イベントレポート

このページでは、過去に開催したイベントの報告を紹介します。

2019.10.10(THU)
財団法人全国競馬・畜産振興会/東京大学食の安全研究センター共同開催発表会
令和元年度JRA畜産振興事業に関する調査研究発表会

2019.02.07(THU)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第40回
食を支える品種改良技術〜新しい育種技術と安全性〜

2018.12.25(TUE)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第39回
あなたの知らない“土の科学”〜放射性セシウムとの関係〜

2018.10.10(WED)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第37回
秋の彩り キクの秘密—遺伝子組換えによる青い花の開発

2018.10.4(THU)
財団法人全国競馬・畜産振興会/東京大学食の安全研究センター共同開催発表会
平成30年度JRA畜産振興事業に関する調査研究発表会

2018.8.28(TUE)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第36回
モデル動物を使った農産物由来成分の効能の評価——海藻のβグルカンのヒミツ——

2018.7.30(MON)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第35回
ポストハーベストってなあに?ー収穫からお口に入るまで

2018.6.22(FRI)・2018.11.22(WED)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第34回・第38回
毒とクスリと人の関係

2018.2.16(FRI)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第33回
食品表示のことーアレルギー対策のために私たちができることー

2018.1.16(MAR)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第32回
福島県産農産物のいま〜現状と課題〜

2017.12.12(MAR)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第31回
食べて安全?植物がつくる化学物質

2017.11.21(MAR)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第30回
附属牧場の先生に聞いてみよう!(続編)ー救出された被ばく豚たち。それからー

2017.10.27(FRI)
財団法人全国競馬・畜産振興会/東京大学食の安全研究センター共同開催発表会
平成29年度JRA畜産振興事業に関する調査研究発表会

2017.10.12(THU)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第29回
食欲の秋…聞いてみよう!ジビエの食中毒リスクとその対策

2017.9.7(MON)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第28回
食物アレルギーを知ろう! ——適切な情報を適切な人へ——

2017.7.19(MON)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第27回
キンギョはなぜ海が嫌いなのか?—魚の浸透圧調節機能とその応用—

2017.2.22(WED)-23(THU)
食の安全研究センター創立10周年記念シンポジウム
食科学の現在と近未来

2017.2.6(MON)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第25回
農作物の放射性物質汚染について考える 〜福島原発事故を踏まえて〜

2017.1.10(TUE)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第24回
『機能性食品』って本当に機能しているの? —お口に入った機能性食品成分たちの腸管内運命—

2016.12.7(WED)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第23回
放射性物質と農産物 〜福島の食べ物について〜

2016.11.24(THU)
5大学共同開催フォーラム 第6回
食中毒のリスクを低下させる科学-食中毒の制御に向けた新たな取り組みの現状と展望−

2016.11.8(TUE)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第22回
附属牧場の先生に聞いてみよう! −被ばく豚の救済と健康状態のコト−

2016.10.31(MON)
財団法人全国競馬・畜産振興会/東京大学食の安全研究センター共同開催発表会
平成28年度JRA畜産振興事業に関する調査研究発表会

2016.9.29(THU)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第21回
いちばん身近な放射線!? —医療用放射線と被ばくのコト—

2016.8.26(FRI)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第20回
身近な食品だからこそ聞いてみよう!—遺伝子組み換え食品の安全性のコト—

2016.7.28(THU)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第19回
食の安全を守る研究最前線!-魚の寄生虫と食中毒のコト-

2016.3.1(TUE)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第18回
聞いてみよう!きのこと森林の放射能汚染

2016.2.5(FRI)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第17回
一緒に考えよう!食事と健康と寿命

2016.1.7(THU)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第16回
一緒に考えよう!食品照射のよいところ、不安なところ

2015.12.3(THU)-4(FRI)
4大学共同開催フォーラム 第5回
食科学の近未来−守りと攻めの備えは万全か−

2015.11.6(THU)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第15回
聞いてみよう!ポストハーベストのコト〜おいしさを守る、収穫と食卓のあいだの話〜

2015.10.1(THU)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第14回
聞いてみよう!桃のコト 桃ってどんな木、気になる木

2015.8.6(THU)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第13回
聞いてみよう!農薬のコト

2015.3.14(SAT)
シンポジウム
放射線と環境・食の安全

2015.3.4(WED)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第12回
聞いてみよう!食品添加物のコトー嫌われものの正体ー

2015.1.9(MON)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第11回
聞いてみよう!食とアレルギーのこと

2014.12.8(MON)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第10回
聞いてみよう!コミック誌から見る放射線の作用

2014.08.11(MON)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第9回
聞いてみよう!福島県の放射線のレベル~現在とこれから

2014.07.29(TUE)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第8回
聞いてみよう!食品中の放射性セシウムとシーベルト

2014.02.16(SUN)
JRA畜産振興事業シンポジウム
放射性物質汚染と食の安全の今は?-被災地の早期復興を願って-

2014.01.17(FRI)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第7回
聞いてみよう!放射性物質と農産物のコト~福島の色々な食べものについて~

2013.12.21(SAT)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第6回
放射線で分かる植物のミクロの世界~見えないを『見える』にする技術②~

2013.11.02(SAT)
サイエンスバスツアーin福島
行って、見て、聞いて、食べてみよう!お肉について丸ごと知る一日

2013.08.2(FRI)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第5回
おいしく焼き肉を食べるための食中毒講座

2013.07.27(SAT)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第4回
聞いてみよう!放射性物質と農産物のコト

2013.03.16(SAT)
JRA畜産振興事業:放射性物質汚染と畜産物の安全に関する調査事業シンポジウム
放射性物質汚染と食の安全-被災地の畜産業復興を願って-

2013.01.18(FRI)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第3回
続・聞いてみよう!放射性物質と農産物のコト

2012.10.28(SUN)
JRA畜産振興事業:放射性物質汚染と畜産物の安全に関する調査事業シンポジウム
農場から食卓への安心確保の取り組み

2012.10.04(THU)
財団法人全国競馬・畜産振興会/東京大学食の安全研究センター共同開催発表会
JRA被災地支援対策事業に関する調査研究発表会

2012.08.28(TUE)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第2回
アイソトープイメージングで見る植物活動~見えないを『見える』にする技術~

2012.07.04(WED)
食の安全研究センター・サイエンスカフェ第1回
聞いてみよう!放射性物質と農産物のコト

2012.03.24(SAT)
JRA畜産振興事業シンポジウム
東京電力福島第一原発事故から学ぶ食の安全-畜産物について-

第13回放射能の農産物への影響についての研究報告会

1月21日(土)、東京大学大学院農学生命科学研究科の主催で、「第13回放射能の農畜水産物等への影響についての研究報告会-東日本大震災に関する救援・復興に係る農学生命科学研究科の取組み-」が開催されます。この研究報告会では、食の安全研究センターの中西友子特任教授、二瓶直登准教授が講演を行います。
皆様、奮ってご参加ください。詳細はこちらをご覧ください。

日時 2017年1月21日(土) 13:00-17:00
場所 東京大学弥生講堂・一条ホール
定員 300名(当日先着順)
参加対象者 一般(どなたでも参加できます)
参加費 無料
事前申込み 不要
主催 東京大学大学院農学生命科学研究科
後援 東京大学救援・復興支援室
その他 ※お車でのご来場は、ご遠慮願います。
※定員を超えた場合、入場をお断りすることがあります。

日時:2017年2月6日(月) 14:00-15:30
場所:東京大学農学部キャンパス・フードサイエンス棟地上1階「カフェアグリ101」
話題提供者:東京大学大学院 農学生命科学研究科附属食の安全研究センター 中西友子 特任教授

話題提供者の金子さんの写真1

話題提供者の金子さん

2017年7月11日第28回のサイエンスカフェ「キンギョはなぜ海が嫌いなのか?——魚の浸透圧調整機能とその応用——」を開催しました。

東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 教授の金子豊二さんに、塩分濃度の異なる様々な水環境で繁栄してきた魚たちの浸透圧調節の仕組み、それを活かした内陸での海水魚養殖などについて紹介していただきました。

活発な質問も相まって、話題は身近な魚キンギョの水槽の塩分から、巨大なヨーロッパの岩塩坑のことまで展開、魚、水、塩分、生命に不可欠なそれらのものと私たちとの結びつきについて語り合う有意義な時間となりました。



○第27回サイエンスカフェ配付資料(pdf)
※以下、記載がない場合の発言は金子氏のもの
※質疑応答は一部抜粋

キンギョはなぜ海が嫌いなのか?

    キンギョを海水に浸けるとどうなると思いますか。死ぬかもしれないし、中には頑張って生きるのもいるかもしれない。あるいはゆっくりやれば十分海水でも生きられるかもしれない。では、キンギョを海水に入れると死んじゃうと思う方(参加者の多くが挙手)、どうにか頑張れば生きられると思う方(参加者数人が挙手)。これは実は死ぬんです。では、キンギョを海水に入れたことはありますか。私たちはなんでキンギョを海水に入れると死ぬって知っているんでしょう。不思議じゃありませんか。
参加者

キンギョの病気のときに、多少塩を入れたりしますね。

金子

はい。ただ、それは海水ほど濃くないですね。確かにちょっとしょっぱいと病気にいいんですが、ほんとの海水では駄目です。

    • もし小学生の私が今そういう質問をされたら、やっぱり「死ぬ」って答えると思うんです。何でそんなこと分かるんだろう。もし自分がヨーロッパの人間で、キンギョになじみがなかったら、「これはキンギョという日本の魚か」と。これを海水に入れたらどうなるか。「そんなの知るはずないだろう」ということになるかもしれません。もしかすると、キンギョすくい、夏、涼しい、真水というイメージが頭の中でつながっていて、だからキンギョは淡水じゃなきゃ生きられないと思っているのかもしれません。でも実際に海水に入れたら死んでしまいます。なぜでしょう。

淡水魚と海水魚/狭塩性と広塩性

    キンギョは淡水魚で、海水には生きられません。逆にトラフグは、海水魚です。マグロ、サンマ、イワシ、アジ、全部海水魚です。おそらく淡水では生きられません。特にマグロが淡水で生きられるかは、やったことがありませんので分かりませんけれども、まず死にます。こういうのを「狭塩性魚」といいます。これは狭い塩と書いて、生きられる塩分濃度の範囲が狭いですよという意味で狭塩性魚です。

    • かたや、ウナギとかサケのように、一生を通して海と川を行き来するような魚は、海と真水の両方で生きられます。ティラピアという魚も沖縄、ハワイ、いろいろなところにいて、アフリカ原産で、いろんな種類がありますが、多くの種類が淡水・海水、好きなときにどっちにでも行けます。同じように水に特化してるはずの魚でも、川じゃなきゃ駄目、海じゃなきゃ駄目、あるいはどっちでもと、多種多様なんですね。なぜそんな違いがあるのかというのが研究の1つのテーマです。お金になるわけではありませんが、うまくするとそれが産業と結びつくこともあり得るということです。
    • 実は生き物の中で魚はかなり高等で、われわれと同様に背骨のある脊椎動物です。ただ、生き方が不器用なんですね。魚の血液の塩分濃度は実はわれわれ人間とほとんど同じで、食塩水にすると0.9%。生理食塩水と同じです。点滴のときに使う、逆さに吊している瓶の中に入っているものが生理食塩水です。薬だと思っている人が多いですけれども、薬ではなく、塩水です。もちろんこの塩水に薬を溶かして点滴するんですが、ぶら下がっている瓶の中身はほとんど塩です。これが0.9%。実は、海の魚も川の魚も、血液の塩分濃度は同じ0.9%です。ただ、プラスマイナス0.1%くらい幅はありますが、大体人間と同じです。
    • 住んでいる環境が真水の場合、塩分濃度はほとんど0%です。0%の中で、体を0.9%に維持するっていうのは、とっても大変なことです。なぜかというと、魚は水の中に住んでいるので、えらを介して体の中と外が結構スカスカにつながっているんです。我々は陸上で生活していますが、生き物はもともと水の中にいました。一部の生き物、脊椎動物が陸上に上がってきたんです。そのときに、体が乾燥しないように宇宙服みたいのを着て上がってきた。ですから、われわれは地上にいても、体から水分がすぐなくなっちゃうなんてことはないわけです。
    • ところが、水の中の生き物は周りの水と一体化して生きています。例えば淡水に住む魚であれば、真水、塩分の薄いところにいるんで、えらを介して中の塩が抜けてしまうということが起こるわけです。逆に海水だと3.5%あって、体の中は0.9%。水のほうがはるかにしょっぱいわけです。しょっぱい海水に浸かっていたらどうなるか。白菜と同じ運命をたどります。白菜をしょっぱい水、例えば海水に浸けておくとどうなるか。塩が入ってきて、水が抜けて、塩漬け状態になります。これは容易に想像できますね。
    • 実は生きている魚も、海にいるだけで塩漬けになりがちなんです。ただ、生きていくためには、これを0.9%まで下げなきゃいけない。ですから、海の魚は塩漬けにならないようにエネルギーを使って必死に適応して生きていんです。
    • 海の魚の場合、海水の塩分濃度は3.5%、結構な塩の量ですよ。1リットルの海水に35グラムの塩です。お相撲さんが土俵でつまむ1つまみぐらいが35グラムですが、35グラムはとんでもなく多い量です。一方、血液は0.9%。当然、外のほうがしょっぱいから水と塩分が勝手な動きをします。白菜を思い出してください。塩が入ってきて水が抜ける。だから何もしなければ、海の魚は自ずと塩漬けになってしまいます。試しに死んだ魚を海水に浸けておいてみてください。おそらく塩漬けになると思います。やったことはないですけれども、きっとそうなると思います。
    • このままにしておくと塩漬けになっちゃうんで、ならないようにどうするか。2つのことをやります。まず、水が抜けちゃうんで、それを補うために水を取り込みますけれども、海水魚が飲める水って海水だけです。しようがないから海水をガブガブ飲むんです。これは、魚に特徴的なことで、人間にはできないことです。もし、海で漂流したら喉が渇きますが、喉が渇いたからって、海水飲んだらどうなるか。幸いやったことはないですが、間違いなくしょっぱくて、喉を潤すことになりません。ところが、海の魚は、しょっぱい海水を飲んで水分を取り込むことができるんです。人間にこれができたら、とっても素晴らしいんですけれども。
    • もう1つは、塩が入ってきちゃうんで、塩を出します。どうやって出すかということが私の研究の中心なんですが、えらから出します。えらは、人間の肺みたいなもので、呼吸器官です。ですから、酸素を取り込んで二酸化炭素を出す。けれども、それ以外に、塩を出したり取り込んだりする浸透圧調節器官としての役割もあるんです。えらというのは、マルチな機能を持っています。
    • そして、えらにはもう一つ大事なはたらきがあります。実は排泄器官でもあるんです。動物は、生きている限りアンモニアが生じます。アンモニアはとても体によくないんですが、どうしてもアンモニアが出ます。タンパク質が分解するとアミノ酸になって、アミノ酸が分解するとアミノ基が外れて、それがアンモニアになってしまう。もし血中のアンモニア濃度が上がるとどうなるか。意識が遠のいていきます。
    • このアンモニアをどうにか処分しなきゃいけないんですが、人間の場合は、それを尿素という形に変えて、おしっこで出します。魚の場合は、アンモニアです。できたアンモニアをアンモニアのままで、「えら(鰓)」から出します。えらは、言ってみれば携帯水洗トイレ。携帯水洗小便器と言ってもよろしい。非常に合理的にできているんです。
    • えらにはいろんな機能のうちの1つに塩を出したり取り込んだりする機能があります。それを担っているのは、塩類細胞というものです。特に海水魚の場合は、体の中に塩が入ってきちゃう。その入ってきちゃった塩を、この塩類細胞から常に自らのエネルギーを使って出しています。ここが大事です。エネルギーを使っているということは、疲れるんですね。お金がかかると言ってもいいかもしれません。エネルギーを使って排出する、これが結構労力がかかるんです。
    • 構造を見てみましょう。魚の頭の部分を水平面で切った図です。えらというのは左右4対。これを取り出してみると、きれいな鮮やかな色をしています。これらの1個1個に複雑な構造があって、資料の写真は実物ですけれども、走査電子顕微鏡でさらに細かく見ると、その表面にヒラヒラがいっぱいあります。えらの弁と書いて「鰓弁(さいべん)」といいます。魚偏に「思う」と書いて、これ、「えら」と読むんですね。魚偏が付くと大体魚の名前じゃないかと思って、「これ、何の魚かなあ」と考えますが、これは「えら」です。魚偏に「思う」でなぜえらなのか、よく分かりませんけれども。人間の場合胸に手を当てて考える、魚は、ひれをえらに当てて考えるのか…。
    • それはさておき、表面にヒラヒラがいっぱいあります。どこかで見たことありますよね。この構造。車のラジエーター。あるいは、エアコンの室外機。表面積を広くして、ガス交換の効率を高めているんです。えらはガス交換、呼吸の場所ですけれども、よく見てください、ブツブツがいっぱいあります。実はここに塩類細胞というのが隠れています。ここに特殊な方法で塩類細胞を緑色に光らせた写真があります。ヒダヒダがあって、呼吸をしているところに、緑色に光っている細胞、この1個1個が塩類細胞と呼ばれる細胞です。これを走査電子顕微鏡で表面構造を見てみると、間に1つの仕切りがあって、これが呼吸する細胞、被蓋細胞といいますけれども、英語でいうとペーブメント・セルです。ペーブメントというのは聞いたことあると思います。僕は銀座を思い浮かべますが、ペーブメントは敷石ですね。
参加者

そのスケールはどのくらいなんでしょうか。

金子

この直径は20~30マイクロぐらいです。ということは、1ミリの30分の1から40分の1ぐらいですかね。その敷石の隙間に穴が空いています。この不気味な穴。実はこの下に塩類細胞が隠れていて、この穴から海水魚の場合、塩が噴き出してきます。

    • 出てきた塩を特殊な方法で茶色く見えるようにしました。穴から塩が飛び出てきている様子です。この画は動くんですよね。よく見ていてください。ここが塩類細胞です。塩類細胞の頭から塩が噴き出ています。海の魚は、これをずっとやっているんです。例えると、小さなボートの底に小さな穴が空いて、そこから水がしみ込んでくる。でも、すぐ沈むほどではない。ところが、10分とか20分に1回、ひしゃくでくみ出さないと、一晩寝ちゃうと沈んじゃう。ちょうどそんな感じで、塩が入ってきちゃうから、その塩をえらの塩類細胞からくみ出しているということです。
    • 塩をくみ出すのに当然エネルギーが要ります。もしこの塩をくみ出す動力を軽減してやったら、魚はきっと幸せになるんじゃないか。具体的には、100%普通の海水で飼っている魚を、ちょっと薄めの、半分に希釈した、半海水といいますけれども、半分に薄めた海水で飼うとどうなるか。半分に希釈しても血液よりはちょっと濃いめですね。つまり、塩を出すことは出さなきゃいけないんだけれども、ちょっと出せばいいだけです。だからすごく楽になるんです。もし、同じ餌を食べていて、楽になったらどうなるか。エネルギーが余る。その余ったエネルギーは当然成長に回るということで、薄い海水で海水魚を飼うと成長がいい、あるいは魚が楽できるということになるわけです。それを水産業で応用するということもできます。現在、いくつかそういう試みがなされています。

キンギョが大好きな塩分濃度は何パーセント?

    「キンギョは何で海で生きられないのか」をまとめてみます。海水魚、あるいは海産魚と呼ばれる魚の塩類細胞は塩を出すことに特化しています。塩を出すことによって塩漬けにならないようにしています。逆に真水の魚、淡水魚、キンギョのような淡水魚は、塩類細胞が、不足する塩類を取り込んでいます。真水には少量だけれども塩が溶けています。それを一生懸命取り込んで血液が薄くなってしまうのを防いでいます。ただ、海水魚の場合は、塩類細胞が塩を外に出さないと絶対生きていけません。

    • 淡水魚の場合は、塩類が不足しがちですが、餌を十分に食べてれば餌からある程度塩を補給できます。ただ、餌を食べなくても塩類細胞が頑張れば塩を取り込むことができるんです。淡水魚は餌を食べていればまあどうにかなるけれども、海水魚はただ餌を食べていても塩は外に出せません。ですから、海水魚の塩類細胞が塩を出すというのは、どうしても不可欠なことなのです。
    • さて、海でも川でも生きられる広塩性魚の場合は、この塩類細胞はどうなっているのでしょう。広塩性魚は、外部環境の塩分濃度に応じて塩類細胞の機能を切り替えることができます。淡水中だと塩を取り込んで、海水中だと塩を取り出す。言ってみれば巨人の柴田みたいなもので、スイッチヒッターですね。ちょっと古かったですかね。野球のバッターはふつう左利きか右利きのどっちかなんですが、相手のピッチャーによってどっちでも打てる人がいるんですよね。それをスイッチヒッターといいますが、まさに広塩性魚の塩類細胞はスイッチヒッターで、塩類細胞が塩を取り込むことも排出することもできるというわけです。
      ということで、キンギョを海水に入れると死んじゃうのはなぜか、手短に答えると、キンギョの塩類細胞は機能の可塑性がないから、ということになります。機能を切り替えることができない。塩を取り込むことしかできず、排出するようにはなれない。それで、海では生きられないということなんです。
参加者

先生、キンギョの場合に、例えば0.9%の海水に入れてやれば、エネルギー使わないで塩が入ってくるんで、成長が早くなったりするんですか。

金子

いい質問ですね。0.9%だったら、淡水魚でも海水魚でもベストだろうということですね。キンギョの場合だったら、血液が0.9%で外も0.9%ならばっちりだという考え方。そのとおりだと思うんですけれども、ちょっとここで変なたとえ話をしましょう。

    • 今の話題は魚の血液の塩分濃度ですけれども、これも恒常性の維持の1つです。われわれ人間にもいろいろな恒常性があります。例えば体温。われわれの体温は普段36度とか37度ぐらいです。体温を維持するために、暑いときでも寒いときでも36~37度になるように一定に保ってます。これも恒常性の維持です。じゃあ、われわれがもし素っ裸で生きるとしたら何度がいいですか。理屈で言うと37度が一番快適なような気がするけれども、いくらスッポンポンでも37度だとさすがに暑いような気がするんですよね。個人的には、30度ぐらいが一番いいですかね。関崎先生、どうですかね。
関崎

もうちょっと低い。

金子

いろんなご意見があるでしょうけれども、いずれにしても36度、37度は高過ぎます。なぜでしょう。人間は、体温を上げるほうと下げるほう、どっちが得意かということです。上げるのは得意というか、動けば温度が上がる。筋肉を使えば一部がどうしても熱になっちゃう。下げるほうは結構大変で、汗をかいて気化熱で下げる。でも、湿度100%だったら気化熱もない。だから下げるほうは苦手なんです。人間は熱を出しやすい生き物だということを勘案すると、裸で生きる場合には体温より低めのところ、30度ぐらいがいいということになります。

    • 先ほどの質問に戻ります。キンギョは塩分濃度0.9%の血液を持っているから、0.9%の環境水がいいんじゃないかということについて。キンギョの塩類細胞は塩を取り込む、あるいは餌を食べれば当然塩も入ってきちゃう。キンギョは塩が入りやすいたちなんですね。出すことはできない。だから、0.9より低めにしましょうということです。例えば0.5%はどうですか。0.5%、キンギョは大好きですよ。
    • 本郷の近くに、江戸時代から300年続くという有名なキンギョの問屋さんがあります。僕は、ちょくちょくキンギョを買いに行くんですが、その問屋さんの水槽の水はどうか。僕は、ある程度汚くても必ず我慢してなめてみます。すると、しょっぱいです。ふと見ると、横には、粗塩のでかい袋が積んであります。実は、その塩分濃度は0.5%。金魚屋さんのストックの水槽は0.5%になっている。0.5%はキンギョには楽ちんなんです。ストレスも感じず、幸せにのんびりできるんです。
    • キンギョすくいで、キンギョをとってビニール袋に入れて持ち帰り、イチゴのパックか何かに入れてしばらくすると死んじゃうこと、よくありますよね。家では塩が入ってない普通の水道水にハイポか何か入れてやるでしょう。すると、今まで0.5%でぬくぬくと楽をしていたのに、いきなり塩のないところに入れられて、えらいストレスを感じて死んじゃうわけです。
参加者

金魚が生きられる水温の幅ってどのぐらいなんですか。

金子

水温は、金魚は下は0度近く、上のほうも30度ぐらいまで平気で、結構幅があります。氷が張っている下で金魚がじっとしていることもありますが、金魚は高温でも低温でもかなり強いです。魚種によって適した温度は違いますね。サケ・マスは低温じゃなきゃ駄目です。高いほうは15度でもきついぐらいですね。今、気候の温暖化が進んでいます。水産関係の研究で高温耐性の魚を作ろうとしています。高い温度でも生きられる魚を作っておけば、だんだん気温が上がっていっても、冷温が適した魚を養殖できるように、高温耐性の魚を作るということが、遺伝子工学とかいろんなことを駆使して取り組まれています。
何を話していたのか分からなくなってきましたが、これだけは覚えといてください。キンギョは0.5%の食塩水が好きだと。

海水魚を希釈海水で育てると

話題提供者の金子さんの写真1

温泉トラフグのプロジェクトを紹介

参加者

好適環境水は、何%なんでしょうか。

金子

キンギョは0.5%がいいと言いましたが、海水魚どうか。海水はふつう3.5%ですよね。それを半分ないし1%ぐらいまでは平気なので、薄くすると、塩を出す労力がなくて済むので楽ちんなんです。おそらくその好適環境水というのは、必要最低限なイオンを海水の3分の1の塩分濃度になるぐらいに調整したものだと思います。

参加者

ネット等には、キンギョも海水魚も一緒に水槽で生活できている、生きていると書いてありますが、それは本当でしょうか。

金子

本当です。好適環境水である必要はありません。広塩性魚と挟塩性魚の塩分耐性のグラフを見てください。横軸に海水の希釈率。100は海水、0は淡水です。キンギョの場合、図の赤い線のようになります。ふつう、キンギョは淡水にいるんですけれども、血液浸透圧というのは、血液、塩分濃度と同じ意味です。1,000というのが大体海水と同じなので、3.5%ぐらいなんですけれども、キンギョの血液の塩分濃度は海水の4分の1ぐらいです。それを10%、20%海水、ちょっと塩が入ったくらいの、海水をブレンドした水に入れても生きています。30%でも平気です。ただ40%ぐらいになると、血液の浸透圧、塩分濃度が上がり過ぎて死んじゃいます。ですから、そこまでの範囲だったら生きられる。

    • 一方、海水魚はふつう海水中にいます。そのときの血液の塩分濃度は、海水の大体3分の1ぐらいですが、それを薄いところに入れても意外と生きていけるんです。トラフグの例では、10%ぐらいでもどうにかなります。さすがに淡水だと駄目ですが。いわゆる広塩性魚、どっちでも生きられる魚は、淡水から海水まで幅広く生きられます。ただ、海水のほうがちょっと、ほんのちょっと浸透圧が右上がりになっていますね。
    • 見ていただきたいのは、希釈率20%から30%ぐらいの部分です。ここの範囲であれば全ての魚が生きられます。それは好適環境水である必要はありません。実際、この隣のビルに僕たちの飼育室、魚の水槽室があるんですけれども、そこには濃度を3分の1に調節した海水があって、その中にキンギョとかヒラメとか、いろんな魚を入れています。要するに希釈海水であれば、別に好適環境水であろうとなかろうと、ちゃんと同じ水で生きることができます。
参加者

その3分の1の希釈のところで、成長が一番ピークになるんでしょうか。

金子

そんなことはないです。海水魚であれば、希釈率40〜50%ぐらいがベストですね。もちろん生きられますけれども成長がいいかどうかは別です。

参加者

成長のいいところの希釈率は、淡水魚、海水魚で変わってくるということですか。

金子

ざっくり言うと、30%に希釈した海水ぐらいが血液の塩分濃度です。海水魚だったらそれよりちょっと高め。淡水魚だったらそれよりちょっと低めぐらいのところが理屈の上でベストです。それは実際実験してみないと確証は持てませんけれども、理屈の上からはそういうことが言えると思います。

    • こういう水槽を混浴水槽と呼んでいますが、ただ注意しなきゃいけないことがあります。塩分濃度に関しては両方にちょうどよいところにすれば完璧なんですけれども、相性があります。ヒラメを飼っているんですけれども、ヒラメっていうのは嫌な魚ですよ。普段、底に隠れていて目だけ出しているんです。小さい、キンギョすくいのキンギョを入れると3秒でパッと食べちゃいます。それを知らずに、以前、お客さんが来るっていうんで、いいとこ見せようと思って、高級熱帯魚、こんな小さいやつで、1匹3,000円とかいうのを学生が買ってきたんです。それを入れたら3秒のうちにパクッと食べちゃって。もうそれ以来、ヒラメ見ると腹立ってしょうがない。魚どうしの相性と、あと水温ですね。好きな水温ももちろんある程度そろえてやらなきゃいけない。そして、アグレッシブな魚は避けたほうがいいですね。

温泉水で育てるブランドフグ

    次に、海水魚にとって快適な水とは何かについて、トラフグを使ってもうちょっと丁寧に説明したいと思います。トラフグは高いんですよ。1匹、1キロで5,000円ぐらいします。ですから、こんなでかいのを実験に使うと、お金がいくらあっても足りません。実際に実験に使ったのは1匹100円の小さいものです。種苗生産っていう言葉があるんですけれども、養殖する人は種苗の業者から買うんですね。1匹100円で、数グラムですね。

    • トラフグの低塩分耐性のグラフを見てください。先ほどと同じ海水の希釈率を示していますが、順番が逆になっています。左が100で海水、右側が淡水です。折れ線グラフが3日間の生残率です。海水に入れとくと全く死にません。75%希釈海水でも平気です。驚くことに5%の希釈海水でもどうにかなります。ところがそれより下がり、淡水だと50%に下がってしまいます。図を見て淡水でも生きられるんじゃないかとお思いかもしれませんけれども、もうちょっと長くなると死にます。3日間での生存率。そのときの生きている個体の血液の浸透圧を測定してみると、より明確です。300という数字が1つクリティカルな値として示されているところです。これを割るとうまく適応できないと考えられます。それを考えると、10%海水ぐらいまではどうにか生きていけるということになります。ですから海水魚というのは、意外としょっぱい海水から10分の1に希釈した海水まで幅広く生きられる。でも淡水では駄目なんだということになります。
    • 低塩分環境下におけるトラフグの成長のグラフ。これはトラフグを海水と25%に希釈した海水で8週間にわたって飼育し、体重と体長の変化、成長を見たものです。濃い色が100%、薄いほうが4分の1の希釈、25%に希釈した海水です。この話をすると、大体多くの人の頭に思い浮かぶのは、25%、4分の1に薄くしちゃった海水だと、まあ死なないまでも魚は我慢しているんだろう、堪え忍んでいるんだろうと思うかもしれません。でも成長を見てください。決して悪くないんです。グッと行っているわけではないですが、25%希釈海水でも、海水の場合と遜色なく成長する。25%というのはちょっと薄めですよね。40%ぐらいが本当はいいんですけれども、25%でもちゃんと成長できると。統計的には差がなかったんです。初めの段階でも25%のほうが高かったので、それが影響しているのかもしれませんけれども、決して堪え忍んでいるという感じではありません。
参加者

酸素の濃度は特に関係ないのですか。

金子

魚を飼う場合、もちろん酸素が不足するとまずいので、常にバブリングといってブクブクやっていて、酸欠にはならないようにしています。

参加者

であれば、淡水に近けりゃ近いほど酸素溶けやすいかなと思いますが。

金子

そうですね。でも、まあ、密度が低いですから。高密度で飼うと、そういう問題が出てきますけれども、十分大きい水槽で、十分エアレーションしていれば、それが問題になることはまずないですね。

参加者

グラフに影響するほどではない。

金子

高密度だともちろん影響します。何分にも1匹100円の小さいやつなんで、密度的に問題はないということになります。

    • ここまでのまとめです。魚の血液塩分濃度は、塩分濃度でいくと0.9%で、大体海水の4分の1から3分の1ぐらい。海水の魚は、エネルギーを使って、えらの塩類細胞から常に塩を捨てている。だから、ちょっと薄めだと随分楽なんだということになります。トラフグで調べたところ、10%希釈海水までは一応適応できる。しかも、海水と比べて25%希釈海水でも遜色なく成長できるということが見えてきた。以上のように、浸透圧調節のしくみや、その理屈から、希釈海水の有効性が見えてきたと。その応用として、希釈海水を使うと養殖がより効率的にできるんじゃないかという方向に向かっていくわけです。
    • さて、陸上養殖に希釈海水を使うメリットというのはいくつかあります。復習になりますが、魚にとっては浸透圧調節に費やすエネルギーを節約できる。100%と比べ、成長速度は同程度かやや早い。人にとっては、成長が早ければ出荷までの期間を短縮できるので、非常に有利になるわけです。また、海水の使用にかかるコストを削減できます。例えば、ここのキャンパスでは海水を2か月に1回ぐらい10トンずつ買っています。東海汽船の客船が八丈沖で船底のバラストにくんできた海水です。それを竹芝桟橋でタンクローリーに積み替えて持ってきてくれるんですが、10トン14万円です。だから1トンに換算すると1万4,000円です。もし山奥で海水魚の養殖をする場合、それを運んだら大変です。仮に半分で済めば、海水の値段が1トン7,000円で済む計算になるわけです。海から離れた場所でも海水魚養殖が可能になるのではないかということです。
    • そんなことを思っているときに、温泉トラフグをやってみましょうという話が出てきました。海なし県での海水魚養殖です。栃木県那珂川町の町おこしプロジェクトとして始まったものなんですが、中心人物の野口さんという方は私と同じ年ですけれども、この方から7~8年前に連絡をいただきました。地元の塩分を含む温泉水を使ってトラフグの養殖をやりたいんだけれども手伝ってもらえないかと。面白いんです。温泉とトラフグを掛けてブランド化しようという話です。
    • この温泉というのは那珂川町に湧出する天然温泉で、その温泉成分と排熱を利用しようというんです。トラフグは、海水魚の中では非常に養殖しやすい。噛み合ったりするところは面倒くさいですが、マグロなんかだと泳ぎ回りますけど、トラフグっていうのは、ちょこちょこ泳ぐぐらいで、そんなに遊泳力が強いわけじゃないから、陸上の狭いところでもかなり飼いやすいということになります。温泉とトラフグを合わせて「温泉トラフグ」というブランドを作ろうと。牛ですと神戸牛、魚関係だと関鯖とか、ブランドがありますね。ブランド化すると2割増しになるというようなことで、それを目指そうというんです。
    • 那珂川町というのは、ちょっと前まで2つに分かれていました。平成の大合併で合併してできたのが那珂川町です。那珂川に沿ったところなんですけれども、栃木県ですので当然海はありません。ここに出る温泉が海水の約3分の1の塩分濃度を含む。さっきの話は25%、4分の1でした。3分の1だったら全然問題なく飼えます。しかも、この温泉水には重金属が含まれていません。温泉でよく飲める温泉と飲めない温泉ってありますよね。有害物質である重金属が含まれてない場合、飲める温泉というわけです。飲める温泉でトラフグを飼えばきっと健康にいいだろうというのは、何か雰囲気としては悪くないなということです。
    • この那珂川町、ほんとにいいところで、低い丘がずっと続いていて、この丘を越えても向こうもきっと同じようなもんだろうなというぐらいに自然豊かなところです。過疎化が進んで小学校がつぶれちゃう。それで過疎化の影響で廃校となった小学校を使ってトラフグの養殖を始めたんです。教室の入り口の看板には、フグがいます。職員室を事務室代わりに使っています。町がただで教室を提供してくださったというものです。各教室に、14トンの水槽を配置しました。平成21年の写真ですが、私の髪の毛がまだあります。1,000尾の小さい稚魚を導入して、この温泉水で養殖、養殖というほどでもないですけれども飼育を始めたわけです。
    • そして、地元の温泉旅館、温泉ホテルで、試食会を実施しました。これは平成21年。結婚式場みたいなところで試食会の会場が写っています。手前にフグとアユ。那珂川町っていうのはアユが有名なんですね。キンギョもいます。この会場に大きな水槽を置いて温泉水を入れて、トラフグ、アユ、キンギョを入れて、それ越しに撮った写真です。先ほどの好適環境水じゃありませんけれども、淡水魚のキンギョ、海水魚のトラフグ、そしてこれはまあ、広塩性魚のアユが、3者、同じ水槽で泳げるということです。
    • このとき、普通の養殖フグと温泉トラフグの試食会で食べ比べをやったんですけれども、取りあえず「おいしい、おいしい」と食べたんです。正直言って、あまりトラフグを食べたことなかったんで、よく味が分かんなかったです。そもそもトラフグって、そんなに味があるもんじゃないんですね。雰囲気だけ、おいしくいただきましたということで。ただ、いろんなことを言う人がいるんですね。薄い温泉だっていうのが分かっているんで、「ちょっと水っぽいな」とか訳の分かんないこと言ってる。これは僕個人的にはそんなことは全くないと思うんですけれども、何か、思い込みっていうのは激しいもんで、「水っぽい」とか言うんですよ。で、それは困ったなというんで、次にやったのは「味上げ」ですけれども、それはまた後でお示ししたいと思います。
    • 平成23年には規模が膨らんで、今度は温泉プールです。何分過疎化がどんどん進んでますので、ちょっと前まで子どもがいっぱい泳いでたところが、今はフグが泳いでるという状況です。その時一緒に視察に行った、ウナギで有名な塚本勝巳先生が写真に写っています。
    • その会社は、トラフグ養殖をパックで売り出していて、これはトラフグ養殖キットです。これが意外とウケていて、今、全国10か所でやっています。フランチャイズっていうんでしょうかね。技術提供して、特に震災以降、東北のほうだと海が不安だというんで、陸上養殖でこれを始めた。全国で今10か所でやっているという話です。
    • 現在、年間2万5,000尾生産しているそうです。ここで面白いのは、フグの文化って西日本なんですよね。養殖しているのも九州と四国ぐらいです。下関とか、あの辺が有名ですが、関東や東日本ではトラフグを食べるという習慣はほとんどありません。僕も子どもの頃から、トラフグというのはほとんど食べたことなくて、トラフグの研究を始めるようになってトラフグを食べに行ったのが1回だけですかね。あとはちょこちょこ食べることはありますけれども、ちゃんと食べるのは1回しかないです。そのぐらいトラフグを食べないんですよ。でも、それは無限の消費地があるということになります。掘り起こせばいくらでも需要が生み出される。もしもこれを関西、九州でやっても意味ないです。栃木県、北関東でやるから面白いんですね。で、フグの食文化っていうのが、これから根付いてけば、どんどん需要も増えていくだろうという話です。
    • これに絡んでもう1つ話題があります。フグの毒について。テトロドトキシンという名前ですけれども、トラフグの場合は肝臓に毒がいっぱいたまっています。肝臓に毒があるがため、肝臓は食べちゃいけない、それでお店で肝臓を出す、肝を出すことは厚生労働省によって禁止されています。ただ、めちゃくちゃうまいところなんです。ですが、トラフグの毒っていうのは外因性です。外因性ってどういうことかというと、フグが自分で作るのではないです。海の中の生き物で結構フグ毒と同じ毒を持ってる生き物います。ヒョウモンダコとか、ツムギハゼとか。それも自分が作っているんじゃなくて微生物が作っているんですね。ですから、微生物がいない、きれいなところで飼えば絶対毒化しないんです。実際、養殖トラフグは毒化しません。してないです。ところが、30年ぐらい前、東大の水産実験所の先生が、テレビで「養殖トラフグは毒化しない」と一言言ったら大騒ぎになりました。毒化する可能性はもちろんあります。しかし、ふつう毒化していないです。だからといって食べて死んだらどうするんだっていうことになって、否定することに必死になっていました。
    • 養殖の様子を写真で紹介する金子さん

      トラフグを養殖する様子を写真で紹介

    • フグの肝を食べることに一生を捧げているくらいの僕の先輩が、長崎大学の先生をされていたんですが、その先生が言うには、養殖するときに、生け簀を底に付けずに浮かせれば絶対毒化しないという結論に達したんですね。それで、肝を食べましょうという運動をやっているんですけれども、いまだに許されていません。その先生は面白いことをやったんです。養殖トラフグ5,000匹の肝臓を取り出して毒があるかないか調べた。そうしたら1匹も毒化してない。それで、厚生労働省にデータを持っていって許可してくれと言ったんですけれども、駄目でした。その理由は、日本語には「万が一」という言葉があります。5,000匹では駄目なんでしょう(笑)。本当に5,000匹調べたんですよ。でも、真面目な話、もし1人死んだら、まずいですよ。だから、許可しないのは当然だと思います。
    • ということで、温泉トラフグ、絶対毒化しません。それは海水を使っていないからです。地下1,000メートルぐらいから掘り起こしている温泉水です。太古の昔は海だったかもしれませんけれども、そこに海の生き物がいるはずありません。それは誰が考えても間違いなく正しいでしょう。フグ毒が外来性のものであるということも、みんな知っています。証明もされています。そうなれば、あとは流通だけの問題です。シャッフルしちゃって混じって事故が起こる可能性はあるんで、例えば肝臓を取り出して真空パックにして、温泉トラフグ、これ「食べてもいい肝」とかいって売り出すと、いけるんじゃないかなと思うんですけれども。まあ、肝を食べることがそんなに大事だとは思いませんけれども、そういう可能性もあるというお話です。
参加者

このトラフグは、販売ルートというのは、海のトラフグとは違うんですか。

金子

販売ルートは違いますね。那珂川町というのは栃木県ですけれども、栃木県は海がないので県の統計自体にトラフグの養殖のデータがないんです。トラフグという項目は海面養殖という分類の中に入ります。トラフグを生産しているところは全国にあって海沿いの県での海面養殖としては各県の統計に載っているけれども、温泉トラフグは載っからない。ところが、自分たちがどのぐらい作ったかは重さも2万5,000匹でどのぐらいだとわかっているので独自に計算してみたら、いきなり都道府県別で10位にランクインしたんです。

    • その温泉トラフグですが、現在のところ流通は地産地消となっています。地元の温泉旅館とか料理屋に出している。それでもなかなか品物が追いつかないほど人気があるそうです。この温泉トラフグのブランド化によって、地域振興、町おこしを進めているわけですが、これは非常にうまくいっている例だと思います。ハコモノを作るということではなくて、その町独自のものをうまく利用して、しかも、アイデアのある人が力を合わせてやっている、その非常にいいモデルケースではないかと思います。

海水産よりも美味しい?「味上げ」トラフグ

    魚の味をおいしくする、「味上げ」の話が先ほど出ました。資料の味上げの原理のグラフは、ティラピアを使った例なんですけれども、ティラピアを淡水で飼っておいて、それを海水に入れて24時間たった時点でしめるとおいしくなるんです。ティラピアという魚は淡水でも海水でも生きられます。でも、淡水と海水で比べた場合、海水のほうがおいしい。同じ魚でも、淡水で飼っている場合と海水で飼っている場合を比べると淡水より海水がおいしい。それをさらに、海水よりもおいしくする方法がこれです。淡水で飼っていたものをいきなり海水に入れるんです。そして、24時間たった時点で食べる、あるいはしめる。そうすると、これが一番おいしい。

    • その理屈は、血液の浸透圧です。淡水で飼っているときがグラフの左のレベルです。海水にポーンと入れると、血液の浸透圧がぐっと上がります。そして、だんだん落ち着いて下がってくる。この落ち着いたレベルというのは海水に入れる前より高いんです。左端が淡水のレベルで、右のほうが海水移行24時間のレベルになります。
    • 浸透圧が高いと何がいいのかというと、実は筋肉に関係します。細胞の中には細胞内液という液体が入っていますが、血液の塩分濃度が上がると、細胞の中もそれに合わせるように浸透圧があります。その浸透圧は塩じゃなくても何でもいいんです。何かが溶けてればいいんです。細胞の中の浸透圧と血液の浸透圧は一致しています。そうしないと体が膨らんだり縮んだりするんですね。ただ、細胞の中、つまり筋肉の中の浸透圧は、かなりの割合がアミノ酸でできているんです。血液の浸透圧が上がると、その分筋肉中の遊離アミノ酸含量が並行して上がります。アミノ酸、特にグルタミン酸とかアラニンとかがあると、おいしくなります。
    • 「なぜ味が良くなるのか?」の図の青いバーが淡水中のアミノ酸含量。おいしさと考えてください。赤いバーは海水中のアミノ酸含量。このおいしさの移行は、24時間、18時間でもいいんですけれどもこの辺りがピークです。ここで食べれば、とってもおいしい。これを「味上げ」と呼んでます。
    • 温泉トラフグが、味が薄い、水っぽいと言われたんで、この方法を僕が開発したんです。これで本当においしくなっているのか、よく分かりませんけれど、数字の上では間違いなくアミノ酸含量は上がってます。何よりもサイエンティフィックにデータ出すことによって「やっぱり味が良くなったな」と言う人がいるんです。僕自身は味盲に近いもんですからよく分かりませんけれども、数字の上では間違いなくアミノ酸が上がっています。

図の中に「シンデレラ効果」と書いてありますが、それはどういう意味でしょうか。

金子

普通の淡水で飼っていたのを海水に入れます。そうすると一過的に味が上昇します。それで、もっと飼えばもっとおいしくなるだろうと思ってさらに海水に置いておくと、だんだん浸透圧もアミノ酸量も下がっちゃう。これを称して「シンデレラ効果」と呼んでます。12時過ぎると元に戻っちゃうから。

時間に限りがあるんですね。

金子

欲を出さずに18〜24時間たったところでしあめると、本当においしい魚ができるということです。

参加者

海水に入れる前と後で何倍ぐらい違うんでしょうか。スケールがないので。

金子

これは模式的に書いたので、実際はアミノ酸の種類によっても違います。例えばアラニンなどでは、3倍ぐらい増えます。これは一番過激な変化があったので出しているんですけれども、アラニンというのは甘みがあるんですね。だから刺身なら、刺身の甘みが増すということになります。ほかにも、アラニン、グリシン、グルタミン酸などの旨味成分、呈味成分になっているものが増えると全然味が変わってきます。味が濃くなるというんでしょうか。

    • 実用化を考えた場合、魚種を選定して、その塩分耐性を調べます。そして最適な条件を見つけ、実際にやってみてアミノ酸を測定してみたり、官能試験をやります。あとは現場でのシステムを構築すれば、あまりお金もかけずに養殖魚をワンランク上の味にすることができます。私は、これはニジマスでもできると思うんです。ニジマスでやるとしたら、もう商品名も勝手に決めてあります。「アジマス」です。ニジマスがワンランクおいしくなるんで、アジマス。この名前で回転寿司にでも回り出したらとっても楽しいだろうなと思うんですけれども。

ヒトも動物も塩がなければ生きられない—塩の科学と文化

    塩、NaCl、はとても大事なものです。NaCl、カリウムなどのミネラルの特徴は、体の中に貯蔵ができないことです。例えばNaClが100必要だとすると、必ず99〜101くらいなら必要なんだけれども、105あったら排出しなきゃいけない。95だったら少なくて死んじゃう。貯金ができないんです。実際、NaClというものは、化合物としてはなかなかないですよね。NaClは塩として粒になってますけれども、水に溶けるとすぐNaとClになってしまいます。それを蓄えておくところはないんです。

    • 日頃は、塩分を取り過ぎるから血圧が上がるとか言って、塩を悪者にしてますが、逆に少なかったらどうなると思いますか。それを考えてみましょう。塩は生命に不可欠です。摂餌の観点から見ると、例えば天然の動物、草食動物で山梨県のシカとしましょう。山梨は海がない、どうやってシカは塩を取っているのでしょう。塩を取らなかったら絶対動物は生きていけません。
      例えば牧場を見てみますと、牧場には必ずなめ塩が置いてあります。関崎先生、そうですよね。牧場には塩が必ず置いてあって、家畜がペロペロなめています。動物園にも、おそらくあると思います。見えるところにあるかどうかは別ですが。
    • では、戻って天然の草食動物はどうしているのか。海の近くなら海水をなめられる。では海がないところの草食動物はどうやって塩を見つけるんでしょう。体には蓄積できないし。岩塩かもしれない。でもその岩塩をどうやって見つけるのでしょう。匂いですか。塩ってあまり匂いしそうにないですよね。われわれでもその気になれば探せます。答えは、塩害です。津波で塩を被った田畑は、使い物にならなくなりますよね。
    • 植物は、マングローブみたいな一部の例外を除いて、NaClがあり過ぎる場所には育ちません。つまり、山の中で塩があるところには植物が生えていません。だから、よくテレビで見かける、ゾウやほかの動物が集まって泥をなめているとか、そういう場所というのは何も生えてないんです。だから分かるんだと思います。それ以外おそらく答えがないと思っていて、動物たちは山の中などで草木がないところがあると、動物はそこへ行って塩をなめているということだろうと思います。
参加者

アフリカの様子などテレビで見ました。

金子

アフリカに限ったことではなく、日本の山奥でも当然それはあるわけですね。ただ、私はここは植物生えてないからといってなめてみたことはないです。もし機会があったらぜひなめてみてください。

    • 塩と食事。人間も塩をいっぱい使っています。塩蔵品というものがあります。食料を保存するためにいろんなものを塩漬けにする時代がありました。今は保存の意味では重要性が下がってきていますが。例えば、塩辛ですが、塩辛を見るとわれわれはよく、この塩辛だったらご飯3杯いけるなとか、得意気に言うわけですね。おなかいっぱいでも、あ、これだったらまだ3杯いける。別腹だとか言うわけです。
    • 塩辛は塩ですし、ご飯は水なわけです。つまり、これだったら3杯いけるという表現を使って自ら自然に浸透圧調節をしている。これだけの塩分を取ったら、これだけの水を取らなきゃ、ということを体で感じているわけです。それだけ、浸透圧調節っていうのは意外と身近なところにもあるんです。
    • 次は、塩の文化。文化といえば、思い浮かぶのはお葬式から帰ったら、塩をかけるというもの。僕も今でもやっています。そんなに信心深いわけでもないのに、何かお葬式の帰りは塩で清めるということをやります。また、お相撲さんも塩で土俵を清めるわけですね。また料理屋さんの店先の盛り塩というんでしょうか。入り口に魔除けのようなもんでしょうか、清めるための塩が置いてありますね。
    • 歴史的にも塩は大変貴重で、交易では「白いダイヤ」とも言われていたようで、また、ギリシャの兵士の給料は塩で払われていたそうです。塩はソルトです。そこから来たのがサラリーという言葉だそうです。塩がそれだけ貴重なものだったわけです。
    • 塩を得るために、山梨県のシカのような草食動物でも大変な苦労をしていますが、日本よりはるかに広い大陸ではどうだったのでしょう。例えば、ヨーロッパの海のないところに住んでいる、ヒトや動物はどうやって生きるための塩を手に入れたんでしょう。不思議に思いませんか。海の近くだったら塩はいくらでも手に入りますが、ヨーロッパのような大陸の内陸で、塩というのはいかに貴重であったか。
    • ポーランドにヴィエリチカ岩塩坑というのがあります。ソルトマインです。数年前にたまたま行ってきたんですが、岩塩の鉱山です。深さ327メートル、全長300キロにわたって掘られていますが、この場所全部が岩塩です。さらさらした塩ではなく、完全に固い石です。当然なめるとしょっぱいんです。なめやすいところがあったので、なめてみたらしょっぱかった。そう思う人がけっこういて、後ろを振り返ったらみんなも同じところをペロペロなめてました。
    • この岩塩坑はもう何百年もの間掘り続けられています。ポーランドのこの場所はかなり内陸ですので、貴重なこの塩がこの地に富を生んだんですね。塩というのがいかに重要であったかがしみじみと感じられました。岩塩坑に到着すると、いきなり300メートルぐらいの深いところまで階段で下りていくんです。そして、最後はエレベーターというかリフトみたいのに乗せられて上がってくる。何年か前、南米の鉱山で作業員が地下に閉じ込められたことがありました。あの救出の時のカプセルみたいな、壁がないようなエレベーターに詰め込まれて、一気に上がってくるんです。非常にスリリングで、感動的でした。
    • 交易という意味でも塩はやっぱり貴重品でした。それで塩の道ができている。これは長野県ですけれども、塩尻など、塩がついた言葉がいっぱいあります。それは、この辺に住んでいる人に日本海側、太平洋側から塩を運んだ道なんですね。シルクロードみたいな道です。ほかに仙台には塩釜という地名がある。あそこは塩田の場所です。塩が付いた地名は多くて、しかも内陸に塩が付いた地名があるっていうのは、やっぱり塩が貴重であったということを示しています。身近なところでは、千葉の行徳も昔塩田でした。子供の頃釣りに行きましたが、何もない湿地帯で、塩田があって、その塩田でできた塩を運ぶのが、小名木川という真っすぐの水路です。そこから隅田川に出て日本橋のほうに持ってくるというルートです。われわれの身近なところにも、こういった塩を運んだ痕跡が残っているのです。
    • 最後に、塩といえば塩害。塩は貴重で大切にされてきたよい面もあるし、塩害を起こすという悪いところもある。宮城県の津波で冠水した農地ですが、一度塩が入ってしまうと、なかなか元に戻すことができません。ウズベキスタンの写真の農地も塩害によって植物が育たなくなってしまっています。
    • このように、塩は生き物にとって不可欠であり、いろいろな観点からも塩と人間、あるいは動物と塩との関わりがあるということを考えると、決して、単に高血圧によくないやつだというんではなくて、もうちょっと懐を広くして、いろんな観点から塩と接してみると面白いんじゃないかとに思います。
参加者

地球上にある塩の総量というのは一定ですか。

金子

一定だと思いますね。隕石でちょっと塩はあるかもしれないけれども、そんな頻繁に落ちてこないですし、出ていくのは、まあ宇宙飛行士ぐらいで、しかも戻ってこない宇宙飛行士もいないので、そんなに出入りはないと思いますね。

暑い季節になると脱水症状や熱中症にならないように、水分を多めに取りましょうと言っていますね。水分を取るときに一緒に塩をなめてから水を飲みなさいって言っていたんですね。そうしないと体に入っていかないよっていうのは、お魚の話と通じるところがあるんでしょうか。

金子

そうです。水分補給も大事ですが、NaClを補給するのも、汗で出ちゃいますので大事です。アイソトニック飲料というのがありますよね。アイソは等しい、トニックというのは浸透圧という意味です。浸透圧が等しい。血液とほとんど浸透圧が等しい食塩水というような意味です。それを飲むと水と同時にNaClが取れるし、水が吸収されやすいという利点もあります。汗の成分に近いとも言えます。浸透圧調節で大事なのは、塩だけ調節しても駄目なんですね。水と塩を同時に調節しなきゃいけない。だから、塩をなめて水を飲むというのは理にかなったやり方だと思います。

サイエンスカフェの全景

質問でさらに話題が広がっていきます

参加者

希釈海水のほうが魚が楽だということは、汽水域に魚が上がってきやすいということですか。

金子

浸透圧調節という観点からすると薄いところが楽なんです。ただ、餌が捕りやすいという意味では、また別になってきますね。浸透圧調節に関しては間違いなく薄いほうが楽です。ところが、その種が欲する餌がどこに多いかというのはまた別問題です。

    • 1つの例として、エスキモーの人たちはマイナス20度、マイナス40度のところに住んでいます。エスキモーの人たちは当然ですが人間です。きっと暑いのは嫌いだと思いますが、マイナス20度じゃないと生きていけないっていうことはないと思うんですね。では何でそこに住んでいるかというと社会的なものです。昔からそこに住んでいるから我慢しているというのが正しいんじゃないでしょうか。エスキモーの人たちに、どこに行ってもいいよと言ったら、カリフォルニア辺りに行くかもしれない。環境にうまく適応はしているんだろうけれども、歴史的に、文化的に、そこで生業というか生活をしてきたので今も寒い地方に住んでいる。ですが、その人たちにとってベストの気温というわけでは絶対ないと思います。
    • 同じように魚も、浸透圧調節からすれば薄いところがいいけれども、餌も含め生活圏としては汽水がよいかは別です。また、河口域の問題点は塩分濃度がふらつくということです。意外と困るのが、0.9%の前後で上がったり下がったりされるとやることを変えなきゃいけないということ。それだったらいっそのこと安定してしょっぱいところ、あるいは安定して薄いところにいたほうが楽ってこともありますよね。塩分濃度がふらつくっていうのは、その分余計な労力がかかっちゃうということで、ネガティブなことになるだろうということですね。
参加者

漁業と違う話になるかもしれませんが、オオサンショウウオとかカエルはたいていは淡水にいて、カエルが1種類だけ汽水域にいると、結構大騒ぎになるんです。お話伺って、さっきの淡水魚と同じ考え方で、結構、汽水域くらいが、好環境なのかなとも思うんですけれども。

金子

カエルの類だとほとんど淡水ですよね。唯一僕の知っている例外が、カニクイガエルというのがいるんですね。カニクイガエルというのは海にいるんですよ。それが唯一で、基本的には全部淡水で。

参加者

あれは汽水ですよね、海水というよりは。

金子

海水に行けるというぐらいですかね。一度触ったことあるんですけれども、なめなかったのでよく分かんないですけれども、基本的には淡水ですね。あと、カエルは変わっていて、ある程度陸上でも平気です。お腹が濡れていればいいんですよ。カエルはお腹で水が飲めるんです。水が飲めるという言い方は変ですが、お腹にアクアポリンという、水チャンネルと呼ばれる水を通す穴があって、お腹が湿ってると、そこから水を吸収できるという特殊な能力があります。だから体全体ドボンと水に浸かっている必要はないんですね。完全に乾燥しているのはもちろん駄目でしょうけれども、これは特殊な進化ですね。

参加者

両生類だとかなり乾燥に弱くて、水チャンネル的にいうと、えらがないだけで皮膚全体で交換しているから、今の淡水魚の考えと、ほぼイコールになるのでしょうか。

金子

両生類っていうのは非常に中途半端で、水の中と陸に上がったもののちょうど間ぐらい。だから、両生類っていうんでしょうけれども。完全に上がってきたものは、体から水が蒸発しないように、皮膚というか、かさかさの陸上服を身に着けて陸上に上がってきている。水の中に住んでいるやつは、そういうのはなかったわけです。それを着けて陸上に上がってきた人間がウエットスーツ着て海に潜っている、というのは何なのかよく分からなくなりますが。

    • 魚が一番困っちゃうのが、中途半端に進化しちゃったところです。脊椎動物は、もともと海にいて、その後川に上がってきたんです。それで、もともと海にいたときの血液の塩分濃度って海水と同じなんです。だから、今いる海の無脊椎動物の血液は海水と同じ塩分濃度です。それが脊椎動物の大元が川に入っちゃって、それで3分の1ぐらいに薄まったんですね。そこから脊椎動物の血液浸透圧の話が始まったわけです。
    • 魚のうち一部、魚まで進化したものは水に留まったわけです。それに対して陸に行った、イクチオステガという種類などが陸に最初に上がったと言われていますが、そいつらは陸上の生活を選んだ。魚は、血液の塩分濃度は低くなっちゃったけれども、そのまま水の中にいて一部はまた海に戻ったんですね。海に戻るときに、もともと血液の塩分濃度は海水と同じだったんだから、また海水と同じに戻せば本当に楽だったんです。ところがわれわれと同じ3分の1の塩分濃度を維持したまま海に戻っちゃったから、昔いた海が今はしょっぱく感じるようになってます。そこで非常につらい塩分調節、つまり塩類細胞から常に塩を出し続けないと生きられない体になっちゃったんですね。
    • これを僕はよく例えるんですが、田舎の山奥から東大に入って東京に出てきたと。東京で4年間生活して、原宿や六本木や麻布十番に行ったりして、ちょっとおしゃれな生活をして、4年たった時点で卒業して、何かの事情で田舎に戻ることになったと。戻って、昔と同じように野原を駆け巡る生活をするかというと必ずしもそうじゃなくて、車はBMWという感じのままで、田舎に引っ込んだわけです。つまり、戻ったときに、今までの経験をなしにして元に戻ることはできないんです。都会を引きずったまま田舎に戻ったのが今の海水魚です。だから、海がしょっぱい。それがなければ何も心配しなくて、同じ塩分濃度で楽々生きられたのが、中途半端に脊椎動物の道を駆け上ってしまった、その後に海に戻ったんです。
      もっとひどいのがいます。鳥まで行って戻ったペンギンとか、もっとカバぐらいまで行って海に戻ったイルカやクジラの類。そこまで行って戻るなよという気がするんですけれども。まあ僕に言わせれば海水魚までくらいかな。そこまで行ったんだったら淡水に留まれと言いたくなるんですけれども、潔くというか、果敢に海に戻っていった仲間が海水魚ということです。
    • 海水魚はとにかく塩を常に出さなきゃならない生活を強いられて、今の繁栄というか独特の地位を確立してきた。よく言っているんですが、私、生まれ変わるんだったら海水魚だけにはなりたくない、ということです。(完)
    • このページはJRA畜産事業の助成を受けて作成されました。

話題提供者の関崎さんの写真

話題提供者の関崎さん

2017年10月12日第29回のサイエンスカフェ「食欲の秋…聞いてみよう! ジビエの食中毒リスクとその対策」を開催しました。東京大学大学院生命科学研究科附属食の安全研究センターの関崎勉センター長(食品病原微生物研究室教授)より、近年環境保護や農作物を鳥獣害から守る害獣駆除の面からも広く推進されているジビエを切り口に話題提供。たとえ新鮮でも注意が必要な畜肉の扱い、動物が本来持っている菌等、食中毒リスクとその対策を紹介し、安全に食べるためのポイントについて、参加者の皆さんと確認し合いました。



○第29回サイエンスカフェ配布資料(pdf)(クリックすると開きます)
※以下、記載がない場合の発言は関崎氏のもの
※質疑応答は一部抜粋

ジビエとは?

    今日はジビエのお話しから入りますが、普通に飼われている家畜も同様に似たような危険性がありますので、それも併せてお話しします。最近ジビエというはやりがあるようで、食べる機会が増えてきたと思います。ジビエというのは、フランス語だそうで、もともとは貴族が野原に狩りに行って、ウサギ、シカなどを捕まえて、持って帰ってきて、友人や家族に振る舞うところから始まった、貴族の文化から受け継がれた伝統料理ということです(スライド2)。写真は、左はウズラ、右はシカ肉でしょうか。おいしそうな料理がいろいろ出ていますが、このあとの話を聞くと心配な点が出てくるかもしれません。

なぜジビエがさかんなの?

