お知らせ
第27回サイエンスカフェ「キンギョはなぜ海が嫌いなのか?——魚の浸透圧調整機能とその応用——」開催報告
掲載日: 2017年8月22日
2017年7月11日第28回のサイエンスカフェ「キンギョはなぜ海が嫌いなのか?——魚の浸透圧調整機能とその応用——」を開催しました。
東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 教授の金子豊二さんに、塩分濃度の異なる様々な水環境で繁栄してきた魚たちの浸透圧調節の仕組み、それを活かした内陸での海水魚養殖などについて紹介していただきました。
活発な質問も相まって、話題は身近な魚キンギョの水槽の塩分から、巨大なヨーロッパの岩塩坑のことまで展開、魚、水、塩分、生命に不可欠なそれらのものと私たちとの結びつきについて語り合う有意義な時間となりました。
○第27回サイエンスカフェ配付資料(pdf)
※以下、記載がない場合の発言は金子氏のもの
※質疑応答は一部抜粋
キンギョはなぜ海が嫌いなのか?
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キンギョを海水に浸けるとどうなると思いますか。死ぬかもしれないし、中には頑張って生きるのもいるかもしれない。あるいはゆっくりやれば十分海水でも生きられるかもしれない。では、キンギョを海水に入れると死んじゃうと思う方(参加者の多くが挙手)、どうにか頑張れば生きられると思う方(参加者数人が挙手)。これは実は死ぬんです。では、キンギョを海水に入れたことはありますか。私たちはなんでキンギョを海水に入れると死ぬって知っているんでしょう。不思議じゃありませんか。
参加者
キンギョの病気のときに、多少塩を入れたりしますね。
金子
はい。ただ、それは海水ほど濃くないですね。確かにちょっとしょっぱいと病気にいいんですが、ほんとの海水では駄目です。
- もし小学生の私が今そういう質問をされたら、やっぱり「死ぬ」って答えると思うんです。何でそんなこと分かるんだろう。もし自分がヨーロッパの人間で、キンギョになじみがなかったら、「これはキンギョという日本の魚か」と。これを海水に入れたらどうなるか。「そんなの知るはずないだろう」ということになるかもしれません。もしかすると、キンギョすくい、夏、涼しい、真水というイメージが頭の中でつながっていて、だからキンギョは淡水じゃなきゃ生きられないと思っているのかもしれません。でも実際に海水に入れたら死んでしまいます。なぜでしょう。
淡水魚と海水魚/狭塩性と広塩性
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キンギョは淡水魚で、海水には生きられません。逆にトラフグは、海水魚です。マグロ、サンマ、イワシ、アジ、全部海水魚です。おそらく淡水では生きられません。特にマグロが淡水で生きられるかは、やったことがありませんので分かりませんけれども、まず死にます。こういうのを「狭塩性魚」といいます。これは狭い塩と書いて、生きられる塩分濃度の範囲が狭いですよという意味で狭塩性魚です。
- かたや、ウナギとかサケのように、一生を通して海と川を行き来するような魚は、海と真水の両方で生きられます。ティラピアという魚も沖縄、ハワイ、いろいろなところにいて、アフリカ原産で、いろんな種類がありますが、多くの種類が淡水・海水、好きなときにどっちにでも行けます。同じように水に特化してるはずの魚でも、川じゃなきゃ駄目、海じゃなきゃ駄目、あるいはどっちでもと、多種多様なんですね。なぜそんな違いがあるのかというのが研究の1つのテーマです。お金になるわけではありませんが、うまくするとそれが産業と結びつくこともあり得るということです。
- 実は生き物の中で魚はかなり高等で、われわれと同様に背骨のある脊椎動物です。ただ、生き方が不器用なんですね。魚の血液の塩分濃度は実はわれわれ人間とほとんど同じで、食塩水にすると0.9%。生理食塩水と同じです。点滴のときに使う、逆さに吊している瓶の中に入っているものが生理食塩水です。薬だと思っている人が多いですけれども、薬ではなく、塩水です。もちろんこの塩水に薬を溶かして点滴するんですが、ぶら下がっている瓶の中身はほとんど塩です。これが0.9%。実は、海の魚も川の魚も、血液の塩分濃度は同じ0.9%です。ただ、プラスマイナス0.1%くらい幅はありますが、大体人間と同じです。
- 住んでいる環境が真水の場合、塩分濃度はほとんど0%です。0%の中で、体を0.9%に維持するっていうのは、とっても大変なことです。なぜかというと、魚は水の中に住んでいるので、えらを介して体の中と外が結構スカスカにつながっているんです。我々は陸上で生活していますが、生き物はもともと水の中にいました。一部の生き物、脊椎動物が陸上に上がってきたんです。そのときに、体が乾燥しないように宇宙服みたいのを着て上がってきた。ですから、われわれは地上にいても、体から水分がすぐなくなっちゃうなんてことはないわけです。
- ところが、水の中の生き物は周りの水と一体化して生きています。例えば淡水に住む魚であれば、真水、塩分の薄いところにいるんで、えらを介して中の塩が抜けてしまうということが起こるわけです。逆に海水だと3.5%あって、体の中は0.9%。水のほうがはるかにしょっぱいわけです。しょっぱい海水に浸かっていたらどうなるか。白菜と同じ運命をたどります。白菜をしょっぱい水、例えば海水に浸けておくとどうなるか。塩が入ってきて、水が抜けて、塩漬け状態になります。これは容易に想像できますね。
- 実は生きている魚も、海にいるだけで塩漬けになりがちなんです。ただ、生きていくためには、これを0.9%まで下げなきゃいけない。ですから、海の魚は塩漬けにならないようにエネルギーを使って必死に適応して生きていんです。
- 海の魚の場合、海水の塩分濃度は3.5%、結構な塩の量ですよ。1リットルの海水に35グラムの塩です。お相撲さんが土俵でつまむ1つまみぐらいが35グラムですが、35グラムはとんでもなく多い量です。一方、血液は0.9%。当然、外のほうがしょっぱいから水と塩分が勝手な動きをします。白菜を思い出してください。塩が入ってきて水が抜ける。だから何もしなければ、海の魚は自ずと塩漬けになってしまいます。試しに死んだ魚を海水に浸けておいてみてください。おそらく塩漬けになると思います。やったことはないですけれども、きっとそうなると思います。
