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第39回サイエンスカフェ 「聞いてみよう!あなたの知らない“土の世界”〜放射性セシウムとの関係〜」開催報告

掲載日: 2019年7月18日

溝口勝さんのイラスト

話題提供者の「Drドロえもん」こと溝口勝さん

2018年12月25日(火)食の安全研究センター第39サイエンスカフェ「あなたの知らない“土の世界”〜放射性セシウムとの関係〜」が開催されました。東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻国際開発環境学講座教授の溝口勝さんの話題提供で、実験を交えた土壌学の基礎に始まり、粘土の粒子の構造や特性、そして福島の農地再生に関わる放射性セシウムと土の関係について、被災地での持続的な支援とその取り組みを通じて得られたデータや経験などとともに聞きました。放射性物質除去や被災地支援における被ばく管理などへも質問があり、客観的な立場からの情報提供に徹し、現地の状況を把握しながら事実を追求し、解決策を探求し続けていく姿勢にまで対話は及び、理解を深める時間となりました。


○第39回サイエンスカフェ配布資料(pdf) (クリックすると開きます)
※以下、記載がない場合の発言は溝口氏のもの
※質疑応答は一部抜粋

土ってなあに

    土とは何か。土壌、土質、ドロ、土地など言い方もいろいろで、定義も分野によって異なります。ここで実験をしてみます。土の足し算で水50+水50、砂50+砂50はどうなるか。普通なら100と答えます。カップに3分の1ほど砂が入っていますが、砂のかさと同じくらいに見える水を砂のカップに入れると、どうなるでしょう。

    • 何かがプクプクと出てきて、砂と水の足し算は単純には成り立ちません。水と砂のいろいろな粒のほかに間に空気が入っているからです。砂の中に隙間ができている部分は、上から水が流れてきたけれども、砂の中に溜まっている空気が逃げ場を失って、行き場を求めてつくった空間です。自然を観察していると、こうした現象はしばしば見られます。
    • 逆に、水の入った容器に上から砂を入れると、最初から空気が抜けながら入っていくので砂粒は隙間なく水に入っていく。砂に上から水を入れたときは抜けきれない空気が中に溜まっていましたね。これらの単純な実験から何がわかるか。土というのは、固形の粒と空気と水、基本的にその3つで成り立っているということです。
    • 実験の説明をする溝口さんの写真

      「土の足し算」どうなるでしょう?

    • 別の実験です。畑の土を砕いて入れたボトルに水を加えてよく振り、しばらくこれを置いておくと、まず先に砂が沈みます。ではこの濁った部分は何でしょう。これは粘土と呼ばれるものです。実は土にとっては粘土がけっこう重要です。

土壌のなりたち

    自然界の土は普通地上に植物が生えていて、地下では根が深いところへいくほどに粒子が変わってきます。実験でご覧いただいたように、土は粒子と水と空気でできています。

    • 土の粒子はその物理的な性状で砂、シルト、粘土と区別し、約1000分の2㎜以下の粒子を粘土、0.2㎜以上は砂、その間のものをシルトといいます。いろいろな大きさの粒子が合わさって土をつくっています。中でも1000分の2㎜、2㎛(マイクロメートル)以下の粒子である粘土は水に沈みにくくて、水を含むとドロドロになり、乾くとガチガチに硬くなります。先ほど混ぜて置いておいた水と土のボトルの中でまだ沈みきらずに濁っている部分、そこにある粒子が粘土です。
    • 粘土にはカオリナイト、ハロサイト、イライト、バーミキュライト、スメクタイト、アロフェンなどいろいろ種類があって、それらの多くが世界中で使われています。カオリナイトというのは、陶土として磁器の原料になっています。食器などの焼き物は、粘土に水を入れてこねて、1000℃くらいの高温で焼いているんです。バーミキュライトは、花崗岩という長石、石英、黒雲母という3つの鉱物でできている石がありますが、その風化の過程で黒雲母が風化してできるものです。これが今回、放射性セシウムを考えるときのポイントになります。
    • 粘土粒子の構造は、例えばケイ素、SiにOがついて二酸化ケイ素、さらにOやHが連なり、シート状になっているもの、アルミニウム、Alもシート状になっているもの、それらが合わさって、バーミキュライトのように何枚も連なったような形を成しています。化学構造は全部分かっていて、不足してきている陶土用に人工的につくっているところもありますが、つくるためには電気代がかかってしまうので、つくらないのが普通です。