    最近、ジビエの消費が急拡大しています。いろいろな自治体でも地産地消とか、村おこし、町おこしということで、それぞれの土地のシカ、イノシシなどの肉を店内のレストラン、道の駅など、いろいろなところで食べさせてくれるようになっていて、それにかかわってジビエ振興協議会というのが発足しまして、ジビエの肉を安全に皆さんに提供するためにさまざまな取り組みをしようと、活動が行われています。各地にそういった活動はありますが、例えば北海道辺りは野生の動物がたくさんいますので、もう20〜30 年前からエゾシカの肉やクマ、トドなど、いろいろなものを食べる習慣があります。さらに近年になってその消費もどんどん増えて、もうどこに行っても食べられるような状態になりつつあります。(スライド3)

    • 野生の動物がどれくらいの数がいるかの推計です(スライド4)。野生動物ですから1頭1頭全部数えることは不可能です。そこで、ある一定のエリア内にこれだけいるから、それを広げて考えると、全体でこれくらいはいるだろうという推測です。それにも幅があって、本当の値は分からないんですけれども、現在言われている数はヒグマで2万頭くらいです。ツキノワグマが10万頭近く、シカ、ニホンジカ、これは本土ジカですが、260万頭、エゾシカが北海道の推定で65万頭、イノシシが88万頭。何万頭という数だけではちょっとピンと来ないかもしれません。しかし、ちょっと前はこんなにたくさんいなかったんです。それがものすごく急激な増え方をしています。(スライド5)
    • 急増したために、一番今困っているのが農作物の被害です。例えば、シカ(スライド6)。草原ののどかなところでシカが散歩しながら草を食べていて微笑ましい光景のようですが、ここは牧草地です。ここの草を刈ってウシに食べさせようと思って草を生やしているのに、シカが勝手に入ってきて食べてしまい、大損害になっています。冬になると、北海道では雪が降って下草が隠れてしまいますから、シカが食べるものがなくなってしまい、木の皮を片端からかじって取って、結果として木が枯れてしまう。そういう被害もあるわけです。
    • 最近は暖かくなってきて雪が積もらない場所も増えてきています。すると、生えている草がどんどん食べられてしまう。この被害が非常に甚大です。牧草だってちゃんとお金をかけて、種をまいて育てて、刈り取って乳牛に食べさせてミルクを搾るということをしているわけです。そのための餌が勝手に入ってきたシカに食べられる。しかも、シカはピョンピョンはねますので、牧草地に柵を作っても、たいがいの柵は飛び越えて入ってくるので、ほとんど防ぐのは不可能なんです。
    • イノシシの被害もあります(スライド7)。1989年、バブルの盛りの頃には25万頭くらいだったのが、今88万頭といわれるほど、シカと同様なカーブで急増しています。もともとそんなにたくさんいなかったのが、ものすごく増えています。
    • 結果として、多くの農作物被害が起きています(スライド8)。イノシシはたいがいのものは食べます。畑で育てている作物、ナスでもトウモロコシでもカボチャでも何でもです。それもきれいに列で栽培しているのを端から1列ずつ食べてくれればまだいいんですけど、むちゃくちゃに食べ散らかして、もうほとんど全部商品にならない状態にしてしまう。こんなふうに急激に動物が増えちゃった理由は、何だと思いますか。
澤田

ニホンオオカミがいなくなったということですかね。

関崎

ピンポン。オオカミはイノシシやシカにとっては天敵ですから、そうした動物がいると食べてくれて、数を抑えてくれます。結果、農作物が守られるということで、江戸時代あるいはその昔から、オオカミというのは畑にとっては神様として崇められ、オオカミを祀った神社がいっぱいあるんですね。映画の『もののけ姫』でもオオカミが神様みたいになっていましたね。昔から日本人には、オオカミがいてくれているおかげでイノシシが減って作物が守られるという考え方もあるんです。害獣が増えた理由は、ほかに何か考えられますか。

参加者

農業人口が減った。

関崎

おっしゃるとおりです。農業人口が減って耕作を放棄してしまった畑や田んぼがたくさんあるんですね。これもイノシシやシカが里山から下に下りて、出てきやすい環境を作っているということです。

  • あとは犬ですね。近頃はつながれてない犬なんて見たことないですよね。皆さん、鎖かリードをつけて、大事に抱っこしたりして。でも僕が小さい頃などは、首輪も綱もついてない犬がその辺に結構いました。そういう犬は街の中では野良犬、田舎に行くと野犬と呼ばれていましたが、そういう犬もいなくなった。こいつらもイノシシの子供なんかにとっては大敵でしたが、今はいないですね。さらにもう1つは、ハンターの減少です。ハンターは今、絶滅危惧種です。おかげでシカやイノシシは野山、里山でヌクヌク暮らしていられるわけです。
澤田

ハンターが少なくなったことにも理由があるんですか。

関崎

理由は分からないですね。昔から同じくらいの基準で資格を与えているんですけれども、はやりが廃れたというんでしょうかね。今ハンターをやってらっしゃる方はかなり高齢化が進んでいるんです。高齢になると、鉄砲を撃つのがだんだんできなくなってきてしまう。それで、罠を仕掛けて取るということになります。罠というのは、目で見ていて罠を動かすわけじゃなく、たまたま通りかかった動物が仕掛けてあった罠を踏んじゃってカシャッと捕まる。だから、取らなくていい動物が引っかかっちゃったりしています。

    • つい最近、テレビでも天然記念物のニホンカモシカがシカの罠にかかってしまって、抜け出そうともがいているのを助けてあげようとしたら、そのニホンカモシカが大暴れして、ショックで死んでしまったというニュースを放送していました。このようにハンターの数が減っているということも一因としてあります。それから、温暖化が進んで冬でも雪をかぶらないために草がむき出しになっている。すると、シカの餌が冬でも目の前にあるので、それでまた増えてしまう。
    • お話の出ていた耕作放棄地について、耕作放棄地の面積の推移を表したグラフがあります。1923〜2004年までの様子を見ると、バブルの頃から急激に増えているんです。耕作放棄地面積の推移の線と照らし合わせると、シカ、イノシシの類いも同じ頃から耕作放棄地の増加とともに急に増えているんですね。

野生動物の隠れ場所が増えたせい?

    もう1つは山です。山に木がいっぱいあります。動物が隠れる場所がいっぱいあります。実は昔は日本の山はそれほど木ばかりではなかったんです。特に江戸時代に森林の破壊がどんどん進んだらしく、画面の浮世絵にあるように里山はほとんどはげ山です。動物が隠れる場所はありませんでした。明治に入ってから営林署ができて、木を一生懸命植えたので、山というと木にいっぱい覆われて、その下には草がいっぱい生えているようになりました。イノシシもシカも隠れる場所がいっぱいできて、その結果、数が増えています。

    • 日本のオオカミが絶滅したのは1905年です。先ほどの耕作放棄地の関係のグラフはバブルから始まってしばらくたってから急に増えていましたね。それよりはるか昔にオオカミはもういなかったんです。もちろんオオカミは1つの大きな理由だと思うんですけれども、オオカミがいなくなったからだけじゃなくて、いくつものいろいろな要因が重なった結果、絶滅危惧に近かった野生動物が急激に増えて、とんでもないことになっているというのが現在の状況です。
    • このまま放置していくと、野山も作物も荒らされて、やっていけないですし、野生動物はこれからお話しするようないろいろな病気のもとになるものを持っているわけだから、やはりある程度数を抑える方向で、かつ仲よく生きていく方策を講じなければいけないだろうということで、その一番の方法が、ジビエとして食べる、命をいただくことではないかという話なんですね。
    • 北海道は昔からエゾシカの被害をどうしたらいいだろうと悩まされています。シカの肉はもともとおいしいので、いろいろなところで食べられるようにしたらいいだろうと、ずっと活動が続けられています。一般社団法人のエゾシカ協会というものがあって、エゾシカの肉をおいしく食べ、それだけではなく、衛生的にもきちんとした扱いをしましょうという取り組みをずっと続けています。これだけではなく、日本全体でもジビエをもっとたくさん、しかも安全に食べられるようにということで、今、いろいろな取り組みがなされています。(スライド9)

野生動物がもつ病気、病原体

    野生動物ですからいろいろな病気、病原体を持っていて、それを食べてしまって病気になってしまったという例がたくさんあります。全部挙げるときりがないので、幾つか気になるものを紹介します。(スライド10)

    • はじめに紹介するのは寄生虫で、トリヒナというもの。旋毛虫という寄生虫が、筋肉の中に寄生し、それを食べることによって、この寄生虫に人間が感染してしまう。実はこの事例よりもっと前にも東北地方ではツキノワグマで、北海道ではヒグマで同じような事件がありましたが、これが結構大きい事件で、何と旅館でツキノワグマの刺身を出したんですね。
    • 北海道では肉を食べるのにルイベという食べ方があります。冷凍、凍結状態を何回か繰り返すと肉に入っている寄生虫が死んでしまいます。凍結状態にすれば寄生虫が死ぬから、そうすれば食べられるということで、凍結を繰り返して作ったものをルイベと呼びます。もともとアイヌの方がヒグマを生で食べるためにそのような食べ方を自然に身につけたものだそうですが、今ではサケの刺身もルイベといって作っています。そのようなきちんとした処理がされていれば恐らく大丈夫だったろうと思うんですが、それが十分できていなくて、旅館の料理で出してしまったものですから、資料にあるように400 人を超える人が食べてしまいました。
澤田

大きな旅館ですね。

関崎

そうです。期間として冬の間3か月くらいにわたって出したんですよ。だから、大勢の方が繰り返し食べて、結果としてその172人がかかった。全員がかかるわけではないところが怖いんです。みんなかかるのなら、誰も食べなくなるんですけれども、当たる人と当たらない人がいる。食べた肉片の中にこの虫がいたからかかったけれど、そのすぐ隣のスライスにはいなかったから大丈夫ということが起きるんですね。それで、「危ないですよ」と言っても、おいしい、おいしいと食べに来てしまうんです。

参加者

これはこの肉を食べたい人が来ているわけじゃなくて、たまたま泊まった方が料理で出てきたから食べたんでしょうか。

関崎

恐らくこの旅館が、この時期クマありますとか、看板として出していたんじゃないでしょうか。それをお客さんが見て、ああ、今この時期なんだ、おいしいんだねと言って注文したのか、そもそもコース料理の中に入っていたのかもしれない。

参加者

ツキノワグマは北海道でしょう。

関崎

ツキノワグマは本州です。北海道はヒグマです。ヒグマでも同じ事件が少し前に起きているんですけれども、その場合はハンターの方が撃って、生で食べて起きたことなので、余り人数は多くないんですよね。それから東北地方でツキノワグマでもありましたが、それもご家族で食べたというケースでした。それが、この東北の旅館のケースはお店の料理で出したものですから、とてつもなく大勢の方がかかったというので、皆さんの記憶に焼きつくような事件になったんです。

    • つい最近、調べて驚いたのですが、去年茨城県でも発生したらしいですね。これもクマ肉のローストです。ローストなんですが、たぶん十分中心まで焼けてないものを出したんだろうと思います。31人の方が食べて、そのうち21人が発症しています。残り10人の方がおいしい思いだけをして、21 人の方が苦しむという結果になっています。
    • このトリヒナは筋肉の中に入っています。どんなに表面をきれいに衛生的に取り扱って焼いても、筋肉の中に入っていますから、中に火がちゃんと通ってないと駄目です。
参加者

ミディアムなら大丈夫なんですね。

関崎

駄目です。

参加者

ウェルダンは。

関崎

ウェルダンでも保証できません。それは、E型肝炎というのがあるからです。肝炎のウイルスなんですが、肝炎ですから肝臓か血液の中に入っています。ですから、肝臓はもちろん駄目。肉だとしても、血液がめぐっていますから、外側をきれいにして衛生的に扱っていますよといっても、内部のほうに入っているとアウトです。

    • こうしたケースでは何を食べて感染しているのか。冷凍の生のシカ肉。野生のイノシシの肝臓(生)。例えばイノシシのバーベキュー。これもたぶんきっちり焼けてなかったものを食べたんでしょう。野生イノシシの肉でE 型肝炎。これも結構な確率で当たっていますよね。長崎県のバーベキューの場合は12人の方が食べて、5人と書いてあるんですけれども、5人のうち2人はかなりひどくて入院するような症状。さらに3人の方が病院で検査を受けたら、あなたは肝炎を発症していますよと言われました。残り6人の方は何の症状もない。おいしい思いだけをして。ただ、血液検査をしたら、血清の中に抗体があって感染していたというのが分かったんです。感染しなかったのはたった1人だけという状態です。これもウイルスですから、中心が生の肉だったらアウトとなります。
    • サルモネラ、皆さんよくご存じだと思います。食中毒の原因となるサルモネラ。それから、EHEC(EnterohemorrhagicEscherichia coli)と略してありますが、O157 をはじめとする腸管出血性大腸菌。食べたのは、シカの生肉、シカの肉の刺身、シカ肉の琉球。琉球はほとんど生の状態で、醤油とかゴマ油とかを混ぜたものに漬けた、ヅケみたいな感じの食べ方ですね。
    • サルモネラやO157はもともと腸管の中、うんちの中にいます。ですから、肉を解体処理する時にうんちが絶対くっつかないように注意を払って、衛生管理してくれればこれらの病原体に関しては大丈夫です。でも、さっきのトリヒナとかE型肝炎は駄目だということになります。
参加者

ノロウイルスはジビエにはないんですか。

関崎

ありません。ノロウイルスはどこで増えるか。分かっていることは、人間の腸の中の細胞でしか増えないということです。よくかかるのはカキですよね。カキを生で食べてかかる。カキの中では増えません。カキは水の中に入っているノロウイルスをため込んでいるだけなんです。それを人間が生で食べてノロウイルスに感染しているんです。あとはヒトからヒトへの感染ですね。

参加者

ジビエにはノロウイルスはいないんですね。

関崎

ないです。ノロに関しては大丈夫です。

食肉の処理・検査の体制について

    ふだん我々が家畜と思っているウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、そして家禽、ニワトリ、アヒル、七面鳥、ウズラ、これに最近はダチョウ、ホロホロ鳥、キジが入っているんですけれども、これらはまず人間が、肉にして食べようと思って飼っています。ですから、管理された環境、牛舎、豚舎の中を結構きれいにお掃除します。それから動物を入れて飼います。病気になってしまったら大損害ですから、きれいにします。場合によってはブタなんかは、子ブタの頃は抗生物質も結構与えます。そうしないとすぐ病気になっちゃいますから。(スライド11)

    • しかも人間が与えた餌しか食べられません。人間がこれを食べなさいと言って与えます。それも計画的に、今はこれをこのくらい食べて、「おいしくなあれ」と言って食べさせるわけですよね。
      こうするとサシが入るからとか。
    • きれいに管理され、飼われた動物も、こちらの四つ足の動物は「と畜場」というところで解体されますが、その際にと畜検査員は、都道府県、政令指定都市の職員の方なんですけど、100%獣医師です。と畜検査員は獣医師でなければならない。その人たちが、動物がまだ生きている状態から異常がないかというのをよく見て、解体された中の肉、内臓、すべてに目を通して、少しでも異常があったらそれは廃棄処分にするというように、きっちり検査しています。
    • 鳥に関しても食鳥処理場という場所があって、食鳥検査員というのは全員が獣医師ではないんですが、食鳥処理場1か所には必ず獣医師がいなければいけない。訓練を受けた検査員の方が見るんですが、検査員の方がちょっと自信がないなという時にはちゃんと獣医師の方にそれを見せて、最終判断を仰ぐという形にして、ちょっとでも異常があったら廃棄です。私も獣医師なんですが、見学させてもらった時、結構な割合で、これ駄目、はい駄目ってやってるんですね。駄目ってされちゃったやつをパッと見るとよく分からないから、「これ、どこが駄目なんですか」と聞くと、そこだろと言われて、見ると、こんなに小さなポツンという点が肝臓にある。それでもう廃棄です。
PowerPointで説明する関崎さんとファシリテーターの澤田さんの写真

野生肉利用拡大の背景を解説

澤田

その点というのは、つまり虫であったりとかですか。

関崎

何らかの感染があったから、結果としてそういうのができているんですね。

澤田

普通の状態では、そういった白い点みたいなものは出てこないんですね。

関崎

全くない。まっさらきれいなものだけが市場に出回っています。そういうきっちりした検査をしなければいけない。こういう四つ足や家禽を処理する場所は、四つ足はと畜場、家禽は食鳥処理場です。定められた場所でやらなければいけないと、決まってます。そのようにきちんと検査されて衛生的に管理されたものだけが、スーパーの店頭とかに出てきて、我々が食べることができるわけです。

ジビエの食肉処理・検査体制はこれから?

    これに対してジビエはどうか。まず環境。どこに住んでいるのかが分かりません。人間に見
    つかるのが嫌いな動物ですから、山の中、草むらの中に隠れていて、泥をほじくったりして暮
    らしているわけです。だから何を食べているか分からない。

    • シカは草食動物だといいますが、シカを捕まえてお腹を開いて胃袋に何が入っているかを見ると、草以外のものも時々入っているんですね。サワガニが入っていたりもします。何を食べているか分からない。困ったら何でも食べてしまいます。
    • その上、こうした肉は特用家畜といって、と畜場や食鳥処理場で処理しなければいけないという法律はないんです。場合によってはハンターがドーンと撃って、その場で山の中でさばいて肉だけにして担いで持ってくるということもあり得るんです。今までは衛生管理は全くされていませんでした。これではいけない、ということで、きちんとしましょうという動きが出ています。もともと危ないんだから、それに応じた調理法をして、安全な形で食べなければいけないということを、まず分かっていただきたい。
参加者

食品衛生法が厳しくなって、ジビエに関する害獣の場合でも、所定の食品衛生法に則った施設で種類も分けて処理をしなければ流通ができないというふうになってきたと思うんですけれども、リスクが高いものは、自己消費をするものについて法律がないのでリスクが高いということですか。実際に店頭で売っているものに関しては、リスクは小さいと考えていいんでしょうか。

関崎

個別に事情が違うと思いますので、一概には言えないと思います。おっしゃったように、食品衛生法というのがありますので、解体して肉にしたその先はちゃんと食品衛生法に則って流通させなければいけないということになります。でも、現状では解体するまでの段階に縛りがないですね。

澤田

獣医師による目視や科学的検査に関しては全国統一ルールで、これは条例でなく国のルールですね。

関崎

と畜場法というものと、長い名前ですけど略して食鳥処理法という法律があります。それに則って北海道から沖縄まで同じ基準で行っています。

澤田

本当にきちんと実施されているんでしょうか。地方はやはり獣医師も不足気味なのでしょうか。

関崎

と畜検査員は必ずいなければ、解体して食肉として流通できませんので、そこには絶対獣医師が張りついていなければなりません。それで、むしろほかの部署がちょっと手薄になっちゃっているんです。

参加者

ではこのルールを適用している動物については、間違いなく安全だということが言えるわけですね。

関崎

一応衛生的ということですね。それからちょっと気になるのは、目視ですね。目で見てオーケイならオーケイなんです。しかし、先ほどのトリヒナやE型肝炎などがもしあっても、目で見ただけでは分かりません。後でお話ししますが、動物はほとんど病気にならないので、ウイルスを持っていても見ただけでは分からない。

参加者

症状が余り出ないということですか。

関崎

ほとんど出ないです。ですから、ジビエだけじゃなくて、最初に言った家畜でも生は危ないのが少しありますよ、ということです。

参加者

海外から今いっぱい肉が入ってきているんですが、海外の基準というのは輸入する際には日本の基準に合わせたものが入ってきているんですか。

関崎

どんなものでもそうですが、輸入する場合には日本国内の法律と基があって、それを満たしていない場合には流通させません。日本では使わない農薬を使った外国のものが入ってくるんじゃないかなど心配される向きもあるかと思いますが、日本国内で流通させる場合には日本の法律を適用しますので、海外のものも日本とは違うやり方で出してきたものはアウトになります。

参加者

では、海外で食べる分には、基準は違うということですか。

関崎

:違います。例えばレバ刺しですが、日本ではレバ刺は食べられないけど、韓国に行ったらいくらでも食べられますから、韓国でレバ刺しを食べ感染している人はいっぱいいます。

参加者

検査では、目視で引っかかったものが科学的検査に行くんですか。

関崎

そうです。目視で何らかの異常があった場合にきちっとした精密検査に回します。その検査では遺伝子検査などいろいろなことをします。

    • 例えば先ほどの例のように1 つの臓器にポツンと点が1 つあって、ここで駄目だよという場合、そこで終わらないんですね。臓器と肉のほうにちゃんとナンバーがついていて、臓器で何かあると、肉のほうも外されてとストップになります。臓器のほうも全部検査して、肝臓が変だったら肝臓だけじゃなくて、心臓とか脾臓とか肺とか、ほかの臓器も全部検査をします。2つの臓器から同じ病原体が見つかったら、肉も全部廃棄するくらい、きっちりとやります。目視で大丈夫なのかという心配はあるんですけれども、目視で出てくるようなやつは間違いなくきちんと検査されています。でも、さっき言ったようにE 型肝炎のように動物に何も症状が出ない場合にはどうしようもないわけです。

見えない感染を防ぐ

    平成23年に起きた富山の焼肉チェーンのユッケの事件が大問題になって、その年のうちにユッケ、生の牛肉について相当厳しい規格基準ができ、翌年には牛のレバ刺しも完全禁止になりました。レバ刺しが禁止になる直前は世間では大騒ぎで、今まで食べたことのない人までが食べて急に食中毒が出たりしましたが、それも平成24年の4月からは食べられなくなりました。

    • ウシのレバーが食べてはいけないことになって、どうなったかというと、何と食べちゃいけないブタのレバーを刺身で出すところが増えました。特に東京近辺ではそういう店が多く出てきました。それも、とうとう一昨年6月、ブタもレバーだけでなく肉も全部、生は駄目だということになりました。ブタは特にいろいろな病原体がいる可能性があります。先ほどお話ししたように食べても全員が食中毒になるわけではない。ブタもそうなんです。めったに当たらないんですけど、当たったら「当たっちゃった」では済まされないことがいっぱいありますので、禁止となりました。
    • 厚生労働省が出している「豚肉や豚レバーを生で食べないで!」というチラシの続きに、調理する時の注意点があるんですが、そこにはイノシシやシカなどの野生鳥獣の肉、内臓も生で食べないでくださいと、すでに書かれています。なぜなら、生で食べた人がE 型肝炎ウイルスに感染して死亡した事例があるからと書いてあります(スライド12、13)。改めてE型肝炎のことがここで問いただされているので、少し詳しくお話しします。
    • E型肝炎については、「イノシカトン(猪鹿豚)」と覚えておけばよいというふうに、僕は習いました。最初に話を聞いた時には、どうもE型肝炎は野生のイノシシや野生のシカが持っていて、それが飼っているブタにもいつの間にかうつっちゃったみたいだ、というふうに説明を受けました。(スライド14)
    • E型肝炎にかかったらどうなるか。先ほども紹介しましたが、みんながみんな発症しているわけではない。多くの方が、かかっても症状も出さず何事もなく経過して治っています。それならばいいのですが、中には肝炎で、肝臓がやられて、いろいろな症状が出る方もいて、場合によっては入院が必要なほどの劇症型の肝炎を発症する可能性があります。劇症型を発症すると命が危ないです。亡くなった方は、劇症肝炎になったんですね。通常、死亡率は1〜3%ということですが、これは世界的な数字です。日本はここまで行ってないと思います。ですが、注意していただきたいのは妊婦さんです。妊婦さんが感染すると非常に死亡率が高くなります。劇症化を起こしやすいです。
    • その理由は、臓器移植を想像してみてください。臓器移植というのはほかの人の臓器をこちらの体に移すわけですから、他人のものが入ってくるわけです。普通は他人のものが入ってくると拒絶反応というのが起きて、臓器移植というのは要するに拒絶反応を抑える作業の戦いだと、よく聞くと思います。拒絶反応を抑えていれば、この臓器がそこに定着して、動いていてくれるうちに自分の細胞がだんだん増えてきて、いつの間にか自分の中にちゃんと受け入れられる、そうなることを狙っているわけです。
    • 一方、妊婦さんも実は自分じゃないものを自分の中に入れているんです。お腹の中に入っている赤ちゃんは、半分は自分なんですけど、生物学的には半分は他人なんですよね。その他人のものをお腹に入れてちゃんと安全に育て上げるために、免疫機能がいつもとちょっと違った状態なんです。異物が入っても受け入れていいよという状態になってます。そうしないと赤ちゃんが出ていってしまいます。だから、そうならないよう特殊な体調にいるわけです。
    • 特に妊娠初期の頃は胎盤がまだきちんとでき上がっていなので、お母さんの体が赤ちゃんを異物と考えやすい状況にあります。胎盤がきちんとできていて、血液が直接の交流をしなくなるような状態になって、安定期に入ればいいんですけど、本当に妊娠の途中までは危ない状態にあります。そうなると、免疫が普段より落ちているという状態になりますから、病原体は普段よりもずっと増えやすい。それで妊婦さんがいろいろな状態になった時に重症化しやすいということなんです。ですから血の滴るお肉、レア、ミディアムレアとかは、特に妊婦さんはその間だけは辛抱してください。それはぜひお願いしたい。
    • 先ほどイノシカトンの、イノシカが一番にあって悪者のように言われていたんですが、実際E型肝炎が出た患者さんが何を食べて、どれくらい出ているかというのを食品安全委員会がデータとして出していましたのでお借りしてきました(スライド15)。色分けしてありますが、西日本はオレンジ、イノシシです。その上の黄色はイノシシとシカで近畿に多いですね。この辺りはほかに、クマもありますね。東日本、北日本に行くとブルーの部分が増えています。ブルーは何か。ブタです。イノシシでもシカでもなく、ブタなんですね。恐らく十分加熱していない豚肉を食べて、結果としてE 型肝炎になってしまった患者さんが累積するとこんなに出てきます。
参加者

イノシカトンがE型肝炎ウイルスを持っている割合は、どの程度なのでしょうか。

関崎

イノシシ、シカよりも普通の家畜のブタのほうが割合が大きい。これはE型肝炎に対する抗体を見ればわかります。抗体というのは病原体が体に入ってくると、それを攻撃するために免疫ができますが、免疫の一番の立役者といいますか、血液の中にできてくるタンパク質です。特別にE型肝炎だけを見つけて、そこにくっつくタンパク質です。相手をちゃんと見て、違う菌なら違う菌の抗体ができます。サルモネラはサルモネラの抗体、E型肝炎ならE型肝炎の抗体、インフルエンザならインフルエンザの抗体ができるんですが、感染した体内にはその抗体ができますので、抗体があるかどうかを見ると、感染したかどうかが分かるんです。

    • 初期の頃はそういう技術がなかったので、ウイルスを直接検出するという方法でした。それはウイルスがRNA ウイルスといって核酸を持っているんですけど、RNAを検出するという方法は比較的簡単にできます。それで調べていた時には、飼っているブタはほとんどウイルスがいない状態だったので、イノシシやシカなんだろうと言われていました。
    • その後、抗体を見つけるという技術ができ上がって、改めて調べてみると、1か月から6カ月齢で、もう1か月齢からちょっと出てます(スライド16)。それが抗体のどのくらいの量があるか。陽性率はどんどん上がっていって、4か月齢ではもう100%です。飼っているブタはすべてE型肝炎にかかっているんですね。
    • でも、ブタは病気にならないです。ほとんど何の症状も出ません。6か月齢、トンカツになっていい頃になっても何も出なくて、出荷される頃には治ってしまっています。だから、ウイルスは見つからない。だけど抗体はあって、本当にかかったよという証拠が残されちゃう。ブタのお母さんもちゃんとしっかりかかっているんだなと思いました。
参加者

ヒトがE型肝炎に感染する時は、加熱が足りてないお肉を食べた時ということだけど、ブタは何か食物を食べて感染するのですか。

関崎

たぶんお母さんがかかっているので、お母さんから子供にうつるんだと思います。

参加者

常にどれかのブタがかかっているから、互いに感染し合っているということですか。

関崎

そうですね。お母さんも100%かかっているわけです。お母さんも育つ間にかかって、そのお母さんが完全にウイルスなしにはなってないので、それが入ってくるんだろうと思います。

カフェならではの近さが魅力

カフェならではの近さが魅力

  • 抗体の状態を見ると先ほどのグラフのような感じなので、子ブタ同士の間でもうつる可能性もありますね。まだ疫学的状況がよく分かってないので、具体的な方法は分からないですが、子ブタもきれいな状態で、1匹だけで飼っていれば、恐らくずっとかからないままで過ごせるんじゃないかなと思います。このウイルスがちゃんと分かるようになってから時間がたってないので、いろいろなことがまだ分かってないんですよ。この抗体の状況も本当につい最近、3〜4年前の成績です。

      • さっきのグラフのあった抗体の検査とウイルスの検査の比較です(スライド17)。抗体保有率はさっきの棒グラフと同じで、90 %になってますけど、大体100%まで行くだろうという感じになります。一方、ウイルスというのは3か月、4か月の頃にはすごく検出できるんですが、そこから先、もうトンカツスタンバイの出荷時期近くになるとウイルスは見つからないんです。今は、大体180日齢でお肉になっちゃうんですが、養豚の技術が進歩して、そんなに長いこと育てなくても大きく育って肉もいっぱいあってという状態にどんどんなりつつあります。養豚場によっては180日もかけないでもうちょっと早く、160日くらいでもううちのブタは十分トンカツだよといって出しているところもだんだん増えてきていますね。そうなっちゃうと、治らないうちに肉になって市場に出ちゃう。
      • 実際、日本のスーパーで売られているブタのレバーを国立感染症研究所の先生が調べたら、都内で売られているブタの肝臓の30%くらいだったかな、ウイルスが検出されたと言ってました。生で食べる方はいないと思いますし、加熱すれば全然問題ないですけれども。割合からいったらイノシシよりもブタのほうが要注意ということになります。

    三大食中毒菌にも注意を

      それ以外でよく見つかるのが、腸管出血性大腸菌、O157、カンピロバクター、サルモネラ。三大食中毒菌です(スライド20)。これらはデータでもよく数字が出てきます。腸管出血性大腸菌に関しては、普通に飼っているウシの約20%がうんちの中に持っています。これは動物に何も病気を起こさないので、持っていても分かりません。症状も、臓器の病変もなく、全く分からない。と蓄場でも検出できません。

      • と蓄場では、肉にうんちがくっつかないように、内臓を出した後は、内臓を処理するラインと肉を処理するラインは完全に分けています。部屋も分かれています。肉にした状態で表面をジェット水流の消毒液できれいに洗い、クリーンゾーンというところに運ばれます。内臓はダーティゾーンに運ばれて、そこから先は2度と肉と出会うことはありません。ただ、お店に届いてから一緒になることはあり得ますが。そこまではずっと会わないという処理のされ方です。ですから、と畜場での処理がきちんとされていれば、肉に汚染はほとんどないはずです。
      • 腸管出血性大腸菌は、ブタでも検出されています。ウマの場合には極めて低いです。同じ草食動物でもウシとウマとでは違っていて、ウシは胃袋で消化します。第1胃という大きな胃袋があって、そこには微生物がいっぱいいます。そこで植物を消化して、揮発性の脂肪酸にして吸収し、それを元に体を作っていく。ウマはその草を盲腸、大腸。盲腸で分解します。だから、もともと大腸菌は大腸にいますが、大腸内の環境がウシとウマでは全く違うんです。ウマからはまずほとんど見つかりません。カンピロバクターも、ウマからはほとんど見つかりません。サルモネラは結構見つかりますが、ウマから見つかるサルモネラは人間に害を及ぼすタイプでないケースが多く、ウマからのサルモネラはほとんど問題になっていません。
      • 一方、ヒツジ、ヤギは腸管出血性大腸菌を非常に高い率で持ってます。ヒツジ、ヤギを触ることはめったないかもしれませんが、イベントでふれあい動物園などをするときには、ウシは大きくて大変なので、ヤギとかヒツジがいることがありますね。かわいいかわいいと言って触っていると、そのかわいい動物たちの口の中に腸管出血性大腸菌がいる可能性があります。
    参加者

    同じ羊蹄類のカモシカも同じことが言えますか。

    関崎

    同じだと思います。詳細な数字は分からないんですが、シカで3%という数字が出たんです。そんなにたくさん調べてないのですが、同じようにいる可能性はあります。ちなみに上野動物園ではこういうのをちゃんと認識していて、あそこのふれあい動物園のヒツジ、ヤギたちはきちんと検査されています。でも、動物が何を持っているかは分からないですから、万全だと思っても動物を触った手を洗わないままでおにぎりを食べたりしちゃ駄目ですよ、ちゃんときれいに手を洗ってからにしてくださいと、ちゃんと貼紙がされていて、そういうのも教育の1つになっています。

    澤田

    上野動物園くらい大きくなると、きちんとしているかもしれないんですけど、最近は近所の小さな公園とかでも開かれていますね。

    関崎

    日本国内でも何件か、きちんとした動物園のふれあい動物園で感染しちゃった事例があります。アメリカでもあるんですけど、日本でもあります。

    澤田

    親は気をつけないといけないですね。

    関崎

    これに限らず、我々に何か害を与えるけれども動物には何も病気を起こさないという病原体はいっぱいあります。いつどこにそれがくっつくか分からないので、動物たちをかわいがった後は、必ずきれいに手を洗ってからご飯にしましょうということです。

    参加者

    普通に石けんで手を洗うということですか。

    関崎

    はい。石けんでよく洗えば、1000分の1くらいに菌の数が減ります。要するに病原体が強いか、人間が強いかのどっちかですから、あいつらの数をぐんと減らせるなら、ちょっとくらい増えても病気にはならないと言われています。この菌の場合100個くらいでもなっちゃうけど、100のやつを1000分の1にすれば0.1になっちゃいますからね。もうほとんどないに等しくなっちゃいます。

    参加者

    E型肝炎ウイルスなんですが、健常人キャリアというのはいるんでしょうか。

    関崎

    いると思いますが、今回時間がなくて、そこまで十分調べられなくて、分かりません。食中毒の統計というのは厚生労働省から出しているんですけど、E型肝炎になると食中毒でなくて感染症になる。そうすると、どこに出ているのかちょっと見つけられなくて。

    参加者

    E型肝炎ウイルス自体珍しいし、日本でも急増しているということですよね。ただ、わからない部分が多くて、健常人キャリアがいるということだと、たとえば調理師が健常人キャリアである可能性がありますよね。お肉とかは加熱でパスできるけれども、まな板、包丁などからサラダなど生ものに付着してというような心配もしなきゃならないのかなと思って、質問させていただきました。

    関崎

    おっしゃるとおりです。E型肝炎に限らず、腸管出血性大腸菌についても全く同じです。これに関しては症状の出ていない保菌者がどれくらいいるかというデータはあります。

    参加者

    それに関連してですが、血液型がよく例えばO157とノロウイルスとはちょっと違って、例えば血液型、私はO型ですけどO型はやっぱりノロとO157と……。

    関崎

    よく勉強されていますね。恐らくノロウイルスでそういう事実があって、報告がされていますけれども、O157に関してはそういうことはないです。ノロウイルスに関しては、おっしゃるとおり、そういう科学的な裏付けがあります。最初の頃はやったノロウイルスは、B型の人はかからなかったんです。僕、B型なんですけど。本当です。ウイルスは我々の細胞の表面にある物質に、これのリセプターとしてくっつくんですね。このリセプターがABOを決める抗原なんです。だから、最初の頃はやったウイルスはB型の人には感染しなかったんです。ところがウイルスもだんだん進歩してきて、今はやっているノロウイルスはどの血液型でもかかります。

    参加者

    結論はそういうことですね。ですから、いわゆる血液型より最終的にはその人の持っている免疫機能が最後の砦と考えてよろしいでしょうか。

    関崎

    そうですね。総じて体力と病原体の力との力関係で、どっちが強いかで発症するか、しないかということになります。

    トリヒナ、トキソプラズマ、どんな症状? 予防するには?

      いろいろな病原がある中で、肉や血液の中に入ってしまっているというのがE型肝炎です。トキソプラズマ、トリヒナ、住肉胞子虫などの寄生もありますし、ウイルスは肉の中にも入ってしまっていますので、どんなに衛生的に処理してきれいな肉にしても内部に入っている可能性がありますから、内部まで加熱しないと駄目です。

      • もともと腸管内にいる細菌、例えば豚レンサ球菌、これは腸管か唾液の中にいます。これらは肉の処理をきちんとして、表面をきれいに焼けば大丈夫です。ただし、どれも肝臓は駄目です。肝臓は腸管と直結してますので、豚レンサ球菌などはかなりの確率で肝臓から検出されます。また、O157も肝臓から検出されたことがあったため、レバ刺しが禁止になったんですよね。カンピロバクターは生きているうちから肝臓の中にかなりいます。
      • なぜそれがわからずに混入するかというと、病気を起こさないからです。動物に対して病気を起こしてくれれば、動物の体が認識して、白血球が攻撃したりするんですけれども、病気を起こさず、平和的に共存しているので、動物の中に入っていてもわからない。そういうのは見つけにくいので要注意です。これら肉の中にいるウイルスと寄生虫などが大変要注意で、内臓、中でも特にレバーにはいると思ってください。
      • ご質問のあった、トリヒナにかかったらどんなことが起きるかということについて(スライド21)。赤いところが虫です。膿疱の中にトグロを巻いて入っているのが虫なんです。これを食べると、消化管の中で膿疱が破れて中の虫が出てきます。そして大人になり、我々のお腹の中でゴロゴロと幼虫を産むんです。怖いですね。その生まれた幼虫は、消化管の粘膜にグリグリと入り込もうとします。患者さんは苦しみ出します。粘膜に入り込んだ後は、血流に乗って体中至るところに回っていきます。
      • トリヒナが好きなのは筋肉です。筋肉というと、骨格筋といって足や腕にあるような筋肉だけじゃなくて、心臓も筋肉ですから、心臓にも行くことがあります。心臓に行くと、かなり危険で、命に影響するようなことが起きます。そこまででない場合でも、体のいろいろなところがむくんできたり、筋肉に入りますから、もちろん筋肉の痛みがあり、皮膚にも発疹が出てくるなど、いろいろなことが起きます。その幼虫がさらに行った先の肉の中で同じように膜を作って、ひそむんです。すると、その場所でまた人間の体との戦いが始まり、いろいろな症状が出てきます。
      • トリヒナの感染による死亡率というのは0.2%で、亡くなる方はたくさんはいないんですけど。19世紀終わり頃に、30%くらい死んじゃったという事件があって、大騒ぎになったんです。これはドイツでのことです。
      • もう1つの寄生虫。トキソプラズマというのをお聞きになったことがある方いらっしゃるかもしれません。これも原生の原虫で、感染すると、特に妊婦さんが感染すると流産、死産など非常に悪い症状を起こすことがあります(スライド22)。問題は、お腹の中の赤ちゃんに寄生虫がうつっていった場合、脳障害を起こすことです。聴力障害を起こして、障害をもったお子さんで生まれるケースが出ています。
      • 妊婦の方以外の人がかかると、ほとんどの場合、無症状で何も起きません。このトキソプラズマは、ありとあらゆる動物に感染します。ウシ、ブタ、そしてニワトリにもです。トリの刺身、ウシの刺身ありとあらゆるものにです。もともとネコが本来の宿主で、それがブタにうつって、ブタからヒトにというコースなんだとずっと考えられてきました。だから、ブタのと蓄場では、トキソプラズマがブタにいないかという非常に厳重な検査をずっと続けています。1970年代の終わり頃はかなりきっちりした検査をしていて、その検査のために横隔膜の肉、焼肉屋さんではサガリと呼んでいる、あの肉を全部検査に使ったんです。だから、昔はあの肉は流通していませんでした。でも、今はほとんど日本のブタからは検出されなくなったので、横隔膜を1頭1頭全部検査する必要はなく、何頭に1頭か調べれば大体分かるからそのやり方になりました。ということで、全部を検査に回さないので、お肉屋さんに横隔膜の肉が流通するようになって、食べることができます。今現在は、検査している方に聞いている話だと、と蓄場で検査している限り、トキソプラズマはまずほとんど見つからないという状況です。
      • また、以前はネコが悪いといって、お嫁さんが妊娠するとトキソプラズマにかかるといけないと言って、飼っているネコを外に出したりしました。すると、逆に危ないですね。感染して間もないネコ、これは子ネコでも成ネコでもどっちでも同じです。感染して間もないネコだけがうんちの中にトキソプラズマがいますを。ただ、出てきたホヤホヤのうんちにいるトキソプラズマは、まだ感染力がないんです。24時間くらいほっておくと感染力が出てきますので、マスクをして時間が経たないうちにさっさとビニールの袋に入れて捨てちゃえば大丈夫です。だから、ネコを飼っていても大丈夫なんです。
      • また、妊婦さんも血液検査をして、妊娠する前に知らないうちにかかっちゃってて抗体ができていれば大丈夫です。妊娠中に初めてかかるのが最も心配です。そういう点を注意していただければ大丈夫だということです。もしかかったことがない場合は、妊娠中は、その間だけ肉の生食はやめてください。これはトキソプラズマでも、旋毛虫でも、ほかのものでも同じことです。妊娠中だけは生はやめてください。

    腸管出血性大腸菌、野兎病

      腸管出血性大腸菌では、O157が一番代表で有名ですけど、ほかにもいろいろなタイプが知られています。(スライド23)

      • 富山のユッケ事件では、O111が主要な原因でした。患者さんによっては、111と157と両方取れた方もいましたが、ほとんどは111だった。157だったら診断するのがもっと早かったろうと思うんですが、そうじゃなかったために診断がなかなかつかず、そうしているうちに亡くなった方が出ました。
      • この菌は下痢というだけではなくて、病気が治りだした頃に溶血性尿毒症症候群(Hemolytic Uremic Syndrome、HUS)を起こしたり、感染初期の頃に脳症、脳の血管細胞、内皮細胞がダメージを受けて、脳がやられてしまう。この2つになった時に命に関わる結果になってきます。
      • この菌が出すのは志賀毒素という毒素で、この毒素が内皮細胞に非常に障害を与えます。ですから、毛細血管が一番いっぱい集まっている脳か、腎臓の糸球体(ネフロン)をやられて、脳症になったり、尿毒症になったりして、命に関わることがあるんですね。
      • 何度も言っているように、こうした菌はうんちの中にいますから、うんちがくっつきさえしなければいいんですけれども、近頃ではレバーやホルモンなどだけじゃなくていろいろなものが、どこかで汚染される可能性がありますし、ヒトからヒトへの感染もあります。家庭内での感染もあります。ヒトから食材へ、先ほどお話が出ていたように、調理に関わっている人が症状を出さない保菌者で、食材を汚してしまってそれから事件が起きるということが、起きる可能性があります。ただ、調理する人が保菌者だったとしても、手をしっかり洗って、手袋をして、マスクをして、帽子をかぶって完全防備して作業すれば絶対起きるはずがないんです。そういうところにちょっと甘さがあると、食材にうつってしまっていろいろな事件になってしまうということです。
      • 今回のポテトサラダに関しては、果たしてそれだけで説明できるのか分からないんですけれども、同じ遺伝子タイプの菌が集団事例じゃない、単発事例で関西のほうからも取れているそうです。群馬とか埼玉で発生したのと同じ菌が関西でも感染を起こしている。同じ保菌者があっちにもこっちにもいるわけがないので、僕が今出している説は、答えとして考えられるのはテロリズムじゃないか。誰かが何か入れているんじゃないかと。ここだけの話なんですけれども。

    カンピロバクター、そしてサルモネラ

      カンピロバクターは、名前を全くご存じない方も多いんですけれども、カンピロバクターによる食中毒はもっぱら鶏肉で起きています。どうしても今のやり方では食鳥処理場で肉にする段階で、この菌がうんちのほうから肉にくっついちゃうんですね。多い場合には、売っている肉の90%以上からカンピロバクターが検出されると言われています。それからスーパーで買ってきたパック入りの肉、これもいつついているか分からないです。目で見ただけでは分からないですから、いつでもついていると思って扱ってください。それが大事だと思います。(スライド24)

      • 特にこの菌は低温でも非常に長生きします。冷蔵庫に入れておくと結構長い間生きています。新鮮な肉ほど菌も新鮮だという話がありましたが、この菌の場合、新鮮じゃなくても生きているんです。新鮮な時はもっと生きていますけど。患者さんは血便が出たりもして、その場合、後遺症で、ギランバレー症候群といって神経を冒すような自己免疫疾患を誘発する可能性もあります。
      • サルモネラ菌も腸の中にもともといる菌で、昔は卵製品がサルモネラの食中毒の原因の上位を占めていました。その後、卵業界、養鶏場から含めて流通過程で低温で運ぶようになり、スーパーでもその日に売り切れるだけしか店頭に出さないなどいろいろ努力されて、卵が原因のサルモネラによる食中毒の数は激減しています。(スライド25)
      • 現在、サルモネラの食中毒の一番の原因は鶏肉だそうです。卵の汚染がほとんどない状態になってきて、今売っている卵では3万分の1個くらい、宝くじに当たるよりも低い確率でしか、卵からサルモネラは見つかりません。しかも、見つかるとしても、卵の中にほんのちょっとしかいないんです。O157と違って、サルモネラの場合、菌の数が1万とか10万くらいを一度に食べないと病気になりません。人間と菌の力関係としてそんなに強くないので、卵の中にごくわずかにいるのだったら食べても大丈夫です。ですから、まず卵の感染というのはほとんど見られなくなり、鶏肉が原因になっているものが多いと言われています。
      • それからもう1つ、これ野兎病といいます(スライド26)。ノウサギ病と書きますけれども、野兎病(やとびょう)です。余り聞き慣れないかもしれませんが、日本のウサギの中でも結構いるのが分かっています。これもジビエとしてウサギを食べる時に、ウサギの肉を衛生的に扱っていればいいですけれども、解体の途中でウサギがどういう状態かにもよりますけれども、発症している真っ最中だったら血液中にも菌がいますから、肉の中にも菌が入ってしまって、それをしっかり加熱せずに食べると感染します。チフスのような症状ですね。いろいろな症状が出てきますけれども、最もよく出てくるのは、例えば資料(スライド26)の写真のように、手の近くの傷から感染して、一番近くの脇の下のリンパ節、グリグリが腫れるなどの症状が起きます。
      • これは結構感染力が強い菌なので、バイオテロリズムにも使われる可能性がある菌として挙げられています。放っておくと人は30%くらいの割合で死にます。今は抗菌薬を投与して強制的に治すようにしますから、きちんと治療すれば大丈夫だけれども、ほっておくと大変なことになりかねない病気です。
      • それから豚レンサ球菌、これは僕が研究している対象なんですけれども、もともとはブタの病気です(スライド27)。髄膜炎なんかを起こします。心内膜炎といって、と蓄場に見学に行って健康なブタを解体して、資料の写真のようなものを見ると、豚のハツが食べられなくなっちゃうと言われるかもしれないですけど、心臓の弁のところにイボイボができているんですね。これが心内膜炎です。こういうものが見つかったら、これは全部廃棄になります。同時に、ほかの臓器も検査に回します。ほかの臓器からも同じ菌が取れたら、肉も含めて全廃棄です。

    法律ではどのように規定しているの?

      さて、法律では規定はどうなっているかというのをスライドで並べてみました(スライド30)。要するに、日本では解体するまでの間に、野生動物に関しては何の規制もないんです。今、ここだけガイドラインでやろうとしています。一番左が、まずハンターの方が自分で取って自分たちだけ、あるいはお隣のお友達だけ、狭い範囲で食べようという場合には、全く何の規制もありません。鳥肉でもそうですね。この辺は法律の適用外です。 次がハンターが取ってきたものを売ろうとした場合ですが、この法律は日本では今までないんですが、今この部分のガイドラインを早急に整備しようとして動いています(スライド31)。リストにある他の国は、ほとんどが法令で規制されています。規制というのは全く駄目ということではなくて、厳しい基準が設けられています。

      • 一番目につくのが、アメリカです。アメリカは「禁止」があります。どこで育って何を食べているか分からない野生動物は売ってはいけない。代わりに「狩猟者または事業者が、狩猟用飼育動物、を販売用に下ろす場合」とあります。何のこっちゃと思うんですけど、ハンターが撃つために動物の子どもを育てて、いい加減の大きさになったら野山に放してそれを撃っています。そういうふうに最初の段階きちんと管理されたところである程度まで育てて、そして野山に放してそれを取ったやつならばいい。きちんとした管理をしていれば食べてもいい、売ってもいいというふうになっております。驚きますが、そういう肉食文化ですね。
      • 日本では、先ほどのガイドラインで、厚生労働省が各自治体にガイドラインを早急に作りましょうという指令を出しています(スライド32)。そして具体的には食肉処理業の許可制で、いろいろなランクの対応策を次々と進めています。特に資料(スライド33)にある一般社団法人、これは最初はNPOの日本ジビエ振興協議会という組織だったのですが、2年前に一般社団法人に格上げして、日本ジビエ振興協会という会になっています。
      • とにかく解体するまでの衛生管理について、全く今までは何も規制がなかったものですから、それを国のほうからも早くガイドラインを作りなさいと言われてますし、作りなさいと言われても実際に役所がしろと言われても、やるのは役所じゃなくて実際にはその事業者がやるわけですから、そこで具体的にどういう施設でどういうふうにやったらいいだろうか。そういう処理をしたものについては、ちゃんとそうじゃないものと区別がつくように、あるいはつけて、そして販売しようというような動きが出ていまして、今一生懸命取り組んでいます。
      • 資料(スライド34)のように順番にいろいろなレベルの高い管理基準を設けていて、最終的にはHACCPという、今食品関係でも衛生管理がありまして、こういうものをきちんとした管理をしようというふうになっているんですが、ジビエに関しても同じようにしようというのです。しかも、これが2019年。分かりますよね。2020年のオリンピックまでにはきちんとした体制を敷いて、日本でもジビエを安心して食べられるようにしようという動きが出てきています。このとおりに進めば、あと少しで日本も海外できちんと規制を敷いているところと同程度に追いつこうという形になっています。
      • ただ、冒頭から何度も申し上げているように、きちんと衛生管理していれば、肉は汚れても表面だけ、そういう病原体もあれば、血液や中に入っちゃっているウイルスとか寄生虫の場合は、きちんと衛生管理されていても中に入っているわけです。それからレバーをはじめとした内臓は、きちんとされていても、やっぱり駄目です。だから、食べる時には相当な覚悟をもって食べていただければいけないだろうと思いますし、もしどんな覚悟があっても絶対これだけは。つまり、妊娠中の女性ですね。絶対にやめてください。食べると元気が出るからと、レバーを食べさせたいという場合には、きちんと加熱して火の通ったものを差し上げるようにしてください。ここだけは最後にぜひ皆さん覚えて帰っていただければと思います。
    澤田

    最初はジビエの写真が、おいしそうだな、食欲の秋だなと思ってわくわくしてたんですけれども、ちょっと気を引き締めてお料理して、いずれ子供が大きくなって妊婦さんになった時にも教えないといけないなと思いました。

    関崎

    もともと日本にはそういう習慣があったはずなんですね。小さなお子さんとか妊娠中の、あるいは妊娠する可能性がある女性には生のものを余り食べさせちゃいけないと。そういう話が、いつの間にか途絶えて伝わらなくなってしまっていましたが、もともとはそうだったんです。小さいお子さんには魚のお刺身でさえも駄目だと言っていたのが、どんどん衛生管理がよくなってきれいになったから、大丈夫だろうと食べてしまっている。データでもお示ししたように、必ず当たるわけじゃないわけです。だか欹欹ら「当たる」と言うのかもしれないんですけど、必ずなるわけではないところに気の弛みが出てきて、みんなで一緒に食べちゃうようになっていますが、今のお話のような説明を見ていただければやはり駄目だなということがお分かりいただけるんじゃないかと思います。

      • 私も肉の生は大好きなのですけど、この業界に入っていろいろなほかの専門の先生からデータを見せていただくたびに、これも駄目か、あれも駄目か、これも駄目かということで、もうほとんどいつも拝んで食べていたわけですね。
    参加者

    一般のスーパー等で売ってる調理したレバーとかは、大丈夫と考えていいんですか。

    関崎

    この間のポテトサラダ、それと炒めたお惣菜もでしたよね。加熱されたものでもなっているということを考えると、全部大丈夫ということは言い切れないですが、今言ったように、もともと動物が持っていたものがレバーに入っていて、それで病気になるかどうかということだけを考えた場合には、加熱してあれば大丈夫です。

    参加者

    もう1回加熱し直す必要はないですか。

    関崎

    やる必要ないです。ちゃんと加熱されて、中心まで火が通っていれば大丈夫です。E型肝炎は専門の先生に聞いたら、60度を越えるくらいでしっかり加熱されて美味しく食べられると。ただ、お話のあったミディアムレア、たぶん中心まで赤いですから、あれは60度行ってないと思います。行っていれば、肉の色が変わる。だから、まだ必要な温度に達していないという可能性はあります。

      • サイコロステーキについては、塊の肉をサイコロ状に切ってでき上がった肉はいいんですが、クズ肉や肉の切れ端のようなものをゼラチンをくっつけて固めて、凍結して、それをサイコロ状に切ったものなんかは中も外もごた混ぜになっちゃってますから、中心までしっかり焼かないと駄目です。以前に、焼肉チェーン店でサイコロステーキ同じようなものを出してきて、お客さんが自分で焼いてたんですけど、中心まで焼いてなくてO157、食中毒出ちゃったんですね。
    参加者

    これだけのたくさんの菌があって、野生動物も増えているんですけど、実際の狩猟現場で野生動物を駆除するには犬を使うんですが、猟犬が例えば死んだ動物の血をなめてしまったり、ケースによっては内臓も食べてしまうんです。あその猟犬を介して例えばその狩猟者であるとかいう人たちが、こういった各種ばい菌にかかってしまうというリスクというのはどうなんでしょうかね。

    関崎

    リスクは確かにあると思うんですけれども、そういった報告は聞いたことはないですね。人間にはかからないけど動物にはかかるよというウイルスがいて、それにかかっているイノシシを食べた猟犬が死んじゃったというケースはありますけど。何かご褒美であげるらしいんですよね。ワンちゃんが猟に行った時、ワンちゃんがそれをワンワンと追っていったり、倒れた動物がここにいるぞというのをやるので、それをやっぱりご褒美のために、早速捕まえたらすぐぱっとあげるというんですけど、それでもって犬が感染したという事例はいくつか聞いたことがあります。

    参加者

    犬からまたかかる可能性はあるか。

    関崎

    どういう病原体かによるんですけど、今日お示ししたやつの場合には肉食べないとならないのがほとんどなので、ワンちゃんを食べなければ大丈夫です。

    参加者

    廃棄物にしちゃうというお話もあったんですけども、その廃棄物となったものはどうなるんですか。

    関崎

    焼却です。焼却施設もいろいろなと蓄場にあります。全部が食べられる場所ではないですから、食べられない場所も、利用できない部分もずいぶんありますので、それを処分する焼却場があるわけで、そこに全部突っ込んじゃいます。大丈夫です。

    参加者

    全数検査なんでしょうか。以前お聞きした養殖のヒラメは、抜き取りだったんですよね。

    関崎

    全数です。ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、ウマですね。全頭です。それからニワトリもそうです。

    参加者

    私もレバーが大好きで、1年半前まではブタのレバーもよくレバ刺しで食べてたんですが、最近はさっぱりやらずです。先日この近くの料理屋さんに行って、当店のレバーは低温加熱してありますから安全ですと書いてあって食べたんですね。歯ごたえはレバ刺しと全く一緒なんです。温度だけがちょっとあったかいかなという感じがするんですが、歯ごたえは完全にレバ刺しなんですね。これはいいのかなと思って、今食べて何でもなかったんでここにいるんですけれども。表示が「当店のレバーは低温加熱処理してありますから安全です」みたいな表現だったんですが、これは合法なんですか。

    関崎

    何度で何分やったのかが分からないと何とも申し上げられないんですけど、俗に言う低温殺菌というのはパストゥリゼーションと言って、フランスの細菌学者パストゥールさんが最初に考案したもので、ミルクの殺菌ですよね。その場合は、60度で30分くらい置くと、たいがいの病原体は死にます。だから、同じ程度の時間と温度で殺菌しているのなら大丈夫だと思いますけど、果たしてそのお店がどのくらいの温度でどうやっているのかですね。

    参加者

    微生物以外の化学物資とか、毒キノコであったり、そういったものについては何か報告があるのですか。

    関崎

    毒キノコはたぶん食べても消化されちゃっていて、胃袋の中身を食べたりしなければ大丈夫だろうと思うんですよね。化学物質に関してはちょっと何とも言えませんね。何があるのか確かに分からないところがあります。でもそれで事件になっているケースは余り聞いたことがないので、リスクとしては低いんだろうと思います。日本の場合、あと放射性物質ですね。特にイノシシは土の中のミミズを食べたり、落ちてるドングリを食べたりしますので、やはり避難区域の中にいるイノシシは調べていますよね。そのあたりは調べられていますけれども、それ以外はちょっと聞いたことがないです。

    参加者

    今後スーパーなどでもジビエがやっぱりはやっていくと思います。スーパーとか道の駅などでシカ肉とかイノシシ肉が売られるケースが出てくるんじゃないのかなと。それをやっぱりご家庭で調理する時に注意事項って、どういうことが一番大事でしょうか。

    関崎

    つけない、増やさない、やっつけるです。あとは中心まで火を通してください。特にジビエの場合には何がついているか分かりませんから。だけど、ジビエこそあれなんですよね。中心生の状態で出てくるんですよね、お店に行くと。非常に危ないと私は思います。いつ当たるか。

    参加者

    肉を切った後で野菜を同じ包丁で切ったりすると、ウイルスはやはり危ないんですか。

    関崎

    危ないです。それはジビエに限らず、普通のウシやブタの肉でも同じです。お肉の調理をされるのでしたら、その後に生野菜などは切らない。切るなら、まな板、包丁を熱湯で消毒してからにしてください。できれば順番を逆にして、生で食べるものを先に調理して、その後を肉にしていただきたい。以前は、まな板とか包丁を分けているのが普通でしたよね。まな板に野菜の絵が、裏返すとお魚とお肉の絵がついていて、面で分けられるようになっていたりしました。包丁だって野菜を切るのは、日本だったら四角い菜切り包丁と肉を切る牛刀と分けていましたよね。しかし、最近は便利になって、1つの包丁で野菜でも肉でも切れるのが普通になって、何でも一緒にしてしまう。それで、どうしてもくっついちゃいけないものがくっつくということが起きると思います。それはジビエに限らず、普通の肉でも同じですから気をつけなくてはいけません。 (完)

    話題提供者の李さんの写真

    話題提供者の李さん

    2017年11月21日(火)食の安全研究センター第30回サイエンスカフェ「附属牧場の先生に聞いてみよう!(続編)─救出された被ばく豚たち。それから─」が開催されました。2011年東京電力福島第一原子力発電所の事故後に附属牧場に救出された豚たちの健康観察や牧場のその他の動物たちの状況について、2016年に開催されたサイエンスカフェに引き続き東京大学大学院農学生命科学研究科 附属牧場助教 李俊佑さんより紹介するとともに、継続的に積み上げたデータからわかってきたことなどを話題に、参加者との対話が進みました。

    ○第30回サイエンスカフェ配布資料につきましては、後日ご案内いたします。
    ※以下、記載がない場合の発言は関崎氏のもの
    ※質疑応答は一部抜粋

    東日本大震災の後に起きたこと、乳牛たちの様子

      2011年3月11日、東北の大きな地震と大きな津波のあと、東京電力第一原子力発電所の事故があり、放射性物質が飛んできました。われわれの牧場は(地図を指す)このあたりですけれども、この図(原子力規制委員会の「放射線モニタリング情報」)の色分けでは牧場の付近も放射性物質がちょっと落下したということになります。ここが私が勤務している附属牧場です。

      • 附属牧場から原子力発電所は地図ではこのくらい(地図を指す)の距離で、2 号機爆発の際の風と地形による気体の流れで、放射性物質が飛んできたような形です。附属牧場は約0.1μSv(マイクロシーベルト)ぐらいの放射線に汚染されたような記録になっています。牧場よりもっとひどく被ばくしたところもあって、われわれの大学は柏のキャンパスもありますが、柏キャンパスのほうが牧場より多少福島からは離れておりますけれども、地図から見て濃度的には被ばくの程度は牧場よりちょっと重かったかと思います。
      • これは実際のデータですけれども、われわれの牧場は、甲状腺に関係あるヨウ素では5.13KBq/kg(キロベクレル)。柏キャンパスの場合は17.24となっていますから、牧場より3倍以上になったわけです。牧場のほうが福島により近いんですけれども、汚染濃度は柏のほうが、牧場より強かったということが印象的です。一方で、本郷と牧場はそれほどの差はないと思います。
      • そういう状況で、放射性物質が落下しましたので、牧場にも多少の影響があったかと思われます。特に牧場の敷地は36ha、東京ドーム8 個分ぐらいの広さがあり、その半分以上が牧草地です。普段牛とか馬とかヤギたちは牧場で屋外に放牧されていて、家畜たちが自分たちの
        好きな草を食べたり、排泄したりしているんですけど、牧草地のところは放牧していません。放牧しないで、牧草をつくって収穫し、それを秋から春まで蓄備して、家畜に与えたりします。そのための牧草地です。
      • イノシシの被害もあります。1989年、バブルの盛りの頃には25万頭くらいだったのが、今88万頭といわれるほど、シカと同様なカーブで急増しています。もともとそんなにたくさんいなかったのが、ものすごく増えています。
      • この牧草地での牧草の生産は、今の時期、すでに播種が終わっています。福島第一原子力発電所の事故の前の2010年秋に播種が終わったあと、明けた2011年に原子力発電所事故が発生しました。牧草がある程度伸びたところに放射性物質が落ちてきたわけなんです。
      • 牧草は通常5月中旬ぐらいになったら刈り取ります。2011年も同様で、この年は汚染したものを刈り取ってもらって、回転して、乾燥して、このロールベールラップをつくったわけです。通常はラッピングした牧草は1 カ月ぐらい置いておいたら中で発酵するんです。乳酸発酵です。一度発酵してしまえば、2年間保存がききます。そうして安定した栄養分を継続して家畜に与えることが可能なので、いつもこうした生産システムを取っているわけなんです。
      • 残念なことに、2011年に刈り取った草は汚染されていましたので、その草を用いて、1つは、乳牛に与えて、その汚染物質がどのぐらいミルクに移るかを研究しました。もう1つは、豚に与えて、豚の臓器、肉にどのぐらい移るかを研究しました。
      • 当時の刈り取った場所を調べてみると、牧草地は、2011年4月8日、土の表面10センチだけを取って測りましたら、ヨウ素131の濃度は3,500Bq/kg(ベクレル・パーキログラム)くらい、セシウムは1,700Bq/kgぐらいありました。牧草も刈り取り前でしたので、草を取って測ってみました。するとヨウ素が測れたんですね。4月8日、半減期が8日ということで、すでに何サイクルも過ぎていると思うんですが、それでも0.92KBq/kgというデータが取れました。セシウムは草の上に残っているものは0.90Bq/kg。その同じ牧草が、ヘイレージになると濃度が倍ぐらいになりました。
    黒木

    ヘイレージというのは具体的にはどういうものなのでしょうか。

    牧草を刈り取ると、当初水分は大体9割ぐらいです。その時の濃度が先ほど申した程度なのですが、ヘイレージのヘイは乾燥という意味で、刈り取った草を乾燥させて半分ぐらい水分を飛ばします。水分を50%まで飛ばしたから、約2倍ちょっと濃度が上がったわけですが、ヘイレージを測定した頃はすでに6月でしたので、ヨウ素は検知できなかった。半減期が短いものはすでに見えなくなっていたんです。

    黒木

    今おっしゃった値は、高い、低いで言うと、やっぱり高いと考えていいんですか。普段事故などでの汚染がなければ、こんな値は出ないんでしょうか。

    出ないです、普段は。でも高いとも言えないんですね。食品安全基準からしたら、200Bq/kgですので、それほど高くはないですが、事故がなければ、大体0だったわけです。

      • この汚染された草を、ミルクを絞っている牛に与え、ミルクにどのぐらい移るかを調べました。すると、汚染飼料を与えたら、急に数値が跳ね上がったんです。それで、われわれはこの汚染飼料を与えるのを止めました。止めると下がるのもすごく早いんですね。汚染飼料を止めるのを続けてみましたが、2 週間ぐらいでは0 には戻っていなかったというのが結果です。ただ、急激に上がった時と、汚染飼料をやめても0には戻らないという時の放射性セシウムの検出の原因は異なると考えています。対照的に非汚染飼料をずっと投与したものは、0に近いところに留まっていたという結果です。
      • この結果から、屋内で飼育し、汚染されていない餌を与えて、水も汚染されていない地下水
        であればミルクは汚染されないというのがわかっていただけるかと思います。関東近辺はほ
        とんどこの屋内で飼育する形態が多いんですね。牧草も輸入飼料や北海道からの乾燥飼料が
        多く、濃厚飼料はほとんど輸入飼料ということで、言葉遣いは悪いかもしれないですが、ラッ
        キーと言えばラッキーでした。関東のミルクはそれほど汚染されてないということが、この
        結果から理解していただけるかと思います。
      • そんなことがあって、自己生産の牧草は汚染されていますし、牛にはほかの草がないので、ミルクをずっと廃棄してしまって、牧草も廃棄する形になったんですね。でもその後牛に部屋を充てていただいて、飼育は屋内でする形になりました。
      • そうすればミルクの汚染は避けられるだろうと結論を得ましたので、飼育はそのようにすることになりました。それまでは牛には庭で運動をさせて、多少の草を食べるようにして、ミルクを絞る時間には牛が自分で部屋に戻ってくるようになっていました。なぜなら、部屋に戻ってくればおいしいものをもらえるからです。おいしい餌に釣られて、ミルクを絞る時間帯に部屋入ってくれていたんですが、今はその必要がなくなってしまったんですね。いつでも部屋につないでおけるし、牛は与えられた餌しか食べられない。絞る時間も、われわれがいつでも絞れるくらいになっているので、その意味では安全確保ができたと思っています。

    救出された豚たちのその後

      ここから豚の話になります。先ほど汚染された草がありましたが、われわれミルクの研究で、1つ非常に残念なことに後から気付いたんです。汚染された飼料を与えてから、ミルクしか絞ってなかったんですね。血液中にどのぐらい入ったか見てないし、臓器にどのぐらい入ったか見てなかったんです。そこで、せっかくだから、この飼料を使って、豚の臓器とか肉にどのぐらい移るのかというのを見る研究を計画しました。

      • その話をする前に、救出された被ばく豚の話をします。事故のあった原子力発電所の北北西約17km の小高区の一関というところにある養豚場の豚26 頭を救済することになりました。
      • この豚たちはずっと屋内で飼育されていました。ですからお話ししたわれわれの牛のやり方と似ています。豚は、餌は濃厚飼料しか食べないですし、水も地下水なんです。ですからこの時点でのわれわれの考え方では、汚染されてない。当初はそう考えました。それで、われわれもその豚を救済することが許されたんですね。
      • 豚たちの水は地下水でしたが、地下水は汲むのに電気が必要です。それで、発電所の事故の後停電にならなかったかと確認させてもらいました。飼い主さんからは停電はなかったという答えでした。東北電力にもその時停電しなかったかどうか、問合せのメールを送りました。すると、東北電力から電話があって、「調べてみたら停電にはなっていませんでした」という答えをもらったんですね。さらに、その答えをメールでもいただいて、確実に停電がなかったと確認できました。つまり当時の豚舎で地下水の汲み上げには問題なかったというです。
      • この牧場の豚は、ちなみに餓死が1頭もなかったというのも確認が取れました。餌は、十分とまでは言えなくとも餓死することがない程度にはあったということは確認が取れました。
    黒木

    あんなに原子力発電所から近かったけれども、一応汚染はないだろうと考えられたので、救出ができたということですね。

      • 救済した豚は26頭で、品種的なバランスは取れてないんです。数もバラバラで、品種ごとのメスとオスのバランスも取れていません。なぜだろうと確認したら、豚舎は警戒区域内なので、そんなに長く滞在したくないですし、出口に近いほうの豚から、出てくる順に取った結果だという話なんですね。普段は自分の部屋からなかなか出てこないんです。ご存じないかもしれないですけど、いくら出そうとしても出てこない。出すのにすごく苦労するので、出るものから取ったのがこの26頭だったんです。オス10 頭、メス16 頭でした。
      • われわれの牧場に移ってから、約3カ月ぐらい経った2011年9月9日、1頭が病死しました。病死でしたけど、内臓を調べてみようということになりました。そんなに重い気持ちはなかったんですが、臓器を取って、中のセシウムを測ってみたら実際に放射性セシウムが残っていたということがこの研究の始まりだったんですね。
      • 部屋の中で育ち、汚染されていない餌を食べ、汚染されてない水を飲みました。だから汚染されてないと、ミルクの研究でわかったんですけれども、この豚たちもそのように飼育されていたから放射性セシウムはなくなるはずなのに、出てきました。画面のグラフ一番左が1頭目で、順に2頭目、3頭目となっています。2頭目が死んだのは9月30日で、3頭目、この緑の色で示しているのは、死んだのはお正月なんですよ。ですからわれわれのスタッフもお正月にも出てもらって、臓器採材してもらったんです。
      • この研究で、2012年1月1日に死んだ豚も、約9カ月経っても体内には放射性セシウムが残っていたとわかりました。思いがけないきっかけではありましたが、彼らの体の中に放射性セシウムが入っていることと、何らかの形でこれは汚染されたのだというのがわかりました。
    ファシリテーター黒木さんの質問でよりわかりやすく、写真

    ファシリテーター黒木さんの質問でよりわかりやすく

    黒木

    救出された豚のうち、9 頭は亡くなってしまったということですね。

    このデータを出した時というのは2013年8月7日で、グラフからは時期が少しずつずれているので1頭ずつ下がってくるのが大体わかっていただけるかと思います。たまに2頭目のほうは高かったりするんですけど、これは個体差だと思うんですね。後で死んでも、ちょっと個体的にはこっちのほうが重かったりするから高かったんだと思うんですね。

      • われわれは実際に、現地に行って、現地の豚も採材させてもらったんです。原発事故でそのような事態になった現地に行って。そうしたら、やはり1頭、1頭違います。福島現地で採材した豚は3 頭で、ここにあるのは3 頭のデータです。
      • われわれの死んだ豚たち、東大牧場に移してからの豚ですけれども、同じ時期を過ごしてきての9月なんですね。けれども、現地の豚のほうがかなり高かったんですね。1,500Bq/kgあるものもあれば、高いのは4,000Bq/kg を超えていますよね。このようにやはり現地のほうは高かった。6月に救済した豚たちはだいぶ下がっていますけれども、現地の豚のほうは、どんな飼育方法を取ったかわからない、もしかしたら放牧させたかもしれないですが、かなり高かったというのがグラフでわかると思います。
      • 臓器別に測ったグラフです。順に生殖器、脾臓、肝臓、腎臓、大腰筋。大腰筋というのはヒレです。体内の一番奥の筋肉ですけれども、棒グラフの1本が豚1頭に対応していて、棒が1個足りないところは去勢してしまった豚なので生殖器がないということです。また、尿からとったデータでは、尿は、死んだ豚では取れなかったとか、血液を取っていないので血液のデータが取れてないところもあります。
    参加者

    現地で採材した豚というのは同じ地域の豚ということですか。

    まったく同じ地域ですね。

    黒木

    この結果を見ると、この大腰筋が一番値が高く見えますが、そこに放射線、放射能が集まりやすいというふうに考えられるんでしょうか。

    そこはわれわれもよくわからないんですけれども、大腰筋という腰を固める筋肉が奥のほうにあるんですけど、一番奥だからリリースが一番遅いんじゃないかと思うんですね。

    黒木

    放出されにくい。

    血液の中に徐々に出していくと思うんですけれども、大腰筋は筋肉であって、ほかは筋肉ではない。筋肉もなくはないとしても、筋肉そのものじゃない。大腰筋は普通に筋肉ですから、それでこれは遅くなっているのかなと感じています。

      • これはわれわれの反省点なんですが、牛は屋内で飼育し、汚染されてない餌を与え、汚染されてない地下水を飲ませました。そして出てきたのは汚染されてないミルクだったんです。豚もそうして屋内で飼育して、地下水で、餌はパイプラインで受けてるので、まったく汚染はなかったんですね。ところが、お気づきになったかもしれませんが、窓が開いてるんですよ。カーテン式なんですね。(写真を提示)事故当時は人が行けないので、アンモニアが溜まってしまいます。だから、ずっと開けっ放しにしたというのが飼い主さんからも確認が取れています。つまり、豚舎の空気は外と同じようなものだったんですね。
      • ほかの養豚場だったら、ベンチレーションというのがありまして、1日24時間空気を新しく入れてるんですね。ですから外の空気が汚染されてしまったら、空気はずっと汚染されたままで入ってきてしまうんですね。つまり空気と一緒に体内に吸い込んだんですね。
      • それで、体内から全部クリーンアップするのにどのくらい時間がかかるかを調べてみたわけではないんですけども、死ぬ順番に採材して調べてみました。そうしたら、少なくとも2012年1月9日までは体内に残っていたんですね。その後はしばらく間が開いて、次に豚が死んだのは2012 年9 月でした。間にどんな変化があったのかはわかりませんが、この時点では0 になっ
      • たという話なんですね。データを見るために、救済した豚は1頭も自分では殺してないんですよ。だから病死するたびに、採材して調べているわけなんですね。2012年の1月〜9月この間には病死がなかったので、この時点ではすでにもう完璧になくなったというのが結論になる
        かと思います。
      • さっきの反省点については牛もそうなんですよ。空気を吸うのは避けられないんですね。ですから豚が空気を呼吸して汚染されたということは、先ほどのわれわれの豚の測定結果でわかっていただけるかと思います。このことはこの豚で研究したことで初めてわかったことなんですね。
      • これらの豚から採材して測定した結果は全部呼吸で汚染された結果になるかと思います。スタート時点で0じゃなかった。非汚染飼料を食べさせて徐々に下がったんですけども、0まで戻ら
        なかったという結果になるかと思います。これは多分、先ほどご質問ありましたように、筋肉とか臓器に入ったものが徐々にリリースしますので、血液の中に全部排出するんですけども、0 になるまではまだ時間が必要だったんじゃないかとわれわれは思ってます。
      • 2014年5月、ようやく許可をいただいて、現地の養豚場での調査をさせていただきました。豚の生産はまた始まっています。今はグーグルからも写真が見られます。かなり規模が大きな養豚場ですが、いろんなところで土を取らせてもらって、セシウム濃度を測ってみました。やはり多少高かったですね。ここの社長さんはよくわかっていて、この辺が一番高いだろうと言って奥の屋根の上のものを取って持ってきてくれたんですが、測ったら10万Bq/kgもあって、やはり一番高かったんですよね。

    寿命や体重の変化、繁殖や子ども世代の状況は?

