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Report of the 34th/38th Science Café “Poison, medicine and human relations”

掲載日:2019.02.26

話題提供者の堀正敏さんの写真

話題提供者の堀正敏さん

2018年6月22日(金)および 11月28日(食の安全研究センター第34回サイエンスカフェ「聞いてみよう!毒とクスリと人の関係」が開催されました。東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医薬理学研究室 教授 堀正敏さんの話題提供で、自然がつくりだす様々な毒に、人間が太古からいかに悩まされ、工夫し、活用していったかを糸口に、動植物の毒と薬の事例を紹介しながら先人達の知恵、今に続く薬としての利用などについて話していただきました。
身近な動植物の話からある殺人事件の解決まで、多岐にわたる内容に参加者からの質問も多く、賑やかなカフェとなりました。

○第34・38回サイエンスカフェ配布資料(pdf)
(クリックすると開きます)
※以下、記載がない場合の発言は堀正敏氏のもの
※質疑応答は一部抜粋

人間は「毒」に悩まされてきた

    人は毒を恐れ、毒に悩まされ、そしてまた知恵を使って毒を積極的に利用してきました。今日は、我々人間の毒との闘いと、そしてそれをいかに薬にして利用してきたかというお話をします。

    • 紀元前300年くらいからコレラなどの流行が記録されていますが、その頃、毒や感染症などの発生は悪霊によってもたらされるものと考えられていました。目に見えない悪霊が毒をまき散らして、多くの人が感染症で亡くなっていくというイメージです
    • ギリシャ神話にはアスクレーピオスという名医が登場します。神話の中では死者さえも蘇らせるというすごい神様です。この人が持っている杖には、ヘビが巻きついています。つまりアスクレーピオスはこのヘビのついた杖を使って悪霊を追い払うということなんです。資料(スライド3)にあるこのヘビの模様を見かけたことのある方はいらっしゃいませんか。
参加者

各地の医学部のマーク。

参加者

正解。これは世界中の医学部の校章になっているケースが多いです。これはまさしくアスクレーピオスの杖から来ています。興味があれば、世界のいろいろな医学大学の校章を見てみてください。東京大学は使っていないんですけれども。

関崎

これはヘビが悪霊をやっつけるという役割ですか。

参加者

はい。ヘビは悪霊から身を守る味方の存在です。さて、「毒」という言葉、日本語では「ドク」ですが、英語などで見ると語源はToxiconというギリシャ語です。矢につける毒をToxicos、矢のことはToxonといって、両方を合わせたものがToxicon。「毒」の語源は矢に付ける毒であるということが、言葉からもわかります。

      【ヘビの表象について】(第38回の追加開催時の追補)

 

    ヘビは何度も脱皮を繰り返し長寿であること、交尾時間が長く繁殖力があること、大河の流れのように悠々とうねりながら大地を進むことなどから、古来より長寿、生命力の強さなどのイメージに結びついてきたという見方がある一方、別の観点もあります。

    • 棒に巻き付いているのはヘビではなく、線虫の類いであるという説です。現在も確認されているギニア線虫症を初めとする線虫症は、線虫が寄生しているミジンコを含んだ不衛生な飲料水を飲むことにより、線虫がヒトの体内に寄生して発症します。ヒトの体内で数十センチの長さに成長し、ヒトの下肢部分から1週間ほどをかけて出てきますが、この時は相当に痛いそうです。
    • その虫がヒトの体から出てくる間、古代の医師はその線虫を1本の棒状のものに巻き付けながら引き出して治療する、という記述が残っており、医術に長けているとされる人の技の1つとして線虫症の治療の様子が象徴的に描かれた結果がこの表象に結びついているというのが、もう1つの説です。どちらが正しいかということは、明確になっていません。

世界の矢毒圏

    一言で「毒」といいますが、英語ではいろいろな毒があります。(スライド4)Toxin、トキシンは日本語にもなっていて、これはどういう化合物で、どういう作用を起こすものなのかが明らかなものをいいます。これは日本語でいう「毒=ドク」と同じです。英語でPoison、ポイズンといいますと、正体不明の毒のことを意味します。(スライド5)ですから、突然何かで体が腫れて原因がわからない。ひょっとするとあの時に咬まれた何かだというような場合にはポイズンといっています。もう1つVenom、ベノームという言葉があって、例えばヘビなどは毒を牙から吐き出して相手の体内に直接注入します。そういう毒はベノームといっています。日本語では、全部「毒」です。

    • 語源がToxiconということでしたので、世界の矢毒について話します。世界の矢毒については、それぞれトリカブト圏、イボー圏、クラーレ圏、ストロファンチン圏と名前がついていまして、それぞれアジア地区、マレーシア、南米アマゾン、アフリカと大きく分けて、これらの4つ地域で使っている毒が違っていて、その地域に住んでいる動物や育っている植物を使っているということです。先ほどの4つの「〇〇圏」の名前はそれぞれ毒を出す植物の名前です。(スライド6)
    • トリカブトは、名前を聞いたことがあると思います。化学物質でいえば、アコニチンというのがトリカブトの毒です。これはエスキモーや、日本では蝦夷地のアイヌの人たちがヒグマをやっつける時に使いました。また、調べてみると、日本にはアカエイの牙の毒というのもありました。その毒の成分までは調べきれませんでしたが。
    • マレーシアには、Antiarinという植物の抽出液を使っていたようです。クラーレというのは、d−Tubocurarine、ツボクラリンと書いてありますが、きれいな花が咲きます。ここから抽出した成分を使っています。アフリカのG-strophanthin、ストロファンチンというのも植物で、これはキョウチクトウの1種です。そこからOuabain、ウワバインという名前の毒をつくっていました。
    • 驚くことに、クラーレやストロファンチンというものは、今の医学でも、筋弛緩薬として使われています。手術の時に、緊張をほぐすために必ず筋弛緩薬を麻酔薬と一緒に投与しますが、そういう時に使われる神経に作用するお薬です。つまり、矢毒がそのまま筋弛緩薬になって、今も使われています。
    • ウワバインは、強心薬、利尿薬、つまり心臓のお薬として、もうちょっとゆっくり作用するものになっています。面白いのは、狩りで自分の体より大きい動物にd—ツボクラリンを打つと、筋弛緩薬なのでその動物が動きが鈍くなります。その間に仕留めるのですが、うっかりその矢傷の入ったところを食べちゃうと、自分が筋弛緩になってしまいます。だから、必ず矢の刺さっている部分を切り落として、そこは食べないようにする。そういうことも、古代の記録として絵図に残っています。
    • そうしたことはすべて経験から来ていて、たぶん食べてしまった人に筋弛緩の作用が起こっちゃったという経験をして、だから食べないようにしようということになったんだと思います。ほかの矢毒にしても、すべてその背後には犠牲になっている人がたくさんいるはずですね。このように、我々人間は毒に悩まされているんだけれども、その毒を使って、自分の体より大きいもの、強いものを倒して食にしていったわけです。
関崎