- このままにしておくと塩漬けになっちゃうんで、ならないようにどうするか。2つのことをやります。まず、水が抜けちゃうんで、それを補うために水を取り込みますけれども、海水魚が飲める水って海水だけです。しようがないから海水をガブガブ飲むんです。これは、魚に特徴的なことで、人間にはできないことです。もし、海で漂流したら喉が渇きますが、喉が渇いたからって、海水飲んだらどうなるか。幸いやったことはないですが、間違いなくしょっぱくて、喉を潤すことになりません。ところが、海の魚は、しょっぱい海水を飲んで水分を取り込むことができるんです。人間にこれができたら、とっても素晴らしいんですけれども。
- もう1つは、塩が入ってきちゃうんで、塩を出します。どうやって出すかということが私の研究の中心なんですが、えらから出します。えらは、人間の肺みたいなもので、呼吸器官です。ですから、酸素を取り込んで二酸化炭素を出す。けれども、それ以外に、塩を出したり取り込んだりする浸透圧調節器官としての役割もあるんです。えらというのは、マルチな機能を持っています。
- そして、えらにはもう一つ大事なはたらきがあります。実は排泄器官でもあるんです。動物は、生きている限りアンモニアが生じます。アンモニアはとても体によくないんですが、どうしてもアンモニアが出ます。タンパク質が分解するとアミノ酸になって、アミノ酸が分解するとアミノ基が外れて、それがアンモニアになってしまう。もし血中のアンモニア濃度が上がるとどうなるか。意識が遠のいていきます。
- このアンモニアをどうにか処分しなきゃいけないんですが、人間の場合は、それを尿素という形に変えて、おしっこで出します。魚の場合は、アンモニアです。できたアンモニアをアンモニアのままで、「えら(鰓)」から出します。えらは、言ってみれば携帯水洗トイレ。携帯水洗小便器と言ってもよろしい。非常に合理的にできているんです。
- えらにはいろんな機能のうちの1つに塩を出したり取り込んだりする機能があります。それを担っているのは、塩類細胞というものです。特に海水魚の場合は、体の中に塩が入ってきちゃう。その入ってきちゃった塩を、この塩類細胞から常に自らのエネルギーを使って出しています。ここが大事です。エネルギーを使っているということは、疲れるんですね。お金がかかると言ってもいいかもしれません。エネルギーを使って排出する、これが結構労力がかかるんです。
- 構造を見てみましょう。魚の頭の部分を水平面で切った図です。えらというのは左右4対。これを取り出してみると、きれいな鮮やかな色をしています。これらの1個1個に複雑な構造があって、資料の写真は実物ですけれども、走査電子顕微鏡でさらに細かく見ると、その表面にヒラヒラがいっぱいあります。えらの弁と書いて「鰓弁(さいべん)」といいます。魚偏に「思う」と書いて、これ、「えら」と読むんですね。魚偏が付くと大体魚の名前じゃないかと思って、「これ、何の魚かなあ」と考えますが、これは「えら」です。魚偏に「思う」でなぜえらなのか、よく分かりませんけれども。人間の場合胸に手を当てて考える、魚は、ひれをえらに当てて考えるのか…。
- それはさておき、表面にヒラヒラがいっぱいあります。どこかで見たことありますよね。この構造。車のラジエーター。あるいは、エアコンの室外機。表面積を広くして、ガス交換の効率を高めているんです。えらはガス交換、呼吸の場所ですけれども、よく見てください、ブツブツがいっぱいあります。実はここに塩類細胞というのが隠れています。ここに特殊な方法で塩類細胞を緑色に光らせた写真があります。ヒダヒダがあって、呼吸をしているところに、緑色に光っている細胞、この1個1個が塩類細胞と呼ばれる細胞です。これを走査電子顕微鏡で表面構造を見てみると、間に1つの仕切りがあって、これが呼吸する細胞、被蓋細胞といいますけれども、英語でいうとペーブメント・セルです。ペーブメントというのは聞いたことあると思います。僕は銀座を思い浮かべますが、ペーブメントは敷石ですね。
参加者
そのスケールはどのくらいなんでしょうか。
金子
この直径は20~30マイクロぐらいです。ということは、1ミリの30分の1から40分の1ぐらいですかね。その敷石の隙間に穴が空いています。この不気味な穴。実はこの下に塩類細胞が隠れていて、この穴から海水魚の場合、塩が噴き出してきます。
- 出てきた塩を特殊な方法で茶色く見えるようにしました。穴から塩が飛び出てきている様子です。この画は動くんですよね。よく見ていてください。ここが塩類細胞です。塩類細胞の頭から塩が噴き出ています。海の魚は、これをずっとやっているんです。例えると、小さなボートの底に小さな穴が空いて、そこから水がしみ込んでくる。でも、すぐ沈むほどではない。ところが、10分とか20分に1回、ひしゃくでくみ出さないと、一晩寝ちゃうと沈んじゃう。ちょうどそんな感じで、塩が入ってきちゃうから、その塩をえらの塩類細胞からくみ出しているということです。
- 塩をくみ出すのに当然エネルギーが要ります。もしこの塩をくみ出す動力を軽減してやったら、魚はきっと幸せになるんじゃないか。具体的には、100%普通の海水で飼っている魚を、ちょっと薄めの、半分に希釈した、半海水といいますけれども、半分に薄めた海水で飼うとどうなるか。半分に希釈しても血液よりはちょっと濃いめですね。つまり、塩を出すことは出さなきゃいけないんだけれども、ちょっと出せばいいだけです。だからすごく楽になるんです。もし、同じ餌を食べていて、楽になったらどうなるか。エネルギーが余る。その余ったエネルギーは当然成長に回るということで、薄い海水で海水魚を飼うと成長がいい、あるいは魚が楽できるということになるわけです。それを水産業で応用するということもできます。現在、いくつかそういう試みがなされています。
キンギョが大好きな塩分濃度は何パーセント?