      救済した豚は26頭でしたが、今は24頭が病死し、2頭だけになりました。救済時のオスの年齢は3.7歳で、メスは4.8歳ですね、ちょっとメスのほうが年上だったんですよね。平均寿命は1歳違うんですが、オスのほうがちょっと短かったというのが結論ですね。しかし、救済後の寿命は、2.84 歳と3.29歳。救済してから牧場で生きた年数はあまり変わらない。

      • 今は生き残っているのは、なぜか2頭ともオスで、救済時もちょっと若かったんです。1.8歳と7カ月齢の豚でした。24頭は死亡して、メスは16頭だったのが全部病死しました。オスだけは、10 頭の中で8 頭病死して、2 頭が残っております。
    黒木

    これは救済してから生き延びた年数ですか。3.7に2.8を足したぐらいの年齢生きたと。じゃあ、病死した豚も、平均すると一般の平均寿命と同じぐらいは生きたということになるんですか。

    一般の豚と比べたら少し違います。現段階では少し短いという感じ。難しい質問ですが。この豚たちの子どもをいっぱい作らせてもらいました。遺伝的な変異などを調べるためにその子豚たちの遺伝子の放射線被ばくレベルを調べましたが、まったく汚染されていませんでした。

      • その子豚たちに汚染された餌を与えた場合、体内にどのぐらい蓄積されるんだろうというのを調べました。牧場には牛、馬、ヤギ、豚の4種類の家畜を飼育しています。牛、馬、ヤギはみんな草を食べますが、豚は通常濃厚飼料だけなんですね。われわれが持っている汚染飼料は例の草です。でも豚は意外に雑食で草も食べるし、根茎類も食べたりする。それで、実験は汚染された牧草でも可能だというので計画を立てました。
      • 草は細かく刻んでもらいました。そして、作ってもらった袋で毎日測って豚用の濃厚飼料と混ぜたものを約1 ヵ月あげました。
      • 2種類の実験を計画しました。1つは成豚について。体重241kgの成豚で、体重はずっと維持するレベルです。太らせてしまったら子どもが産めなくなるので、ふつうこの体重を維持しています。餌を制限しているんです。だから与えるとすぐ食べ切ってしまいます。
      • スタート時点の体重です、2013年11月5日、平均体重は241kgですね。それが1カ月経って243kgですね。ほとんど体重は変わってないんです。でもこれは半年経った2014年5月22日ですけれども、体重は238kg ですね。ずっと維持していて素晴らしい飼育システムです。
      • 一方、育成の場合は体重は9月3日25kgと小さい、4カ月齢でしたが、2カ月経ったら57kgになりました。32kg増えていますね。増えていますが、これもある意味では制限しているんです。この時期、豚は1日800gから1kg増えるんです。でも、餌を制限して伸ばさないようにしているんです。さらに8 カ月齢後です。2014 年5 月22 日は131kg ですから、まだ成豚にはなってないんですね。でも投与する餌の量は同じだったんです。同じ量で、成豚は成長しないが、育成豚は成長できるんですね。大きい豚は維持するために餌のエネルギーが必要。でも、育成豚は維持するために必要なエネルギーが小さい分、残った分は成長に使えます。
    黒木

    同じ量の餌でも、成豚では変わらないけど、子豚、育成の豚は体重が増えていく。

    そうなんですね。体重には維持代謝ってありまして、その維持代謝分は太らない。でも、維持代謝を超えたら成長代謝になりますので、成長につながります。

      • 実験結果です。成豚241kg の豚の結果は4 頭しかなかったので、マキシマム(最大)のところから測ってみました。コントロールは置いていません。なぜなら食べさせなければ、セシウムが入らないのは皆さんご存じだったと思いますので。1カ月食べさせたら、これ上がるんだろうというのが予想される結果ですね。毎日620〜709Bq/kgを食べさせるように牧草を入れました。そうしたら肝臓、腎臓、生殖器、オスメスありますが、そして大腰筋、甲状腺、血液、尿、胸腺、脛、大腿骨など骨にどのぐらい入るかも調べました。一番高くてどのぐらいまで上がるんだろうと思って測ると、上がってはいたんですけど、骨には入らないんです。
      • 胸腺のところは、3カ月齢の時は下がってきます。でも、骨は上がっていくんです。すごく不思議な結果だったんです。この時に一番高いんだろうと思ったら上がらなかったということで、骨に入るには、多分時間が必要なんじゃないかと思うんですね。口から入る分はなかったんですけれども、他の臓器から排出する分が血液の中に入って、骨に移るんじゃないかとも考えられるんですね。ですから後から上がったんですね。6 カ月齢では脛に一番高くなっています。このことから骨に入るのはちょっと遅れてくるのではないかと、この研究でわかっていただけるかと思います。
    黒木

    甲状腺が6カ月で増えているということですが。

    いい質問です。多少個体差が出てくると思うんです。高くなっているものもあります。1つには餌をあげるのが4 頭同じ部屋で、個々の食べる量や食べるペースが同じではなかったり、体質の違いもあるのではないかと思います。調べるのも毎回1頭ずつしか落としてないので、その個体差かなとも思うんです。ただ、流れ的には大体下がってくるんですね。ただ甲状腺は個体差的に高くなっているんじゃないかと思われます。

    黒木

    この値は4 頭の平均なんですか。

    違います、1頭ずつの値です。個々に毎回違うわけです。4頭で実験して、毎回落とすのは1頭だけでしたから、平均値ではないです。各回1頭ごとに解剖して調べた値です。全部並べると、1、2、3、4 頭分になります。このように下がっていっているんですね。

    黒木

    わかりました。そうですね、1頭目はやめてすぐの値で、2頭目はやめて1カ月後、3頭目が3 カ月後、4 頭目が6 カ月後。たまたまここは高かったんだろうと。

    そうですね。ただ、これは前の豚にもありましたよね。1カ月前に死んだ豚と、1カ月後に死んだ豚の値が高かったりする、それは多分個体差かなとわれわれは思っております。

    黒木

    骨に行くのが遅いというのは、3 頭すべてそうだったことからこれは個体差ではないと。

    そうです。胸腺はなかなか取りづらかったです。胸腺というのは大きくなったら豚の体から退化してしまうんですよね。それで記録が取れなかったりするので、ここでは参考だけなんですけどね。脛と腿の骨なんですね。

      • こちらは若い、育成という豚です。育成ですけれども、これには対照群を置きました。対照群を置いたのは、1つは、血液を見るためです。成長段階で血液成分はお互いに変わってくるんですね。ですから若い時と8カ月後だったら、血液成分は変わってきますので、そのためにこれは対照群を置いてやらせていただきました。これも大体同じ量ですけれども、体重は小さいのにこの同じ量を食べさせたんです。そうしたら濃度が、先ほど45ぐらいだったんですが、こちらは100 以上にもなったりする。同じ量食べて、小さい体だったので濃度が高くなったんじゃないかとご理解いただけるかと思います。肝臓では45、50くらい。若い豚ではそれほど上がらなかったんですけれども、腎臓で高くて100 を超えたというのがあります。
      • 同様に骨のほうもストップ時点でも上がっているんですね。脛と腿の骨、両方上がって、長く続いているんです。8カ月齢になっても骨には残っているのが確認できますね。全部8カ月齢で確認されました。
    参加者

    対照群を置いたとおっしゃいましたが、リファレンスはどうなっていますでしょうか。

    対照群は血液成分を見るためだったんです。

    参加者

    具体的に飼料は、放射線飼料を与えないという意味なんでしょうか。

    みんな1頭ずつです。豚をそんなに大量に飼育するためのお金がなかったためです。その
    ため、実際いまだに血液成分を測れていない部分もあるんですよ。それで、対照群は全部1頭
    ずつ。番号は個体番号です。ですから厳密に言えば、有意差検査ができないんですよね。

      • ただ、放射線については有意差検査というよりも、投与しなければ数値が上がらないのは当
        たり前ということもわかりました。ただ、成長段階で牧草を与えるから対照群を置いてある
        んですけども、牧草を入れないのであれば、実際対照群になる個体はいっぱいいるわけなん
        です。飼育している豚は対照群になれるわけです。しかし、ふだん飼育されてる豚たちは、この
        牧草を与えていないので、牧草を与えるということで対照群を参考のために置いたということです。
    黒木

    このグラフの中で対照群のバーは、入れていないんですね。

    検出限界以下だったということで、入れていません。

      • 先ほど繁殖の話がありましたけれども、東大の牧場へ来てから3カ月ぐらい経って、体調が落ち着いて、体重や状態がよくなった頃に繁殖を始めたんですね。この豚たちの繁殖によって、
        1つには子孫に与える影響を調べるため、そして正常な繁殖能力を持っているかどうかを調べ
        るためです。体重が重くなりすぎてしまってからでは難しいということは、皆さん多分ご存
        じかと思います。重くなってしまったら、人が手助けしなければなかなかできなくなってし
        まいますから。

    血液の継続的分析からわかること

      おかげさまで、豚の繁殖はうまくいきまして、立派な豚が生まれてきました。ここでわかっ
      たことは、体重の変化についてです。図の線の1本1本はそれぞれ1頭の豚の体重変化です。
      16頭いましたので16本の線があります。毎月豚の体重を測ってその変化を見ます。一番困る
      のは体重が増えすぎて繁殖できなくなることですが、この体重だったら十分だろうということ
      で、繁殖と体重の変化を見ていきました。

      • マークがあるのは分娩した豚の意味ですが、ご覧のとおりほとんど体重に影響されずに分娩がうまくいったことが確認できました。結果的には救出豚16頭のうち、繁殖能力が回復したのは7 頭で、9 頭は繁殖できなくなりました。7 頭が15 回分娩して159 頭の子豚が生まれました。1 回分娩する豚もいれば、5 回分娩する豚もおりました。メス・オスの割合はほぼ半々です。
      • この豚たちから、6頭のメス豚を残し、その豚からまた繁殖して子どもを作ってもらって、同じ豚が子孫に与える影響を調べました。6頭で10回分娩して104頭生まれ、メス・オスは半分ずつでした。連れてきた豚のうち繁殖的には7頭しか回復できなかったという結果ですけれども、子どもの6頭がまた分娩し、6頭のうちの4頭は生き残っています。先代の16頭は全部死んでしまったんですね。
      • 結果です。ピンクのラインは女性ホルモンです。妊娠できる豚は太いラインでより上に行く。女性ホルモンが太いラインより上に行かなければ妊娠できていないという形になっています。ピンクラインの上にあるということは、正常な卵胞があるということです。女性ホルモンが上がっているところが、実際この豚はこの間には1 個しか必要ないのに、3 つもあるわけなんですね。3つ山があるというのは、この山の時、正常卵胞があるということになります。一方、青いラインは妊娠を維持するためのホルモンで、ピンクのラインが1回上がったら青い線が上がってこなければならないんですが、上がってこないから、ピンクが何度も上がり続けるんですよ。
      • 青いラインのホルモンは、ある意味ピンクのほうを抑えているホルモンなんですね。もう正常に1 回排卵しましたから、そろそろ妊娠してもいいですよと抑える役割をするんですけども、これがない限りはピンクのほうが増えてくるんですね。それが、この豚がずっと発情は見えるんですけれども妊娠できなかった原因なんです。
      • 1 種の卵胞嚢腫または体に炎症が起きているんですね。でも炎症があるなら黄体を潰したホルモンが出てくるんですね。それならこれは上がらなかったんじゃないかと思われます。
      • また、別の豚ですが、ピンクの太線の上に全然出てこなくなっていますから、これは正常な卵胞がないということになるかと思います。
      • 別の豚の場合ですが、ピンクがきれいに上がって、青いほうも上がっている。今お話しした理論のとおりなら当然妊娠するところですが、上がったのはこの1 回だけで、次からはなくなって妊娠できなくなってしまいました。ちょうどデータを取った時は状態がよかったんですけど、次から発情が来なくなりました。これらのデータの6 頭は全部妊娠ができなかった豚なんです。
      • 次にお示しするデータの豚は全部妊娠できた豚です。ご覧のとおり、ピンクが1 回上がったら、青も1回上がる、青い線がこんな高く上がるんですね。これは抑えられるので妊娠が確立できるんですね。こちらのデータも同じです。こちらのデータの4頭は全部分娩、子豚ができた豚
        たちなんですね。このように血液中のホルモンのデータから卵巣が正常か、なぜ妊娠ができないか大体結論がわかってきたかと思います。
      • 資料画像を共有しながら理解を深めます

        資料画像を共有しながら理解を深めます

      • また別のデータの豚は、さっきの例とは逆に、分娩してからまったく卵巣が動かなくなってしまっています。一度ピンクが上がり、青が上がり1回分娩して、その後は上がってこない。卵巣が止まってしまったということで、その後は妊娠できなくなりました。後に、この豚は病死してしまうんですけども、その卵巣を取って調べてみたんです。そうしたら普通妊娠できる豚は写真のようにきれいな卵胞が見えるんですが、こちらの豚は卵巣が止まってる状態で見た目が違います。このことは、われわれが血液を採って分析した結果と全く一致したわけです。
    黒木

    妊娠をするのには、この2つの種類のホルモンが大事で、さっきの図で言うと、ピンクのが上がってから青いラインが上がるのが通常。でも測ってみると、妊娠できない豚はそれがうまくいってなかった。正常じゃなかった。

    少なくとも片方が正常じゃなかったということになるかと思います。

    黒木

    実際に卵巣を見てみても、卵胞が全く見られなかったということなんですね。

    参加者

    これは被ばくしたことの影響が出ているという解釈なんでしょうか。

    それについてはこれからお話ししたいと思います。

      • これらの豚については、せっかく血液を採ったので、後に血液成分を分析してみました。これもまた1つすごく意外な結果になるかと思います。この全部のメスのリストです。上から順番に年齢順となっていて、救済した時の年齢順も書いてあります。黒いラインを引いていますがラインの上のほうが繁殖できた豚たち、下は繁殖できてない豚なんです。何できれいに割れるのか。実は年齢できれいに分かれてるんですよ。4.8と4.9、大した差じゃないんです。たまたまだと思うんですけども、上の豚は全部繁殖できて、下の豚は繁殖できていない。偶然もあるかもしれませんが、ある程度年齢の影響はあるんじゃないかと思われます。
      • 4.9歳というのは繁殖できるリミテーション(限界)かと思ってしまいますが、そうでもありません。5.1歳まで繁殖している豚も、7.3歳まで繁殖している豚もいるわけですから、普通に考えれば全部繁殖してもおかしくない年だったということがわかると思います。ではなぜこういう結果になったのか分析してみました。
      • 血液成分をずっと調べてきましたから、ここでは白血球を見ていただければと思います。正常の豚、われわれの牧場の普通の豚の白血球の濃度、そして被ばくしたけれどもちゃんと繁殖できましたという豚の白血球の濃度、130 と125 ですから、大した有意差はなかったんです。でも、次が興味深いです。被ばくして繁殖できてない豚の白血球濃度は187まで上がっているんです。正常なこの豚では125。つまり、被ばくしたけれども正常な繁殖できた豚というのは白血球の濃度が低いんです。
      • 統計分析の結果、ここで有意な差が出てきました。先ほど申し上げた繁殖できた豚たち、そしてできていない豚たちのうち、繁殖できていない豚たちは何らかの影響で白血球が上がっているということがわかっていただけるかと思うんですね。白血球が上がるというのは、大体炎症か何かで、体の中で何か異変があるということを示していますね。それで繁殖ができていない。しかし先ほど申し上げたとおり、炎症があれば黄体ができないはずなんです。それで何かの関連づけがでないかと、考えてみました。
      • 白血球の3週間の変化を見ました。採血を追跡的にやってきたので見てみると、20日間の白血球の濃度は、繁殖できている豚たちでは変化はそれほどないんです。でも繁殖できてない豚たちは白血球の変化が著しく激しくなっています。白血球の変化は、ご存じのとおり、免疫
        力と関係があるんですよね。それでこういう結果につながったのかなと思います。
    黒木

    比べてみると、繁殖できてない豚の赤い線は、この上の繁殖できた豚の白血球の数とあまり変化がないように見えますけれども、やっぱり反動、変化が大きいというのも1つ要因かなということですか。

    そうです、変化が大きいということは平均値を取ったら高くなってしまうんですね。高いところは350を超えているんですけど、やはり平均値が高くなってくると思うんですね。もしこれが1回だけの検査でこういう低い状態の時期の時に取ってしまったら、平均値が多分低くなると思うんです。毎日取っているからこういう結果がわかってきたんだと思うんですね。ですからこの豚もまったく同じですね。毎日取ってるから、平均を取ったら、高い値が出てきたというのが結論的にわかっていただけるかと思いますね。

    参加者

    1 つ前のデータで、赤血球と血小板の数値がありましたが。

    赤血球は、正常値は780ですけれども、ここは651で、ここも多少有意差はあるんです。

    参加者

    赤血球は有意差があるんですね。血小板は有意差がない。

    赤血球は有意差があります。でもわれわれの問題提起では繁殖できない原因を調べてたので、これではちょっと難しいかなと思って。

    参加者

    白血球の変化というのは何から来てるんですか。

    これは広島大学の先生のデータですけれども、リンパ球は、ふつう放射線を浴びたら下がってくるんです。骨髄の影響があった時には下がるんですけれども、次のデータにもあるように、リンパ球が一度減少しますよね。下がったら、病気にかかりやすいですよね。病気にかかった
    ら、体が反応して白血球をいっぱいつくりますよね。だから、リンパ球が下がったところにいろいろな病原体が入ってきて、炎症が起きて白血球が上がったんじゃないかと、われわれは思ってるんですね。

      • 実際、病死した豚を解剖してみたら、体の中がすごく病気になってしまっていたのがわかっています。それは放射線ばかりとは言い切れないです。福島から牧場まで運ばれてくる段階とか、環境が変わっていろんなストレスが溜まってきたこととか、いろんな原因があると思うんですけども、とにかくリンパ球下がったことによっていろんな病気が出て、その影響で白血球が今度は上がってくるのではないかと思うんですね。解剖した時にとにかく炎症が多かったのはやっぱり結果的にはつながってると思うんです。

    白血球の不安定さは炎症のせい?

    参加者

    変化が大きい、上がったり下がったりするのはどうしてなのかが、よくわからないんですが。

    :われわれの体は、例えば風邪をひいたら白血球が上がります。ウイルスが体に入ったとなると、体がそのシグナルをもらって、攻撃し始めるので、白血球が増える、それが普通の反応ですね。

    参加者

    体調が安定してないということなんですか。

    そうです。安定していたら、白血球はそれほど変わらず、正常値です。でも、何かしら炎症があった時は、白血球がグーンと上がります。

    関崎

    健康な人でも白血球というと、リンパ球の数と、いわゆる好中球の数、日内変動というのがあるんですけど。採血は毎日同じ時間にやっているんですか。

    はい。作業時間が午後1〜3時に決まっています。ですが、白血球のデータも個体差がありますので、1回の採血ではなかなか言いづらいところもありますので、いっぱいのデータで平均値を取るという形になるかと思います。

    黒木

    被ばくと白血球の増加というと、どうしても白血病などを思い浮かべてしまいますが、白血球が上がったというのは、白血球の中でもどういうものが上がったとか、それが異常な白血球だったのか、正常な白血球だったのかとかについては、何か見られていますか。

    異常な白血球というのは?

    黒木

    白血病の白血球というのは、通常のものと形態が違ったり、異常なものが増えてしまって白血球数が上がると思うんですけれども、そういう所見はありますか。

    さっきのリンパ球と好中球と好塩基球を細かく調べているんですけど、全部有意差があるんですね。白血球の各サイズごとの数をの異なるものをカウントします。好塩基球、好中球など、3つに分かれてるんですが、これは全部で有意差が出ています。また白血球だけでなく、リンパ球も、全体的に上がっていいます。

    参加者

    今のはメスのデータでしたが、オスのほうへの影響というのは。

    オスはあまり調べてありません。そういう準備が全くなかったことと、そもそも専門は栄養と繁殖だったので、繁殖では、オスは1頭さえいれば十分だということで。でもオスは、一応種付けには全部使えましたし、子どもは生まれていますから、射精能力と精子の能力は多分問題なかったんだろうと勝手に推測しています。

    参加者

    オスは白血球はどうだったんですか。

    オスはちょっと比べてないんです。オスは、採血はしても対照群がないんです。オスを飼っている農場が少ないこともあって、比べる対照群がなかったので、そのままにしてあります。ただ、調べたデータだけで言えば下がっています。

      • もう1つ、放射線は今回被ばくしたこの豚たちで確認取れました。でも放射線の被ばくを受けたのならばと1つ気になって調べてみたんですけど、脱毛があるんですね。脱毛してるとすれば、被ばくされたら線量が大体3Gyぐらいまであるんですけども、これは発症の時期として2~3週間以内というのが人の場合なんですね。

    一時的な脱毛も

      われわれの牧場に救済した豚たちは、記録にするために写真には日付を入れています。写真は2012年の8月ですから放射線事故が起きてから1年半後でこうやって脱毛現象があったことになります。写真は全部とってありますが、脱毛はこの時1回だけなんですよ。その前にも後もありませんでした。人の場合は2〜3週間の早い時期に脱毛があるとされていますけれども、この豚たちは被ばくから1年半たった頃にだけだったので、記録として残してあります。ですが、因果関係はよくわかりません。きれいにこのように毛が抜けてくるんですね。
    黒木

    これは全部別々の個体ですか。

    全部別の個体です。

    黒木

    でも、同じ時期に起こったんですね。

    そうです、確か8月だと思うんですね。

    黒木

    そうですね、8月、9月って書いてありますね。

    好中球、血小板の変化なんですけれども、被ばくした場合に骨髄の障害で起きる
    血液の変化は先ほど説明したようにいろいろ値が下がるんですけれども、大体回復するんですね。被ばくして3カ月、4カ月後で救済してるので、通常であれば、一旦下がった値が回復する時期に救済したんだと思うんですね。ただ、われわれの牧場に救済した豚の場合、少しこの時期とはズレがあるようです。

    救済された豚たちの記録を今後へ

      ヨウ素131についてお話しします。放射線というのは、大体4種類、アルファ線とベータ線とガンマ線と中性子線があるんですけれども、アルファ線というのは紙1枚で止められる、だからあまり飛ばないんです。パンチ力は大きいけど、これしか動かないと理解していただければと思うんですね。

      • ベータ線はアルミのホイルで数ミリでシャットダウンできるんですね。アルファ線よりはちょっと飛ぶんですけれども、ガンマ線にははるかに及ばない。ですから、この辺にあるだけでは全然怖くないわけですね。アルファ線もこうやって怖くない。でもガンマ線は、50センチのコンクリートでも、遮蔽できないぐらい強いんですね。
      • 外部被ばくだったら、一番怖いのは中性子線ですね、で、ガンマ線、ベータ線、アルファ線は一番飛ばない、飛べないから、遠い存在で怖くないという印象ですが、内部被ばくしてしまったら、一番怖いのはアルファ線とベータ線。飲んでしまったらこっちのほうが怖いですね。重いですけど短い距離しか飛ばない。でも体内だったら、短い距離も体内ですから怖いんですよね。そこが大きく違うかなと思います。
      • セシウムの場合、われわれが体に吸い込んでも、体の中で組織の一部になって機能性を持ったりすることはないと思います。でも、ヨウ素は甲状腺ホルモンを生産するのに必須です。ただ、そのためにわれわれが普段摂っているのは原発事故の直後問題になっていたようなヨウ素ではない。そもそもヨウ素は同位体が37種類くらいあるらしいんですけれども、その中で一番安定しているのは127なんですね。ですからいくら取っても、それは放射能を持ってないから安全です。
      • でも、今回原子力発電所の事故で、原子力安全保安委員会のデータではキセノン、そしてヨウ素の131などが計測されています。これはベータ線を飛ばしているんですね。ベータ線ということは遠くへは飛ばないですけど、吸い込んだらよくないということです。放出されたという数字を見ても、ピンと来ないかもしれませんが。
      • ヨウ素というのは半減期がすごく短いんです。8.02日ですから、数カ月経ったら大体消えてしまうんですね。残るのはキセノンになります。われわれは4カ月後に救済していますので、ヨウ素の影響を調べるというのは不可能だったんですね。
      • どうやって今度の放射能事故について、この量を推定できるんだろうと、いろいろ論文も調べました。日本は素晴らしい施設があって、国際放射線監視機関がおかれています。1日24時間、空気中に飛んでる放射性物質を取って調べているんですね。今回のような事故のためということでなく、いろんな国で原子力開発や核実験などをしてますので、それが空気中に飛んだりしている、それをチェックするための機関ですね。
      • この機関で、福島の事故があった際に取られたデータがあります。3月12日に1号機が爆発しました。監視機関がおかれている高崎は215キロ離れていますが、ここでこういう高い濃度のヨウ素が取られているんですね。多分、推測ですけれども、福島の原子力発電所の事故から飛んできたものだろうと、時間的にこう予想されるんですね。
      • 3月21日、22日にもデータが記録されていますが、高い濃度になっています。これは何らかの形でまたそこで爆発があったんじゃないかとも推測しているんですが、一番高い濃度で飛んでくるのは実はヨウ素131だったんですね。飛んでくるものは、われわれが吸ってしまったら、体内に入ってしまうんですね。それが内部被ばくにもつながるんじゃないかと思ったんですが、住んでた豚たちがどのくらい吸い込んでるだろうというのは、なかなか難しいですね。
      • 結果的に、高崎までこんな高い濃度が飛んできました。我が牧場もこういうのを測っておりました。でも、こういう飛んだというのが確実に出てきたということになりますので、救済した豚にはどのぐらいあるんだろうというのは、これからも調べさせていきます。
    黒木

    最後に、先生は放射線が豚に何らかの悪い影響を与えるとお考えでしょうか。

    それは一番難しい質問であるし、一番答えづらいところだと思うんですけども、先ほど申し上げたとおり、この豚たちは輸送段階でもいろいろなストレスがあったと考えられます。特に、豚って意外にすごく繊細な動物なので、そのストレスがどのぐらい溜まっているか。また、一時は餌もそんなに十分ではなかったということ、地震の際がどのぐらい揺れたかということもありまして、それらが影響を与えた度合いはよくわからないんですね。

      • でも明らかになっているのは、その豚たちはそこで空気を吸って、ある程度は放射線の被ばくを受けたというのは間違いないだろうと思うんですね。また、この実験では結果的として、対照群はずっと置いてないわけです。被ばくした豚と同じ条件にいた豚はほかにいないわけです。つまり、われわれはすごく大事な資源動物を救済して受け入れさせてもらった。それで何らかの形でデータを残したいということで、われわれは調べてきているんですね。
      • これらが将来的に参考データになれればと思ってやってるんですけども、この結果で、必ずしも放射線と結び付くというのはなかなか難しい結論になるかと思うんです。被ばくした量もそれほど多くないことは、データの通りです。ですからそれで理解していただければと思います。
      • (完)

    話題提供者の浅見さん

    話題提供者の浅見さん

    2017年12月12日(火)食の安全研究センター第31回サイエンスカフェ「聞いてみよう!─食べて安全?植物がつくる化学物質─ 」が開催されました。東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻教授 浅見忠男さんより、植物が自らを守るためにつくりだす様々な化学物質、私たちが気づかずに日々食材として口にしているそうした物質は果たして安全なのか、科学的見地からデータをもとに紹介。安全とは、リスクとはについて、考え方を共有し、改めて安全・安心な食べ方等について語り合いました。



    ○第31回サイエンスカフェ配布資料(pdf)
    (クリックすると開きます)
    ※以下、記載がない場合の発言は浅見氏のもの
    ※質疑応答は一部抜粋

    安心? それとも安全?

      「食べて安心?植物がつくる化学物質」というテーマなんですが、本当に安心なんだろうかと
      いうことを、サイエンスカフェですので、ちょっと科学的に、まずは「安心って何?」という
      ところから入ってみたい。

      • 植物は、光合成で絶えず取り込んで、いっぱい化学物質をつくるんですね。デンプンから何から。人間とは違って本当にいろんな化合物をつくります。その中には時々毒性のあるものもあります。今日はそういうものを食べて安心なのか、特に皆さんが普段食べているものを対象にして、話題提供をしていきたい。
      • 植物の一生に関わる植物ホルモンは物質で、オーキシン、ジベレリンなど、聞いたことあるかもしれません。その中には実は日本人が見つけた植物ホルモンがいっぱいあるんですね。赤い字で書いてあるのが日本人が初めて植物ホルモンだと発見したもので、うちの研究室の出身者とか先輩が見つけたものです。私も新しいホルモンを見つけようと思って、植物ホルモンの研究を一生懸命やっております。(資料p.1)
      • これらの植物ホルモンは、皆さんが食べている野菜にみんな入ってるんです。中には発がん性なんて言われたものもあるんですけど。そういうのも、順を追ってお話しします。さて化合物嫌いな方のために、植物ホルモン擬人化サイトを紹介します。うちの研究室とは縁もゆかりもないんですけど。なぜかアブシシン酸、オーキシンさんとか、みんな女の子になっていて、オーキシンは中心的な役割をしているというので、オーキシンさんがクラス委員長なんですね。サイトの中には漫画もありますので、興味があったら植物ホルモン擬人化サイトに行っていただくと植物ホルモンに親しみが持てるかもしれません。
      • 今回もこれだけお集まりなので心配されているのかなと思いますが、食事に含まれる植物がつくる化学物質です。まず、「化学物質」という言い方がちょっと怖そうですが、食べても安心だという人いますか。逆に含まれる植物がつくる化学物質を食べるのは不安だという人は。不安な人は、1 人ですか。他の人は、もうみんな安心して食べているんですね。
      • 科学では安全という言葉を使わないといけない。安心と混同しないように。そして安全というのは科学的に評価できるものなんですね。安心という場合は、本当は安全じゃないかもしれないという可能性もあるわけです。実は安心ということのほうが人間生活する上で非常に重要です。安心は安全という知識の上に多分乗っていると思うんですね。

    安全性と危険性は裏返し 高いか低いかを考える

      化学物質についても、安全の上に安心があるわけですが、逆に言うと、安全じゃないのに安
      心と思っていることもいっぱいあるんです。だからこそ、ここで科学的な考え方をしようとい
      うことです。ここで「リスク」について考えましょう。近頃よく使う言葉です。

      • 一般的にリスクというのは、これが危ないっていう意味じゃないんですね。温度のようなもので、熱いと冷たい、ちょうど人間にとっていい温度がありますけども、冷た過ぎても、熱過ぎてもまずい。リスクは低ければ低いほどいいですけど、リスクという言葉の意味は危険性ですから、低いほうがいい。反対は危険性が高い、となる。(資料p.2)
      • 逆に、安全性という言葉はどうか。安全のような気がしますけど、やはり安全性も高いか低いかですね。安全性が低いということはリスクが高い。安全性が高いっていうことはリスクが低い。だから「リスクがある」というのは危ないという意味ではなくて、その危険度、その可能性について考える、そういう安全・危険の程度の具合を考える物差しみたいなものです。リスクがある、安全性があるではなく、高いか低いかであると。今日はリスクという言葉がよく出てきますが、だからといって、リスク=怖いというふうには思わないでください。
    関崎

    なるほど。安全性と危険性は裏返しのものだと。

    浅見

    熱い、冷たいと同じような関係にあるわけです。さて、「食べて安全か」について今日は簡単にご紹介します。多くの要素を持ち出すと複雑になるんで、主に急性毒性、食べて、「うう、苦しい」などと映画などで、ばったり死んだりしますけれども、食べて毒か、そうでないかについて、そして、後半に発がん性にも少し触れたいと思います。

      • 毒性学というのは、動物または植物に由来する天然毒、医薬品、農薬などの人工的化合物や放射線などの有害性について研究することです。放射線は今日はおきますが、中でも、天然毒、医薬品、農薬などについて、安心か、不安かではない、安全性について科学的に考えてみましょう。(資料p.3)
      • 安全性を科学的に考えるには、リスクの大きさを算定する必要があります。先ほど、リスクは高い、低いで考える、と言いました。化学物質、化合物が持ってる毒性、急性毒性については、曝露量、摂取量、つまり取った量を掛け算した値の大小で表します。正式に言うと掛け算でもないんですが、端的な数字で表すと曝露量、摂取量を考えるということです。
      • 例えばフグが持つテトロドトキシン。これは猛毒です。青酸カリの1000 倍ぐらい強い毒です。そこに、フグなんて食べたくないという人がいて、食べなかったとすると、テトロドトキシンの曝露の機会がない。フグの持つテトロドトキシンは毒性という意味では高い、リスクではなく毒性は強いですね。でも、曝露の機会はない。そうするとテトロドトキシンの中毒のリスクについては、食べなきゃ死なない、毒も体に入らない、リスクは低いと言えます。単純化して話していますが、こういう考え方ができます。これが先ほど言った曝露量との関係ですね。毒性というのは、テトロドトキシンならテトロドトキシンを取る量によって、ものすごく少ない量だったら全然問題ないということかもしれない。
    関崎

    薄めて、薄めて、薄めて薄めれば大丈夫かもしれないと。

    浅見

    これがリスクを測るということです。では、もうこれで食べて安全でしょうか。実は、植物の化学物質も、安全とも危険とも言えるわけです。なぜなら、魚がつくるフグの毒も安全とも危険とも言えるわけですから。要するに体の中に入れる量の問題なんですね。

      • 量が問題であるならば、安全を確保する情報について、正確な知識を持っていただかないといけない。フグの毒だとすごく強いから、怖い、怖いと意識する。でも、毒性が弱いものだとだんだんグレーゾーンになってくる。世の中そういう物質が実は植物中にも山ほどあります。だから、正確な情報を持つことが重要なんです。

                    

    毒性はどうやって決めるの?

      急性毒性ということですが、では誰が毒や毒性を決めるのか。化学物質の毒性は、毒性試験
      で決めます。人体実験を行うことはできません。本当は動物試験も反対者はいっぱいいますけ
      れども、実質はマウスとかラットを使ってやることが多いです。実験動物を用いて、ある数字
      まで増やすと、あ、ネズミ死んじゃった、というような試験になります。(資料p.4)
    関崎

    その急性毒性っていうのは、死んじゃう量ということなの。

    浅見

    なかなか実際は死んじゃうまではあげないです。図で説明します。縦軸と横軸、死亡率と薬の量です。薬の量が、だんだん増えていくと、途中までは大丈夫ですけど、途中あるところから死ぬものが現れた。普通は角度とか形は違うんですけども、量に比例して危険度は高くなる。さっきの「リスクが高くなる」と、同じですね。

      • ここは覚えてください。投与した動物の半数が死亡する薬量LD50(Lethal Dose, 50%=半数致死量)です。mg/kg。mg(ミリグラム)はg(グラム)の1000 分の1 の単位です。1mg、目に見えます。皆さん、毒物、劇物とか聞いたことがあるかもしれないですけど、これには定義があります。毒物の定義は50mg/kg 以下の物質と。体重60kgの人が食べると3g。1kg 当たりですから、例えばマウスとかは体重が150gぐらいですからね。
    関崎

    これは半分が死ぬ量ですから、数字が少ないほど少量で死んじゃうということですよね。

    浅見

    そうです。ちょっと食べただけで死んじゃいます。劇物は300mg/kg。なんか怖そうですね。このようにして、量が決まっています。今はこれは法律で決まっているんですね。

    関崎

    これより多い値のものは、普通のものということ。劇でも毒でもない。

    浅見

    はい。ただし、医薬品とか農薬とか、人工の添加物では、ですね。

    関崎

    つまり、このLD50で測れないものもあるんですか。

    浅見

    他の規制がかかっているものがあります。LD50 がこれより小さくても。

    関崎

    このLD50は基本なんですね。

    浅見

    :そうです。これより小さくても、いろいろ規制はかかっていて、特に人工の化合物はすごく規制が厳しい。一方、天然物だと同じような数字でも全然OKみたいな感じ。それで、気にせずどんどん食べている。毒も食べているかもしれない。医薬、農薬、食品添加物、この辺以下の小さい数字でも、皆さんすごく心配されますけど、不思議と植物に含まれていると、全く気にされないですよね。私、コーラも飲んでいますけど、そこにもこの辺の化合物がいっぱい入っています。資料に書いてあるのは、まず代表的物質の急性毒性。これも先ほどお話しした半分が死んでしまう量です。小さければ小さいほど危ない。例えばフグ毒、青酸カリ。

    関崎

    随分差がありますね。

    浅見

    これは、もう1000倍違う。だから、フグの毒がいかに強いか分かると思います。青酸カリは10mgですから、60倍して体重60kgの人にすると600mgです。1gない量で半分の人は死んでしまう。この数字は試験によって、ちょっとばらつきがありますが、桁はあまり変わらないと思ってください。大体この辺がよく使われる殺虫剤です。これは普通物なんですけども、MEP 有機リン系殺虫剤、330mg、まあ、毒なのかな。

    関崎

    有機リン系殺虫剤っていうのは、いかにも毒っぽい感じがしますね。

    浅見

    毒入り餃子の事件がありましたけど、あの農薬は有機リン系殺虫剤でした。しかも、もう今や中国でも使わない、日本ではもう規制されている農薬だったんです。毒性がさらに強い。10倍までは行かないですが、数字的には数倍しか変わらない。このことは逆に心配になるかもしれないですが、あとで大丈夫なんですよという説明をします。しかし、あの事件のように意図的に入れちゃうのは想定外なので、かなり危ないです。

      • アレスリンは、噴霧式のシューッとまくスプレー殺虫剤に入っています。これには、2つの成分が混じっています。これも880mg。スプレーの缶の中にはガスと一緒に有機溶剤が入っているんですけど、そこに0.5 %ぐらい入っています。だから、500cc の0.5 %、2.5g ぐらいですか。そんなものがいっぱい入っていて、ちょっと心配になりますね。
    関崎

    でも、全部使っちゃうぐらいじゃないとここまで行かないですよね。

    浅見

    シューッとやるのは数10mgぐらいですから大丈夫ですけどね。次にあるのは、アスピリン。これは、皆さん、パクッと飲んじゃってますよね。頭が痛いときに飲む頭痛薬です。アスピリンは1,000mg/kg、アレスリン等といい勝負ですね。有機リン系殺虫剤のたかだか3 倍じゃないですか。皆さん、これ多分何の疑問も持たずに飲まれていますが。

    関崎

    頭痛のときは飲まないとね。

    浅見

    でも、逆に命を縮めてるかもしれません。

    関崎

    だから用法、用量を守ってと言うんですね。

    浅見

    そういうことです。仮にバファリンを1瓶飲むとかなりまずいことになると思います。でも、農薬、医薬等には規制があるんですね。青酸カリもそうです。それで人が亡くなったりすると、すごい新聞沙汰になったりしますよね。フグ毒も調理師免許を持っていないといけないというふうに、ちゃんと規制されています。

      • 規制がないもの、われわれがよく食べているものについてはどうか。ビタミンAなんてアスピリンなどと比べるとちょっと値は大きめですけど、でも、殺虫剤成分のフタルスリンと同じ程度です。それからアルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム。これは家庭用中性洗剤。例えば家庭用洗剤をコップ1 杯、ごくごくごくって飲むと、もうお亡くなりに……。
    関崎

    具合悪くなるどころじゃなく、お亡くなりぐらいまで行っちゃいますね。

    浅見

    体重60kgの人に換算すると120gが半数致死量です。コップ半分ぐらいですね。

      • 食塩はどうか。今の2つとあまり変わりませんね。60kgの人なら180g。まあ、そこまで摂取することもなかなかないと思いますが。砂糖、これはかなりきつい。30gかける60だと1.8kg。(資料p.5)
    関崎

    1.8kg の砂糖というのは食べるのはちょっと無理ですね。

    浅見

    アルコール、7,000mg。ビールは約5%ですからコップ2杯飲むと400ccで、20g入ってます。全然皆さん気にしないですよね。ところが、さっき言った殺虫剤では2.5g、ビールのほうは皆さん喜んで飲んでいる。殺虫剤のほうはちょっとのことで大騒ぎするのにね。私はこれが毒性がさほどないと知っているのでシューっとまいています。妻はすごく嫌がりますが、安全ですといつも言っています。むしろ酒を控えたほうがいいかもしれない。

      • 私ね、別に酒嫌いじゃないですけど、結構いつも憎んでいるかのような言い方をします。酒はいいことは1つもない。酒は発がん性もある。毒性も高い、酔っ払い運転は危険だし、中毒性もある、何もいいことはないです。これが今発明されところだったら、国は、こんな飲み物絶対許可してませんよ。ただ単に伝統的に飲んでいる。そういう側面が強いですね。伝統的に消費者が良しとすると、毒でもいいってことになっているんです。

    規制がなければ安全なのか

      ここまででちょっと毒のイメージが湧いてきたかもしれません。では、規制のないものは安全でしょうか。例えばさっき言った、砂糖1kg とか。水10〜20L、こんなに飲めないですよね。でも、アメリカ人はよくバケツ1杯のアイスクリーム食べちゃうという人もいるけど、かなり危ないんじゃないかと思います。さっき塩なら180gと言いましたけど、どうですかね。

           

      • これを、もう少し分かりやすいように換算してみました。殺虫剤でよく使われるのは、リン系の殺虫剤。それは、分解しやすいからなんですけども。分解するとリン酸になっちゃうんです。
    関崎

    リン酸はまったく大丈夫なんですね。

    浅見

    かえって肥料になるぐらいで。25m四方のレタス畑で全部のレタスにかかったとして、これをそのまま全部食べたとしたらその量というのが半分死ぬ量。けれども市場に出てくる時は、サーッと分解して出てきます。洗ったりすると、ほとんど気にすることはない。

      • 一方しょうゆコップ6杯。しょうゆに換算したお塩の量ですね。ウイスキー1.5本、これはあそうですね。学生が急性アルコール中毒とか。これらも半分致死量です。
      • また、毒は嫌だと言いながら、誰でも毎日空気中の一酸化炭素を吸ってます。あと、水銀も空気中にはいっぱいあって、ふわふわ飛んでいます。でも一酸化炭素は致死量は1,500ppmぐらい出ても全然余裕があるんで、もちろんOKなんですけども。もし空気中で濃度が高かったら人間は生きていないと思います。
      • 毒のイメージとして、昔から言われているような、しょうゆ一升瓶飲むと死ぬよとか、学生の急性アルコール中毒、一気飲みしたら死んじゃう等の話も、納得できる数字かなと思います。ここまで一通りご紹介したようなことが、現在の毒性の基準です。今までみんなが安全と思ってたものとか、安全でないと思ってたものもひっくるめて、特に急性経口毒性については、基準としてはこのようにして決められています。
      • ここで植物のほうを見てみましょう。(資料p.6)割と有名なほうから、これはウメ。若いうちは青酸が入ってて苦い。青いウメです。危ないんじゃないかというのは有名ですね。これは梅干しにしちゃえば安心ですよ。じゃあ、実際何がいけないのか。実はこういうC≡Nが付いた物質、これC≡Nが青酸カリとかシアン化物で危ないんです。酵素による分解でC≡N が出てくるんですね。
    関崎

    青酸カリにも同じものがあるんですね。

    浅見

    そう。青酸カリ、シアン化カリウム(KCN)っていうのは同じ成分。ですがLD50 では、405mg/kg、大人300 個、子どもで100 個ぐらい青いウメのまま食べちゃうとちょっとまずいんじゃないかと。300個をかりかりとかじってしまうとか。世の中そういうことをやる人はいるんですよ。

    関崎

    聞いたことがあります。戦後すぐの頃で食べる物がなかった時に子どもが木になっている青ウメの実を取ってきて、かりかりと半日くらい食べて具合悪くなったというような話。

    浅見

    :現代の皆さんは、この辺はそんなに気を付ける必要もないかなと。

    関崎

    そこまでふつう食べないですから。じゃあ、1 個とか2 個なら食べてもいいわけですね。

    浅見

    やめたほうがいいかも。まあ、うちの子も食べちゃったけど、そんなに何もなかったです。大騒ぎしなくても、一口食べたぐらいだったら全然平気です。おいしくないと思いますし。

    ジャガイモに含まれる有毒成分とは

      過去50年間のわが国の高等植物による食中毒事例の傾向です。患者数918、幸い死亡者はいないんですけど。ジャガイモ、これは有名ですね。時々新聞に載ります。私も毒性の面から言ったらジャガイモは禁止食品にすべきだと常々言っているんですけども。実は安心なんです。ジャガイモの中毒原因物質っていうのは、構造がちょっと長いのが特徴の、有名なソラニンですね。一般的にはグリコアルカロイドと言われているものです。トマトに含まれているトマチン、これもグリコアルカロイド。大体どのぐらいかというと、ここでの数字は中毒量で、LD50とはちょっと違うんですけども、成人で2.8mg/kgで、マウスの経口だと500mg/kgで、まあ、どうということはない。ただ、ウメと違ってジャガイモのほうが食べやすい。

      • ジャガイモの毒は皮にかなり局在、偏在してしまう特徴があります。そして芽。特に芽になると余計また増えます。これは大体1〜3mg/kg、人間が60kgだと180mgで症状が出る。60かける360mgで死亡する可能性あり。実際の量は、100g未満のジャガイモ、100g以上のジャガイモ、そして平均で示されていますが、メークインには50mg/kg 含まれています。(資料p.7)
    関崎

    さっきまでのものからすると、随分数字が小さいですよね。危ないですね。

    浅見

    危ないんです。換算すると、体重60kgの人が180mg摂取すると危ない。さっきの症状が出る可能性のところで言ってますが。メークインだとちょっと気持ち悪いなと。メークインは男爵よりもちょっと多いんですね。あ、資料のジャガイモ400gというのは計算間違っていますね。皮ごと食べた場合は3kgです。ジャガイモ30個。もし皮だけむいて、私は料理名人だから無駄なく食べようと言って皮だけ食べさせると、30個の皮だけの量は大したことないですから食べられちゃう。ソラニンの量はずっと危ないことになります。皮付きのまま調理したりすることもありますが、ただ3kgということからすれば、普通はいっぱい食べても1kgぐらいですから。ただ、ジャガイモの皮が好きな人は影響あるかもしれない。

    参加者

    その毒性は、料理しても変わらないんですか。

    浅見

    基本的には変わらないですね。ただ、酢酸、お酢と一緒にぐつぐつ煮たりすると、この辺の構造が切れるかもしれません。

    関崎

    酸っぱいスープでぐつぐつ煮れば分解すると。普通の中性のもの、普通に考えられる調理だったら、まだ毒は残ったままだと。すると、芽のところなどは……。

    浅見

    これは芽が出てるっていうことを想定していない数字なので、芽を出すともっと危険になります。皮ごとホイルにくるんで焼いて、バターを乗せて食べるのも皮は食べないもんね。

    関崎

    皮は残したほうがいいんですね。

    浅見

    1 個くらいは大丈夫ですよ。リスクという言葉、あれは高いか低いか。掛け算ですから。

    関崎

    皮付いたまま切って油で揚げて食べる、あれも皮を、こう削いで食べればいい。

    浅見さんに質問する関崎さんの写真

    ファシリテーターは関崎さん

    浅見

    日常食べる量なら大丈夫。でも他の化学物質と比べると、そういう天然物はいかに甘やかされて育ってるか、ぬくぬくしてるかっていうのが、後で出てきます。これは去年のもの。ジャガイモの食中毒、9割は学校菜園です。ジャガイモを植えて、だんだん育ってくると土から露出してイモが光を浴びてしまいます。日光に当たってしまった緑色のジャガイモのほうが毒が強いです。ちゃんとしっかり土をかぶせましょうというのが、小学校や家庭菜園の人に向けた案内になります。

    関崎

    緑色だったら、本当に剥いちゃわないと危ない。

    浅見

    危ないと思います。というのは、これは毎年こんだけ騒がれてるほど多いから。

    ギンナン、トリカブト、スイセン

      ギンナンにも毒が含まれています。ギンコトキシンなんて書いてありますけど、毒だ毒だっ
      て言われていますけど、さっきのウメと同じぐらいで、まあ、そんなに毒ではないと。割と季
      節ものだし、茶わん蒸しに1個入ってるくらいならいいけど、でも、30個とか食べると、どう
      でしょう。
    関崎

    これだけつまみにしてぽりぽり食べちゃったりすると。

    浅見

    人によって感受性とか違いますけど、何十個とか食べると中毒症状を出す人はいると思いますね。でも、普通に食べている分には大丈夫です。

      • あと、こんなもん食べる人はいませんよね、トリカブト。この毒は有名です。栽培してるだけでまずいです。いくつか見て、植物はやっぱり結構毒つくるんだなというのがわかりますね。トリカブトみたいにめったに見ないものから、イチョウ、ウメ、そして、そこまで食べないよなっていうものからジャガイモみたいなものまである。ちょっと危ないなと。
      • 次のものは、2016 年人が亡くなっちゃったんですよね。これも栽培を中止したほうがいいんじゃないかって、訴えたほうがいいんじゃない?
    関崎

    毎年春先に起こりますよね。

    浅見

    スイセンの葉、ニラの葉。2つはよく似てる。うちにも両方生えてるんですけど。(資料p.8)

    関崎

    よく見れば違いますよね。

    浅見

    においも全然違うし、ニラのほうが細いです。でも、結構間違えてしまうんですね。2017年のニュースもあります。豊野高等専修学校でニラとスイセンを間違えて食べて、気持ち悪くなっちゃったと、調理実習で。気をつけようということですが、実はニラも結構毒が入ってるんですけども。

    関崎

    ニラもあるんですね。毒のない植物はあるんですかって逆に聞きたくなるぐらい。

    浅見

    というか、ほとんどは毒なんですけど、その中でも毒性の低いものを選んで野菜にして食べてると言ったほうがいいと思います。特に庭に咲いている花とかは、ほとんどが毒を含んでいて、だから、彩でちょっと食べるのはいいんですが。

    関崎

    じゃあ、そういう庭の花とか葉とかをうかつにムシャムシャ食べちゃいけないですね。キクの花を食べたりとかあるじゃないですか。

    浅見

    キクの花も何十個も食べないほうがいいと思います。花びらとか葉とか。彩や風味で、ちょっと食べるぐらいはいいと思いますけど。

      • この縦長の化合物なんですけども。これは去年男性が亡くなりました。スイセンに含まれているのはガランタミンという化合物なんです。マウスでLD50 が25mg/kg。ずいぶん低いです。もう毒物指定の域です。殺虫剤と同じで猛毒で、先ほどもう使用が禁止になったジクロルボスと言いましたけど、それと同じ作用です。
      • ジクロルボスはこれは劇物指定なんですけども。だから、世の中からスイセン全部引っこ抜いたほうがいいんじゃないかと思うんですけど。そうすると、ほかのいろんな植物も植えられなくなりますもんね。
      • 知識とか情報が必要ですよと言ったのは、こんなふうにスイセンみたいなものを食べないでください、こういう毒が入ってますといったことなんです。ただし、さっき計算してみたんですけど、この男性はスイセンをどう見ても1kg 以上は食べてますね。鍋だからひたひたになるので食べれちゃうんですね。含まれている含量からすると、そんなに多くはないんです。例えばスイセン1本や2本食べても「大変だ!」なんていうことはないんですけども。
    関崎

    じゃあ、間違ってちょっと食べたとしても、ちょっとならば慌てなくてよいと。

    浅見

    ウメもギンナンもスイセンもそうです。トリカブトはちょっと違うかもしれないけど。これは対症療法の薬もありますから、まあ、大丈夫。ヒガンバナは食べないですけど、ヒガンバナにも同じようなものがあってよく言われるように、やはり毒が含まれています。

      • 厚生労働省のホームページに行くと、いろんな毒のある食べてはいけない植物等をたくさん掲載した一覧表もあります。毒があるのは知っていましたが、私も今回勉強して初めてこういうページがあるのを知りました。もし、食べていいのか分かんなかったら、食べなければいいんですけど、分かんないんだけどどうしても食べたいっていう場合は、こういうサイトを見て、ちゃんと調べたほうがいいと思います。

    さらに身近なタマネギ、ヒジキ、ダイズ、カツオ節……

      大部分の方にとって、ウメとかイチョウとかは特別な話でしょう。都会では見掛けるものもありますけど、トリカブトとか間違えたりしないし、注意していれば大丈夫だと皆さんお考えかと思います。でも、さっきジャガイモの例を挙げました。ジャガイモが出るということは、まだ何か隠し玉を持っているんじゃないか。他のよく口にする植物にも毒が含まれるんじゃないかとお思いでしょう。そのとおり。おおよそ皆さんが口にされるレタス、キャベツなど、正直言うとみんな毒だらけなんです。まあ、それは量がかなり少ないからいいんですけど。(資料p.9)

      • では、もうちょっと身近な毒についてお話しします。有名な、猫とタマネギの話です。毒は実験動物を使って毒性を測っていますと言いました。皆さん、猫にタマネギを食べさせるなって言いますよね。猫が死んじゃうよとか、血出しちゃう、血尿出しちゃうよと。大体これ、60 〜 100g、大さじ4 杯ぐらいの量です。生は食べないから炒める。炒めちゃうと猫も食べちゃう可能性があります。すると、猫は死んじゃいます。
      • 人間も、タマネギを食べて血液さらさらと言いますけれど、さらさらが行き過ぎると赤血球壊れちゃうんですね。大きなボールで、タマネギを、うまい、うまいなんと言って1杯も2杯も食べちゃうと、まずおしっこが赤くなります。さらさらが過ぎて溶けちゃうんです。催涙性もありますよね。動物が好きで、猫が好き、猫が危ないというのに、なんで皆さんタマネギ食べるんでしょう。
    関崎

    切っている時に、ぽろぽろ涙が出ます。

    浅見

    :明らかに毒じゃないですか、タマネギ。猫に食わしちゃいけない。やっぱりジャガイモもタマネギも規制すべきじゃないかと。

    関崎

    するとカレーが作れなくなりますね。

      • タマネギについて、これは書いてある方の本から持ってきたのですが、「天然食品は安全なのか?」と。(資料p.9)タマネギの毒性というものを動物試験でLD50などで出しています。食品添加物や農薬と同じ基準に当てはめると、カレー1皿に許容される量は0.016g。皆さん、もし農薬がこれだけの量入っていたら、大騒ぎですよね。でも、それどころか、実際はこの1000倍ぐらいのものをタマネギで食べているんですよね。0.016g は、みじん切りにしたひとかけより少ないじゃないですか。催涙性もある。サラダで、0.008g、炒めるとちょっと少なくなるってことですかね。
      • ここにジャガイモがあります。ジャガイモの毒性が、もし残留農薬だったなら、基準値以上で全て回収です。でも、ソラニンが含まれているからという理由で回収されたジャガイモって聞いたことないですね。イギリスではヒジキは危険物です。ヒ素が結構入っていて。これについては、日本の食品安全委員会でも明解に答えを出していないですね。みんな食べてるんだからしようがないじゃないって。今まで食べてるから大丈夫と。でもイギリスでは危険という扱いになっています。
      • 最近テレビでやってました、和食が広がってるフランスに対してもカツオ節は輸出できません。発がん物質のベンツピレンが入っているので、フランスは輸入を許してくれません。だからカツオ節をフランスで作ろうという動きがあるぐらいですね。また、大豆、イソフラボンを環境ホルモンだとして疑問視する国は多いです。

    コーヒー、タバコ、お酒も毒?