土の働き

    食料をつくる、環境を守るというのが、土の大きな役割です。いろいろな土、粘土鉱物はでき方もさまざまで、掘って見ると場所ごとに色も違いますが、慣れてくると、少し掘ってその場所の土を見てここの粘土は何なのかを見分けられるようになります。

    • 土の粒子はどうやってできるのでしょう。基本的には雨と温度です。熱帯雨林や乾燥帯など様々な気候があり、異なるでき方でいろいろな土壌ができます。世界の土壌図というものもありますので、世界各地にいろいろな土壌があることを知っておいてください。
    • 土壌の研究分野は非常に多種多様で、土壌学の中に例えばペドロジー、土壌生物学、土壌化学、土壌物理学などがあり、日本土壌肥料学会にも土壌物理部門、土壌化学、土壌生物、植物栄養等々の分野があって多岐に分かれています。海外の土壌学の世界も同様です。土がテーマですが、様々な角度から別々に研究していて、例えば土壌物理を専門とする人は植物栄養のことはあまり分からない、土壌生物が中心の人は土壌物理は分からないといった側面もあるなど、複雑な分野ではあります。僕自身は土壌物理の出身です。

農学栄えて農業滅ぶ——基礎学に立脚した現場主義

    2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故があり、セシウム、除染といった言葉を何度も耳にしたと思います。あの時私が一番ショックで悔しかったのは、土やセシウムと粘土鉱物との関係がきちんとわかっている人の意見や理論がマスコミなどで取り上げられなかったことです。普段から土について注意を払っていないからでしょうか、こちらが懸命に話しても、「説明されてもわからない」という態度でした。あれほど大丈夫だと言われ信頼していた原子力発電に対して、誰も責任を取っていないではないか、という形になってしまったことで、「科学技術は信じられるのか」という気持ちを日本中に蔓延させたことが、セシウムをまき散らしたこと以上に今回の原発事故の傷手だったと私は思っています。今日はそこをあえて問うて、考えたいと思います。

    • 「農学栄えて農業滅ぶ」、農学の祖ともいえる明治時代の人、横井時敬の言葉です。学問はいっぱいあるんだけれども、本当に農業のためになっているのかと言われると耳が痛い研究者も多いと思います。『天空の城ラピュタ』の主人公シータの名言「どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんのかわいそうなロボットをあやつっても、土から離れては生きられないのよ!」。今回の原発事故で強制的に避難をさせられた福島の人たち、特に農家の人々のことを表すのに、この言葉は重要なポイントだと私は思っています。
    • そんな思いもあって、僕はけっこう早くから福島の飯舘村に入っていろいろな除染法を試みました。凍土はぎ取りによる農地除染は、事故から1年も経たないころですが、たまたま土が凍っているのでそれを剥がすと板チョコのように、セシウムを含んだ土がきれいに剥がせたんです(後述)。震災によって原発がコントロールできなくなった直後、放射性セシウムが問題になることが理屈の上では分かっていたので、すぐに勉強会を催したりして、以来ずっと活動を続けています。

飯舘村はどこにある?まず何をしたか

    今回サイエンスカフェの2日前にも飯舘村に行きました。飯舘村は福島第一原発から西北方向に30〜45㎞にある村です。東京電力福島第一原子力発電所が水素爆発を起こした3月15日はその水蒸気雲が風で流れて行っているときに雨が降りました。空気中のいろいろな放射性物質が折しも飯舘村の方向に吹いていた風に乗って運ばれ雨とともに落ちてきたんです。こんなに離れているんだから大丈夫だろうと思っていたら、風の影響で北西方向に広がって汚染されてしまったんですね。

