応して皆さん買われます。トマト自体が体に良さそうですけど、こうしたキーワードがあると余計に体に良さそうすから。最近では紫、黄色、赤などのトマトをカップに入れたものも売られています。中身はあまり変わらないのですが、こういうところに消費者ニーズがあるんです。私は、これを消費者メリットと呼んでいます。
- スライド15は疫病に罹ったトマトの写真です。輪紋病、潰瘍病、茎疫病。こういうトマトは、流通できるかと言えば、できません。今売られているトマトはほとんどがこれらの病気への抵抗性を持っています。これらは本来消費者メリットでもありますが、消費者には見えないところの改良なので生産者メリットと言えます。このメリットを、先ほどの売り場で「ルピンズ」、「高リコピン」の隣に「茎疫病抵抗性」と書いて出しても売れませんよね。私は品種改良というのは、目に見えないところで支えていればいいと思っています。
- 従来、北海道と九州はコメがおいしくないと思われていました。今は北海道は「ゆめぴりか」、「ななつぼし」など、「きらら」から生まれた非常に良質なコメが生産されて、九州には「ヒノヒカリ」というのがありますが、かつては「鳥またぎ」、鳥も食わないと言われるほどコメがまずいと言われていました。どちらも今ではコメの一大産地です。
- このところの温暖化に絶えきれなくなったのが九州で、どんどん品質が落ちていた。それを救ったのは九州熊本が初めてつくった「熊本1号」、「熊本2号」、「森のくまさん」、「くまさんの力」などの品種です。これらは暑さにとても強いのですが、なかなか普及しませんでしたので、助っ人「くまもん」を連れてきました。これで爆発的に売れました。中身は同じです。これも消費者にはなかなか見えにくいのですが、生産者・消費者両方にメリットのある品種改良の成果です。(スライド16)
品種改良〜消費者メリットと生産者メリットのいろいろ
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スライド17は米国アイオワ州の畑です。左側はBTコーン、除草剤耐性と、耐虫遺伝子組換えのトウモロコシです。右側は除草剤耐性のダイズです。
- 畑ではGPSでコントロールするトラクタを使っています。自分がどこにいるかわからなくなるほど広いので、衛星の電波を使ってコントロールし、何㎞も先まで行って、また何㎞も真っ直ぐ戻ってこられるんですね。こういう栽培において有効だろうと思われたのが耐虫性、除草剤耐性の遺伝子を入れたトウモロコシやダイズです。このような状況のもと、いかに農薬の量を減らし、人件費を削減するかということが求められる中でに受け入れられてきたものです。
参加者
除草剤耐性というのはどういうことですか。
大澤
ふつう雑草を除去するのに使う除草剤はダイズやトウモロコシが持っている代謝系を遮断して枯らしてしまうのですが、いくつか方法があって、除草剤がかかっても別のパスで代謝を生き残れるようにしたものや、あるいは除草剤を無毒化するようなタンパク質をトウモロコシやダイズにつくらせて生き残らせるなどが除草剤耐性になります。除草剤耐性を持ったものは除草剤を撒かれても生き残れます。写真の農場に作物の生えているところ以外に何もないのは、除草剤でほかの雑草が死んでしまうからです。
関崎
作物以外は無差別に枯らしちゃうけど、除草剤耐性の作物だけは残るんですね。
大澤
畑の中ではそのように使っています。人力でこの広さを草を抜いていたら人が倒れます。ですから、アメリカの農家は除草剤耐性に関してはとても歓迎しています。
- 今までも除草剤は使っていたんです。除草剤耐性のトウモロコシやダイズができるまでは人力で除草していたのかというと、そうではありません。除草剤を使っていました。ただ、除草剤を使うタイミングなどがとても難しいんです。なぜなら、タイミングを間違えるとトウモロコシやダイズ自体も枯れてしまうからです。それでトウモロコシやダイズが発芽するギリギリ直前に一度除草、殺虫しておくということをしていました。それがこの品種ができて手間が省けたわけです。
- これは狭い田畑の中で使うにはあまりメリットはありません。実際種の単価は高いですが、これだけ広い圃場なので、除草、殺虫などを考えるとトータルでは農家にとっては安いということです。この生産者メリットは消費者には見えにくい改良と言えます。
- スライド18はゴールデンライスと呼ばれるもので、コメの胚乳にビタミンAの前駆体のβ-カロテンを作らせたものです。毎年世界で1億人以上の子どもがビタミンA欠乏の影響を受け、約200万人の子ども達が死亡しているという状況の中、これを使えないかということで売り出したものです。フィリピンなどではこれはかなり安価で普及させようとしています。これはどちらかと言えば消費者メリットを考えた品種ですね。