毒にも薬にもなるということですね。

しかも、今でもそれを使っているということは、素晴らしいことです。今も薬理の教科書で学生が勉強しています。

アイスマンの弓矢にも矢毒があった?

    私の大好きな本で、『5000年前の男』という本があります。(スライド7)これには1991年にアルプスのオーストリア/イタリア国境付近にある氷河から氷漬けの男が出てきたんです。当初は、登山をしている人が事故に遭って亡くなったのではないかということでした。最初はヘリから見つかったのですが、現地へ行って調べてみるとどうもこれは古代の人らしいとわかった。実は5000年前、紀元前のさらに3000年のものだとわかったんです、
関崎

中国の歴史より古い。

そうです。5000年前の人間でした。皆さんはミイラはご存知だと思いますが、面白いのは、これは氷漬けで行き倒れになって、そのまま5000年後に氷が溶けてきたわけです。つまり、内臓も氷漬けのまま残っていたということです。冷凍ですね。腐らずに残っていたということで、我々の先祖を勉強する貴重な材料になったんです。発見されたのがオーストリアのエッツァル峡谷の近くだったことからエッツィーと呼ばれることになったアイスマンは、実は矢頭と弓を携帯していたことがわかっています。

関崎

全部氷漬けになっているということですね。

そうです。ですから全部氷の中から出てきて、復元すると写真(スライド8)のような感じになります。

関崎

ちょっといい男過ぎますね。

骨格から見て鼻も高いですし、いい感じですよね。ちょっとうちの親父にも似ているなと思ったりしています。ほかにも寄生虫がいたとか、入れ墨をしていたとか、いろいろなことがわかったわけですが、残念ながら矢毒に関する検査では、氷漬けだったので全部流されてしまって、鏃から毒は見つからなかったということです。しかし、少なくとも5000年前におそらくこうした道具に毒をつけて狩猟をしていたのだろうということがいえると思います。この本は面白いので、ぜひ読んでみてください。

参加者

以前テレビで放送を見たんですが、その時に針の跡があったとか。

ツボ治療をした痕があるらしいです。よくご存知ですね。

参加者

5000年前に、中国ではなくてヨーロッパで針があったということが信じられないくらいなんですが。5000年間アイスのままだったということは、その間温暖化しなかったということでしょうか。

氷河期になってからは、ずっとそこは氷河のままだったということでしょうね。今でも氷河になっているところです。これはNHKでも話題になったものです。文春文庫からも訳本が出ています。フランスにベルスタ博物館というエッツィーの博物館があります。僕も行ってみたいと思っています。

サイエンスカフェ 全景

身近なところにある「毒と薬」に熱い注目が

世界の矢毒圏

    西洋でも東洋でも人間は毒を使って矢毒として利用してきたのですが、中国には「神農本草経」(スライド9)というものが長江流域に残っています。薬に関して、紀元前3000年前くらいからある本です。その他、針などについてもいろいろな本が出ています。これらが後の漢方の元になっています。

    • 「神農本草経」でとても素晴らしいのは、スライドにあるように「上薬、中薬、下薬」(じょうやく、ちゅうやく、げやく)、「上品、中品、下品」ともいいますが、365種類の薬をピックアップして分類してあることです。養命=いくら飲んでも大丈夫なものを120種類、上薬として分類しています。中薬は毒にもなり得るが養生薬としてかなり効果があるもの、下薬は急性にちょっと適用するにはいいけれども、非常に注意が必要なものといった具合に、この頃からすでに薬を3種類に分けて使っていたということです。
    • 中国の場合はやはり生薬、植物性のものが多かったんですが、中にはカエル、ヘビ、クマの肝臓など動物のものも漢方として入っています。日本には、この「神農本草経」に載っているような治療というのが初めに入ってきているはずだろうということです。この辺については僕も興味があって、北里大学の医学部に東洋医学研究所というのがあるんですけれども、そこでは先生方が自ら生薬を煎じて療法をするんですね。ツムラ製薬のフリーズドライのものを使ったりはしないんです。そういった先生と共同研究しながら、勉強をしているところです。

人と天然毒との遭遇

    では、私たちは普段の生活の中でどのように毒と遭遇するでしょうか。最も身近なのは、食べるということですね。食中毒です。今日は食の安全研究センターでのお話ですから、食中毒を一番最初に取り上げたいと思います。2番目がセンター長、関崎さんの専門である感染症ですね。

    • 多くの微生物は、微生物自体の成分が我々の体にとって毒です。異物であり、毒になります。今日はそこまでのお話はできませんが、機会があれば微生物感染に関する毒という話もいいかもしれません。また、山などに出かけて葉っぱにかぶれたり、蜂などの虫に刺されたり、さらにヘビに咬まれたりなどもあるでしょう。米国の砂漠地帯ではサソリに刺されることもあるかもしれません。
    • 種類としては、動物の毒、植物の毒のほか、薬になっているものとして考えれば、最近では微生物の毒というのが一番多いです。ただ、昔は植物の毒を懸命に薬に使っていました。毒の形としては大きな形もあれば、小さい化学物質のような毒もあります。このあと、幾つか具体的な例を挙げてお話しします。
    • 種類としては、動物の毒、植物の毒のほか、薬になっているものとして考えれば、最近では微生物の毒というのが一番多いです。ただ、昔は植物の毒を懸命に薬に使っていました。毒の形としては大きな形もあれば、小さい化学物質のような毒もあります。このあと、幾つか具体的な例を挙げてお話しします。
関崎