-
「キンギョは何で海で生きられないのか」をまとめてみます。海水魚、あるいは海産魚と呼ばれる魚の塩類細胞は塩を出すことに特化しています。塩を出すことによって塩漬けにならないようにしています。逆に真水の魚、淡水魚、キンギョのような淡水魚は、塩類細胞が、不足する塩類を取り込んでいます。真水には少量だけれども塩が溶けています。それを一生懸命取り込んで血液が薄くなってしまうのを防いでいます。ただ、海水魚の場合は、塩類細胞が塩を外に出さないと絶対生きていけません。
- 淡水魚の場合は、塩類が不足しがちですが、餌を十分に食べてれば餌からある程度塩を補給できます。ただ、餌を食べなくても塩類細胞が頑張れば塩を取り込むことができるんです。淡水魚は餌を食べていればまあどうにかなるけれども、海水魚はただ餌を食べていても塩は外に出せません。ですから、海水魚の塩類細胞が塩を出すというのは、どうしても不可欠なことなのです。
- さて、海でも川でも生きられる広塩性魚の場合は、この塩類細胞はどうなっているのでしょう。広塩性魚は、外部環境の塩分濃度に応じて塩類細胞の機能を切り替えることができます。淡水中だと塩を取り込んで、海水中だと塩を取り出す。言ってみれば巨人の柴田みたいなもので、スイッチヒッターですね。ちょっと古かったですかね。野球のバッターはふつう左利きか右利きのどっちかなんですが、相手のピッチャーによってどっちでも打てる人がいるんですよね。それをスイッチヒッターといいますが、まさに広塩性魚の塩類細胞はスイッチヒッターで、塩類細胞が塩を取り込むことも排出することもできるというわけです。
ということで、キンギョを海水に入れると死んじゃうのはなぜか、手短に答えると、キンギョの塩類細胞は機能の可塑性がないから、ということになります。機能を切り替えることができない。塩を取り込むことしかできず、排出するようにはなれない。それで、海では生きられないということなんです。
参加者
先生、キンギョの場合に、例えば0.9%の海水に入れてやれば、エネルギー使わないで塩が入ってくるんで、成長が早くなったりするんですか。
金子
いい質問ですね。0.9%だったら、淡水魚でも海水魚でもベストだろうということですね。キンギョの場合だったら、血液が0.9%で外も0.9%ならばっちりだという考え方。そのとおりだと思うんですけれども、ちょっとここで変なたとえ話をしましょう。
- 今の話題は魚の血液の塩分濃度ですけれども、これも恒常性の維持の1つです。われわれ人間にもいろいろな恒常性があります。例えば体温。われわれの体温は普段36度とか37度ぐらいです。体温を維持するために、暑いときでも寒いときでも36~37度になるように一定に保ってます。これも恒常性の維持です。じゃあ、われわれがもし素っ裸で生きるとしたら何度がいいですか。理屈で言うと37度が一番快適なような気がするけれども、いくらスッポンポンでも37度だとさすがに暑いような気がするんですよね。個人的には、30度ぐらいが一番いいですかね。関崎先生、どうですかね。
関崎
もうちょっと低い。
金子
いろんなご意見があるでしょうけれども、いずれにしても36度、37度は高過ぎます。なぜでしょう。人間は、体温を上げるほうと下げるほう、どっちが得意かということです。上げるのは得意というか、動けば温度が上がる。筋肉を使えば一部がどうしても熱になっちゃう。下げるほうは結構大変で、汗をかいて気化熱で下げる。でも、湿度100%だったら気化熱もない。だから下げるほうは苦手なんです。人間は熱を出しやすい生き物だということを勘案すると、裸で生きる場合には体温より低めのところ、30度ぐらいがいいということになります。
- 先ほどの質問に戻ります。キンギョは塩分濃度0.9%の血液を持っているから、0.9%の環境水がいいんじゃないかということについて。キンギョの塩類細胞は塩を取り込む、あるいは餌を食べれば当然塩も入ってきちゃう。キンギョは塩が入りやすいたちなんですね。出すことはできない。だから、0.9より低めにしましょうということです。例えば0.5%はどうですか。0.5%、キンギョは大好きですよ。
- 本郷の近くに、江戸時代から300年続くという有名なキンギョの問屋さんがあります。僕は、ちょくちょくキンギョを買いに行くんですが、その問屋さんの水槽の水はどうか。僕は、ある程度汚くても必ず我慢してなめてみます。すると、しょっぱいです。ふと見ると、横には、粗塩のでかい袋が積んであります。実は、その塩分濃度は0.5%。金魚屋さんのストックの水槽は0.5%になっている。0.5%はキンギョには楽ちんなんです。ストレスも感じず、幸せにのんびりできるんです。
- キンギョすくいで、キンギョをとってビニール袋に入れて持ち帰り、イチゴのパックか何かに入れてしばらくすると死んじゃうこと、よくありますよね。家では塩が入ってない普通の水道水にハイポか何か入れてやるでしょう。すると、今まで0.5%でぬくぬくと楽をしていたのに、いきなり塩のないところに入れられて、えらいストレスを感じて死んじゃうわけです。
参加者
金魚が生きられる水温の幅ってどのぐらいなんですか。
金子
水温は、金魚は下は0度近く、上のほうも30度ぐらいまで平気で、結構幅があります。氷が張っている下で金魚がじっとしていることもありますが、金魚は高温でも低温でもかなり強いです。魚種によって適した温度は違いますね。サケ・マスは低温じゃなきゃ駄目です。高いほうは15度でもきついぐらいですね。今、気候の温暖化が進んでいます。水産関係の研究で高温耐性の魚を作ろうとしています。高い温度でも生きられる魚を作っておけば、だんだん気温が上がっていっても、冷温が適した魚を養殖できるように、高温耐性の魚を作るということが、遺伝子工学とかいろんなことを駆使して取り組まれています。
何を話していたのか分からなくなってきましたが、これだけは覚えといてください。キンギョは0.5%の食塩水が好きだと。
海水魚を希釈海水で育てると
参加者
好適環境水は、何%なんでしょうか。
金子
キンギョは0.5%がいいと言いましたが、海水魚どうか。海水はふつう3.5%ですよね。それを半分ないし1%ぐらいまでは平気なので、薄くすると、塩を出す労力がなくて済むので楽ちんなんです。おそらくその好適環境水というのは、必要最低限なイオンを海水の3分の1の塩分濃度になるぐらいに調整したものだと思います。
参加者
ネット等には、キンギョも海水魚も一緒に水槽で生活できている、生きていると書いてありますが、それは本当でしょうか。
金子
本当です。好適環境水である必要はありません。広塩性魚と挟塩性魚の塩分耐性のグラフを見てください。横軸に海水の希釈率。100は海水、0は淡水です。キンギョの場合、図の赤い線のようになります。ふつう、キンギョは淡水にいるんですけれども、血液浸透圧というのは、血液、塩分濃度と同じ意味です。1,000というのが大体海水と同じなので、3.5%ぐらいなんですけれども、キンギョの血液の塩分濃度は海水の4分の1ぐらいです。それを10%、20%海水、ちょっと塩が入ったくらいの、海水をブレンドした水に入れても生きています。30%でも平気です。ただ40%ぐらいになると、血液の浸透圧、塩分濃度が上がり過ぎて死んじゃいます。ですから、そこまでの範囲だったら生きられる。