      どうやら植物にもいっぱい毒があるなと、お分かりいただけたかと思います。では、皆さんの身近にあるカフェイン。これは、コーヒーの成分ですね。エナジードリンクを飲み過ぎて亡くなった人がいたとニュースで聞いたことがありましたが、カフェインのLD50は200mg/kg です。殺虫剤より小さいですよね。だから亡くなっちゃう人がいるんでしょうか。あと、カプサイシン、唐辛子大好きな人いますね。これはもう毒物に近い劇物ですね。(資料p.10)
    関崎

    猛毒じゃないですか。

    浅見

    はい。あと、これは食べる人いないと思いますけどタバコのニコチン。これはかなりな神経毒です。神経の受容体に、ボコッとくっついてしまう。赤ちゃんだと数本分の煙草の水溶液で死んじゃうんです。だから、よく空き缶に水入れて灰皿にしてタバコの吸い殻を入れたりしますけど、あれは赤ちゃんが飲むと死んじゃいます。危ないんです。そういう意味で、最も身の回りにある急性毒性の高いもので規制がないものということでは、ニコチン、カフェインが代表になるかもしれません。

      • アドレナリン、これは体の中でもつくっていますが、経口最少致死量30mg/kg。人間の体でつくっているものも毒なのかと思われるでしょう。この量は体外から与えた場合の数字ですけども。では、カフェイン、これはどのくらい摂取してもいいイメージなんでしょうか。
    関崎

    150杯ですか。

    浅見

    コーヒー150杯。こんなには飲みませんよね。ただし、これは半数致死量です。国は規制はしてないですけど大体コーヒーは4〜5杯にしてくださいと言っています。それ以上は影響が出ますと。妊婦の人は2〜3杯にしてくださいと、厚生労働省のホームページにはしっかりと書いてあります。知っていましたか。今日はサイエンスカフェでコーヒーをどうぞと言っていますけれど、私は嫌です。(笑)コーラを飲んだんですけど、コーラにも5分の1ぐらいカフェインが入ってます。

      • カプサイシン。これはちょっと心配かなって思うんですけども、大丈夫です。半分致死量は12kgですから。一度にそれだけは食べないし、その前に辛さの刺激で死んじゃうかもしれない。この12kgはさっき出たLD50の数字を具体化したものですね。
    身近な食品の「毒性」の話に熱心に聞き入る参加者の写真

    身近な食品の「毒性」の話に熱い注目が集まります

    参加者

    「一度に」という言葉が出ました。年間どれだけという計算もされてるんでしょうか。

    浅見

    ADI(acceptable daily intake= 1日当たりの許容摂取量)というのが、今度は一生涯食べ続けた量ということなので、年間どれだけにもなりますが、みんなが普段飲んでいるものを、ADIでカフェインを決めることはわざわざしないんですね。ADIを決めちゃうと1日飲んでいいコーヒーって0.1杯ぐらいになっちゃうんです。

    関崎

    ADI は、それだけの量を一生飲み続けても大丈夫という理論ですよね。

    浅見

    一生涯飲み続けて全く何の影響も出ない数字。だって、3 〜4杯飲んだら影響出るって言ってるのに、ADI は一生涯だからもっと小さくなるはずなんですけど。コーヒー業界が怒るじゃないですか。皆さんだって反対する。危険を冒してでもコーヒーを飲みたいって言うに決まっているんですから。会場の皆さんもこの話を聞いた後もコーヒー飲み続けますよね。ADIを
    取るにもお金がかかります。だからコーヒーみたいなものについては、わざわざ取らないんです。その代わり、新たに登録するような農薬とか医薬とか食品添加物に関しては、必ず取るようにしているわけです。

    関崎

    昔から習慣的に食べたり飲んだりしてるものは、そのような扱いなんですね。

    浅見

    化学物質という点では何の変わりもないんだけど、扱いでは大きな違いがあります。しかし、科学的に見ると同じ毒なんですよ。

    関崎

    変な感じがしますね

    浅見

    そうなんです。昔から食べているんだからとか言って。とはいうものの、日本人がジャガイモを食べ出したのはつい最近ですし、コーヒーもつい最近です。

    関崎

    コロンブスがいなければ食べられなかったのに。

    浅見

    カフェインに関してはお茶にも含まれます。お茶のカフェインはコーヒーの3分の1ぐらいです。だから、昔から食べているとも言えますが、通常そういうものはADIを決めないです。

    参加者

    それぞれ単品として毒性のお話を伺いましたが、例えば複合的に相互作用して毒性が上がることはないんでしょうか。例えば、お酒を飲みながらギンナンをつまんで、フライドポテトを食べるとか、普通の生活では複合的に摂ることになると思いますけど。

    浅見

    そういうのはADIを取るのは難しくて、基本的には単品で測られます。経験的にこれとこれを合わせたら卒倒したことがあるとか、そういう事例がない限りは食べ合わせしちゃうと思うんです。毎日普通に食べているものについて、ネズミを一生飼い続けて、いろんな濃度で測定するというのは、誰も得しない。例えばソラニンとかコーヒーとかで測っても、誰も喜びようがない。基本的にはやりません。ただし、誰か深刻な影響が出たという事例があって、国が危ないと思ったときはやるかもしれません。

    関崎

    でも、今日の浅見さんの話を聞いたら、連想しながら食べたり飲んだりしちゃいますね。これも入ってる、あれも入ってるって。

    参加者

    毎日複合毒の生活してるような気がしますけど。

    浅見

    本当は実際よりはもっと少なく、減らして食べたほうがいいのかもしれないです。

    参加者

    減らしてですか。

    浅見

    増やしていいことはないと思います。複合的な作用を気にするんでしたら。

      • さっきからお酒の悪口を言っているんですけど、多分これを見てもお酒をやめる人はいないと思うんです。アルコール飲料は急性毒性のほうがデータが多いんで急性毒性で説明しましたが、発がん性の物質もいろいろあります。

    ADIはどうやって決められるのか

      安心と安全を混同しないことが大事です。例えばアルコールやカフェインを普段は気にしないで安心して摂っていますが、本当は安心のほうが怖いこともあります。ただし、正しい知識や情報があれば大丈夫です。安全は科学的なものですが、安心は心理的なものです。

        絶対的に安全な食べ物というものはありません。以前、アメリカでありとあらゆる危険な要素、発癌物質を絶対に含んではいけないという法律を作ったんですが、実はそういうものは誰も食べられないということがわかって、その法律は中止になりました。

      • 食品や物質のリスクは、「量」によります。スイセンだって1㎏食べれば中毒を起こしますし、水も10ℓ飲めば危険です。度を超してはいけないんです。ただ、正しい知識があれば安心です。時々は農林水産省や厚生労働省のホームページを見るようにしましょう。
      • さて、最後にまたコーヒーを悪者にしますが、人工、天然にかかわらず化学物質には違いがなく、その毒性は科学的に決めらますし、その安全性もまた科学的に決められるものです。どのように決めるのか。先ほど規制のあるものやないものの話をしました。
      • それがADI(1日当たりの許容摂取量)という1日当たりの許容摂取量になります。試験動物に生涯食べさせ続けた場合の影響を見るのです。これは基本的には先ほどの急性毒性とは異なった値になってきますが、場合によっては似たような値になることもあります。(資料p.11)
      • 動物試験により得られた結果からもっとも低い無毒性量、何の影響も見られない、異常がないような値が決まってきます。動物試験の値は人間とは違いますからまず種差を考慮して係数として10分の1をかけます。さらに人間でも個体差がありますから安全を見てさらに10分の1をかけます。このように動物試験で得られたもっとも低い無毒性量の100分の1の量をADIとして、それよりも少ない量になるようにしようというものです。
      • ADIの決め方で考えた場合、例えば、残留農薬の基準はどのように決めているのでしょう。動物試験から、まず無毒性量の100分の1というのは自動的に決まります。農薬は米や野菜などの作物にかけます。肉にはかけないけれども、肉になる家畜が野菜を食べるとして、私たちはその肉を食べます。肉や野菜など人間が食べる量をまず考えます。
      • お米なら1日10杯食べるなど、多めに計算します。さらにどれくらい残留しているか、水や空気中から取り込まれる量なども考慮して、作物ごとに許される農薬の残留量を計算します。その基準を元に農薬の使用時期、回数、使用方法などを決定していくのです。
      • 1人の人が1日に食べる量によってADIは異なってきますので、国ごとにも数値は違ってきます。例えば、紅茶をたくさん飲む英国では、紅茶について農薬のADIは厳しくなりますし、逆にお米はあまり食べないですから、基準は日本よりは低くなります。このようにその国でたくさん食べる主食作物などには厳しくなります。

    コーヒーから考える安全と安心

      カフェインについて今一度考えてみましょう。ラットへの急性毒性から計算した人への毒性をもとにすると、一度に飲んだり食べたりすると半分の人が死亡する量は、コーヒーでは150杯です。(資料p.12)

      • コーヒー1杯にはカフェインが60mg含まれています。お茶はだいたい3分の1くらいだと言いましたが、玉露の場合は間違いなくその2倍以上入っていますね。ダイエットコーラは46mgも入っている。私もいつも飲んでいますけど、これはいけないですね。コーヒーに変えてもだめ、カフェインを減らすには麦茶にしないといけませんね。
      • 急性毒性とADIとを比べてあります。(資料12左下グラフ)急性毒性のほうがちょっと緩くなります。ADIの場合は毎日一生涯食べ続けた場合に1日食べてもいい量です。コーヒー150杯は一度に飲むと人が半分死にますという量ですが、普通3〜4杯くらいでちょっと頭が痛いなという程度ですから、最大無毒性量はその半分の1.5杯にしてあります。最大無毒性量のさらに100分の1ということで、ADIとして計算するとコーヒーは1日0.15杯しか飲んじゃ行けませんという基準になるわけです。
    関崎

    逆に言えば、ADIはそれぐらい厳しい基準になっているということですね。

    浅見

    はい。時々農薬の残留基準を超えたといってニュースになっていますが、基準が厳しく設定されていて、それを超えたということなので、その意味で専門家としコメントを求められても「1日くらい経てば大丈夫だと思います」という内容になってしまうので、もしかしたら消費者の怒りを買っているかもしれないですが。1日くらい残留基準の10倍くらいのものを食べたとしても全く問題ないと思います。100倍以上というとまあ不安になってくるかもしれませんが。10倍くらい食べても問題ないくらいですが、そもそも10倍残留するという事例は非常に稀で故意に入れない限りありえないケースではあります。

      • コーヒーについては、カフェインの摂取過剰が懸念されますが、どの国もADIの設定はありません。ほとんどの国で同じようになっていますが、欧州の場合を見ると、欧州食品安全機関(EFSA)は1日当たり400mgまでは健康リスクはない、妊婦の場合200mgまでは胎児健康リスクはないとしています(コーヒー1杯には60mgぐらい入っていますけれども)。3杯以上飲むと健康リスクは増加しますよと言っています。
      • この説明は影響が出るという数字として急性毒性の最大無作用量で話をしていて、超えると影響はありますよというギリギリのところで論じていて、ADIではありません。そのような状況ですのでコーヒーについて規制できずにいるんです。

      • 資料にあるとおり「人工化合物については、悪影響が見られない値から100分の1以下の量に規制しなければいけない」んですが、カフェインは最大の無作用量、先ほどのグラフで影響の線が立ち上がるところで、OKと言っているわけです。そうすると3〜4杯はいいということになるんでしょうか。(資料p.13)
      • カフェインについては、先ほどもでたエナジードリンクでは100ml当たり数百ミリグラム入っているものもありますので、お気をつけください。あれを1日に何本も飲むのは本当にまずいです。お茶も、玉露は極端に多かったですが、大体は100ml当たり20mgほどとなっていて、飲み過ぎには注意しましょう。

    天然物だから安全なのか 人工化合物は悪者なのか

      図(飼料13ページ左下)は発がん要因ワースト10です。喫煙、肥満、野菜・果物の不足の次に飲酒等々とあります。野菜や果物にも発がん物質はいろいろ入っていますが、本当に微量なので、自信を持ってレタスを1日に2個でも3個でも食べてもらって大丈夫です。

      • ここで人工化合物からの訴えです。「根拠のない偏向報道に反対!」。もし人工化合物が人間だったと考えるとどうでしょう。クローン人間の立場だったとします。われわれが普通の人間と何が違うんだと。「天然物至上主義反対」。白人至上主義のトランプさんじゃありませんけれども。そして「化種(ばけしゅ)差別反対!」。人工化合物はこういうことを言いたいんじゃないかなと。人工化合物が悪者にされがちなのは、昔悪いことをいっぱいしていたんです。でも、前科者だからといって差別するのはやめようというのは、いまや一般的ですよね。今はもう更正しているんですから。かえって厳しい試練を乗り越えてようやくこの世に現れ出ているんです。
      • 国連のホームページより引用です。「差別とは、特定の集団や属性に属する化合物(「個人」という本来の語を読み替えて)に対して特別な扱いをする行為である。国際連合は、差別には複数の形態が存在するが、そのすべてが何らかの除外行為や拒否行為である。」明らかにこれは人工化合物に対する差別と同じ状況ではないだろうかと。99%は冗談で言っています。1%は何かというと、科学的に見た安全性の話です。天然物がやけに優遇されているのではないか。天然物だと、毒があろうが、何だろうがみんなOK、OKと言われる。

    本当の食の安全・安心について考える

      食の安全・安心にとって何が大事かを再度考えます。(資料p.14)まず、食べる物が必要量あること。食糧安全保障にも繋がる話です。あまりにも「あれも嫌だ、これも嫌」だと言っていたら、食べる物がなくなります。リスクは、それそのものが怖いものなのではなく、安全性の裏返しで、高いか低いかということ。そして確かな情報を知っておくこと。規制されているものは、まず何も考えなくても摂って安全ですが、かえって規制されていないもの、例えばコーヒーを何となく何杯も飲んでしまうようなことは危ないのかもしれません。

      • 「○○は体に良い」とか「●●は体に悪い」というフレーズは、量について考えていない言い方だということです。お酒も甘い物もたくさん摂り過ぎると死んでしまいますが、適量を摂れば幸せにもなるし、摂り過ぎれば肥満にも酔っ払いにもなってしまいます。しっかり知識を持って正しく食べて生活しましょう。また変に心配性にならなくても大丈夫じゃないかということが今日のポイントです。
    関崎

    最近、健康食品にビワの種を粉にしたものが入っていて、それをたくさん摂った方が具合が悪くなったとニュースで効いたんですが、最初に「ビワの種」と効いて私はビワは種の周りを食べる物で、種は食べるものじゃないでしょう思いました。種の部分を粉にしたものが健康に良いとかと言っていたようなんですが、昔からあったけど食べるようになってはいなかったものが出てくるときって要注意なのかなと思ったりもします。

    浅見

    まだ、ビワの種の毒性について詳しく調べていた人はたぶんまだいないんじゃないかな。そういうことが起こると慌てて調べているかもしれませんが。アンズの種にも同じようなものがあったというように、種に共通するものがあるのではないでしょうか。

    関崎

    種と言えば、アーモンドやピーナッツ、ギンナンなど食べておいしい物は結構ありますよね。

    浅見

    ただ、私はアメリカから輸入された豆類は食べないようにしています。なぜかというと、発がん物質のアフラトキシンに汚染されているのが怖いからです。もちろん許容量はありますけれども。

    関崎

    検査もされているでしょう。

    浅見

    していますし、基準値内に入ってはいるんですけれども、何となく気持ちが悪いなと。

    関崎

    差別じゃないですか。

    浅見

    差別です。前科者はつい差別してしまいます。

    関崎

    ほかにもいろいろ木の葉だとか、草の葉だとか、危ないものもいろいろあると思うんですけど、昔から使われていたものは、例えばお刺身に付けられているシソの葉とか、そのくらいの量は全然大丈夫ですよね。

    浅見

    漢方薬でも摂り過ぎれば毒なんだけれども、実際の処方ではこれこれの量を用意してくださいと決まっています。

    関崎

    そうですね。薬は用法用量を誤るといつ毒になるかわかりません。

    浅見

    だから、野草も、皆さんがきちんと調べているもの以外は食べないように。キノコもそうですね。アジサイの葉っぱで中毒を起こしたというのもあったとか。

    関崎

    アジサイの葉っぱもお料理の飾りに添えられて出ていたのを食べちゃった人が中毒を起こしましたね。

    浅見

    調べてみると毒が相当入っているんですね。ちょっと食べるのはいいんですけど、そういうものをもぐもぐ食べちゃうと危ないことになることがある。そういうのを知らないで、見栄えが良いというので出してしまったというのも原因ですね。

    参加者

    「大豆に含まれるイソフラボンが環境ホルモンだとして疑問視する国が多い」と書いてありますが、私はこのことを知らなかったんですが、日本ではビタミンEや大豆は体に良いとか、イソフラボンは良いとか、プラスのことばかり情報が多くて。環境ホルモンというのはどういうことなんでしょうか。

    浅見

    今は環境ホルモンという言葉はあまり使わないでほしいと言われていますので、あまり適切な使い方じゃなかったかもしれませんが、いっとき貝のオスがメス化するといった話が大きく取り上げられて、そういう実験をしたところ、貝にそういう物質を受け取る受容体があるんだけれども、イソフラボンもその受容体に嵌まるということで、あまりイソフラボンを摂り過ぎるとメス化するんじゃないかといった話がまことしやかに出ていたこともあります。

    今はあまりそれは大きな声では言われていません。そんなに大きな問題はないということで。そうした話や実験結果や原因が見つかった時というのはすごく大げさに言われて広がるんですね。でもさらに調べていくと、実生活に影響がないですねというので、だんだん落ち着いてくるというところがあります。結局量の問題になるんですね。

    参加者

    台湾に行ってきましたが、台湾の方は大豆加工品やピーナツ加工品をすごくたくさん召し上がりますね。摂り過ぎるとよくないのではないかと思うのですが。

    浅見

    取り過ぎはよくありません。

    関崎

    でも台湾の方々はそれを召し上がって健康でいらっしゃるんですよね。

    浅見

    それくらいは大丈夫なんでしょう。モンゴルにも牛乳だけで生活している民族がいると聞いています。テレビなどで言っているような、どんな栄養素がこれだけ必要という話を聞いて、こんなにいっぱい人間は食べられるのかと考えることがあると思います。でも人間はある程度適応がありますので、可能だと思います。毒性の強いものは問題ですが、影響が出るほどの量、毒性のあるものを食べるということも現実にはそうそうないので、いつも食べている物については大丈夫だと思っていただければと思います。

    関崎

    先ほどの日本人はたくさんお米を食べて、英国人は紅茶をいっぱい飲むというの同じように、台湾に住んでいらっしゃる中で大豆製品を食べていらっしゃるというのは大丈夫だろうと思うんですけれど、ただ日本に来て同じことをすると果たしてどうかなと。そこの国ごとにその土地にあった食事の構成やバランスがあると思うんです。

    参加者

    先ほど先生は「コーヒーに規制をかけていいですか」とおっしゃいました。私としては規制を希望します。というのは、大人は自分で摂るものを選択できるのですが、子どもについて、栄養摂取量のめやすは男女それぞれ年齢ごとに決まっているのに、規制となると大人と子どもという区分けがあるだけで細かな規制がない。如実な例がハチミツの摂取について。子どもの規制についてはもう少し大人が繊細にいろいろなことを扱ってもいいのではないでしょうか。その意味でコーヒーもコーヒー牛乳などは小学生も飲んでいますし、知らないうちに大人が子どもにあげすぎているのではないかとも思うのですが。

    浅見

    子どもに与える物は大人が与えているので、大人が気をつけてあげるべきではないかと思います。その時に教育の一環として、これだけ飲み過ぎると危ないんですよと言ってあげると、食品の安全について教えてあげるよい機会になるかもしれません。そうすると、たばこのようにコーヒーにも「飲み過ぎに注意してください」って書かないとだめなんでしょうかね。(笑)ニコチンのほうが圧倒的に毒ではありますけれども。

    参加者

    植物由来の化合物を薬として使うということは、今お話に伺った毒性があるよということとどのような関係にあると考えられるでしょうか。

    浅見

    ほとんどすべての化合物には毒性がありますが、植物由来の化合物の毒性が強いかというと、そうではない部分もあると思います。医薬でコルヒチンやビンブラスチン、タキソール等々が植物から採られましたが、それらは細胞の分裂を阻害しますので、正常細胞にもどうしても影響は出てしまいます。ただ、がん細胞に対してより選択性があるんです。食品添加物や農薬に対する皆さんの心配などを考えると、制がん剤はものすごく毒があるんですけれども、不思議と皆さん許容してくださっていますよね。

    関崎

    命にかかわるのでそんなこと言っていられないんですね。

    浅見

    毒性は強いと思うんですが。やはり皆さんのコンセンサスというのでしょうか。コーヒーだって「そんなに言わなくていいじゃないですか」とか、制がん剤も「命にかかわるんだからいいですよ」と、皆さんに広く受け入れられて、パブリックアクセプタンスというのがあると、いろいろやりやすいんだと思います。

    関崎

    毒になるくらいの生理活性があるから薬になっているということがあるかもしれないですよね。がん細胞は、そもそも自分の細胞ががん化しているので、元は自分なんですよね。だから区別がつけられなくて、区別がつけられるのはどこかといえばものすごく細胞分裂が活発だというところなんです。細胞分裂が活発なところに作用する薬が行きますので、がん細胞も攻撃しますけれども、同じように分裂をいつもしている毛根の細胞とか腸の上皮の細胞とかがアタックを受けて、毛が抜けたり、お腹を壊したりということが起こるんですね。

    参加者

    ビタミンAの急性毒性のところに「催奇形性あり」と書いてあって、マウスまたはラット試験ということですが、これは再現されていることでしょうか。

    浅見

    ビタミンAについては、ビタミンAそのものよりもレチノイドという、眼(視覚)に関係する、光が来てちょっと構造が変わって光を受容した後で神経系に伝える物質があるのですが、それが体の中で分解されるその物質が影響すると言うことです。「催奇形性あり」とありますが、これには再現性はないというデータはないと思います。といっても、試験によっては出ない場合があるけれども、何度も試験をするとやはりどこかがおかしいものがあったんですね。ただし、これも実験で与える場合はかなりの高濃度を与えますから、実際の中ではそんなに心配することはないと思います。そんなに大量にビタミンAを体に入れるということは現実にはないですから。これは実際に食物としてビタミンAを与えたわけではなくて、飼料に混ぜてネズミに何かが起きるまで与えるという試験をするんですね。そういう場合に影響が起きてくるということです。

    参加者

    安全ということのうえに安心があること、そこにはリスクについての考え方や確かな情報の必要性、量の問題などがあることをお聞きして、これは「食」ということに留まらず他のことに置き換えてもいろいろなものの考え方に当てはまる基本的な考え方になるんだろうと思いました。私自身は小中高大と教育を受けてきて、この年齢になって初めて今日この場に来てお話を伺っているのですが、どこでこうしたことを学んでくるべきだったんだろうと思ったんです。どこかの時点で今日のようなお話を学んでおけば、多くの人が、安全と安心についての極端な表現とか、「添加物を使っていないから安心」といった広告に惑わされることもなくて済むと思うんですですが。どうすれば、多くの人々のこういった点での考え方がしっかりするのかなと思ったものですから、先生のお考えをお聞かせください。

    浅見

    家庭科ではないかなと思います。食品について学んで調理するという機会が家庭科ではありますね。高校でも今は男女とも学ぶと思いますが、そこで家庭科の先生にそうした話をしてもらうのがいいのではないかと。家庭科の先生は学校の先生で科学者でもあるので、ちゃんと勉強して授業で扱ってもらえればと思います。

    関崎

    小学校高学年、中学、高校と家庭科はありますからね。

    浅見

    あとはリスク学。難しくなりますけど、どこでやるんでしょうかね。社会でも数学でもないですから。

    関崎

    どこかの学年だけで終わりではなくて、何回も繰り返し、少しずつ難しい中身にして学ぶのがいいかもしれません。

    浅見

    また皆さんの家庭でもそういう話をしていくことですね。

    参加者

    資料の中で、ヒジキがイギリスでは危険とされているとのことでした。日本ではヒジキは体に良くて毎日食べるようにと聞いていますが、他に日本の食文化では代表的な食べ物で海外では危険だと言われているものはカツオ節、ヒジキのほかにありますでしょうか。

    浅見

    あまりほかは聞かないですね。フランスではキムチも輸入禁止です。何がいけないのでしょうね。

    関崎

    ミラノ万博の時に日本食を紹介しようと持って行ったら、やはりカツオ節をイタリアに入れるのに相当苦労されたという話を聞きました。最終的にはOKになりましたが。カツオ節に付いているカビに発がん性がないというデータを付けて持って行ったそうです。

    参加者

    「化学物質」という言葉と、「化合物」という言葉が出てくるのですが、その区別はどうなっていますか。「化学物質」と言われると何となく不安に思うものですから、その使い分けについて教えてください。

    浅見

    私自身は分けずに、同じものとして考えています。話しているうちに「化学物質」のほうが言葉が長くて「化合物」のほうが言いやすいからそうと言ってしまっているんじゃないかと思います。意識して使い分けているわけではありません。(完)

    話題提供者の二瓶さん

    話題提供者の二瓶さん

    2018年1月16日(火)食の安全研究センター第32回サイエンスカフェ「聞いてみよう!福島県産農産物のいま〜現状と課題〜」が開催されました。東京大学大学院農学生命科学研究科附属アイソトープ農学教育研究施設 准教授 二瓶直登さんより、東日本大震災から7年を経ようとする福島県の農業や農林水産物の現状と今後の課題について、研究での成果も交えて話題提供し、私たちが忘れてはいけない生産者や帰還者の方たちの視点、消費者の立場からの考え方等について、活発な質疑応答と有意義な意見交換が進められました。



    ○第32回サイエンスカフェ配布資料(pdf)
    (クリックすると開きます)
    ※以下、記載がない場合の発言は二瓶氏のもの
    ※質疑応答は一部抜粋

    震災後、そして今

      福島県いわき出身の私は県職員として15年務め、その間に社会人ドクターとして本学で有機農業の有益性等についての研究に携わり、その中で栄養分が植物にどう入っていくかをアイソトープを使ってトレースする実験等を行い、その研究で学位を取得しました。震災のあった2011年6月から県庁に異動し、福島県として県産農産物の安全性を確認するモニタリング検査の取りまとめやコメの全量全袋検査システムの立ち上げに携わってきました。

      • 今日のテーマでは、どうしても放射能についての単位が関わってきますので、始めにおさらいします。ベクレル(Bq)は物理量です。重さのkgと同様に、10kgのものはどこにあっても同じ10kgの量があるわけです。1秒間にその放射性物質が壊れて放射線が出る数です。その量が多ければ濃度が高い。シーベルト(Sv)は、例えば先ほどの10kgのものがあって、それを僕が持つのと小さな子どもが持つのでは重さの感じ方が違います。また光で言えば例えば同じ1本の懐中電灯があって、その光を遠くで見るのと近くで見るのでは、まぶしいと感じる度合いが違う。近いほうが当然まぶしいと感じますね。シーベルトは、光、放射線を出すものから僕が感じる、受ける被ばく量です。ある放射性物質が近くにあれば、受け取る放射線の量が多くなりますのでシーベルトが高くなります。同じベクレルの物質でも遠くにあれば被ばくする量が少なくなりますのでシーベルトは低くなります。
    渡辺

    グレイ(Gy)という単位を聞いたことがありますが。

    二瓶

    本来はグレイが正しいのですが、そこに今は空間線量を加味してシーベルトのほうを使っています。同じようなものと考えてください。

      • 7年前に東日本大震災があり、津波が原子力発電所に押し寄せました。本来は燃料を冷やし続けるための水を回す電力が必要なのですが、津波で電源が回らなくなり原発が爆発して放射性物質が拡散しました。原発から、何もなければ放射性物質は同心円状に広がっていくのですが、たまたま爆発のあった2011年3月15日、16日の風が北西方向だったため、北西方向に放射性物質が広がって、放射性物質による汚染がひどくなってしまったんです。(スライド2)
      • 当時はそんなことがわからず、例えば飯館村は原発から離れているということで、双葉町や大熊町から避難してくる人たちを避難先として受け入れていたんです。そして炊き出しなどをしているときに雪が降っていたという記憶がありますが、実はその雪が放射性物質を高い濃度で含んだ雪だった、それで被ばくしたという話もあります。それだけに情報というものはとても大切で、今後もSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の有効活用が必要だと思っています。これも事故後時間が経ってからわかったから言えるのですが、当時はそんな分布などもわからず、私自身も無我夢中で県で仕事をしていました。
    渡辺

    基本的なことですが、そもそも放射線が出た理由は原発の建物が壊れたからですか。

    二瓶

    壊さないために、予備的に逃がしたんです。原子炉を包んでいるものがあって、温度が上がって水蒸気がたまりそのままにしていると施設を囲っているものが爆発してしまう。そうすると、それこそ大変なことになるので、水蒸気を窓のようなところからベントというのですが、外に逃がして圧を下げた。それが主な原因と言われています。福島第一原子力発電所は1〜4号機まであって、2号機から一番出ていると言われていますが、その原因はベントということです。1,3号機の爆発もありますが、一番大きいのは2号機のベントで、それによっていまの状況があるということです。

      • 風向きが違って、仮に東京のほうに流れていたら一斉避難ということになったかというのは、人の移動の数が格段に多いので何とも言えませんが。福島も県庁を移動するかという検討もしたらしいのですが、50km圏まで避難を出すと16万人という規模の人の移動になるので出さなかったという話も、真偽は定かではないですがあるぐらいです。東京へ直接来ていたらどこまで出すかは難しい話だと思います。

    放出された放射性核種

      原発から出た放射性物質はいろいろあります。ここには放射線を出すものを書いています(スライド3)。キセノン、ヨウ素、セシウム、ストロンチウム、プロトニウム。その中で、放出量と半減期から見て、今福島県で問題となっているのはセシウムだと考えていいかと思います。事故当初はヨウ素もありましたが、半減期が8日と短く、1か月もするとかなり少なくなるので、これからのことを考えるとやはりセシウムが中心になると思います。
    渡辺

    セシウムというのは、どれでも絶対に放射線を出すわけではないんですか。

    二瓶

    安定のセシウムもあります。それこそ土にでもどこにでもありまして、土壌の中にも量ればセシウム133というのがあります。133という数字は原子量なんですが、133という安定したセシウムがあって、130とか137というのが放射性のものです。セシウムという元素は一緒なんですけれども、プラスの重さがちょっと違うんですね。重いのは不安定なので、こういうのは分解して放射線を出して安定になろうとします。

    参加者

    それは自然界に自然に存在しているんですか。そういう不安定なものが。

    二瓶

    あります。後ほど出てきますが、今、この場でも計算によるとわれわれは大体1秒間に40回ぐらい自分の体を放射線が通っています。そういう自然の放射線があります。このコーヒーも放射線出しています。人も出しています。もともとあるんですが、量が問題で、原発のほうで今問題にしているセシウム、これは人工のものです。

    参加者

    セシウムだけですか。ストロンチウムとかプルトニウムは全然関係ないんですか。

    二瓶

    全然関係なくはないんですけども、まずは量の問題ですね。セシウムがめちゃめちゃ量が多いということと、もう1つはぶっちゃけて言うと、測定の仕方がすごく簡単なんです。ストロンチウムはすごく面倒くさくて、1カ月ぐらいかけて測らないといけない。セシウムは、機械に入れておけば30分ぐらいで測れちゃうものなんで、これを見ておけばほかのものもカバーするでしょう。セシウムが多いところはストロンチウムなども多いから、セシウムの多い少ないで確認できるでしょうというのが今のところの判断ということです。

    参加者

    セシウムが一番体に悪いとか、そういうことじゃないんですか。

    二瓶

    そんなことはなくて、同じ量あればストロンチウムのほうが実は体にたまります。骨にたまっちゃうんですね。同じ量があれば、ですが。でも、その量が相当少ないので、いいでしょうと。それよりもセシウムが量があるから、これを確認しましょうという感じです。

    福島各地の空間線量

      福島の故郷のことを話しておきます。これは、当時の空間線量です(スライド4)。上段が事故当時の空間線量。1時間当たりのマイクロシーベルト(μSv)、被ばく量。1時間当たりどれぐらい被ばくするかの量ですね。下段が2017年9月段階の同じ地域の空間線量です。

      • これだけ下がったということを言いたいんですが。一番高かった飯館村というところは26.7μSv。シーベルトの前にマイクロが付くんで、10のマイナス6乗なんですが、それを1時間当たり被ばくする感じでした。それが今、除染と6年という時間の経過で0.28まで減りましたということです。
      • 東京は事故当時は0.15まで上がりましたが、現在は0.04。カッコの中の0.03というのは事故前の東京の平均値で、今はこのぐらいまで減っています。飯館も減りましたが、他のところも大体減ってきているというところです。
    参加者

    これは3月の何日ですか。3月末ですか。

    二瓶

    末ですね。場所によって測った日が違いますが、3月中に順次測ったものです。飯館も、これは役場のデータなんですけど、長泥という今でも帰れないところは1桁高い。200いくつという数字です。この数字は役場があるところで出しています。

      • 避難者数は、福島県からの避難指示は最大で16万人に出ました(スライド5)。7年たった現在でも5万3,000人がまだ避難指示で帰れないという状況が続いています。東京にいると、福島の話題はなかなか出ないと思いますが、現実として空間線量が高いから帰っちゃ駄目という避難指示が続いていて、帰れない人がこれだけいることを認識してほしくて、話題にしました。

    表土剥ぎ、反転耕、カリウム施肥…

      福島県は農業県なので農作物を作っていかなければなりません。ただ、土壌が汚染されているのでさまざまな対策が取られています。3つご紹介します。最初の2つは物理的な低減対策、手法です。

      • 1つは反転耕というものです(スライド6)。これは、土壌の表層にセシウムがあって下のほうがきれいなので、きれいなのを上に持ってきて、上の土は下に混ぜちゃおうという方法です。プラウ耕という大きな機械で、30cmぐらい上と下をひっくり返します。反転耕、もしくは天地耕、天地返しといった言葉でいいますが、表層を下にすき込んで下のきれいなのを上に持ち込んで、その上で農作物を作れば汚染しないでしょうというやり方です。これが福島県の圃場では最もよく行われていて、面積の割合としては一番とられている手法になっています。ただ、放射性物質を根本的に取り除いていはないので、ちょっと気持ち悪いとは思うんですが。
      • さらに直接的に取り除く表土剥ぎ取りという方法もあります(スライド7、8)。表層約5センチを本当に剥ぎ取って、フレコンバッグに詰めて圃場から取り除くんです。ただ、袋に入れたものが、計算すると東京ドーム1杯分ぐらい積みあがるほど土のゴミが出て、この処理が大問題になっています。それで福島県全域ではできていないんです。一応制限がかかっていて、土壌に5,000ベクレル以上ある圃場はこれをやりましょう。5,000ベクレル以下であれば、先ほどの天地返しで、それでセシウムは吸わないから大丈夫でしょうということで、土壌のセシウムの濃度で物理的な対策は分けられています。
    参加者

    5センチ剥がしたとして、その下の土は農業に適しているんですか。

    二瓶

    すごくいい質問だと思います。基本的には適していないです。圃場の表面15cmを作土層といいますが、そこは農家がたい肥を入れて、いろいろ作るんです。その3分の1を取っちゃうので生産性は落ちると考えられています。ただ、化学肥料をちゃんとやれば補えるというデータも出ていますし、時間をかけてたい肥やソルガム、トウモロコシみたいなのものを作って、すき込んで、新たに土を作っていくことが、これから農業復興の1つの課題になると思いますね。

    参加者

    剥ぎ取った土の部分は黒ボク土というのでしたか、火山灰が土になって粘土状になっているものがセシウムをつかまえているというふうに聞いているんですが。

    二瓶

    雲母の話ですね。粘土やいろんな種類、タイプの土壌があって、その中の1つの雲母というのがあるとセシウムをすごく吸着してくれるんですね。なので、それがある地域は土壌の割にはそこで作った作物はあまりセシウムは吸わないし、逆にそういう土、粘土がない痩せた土地、山土のようなところだと土壌の割には作物に上がっちゃうと言われています。

      • 例えば飯館村は、その雲母が比較的あるところなので、汚染の濃度は高いんですけれども、そこで作ったものは案外100を超える高いものは出てこないということもあります。逆のところもたしかにあって、それがひとつ問題なんですよね。ホットスポットじゃないですけれども、気を許して作ってたら、あららということがたまにあって、調べたら土壌の性質とかがあるようです。それらも私の研究の1つにはなってきていて、どういうところが高いか、低いかというのは明らかにしていきたいところです。
    参加者

    福島と言えば、モモなど果樹も多いと思うんですけど、果樹の場合、一度全部木を抜いてこういう作業をやらないと出荷できないとか、そういうこともあるんですか。

    二瓶

    果樹は事故後、2011年に行われてきたのは木を洗うことです。水で洗い流しました。木に付いているのを洗い流したり、木の皮を剥いたりしました。皮を剥いて、セシウムが入らないように除染をしました。

      • よほど高いところは、おっしゃったように果樹を切って植え替えるんですが、それはすごく時間がかかるし、もともと果樹農家は木の植え替えというのを計画的にやっているらしいんですね。だから、僕が見た限り、あまり濃度が高くないところは積極的に改植はしていないと思います。それよりも、皮をはいだり、水で洗ったり、この後に出てくるカリウム施肥をして科学的に抑えたりする対策を取っています。
      • 反転耕と表土剥ぎは物理的で、こういう表層5cmでいいのかと心配になると思うんですが、実は大体大丈夫だというのがこの写真です。これは、2016年の飯館の山の中のキノコを土も含めて採ってきて、きれいに包丁で切って断面を出しました。キノコの切れた半分と、土の切れた半分です。(スライド8)
      • そこに、イメージングプレートといって、放射性物質がどこにあるかわかるというシートを当てます。エックス線のフィルムみたいなものです。赤く光ったところが放射線があるところを示しています。すると、事故後5年の2016年のデータで、スケールバーがないですが、表層の2〜3cmにとどまっているんですね。これがセシウムの1つの大きな特徴で、先ほどの雲母もそうですが、セシウムは土壌の中ですごく移動しにくい、固定しやすいとわれわれは表現するんですが、固定しやすい元素なんです。
      • 例えば先ほどのストロンチウムとか、カルシウムであったらば、雨とともに流れて、それこそ地下水汚染の心配をしないといけないんですが、セシウムはすごく土に吸着しやすい特徴があるので、5cm取っておけば80%以上は取れるという計算になっています。今、福島県では表層5cmが1つの基準になって進められています
    参加者

    5cm基準は世界に通用する考え方ですか。

    二瓶

    多分これをやったのは日本が世界で初めてです。除染というのは、チェルノブイリの時もやってないんです。ですが、普通に考えれば5cmと考えていいかと思います。世界でも、今後はこういうことが基準になっていくかと思います。

      • 低減対策のもう1つは化学的な手法です。カリウム施肥ということが行われています(スライド9)。データは横軸が土壌中のカリウム濃度です。土壌中にどれぐらいカリウムがあるかを示し、縦軸がそこで作った玄米のセシウム濃度。作った作物のセシウムがどのぐらいになっているかです。
      • 横軸が多くなるほどセシウムが減っているのが分かりますよね。実は土壌のセシウムはばらばらですが、傾向として、土壌にあるセシウムよりも土壌にあるカリウム濃度のほうが効いていて、カリウムが多ければセシウムが減る。カリウムが少なければセシウムをよく吸う。
      • それで、福島県ではカリウムを与えてくださいと、特に水田に対してはちゃんと撒くように徹底されていて、そのための補助金が出ています。この25という数字があるんですが、土壌100g当たり25mg以上になるようにちゃんと撒いてくださいということで、大体20億円ぐらいかけて補助を出しています。それは全部東京電力に請求して、東京電力から払ってもらっているというのが現状です。だから、カリウム施肥をやってくださいと。
    参加者

    100g当たり何mgですか。

    二瓶

    :100gあたり25mgですね。これは土壌にある総量ではなくて、植物が吸える量を25mgということです。化学的には酢酸アンモニウムとして抽出するんですが、土壌を入れて、酢酸アンモニウムを入れて抽出して、そこに出てくる分が植物が吸える量とされているので、それが25mgになるというのが基本です。

    質問しやすい雰囲気で対話がはずみます

    質問しやすい雰囲気で対話がはずみます

    参加者

    植物の種類によってはいっぱい入れなきゃいけないもの、少なくてはいけないものというのもあるということですよね。

    二瓶

    あります。高いところでダイズは50です。基本は20。ダイズも基本25でいいんですけど、比較的高く出ちゃうんで、50まではやりましょうと言っています。ソバも25で確か切っていたと思います。作物によって必要なカリウムの量は違うので、本当は個別にやるはずですが、あまり細かくはやっていなくて、ダイズとコメとソバくらいが今は決まっているところです。

      • もともと野菜はすごく肥料をやるんですよね。普通水田を作るのには10a当たり10kgというの
        がカリウムの基本なんですが、野菜はもともと30kg、40kgやるのでもう多分飽和していますので、あまり気にしなくていいと思うんです。
    参加者

    植物はセシウムを体に取り込むんですか。

    二瓶

    取り込みます。なんで取り込むかも、後で説明させてもらいます。

    作物が実ったその後に 検査体制について

      天地返しとか、表土剥ぎとか、カリウム施肥をして、万全の対策を取って農作物を作りました。では、本当に大丈夫かというと、不安なので、できたものが安全かどうかを測りましょう、というのが、これから検査の話になります。(スライド10)

      • 福島県では、1回だけじゃなくいろいろなところでチェックをしています。一番メインなのはプロである農家が作ったものを出荷する前に、作った農家がこれを出荷していいかどうかをチェックするのがモニタリング検査です。私が県でやっていたのは、一番基本になるこの試験です。これをパスしてようやくちゃんとスーパーとかで売られますが、その売られているものを覆面というか、検査と言わないで、知らん顔して買ってきて、それを研究室に持って帰って、本当にそれが基準値を超えてないかを調べる流通食品の検査もあります。
      • ほかに、数として、家庭菜園で自分の庭とかベランダで作ったものが安全かどうかも不安だし、県庁にいるとそういう問い合わせもあります。ただ、そこまで県が体制として安全性を確認することはできないので、自分でそれを測ってくださいということで、各公民館に放射性物質を測れる機械が置いてあります。約500台置いてあって、そこへ持っていけば、自分が作ったものが安全かどうか確認できるというような検査もされています。
      • コメの検査とコメ以外の検査で分けて話します。トマトとか野菜とか、果物とか、畜産物、水産物も入りますが、これは抽出検査をしています(スライド12)。全てのものを測るのではなく、例えば区分けは市町村ごとでして、市町村ごとに、モモならモモを、全てではなく、サンプル抽出します。基本的には1市町村1品目3点を抽出してきて、それを測ります。基準値の100Bqというものがありますが、1kg当たり100Bq入っているかどうかを検査して、入っていなければ市町村全体のモモが出荷していいですよというのがモニタリングです。
      • 抽出した検査の中で1つでも100を超えるものがあったら、この3つが出荷できないんじゃなくて、この村のモモ全体が出荷ができなくなるという体制が取られています。これが実際の検査方法です。抽出してきたものを細かく刻んで溶液に入れて、ゲルマニウム半導体検出器という装置で測ります。装置ではこの上にものを置きます。(スライド13)
      • ゲルマニウム半導体検出器での検査はすごくシビアにやっていまして、私がいた職場の福島県の農業試験場でやっているんですが、1つ1つ全部が使い捨てです。洗いません。包丁も容器もプレートも洗わないで使い捨てです。というのは、万が一前のものが原因で汚染していて、洗った後のものに放射性物質が出てしまったら、それが出荷停止になってしまう。国が出荷停止しなさい、ものを出すなということなので、賠償になるんですね。先ほどの例で言えばその市町村のモモが全部出せないので、その市町村は国に賠償が請求できるんです。お金の話になってくるので、ものすごくシビアです。それで、用具は全部使い捨てです。ナイフも包丁ではなくて、普通のカッターの刃だけを、刃を持って切っています。
      • 私も手伝いに行きました。普段料理なんか全くしないので、手を傷をつけ、絆創膏を巻いていた時もありました。測定には20〜30分かかるので1個に大体60分ぐらいかけてやっています。
    参加者

    それはセシウムの検査なんですか。

    二瓶

    セシウムです。

    コメの全量全袋検査とは

      コメはモモや野菜などと違い、全部を検査します(スライド14)。福島県のコメは1年間に約36万t生産します。事故前で全国第4位、事故後は第7位になっていますが、メインの作物です。おコメの検査は、玄米を流通する時に30kg袋に入れますが、それが年間約1,200万袋できます。これを全て検査しているのがコメの特徴です。野菜などは抽出したものを測るだけでしたが、コメは全て測るというのが野菜などとの大きな違いです。全量全袋検査といっています。(スライド15)

      • 問題は、先ほどの切って、入れて、測ってでは60分かかるということ。1,200万袋やると計算で5年もかかってしまって全然お話にならない。福島県では新しい検査機器を作ってもらっていました。ベルトコンベア式の機械にものを乗せて、そこを20〜30秒ものが流れる間に機器で測って、出荷していいかどうか、〇か×かが出て出荷されるというものです。(スライド16)
      • 私が県庁にいる時に、この20〜30秒で測れる機械の製作を提案しました。いくつかの会社にお願いしたところ、日本の会社4社、アメリカの会社1社ができますよということで作ってくれて、福島県では約200台この検査機器が動いています。(動画で機器の動きを紹介)空気で袋を運ぶこういう機械はもともとありましたね。袋をこれで運んで機器に乗せて、流れている間に測っています。検出器がありますので、20秒間測った時に合格ならば、「検査しました」というシールが貼られて出荷されます。
      • 機器で計測するときは、まずバーコードでこのコメの情報を読み込みます。誰々さんの何番目のコメというのがこれで分かります。そういう個別シールが事前に貼られています。機器で測って、これで出荷できますとなったら、検査しましたというシールがまた貼られます。なので、福島県の玄米は2 枚のシールが貼られています
      • この検査機の本体だけの価格が2,000万、この両腕のコンベアの機械が400万、2,400万の機械が200台入っています。立ち上げの時はいろいろ苦労がありました。例えば、くず米ってご存じですかね。全部検査するので、コメの場合1.8 〜 1.9の網でふるってその上のを売るんですけど、網から落ちたのも当然ある。自家用になるんですけど、検査するには袋に入れて30kgにする指定なので、30kgにします。するとかさが上がり、機械に通らなくて、これ以上の高さのものは通すなというような目印ができたりしました。
      • ある時は、県庁にこのシールが破れるという文句が来ました。理由を調べると作業員の汗で、かがんだ時に汗がシールに付いてそれが原因で破れたというんです。その次の年、2013年からは耐水性のシールになっています。そんな細々した問題が5社のそれぞれ次々にあったんですが、今はもう解決されて動いているというところです。
    参加者

    その測定場所のバックグラウンド、空間線量は幾つぐらいになってるんですか。

    二瓶

    場所によって違います。会津は0.1を切るぐらい低いですし、飯館村でやっている時にはやはり0.2とか0.3はあります。もっと細かく言うと、飯館村に入ってる時には、きちっと扉が閉められます。なるべく外からの空間線量が入らないようにその時だけ個室になります。会津とかのは、普通に流れるようなもので、それぞれに工夫はされています。最低25Bq以上は確認できるようにというのは導入時の基準なので、守られるようになっていると思います。

    参加者

    20〜30秒は私の感覚ではちょっと短いので、検出限界値幾らになってるのかなと。

    二瓶

    検出限界は25Bqというのが基準です。なぜ20〜30秒でできるのか。コメ30kgという量と均一だということがポイントです。放射線を測る時、少ないものは量を増やすか時間をかけるかですが、時間をかけられないので量を増やしたのが1 つのポイント。30kg あるので細かいのも測れるし、コメだから均一なので、位置を決めやすくより正確に測れるということです。なので、本当は魚とかに応用できればいいんですが、形も違うし、難しいみたいですね。

    食品の基準値100Bqって?

      出荷していいかどうかの話で、100Bq以上のものは出荷しちゃ駄目というのが日本の決まりなんですが。この100Bqがどう決められているかというのを少しだけ説明します(スライド17)。食品の放射性物質、食品から受ける被ばく量を計算する時には、この100Bq、食べる物の食品の放射性物質の量にそれをどのぐらい取ったかという摂取量を掛けると食べた物の総ベクレルになりますね。そして被ばくに換算するにはベクレルをシーベルトに変えないといけないので、モデルを使って決まった係数があるので、係数を掛けてシーベルトにします。実効線量係数は決まっているもので、食べる量と、1年でどのぐらい被ばくしていい線量かというのを基に決められているんです。

      • どのぐらい被ばくしていい量かというのは、このグラフが基になります(スライド18)。横軸が被ばくした線量です。生涯で被爆する線量。100、200、300です。縦軸ががんで死んじゃう確率です。ゼロで放射線を浴びなくても人の30%はがんで死んじゃうというのが、このゼロのところの意味です。それに加えて生涯で放射線をあとどのぐらい浴びたら、放射線が原因でがんで死ぬかというのは、今のところ0〜100はよく分からない。影響はあるかもしれないけど、よく分からないなというのが定説です。
      • 100を浴びると、全く浴びないよりは0.5%ぐらい上がるんじゃないかというのが、統計的に言われていて、この100が今の基準になっています。これは広島、長崎の人を追跡調査して得られたデータとされています。今、基準とされているのは生涯で100ミリシーベルト(mSv)を追加で浴びると、がんになる確率が上がると言われているので、100を浴びないようにと言われています。
      • 100でがんになる確率が0.5%上がるというのは、普通の何も浴びない人よりも、累積で100ミリシーベルトを余計に浴びると0.5%上がるということですが、それは野菜不足の人と同じぐらいのリスクです。さらに言えば、運動不足の人は200〜500mSv浴びたのと一緒、たばこをいっぱい吸う人は1,000mSv とか2,000mSv 浴びたのと同じだということです。(スライド19)
      • 放射線は当然危険で、浴びないほうがいいんですけども、放射線だけが危ないわけではなく、こういうものと比較するとどのぐらいのリスクかが分かると思って、紹介しました。食品の基準はこの一番厳しい100mSvを取らないように計算し、100Bqになっています。
    参加者

    :100Bq/kg(ベクレル・パーキログラム)とスライドにありました。この100と100mSvというのは、ほぼ同じものとして考えるんですか。

    二瓶

    違います。もっとかみ砕くと生涯浴びていいのが100mSvなので、人生100年と考えると1年間1mSv になります。それを計算式に入れて考えるわけです。

      • 摂取量は当然年代ごとによって違います。一番多く食べるのは13〜18歳の男の子で年に750kgの食べ物を食べます。750kgのうち大体半分は輸入のものと考えられるので、国産は半分と考えて0.5を掛けて350kgくらいになります。ここに実効線量系数を掛けると、100になるはずなんですね。ですから、この100Bqと先ほどの100mSvは単位も意味も違うんですけども、この100mSvを基に、この100Bq が決められているということです。
    参加者

    この値のものなら、生涯食べ続けても大丈夫というようなことですか。

    二瓶

    がんになる確率は、先ほどの図で言えばこの分かんないよという辺りに相当するからということです。

    参加者

    がんの相対リスクの放射線量の値が広島、長崎の時の追跡データだとおっしゃいました。食品から受ける放射線の影響と、原発の被害のデータで比較するというのは、その受ける影響は随分違うんだろうなと僕は思うんですけど、同じように考えるということですか。

    二瓶

    内部被ばく、外部被ばくの話になると思うんですが。外部被ばくでも、内部被ばくでも、それが原因でがんになる確率は一応同じと考えられています。食べ物でどのぐらいがんになったというのは前例がないので、そういうのを参考にするしかないというのもあると思います。一応同じという前提でやられていると思います。たしかにこれは気になりますよね。

      • 日本の食品の基準は、この一番厳しめのところを基準にして100Bqと決められていますが、実は世界と比較すると、アメリカとかヨーロッパは1,200とか1,250までのものが流通してるんですよね。前提が違うので比較するのは難しいところもあるんですが、一応アメリカのものは1,200まで出荷していいんですけども、そのくらい日本は厳しく100と決められているというとこです。(スライド20)

    クイズです

      例えばセシウムを前提として、100じゃなくて1万Bq/kgの牛乳があったとします。それを400g飲みました。その時受ける被ばく量はどのぐらいだと思いますか。比較として健康診断の時に受ける胸部レントゲン検査の何回分に相当すると思いますか、という計算です。1万Bq/kgの牛乳をコップ2杯分ぐらい飲むのと胸部レントゲン、あれもエックス線で被ばくするんですが、何回分に相当するでしょう。1 回だと思う方。10回。100回。実は、1回分なんです。

      • 先ほどのこの濃度と摂取量と実効線量系数から計算すると、1万Bq/kgで400g、単位がグラムなので0.4kgになりますが、実効線量係数が0.013μSv/Bqで計算すると52μSv被ばくします。胸部エックス線は1回50μSvと言われていますから、大体1回分という計算になります。この1万というと数字が大きいから怖い感じがするんですが、計算するとこのくらいなんですね。
      • 明るいカフェで和やかなやり取りが進みます

        明るいカフェで和やかなやり取りが進みます

    参加者

    実際飲んでも大丈夫なんですか。100に比べると100倍大きいわけじゃないですか。

    二瓶

    よく質問を受けるんですが、僕は飲んで大丈夫とは言えませんが、一応100の基準はあってそこは安全と思ってもらっていいかと。100は食べていいかどうかの基準ではなく、出荷していいかどうかの基準なんです。100のものを食べてもすぐさまがんにはならないとは思いますが、じゃあ1万は大丈夫かというと、それは今度リスクの問題になると思います。一応、胸部エックス線1回受けたのとがんになる確率が一緒と考えられるので、そう考えて納得してもらえば飲んでもいいし、やっぱり怖いなって思えば飲まないほうがいいと、僕は思います。

    参加者

    1万より10万、100万ともっと大きくなると、やっぱり危険になるんですか。

    二瓶

    そうです。確率としては上がりますね。

    参加者

    1回に取る量が多いのも危ないし、少なくても継続的に取るのも危ないですか。

    二瓶

    少なく継続したほうがリスクは減ると言われています。1回に10万Bq/kgを1kg食べるのと、1,000Bqを10 回に分けて食べるのは、10回に分けたほうがリスクは減るとされています。

    いま福島の農作物は

      先ほどのモニタリング検査ですが、現在はコメを除いて12万点ぐらいやってます(スライド21)。生産量によって夏場が多くなって冬場が少なくなるというのを表しています。この一覧が全てなんですが、横軸が時間軸です。2011年から2017年まで。縦軸が1、2、3ではなくて、単位が書いてないですけれど、10Bq/kg、100Bq/kg、1,000Bq/kg、1万Bq/kg、10万Bq/kgです。

      • 最初の約3カ月は、作物の汚染は直接汚染といって、直接作物に降り積もったものです。これが最初の3カ月、その後はずっと土壌を通して、根っこを通して作物が吸収する、間接汚染と言われているものになります。最初と後段では、そこが変わります。(スライド22)
    参加者

    その3カ月はどういうふうに決めてるんですか。

    二瓶

    大体冬作物が6月ぐらいに収穫するので、例えばコムギとかですね。ホウレンソウとかダイコンは冬を越して夏前に収穫します。3カ月というのには根拠はありません。6月以降になると種をまいて、次の新しいものが出てくるのでそこで区切りました。

      • 最初の3カ月、一番汚染がひどかったところの内訳を見ると(スライド23)、検出限界以下、検出がされなかったのが半分くらいで、今の基準でいう出荷していい100以下が20%、大体これで75%、4分の3は福島県の農産物は事故直後でも出荷していいものでした。ただ、逆に言えば4分の1は汚染がひどかったということですね。特にこの500Bq/kgというのは10 %以上もあったので、尋常じゃない状況だということです。
    参加者

    最高値って、何か覚えてますか。最高だった食品とか。

    二瓶

    最大値8万4,000Bq/kg というのが出ました。

    事故直後の検査結果 品目による違い

      ここで質問タイムです。8万4,000、これは野菜なんですが、この最大値を示した野菜は何だったでしょうか。事故直後の3カ月内で一番高かったもの。ホウレンソウみたいな葉菜類だったと思うか、キュウリみたいな果菜類だったと思うか、大根みたいな根菜類だったと思うか。答えは、葉菜類ですね。

      • クキタチナというホウレンソウみたいな葉菜類です。これには理由がちゃんとあります。ホウレンソウもキュウリも、事故の時、圃場にあったんですが、キュウリは葉っぱがあって、その下に果実、食べる部分がありますよね。われわれが測ってるモニタリング検査というのは食べる部分を測るんですね。キュウリの植物全体を測るんじゃなくて。ホウレンソウも同じで、この葉っぱを測るので、同じく被ばくは多分してるんですが、モニタリングで出てるのはホウレンソウのほうが高くなるということです。(スライド24)
      • 大根とかジャガイモの根菜類は土の中にあって、すごく心配したんですがほとんど出てきませんでした。理由は、先ほど言った土壌に吸着しやすいという性質を考えればよく分かるんですが、当時は根も土にあるからジャガイモとか大根が一番危ないなと思ったんですが、ほとんど検出されなかったという結果になっています。
      • もう1つ質問です。直接じゃなくて根っこなりを通した間接汚染の場合に、穀類、ムギ、ダイズのような穀類と、先ほど出てきたような野菜と、山菜、キノコなどの林産物、大きく分類してこれら3つを高い順に並べると、どの順番になると思いますか。
      • 答えは林産物です。林産物が圧倒的に高い。この順番が大体平均です。これを分類ごとに分けてみると図のようになります(スライド25)。穀類が赤、野菜が紫です。畜産物、肉とか牛乳も入ってます。あと、林産物緑、水産物です。赤は100Bq/kg、出荷基準の100にしました。そうすると、2013 年以降を見ていただくと、林産物が高いというのが分かると思います。
      • なぜ林産物だけ高いのかという話なんですけど、それはちゃんと理由があって、除染してないからです。山は除染してないんです(スライド26)。福島県の面積の7割は山なんですけども、除染すると先ほどのゴミであったり、出てきたものをどうするかという問題もあって山は除染しないからです。ただし、山の除染を全くしないかというとそんなことはなくて、人が住んでいるところから約20mのところまでは除染してくれます。表土を、落ち葉とかをかいて剥いでくれますが、その先は除染をしないんです。実際の写真(スライド27)でも分かるように、このように除染をしてくれます。理由のもう1つは、林産物は自然発生だから抑制対策も取りにくいですね。カリウム施肥をすれば多分効くんでしょうけども、それもできないので、山菜とかキノコは比較的出てしまっているということです。

    山菜とあんぽ柿

    参加者

    除染していない山から採ってきた山菜を動物が食べたら、動物に出たりしないですか。

    二瓶

    出ます。飯館村だと3万Bq/kgのイノシシなどが出ます。同じ1頭のイノシシでも筋肉が高くて、血液は低いといったように部位によって違いますが、一番高い筋肉を測ると万という値が出たりします。今話したような山菜やキノコなど除染していない山のものを食べているからですね。また、土の中のミミズを掘るために土を食べてしまうことも関係しています。

      • 山菜も一概に全部同じように高いのではなく、差があります(スライド28)。コシアブラという山菜を知っていますか。タラノメが山菜の王様で、コシアブラが女王様だそうですが、実はちょっと高くなっています。ウドとかフキとかはそんなに高くないというように差があります。
      • 穀類と野菜を比較すると、穀類のほうがなんとなく高い傾向があります(スライド29)。これも理由がありまして、単位重量当たりで測るからです。水分含量は野菜と穀類では違っていて、穀類はだいたい10%です。コメとかダイズ、麦とかの水分は10%、野菜は90%が水なんです。水は汚染されてないので、同じ1kgのものを持ってくると、穀類では900gセシウムが入る場所があって、野菜では100gしかないので、相対的に穀類のほうが高くなると言われています。
      • それがさらに明確に出ているのがあんぽ柿です(スライド30)。干し柿なのですが、原料となる柿は全然問題ないのですが、干し柿にすると濃度が高くなって、実は今すごく問題になっています。100を超えてしまうと出荷ができないからです。福島ではあんぽ柿は30億円規模の産業で、これを守るために、さっきのコメの検査機を改良して、あんぽ柿に関しては1個1個検査をしています。こういう検査機器ができて、高い、低いを分かるようにして1個1個測って基準値を超えてないものを出荷するということをしています。
    参加者

    皮とかヘタに多いから、そこを取ればいいといƒうことでしょうか。

    二瓶

    皮に多いと思います。柿は実の周囲の部分に多いので、表面を取り除けば当然下がります。

    セシウムは植物になぜ入るのか カリウム施肥の役割

      野菜や穀類は本当にセシウムを吸うのでしょうか。そして、なぜ吸うのでしょう。

      • 植物が育つのに必要な養分が植物の根っこを通って入るには、この土壌と細胞の中で大きな隔たりがあるんです。間に膜があってその膜を通って中に入ってこなくてはなりません。その膜を通ってセシウムが入っちゃうんですね。入った後に葉や花などどこに振り分けられるかは、それぞれの植物の中でのたんぱく質の働きによります。それによって必要なところへ動いていきます。養分が土から根に吸収された後の体内での挙動については、マグネシウムはこう、カルシウムはこうと元素ごとに決まっています(スライド31)。
      • セシウムを植物に吸わせた場合を図で見てみると、こんな動きをします(スライド32)。根っこからセシウムを吸わせました。試験でわざと吸わせてみると、吸わせた植物の体の中に開きます。その動きを他の元素と比較して見ると、これはセシウムですけれども、カルシウム、マグネシウム、カリウムの3つで比較すると、比較的最初に全体に広がる性質はカリウムと似ています。セシウムの動きはカリウムとすごく似ているんですね。カルシウムとかマグネシウムはすごく動きにくい元素なんですけれども、セシウムはそれらと明らかに違って、カリウムと似ているということです。カリウムは必須元素で、植物にとっては必要なので、このカリウムの動きと併せてセシウムが一緒に動いているんだろうということが分かります。
      • では、なぜカリウムとセシウムは似ているのでしょう。元素周期表で見ると(スライド33)、カリウムとセシウムは左端の1族の列にいるんですね。周期表のこの縦のラインは似た元素が並んでいるとされています。カリウムとセシウムは1価の陽イオンになります。それで、セシウムもカリウムに似た動きで入っていきます。カリウムにも植物に入る時には輸送体、トランスポーターというものがありますが、同様に輸送体を通してセシウムが入っていってしまう。体の中を動く時にもカリウムの窓口、輸送体を通ってセシウムが運ばれているんだろうということです。

    ダイズの子実とコメを比較すると

      さて、放射線量を穀類の中で比較すると、コメとダイズではどちらが高いか、分かりますか。さっき答えを言ってしまいましたが、ダイズなんですね。コメはずっと全袋検査を続けていますが、全袋測っても2015年以降100Bq/kgを超えるものは出ていません(スライド34)。ただ、ダイズは他の穀類に比べて高い傾向がみられます。

      • ダイズの場合は子実全体にセシウムが入るんですね。イネは、周りの殻と胚の部分にしかたまりません。胚乳と呼ばれるたんぱく質とかでんぷんが入っているところにはセシウムはたまりません。先ほどの野菜と穀類の比較でもお話ししましたが、同じ1㎏を持ってきた時にたまる部分が多いダイズのほうが濃度が高いということが今、考えていることです。植物学上では、ダイズは無胚乳種子といって、胚乳を持たない種子なんですね。無胚乳種子はほかにクリもありますが、その意味でクリもセシウムは高くなるということです。
      • 逆にコメの場合、コメは胚乳があってその周りにしかセシウムがないので(スライド36)、玄米を100とすると、精米にして測るとだいたい半分ぐらいに下がるし、さらにそれを水で洗うと、セシウムが抜けるので、25にまで下がります。それをご飯として炊けば、今度は水が入ってきて水分が上がるので10まで下がる。だから玄米を100とした時には、玄米の10分の1くらいが白米に入っていると、一般的には言われています。

    淡水魚はなぜセシウムを蓄積しやすいか

      水産物を見てみましょう。水産物の中でも海水魚と淡水魚、特徴があります。どっちが高いと思いますか。どちらかがセシウムをためやすいんですけど、分かりますか。海水魚でしょうか。淡水魚でしょうか。正解は淡水魚です。

      • 魚類の環境適応を研究されている東大の金子先生がおっしゃっていたことなんですが、海水魚は周りが海水ですよね。海水は塩分濃度が高くて、そのままだとそれを体内に取り込んでしまいます。もし体内に塩分をためてしまうと血圧が上がってしまうので、海水魚は自らの命を守るためにそれを排除しよう、排除しようという働きを基本にしています。(スライド37)/li>
      • 一方、淡水魚は周りが水です。同時に、生きるためには体の中に塩は一定の濃度必要なので、淡水魚は少しの塩も取り込んでためよう、ためようという働きをしています。その働きのため一緒に入ってきたセシウムも体の中でためよう、ためようとしてしまうので、基本的には淡水魚のほうがためやすくて下がりにくいと言われています。
      • 他の水産物では、低いのは大洋を広範囲に泳ぎ回っている回遊魚のほか、もともと低い傾向だったカニ、エビなどです(スライド38)。逆に高い傾向にあるのは、前述の淡水魚や海底にいるヒラメとかカレイです。それらの水産物で、計測して比較的高いものがありましたが、現在は100を超えているものほとんどはありません。

    現在そして今後の課題

      大きな課題の一つは山です。先ほどの説明にもありましたが、70%は除染していないので、福島の山にはセシウムが残っています。それがこういう川とかを通して出てくるんじゃないかということを心配されるので、その辺もわれわれは調査しています。

      • 森の中に降る雨の量、森の木を伝う水、落ち葉などを採ってどのぐらいあるか等々、いろいろな部分を調査しました。そのだいたいの流れを描いてみると、山の中にある森から1年で小川に出てくるのは、だいたい0.1%です。(スライド39)
      • これについてはが、いろんな機関が測っていますが(スライド40、41)、山にある総量から1年間に出てくるのが0.1%という数字も各データでだいたい合っています。0.1%というのが多いか少ないかはまた難しいんですけれども。全く出てこないことはないんですけども、出てくるにしても0.1%しかないというのが、今分かってきているところです。
      • 最初に言った表土剥ぎの問題ですね。このフレコンバッグの山をどうするかというのが今、一つの問題になっています(スライド42)。先ほど、作土層のところでも話し合いましたが、重機が入るので耕地の排水性がすごく悪くなって、農作物を作る前に水がたまって何もできないという問題も現状あります。(スライド43)
      • 飯館でダイズの畑をやらせてもらっているんですが、サルにやられてしまったり、イノシシが農地を走り回ったりしています。また、耕作地が遊休農地化して雑草が生えたりしていて、特に避難指示が解除された地域では、今後農業をやっていく上ではこうした状況との戦いもあるかなというふうに思っています。(スライド44)

    風評被害いまも さらなる情報発信を

      そして風評被害です。横軸に2013年、事故後からの年度です。赤い線は事故前の生産量を表わしています。色分けはコメとか、トマトとか作物別の収穫量です。特にこの柿は事故後から4割から5割くらいまで減少しています(スライド45)。コメはだいたい8割です。事故前と比べて8割くらいの生産量です。(スライド46)

      • 福島のモモというのは時期とか品種とかで、その地域でしか取れない時期と品種がありまして、モモはけっこう風評被害を受けていないんですね。欲しいものがあればみんな買うということになっています。しかし、一旦他の産地のものに取って代わられてしまっているものは、なかなかそこからまた戻って福島産にというふうにはなりにくいのかなっということを感じさせるグラフでもあります。(スライド45)
      • 価格が大幅に下落しているということもあるので、風評被害対策も必要ですね。ここまでご説明してきたような様々な対策をしてきているのですが、なかなか皆さんにお伝えすることが難しい面もあります。先ほどのモニタリング検査の結果など、これだけやっていますよということを、ホームページを作って、全ての結果を載せています。品目とか地図から選べますので、皆さんもときどき見ていただければと思います。(スライド46、47)

    私たちの身の回りにある放射線

      私たち身の回りに放射線があるという話を最初に少ししました。コーヒーにもあるし、地面からのものも含めて、私たちは原発前から放射線を浴びていて、原発の事故によって初めて放射線と出会ったのではなくて、もともと知らず知らずに浴びています。(スライド48、49)

      • そうした自然の被ばくよりも医療被ばくのほうが大きくて、特に日本人は他の3倍から5倍医療被ばくを受けています。だからといって医療被ばくが怖いということではなく、それはリスクの問題です。一時期そうした統計を見て、医療被ばくが多いからというので胸部エックス線検査が忌避された時期があったそうです。そうすると結核が増えて、それで死亡率が高まってしまったということがありました。医療の検査でも被ばくはするんですけども、やはりそれで分かる病気というのもあるというところを理解することが必要です。ここでは医療被ばくというものもあるということを示したいと思いお話ししました。
      • 食べ物にも放射性物質は自然にあります。昆布とかは2,000Bq/kg持っています。これはセシウムではありません。昆布の中に含まれているカリウムのうち一部、0.002%が放射性物質です(スライド50、51)。これは地球ができた時にできた放射性物質で、半減期が14億年と長いものなので今でも残っています。それを取り込むため、カリウムが多い作物はベクレルが多いですけど、これに関する規制値は全くありません。セシウムは100なんですが、昆布が2,000であっても、それは普通に売られています。
      • 事故後に行われた検査で、先ほども出ていた1食分の食べ物の中でどのぐらい放射性物質があるかを、厚生労働省が各地について測っています(スライド52)。そのデータによると、セシウムの量は福島の中でもどの場所かによってほんのわずかに差があるものの、ほとんどがカリウムの差です。地域的に北のほうが少しカリウムが多いのは、おそらく普段から味付けが濃いからなのかなと思わせる資料になっています。