    • 先ほど「科学技術が問われている」と話したことのもう1つの理由として、SPEEDIの運用の問題があります。原発が万一事故を起こした際、どのように物質が移動するかをシミュレーションし予測するSPEEDIという道具があって、福島の原発事故では北西方向へ向かっているらしいとわかっていた、それなのにその内容は報告されず、国民の皆様、特に福島の皆様に、「科学技術とはいったい誰のためのものか」と思わせてしまったというのがあります。
    • 飯舘村は標高が高く涼しいところで、原発事故前は牛、コメ、花などが有名でした(スライド5、6)。一部地域(赤い部分)を除いて、2017年3月31日に避難指示が解除されました。その年の1月に飯舘村に帰還したいかどうかなどのアンケートも行われましたけれども、すでに6年経過していたこともあって、「戻りたい」と答えた人が33.5%、「戻らない」と決めている人が30.8%、決めていない人が約20%ということで、数年間の避難生活によって、戻る人が少なくなってしまうような状況になっています(スライド7)。
    • 「戻りたい」人の中でも「すぐに」、「3年後」、「5年後」との選択肢に「すぐに」という人が戻りたい人のうちの42%となっていますが、実際は避難前6,000人いたところ400人戻っているかどうかという状況のようです。このように、原発の事故が村の人たちの生活に大きな影響を及ぼしています。
    • そうした中、2012年9月から本学の農学部ではわれわれとしてやれることをしようと、学生を連れて行ったり、いろいろな調査をしたりしました。私自身は2011年6月から通ってかれこれ7年(サイエンスカフェの時点で)になります。
    • 調査のため飯舘村で採取した土や植物、キノコ類まですべてを東京へ送ってもらいました(スライド9)。農学部の職員有志でつくった「サークルまでい」というグループの人たちが、そうした試料を測定用の瓶に詰め替えて、すぐ隣にあるRI施設に運び、自動的にデータにして返す、このサイクルで延々とデータを取り続けました。このサイクルができたのは、大学と村の人たち、ボランティアの人たちの連携でなし得た良い流れでした。
    • 除染方法の開発にも取り組みました(スライド10)。国の除染法はとにかく国任せなので村の人たちはいつ順番が来るのか、本当にきれいになっているのかと心配が続いていました。われわれは協力してくれる地元の農家さんと自分たちでできる除染法をつくっていこうと、いろいろなことをしました。除染法を施した場所で米の栽培試験もして、コメに入るセシウムは、ぬかに入るのがほとんどで、白米にはほとんど移動しないことも、2012年の段階からデータを取っていました。しかし、国から認められている除染の手続や米の栽培ではありませんから、秋に収穫した米は全部埋めるようにという国の指示のとおり、収穫しては埋めることを二、三年繰り返していました。

土中の放射性セシウムはどこにある?

    土中の放射性シウムというのは、ほとんどが5㎝よりも上の浅い層にあります。退官した本学の塩沢先生たちのグループが二本松の圃場で取ったデータで示されているとおり、ほとんどが表層の5㎝までの部分、例えればプリンのカラメルソースのところのような状態にあります。雨が降ってもそれは変わらず、セシウム134でもセシウム137でも同様です。つまり、プリンのソースのところを集めれば、ほぼ除去できることになります(スライド11)。

    • なかなか除染が進まないでいる間に、中山間地の水田ではイノシシが餌のミミズを掘り出そうと土を掘ってしまう(スライド12)。表層の土が崩れたプリンのようになっている。こういうところを固めて除染をするというのは、ある程度中に残ってしまうけれども、それもしかたがないのだろうか、ということが続いたんです。
    • セシウムは、周期表で見て分かるように(スライド13)、水素、ナトリウム、カリウム、ルビジウムと同じ系列にあります。この系列は水の中に入ると一価の陽イオンになります。東日本大震災で起こった三陸沖の津波ではほとんどの場合NaClの形でナトリウムイオンが田んぼに入ってきました。福島の飯舘村、大熊町の辺りは、同じ一価のセシウムが飛んできて土に来た。性質の似ている物が入っているのに片やナトリウムは簡単に抜けて、他方は全然抜けない。ナトリウムのほうは真水や雨をかければ抜けていくのに、セシウムは雨が降ろうと雪が積もろうと、何年もほとんど動かない状態のままです。

粘土とセシウムの不思議な関係とは?