- 一方、海水魚はふつう海水中にいます。そのときの血液の塩分濃度は、海水の大体3分の1ぐらいですが、それを薄いところに入れても意外と生きていけるんです。トラフグの例では、10%ぐらいでもどうにかなります。さすがに淡水だと駄目ですが。いわゆる広塩性魚、どっちでも生きられる魚は、淡水から海水まで幅広く生きられます。ただ、海水のほうがちょっと、ほんのちょっと浸透圧が右上がりになっていますね。
- 見ていただきたいのは、希釈率20%から30%ぐらいの部分です。ここの範囲であれば全ての魚が生きられます。それは好適環境水である必要はありません。実際、この隣のビルに僕たちの飼育室、魚の水槽室があるんですけれども、そこには濃度を3分の1に調節した海水があって、その中にキンギョとかヒラメとか、いろんな魚を入れています。要するに希釈海水であれば、別に好適環境水であろうとなかろうと、ちゃんと同じ水で生きることができます。
参加者
その3分の1の希釈のところで、成長が一番ピークになるんでしょうか。
金子
そんなことはないです。海水魚であれば、希釈率40〜50%ぐらいがベストですね。もちろん生きられますけれども成長がいいかどうかは別です。
参加者
成長のいいところの希釈率は、淡水魚、海水魚で変わってくるということですか。
金子
ざっくり言うと、30%に希釈した海水ぐらいが血液の塩分濃度です。海水魚だったらそれよりちょっと高め。淡水魚だったらそれよりちょっと低めぐらいのところが理屈の上でベストです。それは実際実験してみないと確証は持てませんけれども、理屈の上からはそういうことが言えると思います。
- こういう水槽を混浴水槽と呼んでいますが、ただ注意しなきゃいけないことがあります。塩分濃度に関しては両方にちょうどよいところにすれば完璧なんですけれども、相性があります。ヒラメを飼っているんですけれども、ヒラメっていうのは嫌な魚ですよ。普段、底に隠れていて目だけ出しているんです。小さい、キンギョすくいのキンギョを入れると3秒でパッと食べちゃいます。それを知らずに、以前、お客さんが来るっていうんで、いいとこ見せようと思って、高級熱帯魚、こんな小さいやつで、1匹3,000円とかいうのを学生が買ってきたんです。それを入れたら3秒のうちにパクッと食べちゃって。もうそれ以来、ヒラメ見ると腹立ってしょうがない。魚どうしの相性と、あと水温ですね。好きな水温ももちろんある程度そろえてやらなきゃいけない。そして、アグレッシブな魚は避けたほうがいいですね。
温泉水で育てるブランドフグ
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次に、海水魚にとって快適な水とは何かについて、トラフグを使ってもうちょっと丁寧に説明したいと思います。トラフグは高いんですよ。1匹、1キロで5,000円ぐらいします。ですから、こんなでかいのを実験に使うと、お金がいくらあっても足りません。実際に実験に使ったのは1匹100円の小さいものです。種苗生産っていう言葉があるんですけれども、養殖する人は種苗の業者から買うんですね。1匹100円で、数グラムですね。
- トラフグの低塩分耐性のグラフを見てください。先ほどと同じ海水の希釈率を示していますが、順番が逆になっています。左が100で海水、右側が淡水です。折れ線グラフが3日間の生残率です。海水に入れとくと全く死にません。75%希釈海水でも平気です。驚くことに5%の希釈海水でもどうにかなります。ところがそれより下がり、淡水だと50%に下がってしまいます。図を見て淡水でも生きられるんじゃないかとお思いかもしれませんけれども、もうちょっと長くなると死にます。3日間での生存率。そのときの生きている個体の血液の浸透圧を測定してみると、より明確です。300という数字が1つクリティカルな値として示されているところです。これを割るとうまく適応できないと考えられます。それを考えると、10%海水ぐらいまではどうにか生きていけるということになります。ですから海水魚というのは、意外としょっぱい海水から10分の1に希釈した海水まで幅広く生きられる。でも淡水では駄目なんだということになります。
- 低塩分環境下におけるトラフグの成長のグラフ。これはトラフグを海水と25%に希釈した海水で8週間にわたって飼育し、体重と体長の変化、成長を見たものです。濃い色が100%、薄いほうが4分の1の希釈、25%に希釈した海水です。この話をすると、大体多くの人の頭に思い浮かぶのは、25%、4分の1に薄くしちゃった海水だと、まあ死なないまでも魚は我慢しているんだろう、堪え忍んでいるんだろうと思うかもしれません。でも成長を見てください。決して悪くないんです。グッと行っているわけではないですが、25%希釈海水でも、海水の場合と遜色なく成長する。25%というのはちょっと薄めですよね。40%ぐらいが本当はいいんですけれども、25%でもちゃんと成長できると。統計的には差がなかったんです。初めの段階でも25%のほうが高かったので、それが影響しているのかもしれませんけれども、決して堪え忍んでいるという感じではありません。
参加者
酸素の濃度は特に関係ないのですか。
金子
魚を飼う場合、もちろん酸素が不足するとまずいので、常にバブリングといってブクブクやっていて、酸欠にはならないようにしています。
参加者
であれば、淡水に近けりゃ近いほど酸素溶けやすいかなと思いますが。
金子
そうですね。でも、まあ、密度が低いですから。高密度で飼うと、そういう問題が出てきますけれども、十分大きい水槽で、十分エアレーションしていれば、それが問題になることはまずないですね。
参加者
グラフに影響するほどではない。
金子
高密度だともちろん影響します。何分にも1匹100円の小さいやつなんで、密度的に問題はないということになります。
- ここまでのまとめです。魚の血液塩分濃度は、塩分濃度でいくと0.9%で、大体海水の4分の1から3分の1ぐらい。海水の魚は、エネルギーを使って、えらの塩類細胞から常に塩を捨てている。だから、ちょっと薄めだと随分楽なんだということになります。トラフグで調べたところ、10%希釈海水までは一応適応できる。しかも、海水と比べて25%希釈海水でも遜色なく成長できるということが見えてきた。以上のように、浸透圧調節のしくみや、その理屈から、希釈海水の有効性が見えてきたと。その応用として、希釈海水を使うと養殖がより効率的にできるんじゃないかという方向に向かっていくわけです。
- さて、陸上養殖に希釈海水を使うメリットというのはいくつかあります。復習になりますが、魚にとっては浸透圧調節に費やすエネルギーを節約できる。100%と比べ、成長速度は同程度かやや早い。人にとっては、成長が早ければ出荷までの期間を短縮できるので、非常に有利になるわけです。また、海水の使用にかかるコストを削減できます。例えば、ここのキャンパスでは海水を2か月に1回ぐらい10トンずつ買っています。東海汽船の客船が八丈沖で船底のバラストにくんできた海水です。それを竹芝桟橋でタンクローリーに積み替えて持ってきてくれるんですが、10トン14万円です。だから1トンに換算すると1万4,000円です。もし山奥で海水魚の養殖をする場合、それを運んだら大変です。仮に半分で済めば、海水の値段が1トン7,000円で済む計算になるわけです。海から離れた場所でも海水魚養殖が可能になるのではないかということです。