- 「ニンジンを食べさせればいいじゃないか」と言った人がいるんですが、そういう場所ではニンジンどころか何もつくれないんです。ただコムギだとかだけを食べ続けると絶対欠乏するんです。だから、これを混ぜて食べさせようという発想です。そういう発想がいいのか、それより地域ごとで農業生産のバランスが崩れている状況をどうするか考えるべきなのではないかという問題はひとまずおいて、現時点でそうした子ども達がいるのなら、これを届けましょうという発想です。
品種改良の長い道のり
- ピーテル・ブリューゲルの絵を見てください(スライド20)。コムギの畑ですが、昔のヨーロッパの人が小柄だったのではなく、当時のコムギは背が高くて倒れやすかったということですね。イネでも同じようなことがあって(スライド21)、真ん中がPETA(ペーター)、右側はDGWG(デージーウージー)、背が低く倒れにくいけれども収量が低い品種と、収量があるけれども倒れやすい品種を交配してできたのが左側のIR8です。
関崎
この交配だと、下手をすると小さくて収量が少ないものができますよけど、そういうのは捨てるんですね。
大澤
どんどん捨てます。
- 遺伝子の中のある一部だけが突然変異で欠損したのを上手に使った例です。今はこの変異が遺伝子レベルでどんなことが起こっているかわかっているので、それを人為的にできないだろうかというのが遺伝子組換えやゲノム編集での取組みなんですね(スライド22)。
- フィリピンのイネの研究所の品種改良の実績を紹介します(スライド23)。横軸が時間、縦軸は収量です。40年にわたってずっと収量を上げ続けています。これは全部遺伝子組換えでなく普通の交雑育種です。普通の交雑育種はイメージではAとBをかけ合わせてシャッフルして、その中で良い組合せをつくる、それが交雑育種です。どれぐらいかかるかというと、1年から10年。そして、品種になれるのは100万個体に1個体、10の6乗分の1です。
- 交雑育種の流れをよくサッカーに例えるんですが(スライド25)、小さなチームでレギュラーになり、その紅白戦で勝ち、いい選手として都道府県選抜でチーム選抜されて、天皇杯を県で勝ち抜いて出てきて、Jリーグに出て……。それくらい長くやっていって初めて選ばれるということです。育種でも同じ事をやっているんです。1品種できあがるのに10〜15年かかります。
様々な品種改良の方法
- 「戻し交雑育種法」は、例えば(スライド26)図のように2つの品種ピンク、青があって、ほぼすべての形質が青が良いのだけれども、ピンクの病気に強い遺伝子だけほしいという場合、ピンクのその部分だけ切って取って付ければいいようですが、それはできませんから、ピンクと青を交配し、交配したものにさらに青をかけるということを繰り返して行きます。すると年々青の形質が増えていきます。結果ほとんどが青の形質のままでピンクの中の病気に強い遺伝子が残る物が取れます。これが交雑育種でつくる品種改良です。途中のいろいろと出てくるものを使うことはまずなく、目的の形質にたどり着いたものを得ることを戻し交雑による品種改良といっています。約6〜7世代交配して、AにBの形質を戻していくという方法です。
- 代表的な品種改良技術には交雑、突然変異を使う、ゲノム編集、遺伝子組換えがあります(スライド27)があります。
- お米で言えば、突然変異でできたのが皆さんご存じの「ミルキークイーン」です。おにぎりなどに適したモチモチしたお米ですが、これは化学変異原で作った突然変異です。もともとほとんどはコシヒカリで、アミロペクチンをつくる部分だけ変異を起こしたものを拾ったんです。
- 化学変異原を使うと、いろいろな変異が取れます。その中で目的に合うものだけ拾ったんです。「ミルキークイーン」は、粘りが強くて冷めても美味しいという品種です。
- ゲノム編集ではまだ良いものができていませんが、収量がたくさん穫れるイネをつくろうとしています。遺伝子組換え技術によるものとしては、ゴールデンライスが、摂食によりスギ花粉症を緩和させることを目的に作出されたました(スライド28)。また、コシヒカリ、ササニシキなどは通常の交雑によってつくられました。このようにいろいろな技術を使った品種改良の事例というものが増えてきています。
突然変異で起こる遺伝子の書き換わりの例
- 遺伝子が変わるということはどういうことか。例えばコメのジャポニカ、インディカでは籾の落ちやすさが違います。ジャポニカはATTTCAですが、インディカはATTGCAで原種により近い性質のため籾がボロボロ落ちます。それが、突然変異でDNAの並びの1文字だけ“T”が“G”に換わることがあります。それだけで粒が落ちやすいか、落ちにくいかの違いが出ます。逆に言えば、その場所がわかっていて人為的にその1文字を変えることができれば性質を変えられる、これがゲノム編集の最初の考えです(スライド29)。