    セシウムが動かないのは、バーミキュライトなどの粘土鉱物にその理由があります。粘土鉱物の表面にはたくさんの穴が空いています(スライド14)。化学では、アルミニウム八面体、シリカ四面体といっていますが、それらが構造をつくるとシリカ四面体の表面に穴が空いたようになります。その穴のサイズがセシウムとほぼ同じなんです。ナトリウムはサイズが小さく、通常は周りに水をつけた水和状態で塊で動きこの穴には嵌まらないんですが、セシウムはここへ来るときれいに嵌まってしまい抜けなくなります。これが粘土とセシウムの不思議な関係です。

    • パックに入った卵に例えてみます(スライド15)。粘土の中はもともとシートがサンドイッチ状の構造をしていて、その間にはカリウムが入っています。カリウムが接着剤のように粘土鉱物どうしをくっつけています。カリウムは周期表で見たとおりセシウムとも同族系です。粘土鉱物が風化する過程で卵パックがパッと開いて、白い卵であるカリウムがちょっと出てしまい、それを押し出して代わりにセシウムが入ってしまうんです。このようにカリウムとセシウムが今も置き換わっていっています。しかもセシウムのサイズがカリウムより少し大きいため、きつめに嵌まってしまうんです。だからいっぱい入るとなかなか抜けないんです。
    • セシウムが粘土表面に嵌っているのを証拠づける写真がこれです(スライド16)。私と友人が震災発生の3カ月後6月25日飯舘村の崖のところに放射線計を当てて線量を測定しました。すると、一番上が2.5μSv/h、真ん中が3.5μSv/h、一番下は7.0μSv/h、放射線が下のほうほど高いんです。切り立っている場所に3月15日に一斉にセシウムが落ちてきて、その後に雨が降って、3カ月後に行くと下のほうが放射線量が高い。なぜか。
    • ヒントは粘土です。写真のがけの赤い土に雨が当たると、泥水になって下に行く。セシウムは粘土の穴に嵌まってしまう。その粘土の粒子が泥水となって流れ落ちて下のほうで草のあるところで引っかかって溜まっていく。粘土が溜まっているところにはセシウムが多い。従って放射線が高くなるという状況です。
参加者

カリウムが補充されると、セシウムの検出が懸念されるレベルにことはないのでしょうか。

溝口

植物は成長するのに基本的にカリウムを欲しがっていますから、同じ除染の程度で圃場が2つあるとしてカリウムが入っていると若干放射線量が抑えられるんですね。カリウムが入っていると、玄米やぬかに入ってくるセシウムが少なくなります。植物はカリウムが足りないと、それに似ているセシウムを吸ってしまうのですが、カリウムが十分にあると、カリウムを吸うからセシウムは吸われずに済むんです。

それで農家さんは県とか国の指導で、コメをつくる際は塩化カリウムを余分に入れるようにしているので、セシウムが検出されないでいます。年数が経つにつれてセシウムが粘土鉱物の中に取り込まれていきますが、それが植物のほうへ抜かれて再利用されるということはありません。

参加者

カリウムが入ってくることによって、粘土鉱物からセシウムが陽イオン交換で出てきてしまうということはないのでしょうか。

溝口

カリウムとセシウムでは、セシウムのほうが圧倒的に粘土にくっつきやすいですから、大丈夫です。これはイネの栽培試験もしていて、その時のデータでもカリを入れると放射性セシウムはほとんど出なくなっています(スライド29)。

国の基準と農地除染の様々な取り組み

    表土削り取り、水による土壌攪拌・除去、上の土と下の土を入れ替える反転耕という3つの方法が、2012年の8月国の基準としてできあがり、セシウム濃度が1万Bq/kg(ベクレル)以上の汚染土については表土削り取り、5,000〜1万Bq/kgについては水による攪拌、5,000Bq/kg以下は上と下の土を反転させるだけでいいという基準を作ったんですが、「なぜ自分たちは何も悪いことをしていないのに、自分の土にそれを残しておかなくてはいけないんだ、全部持っていってほしい」という住民感情にも配慮して、表土削り取りが延々と続いていきました。