- そんなことを思っているときに、温泉トラフグをやってみましょうという話が出てきました。海なし県での海水魚養殖です。栃木県那珂川町の町おこしプロジェクトとして始まったものなんですが、中心人物の野口さんという方は私と同じ年ですけれども、この方から7~8年前に連絡をいただきました。地元の塩分を含む温泉水を使ってトラフグの養殖をやりたいんだけれども手伝ってもらえないかと。面白いんです。温泉とトラフグを掛けてブランド化しようという話です。
- この温泉というのは那珂川町に湧出する天然温泉で、その温泉成分と排熱を利用しようというんです。トラフグは、海水魚の中では非常に養殖しやすい。噛み合ったりするところは面倒くさいですが、マグロなんかだと泳ぎ回りますけど、トラフグっていうのは、ちょこちょこ泳ぐぐらいで、そんなに遊泳力が強いわけじゃないから、陸上の狭いところでもかなり飼いやすいということになります。温泉とトラフグを合わせて「温泉トラフグ」というブランドを作ろうと。牛ですと神戸牛、魚関係だと関鯖とか、ブランドがありますね。ブランド化すると2割増しになるというようなことで、それを目指そうというんです。
- 那珂川町というのは、ちょっと前まで2つに分かれていました。平成の大合併で合併してできたのが那珂川町です。那珂川に沿ったところなんですけれども、栃木県ですので当然海はありません。ここに出る温泉が海水の約3分の1の塩分濃度を含む。さっきの話は25%、4分の1でした。3分の1だったら全然問題なく飼えます。しかも、この温泉水には重金属が含まれていません。温泉でよく飲める温泉と飲めない温泉ってありますよね。有害物質である重金属が含まれてない場合、飲める温泉というわけです。飲める温泉でトラフグを飼えばきっと健康にいいだろうというのは、何か雰囲気としては悪くないなということです。
- この那珂川町、ほんとにいいところで、低い丘がずっと続いていて、この丘を越えても向こうもきっと同じようなもんだろうなというぐらいに自然豊かなところです。過疎化が進んで小学校がつぶれちゃう。それで過疎化の影響で廃校となった小学校を使ってトラフグの養殖を始めたんです。教室の入り口の看板には、フグがいます。職員室を事務室代わりに使っています。町がただで教室を提供してくださったというものです。各教室に、14トンの水槽を配置しました。平成21年の写真ですが、私の髪の毛がまだあります。1,000尾の小さい稚魚を導入して、この温泉水で養殖、養殖というほどでもないですけれども飼育を始めたわけです。
- そして、地元の温泉旅館、温泉ホテルで、試食会を実施しました。これは平成21年。結婚式場みたいなところで試食会の会場が写っています。手前にフグとアユ。那珂川町っていうのはアユが有名なんですね。キンギョもいます。この会場に大きな水槽を置いて温泉水を入れて、トラフグ、アユ、キンギョを入れて、それ越しに撮った写真です。先ほどの好適環境水じゃありませんけれども、淡水魚のキンギョ、海水魚のトラフグ、そしてこれはまあ、広塩性魚のアユが、3者、同じ水槽で泳げるということです。
- このとき、普通の養殖フグと温泉トラフグの試食会で食べ比べをやったんですけれども、取りあえず「おいしい、おいしい」と食べたんです。正直言って、あまりトラフグを食べたことなかったんで、よく味が分かんなかったです。そもそもトラフグって、そんなに味があるもんじゃないんですね。雰囲気だけ、おいしくいただきましたということで。ただ、いろんなことを言う人がいるんですね。薄い温泉だっていうのが分かっているんで、「ちょっと水っぽいな」とか訳の分かんないこと言ってる。これは僕個人的にはそんなことは全くないと思うんですけれども、何か、思い込みっていうのは激しいもんで、「水っぽい」とか言うんですよ。で、それは困ったなというんで、次にやったのは「味上げ」ですけれども、それはまた後でお示ししたいと思います。
- 平成23年には規模が膨らんで、今度は温泉プールです。何分過疎化がどんどん進んでますので、ちょっと前まで子どもがいっぱい泳いでたところが、今はフグが泳いでるという状況です。その時一緒に視察に行った、ウナギで有名な塚本勝巳先生が写真に写っています。
- その会社は、トラフグ養殖をパックで売り出していて、これはトラフグ養殖キットです。これが意外とウケていて、今、全国10か所でやっています。フランチャイズっていうんでしょうかね。技術提供して、特に震災以降、東北のほうだと海が不安だというんで、陸上養殖でこれを始めた。全国で今10か所でやっているという話です。
- 現在、年間2万5,000尾生産しているそうです。ここで面白いのは、フグの文化って西日本なんですよね。養殖しているのも九州と四国ぐらいです。下関とか、あの辺が有名ですが、関東や東日本ではトラフグを食べるという習慣はほとんどありません。僕も子どもの頃から、トラフグというのはほとんど食べたことなくて、トラフグの研究を始めるようになってトラフグを食べに行ったのが1回だけですかね。あとはちょこちょこ食べることはありますけれども、ちゃんと食べるのは1回しかないです。そのぐらいトラフグを食べないんですよ。でも、それは無限の消費地があるということになります。掘り起こせばいくらでも需要が生み出される。もしもこれを関西、九州でやっても意味ないです。栃木県、北関東でやるから面白いんですね。で、フグの食文化っていうのが、これから根付いてけば、どんどん需要も増えていくだろうという話です。
- これに絡んでもう1つ話題があります。フグの毒について。テトロドトキシンという名前ですけれども、トラフグの場合は肝臓に毒がいっぱいたまっています。肝臓に毒があるがため、肝臓は食べちゃいけない、それでお店で肝臓を出す、肝を出すことは厚生労働省によって禁止されています。ただ、めちゃくちゃうまいところなんです。ですが、トラフグの毒っていうのは外因性です。外因性ってどういうことかというと、フグが自分で作るのではないです。海の中の生き物で結構フグ毒と同じ毒を持ってる生き物います。ヒョウモンダコとか、ツムギハゼとか。それも自分が作っているんじゃなくて微生物が作っているんですね。ですから、微生物がいない、きれいなところで飼えば絶対毒化しないんです。実際、養殖トラフグは毒化しません。してないです。ところが、30年ぐらい前、東大の水産実験所の先生が、テレビで「養殖トラフグは毒化しない」と一言言ったら大騒ぎになりました。毒化する可能性はもちろんあります。しかし、ふつう毒化していないです。だからといって食べて死んだらどうするんだっていうことになって、否定することに必死になっていました。