- ナスの事例です(スライド30)。植物ホルモンの合成に関するある遺伝子の一部4,600文字分が偶然ごっそり抜け落ちて、受粉しなくても実が大きくなるようになりました。偶然この場所でそうしたことが起こった、それを利用しているということです。
- 様々な理由でDNAが切れることは実はよく起こっています(スライド31)。DNAは健気で、切れたら一生懸命直そうとします。われわれのDNAもそうです。われわれの細胞のDNAもしょっちゅう壊れていますが、一生懸命直すんです。
関崎
切れたままだとその細胞が死んじゃう。
大澤
そうです。それで一生懸命直そうとします。直す時に1個抜けたとか、あるいは先ほどのように“T” が“G”に換わっちゃったとか、あるいは別の配列が入っちゃうということはしょっちゅう起きています。そうしたコピーミスというものは起きていて、それをわれわれが大事なものだと思えば使っていますが、使われずに致死になることもあります。
関崎
ゲノム編集の結果3つのタイプのどれかが起き、そのうちの2つは自然にも起きますが、タイプ3だけは違いますよということですね。
大澤
ただ、ややこしいのは、自分の遺伝子が飛んできて、自分の染色体の別なところへ嵌まるということもあるんです。それで、定義としては、自分の遺伝子の移動に関しては遺伝子組換えとは見なさないとしています。なぜなら、それは自然界でも起きるから。ところが、さすがに自然に私の中に虫の遺伝子がポコッと入るということはないですよね。それは遺伝子組換えということになります。
参加者
よく遺伝子組換えとゲノム編集って別なもののように言われているんですが、遺伝子組換えはゲノム編集の1つと思っていれば良いのでしょうか。
大澤
そうではなく部分集合のところが重なっている形ですね。ゲノム編集のほうが大きくて、遺伝子組換えがその中にあるということではありません。
参加者
どこが重なっているんでしょうか。その差がよくわからないんですが。
大澤
遺伝子組換えの今までの技術は、ある特定のところにある特定の遺伝子を入れることはできなかったんです。染色体のゲノムの「どこか」にきちっと収まっているから、ちゃんと発現してよ、というのが遺伝子組換えの方法です。結果は一緒なんですけれども、ゲノム編集で、ある遺伝子のある特定のところを切ってその間に入れてつなぐというのができるようになったのが、ゲノム編集におけるタイプ3なんですね。無作為な感じと、計画性との違いと言えます。
参加者
EUでゲノム編集は遺伝子組換えという判断がされたと思うんですが、国や地域によってゲノム編集は遺伝子組換えであるということは言えるんでしょうか。
大澤
ヨーロッパの司法裁判所が決めたのは、ゲノム編集は従来型技術ではないということであり、「ゲノム編集=遺伝子組換え」とは言っていません。EUのルールでは、一定の従来からわかっているものは規制から外し、そうではないものは規制しますというのが遺伝子組換えに対する定義です。ゲノム編集はどちらなのかという時に、これは従来の技術とは全然違うから規制の範囲に入れましょうというのが欧州司法裁判所の判断です。
ゲノム編集の流れ
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CRISPR/Cas9というのは、DNAの狙った箇所を正確に切る技術です。遺伝子の組換えは、自然界の突然変異でも従来の遺伝子組換えでも形質の置換と挿入が起きるのですが、それが計画的に狙ってできますよというのがこの方法です。(スライド33)
- ゲノム編集の流れを図で説明します(スライド34)。まず、組換え遺伝子を入れて、遺伝子組換えの方法でDNAを特定の場所を切るための道具であるタンパク質をつくります。するとCRISPR/Cas9+ガイドRNAという道具がつくられます。その道具が特定の場所を正確に切ります。切ってそれが修復される際に変異が起きます(スライド34、35、36)が、このままだと遺伝子組換えの状態です。
- この切る道具がそのまま留まっていると、常に働いてしまうので、それをなくしたいということで、元の植物(組換え遺伝子なし、目的遺伝子変異なし)と交配します(スライド37)。するとメンデルの法則で、組換え遺伝子があるものとないものが分離します。変異があるものも独立でそれぞれ分離します。すると、いろいろな組合せが生まれるので、組換え遺伝子がなくかつ目的遺伝子の変異があるものが必ず生まれます。そして最も都合の良い「組換え遺伝子なし・目的遺伝子変異あり」のものだけを選べば良いのです。
参加者
海外でゲノム編集の(ヒト)ベビーが問題だということで話題になりました。植物の育種でそれほど問題にならないのは、今のお話のように戻しが効くからと考えてよろしいでしょうか。