マムシとハブは違うとか聞きますが。

違うと言われています。ハブやマムシは牙から毒が出ますが、余ったのは飲んじゃいますよね。何でヘビは大丈夫なんでしょうか。それは、飲んだ場合には消化管で消化されるような毒だからなんですね。

関崎

じゃあ、我々も飲んだ場合は大丈夫なんですね。よくテレビドラなどで、蛇に咬まれた人の傷口を吸ってペッと吐いたりしますよね。あれは大丈夫なんですね。

です。なんでヘビは咬むかというと、血液を介して体内に入った場合には消化酵素のある消化管を通らないので、直接全身に回り、毒性が強くなります。そういったタイプの毒が多いためです。

    • 日本人の場合、ヘビ、カエルを食べて食中毒という場面はまずないと思いますけれども、やはり魚や貝の食中毒が多いと思います。これらは単なる公衆衛生上の問題になっているだけではなくて、そこから薬をつくろうという研究もたくさん行われています。ここからは薬のことを交えながらお話しします。

人と天然毒との遭遇

    まず、きれいなヤドクガエル。(スライド13)世界にたくさんいます。たぶん、今でも多摩動物園に行くと、たくさんヤドクガエルを飼育していると思います。飼育員さんが手で触っているを見たので、「大丈夫ですか」と聞くんですけれども、ずっとそこで飼っているヤドクガエルは毒がなくなっちゃうというんですね。どうして人工で飼うと毒がなくなってしまうか、わかる方いらっしゃいますか。
参加者

敵がいなくなるから。

参加者

食べ物が違うから。

カエルをずっと飼っていて、そのカエルが毒がなくなるということは、そのカエル自身がつくっていないということですね。つまり、食べた物についている微生物が共生してつくりだしているとか、あるいは食べている物の毒がそのカエルには感受性がなくて、その毒成分だけがどこかに溜まり、体内で濃縮する。生物濃縮といいますけれども。そういった外部から入ってきたものが体に蓄えられて毒ができる。この種の毒は、場所によってはイモリが持っていることもあります。

  • 次にフグ毒。(スライド14)これはテトロドトキシンという日本人が発見した有名な毒です。名前も業界ではTTXなどと呼んで非常におどろおどろしく聞こえますね。このフグ毒も、例えば東京大学の水産の分野では人工海水の水槽でトラフグをずっと飼っていますが、そうすると、肝も食べられるような毒のないフグになります。ですから、フグも何か海洋の生物を食べて、その生物がつくる毒、テトロドトキシンを卵巣とか肝臓にため込みます。では、なんでフグはテトロドトキシンにやられないのか。そういうのを研究している方もちゃんといらっしゃるんです。
  • 人間の体の細胞膜にはイオンチャネルというものがあって、ナトリウムイオン、カルシウムイオンを入れたり、カリウムイオンを出したりと、細胞に必要なものを選択的に通す役割をしています。細胞がイオンを出し入れするチャネルです。テトロドトキシンは、このナトリウムチャネルをブロックしてしまう作用があります。私たちの体の神経はすべてナトリウムチャネルが開いて伝達が行われるのですが、テトロドトキシンが作用すると体中の神経伝達ができなくなってしまいます。人間のナトリウムチャネルがつながるべきところにテトロドトキシンが作用してつながらなくなるからです。
関崎

フグにもイオンチャネルはあるわけですよね。でもテトロドトキシンに対しては非感受性なので影響を受けないんですね。

参加者

フグを食べる時ですが、ツウの人は危ない食べ方をするようですが、我々が毒のあるものとないものを食べたとして味は異なるんでしょうか。

私の経験では、毒があると、まずピリピリと舌がしびれてきます。それは経験があります。わざとそういうのを食べさせる店があるんです。フグを食べてどうして命を落とすことになるのかを説明します。まずフグの毒を食べると、呼吸ができなくなります。横隔膜の神経が動かなくなってしまうからです。その時の対処はどうするか。とにかくマウス・トゥ・マウスで呼吸の確保をしてあげてください。救急隊が来るまで、30〜40分頑張って呼吸の確保をし続けると、パッと良くなるそうです。フグ毒は比較的早く分解されますので、なるべく呼吸を確保してあげてくださいということを、そのお店でも言われました。フグについての認識は食中毒防止の上で大事ですし、調理には免許も必要です。

参加者

毒って何のためにあるんですかね。

よくその質問が出て、答えとして、その毒を持つことによって外敵から身を守っているんだと言われることが多いのですが、それは人間が勝手に考えたこじつけだと私は思っています。本当はよくわかっていないんです。おそらく偶然の産物ではないかと思います。

関崎

でも、ほかの肉食の魚がフグを食べたらやっぱり毒に当たっちゃうんですか。

当たる場合、当たらない場合、あるみたいですけど。そこは水産の先生に聞いてみないと、その分類まではわからないです。ただ、少なくとも、フグの場合は体を膨らませて相手を驚かせたりすることもあって、あまり捕食されませんね。