- フグの肝を食べることに一生を捧げているくらいの僕の先輩が、長崎大学の先生をされていたんですが、その先生が言うには、養殖するときに、生け簀を底に付けずに浮かせれば絶対毒化しないという結論に達したんですね。それで、肝を食べましょうという運動をやっているんですけれども、いまだに許されていません。その先生は面白いことをやったんです。養殖トラフグ5,000匹の肝臓を取り出して毒があるかないか調べた。そうしたら1匹も毒化してない。それで、厚生労働省にデータを持っていって許可してくれと言ったんですけれども、駄目でした。その理由は、日本語には「万が一」という言葉があります。5,000匹では駄目なんでしょう(笑)。本当に5,000匹調べたんですよ。でも、真面目な話、もし1人死んだら、まずいですよ。だから、許可しないのは当然だと思います。
- ということで、温泉トラフグ、絶対毒化しません。それは海水を使っていないからです。地下1,000メートルぐらいから掘り起こしている温泉水です。太古の昔は海だったかもしれませんけれども、そこに海の生き物がいるはずありません。それは誰が考えても間違いなく正しいでしょう。フグ毒が外来性のものであるということも、みんな知っています。証明もされています。そうなれば、あとは流通だけの問題です。シャッフルしちゃって混じって事故が起こる可能性はあるんで、例えば肝臓を取り出して真空パックにして、温泉トラフグ、これ「食べてもいい肝」とかいって売り出すと、いけるんじゃないかなと思うんですけれども。まあ、肝を食べることがそんなに大事だとは思いませんけれども、そういう可能性もあるというお話です。
参加者
このトラフグは、販売ルートというのは、海のトラフグとは違うんですか。
金子
販売ルートは違いますね。那珂川町というのは栃木県ですけれども、栃木県は海がないので県の統計自体にトラフグの養殖のデータがないんです。トラフグという項目は海面養殖という分類の中に入ります。トラフグを生産しているところは全国にあって海沿いの県での海面養殖としては各県の統計に載っているけれども、温泉トラフグは載っからない。ところが、自分たちがどのぐらい作ったかは重さも2万5,000匹でどのぐらいだとわかっているので独自に計算してみたら、いきなり都道府県別で10位にランクインしたんです。
- その温泉トラフグですが、現在のところ流通は地産地消となっています。地元の温泉旅館とか料理屋に出している。それでもなかなか品物が追いつかないほど人気があるそうです。この温泉トラフグのブランド化によって、地域振興、町おこしを進めているわけですが、これは非常にうまくいっている例だと思います。ハコモノを作るということではなくて、その町独自のものをうまく利用して、しかも、アイデアのある人が力を合わせてやっている、その非常にいいモデルケースではないかと思います。
海水産よりも美味しい?「味上げ」トラフグ
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魚の味をおいしくする、「味上げ」の話が先ほど出ました。資料の味上げの原理のグラフは、ティラピアを使った例なんですけれども、ティラピアを淡水で飼っておいて、それを海水に入れて24時間たった時点でしめるとおいしくなるんです。ティラピアという魚は淡水でも海水でも生きられます。でも、淡水と海水で比べた場合、海水のほうがおいしい。同じ魚でも、淡水で飼っている場合と海水で飼っている場合を比べると淡水より海水がおいしい。それをさらに、海水よりもおいしくする方法がこれです。淡水で飼っていたものをいきなり海水に入れるんです。そして、24時間たった時点で食べる、あるいはしめる。そうすると、これが一番おいしい。
- その理屈は、血液の浸透圧です。淡水で飼っているときがグラフの左のレベルです。海水にポーンと入れると、血液の浸透圧がぐっと上がります。そして、だんだん落ち着いて下がってくる。この落ち着いたレベルというのは海水に入れる前より高いんです。左端が淡水のレベルで、右のほうが海水移行24時間のレベルになります。
- 浸透圧が高いと何がいいのかというと、実は筋肉に関係します。細胞の中には細胞内液という液体が入っていますが、血液の塩分濃度が上がると、細胞の中もそれに合わせるように浸透圧があります。その浸透圧は塩じゃなくても何でもいいんです。何かが溶けてればいいんです。細胞の中の浸透圧と血液の浸透圧は一致しています。そうしないと体が膨らんだり縮んだりするんですね。ただ、細胞の中、つまり筋肉の中の浸透圧は、かなりの割合がアミノ酸でできているんです。血液の浸透圧が上がると、その分筋肉中の遊離アミノ酸含量が並行して上がります。アミノ酸、特にグルタミン酸とかアラニンとかがあると、おいしくなります。
- 「なぜ味が良くなるのか?」の図の青いバーが淡水中のアミノ酸含量。おいしさと考えてください。赤いバーは海水中のアミノ酸含量。このおいしさの移行は、24時間、18時間でもいいんですけれどもこの辺りがピークです。ここで食べれば、とってもおいしい。これを「味上げ」と呼んでます。
- 温泉トラフグが、味が薄い、水っぽいと言われたんで、この方法を僕が開発したんです。これで本当においしくなっているのか、よく分かりませんけれど、数字の上では間違いなくアミノ酸含量は上がってます。何よりもサイエンティフィックにデータ出すことによって「やっぱり味が良くなったな」と言う人がいるんです。僕自身は味盲に近いもんですからよく分かりませんけれども、数字の上では間違いなくアミノ酸が上がっています。
林
図の中に「シンデレラ効果」と書いてありますが、それはどういう意味でしょうか。
金子
普通の淡水で飼っていたのを海水に入れます。そうすると一過的に味が上昇します。それで、もっと飼えばもっとおいしくなるだろうと思ってさらに海水に置いておくと、だんだん浸透圧もアミノ酸量も下がっちゃう。これを称して「シンデレラ効果」と呼んでます。12時過ぎると元に戻っちゃうから。
林
時間に限りがあるんですね。
金子
欲を出さずに18〜24時間たったところでしあめると、本当においしい魚ができるということです。
参加者
海水に入れる前と後で何倍ぐらい違うんでしょうか。スケールがないので。
金子
これは模式的に書いたので、実際はアミノ酸の種類によっても違います。例えばアラニンなどでは、3倍ぐらい増えます。これは一番過激な変化があったので出しているんですけれども、アラニンというのは甘みがあるんですね。だから刺身なら、刺身の甘みが増すということになります。ほかにも、アラニン、グリシン、グルタミン酸などの旨味成分、呈味成分になっているものが増えると全然味が変わってきます。味が濃くなるというんでしょうか。
- 実用化を考えた場合、魚種を選定して、その塩分耐性を調べます。そして最適な条件を見つけ、実際にやってみてアミノ酸を測定してみたり、官能試験をやります。あとは現場でのシステムを構築すれば、あまりお金もかけずに養殖魚をワンランク上の味にすることができます。私は、これはニジマスでもできると思うんです。ニジマスでやるとしたら、もう商品名も勝手に決めてあります。「アジマス」です。ニジマスがワンランクおいしくなるんで、アジマス。この名前で回転寿司にでも回り出したらとっても楽しいだろうなと思うんですけれども。
ヒトも動物も塩がなければ生きられない—塩の科学と文化
