Information

HOME > Information » お知らせ畜産物の安全に関する情報 » 放射性物質に関する情報 » イベントレポート活動の足跡 » 2018年 > 第37回サイエンスカフェ「秋の彩り キクの秘密—遺伝子組換えによる青い花の開発」開催報告

お知らせ

第37回サイエンスカフェ「秋の彩り キクの秘密—遺伝子組換えによる青い花の開発」開催報告

掲載日: 2019年7月12日

話題提供者の柴田道夫さんの写真

話題提供者の柴田道夫さん

2018年10月10日(水)(火)食の安全研究センター第37サイエンスカフェ「聞いてみよう!秋の彩り キクの秘密―遺伝子組換えによる青い花の開発―」が開催されました。
東京大学大学院農学生命科学研究科 生産環境生物学専攻 園芸学研究室 教授の柴田道夫さんより、アジア原産のキクが世界で親しまれていった歴史、高次倍数性とキクの品種の拡がり、光周性の発見による電照ギクの開発、江戸ギクの育種技術の面白さ、電照栽培が根づき世界一になった日本のキク生産と消費、焦点の遺伝子組換え技術による青いキクの開発までを通して、花きの育種にまつわる科学的な挑戦の事例を紹介、参加者からの質問も交え、生き生きと咲くキクと青いカーネーションを愛でながら深く広く学び語る場となりました。



○第37回サイエンスカフェ配布資料(pdf) (クリックすると開きます)
※以下、記載がない場合の発言は柴田氏のもの
※質疑応答は一部抜粋

今日はお花の話

    私はここの農学部を昭和54年に卒業後すぐ農林水産省の試験場に入りました。専門が園芸学でしたので野菜試験場に入ったのですが、研究室は花の育種を扱う研究室でした。以来これまでずっと花の育種の研究を続けて、7年前に東大に来ました(スライド2)。

    • 世界一キクの生産量が多く、また世界一多く消費している国が日本です。キクは通常10月下旬〜11月中旬ごろに花を咲かせる短日植物です。今は10月初めですが、今日ここに飾っているようにキクの切り花は周年手に入ります。一年中キクを咲かせるために開花調節が行われているからです。
    • 前半ではキクの由来からキクの生産について、その後、キクのいろいろな形や色について、最後に遺伝子組換えによる青い花の話の開発についてお話しします(スライド3)。
    • 青いキクは開発されたばかりで、今日会場に飾れる実物が入手できません。そこで、今日は1997年に開発された青いカーネーション、「ムーンダスト」を携えてきました。4色揃っています。現在、日本で生の遺伝子組換え植物を直接見たり触ったりできるのは、これらのカーネーションとバラだけです。

キクの学名の変遷

    キクの学名は、クリサンセマム(スライド4)で、英語でもchrysanthemumと呼んでいますが、キクは実は西洋ではなく東洋の原産で、中国や日本からヨーロッパへ渡りました。何度かヨーロッパに伝えられていったのですが、1789年にフランスに伝わったあとにラマチェルという人に付けられた学名がクリサンセマム・モリフォリウムChrysanthemum morifoliumです。キクの葉は形がクワの葉に似ています。それで、クワの葉に似ているという意味でモリフォリウムという学名がつきました。

    • クリサンセマムは「黄色い花、黄金の花」という意味です。ラテン語の属名を英語読みするとクリサンセマム、ギリシア語の “chrysos”「黄金の」と”‐anthos”「花」に由来します。 もともとヨーロッパにはシュンギクの仲間が自生しており、シュンギクをタイプ標本とし、クリサンセマム属が定められました。シュンギクは地中海原産でクリサンセマム・コロナリウムC. coronariumとの学名がつけられております(スライド4上の写真)。
    • ラマチュエルは、東洋から伝わってきたキクをシュンギクと同じ属とみなしました。クリサンセマム属には可憐な花マーガレット、蚊取り線香に使われているジョチュウギク、ハーブティーに使われるローマンカモミールなどもに含まれておりました。ところが、クリサンセマム属は200種を越えるいろいろな植物が含まれ大きな属でしたので、1970年代に東洋原産のクリサンセマムの仲間には別の学名がつけられ、キクの学名はデンドランセマ・グランディフローラムDendranthema grandiflorumに変わりました。
    • 一方、植物学分野で英国の植物学者から、クリサンセマムの英名は昔から使われているので、キクの学名をクリサンセマムに戻そうとの意見が出され、1995年のセントルイスでの国際植物学会議(International Botanical Congress)においてキクの学名は再びクリサンセマムに戻されたのです。

キクの染色体の特徴

    キク属の大きな特徴は、染色体の基本数が9本であり、さまざまな倍数性を有することです(スライド5)。キク属には二倍体から十倍体までの野生種が存在しています。

    • キクの花は頭状花序といって、1つ1つの小さな花が組み合わさって大きな1つの花の形をつくっています。花の周りの部分は舌のような形をしているので舌状花と呼ばれ、真ん中の部分は筒のような形をしているので筒状花と呼ばれています。
    • キク属の野生種を大きく分けると、舌状花が黄色か、白色か、そして舌状花がなく筒状花だけという3種類に分けることができます(スライド5)。それぞれのグループに倍数性があって、二倍体から十倍体までが存在しています。
関崎

染色体の倍数が増えるということは、花にとっては良いことなんですか。

柴田

どうして倍加するのかというのはなかなか難しいのですが、環境などのストレスに耐えるために自分で遺伝情報を倍加していったと考えられます。進化が進んでいくほどある程度倍加が進んでいって、分布域の端の方には高次倍数体が存在するといわれています。

関崎

植物によく見られることなんですか。

柴田

そうです。例えばムギにも高次倍数性があります。植物の種類によりますが、植物には広く倍数性が存在します。ところで栽培ギクというのは、六倍体です。つまり、基本的なセットの3倍のものが遺伝情報として入っていることになります。