関崎

さっきのカエルも同じことが言えますよね。

    • カエルの場合は、本当はたいへん捕食されやすい動物なんです。あのヤドクガエルは数センチしかなくて小さいですので、たぶん食べられちゃうと思います。外敵はそれを食べたとしても、消化管を通して毒の活性が弱まるということがあります。テトロドトキシンも、このあと出てくるパリトキシンなど、食べた場合には食中毒くらいで済んでしまうんですね。血中に直接注入すると強烈に作用して死に至る毒なんですが。
    • 食中毒で夏によく沖縄で報告されるのが魚を食べて起きるもの。琉球大学などでその中毒の基となる原因の菌の同定などをしていますが、そこで出てくるのは渦鞭毛藻(うずべんもうそう)という微細藻を餌に食べている魚、ウツボやブダイの類い、バラハタという高級魚にもありました。(スライド15)だいたい、それらは渦鞭毛藻が持っている毒で、1つはシガトキシンという面白い形の毒であることがわかっています。これは食物連鎖によって魚が毒化しているということです。フグを水槽内でずっと飼っていると毒化しないのと同じように、地域によってはこれらの魚もそうなってきます。
関崎

フグの場合は、ほとんどのフグに毒があるんですよね。食べる物によるんですか。

そうです。天然でももともと毒のないフグもあります。美味しくないそうですけど。

化合物をつくる力 微生物はすごい

    さて、世にはノーベル化学賞というものもありますが、人間は賢いようでも、それほどでもないんです。というのは、微生物はこんな難しく、大きくて複雑な化合物を小さい体でつくれるからです。人間ではいまだにつくれません。つくれたとしても100段階くらいいろいろな合成ステップを踏んで、1kgくらいから1mgつくるというような、非効率的なつくり方でしかできないんですが。

    • 科学が苦手だと化学構造を見るだけで参りますね。構造を見て美しいなと思うくらいで、あきらめてしまいそうです。写真(スライド16)のシガテラという食中毒魚から同定されたマイトトキシンという毒もこんなに複雑で分子が大きい。微生物がこんな毒をどうしてつくれるのかということがわかれば、それもまたノーベル賞ものですね。そこから我々人間がいろいろなものをつくれるようになる可能性があります。これは非常に不思議な話で、微生物を馬鹿にしてはいけません
参加者

マイトトキシンは、何か代謝物が毒になるのでしょうか。ずいぶん高分子なので、吸収されるのかどうか、疑問に思ったんですが。

この分子をいろいろ切ってみたりして、細胞毒性活性を見ている論文がいくつかあります。ですが、おそらく細かく巻いているマクロライド系と呼ばれている部分が大事になるようです。これそのものが毒になりますし、代謝されてもこの部分は毒になります。そのままの形で取り込まれることもあるんですが、食中毒の場合にはある程度分解されてしまいます。切れて小さくなりますから。ここに、LD50で0.05㎍とあるのは、例えば100匹のネズミの血液中に0.05㎍注射をした場合に50匹が死んでしまうという毒性の強さです。

参加者

LD50でテトロドトキシンの200倍と書いてあるのは、前のスライドの8㎍を0.05で割ればということですか。

実験系や文献によってもこの数字は変わってきますが、だいたいそのくらい違うということです。少なくともテトロドトキシンより100倍以上は強い毒ということで、日本ではマイトトキシンやパリトキシンは食中毒を起こす海産物の毒として非常に有名な毒です。

関崎

どれも非常に複雑で高分子ですね。

はい。しかし、今、これらは人間もいちおうつくり出すことに成功しています。非常に非効率的ですけれども。

地球温暖化で心配される生物生息域の変化と危険

    日本には、昔はあまりスライドにあるような毒はありませんでした。沖縄、琉球地方だけの問題だったんですが、最近ではいろいろなケースが発生しています。近いところでは、横浜の本牧釣り公園で猛毒を持つソウシハギが釣れて、食べそうになったけれども、その時は食べないで済んだということがありました。(スライド18)

    • 南洋にいるヒョウモンダコは興奮すると表面が変わった模様に変わる猛毒を持っているタコです。そういったものが相次いで日本の本土で獲られるようになった。これはまさしく地球の温暖化によって海水温が上がって、南洋の魚やタコなど猛毒を持つ生き物が本州のほうへも普通に黒潮に乗ってやってくるようになってしまったためだということです。今までなら教科書だけで勉強していたような毒についての勉強も、これからは身近なこととしてやっていかなくてはいけません。我々も若い学生にこうした現状を教えていて、地球温暖化の問題をどう考えれば良いのかということを研究している人もたくさんいます。
参加者

分子量が大きいですが、それは毒だからなんでしょうか。普通の分子としてもそのくらいの分子量の物質というのはあるんでしょうか。

土壌にいる微生物もこんなに分子量の大きい毒をつくるかというと、そこまででもないですね。それでも、それなりに複雑な物質を土壌の微生物もつくります。そうした毒を薬にしようと思ったら分子が小さいほうがいいですね。合成してつくるのにやりやすくなります。微生物にしかつくれないものはなかなか直接には応用にならないので。

    • 去年、貝の毒がけっこう出まして、カキだけではなく、普段から割と食べているホタテ貝などでも毒性が出ました。貝毒のうち下痢を起こすような下痢性貝毒には、Okadaic acidとか、PectenotoxinsとかVerotoxin、Brevetoxin等、毒の名前がいろいろあります。症状としてはみんな下痢を起こします。ですけれども、原因菌は結構いろいろ異なっているということです。
    • こうした毒に対処することは、公衆衛生上非常に重要なのですが、対象物から毒を抽出するのも大変な作業で、その毒の化学構造を決定していくというのも大変な労力が要ります。現場にサンプリングに行って、毒の貝を採ってきて、その抽出物から未知の化合物を取り出して、それが本当に毒を起こすものなのかを同定していかなくてはならないので、それ自体、大変な労力を使う仕事になります。
    • 貝の食中毒が出たということがあると、その場所にサンプリングに行って、その貝毒を集めてきて、既知の毒であれば抗体などいろいろな検査をして調べられます。下痢性貝毒も、お薬にはなっていませんが、創薬の研究で使うような試薬になっているものはたくさんあります。

植物・キノコがつくる毒

    表示(スライド20)にあるのは植物の毒、そしてキノコの毒です。いろんな毒がありますが、見た目がいちばんきれいなベニテングダケは有名な毒のあるキノコです。(スライド21)見るからに食べる気がなくなると思うんですが。この毒キノコの代表であるベニテングダケの毒、ムスカリンとはどんなものか。

