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第19回サイエンスカフェ「食の安全を守る研究最前線!-魚の寄生虫と食中毒のコト-」開催報告

掲載日: 2016年8月25日

話題提供者の横山博さん

話題提供者の横山博さん

2016年7月28日、第19回サイエンスカフェ「食の安全を守る研究最前線!−魚の寄生虫と食中毒のコト−」を開催しました。
東京大学農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 魚病学研究室の横山博助教に、人間の健康に影響を及ぼすような魚の寄生虫についてお話しいただきました。特に、最近まであまり知られていなかったヒラメの「クドア食中毒」に焦点を当て、その特徴や発生原因、感染除去の取り組みについてお聞きしました。

今回も多くの方にご参加いただき、質疑応答も活発に行われて盛会となりました。



○第19回サイエンスカフェ>配付資料(pdf)
※以下、記載がない場合の発言者は横山氏のもの。
※質疑応答は一部抜粋。

食品衛生上の問題となる魚介類の病原体

      人間に害を及ぼす魚の病原体として、ノロウイルス、腸炎ビブリオ、寄生虫では横川吸虫、ドジョウの剛棘顎口虫、アニサキスなどはよく耳にすると思いますが、今日お話しするのはヒラメのクドア・セプテンプンクタータという寄生虫です。ここ4~5年話題となっていますが、これについては平成21年の読売新聞で「謎の食中毒」として報じられました。この時点では原因不明とされていました。記事によりますと「謎の食中毒」は約100件の発生報告があり、これはノロウイルスやカンピロバクター、サルモネラなどに次ぐ数字となっています。これが全て単一原因の食中毒かはわかりませんが、原因不明という事で、飲食店や保健所が困っている状況です。
渡辺

このデータは全国的な調査によるものでしょうか。

横山

倉敷市で全国の保健所に向けてアンケート調査を行い、そこで得られた回答の統計結果です。

    • 「謎の食中毒」の地理的な分布をみますと、北海道・東北地方は少なく東京は多くなっています。これには飲食店が多いことが関係しているかもしれません。また、食中毒が発生した飲食店のメニューに載っていた食材を調べてみた所、ヒラメが突出して多いという事が判明し、ここからヒラメを中心とした研究が進んでいく事となりました。
    • 食中毒を起こしたヒラメを集めて遺伝子検査をしたところ、クドアという寄生虫が大量に出てきました。さらに、この寄生虫を、下痢を起こす動物に投与して実験を行った所、実際に食中毒を起こしたことから、クドアが新しい食中毒を起こす原因として科学的に証明されました。これを受けて、平成23年に産経新聞にも厚生労働省の発表として「ヒラメのクドア」が謎の食中毒の原因であるという掲載がなされました。
関崎

ヒラメはあまり冷凍しないという事ですが、何故でしょうか。

横山

ヒラメは冷凍すると味が落ちてしまいます。油の量等が関係しているのかもしれません。

参加者

新聞資料に馬刺しについても記載がありますね。

横山

これは、ヒラメの食中毒とは別の寄生虫によるものです。同時に発表されましたが、件数はヒラメに比べてずっと少なく、また、外国産の馬だったという事でさほど大きな問題にはなっていません。

関崎

この馬は、カナダから輸入されたものです。カナダからは馬肉として輸入するのがふつうですが、熊本で生きた馬を輸入したてそれが感染していたものです。魚の食中毒と馬刺しの食中毒が同時に問題になりましたが、魚は魚、馬は馬で別の原因となっています。馬刺しの方も冷凍すれば大丈夫ですが生のままで食べると食中毒を起こすことがあります。

参加者

熊本に入っているという事ですが、甲府の方ではいかがでしょうか。

関崎

おそらく熊本以外は入っていないと思います。これは、馬と狸や狐といった肉食の野生動物の間を行き来する寄生虫ですので、野生動物から入った可能性があります。

参加者

ヒラメについて加熱した場合はどうなりますか。

横山

ヒラメは、基本的に刺身で食べることが多いかと思いますが、70度位まで加熱すれば解毒はできます。

クドアとは

      ほとんどの方はクドアがどのような寄生虫かご存じないかと思います。クドアとは、一言でいうと粘液胞子虫という生物群のクドア属であり、胞子を作る寄生虫です。この胞子の形態的特徴としては大きさ10μm程度、極嚢が特徴的です。クドア属の場合、通常4つ以上の極嚢を持っています。クドア属は100種以上が知られていて、多くは海産魚に寄生します。
参加者