    その結果、剥ぎ取った土が積み上げられてピラミッドのように山積みになっています(スライド18)。この写真は中間貯蔵ではなく、その前の状況です。中間貯蔵地へ移動し、さらに最終処分地へ持っていくことになっているのですが、置く場所が決まらないことには除染作業もできませんから、役場の方々など大変なご苦労なのではないかと思います。

参加者

表土を削らないで、客土をするという方法は検討に上らなかったんですか。

溝口

客土だけで済ますには表面のベクレル数が高すぎ、表土をそのまま残して客土だけすることにはなりませんでしたね。もし上に土を削らない場合には1mくらい土をかぶせなくてはならない。それには客土する土が足りないからです。飯舘村の場合、5〜8㎝表土削り取りをした土の代わりに客土するために、すでに一山二山削り取ってしまいました。

      説明に聞き入る会場の様子の写真

      セシウムと土の関係に熱心な対話が続きます

    • 農地の除染では凍土剥ぎということもしました。土の表面に多くセシウムがあるのですが、この地域は冬期気温が非常に低く表土が凍ります。凍った表土はうまく板状に剥ぎ取ることができます(スライド21)。
    • この方法が非常に簡単に表面の土を集められるというので、河北新報が「凍る水田除染一気」というタイトルで掲載(2012年1月17日)したのですが、2日後の東京新聞は一部を削って同じ見出しで掲載していたんですね。削除部分には「(前略)机上の発想と違い、村の実情に合って莫大(ばくだい)な金も掛からない方法だ」と書いてあったんです。東京新聞がこの部分を削った理由は分かりません。この時に、都市部の人と地方とでは認識にずれがあるということを知るとともに、マスコミの情報も必ずしも一枚岩ではないということも知りました。

田車による除染実験

    凍土を剥ぐ方法のほかに、田車(たぐるま)代かき掃き出し法という方法もあります。田車は田植えの後の除草に昔から使うものですが、これを使って水田の土を混ぜて泥水にして流すという方法です(スライド22)。これで除染前と除染後でこれほどセシウムを取り除けるということも現地で実証できています(スライド23)。

    • ご質問にありましたが、汚染土の上にそのまま客土するのと、表土を削ってから客土するのとでは、農地に残るセシウムの量が圧倒的に違いますから、やはり表土を剥ぎ取る、プリンのカラメルソースの部分を剥ぎ取って客土するというのが、最も効果があるというのが、その時点での議論でした。
    • 田車法の場合、混ぜた泥水を次にどうするかというと、圃場の横に排水路を設けて一気に流します。数カ月後に流したところの土を採って計測すると、表面10センチくらいのところにセシウムはあるけれども、それより深いところへはほとんど行かないんですね(スライド24)。
    • この実験も河北新報で紹介されました。すると、実験場所から20〜30㎞下流にある南相馬のある主婦から、「何ということをしてくれるんだ、そんなことをしたらうちのほうの地下水が怖くて飲めないじゃないか」という苦情の電話が私どものNPO法人の事務局にありました。
    • 田車法で流した泥水のために下流に汚染土が届くという懸念については、それはあり得ないんです。「なぜなら」というのをこれから実験その3でご覧いただきます(スライド25)。
    • 不要なペットボトルを利用して漏斗を作り、水を濾過してみます。砂は少量ですが、水を通せばもちろんほぼ透き通った水が出ます。同様に土と水を混ぜた泥水を通してみると、やはりほぼ透明な水になります。これは何を意味するか。
      実験をする溝口さんの写真

      「泥水のマジック」実験にご注目

    • 先ほど田車で田んぼの土を混ぜて泥水にしたものを排水路を設けて流しました。実験と同じように泥水を流しても下から流れ出てくるのは透明な水です。泥水の中に浮かんでいるのは粘土鉱物で、そこにセシウムが嵌まっています。その泥水が途中の砂粒の間を通過する間に粘土鉱物は漉し取られてそれ以上先へ流れていきません。
    • これは今日のテーマ「土の科学」の興味深いポイントの1つでもありますが、土が濾過機能、フィルターの役割を果たしているのです。最初の実験で、砂の中には隙間があってそこには空気と水がありました。田んぼの泥水を排水路に流す場合も同様に、泥水が土を通過する過程でその隙間に泥水の成分である粘土の粒子が引っ掛かる、その引っ掛かったところにさらに次の粘土粒子が引っ掛かって積み重なっていきます。そうした結果、下から出てくるのは透明な水だけです。セシウムが嵌まってしまった粘土粒子が下流まで流れていって下流の水を汚染するということはないわけです。