    • 表示(スライド20)にあるのは植物の毒、そしてキノコの毒です。いろんな毒がありますが、見た目がいちばんきれいなベニテングダケは有名な毒のあるキノコです。(スライド21)見るからに食べる気がなくなると思うんですが。この毒キノコの代表であるベニテングダケの毒、ムスカリンとはどんなものか。
    • 研究の分野では、このアセチルコリンの受容体の名前をムスカリン受容体といっています。つまり、テングダケの毒がわかって、その毒成分が我々の体の受容体、アセチルコリンを受け取るタンパク質の名称にも使われているわけです。毒がわかったことによって、我々の体の仕組みがそこからわかってきているわけです。ムスカリン受容体の阻害薬というのが、たくさんお薬になっています。
サイエンスカフェ対話のようす

ランダムに沸き起こる質問と答え 対話が弾みます

関崎

ということは、キノコの毒を研究に利用したということですね。

そういうことです。ムスカリンを研究に利用したんです。その作用を調べていくうちに、実は本当にくっつくべきものはアセチルコリンだったとわかったわけですね。そのムスカリンの中毒の症状は、悪心、下痢などありますが、アセチルコリンを大量に飲んだ時の中毒を同じです。

    • 覚えている方もいらっしゃると思いますが、サリン事件がありました。あのサリンというのは、アセチルコリンを分解する酵素を止めてしまう。結果的に、アセチルコリンがうんと増えてしまう。だから、副作用として、ベニテングダケをたくさん食べたのと同じ症状を起こすことになります。毒と言っても、化学兵器の毒でも植物の毒でも作用点が一緒だったら、中毒で出てくる症状は同じになるわけです。それはターゲットになる受容体が同じだからですね。
参加者

ムスカリンをもつこのキノコはいかなる動物も食べないですよね。すると、あとは枯れるだけですよね。枯れて地中の土に戻るときはムスカリンも自然分解されますよね。

はい。ムスカリンは分解は早いと思います。

参加者

枯れて倒れて時間が経っているようなものでも、食べてはダメですか。

ダメだと思いますけどね。ただ、今回、サイエンスカフェに備えていろいろ調べてみたら、このベニテングダケの頭にある白いポツポツはとてもおいしいそうですよ。(笑)ただ、その詳細を調べ切れていないので、おいしいといわれても、食べる勇気はなかなか出ないですが。

    • トリカブトについては、エスキモーやアイヌがトリカブトの毒を毒矢に使っていたことをお話ししました。(スライド22)ちょっと見たところ食べられそうですよね。毎年のように事故になってしまうのは、トリカブトを山菜、セリなどと間違えて食べて食中毒を起こしているということです。
関崎

毒はどこにでもあるんですか。

あります。葉っぱにも、花にもあります。アコニチンという物質があります。(スライド23)

    • さきほどのフグの毒はテトロドトキシンで、ナトリウムチャンネルを止めてしまうということでしたね。アコニチンは、ナトリウムチャンネルを開けたままにして活性化してしまうという、逆の作用をする毒です。どっちでも毒になるんですね。チャンネルを止めても、チャンネルを開けっ放しにしても毒性があるわけです。アコニチンの毒性は極めて強くナトリウムチャンネルが閉じるのを抑制する、つまり開けっ放しにするということがわかっています。
    • このように、同じような毒でも、植物からナトリウムチャンネルが開いちゃう毒、魚からナトリウムチャンネルが閉じちゃう毒が出て、しかも化学構造は全然違うという、とても面白い関係にあります。

フグ毒とトリカブトの怖い話

参加者

もし、フグ毒にあたった時には、アコニチンをやれば中和するということですか。

ご質問いただいたことが、トリカブト保険金殺人事件という実際にあった事件につながりがあります。

    • 覚えていらっしゃる方もあるかと思います。この事件では、今出てきたテトロドトキシンとアコニチンを使ったアリバイ工作が行われました。犯人の男性が妻に保険をかけ、2人で沖縄へ旅行に出かけました。事件の日11時40分くらいに、その男性は仕事があるから那覇空港から東京に戻りました。奥さんはほかのお友達と一緒に那覇から石垣島へ飛行機で飛び立ちました。そして15時40分に心筋梗塞で亡くなった。そして犯人の男性は巨額の保険金を手にしたわけです。
    • 当初は不審死ではなくて事故死、病気によって亡くなったと思われたんですね。アリバイもちゃんとできていますからね。犯人が東京に行っている間に死んじゃったわけですから。ところが、沖縄で司法解剖したお医者さんが、念のために血液を30ccほど保存しておいたそうなんです。これが解決の糸口になりました。
    • アコニチンとテトロドトキシンが、ナトリウムチャンネルの閉じる作用と開ける作用だったら、フグ毒のテトロドトキシンの中毒ならアコニチンを飲めばいいんじゃないですかというのが、今のご質問でした。
    • テトロドトキシンがナトリウムチャンネルを抑えると、運動麻痺とか知覚麻痺、横隔膜・骨格筋弛緩、呼吸困難で死に至りますよね。でもこの奥さんは同時にアコニチンも投与されていたわけです。そうすると、ナトリウムチャンネルを抑えて、一方でナトリウムチャンネルを開けるから、相殺して、ナトリウムチャンネルは普通だったわけです。
    • ところが、ここでミソなのが、テトロドトキシンは、先ほど30分頑張ってマウス・トゥー・マウスで人工呼吸すれば大丈夫という話をしました。一方、アコニチンは体の中でなかなか分解しないんです。そうすると、2時間、3時間経ってテトロドトキシンがなくなってきた時に、アコニチンの作用が出てきちゃうということです。
関崎

恐ろしいことを考えますね。

すごいですね。小説にでもなりそうなことですね。

    • 前述のお医者さんが持っていた被害者の血液を調べたところ、アコニチンとかテトロドトキシンの代謝物のピークが微量に出てきて、そこから一気に事件が解決に向かったわけです。テトロドトキシンとアコニチンは分解されてしまったけど、分解されてできた代謝物が残っていた。それで事件は一気に解決して、犯人は旦那さんだったとわかったわけです。
    • 一般の方はこれらの化学物質は買うことはできません。我々は研究で買うことができますが、毎年届出をしなければなりません。
参加者