    セシウムを吸わないイネ さらなる挑戦

      次のうち本当にあるもの、最近本当に開発されたものはどれでしょう。まず、「セシウムを分解してくれる藻」、「セシウムを吸わないイネ」、「セシウムを作る菌」。藻か、イネか、菌か。正解はイネです。

      • 「吸収」する藻はあると思うんですけど、「分解」まではしてくれません。分解というのはもう錬金術の領域ですから、できてはいません。セシウムを「作る」というのもそうです。実際には、セシウムを吸わないイネというのが、去年報告されました。秋田県立大学の頼(らい)さんのデータですが、突然変異で3系統の品種が極端にセシウムを吸わない個体があることを発見したというものです。普通の品種が吸う量に対して、90%くらい吸わないというイネができたということです。フランスでも同様の吸わないイネというのができました。
      • お話ししたように、セシウムはカリウムと同じような挙動をします。そこでカリウムを通す窓を壊したんですね。セシウムとカリウムが同じところを通るので、カリウムを通す窓を壊したイネができたんです。カリウムは作物にとって大事なものですが、カリウムが通らなくても大丈夫なのかと心配になりますよね。
      • 実はカリウムの輸送体(トランスポーターともいう)は種類が60ぐらいあるそうです。その全部がセシウムを吸うんじゃなくて、その中の幾つかがセシウムを通すことが分かってきたので、そのセシウムを通す輸送体だけを壊して通らせなくしたんです。壊されていない輸送体はカリウムを通すので、ちゃんとカリウムも入って、収量もしっかりと穫れているんです。収量は穫れて、セシウムは吸わないというイネができてきたので、今後はそうしたコメが増えていくでしょう。僕はダイズが専門なので、ダイズでもこうしたことがしたいと考えて取り組んでいるところです。

    聞いてみたいこと

    参加者

    福島原発の事故以来、元素周期表というものを真剣に見始めました。理解するまで非常に時間かかりました。今、例えば日本の小学校ではこの周期表というものには触れないですよね。ですから、話題にしている同位体というのを理解をするのも、なかなか抵抗があると思うんです。私の場合は特に文化系だったから、分かるまで数年かかりました。ただ、陽子と中性子がベースということも分かったし、中性子が時によっては陽子に変わることも分かってきました。例えば、広島、長崎の原爆のことも、ここが分かんないと理解が難しいですよね。日本人全体として、周期表を真剣に教えたほうがいいんじゃないかなと私は思っています。例えば、植物、動物、それからバクテリアなどなどに、元素が何種類入ってるかというのも、実際われわれ知らずにいましたよね。

    二瓶

    植物は17です。必須元素17種類があれば植物は生きていけます。ほかの生物はもっと多くなります。元素とか、特に放射線教育というのでしょうか。それは福島でも少しずつ始まってはいるようですけれど、これからもっと大事になっていくし、われわれもやっていかなきゃいけないなと感じております。

    参加者

    今日のお話は科学的な知見といいますか、知識の話だと思うんですね。それを前提にして政治経済的に、何が問題で、何が問題ではないのか、問題があるとすればどうすれば解決できるのか、福島の農産物についての現状の問題について、何かお考えがあれば伺いたいのですが。

    二瓶

    僕個人の意見として聞いていただければと思いますが、本日お話ししたように対策も取っているし、検査して100が安全とすれば、ほとんど100以下だし、売られているものは特に100以下のものしか売られていないので大丈夫なんです。ただ、最後のほうで言ったように、その安全なはずのものが、売られていなかったり価格が落ちたりしているということ、農家にとってはやっぱりそこが問題だと思うんですね。作ったものが売れないと作らないし、作れなくなってしまいます。

      • ご説明したような検査方法などを知ってもらって、買ってもらうような努力をもっとすべきなんだろうと、僕は思います。その際に、なぜ、どうして安全なのか、という部分は僕らが科学的なデータでフォローするところだと。例えば、なぜ出るかとか、これはなぜ安全なのかというのは科学的なところはわれわれがフォローすることになると思います。政治的なことというと難しいと思いますが、農家の立場に立って、福島の農業を復興するんだ、これからもやっていこうと考えると、やはり作ったものが売れないとやらない、やれないと思うんです。売れる努力を周りがしなきゃいけないのかなと僕は思います。答えになっているでしょうか。
    参加者

    周りというのは行政とか、政治とかでしょうか。

    二瓶

    そうですね。やはり行政にとってもそこはひとつ仕事だと思います。僕も県庁にいたから、そういう仕事があることもわかります。現状でもやっていると思いますが、もっとやらないといけない。

      • 全袋検査をしていることも、僕が講義で学生に話しても、3分の2の人は知らないです。話すと、「じゃあ大丈夫か」となるんですけど。福島県の人はみんな知っているんですが、その点は東京でさえも知らない人が多いので、関西に行ったらもっと知らないんだと思います。ただ知らないということで、福島だから危ないって思われるのはもったいないと僕は思います。
    参加者

    2011年の時は県庁でお仕事をなさっていて、今は東大でお仕事をされて、いろいろお考えがあって研究に取り組んでいらっしゃると思うんですが、震災や原発事故を受けてどのようにお考えになって今の研究というお立場になられたのか、そうしたお考えの推移について教えていただきたいのですが。

    二瓶

    初めのほうでお話ししましたが、僕は社会人から入ってドクターを取らせてもらった時に、ラジオアイソトープを使って植物に入っていく過程、アミノ酸の入っていく過程の研究などに取り組んでいました。その時にベクレルとかシーベルトの勉強をしていたんですね。その後、県職員として働いていたら地震が起きて、周りがみんなベクレルとかシーベルトとかについてわたわたと慌ただしく心配しながら話題にしていて、しかもみんな「危ないよ」、「怖い」という話をしていました。その間、僕は「このくらいなら大丈夫じゃないかな」とか思っていたりしていましたが、その時は県庁にいてデスクワークしかできなかったんですね。それがすごく歯がゆくて。

      • やっぱり自分でやって調べたい、特に放射線の問題について、何か初期値というものがあって、今後どのぐらい下がっていくかというような経緯を自分で調べないといけない、なるべく早く研究したいと思った時に東大の枠があったという経緯です。地元福島で公務員になるという人は安定志向で、僕もそうだったんです。でも、まさか地震が起きるとは思わなかったし、今しかできないと思って、大学に移らせてもらいました。個人的な意見です。
    参加者

    2点お聞きしたいのですが、1点目は、コメとコメ以外で行っている検査も方法が破壊検査と非破壊検査で違うのかなと思ったんですけど、それで出てくる結果にどれぐらいの差分があるかということ。2点目は、モニタリング検査をした後に出荷されたJAなど出荷業者の各産地での検査があると思うんですが、どんな検査がされているのか、幾つか事例を教えていただけたらと思います。

    二瓶

    全量検査と普通のゲルマニウム半導体検出器による破壊検査のことだと思うんですが、僕が知っている限りでは、数字のデータは僕は今思い出せないし、知りません。多分やっているとは思います。ある程度ちゃんとした相関はあると思います。ただ、当然全量のほうがばらつきが大きくて粗いですし、ゲルマのほうはより正確に測っているのは確かです。ただ、ちゃんとこうした直線が引けるというデータは僕はちょっと知らないので分りませんが、検査自体は多分やっていると思います。

      • 農協などでの検査については、それはたくさんやっています。福島では、それは自主検査という位置付けになります。ですからJA単位とか、販売店、個々のお米屋さんだとか、福島はヨークベニマルというスーパーがあるんですが、そこが独自で、自分が売っているところに関しては自分のところでも自主検査して「安全ですよ」と言って売っているところもあって、そのことをウリにしているところもあります。
    参加者

    私自身は浪江町から避難しているところです。賠償の問題に関わりますと、「安全です、安全です」と言ってしまうと、まだ廃炉作業が続いている中で賠償が打ち切られてしまうんですね。それだけでなく、さらに検査費用についても、良心にのっとってダブルチェックをしたい農家さんもいますし、公の機関と市民のグループなどもいて、大学の先生とも一緒に進めたいという方ももちろんいらっしゃるのですが、検査費用が出なくなっていくのは先生たちにとっても本当は良くないんではないかなと。

    まだまだ追跡はしなくちゃいけないし、廃炉作業が無事に終わるまで、震災ゴミの焼却も中間貯蔵でこれからも燃やすということを考えると、大気汚染の問題や、汚染水の放出問題も出ている中で、検査・研究体制も「買って応援」と結び付いていく中で細くなっていってしまいかねないという実態も、研究者の先生方にも踏まえていただきたいと思います。私たちは福島を応援したいんだけども、それをし過ぎちゃうことの弊害も、ちゃんと分かっているんですけど、なかなかそこまで言える農家さんもいないので、そういうところも伝わってほしいと思い発言しました。

    二瓶

    分かりました。そうですね、難しいですよね。僕はデータを基に現状こうですと話すんですが、だからといってそれで終わりにするつもりはないですし、今後引き続きやっていかなくてはと、当然思っています。ありがとうございます。研究としても、なかなかやりにくくなっているのは事実で、もう日本全体として「アンダーコントロールに入っているから安全だ」とされて、実際に研究費とかも付きにくくなってるんですが、だからこそ今やろうよという思いもあります。廃炉の問題、中間貯蔵の問題、まだまだ問題はあると思うので、僕はずっと付き合ってくつもりでいます。

    (完)

    話題提供者の赤城さんの写真

    話題提供者の赤城さん

    2018年2月16日(金)食の安全研究センター第33回サイエンスカフェ「聞いてみよう!食品表示のこと─ アレルギー対策のために私たちができること─」が開催されました。

    今回はNPO 法人アトピッ子地球の子ネットワークの事務局長で専務理事の赤城智美さんに、アレルギーが起こるしくみの基本、生活の中でアレルギーの原因となる食品を誤飲、誤食しないための事例紹介や、アレルギー反応をなるべく和らげる食生活の工夫などについて、わかりやすくお話しいただきました.

    カフェならではのくつろいだ雰囲気の中で、参加者からもさまざまな質問が寄せられ、それをきっかけにしてさらに対話がはずみ、自分やそばにいる大事な人を守るために、日ごろから知識や情報を知ることの大切さを再確認し合いました。

    ○第33回サイエンスカフェ配布資料(pdf)
    (クリックすると開きます)
    ※以下、記載がない場合の発言は赤城氏のもの
    ※質疑応答は一部抜粋

    アレルギーの起こる仕組みを理解する

      今回は食物アレルギーがテーマです。花粉症、ぜんそく、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーなどは皆同じ仕組みで起こります。アトピー性皮膚炎は食物アレルギーと同じ仕組みでも起こるし、免疫のIgEを介さないで起こる別の仕組みも合わさっているんですけれども、基本的には免疫の反応で起こります。今日はⅠ型の即時型アレルギーについてお話しします。(スライド2)

      • 即時型は、食べてからおおむね2時間ぐらいの間に起こる反応をいいます。ただ、実際に症状を起こす人の様子を見ていると、2時間よりももうちょっと後で起こる人もいます。
      • アレルギーは免疫の働きで起こります。恒常性を保つためのパトロール隊が体の中にいると考えてみてください。このパトロール隊の名前はIgEと言いましたが、タンパク質の一種でイムノグロブリンという抗体です。異物認識を担当しています。このパトロール隊にはE、A、G、D、Mなどのグループがあって、異物認識係やそのIgEが働き過ぎないように抑える係など相互に関わっています。
      • IgEは異物が体の中にやってくると、これは異物だと認識します。異物の通り道としては、鼻から空気を吸い込んで、気道を異物が通る通り道と、食べ物や水が食道、胃、そして腸を通る通り道、それから皮膚から直接体の中に入ってくる通り道、言い換えると吸入、経口、経皮の3つの経路があります。実は、食物アレルギーの原因物質も食べて発症する以外に、皮膚に触れて発症したり、吸い込んで発生することもあります。食物アレルギーだから経口だけが原因物の経路になるわけではありません。
      • 「茶のしずく石鹸」の出来事はご存じですか。小麦のタンパク加水分解物の入った石鹸を使用した、主に女性の方が被害に遭いました。小麦アレルギーになって、その石鹸を使ってるときには症状が出なかったのに、その後で小麦の食べ物を食べたら、アナフィラキシーショックで呼吸ができなくなるような重篤な障害が起こった例がありました。200人ぐらい被害が出たんですけど、これはまさしく経皮、皮膚からアレルゲンが入って、食物のアレルギーを起こした典型的な例と言えます。アレルゲンにはいろんな入る道があるということですね。
      • 異物が体の中に入ってくると、体内では何が起こるか。IgEというパトロール隊、これは顕微鏡で見るとYの字の形をしています。体の中のあちこちにマスト細胞と呼ばれる道具箱があって、体の外側から体内にいろいろな経路を通って異物がやってきます。例えば花粉が飛んできて、鼻の粘膜にくっつく、これが繰り返し、繰り返し体の中に入ってくると、IgEというセンサーが、これは異物なので「やっつけなくてはいけない」とキャッチして、恒常性を保つために道具箱からいろんな球を放出して、自分の体ではない異物をやっつけます。
      • この球には、ヒスタミン、ロイコトリエン、プロスタグランジンなど名前があります。お医者さんはこれらの総称をスロー・リアクティブ・サブスタンス(SRS)、ゆっくり働くものたちと呼んでいます。化学伝達物質とも呼ばれます。これらのものが道具箱の中に蓄えられているんです。お魚の干物のちょっと古くなったものを食べて、口の中がいがいがしたことありますよね。あれがヒスタミンの正体ですが、体の中に蓄えられたヒスタミンは、イガモジョ物質ですね。イガイガ、モジョモジョ。それはロイコトリエンとか、プロスタグランジンも一緒です。タンパク質が体の中入ってきたときに、センサーIgEがキャッチして、SRSを放出させて異物のタンパク質をやっつけます。これは体にとって必要な働きをしてるわけですが、このこぼれ球が体の中に張り巡らされている毛細血管を刺激して広げてしまい、中から水分を出してしまいます。毛細血管を刺激して水分を出す、敵をやっつけているはずなのに、体中イガモジョしてくる。
      • 体の外からやってくるアレルゲンとなるタンパク質については、分子が大きいものがセンサーに引っ掛かります。センサーに引っ掛かるタンパク質の名前が、鼻から粘膜に入ってくる花粉だったり、食べる物であれば卵、乳製品、小麦など、比較的大きな分子を持つタンパク質ということになります。
      • ここで知っておきたいことは、アレルギーは繰り返し体の中に刺激物が来て(感作という)、感作されることで抗原抗体反応が結果として起こるということです。感作されないよう、繰り返し同じタンパク質が体の中に入って来ないようにすることが、予防としては大事なことになります。

    IgEを知って感作、反応を抑える

      例えば花粉の感作を避けたいと思ったら、繰り返し花粉を吸いこむ状態をなくすことですね。食べ物のタンパク質が体の中に繰り返し来るのを避けようと思ったら、大きな分子のタンパク質を分子量を小さくして、センサーに引っ掛からなくすればいいという考え方ができます。

      • 小さくしてセンサーに引っ掛からないものはアミノ酸です。タンパク質が分解されてアミノ酸になることは消化と言いますよね。タンパク質を、分子が小さくなったアミノ酸まで消化し切れる大人には、抗原抗体反応は起きないんです。全部が全部消化し切れるわけじゃですが、消化され、分子の形に変成するっていうことが、大切です。
      • 変成というと、化学的な言い方ですが、加熱することですね。加熱してタンパク質の形が変わるんです。でも、卵などは高温で処理しないと変成しないため消化したような状態にするのはなかなか難しいです。アミノ酸になる手前の、2つ3つ分子がくっついたものをペプチドといいます。アレルギーの赤ちゃんが飲める粉ミルクというのはペプチドミルクと呼ばれています。食品化学的な技術で、赤ちゃんがアレルギーでも飲めるミルクが開発されています。この仕組みをどう利用して症状を起きないようにさせるかが、治療とか症状を起こさないための代替食品の開発等と深く関わっているわけです。
      • 患者さんのお母さんたちのために、保健所や生協さんが勉強会を開いてくれますが、そこでも必ずこの話をします。仕組みを知って理解し、どう生活に生かすかが大事だからです。
      • タンパク質に対してIgEがアレルギー反応、抗原抗体反応を起こすと、この仕組みは体が記憶してしまいます。一度記憶されたアレルゲンに対しては、いくら消化吸収ができるようになっても記憶は消えないので、反応は起こります。成長とともに消化がうまくいくと、症状が出なくなる食物もあります。ただ、仕組みはそうだけれども記憶があるということは忘れないでおきましょう。赤ちゃんのときに卵アレルギーがあって、成長とともに治った人が、大人になって風邪をひいた。でも会社も休めないから卵酒を飲んで元気になるつもりが、それでまた発症することもあります。記憶はちゃんとある。アレルギーは治るが仕組みは忘れられてない。それで、食物アレルギーは治るけど治らない病気と言われます。体の記憶は消えないんですね。
      • 皆さんがよく知っている予防接種は、この仕組みを活用してるわけです。一度敵とみなしたら、次に体に入ってくる前にやっつけようとする仕組みができるということですね。
      • もう1つ私がこれをお話しする理由は、先ほどSRSの話をしました。ロイコトリエン、プロスタグランジンはあまり聞きなれないですよね。油が体の中で消化分解される過程で出てくるものです。食べる油によって刺激が強いものと、弱いものがあります。最近若い女性の間でダイエット効果があるとはやっているα-リノレン酸の油があります。アマニ油とか、エゴマ油とか、シソ油。α-リノレン酸またはオメガ3系列といいますが、これは刺激が弱いので患者さんで油がかゆみの原因になっていると感じる人、こういう仕組みを考えて油を気にしている人は、α-リノレン酸系列の油を食べたりしています。治療ということではなく、症状が間違って出たとしても刺激が少なくて済む、イガモジョ物質としては弱く働くということで、油を取るならこちらを取るという人たちがいるということですね。
    参加者

    繰り返しがポイントなのは、分かりやすいです。繰り返しのサイクルは個人差、年齢によっても随分違うのかなと、話を聞いていて思ったんですけど、大体どれぐらい頻繁に取っていると感作が起こる可能性が出てくるとかは、あるんですか。

    赤城

    これは遺伝的傾向とすごく関わっています。体の外から異物がやってくる、それに対して、やっつけなきゃいけないという反応は免疫の働きですから、誰もがみんなその働きを体の中に持っていて、これは普通です。ただ、アレルギーの遺伝的傾向のある人は、敵がやってきたらやっつけないと、というときに、体の中にIgE、パトロール隊をたくさん作ってしまう。IgEをたくさんつくるか、あんまりつくらないかというのが遺伝的な違いです。例えれば、たきつける薪の量の多い、少ないかな。つまり火元のある、なしではないんですね。パトロール隊がいっぱいいると、ちょっとの刺激に対して働くセンサーが多いので、見逃さない。過剰反応を起こすということになります。この体質は影響するので、同じ数だけ繰り返しタンパク質にさらされたとしても、遺伝的傾向のある人とない人では反応が違うんですよね。

      • だから、遺伝的傾向のある人のほうが花粉症になりやすいというか、同じ分だけさらされたら、ある人は発症しないのに、ある人は発症するという違いが表れます。どのぐらいの分量というのは言えないですね。遺伝的傾向を持っているかどうかが大きく働きます。ただ、最近は、遺伝的傾向がなくても花粉の絶対量の多い地域に住んでいると、繰り返しの刺激に耐えられないで花粉症になってしまう人もいます。アレルギーがある人は国民の3人に1人と言われていますが、統計を見ると大学生だと80%が抗体を持っていて、いつでも症状が起こる準備段階にあるといったデータも紹介されています。年齢と暮らす環境によって刺激に対する反応は違うということですが、よろしいですか。
    黒木

    異物を認識するのが、そのIgEとか抗体ということで、でも、一方ではそれに反応する人もいれば、しない人もいるわけで、反応する人、アレルギーになってしまう人は、もうそのIgEの数がもともと多いっていうことも関係するんでしょうか。

    赤城

    もともと多いというより、刺激を受け続けたときにIgEをどんどん作りやすい。いつも多い状態ではなく、お肌と同様に28日ぐらいの周期でIgEも増えてはなくなり、増えてはなくなりしているんだと思います。

      • 一度刺激を受けて体が反応し始めると、どんどん作ってしまう。アレルギーのお子さんのお母さんたちを前にしてIgEの抗体検査を受けた人はいますかと聞くと、大体みんな手を挙げるんですけど、皆さんはいかがですか。ないですね。例えば、子どもの場合はIgEが70ぐらいが平均値と言われていて、大人の人で100と言われているんです。それが21世紀の日本人の平均値です。ですから、時代が変わるとまた違うわけです。
      • 10年ぐらい前にエチオピアの方のIgEの平均値、血液中のIgE、パトロール隊がどのくらいいるかを調べたグラフを見せてもらったことがあります。日本人は平均100と言いましたけども、エチオピアの発症してない人の数値はどのぐらいだと思いますか。エチオピアも、都市は素晴らしく発展して東京と変わらない感じですけど、都市から少し離れた所はもう本当にサバンナとかがあるような所で、上下水道の整い方も違う。日本は世界有数の上下水道の整った環境ですね。この環境の差の中、エチオピアの発症してない方のIgEの平均値5,000なんですよ。
      • 上下水道が整ってないということは、寄生虫に対しての対抗する仕組みをきっちり持っている。その寄生虫が体の中に入ってくると、そのタンパク質は異物なので、寄生虫対抗システムとして働く。本来はこの働きが中心だったのが、今はタンパク質が寄生虫以外にもいろいろ体の中に入ってくるので、それがアレルギーの原因になってきていると本には書かれています。だから、アレルギーは先進国病だと、一時期言われていたんですね。
      • つまり、エチオピアの人は5,000でもアレルギー症状が起きないんですよ。寄生虫と戦うのに忙しいから。免疫のパトロール隊が恒常性を保つためにこの働きをしても、不都合が起こらないぐらい敵と戦うことに役立っている。でも、日本の21世紀の私たちは、もう寄生虫と戦う必要がなくなったので、別のたくさんやってくるタンパク質と戦っていて、もしかしたら、体にとっては余計なお世話なのかもしれない。だから、免疫の暴走と言われたりもしますね。
      • 例えば花粉症にしても、過去の都市政策でスギを多量に植えたため、今スギ花粉という特定の1種類のタンパク質が飛ぶことになってしまった。それで、今度はかつて多かった雑木林を増やしてスギを減らそうと、都市政策を転換しようとしたりしています。花粉症は人間が引き起こした自然のままだったらおこり得ないようなタンパク質の大量飛散をおこしてしまって、それに対して、体がNOと言っている状態です。卵の食べ過ぎとか、乳製品の取り過ぎとか、子どもたちに今起こっている食物アレルギーもその状態と考えることができます。今の日本の生活環境では、寄生虫がいなくなった分、普通の日常にあるものが別の敵として取って代わったと考えればいいのかなと思います。

    環境とアレルギー

    ディスプレイの前にいる赤城さんとファシリテーターの黒木さんの写真

    ファシリテーターの黒木さんの質問に耳を傾ける赤城さん

      人はなぜアレルギーを起こすのかを考えること、それには生きる環境が関わっていることを知ることが大切だなと思います。繰り返し刺激がやってくると免疫の反応、B細胞とT細胞が情報を伝達し合ってセンサーIgEを体につくって、それがマスト細胞に張り付いて、中からやっつける物質が出ます。

      • この抗原抗体反応が体の中で起こる状態を例えば鼻の穴で想像してください。体の中と体の外があります。花粉が飛んできて、鼻の穴の粘膜の内側に刺激がある。IgE、パトロール隊が待機しているのですが、繰り返しの刺激によって抗原抗体反応が起こると、粘膜の内側に水分がたまってきますよね。水分がたまって、粘膜が盛り上がって、粘膜の内側が水分でいっぱいになってくると、鼻の穴の中が狭くなってきますよね。空気が吸いにくくなって、イガイガ、モジョモジョする状態が起こって、耐えられなくなって、水分、鼻水が出てくる。これを花粉症っていいますよね。
      • この状態が気道の辺りで起こると、息を吸うときに水分が移動するので、ゼロゼロ、息を吐こうとすると空気の通り道が狭くなってくるのでヒューッという音がします。これは、ぜんそくと言いますよね。腸の中で、こういう水浸しが起こると、嘔吐とか、下痢とかになって、たまった水分を出そうとすることが起こる。皮膚の内側でも、いろんなことが起こって皮膚炎が出たりするわけです。この仕組みが起こる場所によって違う病名がついていると理解していただいていいと思います。

    アレルゲンとなるタンパク質と社会情勢の関係

      さて、先ほどからお話ししているセンサーに引っ掛かるのはタンパク質です。そのタンパク質、アレルゲンについて、日本の法律で表示が義務化されているのは、卵、乳、小麦、そば、落花生、えび、かにです。ここまではご存じだと思います。表示義務ではないけれども、できるだけ表示していきましょうと言われているものが20品目あります。(スライド4、5、6)

      • その中で、ゼラチンは、かつては予防接種の培地に牛のタンパク質とか、鶏のタンパク質が使われていたことがあって、予防接種をするとアレルギーを起こすということが起こっていたので、ちょうど今の中学生ぐらいの年齢の方たちまではゼラチンのアレルギーの方がいますけども、それ以下の年齢は、そもそも予防接種のワクチンの培地がそういう動物のものが使われなくなったので、患者はほぼいなくなったんじゃないかと思います。ゼラチンのアレルギーで困っている方たちはまだまだいますが、多分今の小中学生ぐらいが高齢者になって亡くなられる時代が来ると、もうゼラチン対策は要らなくなるかもしれない。それくらい、予防接種がきっかけで症状が出た人たちがいた時代があったということです。
      • また、キウイフルーツのアレルギーについては、今、30代ぐらいの方が小学生になる頃に給食で出されるようになったんですけども、それより前の時代はキウイフルーツ自体そもそも見掛けない食物だったと思うんです。だから、30代より上の人たちにはあまりキウイフルーツのアレルギーの人がいません。このように、食べる物が海外から入ってきたり、食卓の文化が変わるとアレルゲンは変わるということですね。

    食物アレルギーと表示ミス ケーススタディ

      食物アレルギーの症状について、厚生労働省が実施しているモニタリング調査の数字では、皮膚症状を起こす人が90%以上、呼吸器症状が33.6%、粘膜症状が28%。この数字をを見ると、1人で2つぐらいの症状を起こしていることが想像できると思います。消化器症状を起こす人は18.6%です。(スライド7、8)

      • ショック症状というのは、いわゆるアナフィラキシーショックのことです。食物アレルギーの人の約10%がアナフィラキシーショックを起こしています。食物アレルギーの人全部がアナフィラキシーショックを起こすわけではないですね。1人で1つか2つぐらいの症状があるんだけれども、アナフィラキシーというのは、臓器全部が一度に症状を起こす状態です。だから血圧が下がって、起きていられなくなって、パタンと倒れちゃうようなことが起こる、
        ということですね。
      • 同じ調査で、食物アレルギーの原因食物について、鶏卵39%。乳製品23%、小麦12%と報告されています。あとはすごく少ないですね。20年ぐらい前、母数は全く小さいんですけれども、私たちは電話相談などで繰り返しこういう統計を取っていたんです。その頃ピーナッツは1%未満でした。果物もすごく少なかったんです。バナナは果物の中で突出していましたが。それが今、20年たってピーナッツは5倍ということなんですね。だから、全体としては大きい数字ではないけども、食卓が変わって、ピーナッツオイルとかが使われるようになって患者が増えたというのを、私たちは身をもって感じています。(スライド9)
      • 食品回収情報というのは、47都道府県すべての保健所がウェブサイトをやっているわけじゃないんですが、現状基本的に保健所が統計を取ってウェブで発信しているものを、アレルギーに関してのみ手作業で集めています。アレルギーの表示義務化は2000年からスタートしていますが、私たちの統計は2008 年からスタートしています。(スライド10、11)
      • 残念ながら2017年は、2月初めにようやく統計が終わって今回資料のグラフには反映されていませんが、2016年までのデータを示しています。合計が下から2番目の数字ですが、全体として増えているのが分かると思います。消費者庁に届けられた発症数も出ていますけれども、私たちが調べると、こんな少ない数字じゃないんですね。公のものに登録する制度というものがないので、まさに氷山の一角だけが行政に吸い上げられている感じがしています。(スライド11)
      • 食品回収の理由を、保健所が発表した文章から拾って分類してみると、ラベルの貼り忘れの類いが30件ぐらい、2013年からずっと出てきています。意外に思うのは、Aという総菜とBという総菜を互い違いに間違えて貼ってしまっているという例がとても多いことです。(スライド14)
      • 例えばえびチリのお総菜と、ほうれん草の煮びたし、見た目赤と緑で全然違うけども、ほうれん草のほうにえびチリ、えびチリのほうにほうれん草の煮びたしと貼ってあるような表示ミスで回収に上がってきています。必ずしも表示の微妙な違いでアレルギーの人が発作を起こしかねないというような危険の大きな間違いばかりとは限りませんが、こういう作業上の間違いが増えたと感じています。貼り間違えたメーカーさんに電話で聞いてみると、このケースの場合パッと見て、貼るラベルの文章が違うのは分かりそうなもんですよね。それが分からない理由は、製造現場に日本の言語以外を使う方たちが増えたということと無関係ではありません。(スライド15)
      • だから、ぱっと見て間違っているか、合っているかっていうのが分かる仕組みを別途製造者の皆さんはやらなきゃいけないんじゃないかということを、私たちはお伝えしています。時代の趨勢で海外の人が日本の製造現場で働くというのは、もう当たり前の状況なので、その中でどうやってミスを防いでいくかということも大事かなと思っています。
      • 同じ2016 年の統計を食品分類で分けてみると、すごく特徴的なのは、お総菜が多い。その次に、お菓子、パンと続きますが、1、2位とそれ以下とは全然違う数字ですよね。事故が突出してるのが総菜の貼り間違いということもありますが、書かなければならない材料が多いということも関係しているんだと思います。(スライド11)
      • 月間の平均回収件数を見ると、とても多いですね。1カ月19件というのは1日おきに何か回収のお知らせが来るということですね。これは私たちがウェブサイトで公開しているので、あとで興味のある方はぜひ見てください。無料です。メールアドレスを登録すれば食品回収の情報が日々届きます。多いときは1日に何件もあるときもありますが。(スライド12)
      • アレルゲン別に分類してみると、やはり小麦がダントツに多い。小麦製品、お菓子の回収が多いこともありますが、それだけいっぱい食べているんですね。また、乳製品や卵が多いのは、それらを使うことで食品が柔らかくなったり、味に深みが出たりすることとも無関係じゃないという感じです。(スライド13)
      • 特定原材料7品目以外のものでは、大豆がダントツで回収数が多いです。大豆油もこれに含まれるので、材料に大豆油を使って、「使用されているもの─大豆」と書かれていて、回収になっているものが多いということですね。
      • 回収の理由を書き起こしてみると、表示ミスの理由は、原材料供給元の規格書に十分な説明がされていないことによるものもあります。規格書というのは、メーカーさん同士がやりとりする原材料とか、温度管理とか、いろんなものを書く書類です。また、いわゆるトレーサビリティーでいうところの原材料屋さんが輸入した原材料で、輸出元の情報などがきちんとトレースされていないことによって、表示ミスが起こっているというようなケースも含まれます。先ほどの貼り間違いや入力ミスなど、人がやる作業の中のミスもあって、回収の理由にはいろんなことがあるということが、聞き取りや統計から分かります。(スライド14、15)
      • 表示義務化がスタートするときに、メーカーさんは、食物アレルギーが何か微量なものの混入によって起こるんじゃないかと随分警戒したのですが、もちろん成分が間違って含まれないように、製造現場がアレルゲンコントロールをきっちりやらなきゃいけないという基本的なことはありますが、成分を管理するだけではアレルギーの表示ミス、あるいは誤食事故はなくならないということですよね。人のいろいろな作業の中で、注意しなければならないところがたくさんあるということだと思います。

    どれくらいの量でアレルギーの反応が起きるのか

    参加者

    いわゆる外食の大手チェーン店ではなくて、個人でやっておられるようなところのデータはないんでしょうか。メーカーから出されてるパッケージになったものでなく、スーパーで売っているお総菜とか、一般のお店の食物アレルギーの事故についてのデータですが。

    赤城

    外食に関しては私たちが患者さんに聞き取った誤食事故はあります。ですが、行政が取っているものがありません。

    参加者

    いわゆる個人でやっておられる方に表示義務はないですよね。そこに落とし穴があるんじゃないだろうかと。データを取っておられて、その深刻さ、重要さについては、どのようにお考えですか。

    赤城

    後半でそこをご説明しますね。その前に感受性について(スライド16)。時間があったら、後で皆さんにエピペンを触ってもらおうと思うんですが。私たちが行っているキャンプでは、2泊3日で食事の提供をします。患者さん、ボランティアさんを含めて120人集まるキャンプでは中に注射器を持った患者さんが20人ぐらい含まれるんですね。私たちの提供するもので誤食することはないんですけど、例えばキャンプ場はいろんな人が来る場所なので、前に来た人たちが目玉焼きを食べて、テーブルにちょっと目玉焼きの汁が滴ったとしますよね。拭いたけれども、目に見えないタンパク質が残っていて、患者さんが触ると、じんましんを起こすかもしれません。レストランでアレルゲンを間違って出してしまわないように提供するのと同じように、私達のキャンプでも間違わないように提供するんですが、それでも接触事故があり得ます。事故を起こさないようにとにかくテーブルをしっかり拭いて、今まで発症はないんですが、可能性があるので訓練をしています。(スライド17)

      • レストランではアレルゲン管理というのがなかなかできない状況ですが、アレルギーの患者さんがどのくらいの微量な量に対して反応するのでしょうか。卵が目の前にどんってあれば、卵アレルギーの人は卵には触れません。でも、今の例のようにテーブルにこぼれたものを拭き取った後にも残っているくらいのタンパク質でじんましんが起こる場合があります。症状を起こさない人もいるけれども、起こす人もいます。
      • では、口に入れるのはどのくらいの量だったら起こるのか。表示義務は10ppm 以下をコントロールしなさいという法律になっていますが、患者さんのほうはどう見たらいいのか。これは神戸医療生協病院の、木村彰宏先生が作成した、食物に含まれているアレルゲンタンパク量を示したグラフです。(スライド18)
      • 一番下が牛乳ですけれども、牛乳のアレルゲンタンパクは100g中3.3gぐらいなんです。牛乳はアレルゲンタンパクとしては他の乳製品に比べて、そんな多くないんです。患者が乳製品を食べられるように、お医者さんの管理の下で負荷試験という訓練(治療)をするときには牛乳が使われることが多いです。カゼインに含まれているアレルゲンタンパク質がとても多いことが表から分かります。カゼインはいろんな加工品に入っています。お菓子にもカゼインという表示はあるし、カマボコなどの練り製品に含まれている場合もある。今度お買い物するとき、パッケージの裏の原材料表示を見ていただくといいと思います。カゼインというのは、食品の味付けではなく別の意図で使われている場合が多いと感じます。
      • 脱脂粉乳はお菓子類にたくさん含まれていますが、アレルゲンタンパク量が多い。パルメザンチーズにもアレルゲンタンパクは多いです。これは乾燥して凝縮されているからじゃないかと、木村先生はおっしゃっていました。2012年に食物アレルギーの小学5年生の女の子が、学校でチヂミを食べて亡くなった事件がありました。あのときにチヂミに含まれていたのが、粉チーズでした。削ったパルメザンチーズではないかとお医者さんたちが言っているんですが、そうだとすると、分量が少なくてもアレルゲンタンパクの濃度が高ければ反応を起こしやすいということが、これを見ても分かると思います。
    参加者

    資料にある量は、基本的に乾燥したもののグラム数でしょうか。いわゆるウエットのチーズだったら多少水分が入っていますよね。グラフのパルメザンチーズは粉と思われる含有量だったので。水分含有量などはそろえてありますか。そうではないデータですか。

    赤城

    これはお医者さんがやってらっしゃるので、わかりません。検査キット会社さんが似たような数値を出されているんですが、それは分離にかけるからウエットでそろえてあると思います。

    参加者

    乾燥とウエットの状態でグラム数もかなり変わるのではないかと、摂取したときの量で考えたときに思ったので。例えば、この表で牛乳そのものを100g 飲むより、パルメザンチーズを同じ100 グラム取るほうが、アレルゲンをいっぱい含んでるよ、という見方でいいですか。

    赤城

    それでいいと思います。

    お米アレルギー患者さんのためにお米を食べる感触を

      お米のアレルギーは、患者さんの数としてはあまり多くないんですが、治療ではなく、その患者さんのQOLのために、お米っぽいものを食べたいであろう米アレルギーの患者さんが米を食べる感じに慣れるように、チンして食べる米飯のパックが売られているんです。患者さん用のレンジのご飯です。表はその比較です(スライド19)。精白米は普通のお米です。「ゆきひかり」というのは、品種改良で患者さんが食べられるようになっているお米です。たまたま調べたのがここのメーカーのものでしたが、いろんなところがゆきひかりを生産していて、食べてみると味は一般のものとそんなに違わないんですよ。

      • Aカットごはん、ケアライスという、アレルギーの人が食べられるご飯ができる以前は、酒米を食べていました。つまり、酒造用にお米の外側を削って、いわばタンパクのおいしいところを全部取ってしまったものなら食べられる患者がいるというので、酒米を食べていたんです。ただ、実際はそんなにタンパク量が減らないので、患者の中でも食べられる人と食べられない人がいたんです。ケアライスの場合、お米のグロブリンとかアルブミンを技術的に取ってしまっていて栄養は全然ないでしょうけど、見た目は米粒なので、ご飯としてチンして食べられるような状態です。タンパク質のパーセントもすごく低く作られています。ケアライスではほとんどの患者さんで症状が出ないと言えるんですけど、Aカットごはんでは症状が出る方がいるので、この感受性の差というのは患者によって違うということですね。これは、お米の例なので、一般の他の、例えば卵の患者がどうなのというのは、なかなか比較できるものがなくて説明しづらいです。
    黒木

    お米アレルギーというのは知りませんでした。

    参加者

    ケアライスは、ペプチドとかに分解するというような加工なんでしょうか。

    赤城

    ペプチド分解ではなく、アレルゲンを取り去った状態ですね。お米から、アルブミン、グロブリンというアレルゲンタンパクを取り除いています。

    参加者

    食べたときの味は変わるもんなんですかね。

    赤城

    お米のおいしいところがアルブミンとグロブリンなんですよ。そこを取ってしまった感じです。ただ、かんだ感じはお米ですね。やはり患者さんのQOLのためのものだと思います。粘度も多少はあります。もち米を食べるときの弾力はないですが、ああ、お米だなという感じはしましたね。

      • 実はお米アレルギーの人は、即時型というより、即時型とゆっくり型の間、8時間ぐらいたってから症状が出ることもあります。ひとたび症状が出始めると、即時型の反応と同じようにわぁーっと一連の反応が起こります。だから、診断できるお医者さんも少ないんじゃないかなと思います。

    誤食の例から学ぼう

      誤食の例をイメージしていただくために、よくある例なので、このスライド(スライド21)を使っていつも説明しています。コロッケの例で3例出しました。子どもさんたちが大好きな憧れの食物だからなんでしょうか、コロッケの誤食例は日々耳にします。コロッケはそもそもジャガイモの中に牛乳を混ぜたり、お肉や野菜を入れたりして固めたものに衣、パン粉を付けてから揚げますよね。ここで取り上げる例は、原材料に卵、乳成分が含まれていなくて、パン粉に使っているパンにも卵や乳が含まれていないものを患者が探してきて買っているケースなんです。

      • パン粉に脱脂粉乳が使われてなかったのに、使われるようになった。コロッケはお肉屋さんなどで売られていたりするので、表示が曖昧で、店頭販売のものは表示義務もないこともあって、原材料に卵、乳が使われていないコロッケが、脱脂粉乳が使われているものに変わったことに気づかずに食べてしまったのが1例目。
      • 2例目も同様で、原材料、パン粉に卵や乳が入っていないと思っていたら、仕入れ先変更のため規格が変わって、パン粉が乳を含むものになってしまった。それで症状を起こしてしまいました。表示があるものもあれば、ない場合もある。それでも買ってしまうのは、どこそこメーカーのあのコロッケは前は乳が入ってなかったから食べられるという思い込みで、次から表示を見ないで買ってしまうということ。それで誤食が起こっています。
      • 3番目の例。乳の表示があったのに、パッケージが以前からのものと変更がないから規格変更されてないだろうと思って次のときも気づかずに買って食べる。これは年齢の低いお子さんで、結果としては顔が腫れた。顔が腫れるという経験、あまりないと思いますが、アレルギーのお子さんのことをお母さんがよく表現するのは、2歳ぐらいの子の顔が倍ぐらいに膨らんだという言い方をします。目が開かないぐらいに、ぱんぱんに腫れる感じだと。小さなお子さんの場合、顔が大きく腫れるというのはかなり危険だと思っていいと思うんですが、そういうことが起こっています。原材料のコロッケではなく、衣のパン粉の中の乳や卵の成分に反応するんです。
      • 次の例はよくあるウインナーソーセージとかなんですけども、単純にソーセージと言ってもお肉だけじゃないですね(スライド22)。つなぎに小麦、卵が使われたり、風味を良くするのに乳が使われたりします。ウインナーソーセージの事故もそうした気づかずに食べてしまう誤食の典型的と言えます。
      • 事例1は、4歳の子が咳と嘔吐と腹痛が出てきて、症状が腸の辺りと気道の辺りの2カ所で起こっている状態ですね。それで、転げ回って痛がっている状態というのは典型的な食物アレルギーの症状かと思います。
      • 事例の2番目は、2歳で全身にじんましん。これはアナフィラキシーショックの状態だと思うんです。大人も全身に出るのはかなり危ないですけど、大人と子どもが同じように全身症状になったら、子どものほうがはるかに危険度が高い状態ではないかと思います。
    板書する赤城さんの写真

    板書でさらに話題が広がります

  • また、次のケースのようにサイコロステーキの結着剤で反応を起こした例もあります。試食コーナーで子どもたちが走ってきて「ちょうだい」と言われたら、ついあげたくなりますね。けれども、すぐにはあげないで、「お母さんを呼んできて」と言ってあげてねと、今スーパーの方たちにお願いするようにしています。
  • POPみたいなものにも、食物アレルギーの人向けに、例えば「卵が入っています」などと、書くようにお願いしています。
  • 黒木

    「保護者の方と一緒に食べましょう」とか書かれているのを、見たことあります。

    赤城

    けちで言うんじゃなくて、命を守るために、お母さんと一緒にということですね。

    外食では「聞いて確認」が大事 ビュッフェはトングに注意

    参加者

    10ppmで表示義務ということでしたが、100gの中のたった1mgですね。コンタミネーションというのでしょうか、「一切、そんなものは使ってません」というくらいの微量でもアレルギーが出てしまうかもしれないですよね。実際に起きた例が2つあるんですけど。マンゴーアレルギーの女性でマンゴーに触れると唇が腫れる人がいて、本人もわかっていたのでレストランで食事をする時に「マンゴーが入っていますか」と聞いたところ、マンゴーはコンタミじゃないから、マンゴーが入っているかいないかを聞いて確認したという例。もう1例は蕎麦アレルギーの女性で、その方はそば殻の枕をしただけで、顔がぱんぱんに腫れて目が開かないぐらいなので、本人も注意しているんだけれども、中華料理店では蕎麦は使ってないだろうとは思うけど、念のためにそばアレルギーがあるけれど大丈夫か聞いてみたら、調理用のコショウにソバが入っているんだそうですね。

    赤城

    そうです。

    参加者

    私はその時に初めて知ったんです。お店の人は「では、そのコショウは使いません」と対応してくれましたが、こういうのは聞かないとわからなくて、もし入っていたらその場で食物アレルギーの反応が出てしまいますよね。

    赤城

    アンケートを取ってみると、お話にあったマンゴーのアレルギーのように、全身に行かない唇の辺りだけに出る口腔アレルギーの人の失敗っていうのは例があります。

      • 例えば、グラスがよく洗われていないですとか、立食形式でトングで料理を取る際に、気をつけてアレルギーのものを取らないようにしていても、トングのほうに、避けたはずの何かが付いていることがあります。トングで食べたわけじゃなくて、トングで何か安全なものを取って食べたはずなのに、唇が腫れたというような話は例として出てきます。
      • 口腔アレルギーではなく、食べてアレルギーを起こす人の例もあります。総菜売り場とか、ホテルのビュッフェ形式の朝食などで自由に取って食べるようにお料理別にトングが付いていますが、中にはあるお料理を取ったトングでそのまま別なお料理を取ってしまうということもあります。一度その別のものに触れたトングをアレルギーの人が使ってしまうと、見た目は自分にとって安全ではないものが何も付いてない状態なのに、そのトングで取ったことで重篤な症状が起こってということもあります。
      • 私たちがウェブで9日間だけやったアンケートでは350例ぐらい誤食例が集まったんですが、それを具体的に細かく読んで、アレルゲンがこれで、事故の原因がこれだと明確に解析できるものは55例ぐらいに減ってしまいます。
      • ということは、原因が分からなくて、本人はこれがアレルゲンだと思うけれども、本来入っていないはずのものだったりするので、第三者に説明できないという事例がすごく多いんです。350例の中ので55例だけというのは少ない気がしますが、ちょっと違う視点で見れば、全部が多分実際に反応が起こったことなんだと思います。その55例の解析の中ではトングが原因というのが10例ぐらい在りました。
    参加者

    ノロウイルスなどの感染と似ていますね。

    赤城

    そうですね。総菜屋さんもレストランも表示義務はないんですが、例えば総菜屋さんなどの場合、ショーケースの中の総菜ごとにトングを区別して詰めるような所で、スタッフの方も間違って同じトングで隣のものを取っていたりする、そういうときに限って事故が起こっているので、スタッフ教育をすることで事故の半分ぐらいは減らせるのではないかと、私たちもそのアンケート結果を解析していてそう感じました。

      • 先ほどのアンケートでは、「外食のときに何を一番安全だと信頼してその食事を選びますか」という設問もしていてさまざまな回答を得ています。中華料理店で念のために店員さんに聞いたという先ほどの例のように、店員さんに聞くというのがすごく大事で、店員さんが正しい情報を出していれば事故は起こっていないです。逆に言えば、アンケートでもわかったのですが、店員さんが間違った情報を出して誤食する例が結構あるということです。
      • 同じ中華料理のお店で、写真で料理を選ぶような場合に、肉野菜炒めと書いてあって、原材料が書いてない中華料理屋さんは、よくありますよね。ある例では、その人は卵アレルギーで、メニューにあるこの料理を選びたいんですけど大丈夫ですかと店員さんに聞いたら、その店員さんは店長さんで「大丈夫ですよ」という答えだったんです。ただ、調理の現場では中国の方が調理をしていて、中国の調理方法ではお肉を柔らかくするために卵白に浸すというようなやり方をするそうですね。店長さんは原材料に卵は入ってないと思っているけれども、日によって調理する人も変わるんですね。確かに卵の入ってない日もあったんだけれども、その日の調理人さんがお肉を卵に浸していたので症状が出ちゃったんです。店長さんが後で調べて、「ごめんなさい、日によって卵を使っていました」と言って、もめ事にはならないで済んだけど、こうした発症事故が起こった例がありました。
      • その意味では店員さんに聞くだけじゃなくて、本当は調理場に確認してもらうというのがいいのかなと思いますね。日本のレストランではお肉を卵に浸すというのは、あんまりやらない方法かもしれませんが。

    表示義務の基準値の考え方 製造現場の対応は

    参加者

    アレルゲンにはいろんな種類があって、今のお話だと100gのうち1mgを超えて含まれる場合に表示義務があるということですが、どこがどう決めてこの数字になっているのでしょうか。前回の別のサイエンスカフェで聞いたのですが、この数字を決める際には安全係数が必ず入っているはずだと思いますが、今の話だけを聞いていると、とにかく入っていたらいけないというお話になっているような印象を受けるんですが、するとこの数字にはどういう意味があるのかわからなくなって、消費者をミスリードするようなものになってしまわないかと危惧するんですが。

    赤城

    表示義務があるのが容器包装された食品に限るということがあって、その意味でこの基準については主に食品加工のメーカーさんが取り組んでいるわけです。もちろんレストランとか航空会社とか、いろいろな所も取り組んでいるのですが、一応法律で決められた数値が示されているのは容器包装された食品だけなんですね。

      • この数字は、厳密にはタンパク量ではないんですよ。配合量というのでしょうか、使われている量なんです。だから、メーカーさんの中にはタンパク量で計算しないとおかしいじゃないかと、毎回消費者庁に意見書を出したりしている所もあるんですね。
      • 配合量、実際に入っている量が何グラムかということで、その症状が出たとか出ないとか、抜き打ちで検査をしたら何ppm出たので表示義務違反というふうに実際の法律では運用されてます。
      • その数値は食品表示検討会っていうところが決めたわけです。それは厚生労働省と農水省の共同会議を経て、いろんな立場から検討されたものであるのには間違いないですが、この間講演会を開いたときに、最後に決めた時のメンバーの方に「どうやって決めたの」「本当は何なの」と聞いたら、えいやで決めたと言っていました。「えいや」というのは、つまり、患者さんのしきい値、閾値というものがありますが、あの閾値が世界で決められてないんですよ。食べ物によっても違うし、もしかしたら人種によっても違うのかもしれない。
      • 私は年に1回だけ国際会議、食物アレルギーとアナフィラキシーの国際会議に行っているんですけど、23カ国の人が集まる会議で、行くと必ず「日本はなんで10ppmと決めたか」と、毎回、毎年この10何年間各国からずっと言い続けられているんです。それは、どこの国もみんなしきい値、閾値を見つけられずにいるからなんです。
      • 例えばフランスがいろんな患者さんに本人の同意を得てテストをして、バナナは4ppmで反応が出ると発表したんですよね。一方、日本での事故例では、私たちが実際に患者さんの誤食で発症した事例で、食べたものの材料を調べたら小麦が4ppmで出ているし、乳製品は5ppmで出ています。でも、それはあくまでもケーススタディーでしかありません。だからと言って、乳アレルギーの人を100人集めて、何ppmで反応するかなどという試験をやるのかというのは、なかなか難しい問題がありますよね。
      • 実際には、そういうことは治療につながることとして負荷試験といって、患者さんが数ミリグラムずつでも食べられるようにして、最終的にはコップ1杯の牛乳が飲めるぐらい、例えば乳成分であればそのぐらいのものが食べられれば、間違って食べても生き死ににはかからないでしょうということを目的とすることも行われています。この負荷試験というのを、お医者さんによっては赤ちゃんの頃から、人によっては5歳ぐらいからやるというやり方をしているんですが、実施しているお医者さんたちはたぶん何ppmとか何ミリグラムとか摂ると反応がポーンと出てくるかというのを分かっていると思うんですけど、それは公表されてないんですよ。
      • だから、あくまでも参考値で4〜5ppm辺りで出る人がまれにいるけど、ほぼ10ppmぐらいなら症状が出ない人が圧倒的に多いというぐらいのところを、えいやで決めたっていうのが、その検討に関わった方たちのコメントでした。だから、やっぱりおかしいぞと思うのはそうかもしれないなとは思うんですけど、それが実際のところです。
    参加者

    アレルゲンのタンパク質の分子量というのがまちまちなんで、確かにppmオーダーで表現するのはおかしな話だとも思うところはありますよね。そうすると、例えば10ppm以下で、原料を使っていて誰か患者さんに症状が出た場合にはどうすればいいんでしょうかね。

    赤城

    加工食品の場合は回収事項になります。それで、私たちはその回収事項をカウントしているという状態です。

    参加者

    表示義務違反にはならないですよね。

    赤城

    なかなか難しいところですが、表示義務違反じゃないです。実際、4ppmで出たというのは、表示義務違反にはならないけど、回収にはなっています。そこが矛盾してると言えば矛盾してることだと思います。

      • 参考情報として、スライド11の表に小さい字ですが、「欄外注意喚起 1例」とか、「推奨表示品目 14例」と書いてありますが、これは表示義務違反じゃないのに食品回収をした企業があるという意味でカウントしています。本来ならば食品回収は、表示義務違反があって、それが危害を与えないようにするために回収をするわけですよね。しかし、実際は、違反してないのにもしもこれで間違って誰かが食べて症状を起こしたら困るからっていうので、表示義務には違反してないけど回収しているんです。つまり企業が数千、場合によっては何万個も回収しなきゃならないとしたら、その費用は数千万円単位でかかるわけです。それでも、その費用を負担してでも事故を起こしたくないから回収しているという現実があるということなんです。
      • 私たちもそれを良しとするわけではないんですけども、メーカーさんとしてはやはり事故を恐れて、「欄外注意喚起」という、原材料表示、法律の範囲とは全く関係ないところで、例えば「この製品は同一ラインで作る製品で卵を使っています」等と表示をする、だけどそこを卵と書くべきところを誤って乳と書き間違えて、それで回収しているということがあるということですから、本当に法律というものが何のためにあるのだろうと思うんですけどね。企業としては、怖いなと思うと回収しているということですね。
    参加者

    今のことについて、発症する事故が起きて、それはもちろん事故なんですけど、結局は過誤というか、ミスではないということですよね。それを心配しないで済むためには、専用ラインでそれしか作らないというくらいにしないと、怖くて出せない状況にあると思うんです。実際にそうした対応をしているメーカーはあるんでしょうか。

    赤城

    あります。専用ラインではないですが、同じ製造ライン上でアレルゲンを使った場合は洗浄してから、タンパク残量を確認してから、アレルゲンが含まれない次の製品を作るっていうことを管理しているメーカーさんはすごく増えました。

      • 日本の食品業界の現状は、私たちも食品メーカーさんといろんな勉強会を一緒にやっていて、参加の内訳は大企業が20%ぐらい、80%は中小の企業さんなんですが、製品の市場シェアで言えば業者全体の20%に当たる大企業が80%以上のシェアを占めています。その勉強会でよく言われることは、食品の安全管理については大企業がコントロールを頑張ってやれば、かなり頑張れるんですよという言い方です。実際は私も分からないんですけども、メーカーさんの感覚はそうなんだろうなと思います。
      • 実際、私たちは今、いろんな食品メーカーさん、コンビニエンスストアさんとか、スーパーさんとかのチェーン展開をしてるところから、取引企業の教育をしてくださいっていう依頼を受けて、アレルギーの話をしています。つまり、大企業が小規模な企業さんをアレルゲンコントロールのために教育をしているっていうことです。日本の企業はかなり頑張ってやってらっしゃるんだなと思います。
      • 先ほどのご質問のあったレストラン、表示義務がない店頭の量り売りの総菜屋さんとかはどうするのかについては、消費者庁で去年ぐらいまで検討会がありました。今はすぐには無理だけど将来的には義務化していきましょうという結論が出て、今は農水省でレストランとか外食チェーンがアレルギーに対してどういう手順を踏めば事故が起こらないようにできるかっていうのを検討中の段階です。

    東京2020へ どんな時も確かな情報を得よう

      なぜ今のタイミングで容器包装の加工食品以外での表示義務について検討されているのでしょう。それは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを迎えるにあたり、その時に海外からたくさんの人たちが来日しますが、そこで、事故を起こしてはいけないということがあると思います。

      • ただ、初めのほうでも説明しましたが、そもそもアレルギーの反応の数値は日本の、21世紀の日本の数値ですよと言いましたように、違う国の人たちが反応する食べ物は、食文化が違うのでみんな違うんですよね。アメリカやイギリスなど西欧諸国では、ピーナッツがコントロールすべき一番重要な食べ物なんです。アジアを見ると、卵、乳、小麦です。日本もそうですけど、卵、乳、小麦のコントロールがすごく大変なんです。
      • 先般、アジア会議の場でのインドの発言では、インドの患者は卵、乳も多いけれども、ひよこ豆に対する反応がある患者が増えているそうです。ひよこ豆って、日本だとちょっとおしゃれなサラダなどに入っているお豆ですよね。日本の大豆アレルギーの人は大豆の代わりにひよこ豆を食べてるぐらい、ひよこ豆って安全なものだという感覚があるんですけど、インドでは違うんですね。
      • いろんな国の人たちの、いろんなアレルギー事情があって、海外から多くの人が来日するという状況でアレルギーの事故を起こさないようにどうしたらいいか、東京都が取り組んでいます。東京都のホームページを見ると、アレルギー対策のためのピクトグラムとして、イラストでアレルゲンを認識するための表示が工夫されて、比較的ポピュラーと思われるものがアイコンで説明されていますので、ぜひ見ていただくといいと思います。
      • 日本の従来からの事情に対しての対策ももちろんですが、海外から違うアレルゲンの人が来た場合でも、やるべき対策として必要なことは、やはり製造者の言葉をきちんと聞き取るっていうことですよね。自分を防衛するためにも、あるいは一緒に食事する人の安全を守ってあげるためにも、不確かな情報ではなく、元をたどった確実な情報を手にすることが重要だと思います。
      • (完)

    話題提供者の堀正敏さんの写真

    話題提供者の堀正敏さん

    2018年6月22日(金)および 11月28日(食の安全研究センター第34回サイエンスカフェ「聞いてみよう!毒とクスリと人の関係」が開催されました。東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医薬理学研究室 教授 堀正敏さんの話題提供で、自然がつくりだす様々な毒に、人間が太古からいかに悩まされ、工夫し、活用していったかを糸口に、動植物の毒と薬の事例を紹介しながら先人達の知恵、今に続く薬としての利用などについて話していただきました。
    身近な動植物の話からある殺人事件の解決まで、多岐にわたる内容に参加者からの質問も多く、賑やかなカフェとなりました。

    ○第34・38回サイエンスカフェ配布資料(pdf)
    (クリックすると開きます)
    ※以下、記載がない場合の発言は堀正敏氏のもの
    ※質疑応答は一部抜粋

    人間は「毒」に悩まされてきた

      人は毒を恐れ、毒に悩まされ、そしてまた知恵を使って毒を積極的に利用してきました。今日は、我々人間の毒との闘いと、そしてそれをいかに薬にして利用してきたかというお話をします。

      • 紀元前300年くらいからコレラなどの流行が記録されていますが、その頃、毒や感染症などの発生は悪霊によってもたらされるものと考えられていました。目に見えない悪霊が毒をまき散らして、多くの人が感染症で亡くなっていくというイメージです
      • ギリシャ神話にはアスクレーピオスという名医が登場します。神話の中では死者さえも蘇らせるというすごい神様です。この人が持っている杖には、ヘビが巻きついています。つまりアスクレーピオスはこのヘビのついた杖を使って悪霊を追い払うということなんです。資料(スライド3)にあるこのヘビの模様を見かけたことのある方はいらっしゃいませんか。
    参加者

    各地の医学部のマーク。

    参加者

    正解。これは世界中の医学部の校章になっているケースが多いです。これはまさしくアスクレーピオスの杖から来ています。興味があれば、世界のいろいろな医学大学の校章を見てみてください。東京大学は使っていないんですけれども。

    関崎

    これはヘビが悪霊をやっつけるという役割ですか。

    参加者

    はい。ヘビは悪霊から身を守る味方の存在です。さて、「毒」という言葉、日本語では「ドク」ですが、英語などで見ると語源はToxiconというギリシャ語です。矢につける毒をToxicos、矢のことはToxonといって、両方を合わせたものがToxicon。「毒」の語源は矢に付ける毒であるということが、言葉からもわかります。

        【ヘビの表象について】(第38回の追加開催時の追補)

     

      ヘビは何度も脱皮を繰り返し長寿であること、交尾時間が長く繁殖力があること、大河の流れのように悠々とうねりながら大地を進むことなどから、古来より長寿、生命力の強さなどのイメージに結びついてきたという見方がある一方、別の観点もあります。

      • 棒に巻き付いているのはヘビではなく、線虫の類いであるという説です。現在も確認されているギニア線虫症を初めとする線虫症は、線虫が寄生しているミジンコを含んだ不衛生な飲料水を飲むことにより、線虫がヒトの体内に寄生して発症します。ヒトの体内で数十センチの長さに成長し、ヒトの下肢部分から1週間ほどをかけて出てきますが、この時は相当に痛いそうです。
      • その虫がヒトの体から出てくる間、古代の医師はその線虫を1本の棒状のものに巻き付けながら引き出して治療する、という記述が残っており、医術に長けているとされる人の技の1つとして線虫症の治療の様子が象徴的に描かれた結果がこの表象に結びついているというのが、もう1つの説です。どちらが正しいかということは、明確になっていません。

    世界の矢毒圏

      一言で「毒」といいますが、英語ではいろいろな毒があります。(スライド4)Toxin、トキシンは日本語にもなっていて、これはどういう化合物で、どういう作用を起こすものなのかが明らかなものをいいます。これは日本語でいう「毒=ドク」と同じです。英語でPoison、ポイズンといいますと、正体不明の毒のことを意味します。(スライド5)ですから、突然何かで体が腫れて原因がわからない。ひょっとするとあの時に咬まれた何かだというような場合にはポイズンといっています。もう1つVenom、ベノームという言葉があって、例えばヘビなどは毒を牙から吐き出して相手の体内に直接注入します。そういう毒はベノームといっています。日本語では、全部「毒」です。

      • 語源がToxiconということでしたので、世界の矢毒について話します。世界の矢毒については、それぞれトリカブト圏、イボー圏、クラーレ圏、ストロファンチン圏と名前がついていまして、それぞれアジア地区、マレーシア、南米アマゾン、アフリカと大きく分けて、これらの4つ地域で使っている毒が違っていて、その地域に住んでいる動物や育っている植物を使っているということです。先ほどの4つの「〇〇圏」の名前はそれぞれ毒を出す植物の名前です。(スライド6)
      • トリカブトは、名前を聞いたことがあると思います。化学物質でいえば、アコニチンというのがトリカブトの毒です。これはエスキモーや、日本では蝦夷地のアイヌの人たちがヒグマをやっつける時に使いました。また、調べてみると、日本にはアカエイの牙の毒というのもありました。その毒の成分までは調べきれませんでしたが。
      • マレーシアには、Antiarinという植物の抽出液を使っていたようです。クラーレというのは、d−Tubocurarine、ツボクラリンと書いてありますが、きれいな花が咲きます。ここから抽出した成分を使っています。アフリカのG-strophanthin、ストロファンチンというのも植物で、これはキョウチクトウの1種です。そこからOuabain、ウワバインという名前の毒をつくっていました。
      • 驚くことに、クラーレやストロファンチンというものは、今の医学でも、筋弛緩薬として使われています。手術の時に、緊張をほぐすために必ず筋弛緩薬を麻酔薬と一緒に投与しますが、そういう時に使われる神経に作用するお薬です。つまり、矢毒がそのまま筋弛緩薬になって、今も使われています。
      • ウワバインは、強心薬、利尿薬、つまり心臓のお薬として、もうちょっとゆっくり作用するものになっています。面白いのは、狩りで自分の体より大きい動物にd—ツボクラリンを打つと、筋弛緩薬なのでその動物が動きが鈍くなります。その間に仕留めるのですが、うっかりその矢傷の入ったところを食べちゃうと、自分が筋弛緩になってしまいます。だから、必ず矢の刺さっている部分を切り落として、そこは食べないようにする。そういうことも、古代の記録として絵図に残っています。
      • そうしたことはすべて経験から来ていて、たぶん食べてしまった人に筋弛緩の作用が起こっちゃったという経験をして、だから食べないようにしようということになったんだと思います。ほかの矢毒にしても、すべてその背後には犠牲になっている人がたくさんいるはずですね。このように、我々人間は毒に悩まされているんだけれども、その毒を使って、自分の体より大きいもの、強いものを倒して食にしていったわけです。
    関崎

    毒にも薬にもなるということですね。

    しかも、今でもそれを使っているということは、素晴らしいことです。今も薬理の教科書で学生が勉強しています。

    アイスマンの弓矢にも矢毒があった?