    • 今日飾ってあるカーネーションは二倍体なんです。遺伝子組換えを行う上では倍数性が低い方が容易にできます。複数のセットが入っていると遺伝子組換えは容易ではなく、バラは四倍体、キクは六倍体ですので、だんだん難しさが増してくるわけです。
    • 栽培ギクに近縁な野生種の中にハマギクというのがあります(スライド6)。福島県などの太平洋沿岸に自生しており、東日本大震災で津波に襲われた福島県を天皇皇后両陛下が訪問されたとき、津波の被害にも負けずに花を咲かせていたことがニュースになりました。ハマギクは昔はクリサンセマム属に分類されていたのですが、現在はキクとは異なる属に分類されています。
    • 皆さんご存知のトキ(鴇)、トキの学名はニッポニア・ニッポンNipponia nipponで、「ニッポンのニッポン」という意味の、日本を代表する動物とされています。植物にも種名にjaponicaなどの「日本の」という学名がついたものは数多くあるのですが、このハマギクはニッポナンセマム・ニッポニカムNipponantemum nippoinicum、すなわち「ニッポンの花、ニッポン」という学名がついています。その意味で日本を代表する植物ということになります。
関崎

これはまさに在来の種類なんですね。

柴田

日本在来の植物なんですけれども、鉢物としても流通しています。園芸店などで是非「ハマギクはありますか」とお聞きになってください。非常に丈夫な植物で庭に植えるとどんどん大きくなっていき、毎年この時期にきれいな花を咲かせます。

栽培ギクの歩んできた道

    現在栽培されているキクはどこで生まれて、いつごろ日本に来たのか、どのように世界に広まっていったかについてお話します。実は、キクがどのように生まれたかについてはいろいろな説があり、よくわかっておりません。

    • 紀元前2世紀頃の中国でキクの最初の記載が見られます(スライド7)。但し、この頃に記載されているのは薬草としての黄色の野生種で、さらにかなり時代が経ってから中国で栽培ギクが登場してきます。万葉集や日本書紀にはキクが登場しないことから、日本には奈良時代くらいに中国から来たのではないかと考えられています。
    • その後、キクは江戸時代に日本で大きく改良されました。例えば、サクラのソメイヨシノ、ツツジのキリシマツツジなどのように、江戸時代には現在も見ることができるたくさんの花の品種がつくられました。江戸時代には、キクを含めさまざまな花の種類ごとに相撲の番付みたいなものがあって、庶民が競い合って品種育成に取り組みました。一番高いものとなると当時8両という値がついたそうで、今のお金にすれば100万円くらいの価値があったそうです。

光周性の発見とキクの周年栽培

    ヨーロッパに定着して以降、イギリスでは王立園芸協会で立派なキクがたくさんつくられるようになりました。ただ、本当にキクが世界的な花になったのは、その後にアメリカに渡ってからとなります。1920年にアメリカで植物の光周性が発見され、植物は日長によって花を咲かせることがわかりました。

    • キクは短日植物で、秋になると花が咲きます。光周性の発見からわずか10年ほどの間にアメリカで日の長さを調節する技術が開発され、キクを周年にわたり咲かせることができるようになりました。
    • アメリカで開発されたキクの栽培技術は大正時代に日本に伝えられました。それ以降、日本でも切り花用の品種が栽培されるようになったわけです。キクは、もともとは中国や日本で生まれた品種が、その後欧米に渡り、栽培技術とともに日本に逆輸入されたという歴史をもっているのです。
    • 毎年11月くらいに日本の各地で開催される菊花展では、大輪のキクをみることができますが、これらの趣味家用の品種は江戸時代につくられた品種が継がれてきたものです。日本では江戸時代の品種と海外から逆輸入されてきた品種の両方をみることができます。
    第37回サイエンスカフェ会場の写真

    キクの花を愛でながらのサイエンスカフェ

  • 皆様の目の前にあるキク、いかにも床の間に合いそうな和の雰囲気を醸し出していて「和ギクですか、洋ギクですか」と尋ねられれば「和ギク」とお答えになることと思います。ところが、電照菊で有名な愛知県渥美半島のキク農家に同じことを尋ねれば「洋ギク」という答えが返ってきます。生産農家の方々にとっては、江戸時代から続いている品種が和ギクであって、逆輸入されたものは洋ギクだという考えなのです。今では和洋の区別が難しくなっておりますが、それほどキクには長い歴史があるということです。
  • 新宿御苑にみる古典ギク

      毎年11月になると新宿御苑で、1年で2週間だけ開かれる有名な「菊花壇展」があります(スライド8・9)。昭和4年から80年以上も続く由緒ある菊花展です。広大な新宿御苑の4分の1は普段は非公開のキクを栽培する場所となっており、1年に2週間だけ開催される菊花壇展で飾られ公開されます。

      • 「菊花檀展」の7種類の異なる花壇は昔ながらの方式が守られています。例えば「千輪仕立て」は大づくりの花壇で、実は1本のキクから仕立てられております(スライド8左上写真)。実際には千輪には至っていないのですが、この写真では560輪の花を咲かせています。
      • 肥後ギク(スライド8右下写真)は、現在の熊本県で、ほかの地域にはない文化によって育まれたもので、キク、サザンカ、ハナショウブ、ツバキ、アサガオ、シャクヤクといった肥後六花が生まれました。肥後ギクは武士の精神修養のためにつくられたそうで、大変厳格な決まりが定められております。例えば、花弁が管状になるものと、さじ状になるものはそれぞれ12輪と13輪に仕立てる等と決まっております。
      • 毎年の栽培の成果を藩主に見せて、今年私はきちっとやりましたと示すことが藩の武士の役目だったそうです。秀島英露により書き残されている『養菊指南車』という書物にこのような決まりがきちんと残されております。
    関崎

    これらの花はすべて代々内部で栽培して外と交配しないんですか。

    柴田

    新宿御苑で菊花壇展で展示される品種はすべて新宿御苑で育成されたものですが、長年栽培するとウイルスなどに罹ってしまうので、30年くらいでの品種更新が必要だそうです。昔からの名前が付いていますが、現在の品種は古い名前を引き継いだ何代目かにあたることになります。