分解酵素みたいなものがあるんですか。

分解酵素は、肝臓のシトクロムP450という、化学物質を解毒する酵素があるんですけれども、テトロドトキシンのほうが早く分解して、アコニチンは少し抵抗性があるということです。

参加者

その分解酵素は同じものですか。効果は個体差もありますよね。

酵素は種類が違います。酵素はいっぱい種類がありますから。個体差もあると思います。

    • こうした化学物質というのは全部ネズミを使って、どれぐらい投与をすると危ないのかとか、どれぐらいの時間血液中に残っているのかとか、そうしたことは、貴重な動物たちの命も使いながら情報を得て、我々の身を守っているわけです。その意味では我々は動物たちに感謝しなければなりません。

天然毒の作用点は特異性が高い

    天然毒の作用点はとても特異性が高いものが多いです。(スライド25)理由はわかりませんが、特異性が高い。何々によく効くといったら、本当にそこによく効く。それは何を意味するかというと、人間はこれを研究用の薬や医薬品として使っていくことが可能であるということです。Pharmacological Toolと書いてありますが、薬理学的な薬の実験の道具に使えますし、薬物治療にも応用できる可能性があるというのが天然毒の魅力の1つです。

    • これは今の人たちがそれを見出したのではなく、古代にこの毒を飲んで、死んでしまう人もいたわけです。でも、少し飲んだら体調がよくなったという人もいたわけです。つまり、薬は全部毒なんです。皆さん、普段お医者さんにかかって飲んでいる薬も、もし一度に100錠飲めば毒になる。摂り方を誤れば、誰でも、どんなものでも毒になるということですね。薬と毒は表裏一体のものですね。だから、それを上手に使っていく必要があります。
    • 人間は紀元前から天然毒をうまく利用してきたんですけれども、19世紀くらいからいわゆる医学とともに医薬品という物をつくろうという方向になってきました。やっと19世紀、200〜300年前です。その頃の薬というのは植物からの天然毒抽出の時代と、僕が勝手に呼んでいます。
    • 資料(スライド26)にベラドンナという植物が出ています。イタリア語で「美しい女性」という意味だそうですが、なぜでしょう。この花が美しいからでしょうか。実は、そうではなかった。この花を食べるとどうなるかというと、瞳の虹彩がぱっちり開く。黒いところが大きく見えて女性がきれいに見えるわけです。目が大きく見えるんです。先ほど、アセチルコリンを抑えるほうのアトロピンというお薬の話をしましたが、それが入っているんです。それでこれを食べると瞳がきゅっと大きくなるので「美しい女性」という名前がついています。
関崎

アセチルコリンが入ってるっていうんなら危ないお薬ですよね。

たくさん飲んだらダメですね。それを上手に使うと鎮痛薬になったそうです。

    • モルヒネは、ケシからつくられることはおわかりと思うんですが、これはとても大事な鎮痛薬で、今でもモルヒネに勝てるような鎮痛薬はなかなかありません。上手に使ってあげれば末期のがん患者さんも痛みがないように病気をコントロールできる。そういう非常に重要なものであることが19世紀くらいからわかってきました。
    • キニーネというのはキナの葉からですけれども、マラリアのお薬になる。コカインは、皆さん印象が良くないかもしれませんが、局所麻酔薬としてお医者さんも使っているとても重要なお薬です。写真にコカレロというのがありますが、飲み物なんですけれど、これはコカの葉っぱからつくっているような飲み物になります。これにはコカインは入っていないんですが、けっこう売れているらしいです。
    • コカレロの写真の下の植物は、強心作用を持っているお薬。キョウチクトウです。夏の高速道路の分離帯などで、よくピンクや白の花を咲かせているのを見かけるかと思います。キョウチクトウはこの枝をお箸代わりにして食事を食べて食中毒になったという人がいますので、注意してください。
関崎

バーベキューで、キョウチクトウの枝に肉を刺して焼いて食べて食中毒というのを聞いたことがあります。

    • ヤナギの木はご存知だと思いますが、ヤナギの樹液は鎮痛薬になっています。これはギリシャ時代にヒポクラテスが見つけたといわれています。ただ、とても毒性が強い。鎮痛薬にも抗炎症薬にもなってすごく良いんだけれども、消化管、胃腸への毒性がとても強いんです。バイエル製薬のフェリックス・ホフマンという人が、ヒポクラテスが見出していたヤナギの樹脂から少しだけ合成して、アスピリンをつくりました。つまり、私たちはヒポクラテスが見出して、その後つくられたお薬を今でも使っているというわけです。ヒポクラテス、すばらしいですね。会ってみたいです。
    • このように19世紀は植物からいろんな薬が出てきた時代で、病気は何でも薬で治せるのではないかと、西洋医学が東洋医学を超えて進出してきた、そういう時代といえます。

微生物由来物質 暮らしにいきづく微生物培養の文化

    次の20世紀はどうだったか、今度は微生物の時代ですね。ノーベル賞をとった北里大学のリベルメクチンもつくったのは土壌菌でした。寄生虫のお薬を見つけたというんですが、それを見つけたのはゴルフ場でした。土の中にいる土壌菌を培養して、その微生物がつくっている化学物質を抽出したら、風土病の寄生虫のお薬になった。