汚染土の埋設という工法の実験

    土はいろいろな大きさの粒子から成り、その隙間に泥水が通過していく間に粘土粒子が引っ掛かり、下流まで粘土が流れて汚染するということはない、ということは、実際に汚染された土を削り取って埋めちゃえばいいんじゃないかということで、実験もしました。汚染土を50〜80㎝の深さに埋めて、その上にきれいな土をかぶせます(スライド27)。その上につくった田んぼで水を使ったら、泥水がその土の中を通っていくわけです(スライド28)。

    • きれいな土を50㎝かけると、汚染土から出てくるγ線が原理的には1/100〜1/1000に減衰します(スライド30)。ここでは土の粒子そのものが放射線のγ線を遮蔽する効果が示されています。
    • 汚染土を削り取り、穴を掘って埋める。埋める深さについては何らかの設計基準は必要ですね。そこで試験のために汚染土を埋めたまま、その上で田植えもする、ということを3年間やって線量を計測し続けました。得られたデータがスライド33のグラフです(スライド31、32)。写真の土中に立ててあるパイプに放射線計を半年に1回ずつ記録するという方法です。もしセシウムが汚染土から出て下にずれていくならば、グラフ(スライド33)のピークが下にずれていくだろうということです。
    • 3年間計測し続けた結果、土中の放射線量のピークの高さ自体は自然減衰によってだんだん小さくなってきましたが、ピークの位置はほとんど変わっていません。つまり、埋めっぱなしにして、上で普通に田んぼをつくって水が下に浸透していってもセシウムは下のほうには全く移動しないということが、現場での実験で分かったわけです。スライド33は縦軸の150というところが地表レベルです。草が生えているところです。地中でいろいろな深さのところで線量を計測しました。
参加者

地上の高さのcpmが高いようですが。

溝口

そうです。実は地上部のほうが地中よりも高いんです。これは埋めた汚染土ではなく除染されていない周囲の山から来る放射線の影響です。同じ飯舘でも長泥のあたりはまだ除染していないので空間線量率は高いですが、ここは佐須というところで、初めの頃から1μSv/hあるかないかくらいです。今は0.2μSv/hくらいになっています。

    • 除染が終われば終わりではなく、元の暮らしに戻るにはどうしたらいいか、除染が終わった後の農地で何をしていくか、1つずつ問題を解決していかなくてはいけない(スライド34)。除染で土を削ったあとは肥沃ではない山の土で客土を行うので、そこから土作りをしなければならない。
    • そもそも農地の土は初めから肥沃だったのではなく、堆肥による土壌改良など農家の努力によって良い土になっていたのであって、客土の後にそれを繰り返すことは可能です。ただ、それほどの苦労をしてまで農業をやろうという人たちが地元にどれだけ残っているだろうかということが問題です。
    • 担い手の問題は日本農業の共通の問題です。日本の農業が面白いかどうか、夢を与えてくれるようなものであるかがとても重要です。やる気のある農家にとってはこれからが面白いんだということです。新しい日本型農業を飯舘から始めるチャンスでもあると思っています。

排水不良解決の工夫——暗渠排水

    余り知られていないことですが、除染後の農地というのは排水不良で、なかなか水が抜けないという問題があります(スライド35)。表土を削った分、バラツキはありますが5㎝以上の客土が入っています。スライド36の写真で、黄色っぽい土が山の土で、下のほうが元の土。この土を混ぜながら肥えた土に変えていく必要があります。そして、水が抜けないのは、除染をするとき重機を使用して平すので、重機の重みで固まってしまうからです。