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塩、NaCl、はとても大事なものです。NaCl、カリウムなどのミネラルの特徴は、体の中に貯蔵ができないことです。例えばNaClが100必要だとすると、必ず99〜101くらいなら必要なんだけれども、105あったら排出しなきゃいけない。95だったら少なくて死んじゃう。貯金ができないんです。実際、NaClというものは、化合物としてはなかなかないですよね。NaClは塩として粒になってますけれども、水に溶けるとすぐNa+とCl–になってしまいます。それを蓄えておくところはないんです。
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日頃は、塩分を取り過ぎるから血圧が上がるとか言って、塩を悪者にしてますが、逆に少なかったらどうなると思いますか。それを考えてみましょう。塩は生命に不可欠です。摂餌の観点から見ると、例えば天然の動物、草食動物で山梨県のシカとしましょう。山梨は海がない、どうやってシカは塩を取っているのでしょう。塩を取らなかったら絶対動物は生きていけません。
例えば牧場を見てみますと、牧場には必ずなめ塩が置いてあります。関崎先生、そうですよね。牧場には塩が必ず置いてあって、家畜がペロペロなめています。動物園にも、おそらくあると思います。見えるところにあるかどうかは別ですが。 - では、戻って天然の草食動物はどうしているのか。海の近くなら海水をなめられる。では海がないところの草食動物はどうやって塩を見つけるんでしょう。体には蓄積できないし。岩塩かもしれない。でもその岩塩をどうやって見つけるのでしょう。匂いですか。塩ってあまり匂いしそうにないですよね。われわれでもその気になれば探せます。答えは、塩害です。津波で塩を被った田畑は、使い物にならなくなりますよね。
- 植物は、マングローブみたいな一部の例外を除いて、NaClがあり過ぎる場所には育ちません。つまり、山の中で塩があるところには植物が生えていません。だから、よくテレビで見かける、ゾウやほかの動物が集まって泥をなめているとか、そういう場所というのは何も生えてないんです。だから分かるんだと思います。それ以外おそらく答えがないと思っていて、動物たちは山の中などで草木がないところがあると、動物はそこへ行って塩をなめているということだろうと思います。
参加者
アフリカの様子などテレビで見ました。
金子
アフリカに限ったことではなく、日本の山奥でも当然それはあるわけですね。ただ、私はここは植物生えてないからといってなめてみたことはないです。もし機会があったらぜひなめてみてください。
- 塩と食事。人間も塩をいっぱい使っています。塩蔵品というものがあります。食料を保存するためにいろんなものを塩漬けにする時代がありました。今は保存の意味では重要性が下がってきていますが。例えば、塩辛ですが、塩辛を見るとわれわれはよく、この塩辛だったらご飯3杯いけるなとか、得意気に言うわけですね。おなかいっぱいでも、あ、これだったらまだ3杯いける。別腹だとか言うわけです。
- 塩辛は塩ですし、ご飯は水なわけです。つまり、これだったら3杯いけるという表現を使って自ら自然に浸透圧調節をしている。これだけの塩分を取ったら、これだけの水を取らなきゃ、ということを体で感じているわけです。それだけ、浸透圧調節っていうのは意外と身近なところにもあるんです。
- 次は、塩の文化。文化といえば、思い浮かぶのはお葬式から帰ったら、塩をかけるというもの。僕も今でもやっています。そんなに信心深いわけでもないのに、何かお葬式の帰りは塩で清めるということをやります。また、お相撲さんも塩で土俵を清めるわけですね。また料理屋さんの店先の盛り塩というんでしょうか。入り口に魔除けのようなもんでしょうか、清めるための塩が置いてありますね。
- 歴史的にも塩は大変貴重で、交易では「白いダイヤ」とも言われていたようで、また、ギリシャの兵士の給料は塩で払われていたそうです。塩はソルトです。そこから来たのがサラリーという言葉だそうです。塩がそれだけ貴重なものだったわけです。
- 塩を得るために、山梨県のシカのような草食動物でも大変な苦労をしていますが、日本よりはるかに広い大陸ではどうだったのでしょう。例えば、ヨーロッパの海のないところに住んでいる、ヒトや動物はどうやって生きるための塩を手に入れたんでしょう。不思議に思いませんか。海の近くだったら塩はいくらでも手に入りますが、ヨーロッパのような大陸の内陸で、塩というのはいかに貴重であったか。
- ポーランドにヴィエリチカ岩塩坑というのがあります。ソルトマインです。数年前にたまたま行ってきたんですが、岩塩の鉱山です。深さ327メートル、全長300キロにわたって掘られていますが、この場所全部が岩塩です。さらさらした塩ではなく、完全に固い石です。当然なめるとしょっぱいんです。なめやすいところがあったので、なめてみたらしょっぱかった。そう思う人がけっこういて、後ろを振り返ったらみんなも同じところをペロペロなめてました。
- この岩塩坑はもう何百年もの間掘り続けられています。ポーランドのこの場所はかなり内陸ですので、貴重なこの塩がこの地に富を生んだんですね。塩というのがいかに重要であったかがしみじみと感じられました。岩塩坑に到着すると、いきなり300メートルぐらいの深いところまで階段で下りていくんです。そして、最後はエレベーターというかリフトみたいのに乗せられて上がってくる。何年か前、南米の鉱山で作業員が地下に閉じ込められたことがありました。あの救出の時のカプセルみたいな、壁がないようなエレベーターに詰め込まれて、一気に上がってくるんです。非常にスリリングで、感動的でした。
- 交易という意味でも塩はやっぱり貴重品でした。それで塩の道ができている。これは長野県ですけれども、塩尻など、塩がついた言葉がいっぱいあります。それは、この辺に住んでいる人に日本海側、太平洋側から塩を運んだ道なんですね。シルクロードみたいな道です。ほかに仙台には塩釜という地名がある。あそこは塩田の場所です。塩が付いた地名は多くて、しかも内陸に塩が付いた地名があるっていうのは、やっぱり塩が貴重であったということを示しています。身近なところでは、千葉の行徳も昔塩田でした。子供の頃釣りに行きましたが、何もない湿地帯で、塩田があって、その塩田でできた塩を運ぶのが、小名木川という真っすぐの水路です。そこから隅田川に出て日本橋のほうに持ってくるというルートです。われわれの身近なところにも、こういった塩を運んだ痕跡が残っているのです。
- 最後に、塩といえば塩害。塩は貴重で大切にされてきたよい面もあるし、塩害を起こすという悪いところもある。宮城県の津波で冠水した農地ですが、一度塩が入ってしまうと、なかなか元に戻すことができません。ウズベキスタンの写真の農地も塩害によって植物が育たなくなってしまっています。
- このように、塩は生き物にとって不可欠であり、いろいろな観点からも塩と人間、あるいは動物と塩との関わりがあるということを考えると、決して、単に高血圧によくないやつだというんではなくて、もうちょっと懐を広くして、いろんな観点から塩と接してみると面白いんじゃないかとに思います。
参加者
地球上にある塩の総量というのは一定ですか。
金子
一定だと思いますね。隕石でちょっと塩はあるかもしれないけれども、そんな頻繁に落ちてこないですし、出ていくのは、まあ宇宙飛行士ぐらいで、しかも戻ってこない宇宙飛行士もいないので、そんなに出入りはないと思いますね。