    • なぜノーベル賞を取ったかというと、このお薬に関して自分の特許権を放棄して、アフリカの製薬のために寄付したということで、ノーベル賞の授賞式でも王様のすぐそばの最も権威のある場所に座られたということでした。
    • 我々がいちばんよく知っているペニシリン。第二次世界大戦中も戦場で負傷した兵士にはこれがいちばん重要でした。結核などの病気はペニシリンがなければ死に至っていましたから。当時日本でつくっていたペニシリンは、アメリカ合衆国でつくっていたペニシリンよりも100倍くらいクオリティが良かったそうです。そのように書物に記されているんです。
    • それはなぜか。我々日本人は日本酒を飲み、醬油を使いますし、味噌もつくります。みんな発酵食品です。日本人は古来から微生物を上手に使って、発酵食品をつくるなど純培養する力があったんですね。微生物を培養する能力に長けている民族といえます。
    • 今21世紀の日本には製薬会社がたくさんありますね。世界的に見て、製薬会社があるのはアメリカ、日本、スイス、イタリア、フランスなど7カ国ぐらいしかありません。できているものを合成するところはありますが。この小国日本がいまでも製薬会社でたくさん薬をつくっているのはなぜかというと、おそらく微生物を使って抗菌薬をつくるということが日本はすごく得意だからではないでしょうか。
    • これは、微生物、バクテリアを標的につくれば抗菌薬、抗生物質ができるわけですが、例えば免疫を標的にしてお薬を探していくと免疫抑制剤ができるわけです。また高脂血症、血中の脂質が高いという、その治療薬でプラバスタチンがありますが、これも日本発で、微生物由来です。つまり、標的をバクテリアではなく免疫の作用にしたり、高脂血症のカスケードにするなど、アッセイする系を変えるだけで、同じような微生物から異なるものが取れるということになります。
    • 20世紀はペニシリンがノーベル賞を取ったのを皮切りに、いろいろな抗菌薬が日本ではつくられました。世界有数の微生物代謝産物探索の研究先進国といえると思います。これが日本は小国だけれども、製薬会社がたくさんある、オリジナリティのあるものがあるという1つの根拠になるかもしれません。その中に次のノーベル賞をとれるくらいの素晴らしい薬をつくっている実績ががわ国にはあります。それは私たちが味噌、醬油、お酒などのように微生物を上手に使う民族だからというお話です。

公衆衛生から創薬へ

    21世紀になると、天然物から薬をつくるのは限界だろうということで、今の製薬会社さんは天然毒から薬をつくろうという研究からは少し離れて、違う方向に行っています。その中でも、21世紀は逆に公衆衛生から薬をつくろうということが見られるようになっています。

    • 1984年に辛子レンコンの食中毒がありました。真空パックの辛子レンコンで起きたこの中毒は、いわゆる嫌気性菌のボツリヌス毒素というのが毒性成分でした。(スライド28)グラクソスミスクライン社は、このボツリヌスの毒からそのままチックなどの症状に対応するボトックスという薬をつくりました。これは発想の転換です。
    • それから、ようやく複雑な化合物だった海産毒から薬をつくるような時代も少しやってきています。エーザイが開発したエリブリンという抗がん剤は、ハリコンドリンBという海産毒、渦鞭毛藻という微生物がつくって、貝類や食中毒を起こす原因の毒ですが、そこから抗がん剤をつくるというような時代が来ているところです
関崎

いずれもそのまま薬にしたわけではなくて、何かちょっと加工して薬になるようにした。

そうですね。そして公衆衛生が発端です。このように21世紀は発想の転換でもうちょっと天然物をもう一度薬として、創薬として見直そうという時代にもなってきています。

    • ハリコンドリンB(スライド29)はクロイソカイメンの毒から同定されました。こんな複雑な化学物質が取り出されました。日本人の研究者が苦労してつくった物です。平田義正先生はこれを構造決定した人です。上村先生もそうです。ハーバード大学にいらっしゃった岸先生が自らこれを合成することに成功しました。
    • これをエーザイ製薬が随分時間をかけて一部分(赤点線円内)だけを効率よく合成するようになりました。それがエリブリンメシル酸塩です。末期の乳がんの患者さんを延命することができるということで、子宮がん、乳がんの治療薬として売られるようになりました。
関崎

毒から乳がんというのは、全然結びつかない気がするんですが。

この毒がいくら面白い形をしていても、何の作用もなかったら役に立たないじゃないですか。だから、がん細胞などを使って、がん細胞だけを殺しちゃうとか、特別な作用がないか探すわけです。

    • ハリコンドリンBは普通の細胞はあんまり殺さないけれども、がん化した細胞だけを特異的に殺す、そういう作用が試験管内でわかったというのがスタートです。科学研究者と製薬会社のコラボレーションで、資料の記録(スライド29下図)にあるように気の遠くなるような実験が行われました。
    • この毒は1990年くらいからわかっていたんですが、薬ができたのは2010年くらい。20年くらいかかってできているわけです。このように、ようやく自然物からがんの治療薬をつくるような能力も21世紀にはできてきたということです。
関崎

カイメンを持ってこなくても合成できちゃうんですね。

オメガコノトキシンというのは、イモガイというよくネックレスなどに使われていたりする貝の持っている毒です。(スライド30)この毒もアイルランドでは、モルヒネの1000倍の強力な鎮痛作用を持つ鎮痛薬として、認可が出ています。日本ではまだ出ていません。
関崎

モルヒネが最強ってさっき仰っていました。それよりもすごいということ。

そういうことです。こういった天然毒を薬としてうまく利用していく時代がまだ続きそうです。頼らざるを得ないこともありますね。動植物の持つ毒のような基になるユニークな化学構造を我々が思いつくわけがないので。その意味でも、公衆衛生の研究もとても大事になってきます。