    • 通常の田んぼでは深さ約20〜30㎝のところは硬盤といってわざと少し固めになっています。硬い層がないと田んぼの水がすうっと抜けてなくなってしまいますから、そうならないように固めてあります。それが、今回の除染では5㎝くらいのところを重機で削り取り、客土も重機で平しているため、二重に硬い層ができています(スライド36グラフ)。そのまま放っておくと雨のあと水が抜けないんですね。その排水不良の問題をどう解決するかも、これから農地を再利用していくときの1つのポイントになります。
    • この問題を解決する工夫の1つとして、暗渠排水という方法があります(スライド37)。今年のゴールデンウィークに地元の方と作業をしました。素焼きの土管を土中に埋めて、山にある杉の枝葉を土管の周りに敷き詰めて土をかぶせて埋め戻しますと、土中の水分が少しずつ染みこんで土管の中を流れ、農地の排水路まで流れていくというものです。
    • 農地の排水をよくするための方法として、日本に昔からある暗渠排水こそは、国連が決めたSDGs(持続可能な開発目標)にまさに符合する解決策です。もともと杉の枝葉は断ち落としてゴミになる不要なものですが、農地に持ってくれば暗渠の疎水材として使えます。要らないものを他方で役立てる、究極のSGDsだと、工事をしながら思いました。

農地の「見える化」と農業再生へ

    今取り組んでいることとして、「安全な農畜産物生産を支援するICT営農管理システム」の開発があります(スライド39、40)。現在飯舘村で農業をしている人は避難先から通っている人が多い状況です。そこで、農地の「見える化」で、避難先からでも農地を見守れるモニタリングができるように工夫しています。また、若い人たちに現場を見せて、一緒に活動するための合宿所や人材育成のための学習塾など設けていきたいと取り組んでいます。

    • 2013年2月福島再生の会で提案したのが、お酒を造ろう、大吟醸酒を造ろうということでした(スライド41)。ご紹介したデータのように白米にはほとんどセシウムが行かないので、白米を利用してお酒を造ればいいのではないか、同時に地元の特産と伝統的な味付けを生かした酒のつまみを開拓して、福島あるいは飯舘ブランドとして海外へ売り出そうじゃないかと6年前に提案し、ついでにGlobal-GAPの認証を取ろうということも提案しています。
    • 今はオリンピック前というのもあってGAPは頻繁に話題になりますが、当時はそれほどでもない頃でした。どこまで実現できるかわかりませんが、実現できたこととして、今年(2018年)大吟醸酒は700本でき、完売しました。田んぼの面積を3倍にして、2019年度は2,100本造ります。
    • 生産者と消費者をつなげる活動(スライド42)や「Dr.ドロえもん教室」と題して子どもたちに対する農学教育などの子ども向けの活動(スライド43)もしています。最初に穴を掘った場所を農業用ハウスをかぶせて土壌博物館としています(スライド44)。ここでは、先ほどご紹介した客土した土をそのまま見たり、自分で押して硬さを確かめたるなどの体験ができます。

復興の農業工学

    有名なハチ公の飼い主である上野英三郎先生は、東大農学部の教授でした(スライド45)。1900年に耕地整理法、1905年には耕地整理講義を始め、これが日本の農業工学(農業土木)の始まりとなりました。上野先生がやったことは、食料生産の基盤整備です。田んぼに水を引き、排水をする灌漑と排水、不毛な大地を肥沃な農地に変える農地造成、海外でも水のない地域に水を引いてくる技術などを推し進めました。今回お話しした農地除染も一旦使えなくなった農地を使えるようにしようという意味では、この農業工学の大事な1分野と言えます。

    • 今の私のチャレンジは、除染後の土地利用、帰村後の農村計画、人々が帰った後にそこでどのように生活していくか、また地域再生、産業再生といったことになります。これらを上野先生の農業工学にあやかって「復興の農業工学」と称して、各方面でお話ししています(スライド45)。そして皆さんに覚えておいていただくために、上野先生のイラストのシールやカレンダーをつくっています。
    • 四季折々デザインを変えていますが、シールではハチ公を子犬にしています。ハチ公が上野先生のところにもらわれてきたのは1924年1月でした。ところが上野先生は1925年5月に亡くなられてしまいます。上野先生とハチ公が一緒にいられたのはわずか1年ほどなので、ハチ公はまだそれほど大きくなってはいないはずです。そこでシールでは子犬のハチ公の影絵のデザインでいち早く商標登録しました。著作権フリーなのでどんどん使ってください。

