お知らせ
第2回サイエンスカフェ「アイソトープイメージングで見る植物活動~見えないを『見える』にする技術~」開催報告
掲載日: 2012年10月11日
アイソトープイメージングで見る植物活動
~見えないを「見える」にする技術~
2012年8月28日、サイエンスカフェ第2回「アイソトープイメージングで見る植物活動~見えないを『見える』にする技術~」を開催しました。今回は様々な職業年齢層の男女17名の方にご参加いただきました。ご関心を持ってくださった皆様、誠にありがとうございました。
当日は、センター長の関崎勉教授のあいさつの後、放射線植物生理学がご専門の中西友子教授によるスライドを使ったお話を軸に、細野ひろみ准教授のファシリテーションのもと進行しました。
参加者の皆様からはたくさんの質問やコメントをいただきました。アイソトープイメージングについてはほとんど初めて聞くという方が多かったと思いますが、動画や写真を使いながらお話を進めたこともあり、リラックスして参加することができたようです。
こちらでは、当日のお話や参加者の皆様とのやり取りをかいつまんでご紹介します。
実は分かっていないことの多い植物
- 研究者でも植物については分からないことがたくさんあります。まずエネルギー収支についてです。植物は太陽からエネルギーを受け取っていますが、そのエネルギーを何に使っているのかというデータはありません。光合成にはエネルギーの1%も使っていませんし、植物の葉から水が蒸散する時、蒸発熱をうばいますが、これは平均で10%です。残りの9割が何に使われているのかは分かっていません。
- 植物は水と元素(窒素、リン酸、カリウム等)を吸収して生きています。私たちのようにタンパク質や脂肪はいりません。
- 植物はせっかく吸った水を蒸散させます。蒸発熱である程度温度を保っていることは分かっていますが、なぜ蒸散させるのか、その他の理由は分かっていません。
- 世界的なナタネの生産量は上昇傾向にあります。これは新しい品種ができているということもありますが、それよりも、どのように水や養分を吸わせるかというノウハウの発達のおかげだと思います。今年も干ばつでトウモロコシの収穫量が少なかったということがありましたが、水や養分の吸われ方を調べ、収穫量を上げることも大切だと思います。
放射性核種を利用して分かること
- 植物に必要な元素は17種類ありますが、元素にはすべて放射性のものが存在しています。例えば、カルシウムには放射性核種のCa-45があります。普通のカルシウムの中にCa-45を入れると、Ca-45は放射線を出しますので、それを頼りにカルシウムがどこにどれだけ動くのかということが分かるのです。
- 戦後は、肥料の中に放射性核種を混ぜて、どこにどのように肥料を与えれば良い効率が得られるかということも調べられてきました。リンの放射性核種は半減期が14日なので、一年もするとほとんどなくなります。このような核種を使い込んで調べていた時期もありました。今はこのような実験をしている人はまずいません。土の中に放射性物質を入れた後どう処理をするのかが問題となるからです。
- 植物の中のものを見るには蛍光物質を使う方法もありますが、その場合は真っ暗にしないといけません。放射性核種を使う場合は暗くしなくてもいいのです。植物を生きた状態のままで根から放射性核種を含んだ養分を入れて、どのようにそれが動いていくのかということを調べることができます。
- また、放射性核種を使うと定量的に測ることができます。蛍光物質の場合は、蛍光の強さが2倍になったからといって、その物質が2倍あるというわけではありません。それに対して、放射線の強さが2倍であれば、その物質が2倍あるということになります。
- 今はベクレルという言葉をよく聞かれると思います。500ベクレルといえば、500個の原子が壊れるときに出る放射線の数のことです。500や1000といった少量の原子を測れる方法は他にありません。放射線に関する法律は昭和32年にできたのですが、その前に外国に行った研究者の間では放射性核種は欲しくてたまらないものでした。やっと手に入ったら大切に持って帰り、みんなで分け合って使ったのです。今でもそんなに少量のものを測れる方法は他にないのですが、放射性核種は当時から研究上の武器でもありました。
植物の中で水がどのように動いているか
- 植物の中での水の分布を調べるには中性子線を使います。植物に与える水の水素か酸素のどちらかを放射性核種に置き換えます。すると、新しく与えた水と元々ある水を区別することができるので、植物の中での水の動きが分かるのです。
- 原子炉の中に植物を入れて中性子線を当てると、植物の水の像が撮れます。水が多いところは中性子線が通り抜けられないので白くなり、水がないところは黒くなります。色の濃さは水の量に換算することができます。こうした水の像はとても綺麗なので、最初の頃は研究所の花壇から色々な花を取ってきて試したものです。
参加者
植物の容器の部分も白く映っているのはなぜですか?