大澤
そうですね。他のところに変異が入っても戻し交雑で元へ戻せるということと、もう1つは狙った変異を起こしたときにほかにも変異が起こってしまったとしても、それが面白くて有効な変異だったら積極的に使っていこうとする思想があります。
- 例えば、本来はある成分だけを上げるのが目的だったけれども、それができてかつ作物の背が低くなったとすると、それは有益な変異として使おうというようなことです。人間や動物をいじるということは、ゲノム編集の使い方は違うだろうと私は思っています。人間や動物の場合には、誤ってはいけない面は多くあって、それは分けなくてはいけないですね。ただ、作物の場合は長い歴史の中で、変異というものを上手に手馴らしてきている、上手な使い方を知っているというのでしょうか。
- ゲノム編集植物と非ゲノム編集植物を交雑した後代から得られる、組換え遺伝子を持たない個体をヌルセグリガント(スライド38)といいます。期待されているのは、通常、ある遺伝子の機能がわかっていてその遺伝子を改良する場合でも20年掛かるところを、このヌルセグリガントを使って改良すれば5〜6年でできるんじゃないかということです(スライド39)。
関崎
それには、遺伝子の機能がわかっていなければならいですよね。
大澤
なぜトマトが赤くなるのか、その遺伝子の存在がわかっているだけではだめで、どの遺伝子にどういう配列であるかがわかっていて、そこが少し壊れると赤くならずに青いままになるとかわかっていなければいけません。遺伝子の配列情報がきちんとわかっていて初めてこれができるんです。何となく変異を起こしてくれれば、というような無謀なことはできません。
参加者
この5〜6年をさらに短縮するにはどういった課題を克服すれば良いのですか。
大澤
個人的には、製品としてどのレベルで仕上げるかを考えると、さらに短縮するのは無理だと思っています。ただ変異を手に入れるだけなら1〜2年でできると思いますが、それは品種として市場に出すようなものにはならない。変異を手に入れるだけならその年にでもできますから、そういう意味では短くできますが、ほかの遺伝的なところを揃えるなど品種として出すのには必要な条件がありますから。
参加者
そうした条件を整えるのにはどんなことをするのですか。
大澤
いろいろな交配をします。
- 変異を持っているものを変えて、それと交配して得られた後代から自分たちが望ましいものを選ぶ、あるいは遺伝子に微妙に場所が変わった変異が入ることがあります。そうすると形質の出方が少しずつ変わったりします。その中でも一番いいものを選ぶといったことです。そうした作業が必ず入りますからそう簡単ではありません。
- もう1つは、現在行われている方法は、組織培養という過程を踏みます。組織培養とは、いったん細胞をバラバラにしてその細胞から培養して元の姿に戻すということを試験管内で行う、以前からある手法です。
- 先ほど説明したCRISPR/Cas9をつくるのも全部その過程で行います。これも以前から知られていることですが、その組織培養の過程を経る間に様々な変化が生じます。目的の変異が入りかつほかのいろいろな変異が有益で、マイナスの効果がないものを選んでいくことが絶対に必要になるので、やはり5〜6年はかかると考えられます。
関崎
遺伝子組換えであれ、ゲノム編集であれ、それは最初のステップであって、その後の作業は今までと変わらないんですね。
大澤
育種は、まず変異そのものを探すのに10年くらいかかります。全部込み込みで考えるとやはり15〜20年かかるものです。その「変異をさがす」という部分が、始めからわかっているところを変えて目的の変異を得るという方法になることでゲノム編集のほうが格段に早くなるということです。
- 今まで交配の場合、病気に強い、収量が多い、味が良いいという品種をつくろうとすると、欲しい形質を持つものを順番にかけ合わせていくピラミッディングという積み上げが必要なのです。それに比べ、まだ実現はしていませんが、ゲノム編集なら3つの遺伝子を同時に変えれば、甘くて、日持ちが良くて、大きいというような性質を持ち合わせる素材をいっぺんに得ることができます。もちろんその後いろいろな部分の調整は必要ですが。
- それをゲノム編集で実現するには、実が大きくなる、赤くなる、甘くなるというのが「どの遺伝子によるのか」ということが正確な情報としてなければできません。
参加者
今日のお話はウェットの話が中心ですが、データ駆動型のドライでの育種を早めていこうという研究とどのように絡むんでしょうか。
大澤
現在私の知る限りでは、データ駆動型の方法としてゲノミックセレクションがあります。コンピュータの中で最も理想的な収量の高いものを選べないだろうかという研究も進んでいるんですね。それは、すべての遺伝子がわからなくてもできる、ビッグデータを使いながらやる方法なんです。