時間の最後まで対話する会場の情景

さらなる質問タイム 次々と話題が飛び交います

ヘビ毒を持って進化した(?)私たち

    写真(スライド31)はイスラエルのアナヘビで、サラフォトキシンという毒を持っています。実は今日のカフェに参加している二十何人の私たちほぼ全員が、サラフォトキシンとほとんど同じ物質を体の中に持っています。我々人間はヘビの段階からはずっと進化してきているわけですが、ヘビ毒をそのまま体の中に保持したまま、それをいろいろな生理作用を持つものとして使っています。
  • それがエンドセリンという名前のものです。遺伝子を改変してしまって、エンドセリンやその受容体を使えないモデル動物をつくったりしますと、いろいろな病気が出てきます。
  • これがなくなってしまいますと、1つはヒルシュスプルング病という病気になってしまいます。これは、赤ちゃんが生まれながらにし腸閉塞を起こしてしまう病気で、5000人に1人というけっこう頻繁に起こる遺伝性の疾患です。ミルクを飲んでもおしっこ、うんちが出ないから、お腹がパンパンに張ってしまい、ゼロ歳児で手術をしなければならないという大変な病気です。これは、エンドセリンというヘビ毒の仲間がないことが原因の一部ということがわかっています。
  • 肺高血圧症というものもあります。高血圧は、全身の血圧が上がる病気で、それも怖いですが、肺高血圧症というのは、肺と心臓の間の血液循環で起こる病気です。血液は心臓から出て、肺できれいになりますよね。そしてまた心臓に戻ってきます。それから全身に行きます。肺循環と全身循環の2つのポンプ機能があるわけです。この肺循環のほうが高くなっちゃうと、とても危険で、死に至るような病気になるのが肺高血圧症です。肺高血圧症の治療薬としては、エンドセリン受容体の拮抗薬が世の中に出ています。
  • このように、我々はヘビ毒をもっています。さきほど、強心薬のキョウチクトウ、ウワバインの話が出ましたけれども我々はそれも持っています。ウワバゲインという名前ですけれども、食塩感受性の高血圧症には、そのウワバインが関与しています。ですから、我々の体は自分の持っているいろいろな毒にも助けられながら、生命自体が維持できているわけです。
関崎

堀さん、ヘビの毒と我々が持っているものは全く同じというわけではなくて、微妙に違うところがあるんですよね。

ちょっとだけアミノ酸が違うんですが、ほぼ同じです。非常によく形が保存されています。

関崎

ヘビ君自体はどうしているのか、ちょっと気になります。

ヘビはともかく、ウマも同じように腸閉塞を起こします。アメリカで西部劇の撮影によく使われる茶色と白のペイントホースというウマがいますが、その一部がホワイトホースになるんですが、そのホワイトホースになるウマが人間同様腸閉塞になります。ヘビ毒が種を超えて保存されていて、それが体の中で使われているわけです。ヘビでエンドセリンが使われているかどうかは、勉強不足でわからないですね。使ってないかもしれないです。

結びに

    「毒とクスリと人間の関係」というテーマで話してきました。我々は自然界から毒を持ってきて、上手に使っているわけですが、考えてほしいことがあります。「人間は醜い生き物である」、「わがままな人間の欲望を法で制御しなければ、地球環境を守れない状況に来ている」ということで、「生物多様性条約」というのが、今、世界中の紳士協約として興っています。これは、遺伝資源を保護するというのとはちょっと同義ではないんですけれども、我々の生物多様性の保全、つまり自然環境を保全しようという協定をつくりましょうという条約です。新聞をよく読んでいますと何年かに1回こういうのが出てきます。

    • 経済的には生物資源の市場規模は年間70兆円。そうすると、「お!」と思うでしょう。お金に目が眩むわけです。でも、資源そのものはどんどん減って、年間40,000種絶滅しています。だから、我々は守っていかなければならない、共存していかなければならないということも、本日は皆さんにお話したいと思います。
    • 人は毒に悩まされ、知恵を絞って積極的にこれを利用してきたわけですが、それが醜い争いの原因にもなっています。例を挙げますと、ドイツで風邪薬に使われているウンカロワアーボ、ランの一種ですけれども、これはもう絶滅しました。
    • タミフルというインフルエンザの薬はご存知と思いますが、そのタミフルの化学物質の素は、中華材料になっているハッカク(八角)がないと採集できなかったんです。それで中国で野生のハッカク種がどんどん減っていたのですが、幸い今は全部合成できるようになったので、ハッカクがなくても大丈夫になりました。逆に今、タミフルが効かないインフルエンザが出てきていますが、それはまた別のお話です。
    • オセアニアのサモワにヒーラーという、病気を治す現地の人がいます。葉っぱを煎じたりして薬をつくったりしていますが、プロストラチンというこのお薬は、サモワ地方のヒーラーが肝炎などいろいろな治療に使っているので、抗がん剤で使えないかということで、アメリカが開発に乗り込みました。カリフォルニア大学バークレー校では、これはエイズに効くということから、エイズ・リサーチ・アライアンスという米国のエイズを扱っている団体が、サモワ政府にちゃんと「生物を利用させてもらったよ」ということで住民にも利益を還元している。
    • ところが、それから10年ぐらい経って、スタンフォード大学がこのプロストラチン自体を全部自分たちでつくることができてしまった。そうすると、彼らは「僕らは自分たちでつくったんだからサモワ政府になんでお金を払わなければならないんだ」と。しかし、逆に考えると「なんで、お前たちはこれを合成したんだ」と。この基になる知識があるからだろう、そうしたらやっぱり支払うべきなんじゃないかと。というような醜い争いが起こったわけです。お金がらみなんです。
    • ペルーの例では、これは「龍の血」といわれ、ネットで調べると、作用機序までわかっているんですが、下痢止めのお薬です。これも「なぜ生物多様性条約にもとづいてペルーにお金を払わないんだ」という意見と、「そんなものは大昔からある既存の知識だから知財に対してお金を払う必要はない」と、争いの種になっています。
    • 薬の約半数には自然の中にある成分が使われています。また、抗がん剤の42%に自然の中にある成分が使われています。中国では5,000種類以上の植物が漢方薬として治療目的で使われています。人口の4分の3が伝統的な自然の薬に全部または一部を頼っています。
    • アメリカで遺伝子資源に由来する薬の売上げは最大16兆円もあります。薬用植物を含む世界の植物種のうち70%が絶滅の危機にある、そういう時代になっています。
    • 人間は、毒に悩まされ、苦しめられながら、工夫して毒を使ってきたんですが、これから先、互いに仲良く、環境を守りながら使っていかなければならないと考えています。(完)
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