    参加者

    「素晴らしい」とされるキクのオーソドックスな評価の基準・視点などを教えてください。

    柴田

    私は古典ギクの専門家ではないので明確なことはわかりませんが、種類ごとに評価の仕方が違うのではないかと思います。

      • スライド9にあるような大輪ギクと呼ばれる種類では、何といっても大きいことが大事で、厚物(スライド9左上写真)の場合には最大直径50㎝のものもあったということですし、細管という管物(スライド9上段中央写真)の場合は端から端まで66㎝という記録があるそうです。
      • 1つ1つの花も大事ですが、12鉢を揃えて評価する大花壇作りというものでは、全体として12の鉢が揃っていることが大事になります。それぞれの鉢では3本が天地人として高さが揃っていることも必要です。聞いた話では、この3本の高さをうまく揃えるために、爪楊枝の先を使って伸びすぎている鉢の生育を抑えるようなこともするそうです。高さや揃い1つ1つの花の豪華さなどすべてが評価の対象になります。
      • 一文字ギク(スライド9右上写真)は、いわゆる天皇の御紋章で有名ですが、花びらの数を16枚に揃えます。花が水平になるように輪台というものをつけるのですが、そのままではきれいに開きません。筆で花びらをで広げ、一文字の形にするそうです。
      • ここまでご紹介したのは大輪ギクですが、江戸時代には地方色に富んだ名前がつけられた中輪ギクも発達しました。伊勢地方でつくられた伊勢ギク(スライド9左下写真)。なぜか伊勢と名付けられているものは長いものが多く、伊勢ナデシコというのも下に花弁が垂れる形が特徴です。
      • 嵯峨ギクは京都の嵯峨の名前が付いていて、ほうきで掃いたような形です。通常のキクの花弁は表側が色が濃いので、管咲きや船底形になると裏側を観賞することになるので色が白っぽくなってしまいますが、嵯峨ギクは花弁が反り返って巻いた形になっているので色が鮮やかになっている点が特徴です。
    参加者

    嵯峨ギクを買って花を楽しみにしていますが、嵯峨ギクはもう少ししないと咲かないんですね。

    柴田

    そうですね。嵯峨ギクは毎年生産されておりますが、生産量は少ないので市場にはそれほど出回りません。

      • 菊花展などでよくみる嵯峨ギクの仕立て方に七五三づくりがあります。上下3段に上から7輪、5輪、3輪と咲かせるものです。花型はまったく異なりますが、イギリスで改良されたキクでも嵯峨ギクと同じように花びらが反り返る種類のキクが見られます。
      • 江戸ギク(スライド9右下写真)は、江戸時代につくられたキクの中でも一番に挙げられると思うんですが、咲き始めは上に向かって花びらが伸びてきますが、そのあと花びらがねじれて形が変わっていきます。狂い咲きとも言われるのですが、花の動きを観賞価値の1つとして評価していた点が特筆できると思います。
    関崎

    伸びていくということですか。

    柴田

    伸びるんですけれども、均等には伸びないため曲がるものと思います。そういった動きの激しいものが選抜されていったのでしょう。江戸時代には美しいというよりは、奇妙な形をした物珍しい植物がたくさん生まれています。

    栽培ギクの染色体数

      すでに述べたように栽培ギクはほぼ六倍体です。なぜ「ほぼ」なのかというと、きっちり染色体数が54本というのではなくて、54本に近い品種が多いということなんです。

      • いわゆるゲノムサイズもかなり大きくて、ヒトはだいたい3Gbですけれども、栽培ギクは18Gbですから約6倍ぐらいあります(スライド10)。モデル植物のシロイヌナズナやイネに比べると、ものすごく多くの遺伝子情報を持っています。
    関崎

    シロイヌナズナはよく生物の実験に使われますが、それはゲノムサイズが小さいからなんですね。

    柴田

    シロイヌナズナよりも大腸菌のほうがはるかに小さいですが、植物の中では小さいですね。キクはゲノムサイズが大きいのでまだゲノム解読完了の報告がありませんが、二倍体の野生種ではゲノムがだいたい解読されたというニュースがようやく出るのではないかと思います。

      キクの染色体数は「ほぼ54本」ということの意味について、キク属の細胞遺伝学的特徴から説明します(スライド11)。これは40年ほど前に私がキクの品種を集めてそれぞれの品種の染色体数が何本あるのか数えたデータです。すると55本の品種も結構ありました。もっとも多い品種では85本もありました。このような現象を異数性といいますが、キクほど幅広い異数性があるものは珍しいと思います。
    関崎

    これらは学名はすべて同じなんですか。

    柴田

    これらはすべて栽培品種ですので学名は同じになりますが、倍数性の異なるもの、例えば六倍体に八倍体の野生種が交雑された可能性もあります。先ほど紹介した大輪ギクでも染色体数が多いとする報告があります。

    参加者

    異数性がそれだけ幅広くて、遺伝病になったり、短命になったりすることはないんでしょうか。

    柴田

    植物に関して動物における遺伝病的なものを何と呼ぶかわからないんですけれども、さまざまな変異をもつものを掛け合わせてさらに変わった変異を得ておりますので、遺伝病と言えるかもしれません。しかし、特に短命になることはありません。

      通常、染色体数が奇数になると、減数分裂がうまくいかなくなるので不稔になります。花粉も不稔になるために育種に使えなくなる場合が多いのですが、キクでは染色体数が55本の品種でも花粉稔性があります。これはほかの植物にはない栽培ギクならではの特徴ではないかと思っています。
    参加者

    異数性は遺伝しますか。

    柴田

    異数性は維持されます。例えば染色体数が55本の品種と54本の品種を交雑した場合は55本の品種由来の花粉が27本と28本に分かれるはずですので、子どもの半数は再び55本になる可能性が高いと思われます。但し遺伝性についてはくわしく調べておりません。

