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シンポジウム「放射線と環境・食の安全」開催報告

掲載日: 2015年5月14日

3月14日、シンポジウム「放射線と環境・食の安全」を開催しました。

今回のシンポジウムは、富山大学学長裁量経費事業「安心・安全のための放射線研究拠点の形成と大学からの情報発信」、東京大学大学院農学生命科学研究科附属食の安全研究センター、弘前大学被ばく医療総合研究所の“3大学連携事業”として開催したものです。
2011年の福島原子力発電所の事故によって拡散された放射性物質のヒトへの影響が懸念される中、本シンポジウムでは、自然環境での放射性物質の動態や、植生・ヒトへの影響に関する報告のほか、原発事故が農業や水産業に及ぼした影響など、多角的な視点から報告が行われました。
当日は85名の方にご参加いただき、総合討論では積極的な質疑応答が行われました。ご参加くださった皆様、ありがとうございました。

Symposium_Opening

放射線の生物作用―コミック誌からの話題

近藤隆、富山大学大学院医学薬学研究部(医学)放射線基礎医学講座教授
Prof.Kondo

問題の背景
・コミック誌で、東京電力福島第1原子力発電所を訪れた主人公が鼻血を出す描写があり、話題となりました。
・その中で、放射線の間接作用が取り上げられましたが、間接作用とは何でしょうか。

間接作用とは
・間接作用とは、活性酸素がDNAや酵素、脂質と反応して影響を及ぼすことです。
・活性酸素とは、普通の酸素に比べて著しく反応性が増した酸素のことです。
・私たちの体に最も多くある分子である水は、放射線を受けると活性酸素であるOHラジカルや過酸化水素を生じます。(通常の紫外線にはこのような作用はありません)
・放射線によって、活性酸素が体内で多く生成されることで毒性を示したり、生物学的影響を生じたりするのです。

直接作用と間接作用
・間接作用は、放射線が活性酸素を多く生成し、その活性酸素がDNAなどに影響を与えることを言います。
・直接作用は、放射線が重要な分子に直接影響を与えることを言います。
・問題となるγ線やX線の影響は、間接作用7割、直接作用3割程度と思われます。

放射線の正しい知識を!
・間接作用および直接作用は、体内被曝でも体外被曝でも同じです。
・これらの作用は、自然界にある放射線や体内からの放射線、医療で使われる放射線でも起きる現象です。
・私たちの細胞は、放射線に限らず常に活性酸素毒と戦っていますが、戦える能力を超えた場合、放射線が“悪さ”をするのです。
・放射線を正しく知ることが、いかなる状況でも大切です。

放射線と染色体異常―被ばく事故における線量評価の視点からー

吉田光明、弘前大学被ばく医療総合研究所放射線生物学部門教授
Prof.Yoshida

放射線による染色体異常について
・放射線が細胞を照射すると、遺伝物質DNAに二重鎖切断が生じ、その後正常に修復されなかった場合に染色体異常が形成されます。
・放射線が原因の染色体異常の頻度を解析することで、被ばく放射線量を推定(線量評価)することが可能です。

線量評価について
・線量評価をすることで、被ばく事故後の時間の経過に応じて起こりうる体の反応を予測し、被ばく者に対して適切な医療対応を行うことが可能になります。
・染色体異常を指標とした線量評価法(染色体線量評価法)は、信頼性が高いとされています。

線量評価の種類
・放射線が原因の染色体異常は、二動原体染色体や染色体転座、環状染色体などがあります。
・染色体線量評価法には現在、①二動原体法、②染色体転座法、③PCC(未成熟染色体凝縮)④小核試験法の4種類があり、急性被ばくや高線量被ばくといった被ばくの種類に応じて、それぞれの染色体線量評価法を用いています。

線量評価法の課題と実践
・染色体線量評価法には、洗練された染色体解析能力を有する人材が必要です。
・さらに結果が出るまでに相当の時間と労力を要するという課題があります。
・現在は、避難を余儀なくされている福島県浪江町の町民や、とくに子どもたちを対象に、染色体検査を行っています。