中西
容器はプラスチックで水が入っています。今回の話では省略しましたが、中性子線を照射すると水素の像が得られます。ただ、生きている植物は水を多量に含むので水素の像はほぼ水の像と言ってもさしつかえないことが判ってきています。
- ダイズの根も撮影しました。何とかして三次元の像を撮りたいと思い、パイプの中にダイズを育てて、そのパイプを1度ずつ動かして180度、つまり180枚撮影しました。それをコンピューターで処理すると三次元の断面像ができます。
- ダイズの根を見て一番おもしろいと思ったのは、主根(一番太い根)の周りは空気層になっているということです。植物は畑で、水を吸っているのではなくて、本当は水蒸気を吸っているのではないか、となります。
- 病院でPET診断という言葉を聞かれたことがあると思いますが、PETのPはポジトロン放出核種の意味でそれは、アイソトープの一種です。放射線医学総合研究所でポジトロンを出す核種、O-15を作りました。O-15が崩壊する時、180度の方向でポジトロンを2本出します。O-15を含む水を根から与えて、茎で計測をすると、どのくらいの水が動いてきたかということが分かります。
- 茎には導管と師管があり、根から吸収された水は導管を通って上にいきます。なので、茎の中を上がってくる水の量は導管の体積が上限で一定量になると想定されていました。ところが、水の量はどんどん増えていきました。これはどういうことなのでしょうか?あふれ出てくる水は組織を伝わって他の場所に行くのかもしれない、茎の表面から蒸散して外に出ていくのかもしれない、師管と連絡して下へ行くのかもしれない‥。どれも違いました。結局のところ、あふれ出た水はまた導管に戻っていたのです。茎がパイプだとすると、中を通る導管はメッシュでできているようなものだと思います。見掛け上は常に導管の中を水が一定量流れているようになりますが、実はその周りにたくさん水はあふれているのです。1cmの茎の中に既に存在している水の量の約半分が置き換わるのに20分弱かかることになります。ですから、植物の中では、多量の水が循環しているということです。
参加者
根から上の方に水を吸い上げるメカニズム等は分かっていないと聞いたのですが、それは本当ですか?
中西
分かっていません。まず、どのくらいの水が動いているのか、というデータもありません。色水を使えば分かるだろうと思われるかもしれませんが、水の動きと色素の動きは違います。水を吸い上げる力は二つあると言われていて、ひとつは葉から蒸散で水が失われた分を吸うということ、あともうひとつは根が示す根圧と言われています。
植物の中で養分がどのように動いているか
- 水の動きと養分の動きは違います。水に溶けているものでも、水そのものの動きと中に溶けているものの動きは違うのです。
- 植物の中では、元素ごとに濃度勾配が体中にできています。アサガオの例ですと、カリウムは葉より茎に多く、カルシウムやマグネシウムは双葉の時にたまり、花芽ができたときにふわっと上に行くということが示されています。
- ダイズに根からリン酸を与えたら、まず若い葉に行き渡り、そのあとに成熟した葉に運ばれて行くということが分かりました。
- 水耕栽培では、植物は、養分が水に溶けているので吸いやすく、沢山吸収してその結果育つスピードがすごく早くなります。ですが、できる種子の数は、土壌で栽培する場合よりも少なくなります。水耕栽培ですと、多分、次世代を作らなくてもこんなに良い環境だったらいいだのろうと、植物はなまけてしまうのだとも思われます。若い時に苦労すると後で実りが多いとよく言われますが、そういうことを植物は教えているような気もします。
参加者
元素の濃度勾配というのは、どの植物でも同じですか?
中西
基本的には似ています。例えば、一般に重金属は根にたまるけど地上部にはあまり行きません。ただし、マンガンとクロミウムは地上部にも行きます。またアルミニウムは、通常根に蓄積されるのですがお茶やブルーベリー等では地上部にも行きます。
参加者
植物は根の方でも葉に関する遺伝子を持っているのですか?
中西
遺伝子はあります。根に光が当たると緑色になります。だけど、普通は土の中は暗く光が殆ど無いので、光合成はできません。一連の遺伝子は持っているけれど、環境が合わないので働かない遺伝子はたくさんあります。関連するかどうかわかりませんが、最近知ったことですが、深海にも藻が生えているのですが、それを地上部に持ってきた途端に光合成を始めるそうです。
参加者
他の国でもこのような研究をしている人はたくさんいるのですか?
中西
ポジトロンを使って研究をしている人は日本で他にもおられますが、ベータ線やガンマ線でリアルタイムの画像を撮ろうとしている人は多分いないと思います。2,3年前にフランスから、リン酸のトランスポーターの発現を研究している人が来られました。実際に植物の中でリン酸が動くかどうかを見たいということでした。何がネックだったかというと、フランスではアイソトープの利用について規制がすごく厳しいとのことでした。日本も厳しいので、どんどん研究者がいなくなっています。
参加者
こういうイメージングは、昆虫や動物に使うことは可能なのですか?
中西
可能です。特に人では医療用でよく使われています。例えば、がんがあるところでは細胞の活動が盛んなので、ポジトロンを出す核種でラベルしたグルコースを与えると、そこに集積することが見えます。
参加者
例えばO157をラベルしたものを体内に入れると、どこで悪さをするということが分かるのですか?
中西
分かります。ただ、O157に関連して言いますと、食品照射という技術があり、アメリカやヨーロッパ等でよく行われています。食品にガンマ線を照射すると殺菌できるので、イチゴでも2週間くらいもつようになります。微生物というのは環境中に必ずいるものです。ただいるというだけで怖いのではなく、ある程度以上の量になると食中毒を引き起こすのです。照射すると、そうした微生物が死滅したり増えなくなります。