極嚢とは何でしょうか。

横山

何らかの化学的な刺激によって外に出て、その際に殻が開いて中にある原形質が外に出て次の宿主への感染が成立します。このように感染の補助的な役割を果たします。

関崎

極嚢が4つで、4匹という事でしょうか。それとも極嚢が4つで1匹ですか。

横山

クドアは、極嚢が4つ、殻が4つ、胞子原形質が1つの合計9個の細胞からなる多細胞体です。そういう意味からすれば、原虫よりも遥かに上位の生物群となります。その後の研究から、極嚢はイソギンチャクやクラゲの仲間である刺胞に似ている為、刺胞動物が寄生生活に適応した結果、粘液胞子虫が出来た可能性が示されています。

クドアの生活環

      • 生活環について、粘液胞子虫のひとつであるミクソボルス属の話になりますが、昔は、魚の中で作られた胞子が外に出てきて他の魚に感染すると思われていました。しかし実験的に胞子を取り出して魚に注射したり、餌に混ぜて食べさせたり、飼育水の中に混入させたりしても全く感染が成立しませんでした。ところが、飼育器の中に混ぜて数か月たつとなぜか感染がおこるため、泥の中で熟成する期間が必要なのではないかとみられるようになりました。しかし20~30年くらい前に、熟成するのではなく泥の中の環形動物(淡水ではイトミミズ、海産だとゴカイの仲間)に取り込まれその中で極嚢が極子を弾出し、殻が開いて原形質が出てきて感染する。環形動物の中で増殖し最終的には放線胞子虫という形態になります。
      • 放線胞子虫は、かつては環形動物の寄生虫として分類されていましたが、これが水中に浮遊して出てきて魚に感染するという事がわかってきました。魚と環形動物を交互に経るという事で、どちらが成虫でどちらが幼虫かという事も区別ないので、どちらも同じレベルで交互宿主という言葉が暫定的に使われています。これはつまり、水槽内で魚から魚にうつらないという事です。ヒラメは、いけすで飼う事もありますが、感染したヒラメが水槽の中に紛れ込んでいたとしても、同じ水槽の中に環形動物がなければ水槽内で蔓延することはありません
      • クドアについては、約百種類がある中で生活環がわかっているものは世界中に1つもありません。クドアは海の寄生虫ですから、海で無脊椎動物を探すというのは非常に困難なためです。粘液胞子虫を魚に注射したり食べさせたりするなどの実験で感染が成立した例はないので、おそらくもう一つの宿主があり、それはゴカイの仲間ではないかという事が推測されます。ヒラメは陸上水槽で養殖されますが、ここから出てきた粘液胞子虫の胞子が沿岸に生息する環形動物(ゴカイの仲間)に取り込まれて放線胞子虫に変態し、その後貯水槽からヒラメの水槽に入りヒラメに寄生するのではないかという事が想定されています。
      • 感染には環形動物が不可欠である事から粘液胞子虫は病気の発生が風土病的であるといえます。環形動物の生息域に依存するため、感染がよく発生する所とそうではない所があるということです。薬やワクチンはありませんので、生活環を遮断するというのが寄生虫病としては基本的な考え方となります。今回の場合は媒介する環形動物を駆除するという事が対策として考えられます。
クドアの胞子についてご紹介

クドアの胞子についてご紹介

参加者

交互宿主というのは寄生虫では珍しいのでしょうか。

横山

今の所粘液胞子虫類にしか使われていません

渡辺

魚が宿主という事なのですが、人が例えば寄生虫にかかるというと、口から食べたもので感染するとイメージされるのですが魚も口から入るのでしょうか。

横山

いろいろな説がありますが、基本的には放線胞子虫の極弾出は魚の体表粘液と接触させる事により起こるので、体表から入るというのがメインではないかと思います。

渡辺

人間でしたら、皮膚をすり抜けて入るというイメージでしょうか。

横山

種類によると思いますが、皮下で増えて、血流を辿り他の器官に行くのもあります。ただクドア属では後ほど出てきますが生活環が分かっていないので、感染ルートは今後の調査が必要です。

代表的な粘液胞子虫病

1.ブリの粘液胞子虫側弯症(骨曲がり)

      • この病気はブリの脳内に形成されたシストが神経系を物理的に圧迫し、運動機能障害を引き起こすことによるものです。この病気は養殖が始まった1970年代から散発的に見られていましたが、マスコミがブリの骨曲がりを取り上げたことにより、1980年代になって社会問題にまで発展しました。
      • 一般的に、養殖魚には抗生物質を用いるもので、出荷前の一定期間は薬の投与を止めて残留している薬の成分を除去するという事が規則で定められています。したがって、市場に出回る魚に抗生物質が残ることはないのですが、「養殖魚は大量に抗生物質を投与されていて、また市場ではたくさんの骨曲がりが発生している」という報道により、抗生物質=骨曲がりの原因 と一般の人々は考えてしまいました。実際には抗生物質は無関係にもかかわらず、全体のイメージ悪化と水産業界への大きなダメージをもたらすことになり一つの風評被害を引き起こしました。