    関崎

    その辺は融通が利くということなんでしょうか。

    柴田

    そうですね。染色体数が55本で奇数の品種が数多くあるという植物、いや生物は滅多にないと思います。

    関崎

    種なしスイカのようにはならないんですね。

    柴田

    種なしスイカは三倍体です。二倍体と四倍体とを交雑して種子ができない三倍体をつくっています。染色体数が数本多い品種がたくさんあり、しかも稔性があるというキクのようなものは珍しいと思います。

      • 変化咲きアサガオでは劣性遺伝子をいわゆるヘテロの状態を持っている親を維持しています。見た目は両親とも正常型です。交雑して初めて劣性ホモが出てきますので、4分の1の確率で変わったものが出てくる。それが変化咲きアサガオの出現のメカニズムなんです。
      • 江戸時代の人はそれをちゃんとわかっていたんですね。メンデルの遺伝の再発見はちょうど1900年ぐらいです。メンデル遺伝の原理が広まるはるか以前から江戸時代の人々は変化咲きアサガオを育種していたわけです。江戸時代の人々の育種レベルの高さには驚きがあります。
    関崎

    ブタでも同様なことがあります。三元豚というのは、三元の元になる純系をちゃんと維持しておいて、それをかけあわせて、おいしいブタになるんです。

    キクは日本でどのように生産されているか

      日本は世界一のキク生産国で年間16億本ほどつくられています。

      • 平成26年のデータですが、キクは年間生産量が16億本(スライド12)。2番目に多いのはバラやカーネーションですが、せいぜい3億本弱です。16億本もつくられている花はキクしかないです。切り花の中でもずば抜けて1位です。生産額は年600億円強で、花全体の生産額が3,700億円ですので、キクだけで6分の1くらいにあたります。
      • 16億本の約半数は輪ギクです(スライド13)。輪ギクとは、キクといえばまず思い浮かべる形でのもので、お墓や仏壇に飾られる1本の茎に1輪の花がつくものです。しかし、このような形は都合良くできるものではありません。通常は1本の茎にはたくさんの花がつきますので、輪ギクにするには、余分なつぼみを取り除く必要があります。これは手作業ですので、輪ギクの生産はとても手間がかかります。日本では輪ギクがキク全体の50%ほどを占めますが、ヨーロッパをはじめとする海外では輪ギクはほとんどつくられておりません。
      • 最近は脇芽がつきにくい品種、すなわち手間がかからない省力性育種が進んできています。今日飾っている輪ギクを見るとわかりますが、数個しか脇芽をとっておりません。その下からは脇芽が出てこないように育種されております。
      • 輪ギクに次いで多く生産されているのが小ギクで、全体の3割ぐらいを占めます。輪ギクとセットで売られていて、お仏壇やお墓に供えられることが多いです。3番目がスプレーギクで、いろいろな花型や色のものがあります。
      • 小ギクとスプレーギクの違いがわかりにくいかと思います。両者とも脇芽をとらずにそのまま出荷されるのですが、生産される場所や栽培方法が異なります。小ギクは露地の自然条件下で粗放的に生産されるのに対し、スプレーギクは温室はビニルハウスなどの施設下で日長をコントロールしながら周年生産されています。

      国内で生産される輪ギク、小ギクそしてスプレーギクを合わせると16億本くらいになります。加えて3億本くらいが現在海外から輸入されています。ですから、日本人は年に20億本近いキクを消費しております。ざっと計算しても皆さん1年に20本くらいのキクを消費していることになります。オランダでも年間13億本くらいのキクが生産されておりますが、そのほとんどは輸出されるので、世界で日本人ほどキクを消費する国民はないと言えるでしょう。私自身、これまでキクの研究を続けてきましたが、特にキクが好きなわけではありません。しかし、日本人が特別にキクをたくさん使っていることは間違いありません。

    参加者

    オランダが生産量が多くて輸出をたくさんしているということですが、オランダは主にどこの国に輸出しているのでしょうか。

    柴田

    オランダは主にヨーロッパの国々に輸出しています。ヨーロッパでもイギリスやドイツなどはそんなにたくさん切り花をつくっているわけではありません。オランダはヨーロッパ全域に花を供給している拠点になっています。

    関崎

    ヨーロッパの中では、オランダが一番お花をつくっているんですね。

    柴田

    そうです。ただ、世界的にみると、新たな生産国としてコロンビアなどの中南米諸国、ケニアなどのアフリカ諸国、マレーシアなどの東南アジア諸国が発展しつつあります。

    関崎

    マレーシアは暑くないんですか。

    キクの幅広い倍数体について紹介するカフェの様子の写真

    キクの幅広い倍数体について紹介

    柴田

    これらの新興生産国には共通の特徴があり、低緯度地域で標高の高い場所となります。マレーシアにはキャメロン・ハイランドという標高2,000mくらいの高地があって、昔はトマトの産地だったのですが、現在はキクの産地になって、かなりの量のキクが日本にも入ってきています。

    月別のキクの生産量

      キクの月ごとの生産量を示した図です(スライド14)。キクは年間にわたりほぼ一定の需要があります。その理由はキクが葬儀用に飾られたり仏壇に供えられたりすることによります。母の日のプレゼント用に利用されているカーネーションは5月に大量に消費されますが、それ以外の時期はそれほど売れません。しかし、ほぼ毎日人は亡くなりますし、どなたかの命日になりますので、キクは年間にわたり消費が生じます。これが一定量の固定需要を生みます。一方、日々の固定需要に比べてそのほぼ2倍ほどの需要がある月があります。これらは春と秋のお彼岸とお盆と年末年始の物日(ものび)需要です。但し、これらの需要はその月全体ではなく、お彼岸やお盆といったピンポイントで需要が高まります。