原発事故により放出された放射性物質の海洋における動態

山田正俊、弘前大学被ばく医療総合研究所放射線化学部門教授
Prof.Yamada
問題の背景
・福島第1原子力発電所の事故によって、放射性物質がどの程度放出され、どこにどのように移行していくかを明らかにすることは、重要な課題です。
・その中で、海洋および海洋底における放射性物質の分布状況、要因を把握し、精密に調査しモデル化を図ることを目的に、研究を行っています。

海水中の放射性セシウムの分布
・北太平洋表層でのセシウム濃度が10Bq/㎥を越える領域は、2011年6月時点で東経160度までしか到達していなかったのですが、2011年12月には東経170度程度まで広がっていることが明らかになりました。
・この結果から、移動速度は1日当たり7kmと推定されました。
・西太平洋の東経149度線におけるセシウム濃度の断面分布からは、南側の亜熱帯地域では、黒潮続流により深さ300mの亜表層でセシウムの極大値が観測されました。
・原発事故直後に黒潮続流の南側に降り注いだセシウムは、海流に沿って東側に輸送されただけでなく、事故後約10か月以内に亜熱帯モード水の形成および沈み込みにより、南向きにも輸送されたことが明らかになりました。

海底堆積物中の放射性セシウムとプルトニウム同位体の分布
・福島原発沖から南方にある犬吠埼における海底堆積物中の放射性セシウムの蓄積量は、0.13から21.5kBq/㎡の範囲でした。
・福島沖海域で採取した堆積物と海水試料からは、事故由来のプルトニウムは検出されませんでした。(海洋環境における主要なプルトニウム汚染源は、大気圏核実験とビキニ水爆実験であることがわかりました)

粒子による放射性セシウムの沈降過程
・西部北太平洋外洋域および、半外洋域で捕集された沈降粒子中の放射性セシウム濃度の時系列変化を測定しました。
・外洋域の水深約5000mでは、事故の約1か月後(2011年4月6日~4月18日)に捕集された沈降粒子から放射性セシウムが検出され始めました。
・粒状放射性セシウムの沈降速度は約54m/dayと見積もられました。

海洋における放射性物質の移行過程のモデル化
・沿岸域モデルにより、原発事故後1年間の福島原発から海洋へのセシウムの直接漏洩量は3.6±0.7PBqと推定されました。

原発事故が水産業に及ぼした影響

八木信行、東京大学大学院農学生命科学研究科国際水産開発学研究室准教授
Prof.Yagi
津波と原発事故による水産業への影響
・2011年の東日本大震災による津波で、福島県では漁船873隻が被災したとされています。
・さらに福島第1原子力発電所の事故が起こり、福島県漁業協同組合は漁業操業自粛を決定しました。
・また、国からも福島県の水域で漁獲される魚介類を出荷制限の対象とする指示が出され、漁業関係者たちの間でも悲観的な見方が続きました。

水産業の復興に向けて
・福島県の水産業が原発事故による打撃を受ける中、福島県漁業協同組合連合会は地域漁業復興協議会を立ち上げ、ほぼ毎月協議会を開催しています。
・協議会では、イカ、タコ、貝類などは、魚類よりも放射性セシウムの濃縮係数(生物の体内に含まれるセシウム濃度を、水中に含まれるセシウム濃度で割って得られる係数)が低いとされるIAEAの報告について検討しました。
・福島県が実施したモニタリング調査でも、福島県の水域で事故後初期に検出されたイカやタコなどの放射性セシウムがその後検出されなくなったことなども議論されました。

試験操業の開始と現状
・2012年6月の協議会では、ヤナギダコとミズダコ(タコ)、シライトマキバイ(巻貝)の3種について、試験操業の開始を決定し、ヤナギダコ90㎏、ミズダコ831㎏、シライトマキバイ471㎏が漁獲されました。
・放射性物質を検査しましたが、基準値を超えるものはありませんでした。
・試験操業の対象魚種も徐々に追加されましたが、2013年の総水揚量は震災前の30分の1程度の373トンで、本格操業は程遠い状況にあります。