林
暑い季節になると脱水症状や熱中症にならないように、水分を多めに取りましょうと言っていますね。水分を取るときに一緒に塩をなめてから水を飲みなさいって言っていたんですね。そうしないと体に入っていかないよっていうのは、お魚の話と通じるところがあるんでしょうか。
金子
そうです。水分補給も大事ですが、NaClを補給するのも、汗で出ちゃいますので大事です。アイソトニック飲料というのがありますよね。アイソは等しい、トニックというのは浸透圧という意味です。浸透圧が等しい。血液とほとんど浸透圧が等しい食塩水というような意味です。それを飲むと水と同時にNaClが取れるし、水が吸収されやすいという利点もあります。汗の成分に近いとも言えます。浸透圧調節で大事なのは、塩だけ調節しても駄目なんですね。水と塩を同時に調節しなきゃいけない。だから、塩をなめて水を飲むというのは理にかなったやり方だと思います。
参加者
希釈海水のほうが魚が楽だということは、汽水域に魚が上がってきやすいということですか。
金子
浸透圧調節という観点からすると薄いところが楽なんです。ただ、餌が捕りやすいという意味では、また別になってきますね。浸透圧調節に関しては間違いなく薄いほうが楽です。ところが、その種が欲する餌がどこに多いかというのはまた別問題です。
- 1つの例として、エスキモーの人たちはマイナス20度、マイナス40度のところに住んでいます。エスキモーの人たちは当然ですが人間です。きっと暑いのは嫌いだと思いますが、マイナス20度じゃないと生きていけないっていうことはないと思うんですね。では何でそこに住んでいるかというと社会的なものです。昔からそこに住んでいるから我慢しているというのが正しいんじゃないでしょうか。エスキモーの人たちに、どこに行ってもいいよと言ったら、カリフォルニア辺りに行くかもしれない。環境にうまく適応はしているんだろうけれども、歴史的に、文化的に、そこで生業というか生活をしてきたので今も寒い地方に住んでいる。ですが、その人たちにとってベストの気温というわけでは絶対ないと思います。
- 同じように魚も、浸透圧調節からすれば薄いところがいいけれども、餌も含め生活圏としては汽水がよいかは別です。また、河口域の問題点は塩分濃度がふらつくということです。意外と困るのが、0.9%の前後で上がったり下がったりされるとやることを変えなきゃいけないということ。それだったらいっそのこと安定してしょっぱいところ、あるいは安定して薄いところにいたほうが楽ってこともありますよね。塩分濃度がふらつくっていうのは、その分余計な労力がかかっちゃうということで、ネガティブなことになるだろうということですね。
参加者
漁業と違う話になるかもしれませんが、オオサンショウウオとかカエルはたいていは淡水にいて、カエルが1種類だけ汽水域にいると、結構大騒ぎになるんです。お話伺って、さっきの淡水魚と同じ考え方で、結構、汽水域くらいが、好環境なのかなとも思うんですけれども。
金子
カエルの類だとほとんど淡水ですよね。唯一僕の知っている例外が、カニクイガエルというのがいるんですね。カニクイガエルというのは海にいるんですよ。それが唯一で、基本的には全部淡水で。
参加者
あれは汽水ですよね、海水というよりは。
金子
海水に行けるというぐらいですかね。一度触ったことあるんですけれども、なめなかったのでよく分かんないですけれども、基本的には淡水ですね。あと、カエルは変わっていて、ある程度陸上でも平気です。お腹が濡れていればいいんですよ。カエルはお腹で水が飲めるんです。水が飲めるという言い方は変ですが、お腹にアクアポリンという、水チャンネルと呼ばれる水を通す穴があって、お腹が湿ってると、そこから水を吸収できるという特殊な能力があります。だから体全体ドボンと水に浸かっている必要はないんですね。完全に乾燥しているのはもちろん駄目でしょうけれども、これは特殊な進化ですね。
参加者
両生類だとかなり乾燥に弱くて、水チャンネル的にいうと、えらがないだけで皮膚全体で交換しているから、今の淡水魚の考えと、ほぼイコールになるのでしょうか。
金子
両生類っていうのは非常に中途半端で、水の中と陸に上がったもののちょうど間ぐらい。だから、両生類っていうんでしょうけれども。完全に上がってきたものは、体から水が蒸発しないように、皮膚というか、かさかさの陸上服を身に着けて陸上に上がってきている。水の中に住んでいるやつは、そういうのはなかったわけです。それを着けて陸上に上がってきた人間がウエットスーツ着て海に潜っている、というのは何なのかよく分からなくなりますが。
- 魚が一番困っちゃうのが、中途半端に進化しちゃったところです。脊椎動物は、もともと海にいて、その後川に上がってきたんです。それで、もともと海にいたときの血液の塩分濃度って海水と同じなんです。だから、今いる海の無脊椎動物の血液は海水と同じ塩分濃度です。それが脊椎動物の大元が川に入っちゃって、それで3分の1ぐらいに薄まったんですね。そこから脊椎動物の血液浸透圧の話が始まったわけです。
- 魚のうち一部、魚まで進化したものは水に留まったわけです。それに対して陸に行った、イクチオステガという種類などが陸に最初に上がったと言われていますが、そいつらは陸上の生活を選んだ。魚は、血液の塩分濃度は低くなっちゃったけれども、そのまま水の中にいて一部はまた海に戻ったんですね。海に戻るときに、もともと血液の塩分濃度は海水と同じだったんだから、また海水と同じに戻せば本当に楽だったんです。ところがわれわれと同じ3分の1の塩分濃度を維持したまま海に戻っちゃったから、昔いた海が今はしょっぱく感じるようになってます。そこで非常につらい塩分調節、つまり塩類細胞から常に塩を出し続けないと生きられない体になっちゃったんですね。
- これを僕はよく例えるんですが、田舎の山奥から東大に入って東京に出てきたと。東京で4年間生活して、原宿や六本木や麻布十番に行ったりして、ちょっとおしゃれな生活をして、4年たった時点で卒業して、何かの事情で田舎に戻ることになったと。戻って、昔と同じように野原を駆け巡る生活をするかというと必ずしもそうじゃなくて、車はBMWという感じのままで、田舎に引っ込んだわけです。つまり、戻ったときに、今までの経験をなしにして元に戻ることはできないんです。都会を引きずったまま田舎に戻ったのが今の海水魚です。だから、海がしょっぱい。それがなければ何も心配しなくて、同じ塩分濃度で楽々生きられたのが、中途半端に脊椎動物の道を駆け上ってしまった、その後に海に戻ったんです。
もっとひどいのがいます。鳥まで行って戻ったペンギンとか、もっとカバぐらいまで行って海に戻ったイルカやクジラの類。そこまで行って戻るなよという気がするんですけれども。まあ僕に言わせれば海水魚までくらいかな。そこまで行ったんだったら淡水に留まれと言いたくなるんですけれども、潔くというか、果敢に海に戻っていった仲間が海水魚ということです。 - 海水魚はとにかく塩を常に出さなきゃならない生活を強いられて、今の繁栄というか独特の地位を確立してきた。よく言っているんですが、私、生まれ変わるんだったら海水魚だけにはなりたくない、ということです。(完)