- これまでの育種でも、ある意味でわれわれは例えば本当の意味で収量が高いのはどういう遺伝子が絡んでいるのかとか、遺伝子相互の絡みもよくわかっていない中で、品種としては交配したらこういうものが得られるという形で育種しています。
- ドライでの育種というのは、ターゲットになる遺伝子すべてはわからないけれども、DNAのパターンのデータを全部集めれば、うまくいくはずだからやってみよう、DNAのパターンの情報だけから選んだらうまくいくだろうということなのです。一方、ゲノム編集はたくさんの遺伝子が絡むようなケースは苦手です。収量を増やそうとして、実を大きくしようとすると、今度は数が減ったりすることもあり、その結果全体としては収量が穫れないといったことが起きたり、いろいろな絡みがあるので難しいんです。
- 狙うべき遺伝子がわかっていて行うゲノム編集は、病気に強くする、甘味を強くする、日持ちを良くするなどピンポイントでの狙いには非常に有効です。しかし、ただ何となく収量を良くしようというのはまだ苦手かと思います。マイナスの矢印を減らす方向のもの、例えば除草剤に強いという狙いの定まった改良というのはすでに遺伝子組換えでできています。そういったことには向いていると思います。
- ゲノム編集による育種とデータ駆動型の育種、いつかは近付くかもしれませんが、今のところは両方を同時に考えてやっている研究者はいないと思います。
ゲノム編集技術の活用
- ゲノム編集により、機能性成分など農林水産物が有している潜在能力を引き出すことが可能になっています(スライド40)。
- 今行われているゲノム編集技術の活用事例としては、機能性のトマト、アレルゲンのないお米、認知症予防のジャガイモ、ダブルマッスル・フグ、赤いシャインマスカットなどがあります。せっかくマスカットが緑色で美味しいというのになぜ赤くする必要があるのかという議論もあるでしょうけれども。
- 今苦労しているのは、生産性を大幅に高める超多収米がつくれないかということです(スライド41)。籾数を増やすことはできました。粒の大きさを大きくすることもできました。ただ、まだ中身が入らない。籾数のところを懸命に改良すると籾数がふつうの6〜7割増しで籾(花)が増える、でも、中身がスカスカなんです。これはバランスが難しくて、籾を全部埋められるだけのエネルギーを使って光合成をするというところも改良しないといけないんです。
参加者
これは飼料米ですか。
大澤
そうです。インディカで、すでに10a当たり1トンある収量を、さらに増やして1.2トンにしたいという取り組みです。
- トマトはけっこう進んでいます(スライド42)。60日経っても全く傷まない日持ちの良いもの、それ以上熟さないというもので、それを新鮮と言えるのか、これがいいかどうかはわかりませんが。これはゲノム編集でもできますし、突然変異体もとれています。無受粉でも結実する単為結果をさせるもの、右のトマトは糖度が高いものです。今一番人気があるのは高GABAです。体に良いというGABAを高めました。こうしたものが開発されています。
これまでの遺伝子組換え農産物
-
遺伝子組換えというのは、微生物等から取り出した有用な遺伝子を取り出してベクター(運び屋DNA)に繋ぎ、農作物の細胞に導入するものです。ゲノム編集というのは、一部同等の部分がありますけれども、ほとんどが通常の変異、特定の遺伝子のところに変異を入れるという手法です(スライド43)。
- 遺伝子組換え作物の開発過程は、変異を作り出す一方で、それらのほとんどを捨てる作業です(スライド44)。始めのほうの段階では、欲しい遺伝子は入ってはいるものの、培養の状況によっていろいろな変異が出ます。それを目的に合わせていくために、54カ月とか27カ月、30カ月、つまり4年半、2年強、2年半等々とかかっています。非意図的変異を持たない単一のイベントを選抜するところまでで、110カ月以上=10年近くかかるわけです。そこから次に圃場試験で安全性を確認するのに90カ月近くかけて今の遺伝子組換えは世に出されています。
- よく勘違いされるのは、非意図的変異量が多い初期の段階で外に出すのではないかということです。いろいろな変異ができているのに大丈夫ですかと心配されるのです。育種家の人からすれば、その段階で出すわけがない、こんなものを出すのは私たちだって嫌ですよ、ということです。変異が起きたのは、遺伝子組換えをしたからなのか、培養の状況によるのか、いろいろな状況があると思います。そういういろいろな非意図的な要素を取り除いていって変異点1つだけを選ぶというのがこの作業の過程になります。
参加者
製薬の過程とよく似ていますが、これだけの長い年月をかけて出てくる結果の歩留まりはよくなさそうです。こうした作業過程について、種苗会社さんの体力はもつのでしょうか。