原発事故における農業再生の試み

溝口勝、東京大学大学院農学生命科学研究科国際情報農学研究室教授・NPO法人ふくしま再生の会
Prof.Mizoguchi
福島県飯舘村の状況
・原発事故後に全村避難が続く福島県飯舘村の除染作業では、農地が汚染土の仮仮置き場となり、表土が削り取られた農地には山砂が客土されています。
・この光景は、農民の農業生産意欲や村民の帰村意欲をそぎ落としかねません。

農民自身による農地除染と新しい農業の展望・原発事故の3か月後から、NPO法人と協働して、農民自身でできる農地除染法を開発し、イネの栽培試験を重ねてきました。
・2014年には福島県のコメ全袋全量検査に通るまでになりました。
・また、風評被害を軽減するために学生を対象にした現場見学会も実施しました。
・地域再生を考えるうえで、放射能汚染地域という逆境を逆手にとって、新しい農業の創設にチャレンジする若者を育成することが重要だと感じています。

農地のカドミウム汚染対策から学ぶ放射能土壌汚染対策

丸茂克美、富山大学大学院理工学研究部地球生命環境科学専攻教授 Prof.Marumo
背景
・富山県では、イタイイタイ病対策として1979年からカドミウムに汚染された水田土壌を地下に埋設しました。
・そのカドミウム汚染土壌には1945年から1980年に実施された大気圏内核実験に起因する放射性セシウムが含まれていたため、放射性セシウムもカドミウムとともに地下に埋設されています。
・そのため、埋設されたカドミウム汚染土壌中の放射性セシウム残存量を調べることで、放射性セシウムを地下に埋設することが可能であるか調べることができます。

調査方法
・大気圏内核実験廃止の翌年である1981年にカドミウム汚染土壌対策工事が実施された富山市内の水田を対象に、地下レーダーを用いてカドミウム汚染土壌の場所を把握して、調査しました。
・カドミウム汚染土壌および非汚染土壌を採取し、放射性セシウムの核種同定とその残量を測定しました。

調査結果
・セシウムはカドミウム汚染土壌のみから検出され、カドミウム非汚染土壌からは検出されませんでした。
・したがって、放射性セシウムを地下に埋設しても、30年以上は地下に残留し続けることが判明しました。
・この事実は、福島原発事故に起因して発生した放射能土壌汚染のうち水田に関しては、地下に埋設することが有効であることを示唆しています。

トリチウムを知る―原発事故におけるトリチウムの影響―

鳥養祐二、富山大学水素同位体科学研究センター准教授
Prof.Torikai
・自然界には、水素の放射性同位体であるトリチウムが多量に存在していることが明らかにされ、科学的には水素と全くおなじであること、物理的には重さが違うため若干の違いがあることなど、トリチウムの基礎的な性質が明らかにされました。、
・トリチウム放射性核種の中で最もエネルギーの低いβ線を出す核種であり、セシウムやストロンチウム等の高エネルギーβ線やγ線を放出する放射性核種と比べて、放射能あたりの人体への危険性は1000分の1と、非常に低いことが報告されました。
・福島第1原子力発電所の事故では、ストロンチウムやセシウムの放射性核種と共にトリチウムも環境中に放出されました。放出したトリチウムは、自然の中では水の形で存在し、汚染水となっています。
・ストロンチウムやセシウムとは異なり、汚染水中のトリチウム濃度は非常に薄いため、汚染水の中からトリチウムを取り除くことは非常に困難です。トリチウムの専門家の立場から、福島第一原子力発電所の事故で生じたトリチウム汚染水は、環境中のトリチウム濃度が上昇しないように管理しながら海洋に排水することが、現実的な処分法だと考えています。
・トリチウムに対する正しい知識が不足していることが、汚染水処理問題が複雑化し、進展を遅らせる原因となっています。

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