      • そこで、キクの生産者には物日需要を目指して精度の高い開花調節技術が求められます。バラやカーネーションの品種は年中咲くといった四季咲き性ですが、日長をコントロールすることにより開花を精密に調節できることが他の花とは大きく異なる点です。
      • なぜ開花コントロールが可能になったか。それは1920年代にアメリカで光周性の発見があったからです。スライド15の写真に写っているGarnerとAllardの2人はメリーランドマンモスというタバコの品種を扱っていました。タバコはある程度成長すると花が咲くのに、この品種に限ってはなかなか開花せず、なぜかクリスマス頃にようやく咲くので、その理由を調べていくうちに、植物が昼や夜の長さを感知して花を咲かせるんだと気づきました。光周性の発見です。
      • タバコは日の長さが短くなる、すなわち夜が長くなると花が咲くことがわかったのですが、長い夜の真ん中に電灯を灯して長い夜を分断すると花が咲かなくなることがわかりました。これが電照菊の技術に生かされております。夜通し点灯すると電気代がもったいないので、夜中の真ん中で3〜4時間点灯する暗期光中断(あんきひかりちゅうだん)によって1930年代には電照菊が商業生産されるようになりました。
    参加者

    昨年ニュースで日本のサクラを空輸で海外に持って行ってイベント期間に開花させるというのを見たんですが、イベント中に桜を咲かせるというのと、先ほどからお話の出ているキクを、例えばお彼岸の3月21日に咲かせるというのとでは、どのくらい難しさに差があるんでしょうか。

    柴田

    サクラの場合、今お話した光周性というより温周性があって、低温になったあとに温度が上がってくると花が咲きます。

      • サクラは、低温の時期は花芽が休眠しているのです。サクラの花芽自体は完成するのは前の年の夏なのですが、すぐには咲きません。花芽は秋になり、休眠に入り、冬の寒さを経験したあとの春に花を咲かせます。
      • 同じ北半球のパリでのイベントで咲かせるということなので、比較的楽だと思います。パリは日本と同じ北半球に位置し、春夏秋冬の周期の逆転はありません。日本で寒さを当てたものをうまく向こうへ持っていけば咲かせることができます。
      • 日本でも2月くらいになると花屋さんにサクラの枝、敬翁桜(ケイオウザクラ)というものが出荷されて、春の切り花としてわれわれも購入することができます。冬に寒さに当たった枝を切ってきて、温室の中に入れるんです。早く春が来たと思わせて咲かせるんですね。
      • 3月21日を目標に咲かせるには、既に十分寒さに当たってきたサクラの枝を切って準備します。まだ寝ている段階のものを向こうへ運んで、温室に入れたりして、温度、湿度を上げて咲かせて展示するということではないでしょうか。但し、温度と日長の調節のやり方のどちらが難しいかというのは一概には言えないと思います。

    日本における電照栽培

      愛知のガラス温室での電照栽培の様子と沖縄での露地の電照栽培の様子です(スライド16)。

      • 温室内に電器が設置されていて、夜中に電照して暗期中断します。一方、沖縄は冬の夜でも温度が15℃を下回らないので、暖房するための温室が不要です。露地栽培でキクが栽培されており、秋から春にかけて出荷されますが、最も出荷量が多いのは春のお彼岸向けとなります。
      • 電照用には、昔は白熱電球が使われていました。いわゆる電灯照明用の電球ですが、白熱電球はエネルギーコストがけっこうかかることもあって生産量も減ってきており、だんだん蛍光灯に変わりつつあります。しかし、蛍光灯は価格が高いのと、水に弱いという問題があります。そこで新しい光源を模索する研究が進んでいます。
      • オランダの様子です(スライド17)。オランダでは広い温室の中に所狭しとキクが植えられています。日本と違うところは人が歩く場所、人間が入る場所などはほとんどありません。日本で稲をつくっている田んぼのような状態で、一面キクの花が育てられています。
    関崎

    これでは摘みにも行けないですね。

    柴田

    1回だけ、一番てっぺんの蕾を採るときだけは人手でやらなくてはならないので、その作業の時期だけはうね間に入りますが、それ以外では全く入る必要がありません。

      • 肥料も、水も、農薬も全部自動でやっています。収穫はバリカンみたいなもので端から一斉に刈り取ります。それをベルトコンベアーに流して地下にある出荷の調整装置へ持っていって、1日に大量のキクを出荷するようなシステムになっています。日本とは全く違って、人手で行う作業をできるかぎり機械で行う先進的な生産方式が確立しています。

    「花が咲く」というしくみ

      キクの花はどうやって咲くのか。先ほど日が短くなってきて秋になると咲くという話をしました。それでも、どうして花が咲くのかというメカニズムについてはわかっておりませんでした。皆さん、フロリゲンという言葉を聞いたことがありますか。(スライド18)
    参加者

    花を咲かせる植物ホルモンみたいなものかと。

    柴田

    正解です。花の業界からすると、花咲かじいさんのように、枯れ木に花を咲かせるようなものがあればよいと昔から夢の薬と考えられていたものです。

      • フロリゲンは今から80年ほど前に、ロシアのチャイラヒャンという人が提唱したホルモンなんです。実はその実態は全くわからず、幻のホルモンと言われてきました。2000年代になってイネとシロイヌナズナで初めて明らかになりました。しかしその実体はホルモンではなく、FTというタンパク質で、それが花を咲かせるスイッチとなるということが明らかになったのです。
      • ジベレリンとかオーキシンといったホルモンは化学物質でごく少量で効いてくるのですが、FTはタンパク質ですので薬のように使用することは難しいこともわかりました。栽培ギクは六倍体ですので、遺伝子を研究するのが困難でしたが、二倍体のキク属野生種のキクタニギクで解明が進められました。
      • キクタニギクから単離されたFTL3タンパク質は、シロイヌナズナのFTやイネのHd3と同じく葉で作られてから、茎の先端に移動し、そこでFDという別なタンパク質と一緒になって、花芽分化のスイッチをオンにすることを突き止めました。
      • しかし、確かに短日条件でこのFTL3タンパク質が作られるのですが、長日条件下でもある程度キクでは作られる。そこでFTL3とは別に長日条件下で特異的に作られるものがあるのでは仮定し研究を進めた結果、キクタニギクでFTL3に似ているものの全く反対の働きを示すAFT(アンチフロリゲン)が見つかりました。
      • これは植物で初めての研究成果で、花芽分化のアクセルとなるフロリゲンとブレーキとなるアンチフロリゲンがキクでは働いて花を咲かせたり、花芽を抑制したりしているということがわかりました。まだまだわからない点は多々ありますが、キクが電照でなぜ花が咲かないか、秋になるとなぜ花が咲いてくるかというシステムが初めてわかったわけです。