大澤
遺伝子組換えに限らず、普通の交配での育種でもこの過程は当然あります。交配して、バラバラにして、あるいは突然変異を使って、使いたいものを選んでいって、品種にする。これは通常の育種の過程です。さらに、スライド44の図の右側の90カ月、安全性の評価は遺伝子組換え特有のものです。これは普通の種苗会社さんはでは行いません。だから、これはデュボンのようなスーパー・シード・カンパニーにしかできないです。第2フェーズの開発初期段階までは普通の種屋さんもできますが、ゲノム編集が第3フェーズからの安全性評価を経るとなるとおそらく日本の種苗会社はほとんど手が出せなくなります。ですから、遺伝子組換えをやっている会社は今までどおりということになりますね。
参加者
安全性の評価はスライド44にあるフェーズ3でしょうか、フェーズ4でしょうか。
大澤
基本的な環境安全性評価、閉鎖的された圃場に出しての安全評価はフェーズ3から、フェーズ4は一般圃場での環境安全性評価となり、食品としての安全性評価はフェーズ3の段階から見ています。フェーズ4で認められたものが初めて認可の段階に向かいます。
参加者
市場に出てくる遺伝子組換え作物、今後はゲノム編集食品も出てくるんでしょうけれども、基本的に安全という理解をして大丈夫なんでしょうか。でも、消費者はそこが不安だから、そういうのは食べないなどいろいろな意見があると思います。
大澤
その点も含めて、まとめ(スライド45)のあとお話しします。遺伝子組換えの植物というのはほかの生物の遺伝子を利用しますが、ゲノム編集でできる作物は、その作物自身の特定の遺伝子を使うという大きな違いがあります。
- 従来の育種と比較すると、遺伝子組換えでは従来の育種ではできないものも作れます。例えば殺虫性を持ったトウモロコシというのは今までの育種では絶対つくれません。BTコーンというのは、ある特定の虫が食べるとその虫が死ぬようになっています。でも、全部の虫が死ぬんじゃなくて、ある特定の虫だけが死ぬようになっているのが、遺伝子組換えのBTコーンという種類になります。
- ゲノム編集でできるものは、科学的には従来の育種でできたものと同等です。ただ、それが50年かかっていたものが何年かで済むということです。対象の遺伝子がわかっていたらできるということです。遺伝子組換え作物では、最終製品に外来遺伝子は残りますというか、残します。ゲノム編集のほうは残らないというか、残せないです。
環境影響などの安全性評価について
- 環境影響については、外来遺伝子の残存についてそのリスクはあるのか、今まで経験のないような新しいケースをターゲットにできるのか、新規の形質の環境影響はあるのかなどの課題が考えられます。これについては、ゲノム編集によって開発された品種は、今までの育種法で生産された品種と最終産物として変わらないので、特殊な規制をするべきではないというのが、私の考え方です(スライド46)。
- ただ、規制については、規制は研究をやめさせるためのものではなく、進歩する科学技術を正しく活かして有効に利用する最善の道を見出すためのものであってほしいということです。遺伝子組換えについては、バイオセイフティに関するカルタヘナ議定書という国際的ルールがあって、生物多様性条約の中で決められている法律で縛られています(スライド48)。
- カルタヘナ法に基づいて、実験室等での試験2年、隔離圃場試験3年、一般圃場試験2年というものがあって、先ほど出てきたフェーズ3が隔離圃場試験、フェーズ4が一般圃場試験に相当します(スライド49)。隔離圃場へ出すところからずっと審査は始まります。隔離圃場で栽培して良いかどうかも審査をした上で、閉鎖系の圃場でつくります。それが承認されれば次に一般圃場で試験をします。このような段階を経ています。
- カルタヘナ法での遺伝子組換え作物の環境影響評価の項目では、生態系への影響、野生種との交雑がないか、有害物質をつくらないかなどをチェックしながら評価をしています(スライド50)。
食品としての安全性評価の考え方
- 遺伝子組換え食品については、同等性とファミリアリティという指導原理があります。今までの食品と同じであるかどうかをきちっと判断します。遺伝子組換え生物の環境影響については、ファミリアリティ、すなわち類似性といいますか、既知の親生物と大きく離れていないかどうかを判断基準にしています(スライド51)。
- 安全性評価も、1)安全な食経験があるか、2)導入される遺伝子およびその産物に有害性はないか、3)それによって非意図的な変化が生じていないか、これらを全部見た上で許可されます。例えば、除草剤耐性のものが入ると、その関与する遺伝子とタンパク質について毒性を調べます。それ以外の性質、含有量について非意図的な変化がないか、水分、灰分、タンパク質、脂質等々が変わっていないか全部を調べます。それに加えて環境影響の評価も判断して許可をしています(スライド52、53)。