2.ブリの奄美クドア症

      • ブリの筋肉に、シストという米粒状の異物が作られる病気であり、奄美大島や沖縄地方に特異的に発生する風土病です。これは、魚の成長には影響はないものの、人間が食べるとなると見た目が気持ち悪いということで、商品価値を損ねてしまいます。
      • 一番大きく問題となったのは、沖縄国際海洋博覧会の際、本部町にて飼育展示されていた海洋牧場にて発生したものです。未来の養殖の姿として、沿岸を網で仕切って魚を自由に泳がせ、餌をあげるときだけ魚を集めて餌を与えることで魚へのストレスなく飼育を行うという展示として行ったものでしたが、展示後ブリを三枚おろしにしたところ、すべてにシストが発生していました。その後沖縄ではブリ養殖は不可とされ、1990年代に再度試験飼育が開始されましたがやはり、全てに寄生していることが分かりました。一方、本部町から、5キロしか離れていない場所では殆どシストが見られず、発生の地理的分布が本部海域に局在しているということが分かり、交互宿主となる環形動物も本部町に局在すると想定されています。

ヒラメのクドア食中毒

        ヒラメのクドアは、筋繊維の細胞内に寄生し、その極嚢数が5~7個と幅があります。肉眼的には寄生しているかどうかわからず、気が付かずに食べてしまいます。
        クドア食中毒の特徴としては以下のようなものがあります。

        • 食後数時間で一過性の下痢や嘔吐が発生する。
        • 軽症で回復は早く、およそ一晩で治る。 →クドアが人間の体内で増えるわけではない。
        • 発症は摂取量依存性があり、約107 (1千万)個以上の胞子の摂取が必要(刺身1切れでも発症する)。
          →重度の寄生を受けたヒラメ肉を摂取した場合に限る。
          →クドアは死んだヒラメの体内で増えることはない。
          →調理や保管の不備ではなく、食材自体の問題
        • 冷凍、加熱は有効だが、商品価値を損ねる。
        • 後遺症や家族へうつす心配はない。
渡辺

食後数時間で下痢をするという事ですが、クドアは胃や腸などで何をしているのでしょうか。

横山

腸で極を弾出し、原形質が腸管上部に入り込むようです。これが沢山入り込み、物理的に何らかの障害を与えて下痢やおう吐を引き起こさせるようです。ただ、人間には感染せず、腸の中で数時間で死滅します。又、実際にクドアに寄生されたヒラメを研究で食べた人達もいるのですが、その中でも発生する人としない人がいたらしく、どのような人が感染するかということについてはわかっていません。

渡辺

クドアが寄生したヒラメは、体中すべての場所に寄生しているのでしょうか。

横山

重度の寄生のヒラメであれば、体の筋肉すべてに寄生しています。筋肉でもヒラメの縁側もです。

関崎

見た目にはクドアに感染しているかどうかわからないというお話でしたが、見極める方法はあるのでしょうか。

横山

薄く肉をそぎ取ったものを、スライドグラスでつぶし、実体顕微鏡の倍率を100倍程にして観察すれば見ることが可能です。

クドア対策

      どういった対策が必要なのかを考えたとき、養殖段階、稚魚の段階で対策をとるしかなく、消費段階での対策は困難です。ヒラメの稚魚は種苗生産場で養殖用に育てられ、遺伝子検査にかけて陰性だったものだけが養殖場に移されます。養殖場では、出荷前に顕微鏡検査を行い、胞子の密度が規定値を下回ったものは検査証明書を添付して流通に回されます。
渡辺

最初の遺伝子検査はどこでやっていますか。

横山

できる所は、養殖場や種苗生産場でもやっています。県の水産試験場など行政で行っているところもあります。

渡辺

養殖場や生産場が自らが検査する場合、仮に陽性でも陰性だと偽る事が可能ではないかと思うのですが。

横山

例えば、ヒラメの養殖が多いのは大分県ですが、そこでは漁協に検査室があり、丸一日検査に費やす係もいて、信頼できるかと思いいます。全くないとは言い切れませんが。

参加者

筋肉には均一に胞子があるのでしょうか。サンプルの取り方によって、検出が漏れることはありませんか。
検査を実施しているにもかかわらず、食中毒が発生している理由がわかりません。