科学者としてできること、すべきことをし続ける

参加者

住民による除染活動においては、被ばく管理をされていたのでしょうか。

溝口

われわれのNPO法人は必ずガラスバッジと放射線計を準備し、各人に携帯してもらいます。初めて来た人には、どこへ行くと危ないかなどをご説明し、きちんとチェックしてもらいます。詳しい説明をした上で、活動に参加したい場合は改めて申し込んでもらうようにしています。

参加者

被ばく量についてのデータはないのでしょうか。

溝口

ボランティアでNPOの活動に参加してくれるメンバーが行くところは、最大で1μSv/hあるかないかで、そこに滞在するのはせいぜい30分〜1時間です。除染についての国の基準では家屋から20m以上までのところはきれいに除染するけれども、それ以上離れているところは何もしません。20mより奥の屋敷林のところは線量がけっこう高めで、高いときには2μSv/hありますけれども、そこへの案内は10〜15分程度です。

    • そうした場所へ行く場合には、被ばく量の計算も実際にしてもらいます。例えば、今日行くところの線量は最大2μSv/hで、何時間いたら今日はどれだけ浴びたことになりますかと。実際に計算して「ああ、そんなものなんだ」と実感してもらい、ガラスバッジでも全然上がっていないなと確認してもらうといった管理はしています。
    • 住民の方はまだ戻っておられる方は少ないですが、一緒に活動している住民の方にも常にガラスバッジはつけてもらって、1カ月の被ばく量も全部チェックしています。そのデータの積み重ねの結果を見るにつけ、航空機モニタリングなどで一時的に取ったデータを元に議論をするのは非常に危険だと感じています。
参加者

私は帰還困難区域である浪江から今も避難しています。研究で出たデータを根拠に「大丈夫だ」として住宅保障などを打ち切っていくなど、支援収束の方向に国は動いています。避難者は、環境が整うまで待てる状況がなくなっていく、それが住民の困難さにつながっていることを分かっていらっしゃいますでしょうか。

溝口

わかっています。だからこそ、調査をし、事実が何なのかをすべて公表しています。それを使うかどうかは国や行政の仕事です。国がやってくれないからこそ、様々な状況を理解した上で私たちNPO法人はやれることを全部自分たちでやっています。事実は事実であり、帰れないでいる人たちがいることも理解しています。だからと言って、手をこまぬいて何もしないでいたら、いつになったら解決できるのでしょうか。

冒頭の「科学技術への信頼」というお話のポイントはそこにあります。黒澤映画の『七人の侍』を観たことはありますか?はっきり言って僕はその土地の人間ではないけれども、現地に行ってやるべきと思うことをしている。『七人の侍』の世界でなら、僕のやっていることは、あとで責任を取らされて切腹ものかもしれない。それでも、1つ1つ、大学で働く者として、1人の科学者としての責任で、他者がやっていないことをこつこつやっています。様々な状況に置かれている人たちがいることは、村の方々と話してよく知っています。その1つ1つを常に噛みしめ、自分のできることは何かという思いでいつも取り組んでいます。(完)

(参考)関連の読み物

  • (2019.4.26)飯舘村に通いつづけて約8年-土壌物理学者による地域復興と農業再生(コロンブス2019.5)
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/edrp/fukushima/fsoil/columbus1905.pdf
  • (2015.8.31)自分の農地を自身で除染したい百姓魂(「原発事故後、いかに行動したか」より)
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/edrp/fukushima/media/150831mizo.pdf
  • (2015.5.1)復興の農業土木学で飯舘村に日本型農業の可能性を見出す
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/edrp/fukushima/fsoil/columbus1505.pdf
  • (2014.3.26)土壌物理学者が仕掛ける農業復興ー農民による農民のための農地除染
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/edrp/fukushima/fsoil/columbus1403.pdf
  • その他:
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/mizolab.html
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