    キクの省エネ電照栽培技術

      電照栽培のための光というのは以前は白熱灯を使っていました。白熱灯の光の波長とエネルギーは図(スライド19)のようになっていて、いろいろな波長の光が含まれています。電照効率をよくするためには、アンチフロリゲンであるAFTをどうやってつくらせるかが重要です。

      • それには植物側の色素のphyBというのが関わっていることがわかってきました。600〜660nm(ナノメーター)の赤い光がいちばん花を作るのを抑えることができるということがわかってきたんです。
      • もう1つ、今までは長い夜を分割すれば花が咲かなくなると考えられていましたが、実は夜が始まってから8〜10時間たった頃が一番電照の効果が高いということがわかりました。

    キクの育種

      キクは交配して種を取ってから花が咲くまで1年と早く、翌年には咲いてくれます。例えば果樹の場合、桃栗三年柿八年と言いますが、モモとかクリは種からスタートすると、花が咲いて実が成るまで3年かかります。カキの場合は8年です。そのように果樹で育種をしようとすると長い期間が必要ですが、キクの育種は容易と言えます。

      • 秋になって花が咲きましたら交配をしますが、花の周囲にある舌状花はおしべがなくめしべしかありません(スライド20)。花の中心部の筒状花はおしべとめしべの両方を持っていますので、母親および父親の両方に使うことができます。
      • 通常、交配した花が腐敗しないように舌状花を取り除いて、また、他の花粉がかかるのを防ぐために袋をかけます。袋の中で外側から筒状花が咲いていきますので、父親となる花粉をかけます。受粉が成功しますと、筒状花の柱頭が短縮します。10~11月に交配して2ヶ月ほどで種子が採れます(スライド20右上写真)。
      • 冬の間は種を保存しておき、翌春になったら種を播きます。最初はカイワレダイコンみたいな丸い子葉がでてきますが、その後に出てくる本葉はキクらしい切れ込みの入った葉になります。苗を育てて露地に植えると、秋には花が咲きます(同左下の写真)。こうして咲いた個体はどれとして同じものはなく、すべてオリジナルなものですが、優れた個体はなかなか出現しませんので、選抜が大事な作業となります。
      • スライド21は育種業者の圃場です(スライド21)。キクの育種会社では毎年数十万の実生を播きます。しかし最終的に品種になるのは10品種程度で、傑出した品種となると1品種出るかどうかというきわめて低い確率となります。キクの育種はまさに宝くじを引き当てるようなリスクの高いものと言えます。
      • キクの例を話しましたが、バラも同様に栄養繁殖性作物で、著名な育種会社であるフランスのメイアン社、ドイツのタンタウ社でも、年間の実生数は30万くらいといわれています。

    キクの花の形の特徴

      • キクの花は頭状花序といいまして、多くの花が集まって1つの花を形作っています(スライド22)。周辺部は舌状花、中の部分は筒状花といいます。キクには子孫をたくさん残したいという生存戦略がありまして、多くの花を次々と咲かせることにより、長い期間、訪花昆虫に来てもらうようにしています。ただ、人間はこれを改良して一重咲きや八重咲きなどのいろいろな形を育種しています。
      • キクの花が非常に多く生産され、消費されている一番の理由に、花持ちが長いことがあげられます。バラやカーネーションに比べると長い期間咲き続けるのには、頭状花序の構造が貢献しています。お墓やお仏壇で挿してもなかなか枯れないからなんですね。同じキク科のダリアはわずか4日しかもたないのが、キクは20日です。季節に限らず花持ちがいいというのがキクの特徴です。

    キクの花色に関与する色素

      キクには基本的にいろいろな色があり、最近は緑色のキクもありますね(スライド23)。緑のキクは葉に含まれていクロロフィル(葉緑素)が入っていますが、通常のキクにはアントシアニンという色素とカロテノイドという色素の2つが組み合わさって色ができています。

      • カロテノイドとしてはニンジンのオレンジ色やトマトの赤色が有名ですが、キクのカロテノイドはルテインという黄色です。また、キクに含まれているアントシアニンは赤紫色のシアニジンです。
      • 青い花をつくるためには、青色のアントシアニンを含むようにすればよいのですが、残念ながら、バラ、キク、カーネーションといった主要な花には青色のアントシアニンは含まれてはいません。最初に花の育種の研究室に入った際に研究室で育成した「キク安濃1号」(スライド24)がありましたが、キクとしては青みがかった花色でしたが、実用化しませんでした。
    関崎

    同じアントシアンでも青っぽい色から紫までいろいろあるんですね。

    柴田

    そうですね。

    キクの枝変わりの異数性を伴う周縁キメラ構造

      キクの特徴としてさらに「枝変わり」というのがあって、1つの品種ができると、色だけ変わった兄弟ができるんです。自然に枝変わりをしたり、放射線照射による人為的な枝変わりがあります。