      私の大好きな本で、『5000年前の男』という本があります。(スライド7)これには1991年にアルプスのオーストリア/イタリア国境付近にある氷河から氷漬けの男が出てきたんです。当初は、登山をしている人が事故に遭って亡くなったのではないかということでした。最初はヘリから見つかったのですが、現地へ行って調べてみるとどうもこれは古代の人らしいとわかった。実は5000年前、紀元前のさらに3000年のものだとわかったんです、
    関崎

    中国の歴史より古い。

    そうです。5000年前の人間でした。皆さんはミイラはご存知だと思いますが、面白いのは、これは氷漬けで行き倒れになって、そのまま5000年後に氷が溶けてきたわけです。つまり、内臓も氷漬けのまま残っていたということです。冷凍ですね。腐らずに残っていたということで、我々の先祖を勉強する貴重な材料になったんです。発見されたのがオーストリアのエッツァル峡谷の近くだったことからエッツィーと呼ばれることになったアイスマンは、実は矢頭と弓を携帯していたことがわかっています。

    関崎

    全部氷漬けになっているということですね。

    そうです。ですから全部氷の中から出てきて、復元すると写真(スライド8)のような感じになります。

    関崎

    ちょっといい男過ぎますね。

    骨格から見て鼻も高いですし、いい感じですよね。ちょっとうちの親父にも似ているなと思ったりしています。ほかにも寄生虫がいたとか、入れ墨をしていたとか、いろいろなことがわかったわけですが、残念ながら矢毒に関する検査では、氷漬けだったので全部流されてしまって、鏃から毒は見つからなかったということです。しかし、少なくとも5000年前におそらくこうした道具に毒をつけて狩猟をしていたのだろうということがいえると思います。この本は面白いので、ぜひ読んでみてください。

    参加者

    以前テレビで放送を見たんですが、その時に針の跡があったとか。

    ツボ治療をした痕があるらしいです。よくご存知ですね。

    参加者

    5000年前に、中国ではなくてヨーロッパで針があったということが信じられないくらいなんですが。5000年間アイスのままだったということは、その間温暖化しなかったということでしょうか。

    氷河期になってからは、ずっとそこは氷河のままだったということでしょうね。今でも氷河になっているところです。これはNHKでも話題になったものです。文春文庫からも訳本が出ています。フランスにベルスタ博物館というエッツィーの博物館があります。僕も行ってみたいと思っています。

    サイエンスカフェ 全景

    身近なところにある「毒と薬」に熱い注目が

    世界の矢毒圏

      西洋でも東洋でも人間は毒を使って矢毒として利用してきたのですが、中国には「神農本草経」(スライド9)というものが長江流域に残っています。薬に関して、紀元前3000年前くらいからある本です。その他、針などについてもいろいろな本が出ています。これらが後の漢方の元になっています。

      • 「神農本草経」でとても素晴らしいのは、スライドにあるように「上薬、中薬、下薬」(じょうやく、ちゅうやく、げやく)、「上品、中品、下品」ともいいますが、365種類の薬をピックアップして分類してあることです。養命=いくら飲んでも大丈夫なものを120種類、上薬として分類しています。中薬は毒にもなり得るが養生薬としてかなり効果があるもの、下薬は急性にちょっと適用するにはいいけれども、非常に注意が必要なものといった具合に、この頃からすでに薬を3種類に分けて使っていたということです。
      • 中国の場合はやはり生薬、植物性のものが多かったんですが、中にはカエル、ヘビ、クマの肝臓など動物のものも漢方として入っています。日本には、この「神農本草経」に載っているような治療というのが初めに入ってきているはずだろうということです。この辺については僕も興味があって、北里大学の医学部に東洋医学研究所というのがあるんですけれども、そこでは先生方が自ら生薬を煎じて療法をするんですね。ツムラ製薬のフリーズドライのものを使ったりはしないんです。そういった先生と共同研究しながら、勉強をしているところです。

    人と天然毒との遭遇

      では、私たちは普段の生活の中でどのように毒と遭遇するでしょうか。最も身近なのは、食べるということですね。食中毒です。今日は食の安全研究センターでのお話ですから、食中毒を一番最初に取り上げたいと思います。2番目がセンター長、関崎さんの専門である感染症ですね。

      • 多くの微生物は、微生物自体の成分が我々の体にとって毒です。異物であり、毒になります。今日はそこまでのお話はできませんが、機会があれば微生物感染に関する毒という話もいいかもしれません。また、山などに出かけて葉っぱにかぶれたり、蜂などの虫に刺されたり、さらにヘビに咬まれたりなどもあるでしょう。米国の砂漠地帯ではサソリに刺されることもあるかもしれません。
      • 種類としては、動物の毒、植物の毒のほか、薬になっているものとして考えれば、最近では微生物の毒というのが一番多いです。ただ、昔は植物の毒を懸命に薬に使っていました。毒の形としては大きな形もあれば、小さい化学物質のような毒もあります。このあと、幾つか具体的な例を挙げてお話しします。
      • 種類としては、動物の毒、植物の毒のほか、薬になっているものとして考えれば、最近では微生物の毒というのが一番多いです。ただ、昔は植物の毒を懸命に薬に使っていました。毒の形としては大きな形もあれば、小さい化学物質のような毒もあります。このあと、幾つか具体的な例を挙げてお話しします。
    関崎

    マムシとハブは違うとか聞きますが。

    違うと言われています。ハブやマムシは牙から毒が出ますが、余ったのは飲んじゃいますよね。何でヘビは大丈夫なんでしょうか。それは、飲んだ場合には消化管で消化されるような毒だからなんですね。

    関崎

    じゃあ、我々も飲んだ場合は大丈夫なんですね。よくテレビドラなどで、蛇に咬まれた人の傷口を吸ってペッと吐いたりしますよね。あれは大丈夫なんですね。

    です。なんでヘビは咬むかというと、血液を介して体内に入った場合には消化酵素のある消化管を通らないので、直接全身に回り、毒性が強くなります。そういったタイプの毒が多いためです。

      • 日本人の場合、ヘビ、カエルを食べて食中毒という場面はまずないと思いますけれども、やはり魚や貝の食中毒が多いと思います。これらは単なる公衆衛生上の問題になっているだけではなくて、そこから薬をつくろうという研究もたくさん行われています。ここからは薬のことを交えながらお話しします。

    人と天然毒との遭遇

      まず、きれいなヤドクガエル。(スライド13)世界にたくさんいます。たぶん、今でも多摩動物園に行くと、たくさんヤドクガエルを飼育していると思います。飼育員さんが手で触っているを見たので、「大丈夫ですか」と聞くんですけれども、ずっとそこで飼っているヤドクガエルは毒がなくなっちゃうというんですね。どうして人工で飼うと毒がなくなってしまうか、わかる方いらっしゃいますか。
    参加者

    敵がいなくなるから。

    参加者

    食べ物が違うから。

    カエルをずっと飼っていて、そのカエルが毒がなくなるということは、そのカエル自身がつくっていないということですね。つまり、食べた物についている微生物が共生してつくりだしているとか、あるいは食べている物の毒がそのカエルには感受性がなくて、その毒成分だけがどこかに溜まり、体内で濃縮する。生物濃縮といいますけれども。そういった外部から入ってきたものが体に蓄えられて毒ができる。この種の毒は、場所によってはイモリが持っていることもあります。

    • 次にフグ毒。(スライド14)これはテトロドトキシンという日本人が発見した有名な毒です。名前も業界ではTTXなどと呼んで非常におどろおどろしく聞こえますね。このフグ毒も、例えば東京大学の水産の分野では人工海水の水槽でトラフグをずっと飼っていますが、そうすると、肝も食べられるような毒のないフグになります。ですから、フグも何か海洋の生物を食べて、その生物がつくる毒、テトロドトキシンを卵巣とか肝臓にため込みます。では、なんでフグはテトロドトキシンにやられないのか。そういうのを研究している方もちゃんといらっしゃるんです。
    • 人間の体の細胞膜にはイオンチャネルというものがあって、ナトリウムイオン、カルシウムイオンを入れたり、カリウムイオンを出したりと、細胞に必要なものを選択的に通す役割をしています。細胞がイオンを出し入れするチャネルです。テトロドトキシンは、このナトリウムチャネルをブロックしてしまう作用があります。私たちの体の神経はすべてナトリウムチャネルが開いて伝達が行われるのですが、テトロドトキシンが作用すると体中の神経伝達ができなくなってしまいます。人間のナトリウムチャネルがつながるべきところにテトロドトキシンが作用してつながらなくなるからです。
    関崎

    フグにもイオンチャネルはあるわけですよね。でもテトロドトキシンに対しては非感受性なので影響を受けないんですね。

    参加者

    フグを食べる時ですが、ツウの人は危ない食べ方をするようですが、我々が毒のあるものとないものを食べたとして味は異なるんでしょうか。

    私の経験では、毒があると、まずピリピリと舌がしびれてきます。それは経験があります。わざとそういうのを食べさせる店があるんです。フグを食べてどうして命を落とすことになるのかを説明します。まずフグの毒を食べると、呼吸ができなくなります。横隔膜の神経が動かなくなってしまうからです。その時の対処はどうするか。とにかくマウス・トゥ・マウスで呼吸の確保をしてあげてください。救急隊が来るまで、30〜40分頑張って呼吸の確保をし続けると、パッと良くなるそうです。フグ毒は比較的早く分解されますので、なるべく呼吸を確保してあげてくださいということを、そのお店でも言われました。フグについての認識は食中毒防止の上で大事ですし、調理には免許も必要です。

    参加者

    毒って何のためにあるんですかね。

    よくその質問が出て、答えとして、その毒を持つことによって外敵から身を守っているんだと言われることが多いのですが、それは人間が勝手に考えたこじつけだと私は思っています。本当はよくわかっていないんです。おそらく偶然の産物ではないかと思います。

    関崎

    でも、ほかの肉食の魚がフグを食べたらやっぱり毒に当たっちゃうんですか。

    当たる場合、当たらない場合、あるみたいですけど。そこは水産の先生に聞いてみないと、その分類まではわからないです。ただ、少なくとも、フグの場合は体を膨らませて相手を驚かせたりすることもあって、あまり捕食されませんね。

    関崎

    さっきのカエルも同じことが言えますよね。

      • カエルの場合は、本当はたいへん捕食されやすい動物なんです。あのヤドクガエルは数センチしかなくて小さいですので、たぶん食べられちゃうと思います。外敵はそれを食べたとしても、消化管を通して毒の活性が弱まるということがあります。テトロドトキシンも、このあと出てくるパリトキシンなど、食べた場合には食中毒くらいで済んでしまうんですね。血中に直接注入すると強烈に作用して死に至る毒なんですが。
      • 食中毒で夏によく沖縄で報告されるのが魚を食べて起きるもの。琉球大学などでその中毒の基となる原因の菌の同定などをしていますが、そこで出てくるのは渦鞭毛藻(うずべんもうそう)という微細藻を餌に食べている魚、ウツボやブダイの類い、バラハタという高級魚にもありました。(スライド15)だいたい、それらは渦鞭毛藻が持っている毒で、1つはシガトキシンという面白い形の毒であることがわかっています。これは食物連鎖によって魚が毒化しているということです。フグを水槽内でずっと飼っていると毒化しないのと同じように、地域によってはこれらの魚もそうなってきます。
    関崎

    フグの場合は、ほとんどのフグに毒があるんですよね。食べる物によるんですか。

    そうです。天然でももともと毒のないフグもあります。美味しくないそうですけど。

    化合物をつくる力 微生物はすごい

      さて、世にはノーベル化学賞というものもありますが、人間は賢いようでも、それほどでもないんです。というのは、微生物はこんな難しく、大きくて複雑な化合物を小さい体でつくれるからです。人間ではいまだにつくれません。つくれたとしても100段階くらいいろいろな合成ステップを踏んで、1kgくらいから1mgつくるというような、非効率的なつくり方でしかできないんですが。

      • 科学が苦手だと化学構造を見るだけで参りますね。構造を見て美しいなと思うくらいで、あきらめてしまいそうです。写真(スライド16)のシガテラという食中毒魚から同定されたマイトトキシンという毒もこんなに複雑で分子が大きい。微生物がこんな毒をどうしてつくれるのかということがわかれば、それもまたノーベル賞ものですね。そこから我々人間がいろいろなものをつくれるようになる可能性があります。これは非常に不思議な話で、微生物を馬鹿にしてはいけません
    参加者

    マイトトキシンは、何か代謝物が毒になるのでしょうか。ずいぶん高分子なので、吸収されるのかどうか、疑問に思ったんですが。

    この分子をいろいろ切ってみたりして、細胞毒性活性を見ている論文がいくつかあります。ですが、おそらく細かく巻いているマクロライド系と呼ばれている部分が大事になるようです。これそのものが毒になりますし、代謝されてもこの部分は毒になります。そのままの形で取り込まれることもあるんですが、食中毒の場合にはある程度分解されてしまいます。切れて小さくなりますから。ここに、LD50で0.05㎍とあるのは、例えば100匹のネズミの血液中に0.05㎍注射をした場合に50匹が死んでしまうという毒性の強さです。

    参加者

    LD50でテトロドトキシンの200倍と書いてあるのは、前のスライドの8㎍を0.05で割ればということですか。

    実験系や文献によってもこの数字は変わってきますが、だいたいそのくらい違うということです。少なくともテトロドトキシンより100倍以上は強い毒ということで、日本ではマイトトキシンやパリトキシンは食中毒を起こす海産物の毒として非常に有名な毒です。

    関崎

    どれも非常に複雑で高分子ですね。

    はい。しかし、今、これらは人間もいちおうつくり出すことに成功しています。非常に非効率的ですけれども。

    地球温暖化で心配される生物生息域の変化と危険

      日本には、昔はあまりスライドにあるような毒はありませんでした。沖縄、琉球地方だけの問題だったんですが、最近ではいろいろなケースが発生しています。近いところでは、横浜の本牧釣り公園で猛毒を持つソウシハギが釣れて、食べそうになったけれども、その時は食べないで済んだということがありました。(スライド18)

      • 南洋にいるヒョウモンダコは興奮すると表面が変わった模様に変わる猛毒を持っているタコです。そういったものが相次いで日本の本土で獲られるようになった。これはまさしく地球の温暖化によって海水温が上がって、南洋の魚やタコなど猛毒を持つ生き物が本州のほうへも普通に黒潮に乗ってやってくるようになってしまったためだということです。今までなら教科書だけで勉強していたような毒についての勉強も、これからは身近なこととしてやっていかなくてはいけません。我々も若い学生にこうした現状を教えていて、地球温暖化の問題をどう考えれば良いのかということを研究している人もたくさんいます。
    参加者

    分子量が大きいですが、それは毒だからなんでしょうか。普通の分子としてもそのくらいの分子量の物質というのはあるんでしょうか。

    土壌にいる微生物もこんなに分子量の大きい毒をつくるかというと、そこまででもないですね。それでも、それなりに複雑な物質を土壌の微生物もつくります。そうした毒を薬にしようと思ったら分子が小さいほうがいいですね。合成してつくるのにやりやすくなります。微生物にしかつくれないものはなかなか直接には応用にならないので。

      • 去年、貝の毒がけっこう出まして、カキだけではなく、普段から割と食べているホタテ貝などでも毒性が出ました。貝毒のうち下痢を起こすような下痢性貝毒には、Okadaic acidとか、PectenotoxinsとかVerotoxin、Brevetoxin等、毒の名前がいろいろあります。症状としてはみんな下痢を起こします。ですけれども、原因菌は結構いろいろ異なっているということです。
      • こうした毒に対処することは、公衆衛生上非常に重要なのですが、対象物から毒を抽出するのも大変な作業で、その毒の化学構造を決定していくというのも大変な労力が要ります。現場にサンプリングに行って、毒の貝を採ってきて、その抽出物から未知の化合物を取り出して、それが本当に毒を起こすものなのかを同定していかなくてはならないので、それ自体、大変な労力を使う仕事になります。
      • 貝の食中毒が出たということがあると、その場所にサンプリングに行って、その貝毒を集めてきて、既知の毒であれば抗体などいろいろな検査をして調べられます。下痢性貝毒も、お薬にはなっていませんが、創薬の研究で使うような試薬になっているものはたくさんあります。

    植物・キノコがつくる毒

      表示(スライド20)にあるのは植物の毒、そしてキノコの毒です。いろんな毒がありますが、見た目がいちばんきれいなベニテングダケは有名な毒のあるキノコです。(スライド21)見るからに食べる気がなくなると思うんですが。この毒キノコの代表であるベニテングダケの毒、ムスカリンとはどんなものか。

      • 表示(スライド20)にあるのは植物の毒、そしてキノコの毒です。いろんな毒がありますが、見た目がいちばんきれいなベニテングダケは有名な毒のあるキノコです。(スライド21)見るからに食べる気がなくなると思うんですが。この毒キノコの代表であるベニテングダケの毒、ムスカリンとはどんなものか。
      • 研究の分野では、このアセチルコリンの受容体の名前をムスカリン受容体といっています。つまり、テングダケの毒がわかって、その毒成分が我々の体の受容体、アセチルコリンを受け取るタンパク質の名称にも使われているわけです。毒がわかったことによって、我々の体の仕組みがそこからわかってきているわけです。ムスカリン受容体の阻害薬というのが、たくさんお薬になっています。
    サイエンスカフェ対話のようす

    ランダムに沸き起こる質問と答え 対話が弾みます

    関崎

    ということは、キノコの毒を研究に利用したということですね。

    そういうことです。ムスカリンを研究に利用したんです。その作用を調べていくうちに、実は本当にくっつくべきものはアセチルコリンだったとわかったわけですね。そのムスカリンの中毒の症状は、悪心、下痢などありますが、アセチルコリンを大量に飲んだ時の中毒を同じです。

      • 覚えている方もいらっしゃると思いますが、サリン事件がありました。あのサリンというのは、アセチルコリンを分解する酵素を止めてしまう。結果的に、アセチルコリンがうんと増えてしまう。だから、副作用として、ベニテングダケをたくさん食べたのと同じ症状を起こすことになります。毒と言っても、化学兵器の毒でも植物の毒でも作用点が一緒だったら、中毒で出てくる症状は同じになるわけです。それはターゲットになる受容体が同じだからですね。
    参加者

    ムスカリンをもつこのキノコはいかなる動物も食べないですよね。すると、あとは枯れるだけですよね。枯れて地中の土に戻るときはムスカリンも自然分解されますよね。

    はい。ムスカリンは分解は早いと思います。

    参加者

    枯れて倒れて時間が経っているようなものでも、食べてはダメですか。

    ダメだと思いますけどね。ただ、今回、サイエンスカフェに備えていろいろ調べてみたら、このベニテングダケの頭にある白いポツポツはとてもおいしいそうですよ。(笑)ただ、その詳細を調べ切れていないので、おいしいといわれても、食べる勇気はなかなか出ないですが。

      • トリカブトについては、エスキモーやアイヌがトリカブトの毒を毒矢に使っていたことをお話ししました。(スライド22)ちょっと見たところ食べられそうですよね。毎年のように事故になってしまうのは、トリカブトを山菜、セリなどと間違えて食べて食中毒を起こしているということです。
    関崎

    毒はどこにでもあるんですか。

    あります。葉っぱにも、花にもあります。アコニチンという物質があります。(スライド23)

      • さきほどのフグの毒はテトロドトキシンで、ナトリウムチャンネルを止めてしまうということでしたね。アコニチンは、ナトリウムチャンネルを開けたままにして活性化してしまうという、逆の作用をする毒です。どっちでも毒になるんですね。チャンネルを止めても、チャンネルを開けっ放しにしても毒性があるわけです。アコニチンの毒性は極めて強くナトリウムチャンネルが閉じるのを抑制する、つまり開けっ放しにするということがわかっています。
      • このように、同じような毒でも、植物からナトリウムチャンネルが開いちゃう毒、魚からナトリウムチャンネルが閉じちゃう毒が出て、しかも化学構造は全然違うという、とても面白い関係にあります。

    フグ毒とトリカブトの怖い話

    参加者

    もし、フグ毒にあたった時には、アコニチンをやれば中和するということですか。

    ご質問いただいたことが、トリカブト保険金殺人事件という実際にあった事件につながりがあります。

      • 覚えていらっしゃる方もあるかと思います。この事件では、今出てきたテトロドトキシンとアコニチンを使ったアリバイ工作が行われました。犯人の男性が妻に保険をかけ、2人で沖縄へ旅行に出かけました。事件の日11時40分くらいに、その男性は仕事があるから那覇空港から東京に戻りました。奥さんはほかのお友達と一緒に那覇から石垣島へ飛行機で飛び立ちました。そして15時40分に心筋梗塞で亡くなった。そして犯人の男性は巨額の保険金を手にしたわけです。
      • 当初は不審死ではなくて事故死、病気によって亡くなったと思われたんですね。アリバイもちゃんとできていますからね。犯人が東京に行っている間に死んじゃったわけですから。ところが、沖縄で司法解剖したお医者さんが、念のために血液を30ccほど保存しておいたそうなんです。これが解決の糸口になりました。
      • アコニチンとテトロドトキシンが、ナトリウムチャンネルの閉じる作用と開ける作用だったら、フグ毒のテトロドトキシンの中毒ならアコニチンを飲めばいいんじゃないですかというのが、今のご質問でした。
      • テトロドトキシンがナトリウムチャンネルを抑えると、運動麻痺とか知覚麻痺、横隔膜・骨格筋弛緩、呼吸困難で死に至りますよね。でもこの奥さんは同時にアコニチンも投与されていたわけです。そうすると、ナトリウムチャンネルを抑えて、一方でナトリウムチャンネルを開けるから、相殺して、ナトリウムチャンネルは普通だったわけです。
      • ところが、ここでミソなのが、テトロドトキシンは、先ほど30分頑張ってマウス・トゥー・マウスで人工呼吸すれば大丈夫という話をしました。一方、アコニチンは体の中でなかなか分解しないんです。そうすると、2時間、3時間経ってテトロドトキシンがなくなってきた時に、アコニチンの作用が出てきちゃうということです。
    関崎

    恐ろしいことを考えますね。

    すごいですね。小説にでもなりそうなことですね。

      • 前述のお医者さんが持っていた被害者の血液を調べたところ、アコニチンとかテトロドトキシンの代謝物のピークが微量に出てきて、そこから一気に事件が解決に向かったわけです。テトロドトキシンとアコニチンは分解されてしまったけど、分解されてできた代謝物が残っていた。それで事件は一気に解決して、犯人は旦那さんだったとわかったわけです。
      • 一般の方はこれらの化学物質は買うことはできません。我々は研究で買うことができますが、毎年届出をしなければなりません。
    参加者

    分解酵素みたいなものがあるんですか。

    分解酵素は、肝臓のシトクロムP450という、化学物質を解毒する酵素があるんですけれども、テトロドトキシンのほうが早く分解して、アコニチンは少し抵抗性があるということです。

    参加者

    その分解酵素は同じものですか。効果は個体差もありますよね。

    酵素は種類が違います。酵素はいっぱい種類がありますから。個体差もあると思います。

      • こうした化学物質というのは全部ネズミを使って、どれぐらい投与をすると危ないのかとか、どれぐらいの時間血液中に残っているのかとか、そうしたことは、貴重な動物たちの命も使いながら情報を得て、我々の身を守っているわけです。その意味では我々は動物たちに感謝しなければなりません。

    天然毒の作用点は特異性が高い

      天然毒の作用点はとても特異性が高いものが多いです。(スライド25)理由はわかりませんが、特異性が高い。何々によく効くといったら、本当にそこによく効く。それは何を意味するかというと、人間はこれを研究用の薬や医薬品として使っていくことが可能であるということです。Pharmacological Toolと書いてありますが、薬理学的な薬の実験の道具に使えますし、薬物治療にも応用できる可能性があるというのが天然毒の魅力の1つです。

      • これは今の人たちがそれを見出したのではなく、古代にこの毒を飲んで、死んでしまう人もいたわけです。でも、少し飲んだら体調がよくなったという人もいたわけです。つまり、薬は全部毒なんです。皆さん、普段お医者さんにかかって飲んでいる薬も、もし一度に100錠飲めば毒になる。摂り方を誤れば、誰でも、どんなものでも毒になるということですね。薬と毒は表裏一体のものですね。だから、それを上手に使っていく必要があります。
      • 人間は紀元前から天然毒をうまく利用してきたんですけれども、19世紀くらいからいわゆる医学とともに医薬品という物をつくろうという方向になってきました。やっと19世紀、200〜300年前です。その頃の薬というのは植物からの天然毒抽出の時代と、僕が勝手に呼んでいます。
      • 資料(スライド26)にベラドンナという植物が出ています。イタリア語で「美しい女性」という意味だそうですが、なぜでしょう。この花が美しいからでしょうか。実は、そうではなかった。この花を食べるとどうなるかというと、瞳の虹彩がぱっちり開く。黒いところが大きく見えて女性がきれいに見えるわけです。目が大きく見えるんです。先ほど、アセチルコリンを抑えるほうのアトロピンというお薬の話をしましたが、それが入っているんです。それでこれを食べると瞳がきゅっと大きくなるので「美しい女性」という名前がついています。
    関崎

    アセチルコリンが入ってるっていうんなら危ないお薬ですよね。

    たくさん飲んだらダメですね。それを上手に使うと鎮痛薬になったそうです。

      • モルヒネは、ケシからつくられることはおわかりと思うんですが、これはとても大事な鎮痛薬で、今でもモルヒネに勝てるような鎮痛薬はなかなかありません。上手に使ってあげれば末期のがん患者さんも痛みがないように病気をコントロールできる。そういう非常に重要なものであることが19世紀くらいからわかってきました。
      • キニーネというのはキナの葉からですけれども、マラリアのお薬になる。コカインは、皆さん印象が良くないかもしれませんが、局所麻酔薬としてお医者さんも使っているとても重要なお薬です。写真にコカレロというのがありますが、飲み物なんですけれど、これはコカの葉っぱからつくっているような飲み物になります。これにはコカインは入っていないんですが、けっこう売れているらしいです。
      • コカレロの写真の下の植物は、強心作用を持っているお薬。キョウチクトウです。夏の高速道路の分離帯などで、よくピンクや白の花を咲かせているのを見かけるかと思います。キョウチクトウはこの枝をお箸代わりにして食事を食べて食中毒になったという人がいますので、注意してください。
    関崎

    バーベキューで、キョウチクトウの枝に肉を刺して焼いて食べて食中毒というのを聞いたことがあります。

      • ヤナギの木はご存知だと思いますが、ヤナギの樹液は鎮痛薬になっています。これはギリシャ時代にヒポクラテスが見つけたといわれています。ただ、とても毒性が強い。鎮痛薬にも抗炎症薬にもなってすごく良いんだけれども、消化管、胃腸への毒性がとても強いんです。バイエル製薬のフェリックス・ホフマンという人が、ヒポクラテスが見出していたヤナギの樹脂から少しだけ合成して、アスピリンをつくりました。つまり、私たちはヒポクラテスが見出して、その後つくられたお薬を今でも使っているというわけです。ヒポクラテス、すばらしいですね。会ってみたいです。
      • このように19世紀は植物からいろんな薬が出てきた時代で、病気は何でも薬で治せるのではないかと、西洋医学が東洋医学を超えて進出してきた、そういう時代といえます。

    微生物由来物質 暮らしにいきづく微生物培養の文化

      次の20世紀はどうだったか、今度は微生物の時代ですね。ノーベル賞をとった北里大学のリベルメクチンもつくったのは土壌菌でした。寄生虫のお薬を見つけたというんですが、それを見つけたのはゴルフ場でした。土の中にいる土壌菌を培養して、その微生物がつくっている化学物質を抽出したら、風土病の寄生虫のお薬になった。

      • なぜノーベル賞を取ったかというと、このお薬に関して自分の特許権を放棄して、アフリカの製薬のために寄付したということで、ノーベル賞の授賞式でも王様のすぐそばの最も権威のある場所に座られたということでした。
      • 我々がいちばんよく知っているペニシリン。第二次世界大戦中も戦場で負傷した兵士にはこれがいちばん重要でした。結核などの病気はペニシリンがなければ死に至っていましたから。当時日本でつくっていたペニシリンは、アメリカ合衆国でつくっていたペニシリンよりも100倍くらいクオリティが良かったそうです。そのように書物に記されているんです。
      • それはなぜか。我々日本人は日本酒を飲み、醬油を使いますし、味噌もつくります。みんな発酵食品です。日本人は古来から微生物を上手に使って、発酵食品をつくるなど純培養する力があったんですね。微生物を培養する能力に長けている民族といえます。
      • 今21世紀の日本には製薬会社がたくさんありますね。世界的に見て、製薬会社があるのはアメリカ、日本、スイス、イタリア、フランスなど7カ国ぐらいしかありません。できているものを合成するところはありますが。この小国日本がいまでも製薬会社でたくさん薬をつくっているのはなぜかというと、おそらく微生物を使って抗菌薬をつくるということが日本はすごく得意だからではないでしょうか。
      • これは、微生物、バクテリアを標的につくれば抗菌薬、抗生物質ができるわけですが、例えば免疫を標的にしてお薬を探していくと免疫抑制剤ができるわけです。また高脂血症、血中の脂質が高いという、その治療薬でプラバスタチンがありますが、これも日本発で、微生物由来です。つまり、標的をバクテリアではなく免疫の作用にしたり、高脂血症のカスケードにするなど、アッセイする系を変えるだけで、同じような微生物から異なるものが取れるということになります。
      • 20世紀はペニシリンがノーベル賞を取ったのを皮切りに、いろいろな抗菌薬が日本ではつくられました。世界有数の微生物代謝産物探索の研究先進国といえると思います。これが日本は小国だけれども、製薬会社がたくさんある、オリジナリティのあるものがあるという1つの根拠になるかもしれません。その中に次のノーベル賞をとれるくらいの素晴らしい薬をつくっている実績ががわ国にはあります。それは私たちが味噌、醬油、お酒などのように微生物を上手に使う民族だからというお話です。

    公衆衛生から創薬へ

      21世紀になると、天然物から薬をつくるのは限界だろうということで、今の製薬会社さんは天然毒から薬をつくろうという研究からは少し離れて、違う方向に行っています。その中でも、21世紀は逆に公衆衛生から薬をつくろうということが見られるようになっています。

      • 1984年に辛子レンコンの食中毒がありました。真空パックの辛子レンコンで起きたこの中毒は、いわゆる嫌気性菌のボツリヌス毒素というのが毒性成分でした。(スライド28)グラクソスミスクライン社は、このボツリヌスの毒からそのままチックなどの症状に対応するボトックスという薬をつくりました。これは発想の転換です。
      • それから、ようやく複雑な化合物だった海産毒から薬をつくるような時代も少しやってきています。エーザイが開発したエリブリンという抗がん剤は、ハリコンドリンBという海産毒、渦鞭毛藻という微生物がつくって、貝類や食中毒を起こす原因の毒ですが、そこから抗がん剤をつくるというような時代が来ているところです
    関崎

    いずれもそのまま薬にしたわけではなくて、何かちょっと加工して薬になるようにした。

    そうですね。そして公衆衛生が発端です。このように21世紀は発想の転換でもうちょっと天然物をもう一度薬として、創薬として見直そうという時代にもなってきています。

      • ハリコンドリンB(スライド29)はクロイソカイメンの毒から同定されました。こんな複雑な化学物質が取り出されました。日本人の研究者が苦労してつくった物です。平田義正先生はこれを構造決定した人です。上村先生もそうです。ハーバード大学にいらっしゃった岸先生が自らこれを合成することに成功しました。
      • これをエーザイ製薬が随分時間をかけて一部分(赤点線円内)だけを効率よく合成するようになりました。それがエリブリンメシル酸塩です。末期の乳がんの患者さんを延命することができるということで、子宮がん、乳がんの治療薬として売られるようになりました。
    関崎

    毒から乳がんというのは、全然結びつかない気がするんですが。

    この毒がいくら面白い形をしていても、何の作用もなかったら役に立たないじゃないですか。だから、がん細胞などを使って、がん細胞だけを殺しちゃうとか、特別な作用がないか探すわけです。

      • ハリコンドリンBは普通の細胞はあんまり殺さないけれども、がん化した細胞だけを特異的に殺す、そういう作用が試験管内でわかったというのがスタートです。科学研究者と製薬会社のコラボレーションで、資料の記録(スライド29下図)にあるように気の遠くなるような実験が行われました。
      • この毒は1990年くらいからわかっていたんですが、薬ができたのは2010年くらい。20年くらいかかってできているわけです。このように、ようやく自然物からがんの治療薬をつくるような能力も21世紀にはできてきたということです。
    関崎

    カイメンを持ってこなくても合成できちゃうんですね。

    オメガコノトキシンというのは、イモガイというよくネックレスなどに使われていたりする貝の持っている毒です。(スライド30)この毒もアイルランドでは、モルヒネの1000倍の強力な鎮痛作用を持つ鎮痛薬として、認可が出ています。日本ではまだ出ていません。
    関崎

    モルヒネが最強ってさっき仰っていました。それよりもすごいということ。

    そういうことです。こういった天然毒を薬としてうまく利用していく時代がまだ続きそうです。頼らざるを得ないこともありますね。動植物の持つ毒のような基になるユニークな化学構造を我々が思いつくわけがないので。その意味でも、公衆衛生の研究もとても大事になってきます。

    時間の最後まで対話する会場の情景

    さらなる質問タイム 次々と話題が飛び交います

    ヘビ毒を持って進化した(?)私たち

      写真(スライド31)はイスラエルのアナヘビで、サラフォトキシンという毒を持っています。実は今日のカフェに参加している二十何人の私たちほぼ全員が、サラフォトキシンとほとんど同じ物質を体の中に持っています。我々人間はヘビの段階からはずっと進化してきているわけですが、ヘビ毒をそのまま体の中に保持したまま、それをいろいろな生理作用を持つものとして使っています。
    • それがエンドセリンという名前のものです。遺伝子を改変してしまって、エンドセリンやその受容体を使えないモデル動物をつくったりしますと、いろいろな病気が出てきます。
    • これがなくなってしまいますと、1つはヒルシュスプルング病という病気になってしまいます。これは、赤ちゃんが生まれながらにし腸閉塞を起こしてしまう病気で、5000人に1人というけっこう頻繁に起こる遺伝性の疾患です。ミルクを飲んでもおしっこ、うんちが出ないから、お腹がパンパンに張ってしまい、ゼロ歳児で手術をしなければならないという大変な病気です。これは、エンドセリンというヘビ毒の仲間がないことが原因の一部ということがわかっています。
    • 肺高血圧症というものもあります。高血圧は、全身の血圧が上がる病気で、それも怖いですが、肺高血圧症というのは、肺と心臓の間の血液循環で起こる病気です。血液は心臓から出て、肺できれいになりますよね。そしてまた心臓に戻ってきます。それから全身に行きます。肺循環と全身循環の2つのポンプ機能があるわけです。この肺循環のほうが高くなっちゃうと、とても危険で、死に至るような病気になるのが肺高血圧症です。肺高血圧症の治療薬としては、エンドセリン受容体の拮抗薬が世の中に出ています。
    • このように、我々はヘビ毒をもっています。さきほど、強心薬のキョウチクトウ、ウワバインの話が出ましたけれども我々はそれも持っています。ウワバゲインという名前ですけれども、食塩感受性の高血圧症には、そのウワバインが関与しています。ですから、我々の体は自分の持っているいろいろな毒にも助けられながら、生命自体が維持できているわけです。
    関崎

    堀さん、ヘビの毒と我々が持っているものは全く同じというわけではなくて、微妙に違うところがあるんですよね。

    ちょっとだけアミノ酸が違うんですが、ほぼ同じです。非常によく形が保存されています。

    関崎

    ヘビ君自体はどうしているのか、ちょっと気になります。

    ヘビはともかく、ウマも同じように腸閉塞を起こします。アメリカで西部劇の撮影によく使われる茶色と白のペイントホースというウマがいますが、その一部がホワイトホースになるんですが、そのホワイトホースになるウマが人間同様腸閉塞になります。ヘビ毒が種を超えて保存されていて、それが体の中で使われているわけです。ヘビでエンドセリンが使われているかどうかは、勉強不足でわからないですね。使ってないかもしれないです。

    結びに

      「毒とクスリと人間の関係」というテーマで話してきました。我々は自然界から毒を持ってきて、上手に使っているわけですが、考えてほしいことがあります。「人間は醜い生き物である」、「わがままな人間の欲望を法で制御しなければ、地球環境を守れない状況に来ている」ということで、「生物多様性条約」というのが、今、世界中の紳士協約として興っています。これは、遺伝資源を保護するというのとはちょっと同義ではないんですけれども、我々の生物多様性の保全、つまり自然環境を保全しようという協定をつくりましょうという条約です。新聞をよく読んでいますと何年かに1回こういうのが出てきます。

      • 経済的には生物資源の市場規模は年間70兆円。そうすると、「お!」と思うでしょう。お金に目が眩むわけです。でも、資源そのものはどんどん減って、年間40,000種絶滅しています。だから、我々は守っていかなければならない、共存していかなければならないということも、本日は皆さんにお話したいと思います。
      • 人は毒に悩まされ、知恵を絞って積極的にこれを利用してきたわけですが、それが醜い争いの原因にもなっています。例を挙げますと、ドイツで風邪薬に使われているウンカロワアーボ、ランの一種ですけれども、これはもう絶滅しました。
      • タミフルというインフルエンザの薬はご存知と思いますが、そのタミフルの化学物質の素は、中華材料になっているハッカク(八角)がないと採集できなかったんです。それで中国で野生のハッカク種がどんどん減っていたのですが、幸い今は全部合成できるようになったので、ハッカクがなくても大丈夫になりました。逆に今、タミフルが効かないインフルエンザが出てきていますが、それはまた別のお話です。
      • オセアニアのサモワにヒーラーという、病気を治す現地の人がいます。葉っぱを煎じたりして薬をつくったりしていますが、プロストラチンというこのお薬は、サモワ地方のヒーラーが肝炎などいろいろな治療に使っているので、抗がん剤で使えないかということで、アメリカが開発に乗り込みました。カリフォルニア大学バークレー校では、これはエイズに効くということから、エイズ・リサーチ・アライアンスという米国のエイズを扱っている団体が、サモワ政府にちゃんと「生物を利用させてもらったよ」ということで住民にも利益を還元している。
      • ところが、それから10年ぐらい経って、スタンフォード大学がこのプロストラチン自体を全部自分たちでつくることができてしまった。そうすると、彼らは「僕らは自分たちでつくったんだからサモワ政府になんでお金を払わなければならないんだ」と。しかし、逆に考えると「なんで、お前たちはこれを合成したんだ」と。この基になる知識があるからだろう、そうしたらやっぱり支払うべきなんじゃないかと。というような醜い争いが起こったわけです。お金がらみなんです。
      • ペルーの例では、これは「龍の血」といわれ、ネットで調べると、作用機序までわかっているんですが、下痢止めのお薬です。これも「なぜ生物多様性条約にもとづいてペルーにお金を払わないんだ」という意見と、「そんなものは大昔からある既存の知識だから知財に対してお金を払う必要はない」と、争いの種になっています。
      • 薬の約半数には自然の中にある成分が使われています。また、抗がん剤の42%に自然の中にある成分が使われています。中国では5,000種類以上の植物が漢方薬として治療目的で使われています。人口の4分の3が伝統的な自然の薬に全部または一部を頼っています。
      • アメリカで遺伝子資源に由来する薬の売上げは最大16兆円もあります。薬用植物を含む世界の植物種のうち70%が絶滅の危機にある、そういう時代になっています。
      • 人間は、毒に悩まされ、苦しめられながら、工夫して毒を使ってきたんですが、これから先、互いに仲良く、環境を守りながら使っていかなければならないと考えています。(完)

    話題提供者の安永円理子さんの写真

    話題提供者の安永円理子さん

    2018年7月30日(月)食の安全研究センター第35回サイエンスカフェ「聞いてみよう!ポストハーベストってなあに?——収穫からお口に入るまで」が開催されました。東京大学大学院農学生命科学研究科 附属生態調和農学機構の安永円理子さんより、野菜や果物を中心に、収穫された作物が検査、選別、流通を経て食事として私たちの口に入るまで、収穫時の鮮度を保持し、本来の栄養成分を損なうことなく、よりおいしく届けるために行われている技術や工夫について紹介し、参加者のいろいろな角度からの質問に答える形で、ポストハーベストの技術や現状について理解を深めました。


    ○第35回サイエンスカフェ配布資料(pdf) (クリックすると開きます)
    ※以下、記載がない場合の発言は安永氏のもの
    ※質疑応答は一部抜粋

    収穫後も野菜は生きている

      日本では、「ポストハーベスト」というと、「ポストハーベスト農薬」のことというイメージが浸透してしまっていますが、実際は、収穫から消費者の手に渡るまでのそれぞれの段階に関わるいろいろな生産技術のことをいいます。具体的には収穫、予冷、乾燥、貯蔵、冷蔵、冷凍、輸送といったことのすべてがポストハーベストに関することになります。

      • 収穫後の野菜の生理特性は、鮮度を保持する上でいちばん理解しなければいけないことです。ふつう販売されている野菜などは、すでに収穫されているから、野菜はすでに死んでいると思われている方が多いと思いますが、実はそうではありません。
      • 成育中の農産物は、葉っぱがついていて、葉っぱで光合成をして栄養が作られ、それが栄養分として果実の中に蓄えられたりしています。同時に、根から水が吸い上げられて、栄養分や水分がどんどん果実に供給される状態です。ところが、いったん収穫されてしまうと、水分や栄養分を供給してくれる根や葉はなくなって、果実だけになります。しかし、こういう状態でも生命活動を行っているのです。
      • 呼吸と呼ばれるものがその生命活動に当たり、呼吸によって体内にある栄養素を呼吸の材料にして生命活動を維持するためのエネルギーを得ています。収穫後の農産物は自身の中にある栄養素を使っていくことで生命活動が維持されます。そのため、収穫後時間とともに青果物からは栄養分と水分とが失われていきますし、それが品質低下ということになります。

    収穫後の品質低下の三代要因

      品質低下は、大きく分けて呼吸作用と蒸散作用、そして微生物作用の3つが要因となって起こります。

      • 呼吸では、呼吸の原料となる糖や有機酸などの栄養がどんどん減っていきます。そのため収穫後の青果物は栄養価も減少してしまいます。また、呼吸することにより呼吸熱が発生します。呼吸熱が出ることにより、この呼吸作用はさらに活性化され増大します。
      • さらに、そのことにより蒸散作用も著しく大きくなります。蒸散では青果物のガクや表面の気孔部分から水分が失われていくことにより、果実の重さが減っていきます。また、果肉の軟化や萎凋も起こります。一般的にお店で売られているものの中で重さが生体重の5%以上減ってしまうと、その野菜は商品価値がないといわれていて、スーパーなどでは「見切り品」などとして、別の棚に移動されて販売されたりします。
      • 呼吸や蒸散が進むと、果実の中の水分が低下し、表皮の組織が軟弱化してしまいます。そこに微生物が付着しても、正常な細胞であればすぐに腐ったりはしないのですが、表皮の組織が弱っていて傷が付いていると菌が中に入ることができるので、それが一気に腐敗に繋がってしまいます。このように、呼吸作用、蒸散作用、微生物作用と一連の流れとして繋がっているので、収穫後の鮮度保持を考えるうえで、その第1の要因である呼吸を抑えることが非常に重要になります。
    澤田

    呼吸というと、人間であれば酸素を吸って二酸化炭素を出しますが、青果物はどうなんですか。

    安永

    一緒です。酸素を吸って二酸化炭素を出します。その呼吸の材料に糖や有機酸を使います。人間もグルコース(ブドウ糖)などを使って呼吸をしていますが、農産物も同じです。

    澤田

    蒸散では、ガクからどんどん水分が失われるということですね。野菜などを店頭で販売するときはガクを取っておいたほうが、品質の低下が抑えられるということでしょうか。

    安永

    はい。でも、見た目がすごく悪くなってしまいますよね。日本の場合、トマトやイチゴなどはガクの色などを見て新鮮かどうか判断しますよね。ガクの色が褐変(かっぺん)してしまうと、「ああ、この果実は古いのかな」などと本能的に思ってしまいます。海外のものはガクを取って販売されているものもありますが、日本で売られているものの場合は、ガクの有無やそのガクの善し悪しも商品価値の一部として取り扱われていると思います。

    青果物の呼吸量と温度の関係

      収穫後の青果物にとって呼吸がどれほど重要かということはお分かりいただけたかと思います。では、ここで野菜の種類別に呼吸量がどのくらい違うかを表にしたものをご覧ください(スライド5)。数字ばかりの表になりますが、呼吸は酵素反応ですので、温度の影響を非常に受けます。0℃、4.5℃、21℃といった温度でのそれぞれの呼吸量を比べると、温度が高くなるほど呼吸がすごく大きくなっていくことがこの表には示されています。

      • また品目ごとにも呼吸量は様々に異なっています。例えば、アスパラガスは若い芽の部分、ブロッコリはつぼみの部分を食べます。このように成育の初期のステージで収穫され、それを食べるものというのは、呼吸量が非常に大きく、すぐに品質が悪くなってしまうという特徴があります。
      • 成熟して収穫する果菜類、例えばトマトなどはそれほど呼吸量は大きくなく、中間的な呼吸量と言われています。貯蔵器官である根菜類などでは呼吸量は小さいと言われています。ジャガイモ、タマネギなどがそれに当たります。
      • 表(スライド5)から見てもわかるように呼吸量の小さいものほど貯蔵性が高いのです。タマネギやカボチャは買ってきてそのまま置いておいてもけっこう長い間傷まないですよね。それは、呼吸量の大小も関係しているのです。
    参加者

    野菜の呼吸量のお話がありましたが、果物はどうでしょう。

    安永

    果物も、成熟して収穫するトマトなどの果菜類に近いです。トマトは未熟な状態では呼吸量が小さいのですが、成熟していって、追熟といいますが、どんどん甘くなっていく過程の前にエチレンという老化や追熟を促進するホルモンを出していきます。すると呼吸量が徐々に増大し、その後老化することによって呼吸量が小さくなっていきますが、同じタイプの果物もあります。

    • では、呼吸量をどうすれば小さく維持できるのかを考えます。それには呼吸作用は触媒反応なので、まず温度が非常に重要です。温度を低くすればするほど呼吸量は抑えられます。湿度は、低いほうが呼吸量は抑えられます。しかし、湿度を低くすると呼吸は抑えられても蒸散が活発になってしまって、「しおれ」という状態が起こってしまうので、貯蔵する場合の湿度は高く保つほうがいいと言われています。そのため、最近開発されている冷蔵庫は高湿度を保てるようになっています。
    • 環境ガスというのは、酸素濃度を低めて、二酸化炭素濃度を高める操作をする。すなわち、野菜を、熊の冬眠のように眠らせる、休眠させるというようなイメージです。そのような状態を作り出して、野菜類の呼吸を抑える貯蔵法もあります。また、老化を促すエチレンをいかに除去してあげるかも重要になってきます。
    • 機械的損傷は、収穫、販売の過程で切断されたり、転がされて打撲傷がついたりすることも呼吸を増大させることになるので、そうした機械的に生じる傷をできるだけ減らすことも重要です。収穫された青果物は船や飛行機、トラックなどの交通手段を使って輸送され消費者に届けられますが、その時に生じる振動も呼吸を増やしてしまう要因になります。以上のような環境要因を制御していか制御するかが鮮度保持に繋がります。

    コールドチェーン勧告とその現状

      1965(昭和40)年に、当時の科学技術庁資源調査会から「食生活の体系的改善に資する食糧流通体系の近代化に関する勧告」、いわゆる「コールドチェーン勧告」というものが出されました(スライド7)。

      • 低温が大事というのは当時から強く言われていることですが、低温で収穫地から消費地まで運ぶシステムというものが全くできていなかったことから、そうしたシステムを整えましょうということがこの勧告では述べられています。今はあるのが当然ですが、等級や規格、検査制度も当時はありませんでした。そうした仕組みや制度を整えて安定供給に繋げようということです。
      • 流通に関する情報体系も整備し、生産地から大都会などに運ぶときには中継地も必要ですから、それらの整備、確立をし、食糧流通やポストハーベストに関する研究をもっと行いましょうというのが、この当時言われたことですが、今現在も完全には達成できていないという状況になっています。
    関崎

    このお話は食品の品質とか流通のことなので、今なら農林水産省とか経済産業省、当時なら通産省が言い出しそうなことなのに、何で科学技術庁なんですか。

    安永

    「何でか」はわからないのですが、この勧告は、国民の健康水準を向上させるためには、食生活の改善が必要であるという調査を基に行われたものとなります。ここが日本の食文化が今のように高度化したことのターニングポイントになっているんです。科学技術庁とは日本の国民生活を豊かにするための科学技術政策立案を行うところなので、その部分で食生活を豊かにして、日本国民全体を豊かにするために、今なら内閣府のようなところかと思いますが、いろいろな所管省庁とも連携を取って進めるということで、科学技術庁だったんではないかと思います。

    澤田

    時代としては、戦後からだんだん日本が発展していく時期で、所得倍増計画だとか,海外とも交流し、国連にも復帰して伸びていくという時期でしたね。

    安永

    それまでは戦後で、食べられればいいという時代だったところから、食文化を育むという時代へ変わっていく中で、コールドチェーンの考え方は、ただ食べるというところから「おいしいものを食べる」へとワンステップ前進していくことに貢献しているものと、理解しています。

    澤田

    コールドチェーンがいいよと、海外からの勧告などもあったんでしょうか。日本のほうが遅れている状況だったということで。

    安永

    海外の動向は常に見ていると思います。コールドチェーン勧告は、欧米諸国と日本の平均寿命であったり病気であったりの健康水準や食料消費パターンを比較して、常温では流通することが難しい、腐敗しやすい生鮮野菜や肉・牛乳などの摂取が日本では不足しているということに言及しています。また、アメリカのコールドチェーンの発展過程についても紹介されています。

    参加者

    1965年、昭和40年は大阪万博(昭和45年)の開催が決まった年ということなのですが、東京オリンピックが開催された直後でもあって、5年後にはまた外国から大勢の人が来るからということも関係しているんでしょうか。

    澤田

    2020年にも東京オリンピックが来るので、わが家の近所でも道路整備で古い建物の解体などが行われています。オリンピックは物事が大きく動く1つのポイントだったかもしれないですね。

    予冷の重要性 低温障害に注意

      コールドチェーンで、収穫した野菜について最初にやらなければならないことは「予冷」です。収穫した野菜の温度を下げることで、呼吸のような生理活性を一気に抑えようということです。予冷後に一時的な貯留や、貯蔵、輸送、販売を行うことによって、そのあとの農産物の鮮度の保ちが全然違います。予冷をいかに早くやるかが、非常に重要です。

      • 予冷をすることで呼吸が抑制され、追熟といった野菜の老化を抑えることもでき、水分の損失も防げます。また、微生物の繁殖を抑え、発芽の阻止などにも繋がるといわれています。
      • 冷やすといっても、全部が全部冷やしてよいというわけではありません。低温障害が出てしまう、低温で保存するのに不向きな青果物もあります。それは熱帯や亜熱帯が原産の果物や作物です。低温障害では、表面が茶色に変色する褐変が起こったり、ピッティングといって表面にくぼんだ斑点ができたり、通常より水っぽくなったり、軟らかくなりすぎるなどの追熟不良やビタミンCの損失などが起こります。
      • 低温に対する感受性が高い野菜は、キュウリ、ナス、コショウ、サツマイモ、カボチャです。バナナなどは、冷蔵庫に入れたらダメというのはよく耳にされると思います。レモン、パイナップル、マンゴー、アボカドなども低温に対する耐性があまりないので、冷蔵庫に入れるよりは常温で保管していたほうがよいものに入ります。低温感受性が小さいものは0℃付近で保存しても大丈夫ですので、どんどん冷やして新鮮さを保つよう扱われます(スライド9)。
    参加者

    バナナなどは、冷蔵庫の野菜室に入れておくとけっこう保ったりするのですが、そのことと低温障害というのはどういう関係があるのでしょうか。

    安永

    低温障害というのは、細胞膜の変性なんですね。表面の細胞膜が変わってしまって、そこからイオンなどが出てくることによって生じる症状になります。例えば、ナスの皮の表面にくぼみができたり、バナナの皮の色が変わったりします。低温障害が発生する温度は10〜13℃となっているものが多いのですが、野菜室がこのような温度帯以上の温度に設定されている場合は、低温障害が発生することなく保存できる可能性があります(スライド10)。

    参加者

    エチレンを除いてやればもっと長く保つんでしょうか。

    安永

    低温障害とエチレンの関係はそこまで明確ではないかもしれませんね。低温障害を防ぐように開発されている冷蔵庫は、冷気が直接当たらないように開発されているということを読んだので、そっちのほうが関係しているかもしれません。

    参加者

    バナナは遠方から輸入で運ばれてくると思いますが、その時の状況はどうなんでしょうか。

    安永

    運ぶときは、真緑の未熟な状態です。本当に食べられるのかなというくらいの未熟な状態で、船舶輸送で長期間をかけて持ってきます。そして、実際に売るときに船の中でエチレンガスを風船に入れて飛ばします。そうしたら、エチレンの作用でバナナが追熟していって、黄色くなっていきます。その間バナナは追熟に適した温度環境で管理されています。

    ガス環境の制御とは?

      ガス環境を制御することも重要です。スライド11の写真は、庫内の環境を低温、高湿度、低酸素濃度、高二酸化炭素濃度という条件にすることで、保管庫の中に入れられている野菜の呼吸量が非常に抑えられて、鮮度が保たれるCA(Controlled Atmosphere)貯蔵庫というものです。

      • この貯蔵庫はリンゴでよく使われていて、通常のリンゴの貯蔵条件は温度が0℃で、湿度が90%が良いと言われています。リンゴは9月〜11月に収穫されて、保管庫に保管されますが、その時期から2月までに販売されているものは通常の冷蔵で温度と湿度だけを管理しているものです。
      • それ以降に販売されているものは、冷蔵にさらにガス環境を、酸素濃度約2%、二酸化炭素濃度約2%のCA条件に保つことによって、鮮度が保持されるため、私たちは収穫時期以外でも年中おいしい国産リンゴを食べることができます。
      • それならば、全部の青果物をCA貯蔵庫で保管すればいいじゃないかと思うかもしれませんが、大がかりで貯蔵環境を制御するための機械がいっぱいついていますし、密閉されていないとこのガス環境というものは保たれません。規模の大きさも必要で、ガスも使うということですから、建設費用も運用コストも非常に高くなります。そのため、現状では、このようなCA貯蔵庫は青森のリンゴとニンニクだけに使われています。

    ざまざまな機能を持つ包装

      包装も重要なポストハーベストの技術の1つです(スライド12)。その役割は、外界と遮断することによって食品品質を保持することです。微生物や害虫が入ってくるのを避け、水分や香り成分が飛散するのを防ぎ、水分や香気を保つことができます。ビタミンCの分解や、変色を防止することもできると言われています。

      • 輸送時に機械的損傷もあるとお話しましたが、包装、例えばフルーツキャップというものをご存知だと思いますが、桃はメッシュ状の高圧ポリエチレン製のクッション性の高いネットがかけられていますね。傷が付きやすいものにはこのようなネットをかけることで、輸送時に傷が付くのを防ぐことができます。包装されることで、1個1個を個別にではなく2〜3個まとめて運ぶことができ、取扱いが簡単になります。また包装容器の表面に文言や絵や写真などを加えることでイメージアップにつなげることもできます。
      • ガス環境を整えるということで、先ほどCA貯蔵庫のお話をしました。写真(スライド13)は包装されたシュンギクの例です。シュンギクも呼吸によって酸素を吸って二酸化炭素を出します。普通の環境では二酸化炭素濃度は0.05%くらいのところ、包装されたシュンギクが呼吸することによって、包装内のガス環境は簡易的に高二酸化炭素濃度、低酸素濃度のCA環境となり、呼吸を抑制することができるという状況を作っています。このような貯蔵方法をMA包装といいます。最近はこのように包装されて売られていることが多いと思います。
      • 包装の資材をいろいろ変えて、エチレンを吸着したり、水滴が溜まることを防いだりするフィルムなどの開発が行われています。そうしたものを機能性フィルムと呼んでいます。
      • 追熟抑制フィルムというのは、先ほど出てきた老化に繋がるエチレンというガスを吸着したり、除去したりできるものです。過マンガン酸カリウムを練り込んだものがエチレンの除去効果が高いということで、これはキウイフルーツの貯蔵に使われたりしています。
      • ガス制御フィルムは、先ほどの低酸素、高二酸化炭素の貯蔵条件を作り出すことを助けるフィルムです。あまりにも低酸素、高二酸化炭素になると、厄介なことに別な障害が起こってしまいます。そこでちょうどいいガス環境条件を保つ必要があります。そのために、とても小さい数ミクロンの穴を開けて、極端な低酸素条件にならないようにしているフィルムが作られています。「p−プラス」というものが大きなシェアを占めていまして、博多万能ねぎ、カット野菜、もやし等の包装に使用されています。
      • 結露を防止するフィルムとして防曇フィルムというものがあります。フィルムの内側に非イオン系の界面活性剤を処理し、表面を親水化することにより水滴を水膜に変え、曇りを防止することができるものです。水分抑制フィルムは、過湿障害を抑制するフィルムで、紙おむつで使用されているような高分子吸水ポリマー樹脂をフィルムにラミネートすることによって、袋内の水分を吸着します。これは柑橘類の長期貯蔵に用いられています。
      • 抗菌性のフィルムというものもあります。これには銀ゼオライト、ヒバ類から採れるヒノキチオール、ワサビの辛み成分から採れるアリルイソチオシアネートなどの抗菌性物質を練り込むことで、農産物の腐敗を防ぐことに役立つフィルムです。
    澤田

    ワサビの辛み成分が腐敗を防ぐということは、練りわさびのチューブから器に出しておいて、そこに野菜を入れれば多少は保つんですか。

    安永

    でも、練りわさびから出る揮発性成分にアリルイソチシアネードが含まれているとは思いますが、野菜室全体に拡散させるためには相当量必要だと思われますし、高湿度環境では練りわさびの水分が溜まって腐敗しそうな気がします。やったことはないですけれども……。

    澤田

    ヒバの香成分やワサビの成分に効果があるということを見つけるということがすごいですね。

    参加者

    機能性フィルムは、鮮度保持になり、食品ロスを抑えられて良いと思いますが、この5種類の中で、効果が最も高いと思われるのはどれでしょうか。

    安永

    用途や利用する方の目的によってもだいぶ異なると思いますが、この中で一番浸透しているものはガス制御フィルムではないかと思います。

    参加者

    私はお弁当に抗菌性フィルムを使っていて、市販でワサビや銀などのフィルムがありますが、それ以外に一般で買えるものがあるでしょうか。

    SC35会場の様子の写真3

    身近な野菜の包装技術に高い関心が寄せられました

    安永

    一般で買えるところにはあまり出ていないかもしれないですね。JAさんなどで、資材として扱っているところで取り寄せたりしてはくれるかもしれませんが、それもそのJAが実際に当該の資材を使っているかどうかにもよると思います。貯蔵段階でそうした資材を使う作業はJA、卸、仲卸、大手スーパーなどで行いますから、一般にはどうでしょう。食品に関する展示会などでは、メーカーさんが、新商品のサンプルなどを配布していることがあって、試してみることができることもあります。

    フィルム以外の機能性包装容器

      フィルムだけではなく、機能性を持った段ボールや容器の開発もされています。レンゴーさんという段ボールの大手メーカーが開発したのはイチゴ用の容器です(スライド15)。イチゴは腐りやすいというイメージがありますね。買った時からパックの下から覗いたらもうダメになっていてガッカリされることも多いと思います。イチゴがパックの底面に当たって、移動時の振動や摩擦で表皮が傷んで悪くなっていくんですね。写真の段ボールのトレイは、イチゴのパックが宙づりにされることによって底面が振動の影響を直接受けないように開発されたものです。

      • 普通段ボールは大きなホチキス針のようなもので止めてあることが多いですが、環境に配慮してすぐに処分できるように、テープも何も要らないようなノンステープル段ボールというものも開発されています。
      • 日本トーカンパッケージさんでは、段ボールの内側に先ほどお話ししたCA条件の環境を作り出すことができるようなフィルムをラミネートすることによって、段ボールの箱の中でCA条件を作り出すことができる鮮度保持段ボールを作っています。
      • フルテクターというパッケージは、合成樹脂製の容器の内側に伸縮性フィルムを接着し、伸縮性フィルムにより果実とホールトレーを挟み込むように固定し、果実の動きを抑制することで、輸送中の果実の傷みを軽減します。これは、海外のお客様が日本に来てイチゴを持って帰りたいという方も多いのですが、そういう場合にも有効なようにと開発されたものです。

    ポストハーベスト技術を競う冷蔵庫の新機能

      日常の食生活に身近な例として、大手メーカーさんの家庭用冷蔵庫の特徴を調べてみました。

      • 三菱電機は「朝どれ野菜室」という名称で、赤、緑、青、3色のLEDを照射して冷蔵庫に入れている間でも野菜に光合成をさせることで、ビタミンCや糖の含量を増やすことができるという機能をつけています。パナソニックは「Wシャキシャキ野菜室」という名前で、野菜室が2段になっていて、冷気は送り込まないけれども、潤いを閉じ込めることができるといった野菜室を開発しているそうです。さらに「ナノイー」という、同社の加湿器など他の製品でも使っている機能の効果でポリフェノールやビタミンA等の栄養素が冷蔵中に増大するとメーカーでは広告しています。
      • 東芝は「5つ星VEGETA」といううたい文句で、水分たっぷりの潤いのある冷気が、ミストチャージユニットというものを通過することによって、普通は風を送ったら野菜の中の水分も抜けていってしまいますが、そうではなくて、潤いだけを野菜室に閉じ込めるというもので、先ほどのパナソニックとほとんど同じですね。日立さんは、「新鮮スリープ野菜室」というもので、野菜を眠らせるように保存して栄養素を守り、水分を閉じ込めて乾燥を抑えるという仕組みを開発しているそうです。
      • 冷蔵庫の例を見ても、水分や見た目をいかに保持し、どのようにして栄養素を減らさないようにするかを考えて開発しているということがわかると思います。
    参加者

    そうは言っても、野菜は呼吸していて、時間とともに栄養素は減るのではないかと思うんですけれども。

    安永

    例えばLED照射をする冷蔵庫は、光を当てることによって光合成をしているのと同じことになり、自分で栄養素をつくることができるということです。栄養成分がそれによって増えていくことになります。

      • ポリフェノールは栄養分と言ってはいますけれども、ストレスが起こるとそれに対応して発生するものです。ストレス反応で生じるので、収穫後であってもストレスがかかることによって減らなかったり、増えたりします。
      • これらの冷蔵庫の機能の情報については、私が測ったわけではなく、各メーカーさんがこのようなうたい文句で説明しているというご紹介です。
      • 葉っぱがなければ光合成できませんので、例えば光を当てる冷蔵庫の機能は葉物にしか効果がないと書かれています。
    澤田

    呼吸ということでは、日立さんの「新鮮スリープ野菜室」は呼吸を抑制して、酸素を少なめに抑えているという感じでしょうか。

    安永

    そうですね。また、プラチナ触媒というものがありますが、触媒効果でエチレンを吸着したり分解したりしているのではないかと、そこまでの説明はありませんでしたが、そうした機能も使われているのではないかと考えています。

    澤田

    メーカーさんの広告では一番のウリを書いていて、実際には他にもテクノロジーがいろいろと隠れているということですね。

    安永

    冷蔵庫内での野菜の収納の仕方ですが、野菜は生育時の状態で保存するのが一番良いんです。

      • 例えば葉菜類を寝かせて冷蔵庫に入れようとすると、立ち上がろうとするんですね。自分が生きていたときの姿勢と同じようにしようとして、立ち上がろうとするので、それにエネルギーをどんどん使ってしまいます。そのためその葉菜の品質がどんどん悪化してしまいます。
      • アスパラガスは生育初期のステージの部分を食しますが、呼吸も激しくどんどん栄養価が低下するので、それを防ぐために、最近の冷蔵庫では最初からアスパラガス専用の容器が備わっているものもあるようです。このように生育時の姿勢で冷蔵庫に入れることも鮮度保持のためには重要なことです。
    澤田

    アスパラガス、冷蔵庫で横にして入れていたらしなびていたことがありました。立てたほうがいいんですね。

    洗浄・殺菌もポストハーベスト技術

      今までお話しした技術以外でも、洗浄や殺菌といったこともポストハーベスト技術の一種になります(スライド17)。洗浄は土壌や農薬や微生物を洗って落とすということです。これは単に水に漬けること、水をぐるぐるかき回したり、回転するドラムに農産物を入れ、散水しながら洗浄したり、回転ブラシによって回転させながら洗浄する方法があります。このような方法がありますが、これらを併用して洗浄します。

      • 加熱殺菌は、食品を加熱して混入している微生物を殺す方法です。これは熱してしまうので生鮮野菜に使うのには困難な方法と言われています。一部、マンゴーは温湯処理として、収穫後にお湯で一度洗って蒸気を20分くらい当てるんですけれども、そういったものに対しては追熟を抑える効果もあるといわれています。
      • 薬剤殺菌としては、食品に使用できる薬剤とその用途の使用基準というものがありますので、それを守りながら使われています。殺菌料としては、サラシ粉、次亜塩素酸、次亜塩素酸ナトリウムなどがあります。漂白剤や発色剤としては、過酸化水素や亜硝酸ナトリウムなどがあります。これらには殺菌効果もありますが、殺菌剤としての使用は認められていません。
      • 紫外線を照射することによって殺菌もできます。紫外線の中で260〜280nm(ナノメートル)の波長が強い殺菌力を持つといわれています。この波長を青果物の表面に照射することによって、DNAに損傷を与え細胞分裂を阻害して微生物を殺すことができるということです。
    参加者

    イチゴなどについて、残留農薬という言葉を聞いたことがありますが。そうしたことは、殺菌や洗浄においては気にされていないのでしょうか。

    安永

    基本的に流通の際にイチゴは殺菌していないと思います。収穫されたものはそのまま農家さんでパック詰めされて、それが流通しているという現状です。

      • 生産者からJAに持ってくる際に抜き取り検査をして、残留農薬が基準を超えていないかチェックされ、クリアしたものだけが流通されているというのが現実になります。その生産者からJAに持ってくる際に抜き取り検査をして、残留農薬が基準を超えていないかのチェックがされて、クリアしたものだけが流通しているということです。
      • 全品検査ではありません。もし基準を超えたものが見つかったら、その農家さんがその日に収穫したものは全部流通しないようになっていて、そうすることで安全性を担保していると考えていいと思います。
      • また、イチゴは洗浄してしまうと、傷みが早くなってしまうので、気になる方は食べる直前に洗うほうが良いです。