- 先ほどご質問のあった遺伝子組換えとゲノム編集技術というのは、技術としてちょうどグレーゾーンなんです(スライド54)。明確に線を引くとすれば、特定の箇所に種外から特定の遺伝子を入れたら遺伝子組換えになり、カルタヘナ法の規制対象に入ります。でも、その作物自身の変異を入れただけならカルタヘナ法の規制対象外となります。遺伝子組換えではないという判断になるということですね。
関崎
ゲノム編集でも、中には遺伝子組換えの中に入るものもあるということですね。
大澤
先日法律で出たのは、(スライド55)、カルタヘナ法上の取扱い方針です。
- 宿主に細胞外から加工した核酸を入れたか入れないか。入れた場合には、入れた核酸またはその副産物が残存するかどうか、残存しなければ遺伝子組換えとの判断はしません。残っていたら、それは遺伝子組換えとして規制対象とするということです。野放しで「ゲノム編集だから、遺伝子組換えではない」とは言っていないんですね。段階を踏んで分別しましょうという方針です。
- トレーサビリティと表示の必要性について、北海道大学の石井哲也先生は著書で「環境に影響しうる形質が付与されたものに規制が必要とされた場合」「トレーサビリティと表示の問題」だと言われていますが、普通の育種であるならばそれは必要なかろうというのが私の考え方です(スライド56)。本当に環境リスクが高いようなものを出すとしたら、トレーサビリティどころではなく、それは出してはいけないものです。ただ、出したがる人が世の中にいるかもしれない。それをどうするかは問題です。やろうと思ったらできないことはないからです。
- トレーサビリティのために、特定のところにこれはゲノム編集をしたものだという証拠となる遺伝子を入れましょうとも石井先生は書かれています。それをした途端、GMになってしまうので、それはあまり良い方法ではないと考えます。遺伝子組換えでないものを遺伝子組換え作物にしてしまうのはなぜなのか、また普通の育種にも表示が必要かという疑問が生じます。「このイネは突然変異育種法により生じた遺伝子変異を利用して交雑育種法と戻し交雑育種法を駆使して育成されています」と書かなくてはいけないということでしょうかと。そう考えると、表示もただやればいいということではない。どういうものに表示が必要で、どういうものでは不要か、これはまだ議論が進んでいないので、これからの宿題になっています。
関崎
そのトレーサビリティというのはどのようにしてやることになるのか、ちょっとわかりません。家畜の世界では、肉牛など1頭ずつ耳に番号がわかるタグを付けていて、どこでどう飼われたかがわかるようになっています。スーパーなどでも国産牛肉は十何桁かの数字があって、その数字で検索すれば「宮崎で生まれて」「栃木で育って」等々調べられます。野菜の場合は葉っぱに札をつけるわけにいかないと思いますが、どのようにするのですか。
大澤
トレーサビリティという言葉も、幾通りかの使われ方をしていますね。
- 例えば「生産者の顔が見える」というのもトレーサビリティです。「私がつくりました」という表示をスーパーなどの野菜で見かけますが、これも立派なトレーサビリティです。また、最近大手流通で使っているQRコードは、読み取って検索するとどこで誰がつくって、どういうふうに運ばれてきたかわかるようになっています。これもトレーサビリティです。
- しかし、今ここで話題にしているのはどういう技術を使って生産したかわかるようにという意味の「技術のトレーサビリティ」ですね。これこれの技術を使ったことがわかるようにしてほしいという時に、例えば遺伝子組換えにおいてはすでにつくることが決まっているので、それで良いだろうと。ゲノム編集の場合、その中でも遺伝子組換えに入ってしまうものは、今までの遺伝子組換えのやり方で進められます。
- その中に入らないものについて、必要なのかについては、私は、従来の育種で言っているように、「これは品種Aと品種Bを交雑してできた後代からこういう選抜をしてできました」と書けばよいと考えています。本当に知りたければ品種登録がされているので、品種登録を閲覧すれば何々の交雑を誰がいつやって、いつ穫れたというのがわかるので、表示については従来の方法で十分だと思っています。
参加者
CRISPR/Cas9にしても、それを使った育種についても、特許で押さえられて、大手の種メーカーに囲い込まれて、ビジネス上では自分たちは何もできないのでしょうか。
大澤
ゲノム編集に関しての特許が誰のものになるのかについては係争中ですけれども、最終的にはたぶん特許がかかります。でもそれを独占する意味はまったくないので、いくらでそれを使わせるかという話になってくると思います。