      • 過去にレーガンという世界を席巻した品種がありました(スライド25)。1つの品種から80以上のさまざまな花色の枝変わりが生まれました。レーガンとその枝変わりはオランダで毎年5億本もつくられました。枝変わり品種は同じ栽培方法でさまざまな花色が生産できるので、農家にとっても非常にありがたいものです。
      • 過去に調べたことがあるのですが、枝変わりの中には元の品種に比べて染色体数が数本少なくなっているものがありました。異数性のキクの品種が問題なく存在している証左にもあると思います(スライド26)
      • さらにマーブルという枝変わり品種での研究を紹介します(スライド27)。左の元品種の筒状花を組織培養すると、一番外側の層から植物体が再生して、右側のように一部のものの色が変化しました。ギリシャ神話に頭がライオン、胴体がヤギ、尾っぽがヘビというキメラと呼ばれる怪物が登場しますが、一般に1つの個体に異なる遺伝子組成をもつものをキメラといいます。マーブル系品種は外側と内側で異なる遺伝子組成を持つことが明らかになりました。これを周縁キメラといいます。実は内側と外側では染色体数が異なることがわかったのです。
    関崎

    1個体の中で染色体数が違うんですね。

    柴田

    そうです。アントシアニンという色素の発現に重要なのは一番外側のL1層です。組織培養によって花色が変化したのはマーブル系品種が周縁キメラをもつ証拠になりました。異数性の周縁キメラというのはキク以外の植物では珍しいと思います。

    舌状花特定的にカロテノイドを分解する遺伝子の発見

      キクの花色に関する最新の研究成果について紹介します。キクでは白色から黄色への枝変わりは起こるのですが、その逆は起こりません。また、交配した場合でも白色は黄色に対してほぼ優性に遺伝します。

      • 黄色のカロテノイド色素の生成を考えると、これらの現象は理解できなかったのですが、つい最近その理由が解明されました。実はキクの花弁で特異的に発現するカロテノイドを分解する遺伝子が見つかったのです(スライド28)。
      • 今日ここに飾ってある白色の品種ですが、一旦はカロテノイド色素が花弁でつくられているにも関わらず、開花直前にカロテノイドを分解する遺伝子が働いて白くなっているのです。この遺伝子が壊れると黄色くなるので、白から黄色の枝変わりが出る。また、この遺伝子をもつ品種が、もたない品種よりも優性を示すので、白色が優性となるわけです。
    関崎

    じゃあ、咲く前に中を切り拓いたらまだ黄色いんですか。

    柴田

    白色のキクではカロテノイドがつくられた途端に分解されますので中は黄色ではありません。但し、つぼみは若干黄色っぽい状態です。

      • 不思議なのは、周りの舌状花は白いのに、中央の筒状花は黄色をしており、カロテノイドを発現しています。すなわちこの遺伝子は舌状花特異的に発現しているのです。
      • キクに続いて同様な遺伝子の働きがモモで発見されました。モモには果肉に黄色と白色がありますが、白いモモでは同様の遺伝子によってカロテノイドが分解されています。この遺伝子がキクで見つけられたことは大きな研究成果となりました。

    遺伝子組換え技術で青色を創る

      ここからが青い花をつくる話になります(スライド29)。花の色を決めているフラボノイドのアントシアンの構造の中で、B環のところに水酸基(-OH)が1個つく場合、2個つく場合、3個つく場合で色調が変わるんですね。1個だとオレンジ色に、2つでは赤紫に、3つになると青紫になります。そして、3個にする遺伝子がサントリーで単離されました。

      • バラやカーネーションは、1個のペラルゴニジン、2個のシアニジンしかつくれず、キクは2個のシアニジンしかつくれません。そこで青色にするには3個の水酸基をつけるF3’5’H(フラボノイド3’5’水酸化酵素)が重要であることがわかりました。この遺伝子を導入すれば青いものができるのではないかと考えました。
      • 青いカーネーション「ムーンダスト」の花の写真

        青いカーネーション「ムーンダスト」

      • サントリーでは青いバラをつくるのが目標でしたが、まずはカーネーションで成功しました(スライド30)。ペチュニアから単離した青色遺伝子をプロモーター遺伝子にをつないで導入したところ、これまでになかった青紫色のカーネーションができました。
      • しかし、バラはうまくいかずに、青色遺伝子とプロモーターの種類を変えて研究を進めた結果、ついにパンジー(三色スミレ)由来の青色遺伝子の導入で青紫色のバラができました。
      • 1997年に実用化されたのが青いカーネーション、ムーンダストです(スライド31)、今日は4種持ってきています。これらすべてがカーネーションがもともと持っているシアニジン、ペラルゴニジンではなくて、ディルフィニジンに置き換わっています。この花は現在エクアドルで生産されており世界中に輸出されております。
    関崎

    日本でなくエクアドルなのは、気候などの理由ですか。

    柴田

    先ほどもお話ししましたが、世界的にみると赤道直下(低緯度地域)の高地が新しい花の産地になっています。

      • 赤道直下というと気温が高いと思われるでしょうが、100m上がるごとに気温は0.6℃下がりますので、2,000mを越える高地では年中20℃程度になります。赤道直下のエクアドルでは、四季の変化がなくて平均気温が年間通してずっと15℃なので、温室も要らないですし、太陽の光は真上から来ますので日照も十分です。高い品質のカーネーションが年間を通じて生産できるのです。
      • 2009年には苦労の末バラでも成功してアプローズが生まれました(スライド32)。現在日本では1本3,000円程度で売られています。これはサントリーの温室で撮らせてもらった写真ですが、右が元の品種で、これに先ほどのF3’5’Hを入れると左のアプローズになります。
      • 元の品種に比べる確実に青みを帯びているのがわかるかと思います。ただ、青いバラというには物足りない方もいらっしゃるでしょう。この話はのちほど説明します。