    フードチェーンの現状

      品質検査の話が少し出ましたが、実際に収穫したものが私たち消費者のところに届くまでどういうルートを辿ってきているか、その一連の流れをフードチェーンといいます。

      • スライド18は、ある農家さんのハウスでシュンギクが栽培されている様子です。農家さんはこのようにハウス内に座って収穫しながら袋詰めします。秤で重さ何グラムと計って、傷が付いている葉を取り除くトリミング作業を行いながら、きれいなものだけを袋詰めします。
      • コールドチェーン勧告を守って、農家さんからJAに行く間も冷蔵機能がついたトラックなどで持って行く、あるいは収穫されたものがすぐに、農家さんが持っている予冷庫に置かれ、夕方にそこからまとめてJAへ運ばれていくというルートが好ましいのですが、現状は写真のような状態になっています。
      • JAに到着後も特に低温管理がされている場所ではなく、写真のように常温管理の場所で、農家さんから運ばれてきたものを一様に並べて、この中から抜き取りで常温のまま品質検査を行っています。ここで問題がないことが確認された農産物については、JAから卸売市場へ冷蔵機能のあるトラックで運ばれていきます。
      • ここではシュンギクを例にしましたが、いろいろな野菜が各JAから卸売市場へ持って行かれます。卸売市場には低温貯蔵庫があり、そこで低温貯蔵することができます。ですが、貯蔵庫にはいろいろな産地から様々な品目が次々届くため、入口の扉が開きっぱなしだったりするので、基本的な温度管理はしているものの、その設定温度には達していないというような現状があります。
      • 農産物が搬入された翌日に、競りが行われた後に、小売店に持って行かれます。小売店では、それまで封をされていなかったものが封をされたり、持ってくるまでの間にしなびたものがあればそれを取り除いたりなどの調整作業の後に、小売店の店頭に出ることになります。

    流通温度下での野菜の栄養価を「見える化」

      このようなフードチェーンの温度環境を追跡してみると(スライド19)、実際に農場からマーケットへ行くまで、低温での温度管理はされていなくて、グラフを見てわかるように、約24℃くらいから下がっては行くけれども、市場などで一旦温度が上がったりしています。小売店に到着すると3日くらいバックヤードで保管されていたり、ショーケースに出てきたりしますが、ここまでくると一定温度で管理されるという状況になっています。

      • スライド19のグラフの青線は温度環境です。この環境を実験室内で再現し、その時の呼吸速度を実測したものが赤線になります。温度に付随して呼吸速度も大きく変化していることがわかります。
      • 呼吸速度だけではなく、野菜の中の成分がどのように変化したかを測っているのがスライド20の図です。果糖、ブドウ糖、ショ糖を合わせて全糖といいます。ショ糖は私たちが普段食べている砂糖の原料と同じものです。グラフでは、その全糖が収穫したての時点ではたくさんあったのに、消費者の手元に届く頃には半分くらいにまで減ってしまうということがわかります。
      • このグラフのデータは6月、7月、8月の3カ月に同じ農家さんで栽培されたシュンギクで取ったものですが、暑くなる時期にはこのように栄養成分がどんどん減っています。さらに流通期間中にも減ってしまっています。
      • スライド20の右のグラフは同じシュンギクのビタミンCの量ですが、6月、7月、12月のデータです。シュンギクの旬は冬です。旬の時期はビタミンCの量も多いのがグラフからもわかります。旬のものを旬に食べるということは栄養を摂取する上で重要ですし、しかも旬の時期はその野菜の値段も下がりますから、これはとても理にかなっていることを理解いただけると思います。
      • スライド21は、流通環境において、野菜の呼吸量と内容成分含量の減少のデータから、それをモデリングすることによって数式化することができますよという、私の研究の紹介です。数式化により、流通中の温度がわかると呼吸量を予測できること、流通温度を把握することによって、実際に収穫してからどのくらい成分が減っていますよということを数値化でき、品質を「見える化」することができると考えています。

    「植物検疫証明書」と「衛生証明書」 おいしい果実が日本に届くまで

      果実を日本に輸入する際には、関税が決められていたり、植物検疫法、食品衛生法などの様々な規制があります(スライド22)。植物検疫法では、例えば私たちが海外旅行に行ったきにおいしいと思った果物を勝手に持って帰ることはできませんよね。でも、それが日本で売られていたりするのはなぜかというと、この法律により条件付きで日本に持って入ることが認められているからなんです。

      • 例えば、タイ産のマンゴーは日本に持ち込んでよい品種が決まっています。その品種の果実にミバエ類が付着していないかどうかを確認するための検査が必要になります。ミバエ類を取り除くために、表面をお湯で洗って、中心部分の温度が47℃以上となるように飽和蒸気を使用して20分間消毒処理をされたものは輸入できるという条件があります。そのように条件付きで認められる場合もあるので、私たちは海外のものを国内で買って食べることができているのです。
      • 食品衛生法では、残留農薬が基準値を超えていないということを確認されて初めて日本に持ってくることができます。さらに輸入したものを販売するにあたっては、「農産物資の規格化および品質表示の適正化に関する法律(JAS法)」や食品表示法という法律も守らなければなりません。
    第37回サイエンスカフェ会場の写真

    輸入時の検疫について次々と質問が出ます

      • 植物検疫証明書(スライド23写真左)と衛生証明書(同右)の例ですが、左の写真右下に日本人の名前のサインがあります。これはタイのマンゴーを日本に持ってくる際に日本の検疫官がタイの蒸熱処理施設に出向き、先ほどお話しした条件というのを実際に満たしているかを検査、確認し、OKの場合にサインしています。そのため、このように日本人の検疫官の名前が書いてあるというわけです。右は衛生証明書ですが、いくつかの残留農薬について基準値が決められているものがありますが、それが「Not Detected」(検出されていない)という検査結果が証明されています。
      • 植物検疫証明書と衛生証明書、この2点が荷物の中に一緒に入っていないと日本に持ってくることはできません。このような規制によって私たちの食の安全が保たれているということです。

    タイからマンゴー果実を輸入してみました

      日本に持ってくる時には、箱にも条件があります。「TREATED」というシールが貼ってありますが、これはきちんと条件付きで認められている処理を行っていますよという意味のシールです(スライド24写真左)。箱に「FOR JAPAN」とあるのは、日本用に処理されていますという表示です。

      • 写真は、タイにあるパッキングハウス(蒸熱処理施設のことを現地でpacking houseと呼びます)の様子で、「FOR KOREA」、「FOR AUSTRALIA」等々、輸出先の各国用の箱が準備されています(スライド24)。
      • 右の写真は成田空港での検疫の様子です。箱のサイドに穴があって、そこにはネットが張られています。タイからの作物に付いていてほしくないミバエ類というハエがもし付いていて、さらにこの箱の中で繁殖しては困るので、まずこのネットが破れたりしていたら、それだけでももう検疫をパスすることはできません。
      • さらに、到着した空港の検疫では運ばれてきたものの3分の1ほどをランダムに検疫官が選択し、検疫所まで持って行き、各箱を開封し、箱内の半分を1個1個検疫官がチェックします。このようにして、外国から到着したものが腐敗したり、有害な動植物が付いていたりしないかを確認しています。
      • 余談ですが、実験のために、タイでマンゴーを350個買いました(スライド24写真右)。その代金は2万5,000円、これを運ぶための輸送費がマンゴー代より高い3万円。日本とタイの間の関税の法律があって、消費税分しか税金がかかりませんから、税金は3,400円。それで成田空港に到着したら、検疫を受けるために空港の倉庫に一旦保管をしてもらわなくてはなりません。検疫にパスできなかった場合、そこから日本に入れられません。その倉庫に蔵置してもらうためのお金が5,460円となって、実際の果物の値段よりも輸送、税金、保管などそれ以外の費用がかなりかかるという例です。
    参加者

    向こうで証明書を発行してもらい、日本でもチェックして、二重チェックするということは、ダメなものは入らないから量は減るのですか。

    安永

    向こうから送ったもの自体はタイでの検疫をクリアしているものですから、届いたものの量自体は送ったものと同じです。日本での検疫に合格できない場合、駄目な果実を取り除くということではなく、すべて廃棄になります。

    参加者

    国内で検査するのは抜き取りですね。

    安永

    そうです。国内でのチェックは成分などを検査するわけではなく、腐敗がないか、病気がないか、ハエが付いていないかなど、目で見てのチェックです。

    澤田

    輸送中にカビが発生したとか、入り込んでいた虫が出てきたなどがなければ、タイの植物検疫証明書と衛生証明書を取った時点できれいな状態という扱いになるんですね。

    安永

    そうなるはずで、そのための出荷前の条件があるわけです。

    参加者

    個人で旅先で買って食べかけていた果物などを飛行機で持ってきてしまった場合でも、空港で検疫カウンターに行かなくてはなりませんか。

    安永

    そうです。その場合は検査をするのではなく、証明書も何もないので日本に持ち込むことが認められていません。没収になります。もし個人の荷物などに無断で入れて持って帰った場合は、違法行為ということになります。

    ネガティブリスト制度からポジティブリスト制度へ

      日本の農薬については、現在はポジティブリスト制度(スライド25)になっています。元々はネガティブリストでした。それは、原則規制がない状態で、規制するものだけがリスト化されていました。そのため以前は、残留基準が設定されていない農薬などが食品から検出されても、その食品の販売を禁止することができませんでした。例えば、日本では使用されておらずリスト化されていない中国の農薬については、規制することができませんでした。

      • その中でいろいろな食品事故が起こってしまいましたので、平成18年から法改正されて、基本的に農薬は全部適用してはいけないけれども、リストに載っているものについては使用してもいいですよという規制に変わったんです。基準がないものは一律0.01ppmという基準をつくっているので、いろんなすべての農薬について規制ができるようになったということになります。(スライド25)
      • 安全確保のための基準値設定はどのように行われているのでしょうか(スライド26)。健康に対する影響が摂取量に対してどのくらいあるのかを、まずは動物で調べます。動物で全く悪影響が出ませんでしたという値が出たとして、人間と動物では影響が違い、人と人の個人差も考えて、安全係数をかけて基準値を決めています。それをADIといいますが、これは一生涯毎日食べ続けても健康に悪影響が出ない量ということになっています。
      • それぞれの農薬、食品添加物などについて、先ほどの無毒性試験で出た値に対して安全係数をかけて、基準値を決めます。そして、それぞれの作物に対して、人がどのくらい摂取するのか、どのくらい残留農薬が出るのかという実態調査を行って、残留農薬の基準値を厚生労働省が決めます。実際決められた基準値について、それを守れるようにするには、農薬をどのくらい使用してよいかを農林水産省が決めています。

    防カビ剤とエチレン作用阻害剤

      一般的に「ポストハーベスト農薬」と呼ばれたていたり、認識されたりしている防カビ剤についてお話しします(スライド27)。防カビ剤は、日本では農薬ではなく、食品添加物の1つです。

      • イマザリルはよく耳にするかもしれませんが、柑橘系やバナナにスプレーしたり、漬けたりすることによってカビを防いだりします。ほかにもいくつか示していますが、これらは全部防カビ剤になります。
      • 農薬として、収穫後の農産物に撒いてもいいことになっているのはスライド28の「1-MCP」(エチレン作用阻害剤)というものです。これは今日の前半のお話に出てきたエチレンという追熟を促進する植物ホルモンと構造がよく似ています。しかし、これを使うことによって果実の成熟を抑制したり、カット野菜の傷みを抑制することもできます。切り花の鮮度保持にも使われたりしています。商品名は、スライドに示しているとおりですが、日本ではリンゴとニホンナシとセイヨウナシ、カキなどに農薬登録が認められていて、収穫後に使用することができます。
    明るい午後の光が届くカフェを会場に対話がはずみます

    明るい午後の光が届くカフェを会場に対話がはずみます

      • 1-MCPの作用機構です(スライド29)。普通であればエチレンとエチレン受容体がくっつくことにより、受容体が成熟・老化の抑制作用を失うことで成熟が促進されてしまいます。しかし、1-MCPはエチレンよりも先に受容体にくっつきます。すると受容体は成熟・老化の抑制機能をそのまま持続し、成熟・老化が抑制されるのです。
      • ブロッコリーは呼吸が激しく、緑の蕾のクロロフィルが消失し黄色になるなどの外観的な鮮度低下も激しい作物です。そのブロッコリーに1−MCPで処理を施した例がこちらです(スライド30)。左上の写真は処理前のブロッコリ、右下の写真の左の2つは1-MCP処理を施して10℃、20℃で、右は1−MCP処理を施していないものを20℃でそれぞれ7日間保存したものです。これらを比べると、処理していないものは色も黄色くなって花が咲いていますが、処理したものは同じ20℃でも黄色の拡がりは抑えられていますし、10℃で保存したものは初めの状態が維持されているということがわかります。1−MCPはポストハーベスト技術の1つとして、開発はアメリカですけれども、世界的に使われているものになっています。
    参加者

    ブロッコリーには通常この処理がされているのでしょうか。

    安永

    されていません。先に紹介したように、日本で収穫後農薬として使用が認められているのは、リンゴ、ニホンナシ、セイヨウナシ、カキだけなんです。スライド30の例は、私が研究として使っているだけで、市販されている一般のブロッコリーには使われていません。

    ポストハーベストと食品ロスを考える

    参加者

    今日は「ポストハーベスト農薬」のお話かと思って参加しました。防カビ剤についても、日本ではポストハーベスト農薬は基本的に禁止ですが、正しい理解かどうかわかりませんが、バナナをかなり未熟な状態で収穫して、船の中で薬剤のプールに漬けて運ばれるというようなことを聞いたのですが、今日のお話では最後にエチレンをかけるということでしたので、プールに浸かっているというのとは全く違うイメージでした。そこは実際はどうなんですか。

    安永

    プールに浸かるというよりは、実際は出荷前に表面の付着物を除去するために一旦洗浄する場合にそういうところを通っているというのはあるかもしれません。いずれにしても、日本に到着して検査をするときにはすでに食品添加物の濃度としては残っていない状態になっていて、それを私たちが食べるということです。

    参加者

    アジアでもヨーロッパでもアメリカでも海外ではマーケットに普通に新鮮な野菜が並んでいて、それを個人がどんどん選んで取って買っていきます。下のほうにあるのはどうなるのかなと素朴に思って見ています。日本のお店ではものすごく個包装をされていて極めて不自然に感じています。ポストハーベスト処理を何もしない場合と、今日ご説明のあったような包装、温度管理、ガスの調整などポストハーベスト処理を施すのと、どっちが自然で、おいしいのか、どっちが食品ロスがないのか考えさせられます。私自身は野菜などについては手が加えられるのが嫌なのですが、ポストハーベストの処理には開発技術が必要で、容器や輸送にもコストがかかるうえ、本来なら傷んで捨ててしまうところを新鮮なように見せかけて食べさせられているような気がしてしまいます。

    安永

    青果物の廃棄率については、途上国では5割強になってしまっています。日本では3割程度です。今日お話ししたような鮮度保持技術を使うことによって、収穫したあとの廃棄率を減らすことについては非常に貢献していると言えます。ダメになった野菜ということですが、ダメになることを抑えているので、実際にはダメになってはいないんですね。海外みたいに量り売りで売ればよいとのではというお話かと思いますが、日本は海外とは国民性がだいぶ違っていて、安全についてもきれいさについてもすごく神経質です。それは国が豊かなおかげだと思いますが、今から海外の状況のようにやってみてと言われても、だれももう受容できないくらい、コールドチェーン勧告が目指してきたものが浸透してきている中で、かなり時代に逆行してしまうのではないかなというのはあります。

    参加者

    消費者が求めたのか、流通側がそういうふうに仕向けたのかはわからないと思いますが。

    安永

    鮮度がとても高いものを求めるというのであれば、「地産地消」と呼ばれるものや、産直などでも購入できますから、消費者それぞれのニーズに合わせた買い方もできるように、選択肢としてはいろいろあるわけです。

    参加者

    通常の売り方のほうが多くて、安いですよね。地産地消とか取り寄せるものというのはむしろ高くて、早くしないとしなびてしまうし、さっさと消費しなければいけないというのはありますけれども。ただ、ますますラッピングがされて、かつては簡単にくるりと包む程度だったレタスが今は頑丈にラッピングされて、あっというまにしなびていたものが、今はいつまでも生き生きしていて、「何か使っているから、よく洗わないとだめだから」と話したりしています。

    安永

    新鮮さや見た目の保持の状態は、予冷処理がうまくいっているものとそうでないものとでは、その後の品質が全然違うことになったりするので、一概には言えないですが、農薬がかかっているとかではないと思います。

    参加者

    「貯蔵」の前に「貯留」という言葉を聞いたことがあるのですが。

    安永

    「貯留」というのは、売る前に一時的に置いておいたりすることをいいます。例えば、卸売市場で競りにかけられる前に貯蔵庫に一時的に置くといったイメージです。

    参加者

    農薬で鮮度をキープできるものなんてあるんですか。

    安永

    最後にご紹介した1−MCPはその1つとして使われているものになりますが、それは日本では前出の4種の果実にのみ農薬として認められています。ほかにはありません。

    参加者

    なぜこの1−MCPが1つだけ農薬として認められているのでしょうか。

    安永

    無毒性を証明するのに調査をしなければならないんですね。何度も繰り返し調査をしていくのですが、それも効きやすいものから調査をするので、今はリンゴ、ニホンナシ、セイヨウナシ、カキで効きやすいことが証明されて、許可が出ているということです。今後、研究成果によっては適用できる青果物が増えていくかもしれません。
    (完)

    話題提供者の角田茂さんの写真

    話題提供者の角田茂さん

    2018年8月28日(火)食の安全研究センター第36回サイエンスカフェ「モデル動物を使った農産物由来成分の効能の評価〜海藻のβ−グルカンのヒミツ〜」が開催されました。東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻実験動物学研究室 准教授の角田茂さんより、発生工学の歴史に始まり、実験動物である疾病モデルのマウスのつくり方、そのモデルマウスを使った海藻成分の効能評価の実際、さらにプロポリスの評価に至るまで、最新の研究についての紹介がありました。関心の高い効能成分についての質問や、生命倫理の側面からのマウスはじめ実験動物についての考え方など、参加者の皆さんからも疑問・質問が寄せられ、熱心な対話が続きました。
                                        

    ○第36回サイエンスカフェ配布資料(pdf) (クリックすると開きます)
    ※以下、記載がない場合の発言は角田氏のもの
    ※質疑応答は一部抜粋

    発生工学のあゆみ

      私は、獣医として、遺伝子改変によって疾病モデルマウスをつくり、それを使った研究をしています。特に特定の遺伝子を人為的に狙って改変し、また改変したほ乳類の個体で遺伝子の機能を調べる研究をしています。まず発生工学の歴史についてお話しします。(スライド2)。

      • 発生工学は、個体で遺伝子を組み換えて、遺伝子組換え動物をつくるという技術です(スライド3)。1890年代ころから始まっていますが、実際に遺伝子を組み換えた個体ができたのは、1980年、今から40年くらい前です(スライド3)。その8年後ぐらいに遺伝子組換えの技術として標的遺伝子破壊という方法がつくられました。これは外から遺伝子を入れるだけという方法でした。ヒトで言えば20,000くらいある遺伝子うちの1つを狙って破壊ないし組み換えるという技術です。この技術は2007年にノーベル医学生理学賞を受賞しました。
      • 特定の遺伝子を狙って組み換える方法には、大きく2つのステップがあります。1つはES細胞。万能細胞とも呼ばれますが、そのES細胞の中で特定の遺伝子を組み換えた細胞を樹立します(スライド4)。そうしてつくったES細胞をマウスの卵に針を刺して注入します。すると、キメラといって、ES細胞とレシピエントの受容肧が混ざった個体ができてきます。この図の場合は、ES細胞がアルビノ毛色で白いマウス、受容肧は黒い毛のマウスのものになります。
      • 自然の場合は、こうした遺伝子の変化は非常に頻度が低いです。一般には1千万分の1くらいの頻度でしか起こりません。いろいろな工夫をして4%くらい、25分の1ほどの頻度になるくらいに濃縮します。その後、細胞を1回バラバラにして、クローニングといって増やすことをします。1個1個を別々の細胞に分けて、それをマウスの子宮に移植します。
    関崎

    培養しているES細胞に特定の遺伝子を破壊あるいは入れるというのはどのように行っているのですか。自然に入るんですか。

    角田

    電気穿孔法を行います。電子穿孔法で入れる遺伝子に予め目印をつけておき、その遺伝子に毒に対する抵抗性をつける、薬をかけても死なないような処理をしておくと、うまく遺伝子が入ったものだけが生き残っていきます。電気穿孔法で中に入れてあげたあとに培養した細胞全体に毒をかけてやると、毒に耐性のある細胞だけが生き残る。生き残ったものは、電気穿孔法で遺伝子が入った細胞ということです。結果、遺伝子が入ったものがたくさんできてきます。その細胞1つ1つ全部について遺伝子検査をします。

    関崎

    どれが目的の細胞か分からない状態で、細胞を1個1個に分けて、その遺伝子をチェックするんですね。分けた後に細胞は分裂するから、それを1個1個遺伝子がどうなっているかチェックする。

    角田

    遺伝子をチェックする方法は、いくつかあります。PCR(遺伝子増幅法)は、特定の遺伝子の断片を増やす方法で、非常に便利な技術です。概ね2〜3時間くらいで遺伝子を増やしてくれます。そうしたチェックをして、正しく遺伝子が破壊されたものだけを取ってくるんです。その正しく遺伝子が破壊されたものが出てくるのがだいたい4%くらいです。ものによって多少のずれはありますが。

    関崎

    100個くらい調べると、まず1個くらいはちゃんと入っているものが出てくる。

    角田

    はい。100個くらいをまず調べます。そうして樹立された細胞を、今度はマウスの卵に混ぜるんです。するとこうしたブチのマウスができるわけです。

    関崎

    混ぜるというのは、角田さん、細胞を細胞に入れちゃうんですか?

    角田

    そうではありません。実はこの図(スライド4左下)の時期、胚盤胞期肧は袋のようになっています。卵が少し育ち初め、丸く袋のようになっているところに、針のようなものを刺して入れます。黒い毛のマウスの少し育ちだして丸く膨らんだ袋状の細胞に針を刺して白い毛のマウスのES細胞を入れるわけです。

      • 卵の大きさはだいたい100ミクロンくらいですから、もちろんこの作業は顕微鏡を見ながらになります。(スライド4左下)左側に見えているのがホールディングピペットといって、スポイトの先のような部分に卵を吸いつけて、ぴたっと押さえています。そして、もう1つのほうは針でブスッと刺します。すると、白い毛の細胞が黒い毛の細胞と混ざって、それが育って出てきたネズミは白と黒が混ざった形になります。ここから子どもを取って、うまい具合に白いところ由来の子どもができると成功なんです。
      • このような一連の流れをつくったのが、マリオ・カペッキー先生、マーティン・エバンス先生、オリバー・スミシーズ先生3人です(スライド5)。

    関崎

    3人は友だちなんですか。

    角田

    友だちではありません。ライバルです。ちなみにオリバー先生の奥さんは日本人です。なぜこれが2007年のノーベル賞受賞につながったかというと、遺伝子改変マウスがつくられるようになって、基礎医学研究というものが全く変わってしまったんですね。それまではネズミを使った実験というのはあまりなかったんですが、今はメインがネズミになってしまいました。調べてみると、2007年に遺伝子組換えマウスを使った基礎医学研究はぐっと右肩上がりで増えていたんです。

    実験動物としての遺伝子組換えマウス

    角田

    遺伝子組換えマウスを使った実験については、『Cell』という分子生物学の最も権威ある雑誌でみると、3分の1がマウスを使った実験になっています。それまでは酵母や線虫、ハエなどを使った実験がメインでしたがマウスに変わってしまいました。『Nature Medicine』という医学系の権威のある雑誌も3分の2ぐらいがマウスを使った研究になっています。(スライド6)

    関崎

    マウスは昔から実験には使われていましたが、それがもっと増えたということですか。

    角田

    そうなんです。実際どのくらい増えたかというのがスライド7のグラフです。私は医学部附属の動物施設にいたので、そこでの実験動物の頭数を調べたのですが、1992年にはマウスの飼育等数は約5千万匹だったのが、わずか10年ちょっとでその数は4倍に増えたんです。増えたのはすべて遺伝子組換えのマウスです。

      • 1980年代は、実験用のネズミと言えばラットでした。皆さん、ラットとマウスの違いはご存知ですか。余り知られていないことかもしれませんが、マウスは日本語でいうとハツカネズミのことで、体重が20〜30gくらいの小さい体です。ラットはドブネズミです。大きさは300〜400gくらいです。ちなみにビルの上のほうで見られるのはクマネズミという体が150gくらいのものです。クマネズミは垂直にも昇るくらい運動能力があります。ドブネズミは体が重すぎて下を這いずり回っているイメージです。グラフが示すようにマウスが研究における実験動物としてものすごい勢いで使われるようになったんです。
      • もう1つの重要なターニングポイントがあります。スライド8の写真、小泉純一郎首相(当時)ですね。2003年にヒトゲノム計画が完了してCD-ROMを渡している時の様子です。ヒトの遺伝子配列を読んだということです。
      • ただ、この段階ではヒトの遺伝子に含まれるA、C、G、T、すなわちアデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)の4つの塩基の配列を情報として得たわけですけれども、それは暗号のようなもので、そこにどういう意味があるのかまだまだ分からない状態です。次の段階、当時ポストゲノムという言い方をしていましたが、それは遺伝子の機能解析です。その機能解析には、動物の個体で見るということが欠かせないということで、マウスが非常によく使われるようになったわけです。
      • 遺伝子の機能を解析しようということが研究の流れになり、2006〜2007年には権威ある『Cell』、『Nature』、『Science』といった雑誌に「Mighty Mouse」、「A Mouse for All Reasons」、「A Mouse for Every Gene」といった記事が掲載されました(スライド6)。これは、マウスのすべての遺伝子を1つ1つ壊したマウスのライブラリというか、セットをつくろうという動きを紹介する内容です。
    関崎

    遺伝子の塩基配列をA、C、G、Tと全部読んで、それぞれの遺伝子がいるのはわかったけどそれぞれが何をしているのか分からないから、それを調べられるように、1個ずつ遺伝子をダメにしたマウスをつくって全部をセットにしようというのですね。それは壮大な計画ですね。

    角田

    遺伝子が20,000もありますから、それを全部やるというのは相当大変です。この計画が2006年からスタートして、アメリカ、カナダ、ヨーロッパでそれぞれ始まりました。日本も、乗り遅れはありましたが、やろうとしました。(スライド9)

    関崎

    分担、協力してやれば、楽にできそうですが、やっぱりライバル関係になっちゃうんですか。

    角田

    日本のストラテジーは、個々の研究者がつくっておられるものがあって、それを集めようということです。自分たちで全部つくるのではなくて。

    参加者

    現在、進行度はどの程度なんですか。

    角田

    2006年からスタートしているので、つくるところは概ね終わりました。ただ、当時のネズミのつくりかたというのは、まずES細胞のところで遺伝子を破壊したクローンをつくって、それからネズミに戻していく2段階のステップを踏んでいました。そのとき、細胞でつくって保管しておくのは簡単なんです。それをネズミにして、ネズミを保管しておくというのはすごくお金がかかりますから、その前のステップとして、細胞のクローンをつくるところまでは完了しています。そこから選んで順番にネズミにしていったという形なんです。

    参加者

    市販されているノックアウト・マウスというのは何種類くらいあるんですか。

    角田

    公共のリソース機関に行きますと、取り扱われているのは数万になります。というのは、遺伝子を変えると言っても、1つの遺伝子について1つの変異というわけではないんですね。1つの遺伝子に対してたくさんつくられています。また、変異の入れ方によって違いが出てきますから。

    関崎

    遺伝子というのはある程度の長さがありますが、今角田さんが言った変異というのは、A、C、G、Tの何かが変わっちゃうということですか。

    角田

    最初はどうやってつくっていたかというと、遺伝子を全部壊していたんですが、後に全部ではなく一部壊したり、一部をちょっとだけ塩基を置換したり、どこを壊すかなど、いろいろやっていくと、実はすごくバリエーションがあるんです。

    参加者

    いわゆる血統書みたいなのが付いて販売されているものが数万種類もあるんですか。

    角田

    あります。それと、もう1つはマウスの系統というのでしょうか、狙った遺伝子以外のバックグラウンドとして、マウスにも種類の違いがあります。日本人とアメリカ人が違うように。その違いもまた別のものと見なされますから、すごい数の種類になります。

      • ノックアウト・マウスをつくる国際コンソーシアムという事業があります(スライド10)。この事業はとてつもなく規模が大きいので、共同研究している複数のグループが協力し合って進めているのですが、こちらでは、つくるほうはほぼ終了して、今は表現型解析といって身体検査を網羅的に行っています。この身体検査は、まず検査方法を標準化して、その同じ検査方法で各国で分担して検査を進めています。目標数は20,000ですが、これはすべての遺伝子に対応する20,000ではありません。1つの遺伝子について壊し方は1つではないからですね。

    2013年登場の画期的ゲノム編集技術 CRISPR/Cas9

      2013年に画期的なことがありました(スライド12)。1月3日に2本、1月29日に3本、あわせて5本同じ月にまとめて、ある技術が告知されました。特定の論文がどのくらい引用されたかを示すインパクトファクターという指標があるのですが、その技術についての論文は『Nature Biotechnology』という雑誌で当時で23、今は42になりました。そのくらいインパクトがあったわけです。その技術とは、CRISPR/Cas9というゲノム編集技術で、細菌が持っているシステムをほ乳類に応用したというものです。この図だけを見るとなかなか複雑ですが、1つの記憶システムです。細菌には、自分の中にウイルスが入ってきたら、DNAをバラバラにして自分の体に取り込んで記憶する働きがあるんです(スライド11)。
    関崎

    これは僕の専門なんです。細菌にはそれに感染するウイルスがいまして、それをバクテリオファージといいます。細菌もウイルスに感染されてそのままでいると死んでしまいますので、自分を守ろうとするシステムを持っています。それは簡単にいうと、入ってくるウイルスの遺伝子の一部を記憶しておいて、それと同じものが入ってきたら壊す、切っちゃう、というシステムです。「獲得免疫」とも呼ばれる、非常にうまくできたシステムです。外来の遺伝子の形を覚えて、同じ型のものが来たらそれを切っちゃう。でも、自分の遺伝子は全く切らないというシステムです。その「切る」というのがポイントですよね。

    関崎先生の写真

    CRISPR/Cas9について関崎さんからも話題提供

    参加者

    そういうことが起こっているというのはどうしてわかったんですか。

    関崎

    最初は、この配列の前に非常に長い繰り返しの配列があったんです。それを日本人の研究者が見つけたんですけど、何でそういうものがあるのかは分からなかった。それでいろいろな細菌を見てみると、どんな細菌にも同じようなものがあることがわかったんです。それならば、これは何かをしているに違いないということになり、詳しい経緯は知らないんですが、ここにある配列が何なのかを調べたら、全部ではないけれども、一部がウイルスの遺伝子だということが分かって、どうやら、入って来たウイルスと関係していそうだなということになりました。次に、繰り返し配列の中の繰り返していない部分はどういう遺伝子なのかを調べてみた。その中には遺伝子を切る機能があるものがあるらしいことがわかりました。そして最終的にはこの繰り返し配列の部分を記憶して、そこを切っているんだということが、順々に分かっていったんです。ただ、なぜこういうものがあるか、その起源は謎です。

    角田

    その遺伝子を切るというのがすごく重要です。狙った遺伝子のところに二本鎖切断という、先ほどの遺伝子に傷を付けるという技術を応用します。

    関崎

    遺伝子は二重螺旋構造ですので、その2本を切るということですね。

    角田

    二本鎖切断は、放射線を当てても同じようなことが起こるのですが、放射線ではどこを切るかという場所を指定できないんですね。先ほどの細菌が持っていたシステムを応用すると、遺伝子の狙ったところに傷を付けることができるんです。

    関崎

    先ほど説明したシステムは、外から入ってきたウイルスの遺伝子配列を記憶していて、それを切るということでした。その部分を目的のものに置き換えてやれば、それを切るということができるんですね。

    参加者

    その目的のターゲットがどこだと決めるのがsgRNAなんですか。

    角田

    そうです、ここに狙った遺伝子配列をつけておくと、そこにくっつくということです。ただし、20塩基しかないのでちょっと短いのですが、これの良い点は、20塩基の配列をつくってあげれば、とにかくそこを狙って二本鎖切断を導入できることです(スライド12)。

      • 切れたものは、そのままでは死んでしまうので、当然修復する、治そうとするんですね。治す過程で、基本的にはきれいに治ることが多いんですけれども、ある一定の頻度でエラーが起こる。エラーが起こると遺伝子が壊れるということになります。但し、その治すときの鋳型DNAを入れておいてあげると、その鋳型DNAを使って、特定のところに修復が入るし、また、外から別の配列を入れることもできるということになります。
    関崎

    要するに、このシステムはまず単に「切る」ということがきっかけのアクション。切られちゃったら死んじゃうから、細菌はそれを治そうとする。だけど、治すときに間違っちゃう。生き物だから間違っちゃう。ある一定の頻度で間違いを起こす。

    参加者

    うまくいかない確率って何パーセントぐらいなんですか。

    角田

    それも難しいですが、実験的にわれわれがこの方法でやったところ、8割程度はうまくいかなくて、傷が入って戻ってきます。100%ではないですね。ただ、この辺も工夫によってもっと効率を上げることもできるのですが。現状約8割と思っていただければと思います。

    関崎

    その間違っちゃったことで欠落したり、余分にくっついたりとかするんですか。

    角田

    治すときに、似ている配列があれば、鋳型をつかってそれを治すことができるんです。

    関崎

    治す補助をしてあげるように見せかけておきながら、そこには実は違うものがある。

    角田

    そうです。一部は同じだけど、一部は違うものを入れてやると、間違ってそれを使って治そうとする。実は、その治し方もいくつか種類があるということです。鋳型を使わないで治すケースもあります。

    関崎

    その部分はもう細胞任せなんですね。切るのは狙い撃ちできるけど、あとの修復は細胞任せで。

    角田

    実は、どちらに偏るかというのは細胞周期にもよります。

    関崎

    細胞分裂のどこの周期でやるかによっても違うんですね。

    角田

    その辺の細かいことを話し出すとキリがないのですが、重要なのはとにかく「簡単にできるようになった」ということです(スライド14)。従来のES細胞による古典的方法、2007年にノーベル賞を受賞した技術というのは、私も学生の頃からやっていたものですが、その方法は、ロスなくすべてが順調にいった場合でも6つのステップがあり、早くて7カ月かかります。うまく行ったり、行かなかったり、やり直したり、途中お休みを取るために止まったりなどして、通常1年から1年半かかるんです。ところが、ゲノム編集という方法なら、1、2、3の3ステップで、非常に簡単です。針で刺して入れるだけ、ないしは先ほどお話しした電気穿孔法で入れるだけなんです。

    参加者

    現在はCRISPR/Cas9のほうでつくられているんですか。

    角田

    ほぼそうです。古典的方法を使う人はほぼいなくなりました。私もやめました。古典的方法はものすごくお金がかかります。ES細胞を培養するステップでは培養液がものすごく高いです。もう1つ欠点は培養が始まったら3週間、一旦このステップが始まれば全く休みはないんです。毎日メンテナンスが必要になります。たくさん人数がいればローテーションでできますが、今は人もいないので、全部自分でしなければいけません。

    参加者

    そうしてつくったノックアウト・マウスは1世代だけですか。

    角田

    一度つくったものをそのまま使ってしまうと、もう一度同じ物をつくるのは大変なので、基本的には必ず次世代を取って、殖やして使います。毎回、毎回つくるのではなくて、つくったらそれを殖やします。このことを「系統化」といいます。

    関崎

    孫もひ孫も同じ遺伝子を持っていますよね。

    参加者

    市販されているマウスはそれをストックして販売しているということですか。

    角田

    特に今は種類が多くなっていますので、凍結卵、ないし精子を凍結することをしています。

    参加者

    世代が変わったら遺伝子も変わってしまったりしないんですか。

    角田

    遺伝子はそこまで不安定ではないんですね。確かにある一定の頻度で変異が入っていくんですけれども、問題になるほどの変異が入るところまではいきません。

    関崎

    肝心な部分はきちんとできているということですね。

    角田

    ただ、確かに一定の頻度で変な変異が入る可能性はあります。また、先ほど新しい方法はとても簡単と申しましたが、簡単ということは、どのくらい速いかということです。この方法の細胞でうまくいきましたよという報告が2013年1月でした。その後、マウスがうまくいきましたよ、というのは5月にもう論文報告されているんですね(スライド13)。

    遺伝子組換え個体の成功と生命倫理

      さらに1年後、ウサギもつくったという報告が出ました(スライド14)。ここで見ていただきたいのは、日本のグループ、これはわれわれの仲間ですけれども、2番に掲載している日本は日付が9月8日、1番に書いてある中国の日付は9月27日。なので、この時は中国のグループにちょっとだけ勝ったんですが、中国は細胞でうまくいった1年後にマウス、そしてブタも最初につくりました(スライド15)。この中国のグループは血友病のモデルブタをつくりました。このシステムでは、第一世代で父方、母方両方に、ある一定の頻度で変異が入るので、その方法で血友病のモデルブタをつくったという報告です。

         

      • このような遺伝子の変異の入った血友病のモデルブタをつくるとなると、それまでなら2〜3年かかっていたのが、わずか半年くらいでできてしまう。そして1年後の2月、中国で世界初のノックアウト霊長類がつくられ報告が出されました(スライド16)。カニクイザルで標的遺伝子を破壊したという報告をしています(スライド17、18)。マウスからたった1年でもうサルの報告ができてしまうんですね。
      • 古典的方法で受精卵に注入して、マウスができたのが1980年ですが、同じ方法で霊長類ができたのが2001年なので、マウスができてから霊長類になるまでに実に20年かかっています。一方新しい方法では、細胞でできますと言った半年後にマウスでできて、そのまた半年後にはサルでできますと、たった1年でできてしまっています。これらはすべて中国の研究グループの成果です。
      • 実は実験動物の分野では日本はもう中国に完全に負けています。かつて科学技術立国日本と言っていたのが、今は違います。今は完全に中国に追い抜かれています。その理由は、1つは中国で科学の分野がすごく育っていること、何と言っても予算が莫大で、日本の10倍以上のお金が付いていますから。
      • さらに1年後、2015年にはヒトの肧で標的遺伝子を組み換えしましたという報告が出ています。ただ、『Nature』と『Science』は掲載を却下しています(スライド19)。これは倫理問題を全くクリアしていないから、ということでした。ただ、中国国内ではできちゃうんですね。先進国では倫理委員会に実験計画をきちんと立てて提出し、倫理委員会の審査を受けて通ってからでないと進められません。通常ヒトのことを扱う場合はその審査には半年〜1年かかります。
    参加者

    日本では、特許に関して公序良俗に反することは却下になると思うんですが、中国国内の場合はそれでも却下にならず成立するんですか。

    角田

    そのようです。日本でなら却下されます。もちろん中国の研究現場で倫理を全く考慮していないかというと、そんなこともありません。原著論文によれば、三前核期胚といって、受精はしたけれども、分裂がうまくいかなくて、それ以上は発生が必ず止まってしまうような発生異常の胚を使って研究をしたとのことです(スライド21)。「これは絶対ヒトにはなりません」ということです。それで、彼らは「倫理問題をクリアしています」と述べていて、倫理を全く無視しているというわけではありません。審査が緩いと言ったほうがいいかもしれないですね。続報もどんどん出しています。

    関崎

    でも、技術としてはもうできちゃっているんですよね。この実験は倫理を考えているけれど、倫理を無視してつくろうと思えばできてしまうんですね。

    角田

    そうですね。サルでできることはヒトでもできてしまいます。遺伝子組換えがここまで進んでいるということですよね。

    参加者

    人間のクローンをつくることができるんですか。

    角田

    クローンをつくるのではなく、遺伝子を変えるんです。例えば、スーパーマンをつくる、頭が良くなるように遺伝子を取り替えたり、筋肉をもりもりにしたり、背を高くしたり。本当なら、病気を治すというところへ使うのであれば、まだいいんですけど。

    参加者

    人類にとってはプラスのほうが多いとも言えるんでしょうか。

    角田

    これは、いわゆる「選ばれた人をつくる技術」、「神をつくる技術」になってきてしまいます。お金のある限られた人だけが享受できるということになってしまいます。

    参加者

    この技術は生殖細胞をいじるということではないですよね。一代限りですよね。

    角田

    これは卵で行っているので、まさに生殖細胞をいじっていることになります。卵で遺伝子組換えを行うということは、子どもが生まれれば当然その遺伝子が次世代に受け継がれる技術になります。大人の体の遺伝子をいじるという技術ではありません。大人の体の遺伝子を触るというのは、再生医療とセットで遺伝子組換え技術を使うもので、現在有望な技術として進められています。それは、自分の体の細胞からiPS細胞をつくって、そこで遺伝子を治療し、自分の標的の臓器に分化して戻してあげるという、そういうex vivoの治療に使われる技術です。それに対して、卵すなわち生殖細胞で遺伝子組換えを行う場合は、組み換えられた特徴を持つ次世代ができます。

    参加者

    倫理的に、かなり問題ですよね。

    参加者

    日本の場合は倫理的にヒトのゲノム編集はストップがかかっていますよね。

    角田

    卵のほうはストップがかかっています。しかし、体細胞での遺伝子改変、特にiPS細胞を使った技術についてはというのはどんどん研究が進められています。患者さんからiPS細胞を樹立して、iPS細胞上で遺伝子治療を施します。例えば、異常のある遺伝子を元に戻してあげて、それを患者さんの体に戻してあげるというような。そうした体細胞での治療では再生医療とセットで使えるような技術になっています。

    参加者

    倫理委員会がOKを出せば進むんでしょうか。

    角田

    技術的にはもうできるので、やろうと思えばできますね。体細胞で遺伝子組換えを行うのと、卵でやるのとでは意味が全然違うんです。体細胞での遺伝子組換えは一代限りで、「治療」というイメージですけれども、卵でやるのは生殖細胞にもその変異が伝わるので、次世代以降にも伝わっていくことになります。

    関崎

    卵をいじった結果出てきた動物の卵子にも、ちゃんとその変異が入っている、体中の細胞に変異が行くということですね。

    参加者

    もしこれを極端に進めようとする人たちが出てくると、それを抑えるルールをきちんとしておかないと怖いですね。

    角田

    そうですね。その辺は、世界的に議論をしているところで、どこまではやってよくて、どこから先は規制するかということを皆さん考えているところです。

    疾病モデル動物づくりと基礎研究への応用

      ここまで遺伝子が極めて簡単に操作できるようになったことをお話ししましたが、私は動物で遺伝子を操作することによって「疾患モデル動物」(病気のモデル)をつくって、基礎研究に応用していこうという立場にあります(スライド21)。

      • ノーベル賞関連のお話の続きですが、CRISPR/Cas9というシステム、遺伝子組換えを応用するような技術を開発したのはジェニファー・ダウドナとエマニュアル・シャルパンティエの2人です。この2人は確実にノーベル賞を取るだろうと言われています。CRISPRというのを見つけたのは実は日本人の石野良純先生で、大阪大学の時に発見したシステムです。石野先生は、今は九州大学に移られています。ノーベル賞は3人まで受賞できるので、もしかしたら、この2人がもらう時に石野先生ももらえるんじゃないかなと期待しているところです。この技術は医学生理学賞の対象ですが、場合によっては化学賞もあるのではないかと思ったりしております。
      • 今回私がターゲットとしたのは胃がんです。胃がんはアジアに患者が多いがんで、日本では男性で肺がんに次いで2位、女性で大腸がんに次いで2位となっています(スライド22)。最近は早期発見ができるようになってきたことで、死者数は減少傾向にあります。また、食生活が変わってきたため、胃がんは減ってきて大腸がんのほうが増えているのが実情のようです。
      • 疾患モデルマウスを使って私が行ったのは、「海藻由来多糖類β−グルカンの摂取が胃がんの発症予防に繋がる可能性の発見」ということで、プレスリリースさせていただきました(スライド23)。私はここに来る前は信州大学におりまして、今回私が用いたモデルは、その信州大学の医学部の前の副学部長、中山淳教授がつくられたものです(スライド24)。私が信州大学に行った時に共同研究を始めました。
      • このモデルでは、A4gntという遺伝子がなくなっています(スライド25)。これはネズミの胃の幽門部という小腸のほうへ行く出口、その出口部分の胃の上皮の粘膜を薄く切って、見やすいように着色した写真です。左から2枚目の写真は、5週齢ですが、真ん中の写真は10週を超えていて異形成で形が大きく崩れています。それでもまだがん化はしていないんです。週齢とともに悪化していって、約1年経つと(右端の写真)完全に構造が崩れてがんになります。分化型の胃腺がんです。
      • 今回関わってくるのは、マウスの胃の粘液、そこに存在する糖鎖を付加する遺伝子です。その糖は非常に特殊なもので、α1,4N−アセチルグルコサミンといいます。知っておいていただきたいのは、この糖鎖は体中見渡したときに、胃と十二指腸にしか存在しないことです。胃の粘液にしかない糖鎖構造なんです。この糖鎖は胃の粘液のムチンにくっついています。(スライド25)
      • この存在は昔から知られていて、ある染色の方法で染めると粘膜の深いところだけが黒く染まっている、そこに何かがあるが、昔はその実態がよくわかっていなかった。それが特殊な糖鎖がついて黒くなっていたということが後にわかったんです。この糖鎖は何をしているのか。それを知るために、先ほど出てきたA4gntという、糖をつける酵素をコードする遺伝子を壊したらどうなるのかを調べました。
      • スライド27の写真を見てください。粘膜を茶色に染めると、普通は粘膜の底の部分だけが茶色く染まってくるんですが、ノックアウトマウスではそれが消えて、代わりに粘膜が大きくなっていきます。十二指腸でも同様に茶色く染まっていたのが、ノックアウトマウスではきれいに消えていて、糖鎖がなくなっています。問題は、十二指腸は、これが消えても何も起こらないんですが、なぜか胃では幽門部という胃の出口の部分だけ細胞が異常に増えてくるということが分かってきたんです。これは、週齢が進むほどだんだん進んで、幽門部はどんどん膨れてがんになっています(スライド28)。今回われわれの実験では、10〜20週齢という、まだ異形成の段階、前がん状態のところで調べることにしました。

    昆布由来のβ-グルカン胃がんへの抑制効果を説明します

  • ちなみに、今回のこの遺伝子がヒトの胃がんとどう関わっているのかということで、信州大学の先生が調べました(スライド29)。ヒトの胃がん患者さんで、写真のように、一部の患者さんではこの茶色に染まる糖鎖がなくなっているんですね。この茶色の部分の発現が一部の患者さんで完全になくなっている人がいますが、そういう方を調べると予後が悪く、生存率が落ちています。がんになっているんだけれども、この茶色い部分が残っているような患者さんは予後もけっこう良好で5年生存率はほぼ100%ということなので、ヒトの胃がんともかなり関連しているだろうということがわかっています。
  • β−グルカンについてのいろいろ

      β−グルカンについては、この研究を行う前に、β−グルカンに結合するような遺伝子をノックアウトして、解析を行っていたことがあって、それで今回の解析をするに至りました。β−グルカンは化学式で見ると難しく見えますが、グルコースと呼ばれる糖が重合して長くなったものです(スライド30)。
    関崎

    グルコースはブドウ糖です。それがいくつも、いくつも長く連なったものです。

    角田

    通常はβ−1,3という結合様式で真っ直ぐ連なっていくのですが、たまに枝分かれするんですね。その枝分かれの仕方にはすごくバリエーションがあります。一段で真っ直ぐ長く連なるときも、どれだけ長くなるかがものによって異なります。β−グルカンはキノコ類、酵母、コンブなどに含まれていて、それぞれ形も違います。例えば、酵母に含まれているものはこのβ−(1,6)の側鎖(分岐部分)(スライド30の下の図)が長いんですね。

    関崎

    これらみんなにβ−グルカンが含まれているけれども、細かく構造を見ると全然違う。

    角田

    そうです。見た目も全然違っていて、β−(1,6)の側鎖が増えていくと水に溶けず、粉になってしまいます。それに対して、側鎖があまりないと、水に溶けて、トロトロしたゲルみたいな形になるという性状をしています。粉・粒なのか、ゲルなのか、水に完全に溶けちゃうのか、ものによって全然違ってきます。今回実験に用いたのは、「アラメ」という種類のコンブの成分です(スライド31)。『市場魚介類図鑑』によると、「知っていたら達人級」となっています。確かに、普通のスーパーには全く売っていません。

    関崎

    これはどうやって食べるんですか。

    角田

    これは水で戻して細かく刻むとネバネバになるというものです。メカブみたいな食べ方ですね。でも、それほど流通していないですね。

      • 写真の「若あらめ」というのは、千葉県富津市で買ってきた特産品です。これも水で戻して細かく切ってネバネバにして食べるものです。このアラメに含まれているβ−グルカンはラミナランと呼ばれているのですが、実験用の試薬として売られていますので、それを用いて実験しました。このラミナランの性状は水に溶けてしまうものです。そんなにネバネバもしません。分子量は非常に小さいです。
      • このラミナランを先ほどの前がん状態のマウスに、2週間ずっと飲ませ続けました。(スライド32)その結果は、正常な野生型マウスでは何も起こっていません。ノックアウトマウスでは前がん状態で粘膜の細胞が急速に増えてポコッと出ているところ、これは前がん状態で細胞もどんどん増えている状態ですが、ラミナランを投与したものは、その出っ張りがだいぶなくなって薄くなっているのが分かります。これを薄く切って色を付けてみると、このヒダヒダの粘膜の厚さが異常増殖の程度を表していて、厚いものはがんの予備軍といえるんですが、その粘膜の厚さはラミナラン投与のものでは、少し薄くなっています。この結果からコンブの成分のラミナランを投与すると、増殖をある程度抑制することができるだろうということがわかってきました。
    参加者

    そのデータは有意差はついているのですか。(スライド32のグラフ)

    角田

    ついています。5%有意差くらいです。すごく効くというわけではないんですね。

    関崎

    この粘膜の厚さの減少度合いが本当に意味のある下がり方かどうか、統計学的に見ると微妙なんですか?

    角田

    いちおう有意差はついているんですけど、すごい差なのかと言われるとちょっと困る感じです。

      • スライド33の写真を見ていただくとわかると思いますが、増殖している細胞というのがどの程度あるかわかるように、増殖している細胞だけを茶色に標識してみました。「Wildtype」と書いてあるのは普通のネズミです。それに対してA4gnt遺伝子がなくなってがんになりかけているネズミでは、茶色の細胞がすごく増えているのがわかると思います。
      • そのノックアウトのネズミにラミナランを2週間摂取させると茶色の細胞の数が減るのが写真でわかると思います。数を数えてみるとスライド34の右のグラフのように減っています。同様に「血管新生」CD31というのを指標にして、どのくらい血管ができているかを見てみました。茶色に見えるところにできている血管もだいぶ減っています。
    関崎

    がんになると、血管も増えるんですか。

    角田

    そうです。がんになろうとしているときに、進行度を決めるのはどれだけ血管が増えているかということで、これは重要な指標になっています。がんになるのに、がん細胞自身が栄養を必要として血管をつくって栄養を得ようとするということですね。もう1つ、コンブをターゲットとしてわれわれが目を付けていた、炎症を抑制するような物質でIL-10、インターロイキン-10というのがけっこう重要だということが分かったんです。その物質の発現を遺伝子レベルで見るため、免疫染色という方法で色をつけて、どのくらい出ているかを調べます(スライド34)。ラミナランを投与した場合については、投与しないものではほぼなかった茶色い部分、IL-10という物質が発現してきているのが分かると思います。

    関崎

    角田さん、「炎症」とは何かを簡単に説明してください。

    角田

    炎症というのは、好中球やマクロファージ、白血球が組織中に寄ってきている状態です。そうするとどんどん細胞が増えていく。実際に癌になっているのは上皮細胞というヒダヒダの部分なんですけれども、それが増えるのをサポートしているのが実は白血球なんです。

    サイエンスカフェ会場の様子の写真

    気軽に質問ができるのがサイエンスカフェの魅力

    参加者

    T細胞の影響、効果関連で、何かわかっていることはありますか。

    角田

    このがんに関して、T細胞がどこまで発症に関与するのかは検討していないのですが、増えていることは見出されました。ラミナランの効果としてはT細胞が寄ってくることも減少はしています。また、これはまだがんになっていない状態なのでそこまでT細胞が関わっていないステージになります。

    大腸炎モデルでのラミナランの効果

      今回は胃がんの前がん状態をターゲットにたのですが、そもそもは2015年に大腸炎(炎症性大腸疾患)をターゲットにしてやっていました(スライド35)。そちらのほうがより免疫系に依存しています。大腸炎のほうではT細胞と呼ばれるものの中でも調節性細胞、regulatory T細胞というものがすごく増えることを見出しています。また、同じβ−グルカンの中でもカードランと呼ばれている粒子状のβ−グルカンのほうは全然効かなくて、ラミナランだけが大腸炎の炎症を非常によく抑えるということが分かったんです。(スライド36)

      • モデル動物を使った農産物由来成分の評価を行うということは、疾患モデル動物を利用することにより、ヒトに対する効能を予測することが可能であろうということです。ただし、これはあくまで動物実験なので、最終的に結論を出すにはヒトでの評価は必要ですね。ただ、ヒトでの評価は時間とお金がかかります。
      • 実際にヒトでどうかというのは、ヒトは多様性に富んでいて、人種も食べている物も違うし、統一見解を出すのはなかなか難しいと思います。その時使われるものは例えば統計学のような方法になると思います。
      • 例えば、スライド37のグラフはNIKKEI webサイトからの資料ですが、この統計によると、沖縄の男性の平均寿命がコンブを食べている量と相関があるのではないかというデータも出ていたりします。沖縄は昔はコンブをものすごく食べていたんですが、今はどこがコンブの消費量が多いかというと、東北と北陸です。沖縄でコンブを食べなくなったら平均寿命が短くなってきたと、本当かなと思うでしょうが、一応統計としては出ています。

    フィリピンのプロポリスの効能を評価中

      モデル動物を使った農産物由来成分の効能の評価ということで、最近の取り組みでわれわれがやっていることとして、フィリピン産のプロポリスがあります(スライド38)。

      • プロポリスというのは、ハチミツではなく、ハチロウ、ハチのワックスです。ハチミツもハチロウも何に依存するかというと、ハチの種類と採ってくる植物です。この2つによって、成分も全く違います。
      • フィリピン大学では、Tetragonula、フィリピンハリナシミツバチというフィリピンにしかいない、ハリのない、アリみたいなミツバチをつかって、プロポリスを集めているんです。プロポリスというと市販されていて有名なのはグリーンプロポリスといわれるブラジル産が有名ですが、われわれはフィリピン大学のロスバニョス校のグループと組んで、フィリピンでしか採れないこの特殊なプロポリスに効果があるのではないかと考えて研究を進めています。
      • プロポリスというのは、歴史の古いもので、例えば古代エジプトではミイラをつくるときに防腐剤として使われていたことも知られています。そのくらい人類とは深い繋がりのあるものです。先ほどのコンブの場合と違って、こちらはお薬みたいなイメージがあるくらい効果が期待されます。先ほどのコンブは前がん状態のマウスに対して効果を見ましたが、今回は実際、完全にがんになった、1年以上飼育した状態でプロポリスを投与するとどうなるかをやっています。がんになってしまうと増殖細胞だらけで、ほぼ全体にわたって茶色に染色されたシグナルが得られるのですが、ここに3週間プロポリスを投与し続けるとこれががくっと減るんですね。だからといって、がんが完全になくなるわけではないかもしれませんが、かなり抑えることができるのではないかと、今のところ見ています。
    関崎

    さっきのβ−グルカンはここまで顕著ではないわけですか。

    角田

    β−グルカンは普段食べているほうがよいものという感じで、一方、プロポリスはお薬レベルです。

    関崎

    値段はどうなんですか。

    角田

    これは売っていないんです。フィリピン大学のロスバニョス校がこれからフィリピンの地場産業としてやっていこうということでスタートしているもので、われわれは機能評価のところで協力しているところです。

    参加者

    これはプロポリスそのものを経口投与したんですか。

    角田

    プロポリス自体はワックス状なので、それをエタノールに溶かした状態で経口投与しました。

    参加者

    どのくらいの量を投与したのでしょう。例えば先ほどのラミナランでは試薬として販売されているものを使われた。体重当たり考えても食べきれないような量のコンブではなくて。もしそんな量であれば単に実験のためだけの量になりますね。プロポリスのときは、体重当たりに換算してヒトが食べられる量で調べているのですか。

    角田

    そこは考えてやっています。実際に経口でマウスが摂取できる量で調べて効果を得られるということです。ただ、将来的にはこれをがん用に売り出すのかというと、ものすごくハードルが高くなるので、これは、こういうこともありますよと、サプリメントとして使える程度のことを目標にやっていきたいと思っています。

    参加者

    サプリメントとなると、有効成分を凝縮してという形になりますね。

    角田

    プロポリスの有効成分は何かと言われますと実は非常に難しくて、フラボノイド類などいろいろ含まれていて、ミクスチャーというか純度が低いというか、いろいろなものが含まれているものなので、何が有効成分かを突き止めるのは難しいんです。

    参加者

    今取り組まれているのはフィリピンのプロポリス。一方、日本で市販されているものは多くがブラジルですが、そのブラジルのものがもとになっているプロポリスと、お話にあったフィリピンのプロポリスは大きな違いがあるのでしょうか。

    角田

    ここまで分析を進めてきて、フィリピンのほうも簡易分析はできていて、比べるとだいぶ組成が違うということはわかっています。やはりハチの種類が違うということと、集めてくる植物の種類が全然ちがうんです。

    参加者

    ハチとしては、巣を守るための抗菌剤ですよね。分析して成分が違うとしても、ハチとしての目的は同じではないでしょうか。それで、効果は大丈夫なのかなと思うんですが。

    角田

    われわれとしては、むしろ違う効果を期待しています。フィリピン産とブラジル産とでは成分スペクトルが違っているので。同じだったら、やる意味がなくなりますし。ブラジルとは違うんだというところを見つけたいと思いまして、フィリピン大学と協力して進めています。

    モデル動物の管理の実際

    参加者

    前半について質問です。たくさんのノックアウトマウスを殖やしていますが、実際の管理はどうなっているのですか。どこかの大学の研究所でマウスが逃げ出したといったニュースがあったりしますが、そうしたマウスが外に出て交配したりすると、生態系上問題だと思うんですが。

    角田

    逃亡防止措置というのをわれわれは取っていまして、基本的に逃げないように管理しています。ただし、100%かと言われると、たまにミスがあって問題になったりしています。

      • では、万が一われわれが使っているマウスが外に出てしまったら危ないかと言ったら、たぶんわれわれが使っているマウスは一般の環境ではほぼ生きられないと思います。非常に弱いんです。われわれが使っているネズミ、白色系とか黒色系とかありますが、これらは近傍系という、兄妹同士でずっと交配を繰り返して遺伝子セットが単一になっている、お父さん由来とお母さん由来の遺伝子がすべて同じになっているようなものなんです。
      • われわれが使っている実験用のネズミというのは、また、いろいろな病気を持っています。目が見えなかったり、耳が聞こえなかったりするんです。なので、こういったものが外界に出てしまってもたぶん生きられないと思います。そういった弱いネズミになっていますので、大丈夫だろうと考えています。
      • 万が一外に出てしまった場合に、組み換えた遺伝子が危険かどうかというのもあるかと思いますが、基本的にわれわれが普通に使っているような遺伝子はほぼ危険度はありません。何が入っているかというと、例えば薬剤に対して耐性があるとかというものですが、それが外に出てしまって何が影響があるかというと、たぶん影響はないと思われます。
      • 管理上特に、万が一外に出てしまって困るのは、病原体に対する受容体を付与して、例えばヒトにしか感染しないポリオを、ワクチン検定用にポリオに感染するようなネズミをつくってあるんですが、こういったものがもし外に出てしまうと、ポリオのリザーバーになってしまうので、それは厳密に管理しています。それ以外の普通のマウスは万が一逃げてもまず殖えることができないですし、遺伝子的にも危険なものは入っていないと思っていただいていいかと思います。
    参加者

    この領域は、スタートして時間が経っていないですが、これが10年経つと全然違うことになっていると思うんです。動物の種類も量もものすごく増えて、いくらでもいろいろな操作をして、何かに強い耐性を持つものなども信じられないくらいできていると思います。そのときに、倫理やモラルやいろいろな意味の管理が同じ前提であればいいですけれども、世界中でいろいろな目的を持った人が研究をする人がいると思うと、怖いですよね。

    角田

    そうですね。ただ、国際的にも一定の基準を守って進めましょうという、例えば、遺伝子組換えでいえばカルタヘナ法という法律が世界での共通の認識としてはあります。一部まだ批准していない国もありますが。基本的には多様性保全ということはきちんとやりましょうという方向で、研究者の間では動いています。われわれも大学レベルで言えば、教育訓練や現場視察もやっていて、私も委員ですけれども、心配がないようには日々心がけています。

    モデル動物での試験とヒトでの効能の予測

    参加者

    β−グルカンやプロポリスの何がどう作用して効くのかについては、まだわからないのですね。

    角田

    分子機構というか、何でがんや炎症を抑えるのかはまさに今解析しているところで、まだ完全には解明できていません。例えば、細胞周期というのがあって、増えないように抑えているということはわかっているんですけれども、それが何で抑えられるのかまだわかっていないんです。

    参加者

    モデルマウスを使うことによってヒトに対する効果効能が予測できるということですが、実際にヒトとマウスはメカニズムが全然違うところもあり、どこまで予測できるかというのが疑問です。

    角田

    考え方として、実験動物の世界では、外挿(ガイソウ)という言葉を使っていまして、例えばどこまでは同じで、どこからは違っているかということを事前に予測しようという立場でやっています。マウスとヒトは違いますが、遺伝子レベルでは70%一緒なので、7割くらいは同じなのかなと。残りの違う3割をどう捉えるのかですが、それは結局ケースバイケースになってくると思います。ただし、1つ言えることは、いきなりヒトで試すということは基本的には無理があります。それで、まずはマウスで試して、それから統計的な手法を使ったりして、なるべく実際に近づけようということです。

    参加者

    ワカメなどの海藻の栄養成分で効能などを考えると免疫系とか甲状腺とかそういう方面のほうが効きそうだなと思っていたのですが、胃がんだけに絞るのでなく、いろいろな病気を対象に調べるというのはまだまだ難しいのでしょうか。

    角田

    いいえ。それは個々の研究者が進めています。たまたま私がβ−グルカンというものを研究していて、信州大学へ行った際に胃がんの先生に声をかけていただいたというこの2点で胃がんをターゲットにしたということです。もう1つ、これは食べ物として扱ったわけではなくて、β−グルカンだけを抽出してきたものを使った研究です。先ほど出た甲状腺などについて調べる場合は、食べ物としての海藻はやはり大量のヨードを含んでいますから、そのヨード成分なども考慮に入れた上での実験になってくると思います。
    (完)

    話題提供者の柴田道夫さんの写真

    話題提供者の柴田道夫さん

    2018年10月10日(水)(火)食の安全研究センター第37サイエンスカフェ「聞いてみよう!秋の彩り キクの秘密―遺伝子組換えによる青い花の開発―」が開催されました。
    東京大学大学院農学生命科学研究科 生産環境生物学専攻 園芸学研究室 教授の柴田道夫さんより、アジア原産のキクが世界で親しまれていった歴史、高次倍数性とキクの品種の拡がり、光周性の発見による電照ギクの開発、江戸ギクの育種技術の面白さ、電照栽培が根づき世界一になった日本のキク生産と消費、焦点の遺伝子組換え技術による青いキクの開発までを通して、花きの育種にまつわる科学的な挑戦の事例を紹介、参加者からの質問も交え、生き生きと咲くキクと青いカーネーションを愛でながら深く広く学び語る場となりました。



    ○第37回サイエンスカフェ配布資料(pdf) (クリックすると開きます)
    ※以下、記載がない場合の発言は柴田氏のもの
    ※質疑応答は一部抜粋

    今日はお花の話

      私はここの農学部を昭和54年に卒業後すぐ農林水産省の試験場に入りました。専門が園芸学でしたので野菜試験場に入ったのですが、研究室は花の育種を扱う研究室でした。以来これまでずっと花の育種の研究を続けて、7年前に東大に来ました(スライド2)。

      • 世界一キクの生産量が多く、また世界一多く消費している国が日本です。キクは通常10月下旬〜11月中旬ごろに花を咲かせる短日植物です。今は10月初めですが、今日ここに飾っているようにキクの切り花は周年手に入ります。一年中キクを咲かせるために開花調節が行われているからです。
      • 前半ではキクの由来からキクの生産について、その後、キクのいろいろな形や色について、最後に遺伝子組換えによる青い花の話の開発についてお話しします(スライド3)。
      • 青いキクは開発されたばかりで、今日会場に飾れる実物が入手できません。そこで、今日は1997年に開発された青いカーネーション、「ムーンダスト」を携えてきました。4色揃っています。現在、日本で生の遺伝子組換え植物を直接見たり触ったりできるのは、これらのカーネーションとバラだけです。