横山

感染しているものは、体全体に、均一に胞子があります。

参加者

検査した個体以外が感染してしまうとサンプリングがまずいと、感染しているヒラメが流通してしまう可能性があると思いますが。

横山

ヒラメの養殖数の多さを考えるとすべての個体を検査するのは難しいといえます。それについて詳しくは後ほど説明いたします。

    • 日本で消費されるヒラメは、昔は輸入物が少なく、漁獲と養殖(国産)が約半々でしたが、今は、その養殖物の半分が輸入物に置き換わっています。輸入物とは、韓国産になります。養殖のヒラメは、陸上施設で種苗生産・養殖が行われています。
    • 養殖場での感染対策として、入口で遺伝子検査、出口で顕微鏡検査を行うと説明しましたが、その結果、種苗生産場で感染が起こっている事が分かってきました。そこで感染を抑える為の感染防除法の開発がなされました。具体的には生活環の遮断になります。飼育用水処理による感染防除として、砂ろ過と紫外線照射を併せて行う事で、種苗の完全な感染防除できるようになりました。
渡辺

環形動物との交互宿主というお話がありましたが、ここで環形動物はどう関係しているのでしょうか。

横山

環形動物は、養殖場や種苗生産場の外にいますが、環形動物が海水中に放出した放線胞子が魚の口から入るなどして感染すると考えられます。

渡辺

人工的に作った海水を水槽に入れて養殖すればそういった事は起きないのではないかと思うのですが。

横山

多くの場合、海水(流水)を用いて養殖を行っています。人工海水も可能ですが、コスト的な面で自然海水を用いるのが一般的です。

    • 出口での検査での問題点ですが、養殖場での検査を行う為に、たくさんのヒラメを殺傷することは、業者にすれば商品数が減るというデメリットがあります。又、より簡便に検査する方法はないかという声もあり、非殺傷検査法が開発されました。これは、商品として影響が出ない範囲内でヒラメからごく少量の肉を取り、検査を行うというものです。妊娠検査薬のようなもので、顕微鏡を持っていない一般の方々でも簡単に検査する事ができます。
    • 韓国から輸入されているヒラメに感染されているものが混ざっているのではないか、という可能性があります。
      さらに、産地偽装されたヒラメも流通しているようで、感染が確認された国産表記のヒラメの生産業者を調べてクドアの検査を行った所、その生産場から感染が確認されなかったという事例も確認されています。日韓クドアの識別のために、クドアの極嚢を調べてみたところ、日本のクドアは平均6つ、韓国では平均7つの極嚢が出現しており、極嚢の数が異なっていることが分かりました。産地偽装が疑われたヒラメを改めて調べてみたところ、確かに7極嚢が多く、表示上は国産とされていましたが韓国産のヒラメである可能性が高いと推定されました。
      この知識が市場関係者の間に普及してくれば、流通過程での混入の抑止力になるのではないかと期待されています。

今後の課題

    • 研究者が今後やるべき事は生活環の解明です。これが分かれば環形動物の駆除法が分かり、国産ヒラメのクドアを駆逐することができるかもしれません。
      行政がやるべきことは、韓国からの輸入ヒラメを監視することです。検疫所での遺伝子検査は非常に時間がかかりますが、ヒラメを置いておく生け簀がないので、その間にほとんどのヒラメは流通に回ってしまいます。そのため、検査結果が陽性でも回収は事実上不可能です。しかし、非殺傷検査法であればより多くのヒラメを短時間で検査することが可能ですので、コスト面をクリアすれば現場の声に応えるものとなっていくでしょう。
    • ヒラメのクドア感染率は非常に低いのですが、一度マスコミに出てしまうと「ヒラメは危ない」という認識が世間に埋め込まれてしまいます。飲食店や、大手のスーパーマーケットでは取り扱わないという所も多くなっておりますので、消費を回復する為にもヒラメの安全性を周知啓蒙うする必要があるのではないかと考えられます。関係者全員による情報公開という事が非常に大切となります。養殖業者が自主的に検査内容・結果を公表する事、行政は検査対象や食中毒件数の現状を公表する事(HPや冊子体)、研究者は研究結果を公開する事(学会、一般向け公開講座等)、それからマスコミもそういった事を偏見なく公表し、冷静に報道することが大切かと思います。現在はSNSやインターネットなども無視できない伝達手段となっており、消費者も自ら発信も行える時代となっていますので、産官学民が相互に理解を深めるリスクコミュニケーションが大切になってくるかと思います。
参加者

食中毒は一過性という事ですが。

横山

一晩で回復するものですが、症状が出ている間はかなり苦しいと思います。

関崎

クドアは、天然のヒラメにも感染していますか。

横山

データがそこまで集まっていませんが、天然ヒラメへの感染数は多くないと思います。

今回も沢山の方々にご参加いただきました。

今回も沢山の方々にご参加いただきました。

 

 

 

 

 

 

 

このページはJRA畜産事業の助成を受けて作成されました。
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