    キクの遺伝子組換え―青いキクの誕生

      農研機構花き研究所では青いキクに取り組みました。

      • 作成方法はバラやカーネーションの場合と同様、アグロバクテリウムを使います。キクの葉切片にそのアグロバクテリウムという細菌を接種して形質転換カルスをつくらせて、そこから植物体を再分化させます。
      • 当初はなかなかうまくいきませんでした。バラと同様に青色遺伝子の種類を変えたりしたのですが、花色を変えることができずに、一旦はプロジェクト研究を中止してはどうか、という危機的な状況もありました。ところが、ある年に幸運なことに花色がわずかに青く変化したのです。研究を進める上ではよくあることだと思いますが、なかなかうまく進まなかった研究が、あるきっかけで突然進捗したのです。
      • これ以降加速度的に研究が進み、その後はほとんど100%デルフィニジンに変わったものができました(スライド34)。植物ごとに青色遺伝子の種類が変わる理由は未だに謎ですが、キクの場合はパンジーではなく、カンパニュラから単離した青色遺伝子が有効でした。そうしてでき上がったものが下段の写真(スライド35)で、けっこう藤色になっています。元の品種は左上の写真です。どれだけ青くなっているかというのはご覧いただけると思います。

    花の色―青色花色の謎

      花の青色発現に関してはほぼ一世紀にわたる論争がありました。

      • 最初はpHによるとするドイツのWillstätterの説が唱えられました(スライド36)。次いで、日本の柴田らによる金属イオンが関わって青くなっているのではないかとする金属錯体説が、さらにイギリスのRobinsonによる無色の植物色素が関わって青くなっているとする助色素説が唱えられました。時代が下って色素分子が会合することによって青くなるとする分子会合説が1970年代に出されました。
      • これらの説の中でどれが正しいのか長い間謎だったのですが、1990年代になって名古屋大学の近藤先生のチームが、ツユクサの青色を調べ、構造を明らかにしました(スライド37)。アントシアニンの分子が6つ、フラボノイドという色のついていない分子が6つ、真ん中にマグネシウムイオンが2つという巨大な分子で、つまり、金属錯体説、助色素説、分子会合説がすべて正しいことがわかりました。
      • 加えて、ツユクサには紫色の変異があるんですが、この変異は細胞のpHが一時的に高くならないために起こることがわかりましたので、pH説も正しい、すなわちこれまでの論争はすべて正しいということがわかりました。

      青色遺伝子を導入して青色化するのが第一世代の青い花の作出とすれば、これらの研究成果を活用して、さらに青い色の花をつくれないかというのが第二世代の青色化の遺伝子組換えの戦略となります。

    菊花壇展の写真を表示する様子

    菊花壇展の様々な花の仕立てに注目が集まります

    本当に青いキクの誕生

      これは有名なひたち海浜公園のネモフィラの丘です(スライド38)。450万本ともいう空色のネモフィラの中に紫色の変異が見いだされました。他の研究グループの成果ですが、この変異は無色のフラボン色素が欠失していることがわかっています。

      • さらに青くする研究が農研機構花き研で進められました。2017年の夏、うれしいニュースが届きました。「本当に青いキクができました」という研究成果が『Science Advances』という雑誌に載ったんです(スライド39)。世界的にもニュースになって写真もたくさん取り上げられました。ここまで青くしたのは素晴らしい成果であると思っております。
      • 農研機構もプレスリリースをしております(スライド40)。ここでは2つの遺伝子を組換えています。これまでカンパニュラ由来のF3’5’水酸化酵素遺伝子を入れていましたが、加えてチョウマメ由来のA3’5’糖転移酵素遺伝子という糖分子をつけるための遺伝子を入れて、成功したんです。当初はさらにチョウマメ由来のアシル基転移酵素遺伝子の導入が必要と考えられておりましたが、2段階の遺伝子組換えで本当に青いキクの作出に成功しています。
      • 2段階の遺伝子組換えで3個の水酸基が導入され、これらにブドウ糖の分子が導入されました。こうして生まれた新しい色素が、もともとキクに存在していたフラボン分子と会合することによって青色が実現することを突き止めました。写真でもアントシアニンだけだと紫なのですが、フラボンが加わると明らかに青くなっています(スライド42)。スライド42のBの図で示しているものは吸光度ですが、長波長側(グラフの向かって右方向)にピークがずれると、より青くなるということを意味しています。
      • このような青色化を数多くのキク品種で達成できており、この研究成果が普遍性の高い優れたものであることが理解できます(スライド43)。こうして本当に青いキクがつくり出されたのですが、残念ながら、最初にお話ししたように、日本にはこれと交雑できる野生種がたくさん自生しているために、直ちに実用化することができません。花粉が出ないような形にして実用化しようということで、今研究を進めています。

    新花なくして進化なし

      今日の話で、キクが面白い植物であること、後半では遺伝子組換えの手法が青い色の花色改変では非常に大きな成果を上げていることをご理解いただけたのではないかと思います。私は必ずしも遺伝子組換え推進論者ではないですけれども、育種の手法の1つとして遺伝子組換えはすごく重要ではないかと考えています。

      • 花の育種について考えてみると、最初は種内の自然の突然変異を選んで、大きいもの、八重のもの、色の変わったものなどをつくってきました。それを品種間交雑という形にして、それでも飽き足らないので、遠縁の交雑をするようになりました。その延長上として遺伝子資源を他に求める遺伝子組換えはあっていいんじゃないかと思います。実は種内変異の獲得も、品種間交雑をしている際にも遺伝子組換えは起こっているんです。育種を行うということは、遺伝子組換えの結果と言えます。
      • もちろん研究倫理の問題は重要です。ヒトでは禁止されているクローンですが、植物では挿し木や接ぎ木が当たり前に利用されています。ユリなどでは、人工授精のような形で花柱切断受粉法や試験管ベビーにも似ている胚培養というような技術も使われています。遺伝子組換えも1つの育種技術として使っても良いのではないかと思っています。そうした内容についても理解を深めていただければと思います。

      最後に、私が尊敬している長野県松本市のキクの育種家の小井戸直四郎さんが自社のカタログに掲載されたいた言葉をお見せして、私の話を終えたいと思います。それは「新花なくして進化なし」という言葉です。長年育種をテーマに研究してきた私には大事な言葉です。(完)

PageTop
error: 右クリックはお使いになれません。