- 独占してしまって、例えば、モンサントからかわったバイエルが世界中の野菜やコメをつくれるかと言ったらつくらないですね。ものすごく小規模なので。
- 種子の値段はというと、すごく安いんです。でき上がっているトマトはすごく高いですけど、トマトの種1個の値段は何十円もしないんです。そこで儲けるためには薄利多売の方法になります。ダイズやトウモロコシなど種子をそのまま食べられるものは、種子も数を使うので薄利多売に向いているんです。
- コメについては、日本のコメの複雑さにはとても対応できないというのが、外資系種苗会社の今の言い分ですね。
参加者
では、種子ができないものをつくり出せれば独占することができるんですね。
大澤
そうは言っても、穀物は種子を食べるものですから、種子がない品種というのはなかなか難しいでしょうね。
参加者
ゲノム編集についてはいつも開発側の立場からの話題提供が多くて、筋が通っていて、先ほどの石井先生のような方のお話が出てくるのかと思うんですが、レギュラトリーサイエンスでは国立衛生研究所のような立場の方がある程度客観的に見繕うという形のほうが筋がいいのではないかと思うんですが。
大澤
先ほど話を飛ばしましたが、食品の安全については国立衛生研究所等の専門家が携わっています。私が関わっている環境影響の方面はまた別で、環境省が所管するところなので、これについては生態学の先生などが関わっています。そういった意味ではバランスは取れていますけれども、食品と環境という異なる分野の間でいつもやり取りしているかは別問題です。それについては縦社会になっています。でも、おっしゃるとおりで、その第三者の信頼性をどう担保するかというのがすごく大事になってきます。
参加者
遺伝子組換えの作物に対して、家畜等への影響があるという理由でヨーロッパでは否定的な見方があるようですが。
大澤
それは違うと思います。ヨーロッパで否定的になっているのは多分に政治的な面もあって、自国の作物生産を遺伝子組換え作物の輸入から守るという意味合いもあります。ヨーロッパも遺伝子組換え作物は輸入はしています。でも自国では栽培させないという方針をECは採っています。だからといってECが遺伝子組換え作物に反対しているということではありませんが、反対している人はいます。
関崎
遺伝子組換え食品と聞くと「嫌い」という話が多いし、世界中の人が嫌いかもしれません。
大澤
まあ、大好きという人はあまりいませんね。
参加者
ゲノム編集をするにはそのもののゲノム情報が全部解明されていなければいけないということだったんですが、世界中で普通に食べられている農作物のゲノム情報はもう全部わかっているのですか。
大澤
もちろん、全然まだわかっていません。わかっているものをやっています。研究者や開発者の若干いけないところですが、わかったものについてやっているのに、研究者は「全部いける」と言ってしまうことですね。Aができたから、BもCもできるというように言ってしまうことはあるかもしれません。
- イネでわかっていても、コムギではわからないことがあります。どういう遺伝子配列になっているかイネはもう20年前にわかっています。コムギはたぶん100年後だろうと言われていました。というのは、イネのゲノムサイズが手こぎボートくらいだとすると、コムギのゲノム情報は航空母艦くらいあるんです。だから全部解読するのはとてもじゃないけど無理だと言われていたんです。
- そう思っていたら、2018年夏にコムギゲノムの塩基配列解読完了のニュースが出たので、僕らもものすごく驚きました。自分が生きている間は無理だろうと思っていたのが「読めました」というのですから、それほど解読のスピードが速かったんですね。
- ゲノム情報がわかっているのはまだ主要な作物だけです。われわれ研究者の実験材料で言えば、わかっているのはイネ、トウモロコシ、ダイズ、トマト、メロンなどです。私が専門としているソバのゲノム情報については、だれも探してくれないので懸命に自分で探していますが、世界中に問い合わせると、ソバを探してどうするのかと言われます。それぐらい、研究者が少ないあるいは産業として規模の小さい作物のゲノムはわかっていません。この分野はまだまだわからないことがあって、それだけにホットな研究領域であると言えます。
(完)
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(注1)本文中の内容は第40回サイエンスカフェ開催時点(2019年2月7日)のものです。
(注2)ゲノム編集技術を用いた食品等の取扱いについては、農林水産省、厚生労働省、環境省等の各省庁ホームページに詳しい議論の経緯や内容が掲載されていますのでご参照ください。