    キクの学名の変遷

      キクの学名は、クリサンセマム(スライド4)で、英語でもchrysanthemumと呼んでいますが、キクは実は西洋ではなく東洋の原産で、中国や日本からヨーロッパへ渡りました。何度かヨーロッパに伝えられていったのですが、1789年にフランスに伝わったあとにラマチェルという人に付けられた学名がクリサンセマム・モリフォリウムChrysanthemum morifoliumです。キクの葉は形がクワの葉に似ています。それで、クワの葉に似ているという意味でモリフォリウムという学名がつきました。

      • クリサンセマムは「黄色い花、黄金の花」という意味です。ラテン語の属名を英語読みするとクリサンセマム、ギリシア語の “chrysos”「黄金の」と”‐anthos”「花」に由来します。 もともとヨーロッパにはシュンギクの仲間が自生しており、シュンギクをタイプ標本とし、クリサンセマム属が定められました。シュンギクは地中海原産でクリサンセマム・コロナリウムC. coronariumとの学名がつけられております(スライド4上の写真)。
      • ラマチュエルは、東洋から伝わってきたキクをシュンギクと同じ属とみなしました。クリサンセマム属には可憐な花マーガレット、蚊取り線香に使われているジョチュウギク、ハーブティーに使われるローマンカモミールなどもに含まれておりました。ところが、クリサンセマム属は200種を越えるいろいろな植物が含まれ大きな属でしたので、1970年代に東洋原産のクリサンセマムの仲間には別の学名がつけられ、キクの学名はデンドランセマ・グランディフローラムDendranthema grandiflorumに変わりました。
      • 一方、植物学分野で英国の植物学者から、クリサンセマムの英名は昔から使われているので、キクの学名をクリサンセマムに戻そうとの意見が出され、1995年のセントルイスでの国際植物学会議(International Botanical Congress)においてキクの学名は再びクリサンセマムに戻されたのです。

    キクの染色体の特徴

      キク属の大きな特徴は、染色体の基本数が9本であり、さまざまな倍数性を有することです(スライド5)。キク属には二倍体から十倍体までの野生種が存在しています。

      • キクの花は頭状花序といって、1つ1つの小さな花が組み合わさって大きな1つの花の形をつくっています。花の周りの部分は舌のような形をしているので舌状花と呼ばれ、真ん中の部分は筒のような形をしているので筒状花と呼ばれています。
      • キク属の野生種を大きく分けると、舌状花が黄色か、白色か、そして舌状花がなく筒状花だけという3種類に分けることができます(スライド5)。それぞれのグループに倍数性があって、二倍体から十倍体までが存在しています。
    関崎

    染色体の倍数が増えるということは、花にとっては良いことなんですか。

    柴田

    どうして倍加するのかというのはなかなか難しいのですが、環境などのストレスに耐えるために自分で遺伝情報を倍加していったと考えられます。進化が進んでいくほどある程度倍加が進んでいって、分布域の端の方には高次倍数体が存在するといわれています。

    関崎

    植物によく見られることなんですか。

    柴田

    そうです。例えばムギにも高次倍数性があります。植物の種類によりますが、植物には広く倍数性が存在します。ところで栽培ギクというのは、六倍体です。つまり、基本的なセットの3倍のものが遺伝情報として入っていることになります。

      • 今日飾ってあるカーネーションは二倍体なんです。遺伝子組換えを行う上では倍数性が低い方が容易にできます。複数のセットが入っていると遺伝子組換えは容易ではなく、バラは四倍体、キクは六倍体ですので、だんだん難しさが増してくるわけです。
      • 栽培ギクに近縁な野生種の中にハマギクというのがあります(スライド6)。福島県などの太平洋沿岸に自生しており、東日本大震災で津波に襲われた福島県を天皇皇后両陛下が訪問されたとき、津波の被害にも負けずに花を咲かせていたことがニュースになりました。ハマギクは昔はクリサンセマム属に分類されていたのですが、現在はキクとは異なる属に分類されています。
      • 皆さんご存知のトキ(鴇)、トキの学名はニッポニア・ニッポンNipponia nipponで、「ニッポンのニッポン」という意味の、日本を代表する動物とされています。植物にも種名にjaponicaなどの「日本の」という学名がついたものは数多くあるのですが、このハマギクはニッポナンセマム・ニッポニカムNipponantemum nippoinicum、すなわち「ニッポンの花、ニッポン」という学名がついています。その意味で日本を代表する植物ということになります。
    関崎

    これはまさに在来の種類なんですね。

    柴田

    日本在来の植物なんですけれども、鉢物としても流通しています。園芸店などで是非「ハマギクはありますか」とお聞きになってください。非常に丈夫な植物で庭に植えるとどんどん大きくなっていき、毎年この時期にきれいな花を咲かせます。

    栽培ギクの歩んできた道

      現在栽培されているキクはどこで生まれて、いつごろ日本に来たのか、どのように世界に広まっていったかについてお話します。実は、キクがどのように生まれたかについてはいろいろな説があり、よくわかっておりません。

      • 紀元前2世紀頃の中国でキクの最初の記載が見られます(スライド7)。但し、この頃に記載されているのは薬草としての黄色の野生種で、さらにかなり時代が経ってから中国で栽培ギクが登場してきます。万葉集や日本書紀にはキクが登場しないことから、日本には奈良時代くらいに中国から来たのではないかと考えられています。
      • その後、キクは江戸時代に日本で大きく改良されました。例えば、サクラのソメイヨシノ、ツツジのキリシマツツジなどのように、江戸時代には現在も見ることができるたくさんの花の品種がつくられました。江戸時代には、キクを含めさまざまな花の種類ごとに相撲の番付みたいなものがあって、庶民が競い合って品種育成に取り組みました。一番高いものとなると当時8両という値がついたそうで、今のお金にすれば100万円くらいの価値があったそうです。

    光周性の発見とキクの周年栽培

      ヨーロッパに定着して以降、イギリスでは王立園芸協会で立派なキクがたくさんつくられるようになりました。ただ、本当にキクが世界的な花になったのは、その後にアメリカに渡ってからとなります。1920年にアメリカで植物の光周性が発見され、植物は日長によって花を咲かせることがわかりました。

      • キクは短日植物で、秋になると花が咲きます。光周性の発見からわずか10年ほどの間にアメリカで日の長さを調節する技術が開発され、キクを周年にわたり咲かせることができるようになりました。
      • アメリカで開発されたキクの栽培技術は大正時代に日本に伝えられました。それ以降、日本でも切り花用の品種が栽培されるようになったわけです。キクは、もともとは中国や日本で生まれた品種が、その後欧米に渡り、栽培技術とともに日本に逆輸入されたという歴史をもっているのです。
      • 毎年11月くらいに日本の各地で開催される菊花展では、大輪のキクをみることができますが、これらの趣味家用の品種は江戸時代につくられた品種が継がれてきたものです。日本では江戸時代の品種と海外から逆輸入されてきた品種の両方をみることができます。
      第37回サイエンスカフェ会場の写真

      キクの花を愛でながらのサイエンスカフェ

    • 皆様の目の前にあるキク、いかにも床の間に合いそうな和の雰囲気を醸し出していて「和ギクですか、洋ギクですか」と尋ねられれば「和ギク」とお答えになることと思います。ところが、電照菊で有名な愛知県渥美半島のキク農家に同じことを尋ねれば「洋ギク」という答えが返ってきます。生産農家の方々にとっては、江戸時代から続いている品種が和ギクであって、逆輸入されたものは洋ギクだという考えなのです。今では和洋の区別が難しくなっておりますが、それほどキクには長い歴史があるということです。
    • 新宿御苑にみる古典ギク

        毎年11月になると新宿御苑で、1年で2週間だけ開かれる有名な「菊花壇展」があります(スライド8・9)。昭和4年から80年以上も続く由緒ある菊花展です。広大な新宿御苑の4分の1は普段は非公開のキクを栽培する場所となっており、1年に2週間だけ開催される菊花壇展で飾られ公開されます。

        • 「菊花檀展」の7種類の異なる花壇は昔ながらの方式が守られています。例えば「千輪仕立て」は大づくりの花壇で、実は1本のキクから仕立てられております(スライド8左上写真)。実際には千輪には至っていないのですが、この写真では560輪の花を咲かせています。
        • 肥後ギク(スライド8右下写真)は、現在の熊本県で、ほかの地域にはない文化によって育まれたもので、キク、サザンカ、ハナショウブ、ツバキ、アサガオ、シャクヤクといった肥後六花が生まれました。肥後ギクは武士の精神修養のためにつくられたそうで、大変厳格な決まりが定められております。例えば、花弁が管状になるものと、さじ状になるものはそれぞれ12輪と13輪に仕立てる等と決まっております。
        • 毎年の栽培の成果を藩主に見せて、今年私はきちっとやりましたと示すことが藩の武士の役目だったそうです。秀島英露により書き残されている『養菊指南車』という書物にこのような決まりがきちんと残されております。
      関崎

      これらの花はすべて代々内部で栽培して外と交配しないんですか。

      柴田

      新宿御苑で菊花壇展で展示される品種はすべて新宿御苑で育成されたものですが、長年栽培するとウイルスなどに罹ってしまうので、30年くらいでの品種更新が必要だそうです。昔からの名前が付いていますが、現在の品種は古い名前を引き継いだ何代目かにあたることになります。

      参加者

      「素晴らしい」とされるキクのオーソドックスな評価の基準・視点などを教えてください。

      柴田

      私は古典ギクの専門家ではないので明確なことはわかりませんが、種類ごとに評価の仕方が違うのではないかと思います。

        • スライド9にあるような大輪ギクと呼ばれる種類では、何といっても大きいことが大事で、厚物(スライド9左上写真)の場合には最大直径50㎝のものもあったということですし、細管という管物(スライド9上段中央写真)の場合は端から端まで66㎝という記録があるそうです。
        • 1つ1つの花も大事ですが、12鉢を揃えて評価する大花壇作りというものでは、全体として12の鉢が揃っていることが大事になります。それぞれの鉢では3本が天地人として高さが揃っていることも必要です。聞いた話では、この3本の高さをうまく揃えるために、爪楊枝の先を使って伸びすぎている鉢の生育を抑えるようなこともするそうです。高さや揃い1つ1つの花の豪華さなどすべてが評価の対象になります。
        • 一文字ギク(スライド9右上写真)は、いわゆる天皇の御紋章で有名ですが、花びらの数を16枚に揃えます。花が水平になるように輪台というものをつけるのですが、そのままではきれいに開きません。筆で花びらをで広げ、一文字の形にするそうです。
        • ここまでご紹介したのは大輪ギクですが、江戸時代には地方色に富んだ名前がつけられた中輪ギクも発達しました。伊勢地方でつくられた伊勢ギク(スライド9左下写真)。なぜか伊勢と名付けられているものは長いものが多く、伊勢ナデシコというのも下に花弁が垂れる形が特徴です。
        • 嵯峨ギクは京都の嵯峨の名前が付いていて、ほうきで掃いたような形です。通常のキクの花弁は表側が色が濃いので、管咲きや船底形になると裏側を観賞することになるので色が白っぽくなってしまいますが、嵯峨ギクは花弁が反り返って巻いた形になっているので色が鮮やかになっている点が特徴です。
      参加者

      嵯峨ギクを買って花を楽しみにしていますが、嵯峨ギクはもう少ししないと咲かないんですね。

      柴田

      そうですね。嵯峨ギクは毎年生産されておりますが、生産量は少ないので市場にはそれほど出回りません。

        • 菊花展などでよくみる嵯峨ギクの仕立て方に七五三づくりがあります。上下3段に上から7輪、5輪、3輪と咲かせるものです。花型はまったく異なりますが、イギリスで改良されたキクでも嵯峨ギクと同じように花びらが反り返る種類のキクが見られます。
        • 江戸ギク(スライド9右下写真)は、江戸時代につくられたキクの中でも一番に挙げられると思うんですが、咲き始めは上に向かって花びらが伸びてきますが、そのあと花びらがねじれて形が変わっていきます。狂い咲きとも言われるのですが、花の動きを観賞価値の1つとして評価していた点が特筆できると思います。
      関崎

      伸びていくということですか。

      柴田

      伸びるんですけれども、均等には伸びないため曲がるものと思います。そういった動きの激しいものが選抜されていったのでしょう。江戸時代には美しいというよりは、奇妙な形をした物珍しい植物がたくさん生まれています。

      栽培ギクの染色体数

        すでに述べたように栽培ギクはほぼ六倍体です。なぜ「ほぼ」なのかというと、きっちり染色体数が54本というのではなくて、54本に近い品種が多いということなんです。

        • いわゆるゲノムサイズもかなり大きくて、ヒトはだいたい3Gbですけれども、栽培ギクは18Gbですから約6倍ぐらいあります(スライド10)。モデル植物のシロイヌナズナやイネに比べると、ものすごく多くの遺伝子情報を持っています。
      関崎

      シロイヌナズナはよく生物の実験に使われますが、それはゲノムサイズが小さいからなんですね。

      柴田

      シロイヌナズナよりも大腸菌のほうがはるかに小さいですが、植物の中では小さいですね。キクはゲノムサイズが大きいのでまだゲノム解読完了の報告がありませんが、二倍体の野生種ではゲノムがだいたい解読されたというニュースがようやく出るのではないかと思います。

        キクの染色体数は「ほぼ54本」ということの意味について、キク属の細胞遺伝学的特徴から説明します(スライド11)。これは40年ほど前に私がキクの品種を集めてそれぞれの品種の染色体数が何本あるのか数えたデータです。すると55本の品種も結構ありました。もっとも多い品種では85本もありました。このような現象を異数性といいますが、キクほど幅広い異数性があるものは珍しいと思います。
      関崎

      これらは学名はすべて同じなんですか。

      柴田

      これらはすべて栽培品種ですので学名は同じになりますが、倍数性の異なるもの、例えば六倍体に八倍体の野生種が交雑された可能性もあります。先ほど紹介した大輪ギクでも染色体数が多いとする報告があります。

      参加者

      異数性がそれだけ幅広くて、遺伝病になったり、短命になったりすることはないんでしょうか。

      柴田

      植物に関して動物における遺伝病的なものを何と呼ぶかわからないんですけれども、さまざまな変異をもつものを掛け合わせてさらに変わった変異を得ておりますので、遺伝病と言えるかもしれません。しかし、特に短命になることはありません。

        通常、染色体数が奇数になると、減数分裂がうまくいかなくなるので不稔になります。花粉も不稔になるために育種に使えなくなる場合が多いのですが、キクでは染色体数が55本の品種でも花粉稔性があります。これはほかの植物にはない栽培ギクならではの特徴ではないかと思っています。
      参加者

      異数性は遺伝しますか。

      柴田

      異数性は維持されます。例えば染色体数が55本の品種と54本の品種を交雑した場合は55本の品種由来の花粉が27本と28本に分かれるはずですので、子どもの半数は再び55本になる可能性が高いと思われます。但し遺伝性についてはくわしく調べておりません。

      関崎

      その辺は融通が利くということなんでしょうか。

      柴田

      そうですね。染色体数が55本で奇数の品種が数多くあるという植物、いや生物は滅多にないと思います。

      関崎

      種なしスイカのようにはならないんですね。

      柴田

      種なしスイカは三倍体です。二倍体と四倍体とを交雑して種子ができない三倍体をつくっています。染色体数が数本多い品種がたくさんあり、しかも稔性があるというキクのようなものは珍しいと思います。

        • 変化咲きアサガオでは劣性遺伝子をいわゆるヘテロの状態を持っている親を維持しています。見た目は両親とも正常型です。交雑して初めて劣性ホモが出てきますので、4分の1の確率で変わったものが出てくる。それが変化咲きアサガオの出現のメカニズムなんです。
        • 江戸時代の人はそれをちゃんとわかっていたんですね。メンデルの遺伝の再発見はちょうど1900年ぐらいです。メンデル遺伝の原理が広まるはるか以前から江戸時代の人々は変化咲きアサガオを育種していたわけです。江戸時代の人々の育種レベルの高さには驚きがあります。
      関崎

      ブタでも同様なことがあります。三元豚というのは、三元の元になる純系をちゃんと維持しておいて、それをかけあわせて、おいしいブタになるんです。

      キクは日本でどのように生産されているか

        日本は世界一のキク生産国で年間16億本ほどつくられています。

        • 平成26年のデータですが、キクは年間生産量が16億本(スライド12)。2番目に多いのはバラやカーネーションですが、せいぜい3億本弱です。16億本もつくられている花はキクしかないです。切り花の中でもずば抜けて1位です。生産額は年600億円強で、花全体の生産額が3,700億円ですので、キクだけで6分の1くらいにあたります。
        • 16億本の約半数は輪ギクです(スライド13)。輪ギクとは、キクといえばまず思い浮かべる形でのもので、お墓や仏壇に飾られる1本の茎に1輪の花がつくものです。しかし、このような形は都合良くできるものではありません。通常は1本の茎にはたくさんの花がつきますので、輪ギクにするには、余分なつぼみを取り除く必要があります。これは手作業ですので、輪ギクの生産はとても手間がかかります。日本では輪ギクがキク全体の50%ほどを占めますが、ヨーロッパをはじめとする海外では輪ギクはほとんどつくられておりません。
        • 最近は脇芽がつきにくい品種、すなわち手間がかからない省力性育種が進んできています。今日飾っている輪ギクを見るとわかりますが、数個しか脇芽をとっておりません。その下からは脇芽が出てこないように育種されております。
        • 輪ギクに次いで多く生産されているのが小ギクで、全体の3割ぐらいを占めます。輪ギクとセットで売られていて、お仏壇やお墓に供えられることが多いです。3番目がスプレーギクで、いろいろな花型や色のものがあります。
        • 小ギクとスプレーギクの違いがわかりにくいかと思います。両者とも脇芽をとらずにそのまま出荷されるのですが、生産される場所や栽培方法が異なります。小ギクは露地の自然条件下で粗放的に生産されるのに対し、スプレーギクは温室はビニルハウスなどの施設下で日長をコントロールしながら周年生産されています。

        国内で生産される輪ギク、小ギクそしてスプレーギクを合わせると16億本くらいになります。加えて3億本くらいが現在海外から輸入されています。ですから、日本人は年に20億本近いキクを消費しております。ざっと計算しても皆さん1年に20本くらいのキクを消費していることになります。オランダでも年間13億本くらいのキクが生産されておりますが、そのほとんどは輸出されるので、世界で日本人ほどキクを消費する国民はないと言えるでしょう。私自身、これまでキクの研究を続けてきましたが、特にキクが好きなわけではありません。しかし、日本人が特別にキクをたくさん使っていることは間違いありません。

      参加者

      オランダが生産量が多くて輸出をたくさんしているということですが、オランダは主にどこの国に輸出しているのでしょうか。

      柴田

      オランダは主にヨーロッパの国々に輸出しています。ヨーロッパでもイギリスやドイツなどはそんなにたくさん切り花をつくっているわけではありません。オランダはヨーロッパ全域に花を供給している拠点になっています。

      関崎

      ヨーロッパの中では、オランダが一番お花をつくっているんですね。

      柴田

      そうです。ただ、世界的にみると、新たな生産国としてコロンビアなどの中南米諸国、ケニアなどのアフリカ諸国、マレーシアなどの東南アジア諸国が発展しつつあります。

      関崎

      マレーシアは暑くないんですか。

      キクの幅広い倍数体について紹介するカフェの様子の写真

      キクの幅広い倍数体について紹介

      柴田

      これらの新興生産国には共通の特徴があり、低緯度地域で標高の高い場所となります。マレーシアにはキャメロン・ハイランドという標高2,000mくらいの高地があって、昔はトマトの産地だったのですが、現在はキクの産地になって、かなりの量のキクが日本にも入ってきています。

      月別のキクの生産量

        キクの月ごとの生産量を示した図です(スライド14)。キクは年間にわたりほぼ一定の需要があります。その理由はキクが葬儀用に飾られたり仏壇に供えられたりすることによります。母の日のプレゼント用に利用されているカーネーションは5月に大量に消費されますが、それ以外の時期はそれほど売れません。しかし、ほぼ毎日人は亡くなりますし、どなたかの命日になりますので、キクは年間にわたり消費が生じます。これが一定量の固定需要を生みます。一方、日々の固定需要に比べてそのほぼ2倍ほどの需要がある月があります。これらは春と秋のお彼岸とお盆と年末年始の物日(ものび)需要です。但し、これらの需要はその月全体ではなく、お彼岸やお盆といったピンポイントで需要が高まります。

        • そこで、キクの生産者には物日需要を目指して精度の高い開花調節技術が求められます。バラやカーネーションの品種は年中咲くといった四季咲き性ですが、日長をコントロールすることにより開花を精密に調節できることが他の花とは大きく異なる点です。
        • なぜ開花コントロールが可能になったか。それは1920年代にアメリカで光周性の発見があったからです。スライド15の写真に写っているGarnerとAllardの2人はメリーランドマンモスというタバコの品種を扱っていました。タバコはある程度成長すると花が咲くのに、この品種に限ってはなかなか開花せず、なぜかクリスマス頃にようやく咲くので、その理由を調べていくうちに、植物が昼や夜の長さを感知して花を咲かせるんだと気づきました。光周性の発見です。
        • タバコは日の長さが短くなる、すなわち夜が長くなると花が咲くことがわかったのですが、長い夜の真ん中に電灯を灯して長い夜を分断すると花が咲かなくなることがわかりました。これが電照菊の技術に生かされております。夜通し点灯すると電気代がもったいないので、夜中の真ん中で3〜4時間点灯する暗期光中断(あんきひかりちゅうだん)によって1930年代には電照菊が商業生産されるようになりました。
      参加者

      昨年ニュースで日本のサクラを空輸で海外に持って行ってイベント期間に開花させるというのを見たんですが、イベント中に桜を咲かせるというのと、先ほどからお話の出ているキクを、例えばお彼岸の3月21日に咲かせるというのとでは、どのくらい難しさに差があるんでしょうか。

      柴田

      サクラの場合、今お話した光周性というより温周性があって、低温になったあとに温度が上がってくると花が咲きます。

        • サクラは、低温の時期は花芽が休眠しているのです。サクラの花芽自体は完成するのは前の年の夏なのですが、すぐには咲きません。花芽は秋になり、休眠に入り、冬の寒さを経験したあとの春に花を咲かせます。
        • 同じ北半球のパリでのイベントで咲かせるということなので、比較的楽だと思います。パリは日本と同じ北半球に位置し、春夏秋冬の周期の逆転はありません。日本で寒さを当てたものをうまく向こうへ持っていけば咲かせることができます。
        • 日本でも2月くらいになると花屋さんにサクラの枝、敬翁桜(ケイオウザクラ)というものが出荷されて、春の切り花としてわれわれも購入することができます。冬に寒さに当たった枝を切ってきて、温室の中に入れるんです。早く春が来たと思わせて咲かせるんですね。
        • 3月21日を目標に咲かせるには、既に十分寒さに当たってきたサクラの枝を切って準備します。まだ寝ている段階のものを向こうへ運んで、温室に入れたりして、温度、湿度を上げて咲かせて展示するということではないでしょうか。但し、温度と日長の調節のやり方のどちらが難しいかというのは一概には言えないと思います。

      日本における電照栽培

        愛知のガラス温室での電照栽培の様子と沖縄での露地の電照栽培の様子です(スライド16)。

        • 温室内に電器が設置されていて、夜中に電照して暗期中断します。一方、沖縄は冬の夜でも温度が15℃を下回らないので、暖房するための温室が不要です。露地栽培でキクが栽培されており、秋から春にかけて出荷されますが、最も出荷量が多いのは春のお彼岸向けとなります。
        • 電照用には、昔は白熱電球が使われていました。いわゆる電灯照明用の電球ですが、白熱電球はエネルギーコストがけっこうかかることもあって生産量も減ってきており、だんだん蛍光灯に変わりつつあります。しかし、蛍光灯は価格が高いのと、水に弱いという問題があります。そこで新しい光源を模索する研究が進んでいます。
        • オランダの様子です(スライド17)。オランダでは広い温室の中に所狭しとキクが植えられています。日本と違うところは人が歩く場所、人間が入る場所などはほとんどありません。日本で稲をつくっている田んぼのような状態で、一面キクの花が育てられています。
      関崎

      これでは摘みにも行けないですね。

      柴田

      1回だけ、一番てっぺんの蕾を採るときだけは人手でやらなくてはならないので、その作業の時期だけはうね間に入りますが、それ以外では全く入る必要がありません。

        • 肥料も、水も、農薬も全部自動でやっています。収穫はバリカンみたいなもので端から一斉に刈り取ります。それをベルトコンベアーに流して地下にある出荷の調整装置へ持っていって、1日に大量のキクを出荷するようなシステムになっています。日本とは全く違って、人手で行う作業をできるかぎり機械で行う先進的な生産方式が確立しています。

      「花が咲く」というしくみ

        キクの花はどうやって咲くのか。先ほど日が短くなってきて秋になると咲くという話をしました。それでも、どうして花が咲くのかというメカニズムについてはわかっておりませんでした。皆さん、フロリゲンという言葉を聞いたことがありますか。(スライド18)
      参加者

      花を咲かせる植物ホルモンみたいなものかと。

      柴田

      正解です。花の業界からすると、花咲かじいさんのように、枯れ木に花を咲かせるようなものがあればよいと昔から夢の薬と考えられていたものです。

        • フロリゲンは今から80年ほど前に、ロシアのチャイラヒャンという人が提唱したホルモンなんです。実はその実態は全くわからず、幻のホルモンと言われてきました。2000年代になってイネとシロイヌナズナで初めて明らかになりました。しかしその実体はホルモンではなく、FTというタンパク質で、それが花を咲かせるスイッチとなるということが明らかになったのです。
        • ジベレリンとかオーキシンといったホルモンは化学物質でごく少量で効いてくるのですが、FTはタンパク質ですので薬のように使用することは難しいこともわかりました。栽培ギクは六倍体ですので、遺伝子を研究するのが困難でしたが、二倍体のキク属野生種のキクタニギクで解明が進められました。
        • キクタニギクから単離されたFTL3タンパク質は、シロイヌナズナのFTやイネのHd3と同じく葉で作られてから、茎の先端に移動し、そこでFDという別なタンパク質と一緒になって、花芽分化のスイッチをオンにすることを突き止めました。
        • しかし、確かに短日条件でこのFTL3タンパク質が作られるのですが、長日条件下でもある程度キクでは作られる。そこでFTL3とは別に長日条件下で特異的に作られるものがあるのでは仮定し研究を進めた結果、キクタニギクでFTL3に似ているものの全く反対の働きを示すAFT(アンチフロリゲン)が見つかりました。
        • これは植物で初めての研究成果で、花芽分化のアクセルとなるフロリゲンとブレーキとなるアンチフロリゲンがキクでは働いて花を咲かせたり、花芽を抑制したりしているということがわかりました。まだまだわからない点は多々ありますが、キクが電照でなぜ花が咲かないか、秋になるとなぜ花が咲いてくるかというシステムが初めてわかったわけです。

      キクの省エネ電照栽培技術

        電照栽培のための光というのは以前は白熱灯を使っていました。白熱灯の光の波長とエネルギーは図(スライド19)のようになっていて、いろいろな波長の光が含まれています。電照効率をよくするためには、アンチフロリゲンであるAFTをどうやってつくらせるかが重要です。

        • それには植物側の色素のphyBというのが関わっていることがわかってきました。600〜660nm(ナノメーター)の赤い光がいちばん花を作るのを抑えることができるということがわかってきたんです。
        • もう1つ、今までは長い夜を分割すれば花が咲かなくなると考えられていましたが、実は夜が始まってから8〜10時間たった頃が一番電照の効果が高いということがわかりました。

      キクの育種

        キクは交配して種を取ってから花が咲くまで1年と早く、翌年には咲いてくれます。例えば果樹の場合、桃栗三年柿八年と言いますが、モモとかクリは種からスタートすると、花が咲いて実が成るまで3年かかります。カキの場合は8年です。そのように果樹で育種をしようとすると長い期間が必要ですが、キクの育種は容易と言えます。

        • 秋になって花が咲きましたら交配をしますが、花の周囲にある舌状花はおしべがなくめしべしかありません(スライド20)。花の中心部の筒状花はおしべとめしべの両方を持っていますので、母親および父親の両方に使うことができます。
        • 通常、交配した花が腐敗しないように舌状花を取り除いて、また、他の花粉がかかるのを防ぐために袋をかけます。袋の中で外側から筒状花が咲いていきますので、父親となる花粉をかけます。受粉が成功しますと、筒状花の柱頭が短縮します。10~11月に交配して2ヶ月ほどで種子が採れます(スライド20右上写真)。
        • 冬の間は種を保存しておき、翌春になったら種を播きます。最初はカイワレダイコンみたいな丸い子葉がでてきますが、その後に出てくる本葉はキクらしい切れ込みの入った葉になります。苗を育てて露地に植えると、秋には花が咲きます(同左下の写真)。こうして咲いた個体はどれとして同じものはなく、すべてオリジナルなものですが、優れた個体はなかなか出現しませんので、選抜が大事な作業となります。
        • スライド21は育種業者の圃場です(スライド21)。キクの育種会社では毎年数十万の実生を播きます。しかし最終的に品種になるのは10品種程度で、傑出した品種となると1品種出るかどうかというきわめて低い確率となります。キクの育種はまさに宝くじを引き当てるようなリスクの高いものと言えます。
        • キクの例を話しましたが、バラも同様に栄養繁殖性作物で、著名な育種会社であるフランスのメイアン社、ドイツのタンタウ社でも、年間の実生数は30万くらいといわれています。

      キクの花の形の特徴

        • キクの花は頭状花序といいまして、多くの花が集まって1つの花を形作っています(スライド22)。周辺部は舌状花、中の部分は筒状花といいます。キクには子孫をたくさん残したいという生存戦略がありまして、多くの花を次々と咲かせることにより、長い期間、訪花昆虫に来てもらうようにしています。ただ、人間はこれを改良して一重咲きや八重咲きなどのいろいろな形を育種しています。
        • キクの花が非常に多く生産され、消費されている一番の理由に、花持ちが長いことがあげられます。バラやカーネーションに比べると長い期間咲き続けるのには、頭状花序の構造が貢献しています。お墓やお仏壇で挿してもなかなか枯れないからなんですね。同じキク科のダリアはわずか4日しかもたないのが、キクは20日です。季節に限らず花持ちがいいというのがキクの特徴です。

      キクの花色に関与する色素

        キクには基本的にいろいろな色があり、最近は緑色のキクもありますね(スライド23)。緑のキクは葉に含まれていクロロフィル(葉緑素)が入っていますが、通常のキクにはアントシアニンという色素とカロテノイドという色素の2つが組み合わさって色ができています。

        • カロテノイドとしてはニンジンのオレンジ色やトマトの赤色が有名ですが、キクのカロテノイドはルテインという黄色です。また、キクに含まれているアントシアニンは赤紫色のシアニジンです。
        • 青い花をつくるためには、青色のアントシアニンを含むようにすればよいのですが、残念ながら、バラ、キク、カーネーションといった主要な花には青色のアントシアニンは含まれてはいません。最初に花の育種の研究室に入った際に研究室で育成した「キク安濃1号」(スライド24)がありましたが、キクとしては青みがかった花色でしたが、実用化しませんでした。
      関崎

      同じアントシアンでも青っぽい色から紫までいろいろあるんですね。

      柴田

      そうですね。

      キクの枝変わりの異数性を伴う周縁キメラ構造

        キクの特徴としてさらに「枝変わり」というのがあって、1つの品種ができると、色だけ変わった兄弟ができるんです。自然に枝変わりをしたり、放射線照射による人為的な枝変わりがあります。

        • 過去にレーガンという世界を席巻した品種がありました(スライド25)。1つの品種から80以上のさまざまな花色の枝変わりが生まれました。レーガンとその枝変わりはオランダで毎年5億本もつくられました。枝変わり品種は同じ栽培方法でさまざまな花色が生産できるので、農家にとっても非常にありがたいものです。
        • 過去に調べたことがあるのですが、枝変わりの中には元の品種に比べて染色体数が数本少なくなっているものがありました。異数性のキクの品種が問題なく存在している証左にもあると思います(スライド26)
        • さらにマーブルという枝変わり品種での研究を紹介します(スライド27)。左の元品種の筒状花を組織培養すると、一番外側の層から植物体が再生して、右側のように一部のものの色が変化しました。ギリシャ神話に頭がライオン、胴体がヤギ、尾っぽがヘビというキメラと呼ばれる怪物が登場しますが、一般に1つの個体に異なる遺伝子組成をもつものをキメラといいます。マーブル系品種は外側と内側で異なる遺伝子組成を持つことが明らかになりました。これを周縁キメラといいます。実は内側と外側では染色体数が異なることがわかったのです。
      関崎

      1個体の中で染色体数が違うんですね。

      柴田

      そうです。アントシアニンという色素の発現に重要なのは一番外側のL1層です。組織培養によって花色が変化したのはマーブル系品種が周縁キメラをもつ証拠になりました。異数性の周縁キメラというのはキク以外の植物では珍しいと思います。

      舌状花特定的にカロテノイドを分解する遺伝子の発見

        キクの花色に関する最新の研究成果について紹介します。キクでは白色から黄色への枝変わりは起こるのですが、その逆は起こりません。また、交配した場合でも白色は黄色に対してほぼ優性に遺伝します。

        • 黄色のカロテノイド色素の生成を考えると、これらの現象は理解できなかったのですが、つい最近その理由が解明されました。実はキクの花弁で特異的に発現するカロテノイドを分解する遺伝子が見つかったのです(スライド28)。
        • 今日ここに飾ってある白色の品種ですが、一旦はカロテノイド色素が花弁でつくられているにも関わらず、開花直前にカロテノイドを分解する遺伝子が働いて白くなっているのです。この遺伝子が壊れると黄色くなるので、白から黄色の枝変わりが出る。また、この遺伝子をもつ品種が、もたない品種よりも優性を示すので、白色が優性となるわけです。
      関崎

      じゃあ、咲く前に中を切り拓いたらまだ黄色いんですか。

      柴田

      白色のキクではカロテノイドがつくられた途端に分解されますので中は黄色ではありません。但し、つぼみは若干黄色っぽい状態です。

        • 不思議なのは、周りの舌状花は白いのに、中央の筒状花は黄色をしており、カロテノイドを発現しています。すなわちこの遺伝子は舌状花特異的に発現しているのです。
        • キクに続いて同様な遺伝子の働きがモモで発見されました。モモには果肉に黄色と白色がありますが、白いモモでは同様の遺伝子によってカロテノイドが分解されています。この遺伝子がキクで見つけられたことは大きな研究成果となりました。

      遺伝子組換え技術で青色を創る

        ここからが青い花をつくる話になります(スライド29)。花の色を決めているフラボノイドのアントシアンの構造の中で、B環のところに水酸基(-OH)が1個つく場合、2個つく場合、3個つく場合で色調が変わるんですね。1個だとオレンジ色に、2つでは赤紫に、3つになると青紫になります。そして、3個にする遺伝子がサントリーで単離されました。

        • バラやカーネーションは、1個のペラルゴニジン、2個のシアニジンしかつくれず、キクは2個のシアニジンしかつくれません。そこで青色にするには3個の水酸基をつけるF3’5’H(フラボノイド3’5’水酸化酵素)が重要であることがわかりました。この遺伝子を導入すれば青いものができるのではないかと考えました。
        • 青いカーネーション「ムーンダスト」の花の写真

          青いカーネーション「ムーンダスト」

        • サントリーでは青いバラをつくるのが目標でしたが、まずはカーネーションで成功しました(スライド30)。ペチュニアから単離した青色遺伝子をプロモーター遺伝子にをつないで導入したところ、これまでになかった青紫色のカーネーションができました。
        • しかし、バラはうまくいかずに、青色遺伝子とプロモーターの種類を変えて研究を進めた結果、ついにパンジー(三色スミレ)由来の青色遺伝子の導入で青紫色のバラができました。
        • 1997年に実用化されたのが青いカーネーション、ムーンダストです(スライド31)、今日は4種持ってきています。これらすべてがカーネーションがもともと持っているシアニジン、ペラルゴニジンではなくて、ディルフィニジンに置き換わっています。この花は現在エクアドルで生産されており世界中に輸出されております。
      関崎

      日本でなくエクアドルなのは、気候などの理由ですか。

      柴田

      先ほどもお話ししましたが、世界的にみると赤道直下(低緯度地域)の高地が新しい花の産地になっています。

        • 赤道直下というと気温が高いと思われるでしょうが、100m上がるごとに気温は0.6℃下がりますので、2,000mを越える高地では年中20℃程度になります。赤道直下のエクアドルでは、四季の変化がなくて平均気温が年間通してずっと15℃なので、温室も要らないですし、太陽の光は真上から来ますので日照も十分です。高い品質のカーネーションが年間を通じて生産できるのです。
        • 2009年には苦労の末バラでも成功してアプローズが生まれました(スライド32)。現在日本では1本3,000円程度で売られています。これはサントリーの温室で撮らせてもらった写真ですが、右が元の品種で、これに先ほどのF3’5’Hを入れると左のアプローズになります。
        • 元の品種に比べる確実に青みを帯びているのがわかるかと思います。ただ、青いバラというには物足りない方もいらっしゃるでしょう。この話はのちほど説明します。

      キクの遺伝子組換え―青いキクの誕生

        農研機構花き研究所では青いキクに取り組みました。

        • 作成方法はバラやカーネーションの場合と同様、アグロバクテリウムを使います。キクの葉切片にそのアグロバクテリウムという細菌を接種して形質転換カルスをつくらせて、そこから植物体を再分化させます。
        • 当初はなかなかうまくいきませんでした。バラと同様に青色遺伝子の種類を変えたりしたのですが、花色を変えることができずに、一旦はプロジェクト研究を中止してはどうか、という危機的な状況もありました。ところが、ある年に幸運なことに花色がわずかに青く変化したのです。研究を進める上ではよくあることだと思いますが、なかなかうまく進まなかった研究が、あるきっかけで突然進捗したのです。
        • これ以降加速度的に研究が進み、その後はほとんど100%デルフィニジンに変わったものができました(スライド34)。植物ごとに青色遺伝子の種類が変わる理由は未だに謎ですが、キクの場合はパンジーではなく、カンパニュラから単離した青色遺伝子が有効でした。そうしてでき上がったものが下段の写真(スライド35)で、けっこう藤色になっています。元の品種は左上の写真です。どれだけ青くなっているかというのはご覧いただけると思います。

      花の色―青色花色の謎

        花の青色発現に関してはほぼ一世紀にわたる論争がありました。

        • 最初はpHによるとするドイツのWillstätterの説が唱えられました(スライド36)。次いで、日本の柴田らによる金属イオンが関わって青くなっているのではないかとする金属錯体説が、さらにイギリスのRobinsonによる無色の植物色素が関わって青くなっているとする助色素説が唱えられました。時代が下って色素分子が会合することによって青くなるとする分子会合説が1970年代に出されました。
        • これらの説の中でどれが正しいのか長い間謎だったのですが、1990年代になって名古屋大学の近藤先生のチームが、ツユクサの青色を調べ、構造を明らかにしました(スライド37)。アントシアニンの分子が6つ、フラボノイドという色のついていない分子が6つ、真ん中にマグネシウムイオンが2つという巨大な分子で、つまり、金属錯体説、助色素説、分子会合説がすべて正しいことがわかりました。
        • 加えて、ツユクサには紫色の変異があるんですが、この変異は細胞のpHが一時的に高くならないために起こることがわかりましたので、pH説も正しい、すなわちこれまでの論争はすべて正しいということがわかりました。

        青色遺伝子を導入して青色化するのが第一世代の青い花の作出とすれば、これらの研究成果を活用して、さらに青い色の花をつくれないかというのが第二世代の青色化の遺伝子組換えの戦略となります。

      菊花壇展の写真を表示する様子

      菊花壇展の様々な花の仕立てに注目が集まります

      本当に青いキクの誕生

        これは有名なひたち海浜公園のネモフィラの丘です(スライド38)。450万本ともいう空色のネモフィラの中に紫色の変異が見いだされました。他の研究グループの成果ですが、この変異は無色のフラボン色素が欠失していることがわかっています。

        • さらに青くする研究が農研機構花き研で進められました。2017年の夏、うれしいニュースが届きました。「本当に青いキクができました」という研究成果が『Science Advances』という雑誌に載ったんです(スライド39)。世界的にもニュースになって写真もたくさん取り上げられました。ここまで青くしたのは素晴らしい成果であると思っております。
        • 農研機構もプレスリリースをしております(スライド40)。ここでは2つの遺伝子を組換えています。これまでカンパニュラ由来のF3’5’水酸化酵素遺伝子を入れていましたが、加えてチョウマメ由来のA3’5’糖転移酵素遺伝子という糖分子をつけるための遺伝子を入れて、成功したんです。当初はさらにチョウマメ由来のアシル基転移酵素遺伝子の導入が必要と考えられておりましたが、2段階の遺伝子組換えで本当に青いキクの作出に成功しています。
        • 2段階の遺伝子組換えで3個の水酸基が導入され、これらにブドウ糖の分子が導入されました。こうして生まれた新しい色素が、もともとキクに存在していたフラボン分子と会合することによって青色が実現することを突き止めました。写真でもアントシアニンだけだと紫なのですが、フラボンが加わると明らかに青くなっています(スライド42)。スライド42のBの図で示しているものは吸光度ですが、長波長側(グラフの向かって右方向)にピークがずれると、より青くなるということを意味しています。
        • このような青色化を数多くのキク品種で達成できており、この研究成果が普遍性の高い優れたものであることが理解できます(スライド43)。こうして本当に青いキクがつくり出されたのですが、残念ながら、最初にお話ししたように、日本にはこれと交雑できる野生種がたくさん自生しているために、直ちに実用化することができません。花粉が出ないような形にして実用化しようということで、今研究を進めています。

      新花なくして進化なし

        今日の話で、キクが面白い植物であること、後半では遺伝子組換えの手法が青い色の花色改変では非常に大きな成果を上げていることをご理解いただけたのではないかと思います。私は必ずしも遺伝子組換え推進論者ではないですけれども、育種の手法の1つとして遺伝子組換えはすごく重要ではないかと考えています。

        • 花の育種について考えてみると、最初は種内の自然の突然変異を選んで、大きいもの、八重のもの、色の変わったものなどをつくってきました。それを品種間交雑という形にして、それでも飽き足らないので、遠縁の交雑をするようになりました。その延長上として遺伝子資源を他に求める遺伝子組換えはあっていいんじゃないかと思います。実は種内変異の獲得も、品種間交雑をしている際にも遺伝子組換えは起こっているんです。育種を行うということは、遺伝子組換えの結果と言えます。
        • もちろん研究倫理の問題は重要です。ヒトでは禁止されているクローンですが、植物では挿し木や接ぎ木が当たり前に利用されています。ユリなどでは、人工授精のような形で花柱切断受粉法や試験管ベビーにも似ている胚培養というような技術も使われています。遺伝子組換えも1つの育種技術として使っても良いのではないかと思っています。そうした内容についても理解を深めていただければと思います。

        最後に、私が尊敬している長野県松本市のキクの育種家の小井戸直四郎さんが自社のカタログに掲載されたいた言葉をお見せして、私の話を終えたいと思います。それは「新花なくして進化なし」という言葉です。長年育種をテーマに研究してきた私には大事な言葉です。(完)

    溝口勝さんのイラスト

    話題提供者の「Drドロえもん」こと溝口勝さん

    2018年12月25日(火)食の安全研究センター第39サイエンスカフェ「あなたの知らない“土の世界”〜放射性セシウムとの関係〜」が開催されました。東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻国際開発環境学講座教授の溝口勝さんの話題提供で、実験を交えた土壌学の基礎に始まり、粘土の粒子の構造や特性、そして福島の農地再生に関わる放射性セシウムと土の関係について、被災地での持続的な支援とその取り組みを通じて得られたデータや経験などとともに聞きました。放射性物質除去や被災地支援における被ばく管理などへも質問があり、客観的な立場からの情報提供に徹し、現地の状況を把握しながら事実を追求し、解決策を探求し続けていく姿勢にまで対話は及び、理解を深める時間となりました。


    ○第39回サイエンスカフェ配布資料(pdf) (クリックすると開きます)
    ※以下、記載がない場合の発言は溝口氏のもの
    ※質疑応答は一部抜粋

    土ってなあに

      土とは何か。土壌、土質、ドロ、土地など言い方もいろいろで、定義も分野によって異なります。ここで実験をしてみます。土の足し算で水50+水50、砂50+砂50はどうなるか。普通なら100と答えます。カップに3分の1ほど砂が入っていますが、砂のかさと同じくらいに見える水を砂のカップに入れると、どうなるでしょう。

      • 何かがプクプクと出てきて、砂と水の足し算は単純には成り立ちません。水と砂のいろいろな粒のほかに間に空気が入っているからです。砂の中に隙間ができている部分は、上から水が流れてきたけれども、砂の中に溜まっている空気が逃げ場を失って、行き場を求めてつくった空間です。自然を観察していると、こうした現象はしばしば見られます。
      • 逆に、水の入った容器に上から砂を入れると、最初から空気が抜けながら入っていくので砂粒は隙間なく水に入っていく。砂に上から水を入れたときは抜けきれない空気が中に溜まっていましたね。これらの単純な実験から何がわかるか。土というのは、固形の粒と空気と水、基本的にその3つで成り立っているということです。
      • 実験の説明をする溝口さんの写真

        「土の足し算」どうなるでしょう?

      • 別の実験です。畑の土を砕いて入れたボトルに水を加えてよく振り、しばらくこれを置いておくと、まず先に砂が沈みます。ではこの濁った部分は何でしょう。これは粘土と呼ばれるものです。実は土にとっては粘土がけっこう重要です。

    土壌のなりたち

      自然界の土は普通地上に植物が生えていて、地下では根が深いところへいくほどに粒子が変わってきます。実験でご覧いただいたように、土は粒子と水と空気でできています。

      • 土の粒子はその物理的な性状で砂、シルト、粘土と区別し、約1000分の2㎜以下の粒子を粘土、0.2㎜以上は砂、その間のものをシルトといいます。いろいろな大きさの粒子が合わさって土をつくっています。中でも1000分の2㎜、2㎛(マイクロメートル)以下の粒子である粘土は水に沈みにくくて、水を含むとドロドロになり、乾くとガチガチに硬くなります。先ほど混ぜて置いておいた水と土のボトルの中でまだ沈みきらずに濁っている部分、そこにある粒子が粘土です。
      • 粘土にはカオリナイト、ハロサイト、イライト、バーミキュライト、スメクタイト、アロフェンなどいろいろ種類があって、それらの多くが世界中で使われています。カオリナイトというのは、陶土として磁器の原料になっています。食器などの焼き物は、粘土に水を入れてこねて、1000℃くらいの高温で焼いているんです。バーミキュライトは、花崗岩という長石、石英、黒雲母という3つの鉱物でできている石がありますが、その風化の過程で黒雲母が風化してできるものです。これが今回、放射性セシウムを考えるときのポイントになります。
      • 粘土粒子の構造は、例えばケイ素、SiにOがついて二酸化ケイ素、さらにOやHが連なり、シート状になっているもの、アルミニウム、Alもシート状になっているもの、それらが合わさって、バーミキュライトのように何枚も連なったような形を成しています。化学構造は全部分かっていて、不足してきている陶土用に人工的につくっているところもありますが、つくるためには電気代がかかってしまうので、つくらないのが普通です。

    土の働き

      食料をつくる、環境を守るというのが、土の大きな役割です。いろいろな土、粘土鉱物はでき方もさまざまで、掘って見ると場所ごとに色も違いますが、慣れてくると、少し掘ってその場所の土を見てここの粘土は何なのかを見分けられるようになります。

      • 土の粒子はどうやってできるのでしょう。基本的には雨と温度です。熱帯雨林や乾燥帯など様々な気候があり、異なるでき方でいろいろな土壌ができます。世界の土壌図というものもありますので、世界各地にいろいろな土壌があることを知っておいてください。
      • 土壌の研究分野は非常に多種多様で、土壌学の中に例えばペドロジー、土壌生物学、土壌化学、土壌物理学などがあり、日本土壌肥料学会にも土壌物理部門、土壌化学、土壌生物、植物栄養等々の分野があって多岐に分かれています。海外の土壌学の世界も同様です。土がテーマですが、様々な角度から別々に研究していて、例えば土壌物理を専門とする人は植物栄養のことはあまり分からない、土壌生物が中心の人は土壌物理は分からないといった側面もあるなど、複雑な分野ではあります。僕自身は土壌物理の出身です。

    農学栄えて農業滅ぶ——基礎学に立脚した現場主義

      2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故があり、セシウム、除染といった言葉を何度も耳にしたと思います。あの時私が一番ショックで悔しかったのは、土やセシウムと粘土鉱物との関係がきちんとわかっている人の意見や理論がマスコミなどで取り上げられなかったことです。普段から土について注意を払っていないからでしょうか、こちらが懸命に話しても、「説明されてもわからない」という態度でした。あれほど大丈夫だと言われ信頼していた原子力発電に対して、誰も責任を取っていないではないか、という形になってしまったことで、「科学技術は信じられるのか」という気持ちを日本中に蔓延させたことが、セシウムをまき散らしたこと以上に今回の原発事故の傷手だったと私は思っています。今日はそこをあえて問うて、考えたいと思います。

      • 「農学栄えて農業滅ぶ」、農学の祖ともいえる明治時代の人、横井時敬の言葉です。学問はいっぱいあるんだけれども、本当に農業のためになっているのかと言われると耳が痛い研究者も多いと思います。『天空の城ラピュタ』の主人公シータの名言「どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんのかわいそうなロボットをあやつっても、土から離れては生きられないのよ!」。今回の原発事故で強制的に避難をさせられた福島の人たち、特に農家の人々のことを表すのに、この言葉は重要なポイントだと私は思っています。
      • そんな思いもあって、僕はけっこう早くから福島の飯舘村に入っていろいろな除染法を試みました。凍土はぎ取りによる農地除染は、事故から1年も経たないころですが、たまたま土が凍っているのでそれを剥がすと板チョコのように、セシウムを含んだ土がきれいに剥がせたんです(後述)。震災によって原発がコントロールできなくなった直後、放射性セシウムが問題になることが理屈の上では分かっていたので、すぐに勉強会を催したりして、以来ずっと活動を続けています。

    飯舘村はどこにある?まず何をしたか

      今回サイエンスカフェの2日前にも飯舘村に行きました。飯舘村は福島第一原発から西北方向に30〜45㎞にある村です。東京電力福島第一原子力発電所が水素爆発を起こした3月15日はその水蒸気雲が風で流れて行っているときに雨が降りました。空気中のいろいろな放射性物質が折しも飯舘村の方向に吹いていた風に乗って運ばれ雨とともに落ちてきたんです。こんなに離れているんだから大丈夫だろうと思っていたら、風の影響で北西方向に広がって汚染されてしまったんですね。

      • 先ほど「科学技術が問われている」と話したことのもう1つの理由として、SPEEDIの運用の問題があります。原発が万一事故を起こした際、どのように物質が移動するかをシミュレーションし予測するSPEEDIという道具があって、福島の原発事故では北西方向へ向かっているらしいとわかっていた、それなのにその内容は報告されず、国民の皆様、特に福島の皆様に、「科学技術とはいったい誰のためのものか」と思わせてしまったというのがあります。
      • 飯舘村は標高が高く涼しいところで、原発事故前は牛、コメ、花などが有名でした(スライド5、6)。一部地域(赤い部分)を除いて、2017年3月31日に避難指示が解除されました。その年の1月に飯舘村に帰還したいかどうかなどのアンケートも行われましたけれども、すでに6年経過していたこともあって、「戻りたい」と答えた人が33.5%、「戻らない」と決めている人が30.8%、決めていない人が約20%ということで、数年間の避難生活によって、戻る人が少なくなってしまうような状況になっています(スライド7)。
      • 「戻りたい」人の中でも「すぐに」、「3年後」、「5年後」との選択肢に「すぐに」という人が戻りたい人のうちの42%となっていますが、実際は避難前6,000人いたところ400人戻っているかどうかという状況のようです。このように、原発の事故が村の人たちの生活に大きな影響を及ぼしています。
      • そうした中、2012年9月から本学の農学部ではわれわれとしてやれることをしようと、学生を連れて行ったり、いろいろな調査をしたりしました。私自身は2011年6月から通ってかれこれ7年(サイエンスカフェの時点で)になります。
      • 調査のため飯舘村で採取した土や植物、キノコ類まですべてを東京へ送ってもらいました(スライド9)。農学部の職員有志でつくった「サークルまでい」というグループの人たちが、そうした試料を測定用の瓶に詰め替えて、すぐ隣にあるRI施設に運び、自動的にデータにして返す、このサイクルで延々とデータを取り続けました。このサイクルができたのは、大学と村の人たち、ボランティアの人たちの連携でなし得た良い流れでした。
      • 除染方法の開発にも取り組みました(スライド10)。国の除染法はとにかく国任せなので村の人たちはいつ順番が来るのか、本当にきれいになっているのかと心配が続いていました。われわれは協力してくれる地元の農家さんと自分たちでできる除染法をつくっていこうと、いろいろなことをしました。除染法を施した場所で米の栽培試験もして、コメに入るセシウムは、ぬかに入るのがほとんどで、白米にはほとんど移動しないことも、2012年の段階からデータを取っていました。しかし、国から認められている除染の手続や米の栽培ではありませんから、秋に収穫した米は全部埋めるようにという国の指示のとおり、収穫しては埋めることを二、三年繰り返していました。

    土中の放射性セシウムはどこにある?

      土中の放射性シウムというのは、ほとんどが5㎝よりも上の浅い層にあります。退官した本学の塩沢先生たちのグループが二本松の圃場で取ったデータで示されているとおり、ほとんどが表層の5㎝までの部分、例えればプリンのカラメルソースのところのような状態にあります。雨が降ってもそれは変わらず、セシウム134でもセシウム137でも同様です。つまり、プリンのソースのところを集めれば、ほぼ除去できることになります(スライド11)。

      • なかなか除染が進まないでいる間に、中山間地の水田ではイノシシが餌のミミズを掘り出そうと土を掘ってしまう(スライド12)。表層の土が崩れたプリンのようになっている。こういうところを固めて除染をするというのは、ある程度中に残ってしまうけれども、それもしかたがないのだろうか、ということが続いたんです。
      • セシウムは、周期表で見て分かるように(スライド13)、水素、ナトリウム、カリウム、ルビジウムと同じ系列にあります。この系列は水の中に入ると一価の陽イオンになります。東日本大震災で起こった三陸沖の津波ではほとんどの場合NaClの形でナトリウムイオンが田んぼに入ってきました。福島の飯舘村、大熊町の辺りは、同じ一価のセシウムが飛んできて土に来た。性質の似ている物が入っているのに片やナトリウムは簡単に抜けて、他方は全然抜けない。ナトリウムのほうは真水や雨をかければ抜けていくのに、セシウムは雨が降ろうと雪が積もろうと、何年もほとんど動かない状態のままです。

    粘土とセシウムの不思議な関係とは?

      セシウムが動かないのは、バーミキュライトなどの粘土鉱物にその理由があります。粘土鉱物の表面にはたくさんの穴が空いています(スライド14)。化学では、アルミニウム八面体、シリカ四面体といっていますが、それらが構造をつくるとシリカ四面体の表面に穴が空いたようになります。その穴のサイズがセシウムとほぼ同じなんです。ナトリウムはサイズが小さく、通常は周りに水をつけた水和状態で塊で動きこの穴には嵌まらないんですが、セシウムはここへ来るときれいに嵌まってしまい抜けなくなります。これが粘土とセシウムの不思議な関係です。

      • パックに入った卵に例えてみます(スライド15)。粘土の中はもともとシートがサンドイッチ状の構造をしていて、その間にはカリウムが入っています。カリウムが接着剤のように粘土鉱物どうしをくっつけています。カリウムは周期表で見たとおりセシウムとも同族系です。粘土鉱物が風化する過程で卵パックがパッと開いて、白い卵であるカリウムがちょっと出てしまい、それを押し出して代わりにセシウムが入ってしまうんです。このようにカリウムとセシウムが今も置き換わっていっています。しかもセシウムのサイズがカリウムより少し大きいため、きつめに嵌まってしまうんです。だからいっぱい入るとなかなか抜けないんです。
      • セシウムが粘土表面に嵌っているのを証拠づける写真がこれです(スライド16)。私と友人が震災発生の3カ月後6月25日飯舘村の崖のところに放射線計を当てて線量を測定しました。すると、一番上が2.5μSv/h、真ん中が3.5μSv/h、一番下は7.0μSv/h、放射線が下のほうほど高いんです。切り立っている場所に3月15日に一斉にセシウムが落ちてきて、その後に雨が降って、3カ月後に行くと下のほうが放射線量が高い。なぜか。
      • ヒントは粘土です。写真のがけの赤い土に雨が当たると、泥水になって下に行く。セシウムは粘土の穴に嵌まってしまう。その粘土の粒子が泥水となって流れ落ちて下のほうで草のあるところで引っかかって溜まっていく。粘土が溜まっているところにはセシウムが多い。従って放射線が高くなるという状況です。
    参加者

    カリウムが補充されると、セシウムの検出が懸念されるレベルにことはないのでしょうか。

    溝口

    植物は成長するのに基本的にカリウムを欲しがっていますから、同じ除染の程度で圃場が2つあるとしてカリウムが入っていると若干放射線量が抑えられるんですね。カリウムが入っていると、玄米やぬかに入ってくるセシウムが少なくなります。植物はカリウムが足りないと、それに似ているセシウムを吸ってしまうのですが、カリウムが十分にあると、カリウムを吸うからセシウムは吸われずに済むんです。

    それで農家さんは県とか国の指導で、コメをつくる際は塩化カリウムを余分に入れるようにしているので、セシウムが検出されないでいます。年数が経つにつれてセシウムが粘土鉱物の中に取り込まれていきますが、それが植物のほうへ抜かれて再利用されるということはありません。

    参加者

    カリウムが入ってくることによって、粘土鉱物からセシウムが陽イオン交換で出てきてしまうということはないのでしょうか。

    溝口

    カリウムとセシウムでは、セシウムのほうが圧倒的に粘土にくっつきやすいですから、大丈夫です。これはイネの栽培試験もしていて、その時のデータでもカリを入れると放射性セシウムはほとんど出なくなっています(スライド29)。

    国の基準と農地除染の様々な取り組み

      表土削り取り、水による土壌攪拌・除去、上の土と下の土を入れ替える反転耕という3つの方法が、2012年の8月国の基準としてできあがり、セシウム濃度が1万Bq/kg(ベクレル)以上の汚染土については表土削り取り、5,000〜1万Bq/kgについては水による攪拌、5,000Bq/kg以下は上と下の土を反転させるだけでいいという基準を作ったんですが、「なぜ自分たちは何も悪いことをしていないのに、自分の土にそれを残しておかなくてはいけないんだ、全部持っていってほしい」という住民感情にも配慮して、表土削り取りが延々と続いていきました。

      その結果、剥ぎ取った土が積み上げられてピラミッドのように山積みになっています(スライド18)。この写真は中間貯蔵ではなく、その前の状況です。中間貯蔵地へ移動し、さらに最終処分地へ持っていくことになっているのですが、置く場所が決まらないことには除染作業もできませんから、役場の方々など大変なご苦労なのではないかと思います。

    参加者

    表土を削らないで、客土をするという方法は検討に上らなかったんですか。

    溝口

    客土だけで済ますには表面のベクレル数が高すぎ、表土をそのまま残して客土だけすることにはなりませんでしたね。もし上に土を削らない場合には1mくらい土をかぶせなくてはならない。それには客土する土が足りないからです。飯舘村の場合、5〜8㎝表土削り取りをした土の代わりに客土するために、すでに一山二山削り取ってしまいました。

        説明に聞き入る会場の様子の写真

        セシウムと土の関係に熱心な対話が続きます

      • 農地の除染では凍土剥ぎということもしました。土の表面に多くセシウムがあるのですが、この地域は冬期気温が非常に低く表土が凍ります。凍った表土はうまく板状に剥ぎ取ることができます(スライド21)。
      • この方法が非常に簡単に表面の土を集められるというので、河北新報が「凍る水田除染一気」というタイトルで掲載(2012年1月17日)したのですが、2日後の東京新聞は一部を削って同じ見出しで掲載していたんですね。削除部分には「(前略)机上の発想と違い、村の実情に合って莫大(ばくだい)な金も掛からない方法だ」と書いてあったんです。東京新聞がこの部分を削った理由は分かりません。この時に、都市部の人と地方とでは認識にずれがあるということを知るとともに、マスコミの情報も必ずしも一枚岩ではないということも知りました。

    田車による除染実験

      凍土を剥ぐ方法のほかに、田車(たぐるま)代かき掃き出し法という方法もあります。田車は田植えの後の除草に昔から使うものですが、これを使って水田の土を混ぜて泥水にして流すという方法です(スライド22)。これで除染前と除染後でこれほどセシウムを取り除けるということも現地で実証できています(スライド23)。

      • ご質問にありましたが、汚染土の上にそのまま客土するのと、表土を削ってから客土するのとでは、農地に残るセシウムの量が圧倒的に違いますから、やはり表土を剥ぎ取る、プリンのカラメルソースの部分を剥ぎ取って客土するというのが、最も効果があるというのが、その時点での議論でした。
      • 田車法の場合、混ぜた泥水を次にどうするかというと、圃場の横に排水路を設けて一気に流します。数カ月後に流したところの土を採って計測すると、表面10センチくらいのところにセシウムはあるけれども、それより深いところへはほとんど行かないんですね(スライド24)。
      • この実験も河北新報で紹介されました。すると、実験場所から20〜30㎞下流にある南相馬のある主婦から、「何ということをしてくれるんだ、そんなことをしたらうちのほうの地下水が怖くて飲めないじゃないか」という苦情の電話が私どものNPO法人の事務局にありました。
      • 田車法で流した泥水のために下流に汚染土が届くという懸念については、それはあり得ないんです。「なぜなら」というのをこれから実験その3でご覧いただきます(スライド25)。
      • 不要なペットボトルを利用して漏斗を作り、水を濾過してみます。砂は少量ですが、水を通せばもちろんほぼ透き通った水が出ます。同様に土と水を混ぜた泥水を通してみると、やはりほぼ透明な水になります。これは何を意味するか。
        実験をする溝口さんの写真

        「泥水のマジック」実験にご注目

      • 先ほど田車で田んぼの土を混ぜて泥水にしたものを排水路を設けて流しました。実験と同じように泥水を流しても下から流れ出てくるのは透明な水です。泥水の中に浮かんでいるのは粘土鉱物で、そこにセシウムが嵌まっています。その泥水が途中の砂粒の間を通過する間に粘土鉱物は漉し取られてそれ以上先へ流れていきません。
      • これは今日のテーマ「土の科学」の興味深いポイントの1つでもありますが、土が濾過機能、フィルターの役割を果たしているのです。最初の実験で、砂の中には隙間があってそこには空気と水がありました。田んぼの泥水を排水路に流す場合も同様に、泥水が土を通過する過程でその隙間に泥水の成分である粘土の粒子が引っ掛かる、その引っ掛かったところにさらに次の粘土粒子が引っ掛かって積み重なっていきます。そうした結果、下から出てくるのは透明な水だけです。セシウムが嵌まってしまった粘土粒子が下流まで流れていって下流の水を汚染するということはないわけです。

    汚染土の埋設という工法の実験

      土はいろいろな大きさの粒子から成り、その隙間に泥水が通過していく間に粘土粒子が引っ掛かり、下流まで粘土が流れて汚染するということはない、ということは、実際に汚染された土を削り取って埋めちゃえばいいんじゃないかということで、実験もしました。汚染土を50〜80㎝の深さに埋めて、その上にきれいな土をかぶせます(スライド27)。その上につくった田んぼで水を使ったら、泥水がその土の中を通っていくわけです(スライド28)。

      • きれいな土を50㎝かけると、汚染土から出てくるγ線が原理的には1/100〜1/1000に減衰します(スライド30)。ここでは土の粒子そのものが放射線のγ線を遮蔽する効果が示されています。
      • 汚染土を削り取り、穴を掘って埋める。埋める深さについては何らかの設計基準は必要ですね。そこで試験のために汚染土を埋めたまま、その上で田植えもする、ということを3年間やって線量を計測し続けました。得られたデータがスライド33のグラフです(スライド31、32)。写真の土中に立ててあるパイプに放射線計を半年に1回ずつ記録するという方法です。もしセシウムが汚染土から出て下にずれていくならば、グラフ(スライド33)のピークが下にずれていくだろうということです。
      • 3年間計測し続けた結果、土中の放射線量のピークの高さ自体は自然減衰によってだんだん小さくなってきましたが、ピークの位置はほとんど変わっていません。つまり、埋めっぱなしにして、上で普通に田んぼをつくって水が下に浸透していってもセシウムは下のほうには全く移動しないということが、現場での実験で分かったわけです。スライド33は縦軸の150というところが地表レベルです。草が生えているところです。地中でいろいろな深さのところで線量を計測しました。
    参加者

    地上の高さのcpmが高いようですが。

    溝口

    そうです。実は地上部のほうが地中よりも高いんです。これは埋めた汚染土ではなく除染されていない周囲の山から来る放射線の影響です。同じ飯舘でも長泥のあたりはまだ除染していないので空間線量率は高いですが、ここは佐須というところで、初めの頃から1μSv/hあるかないかくらいです。今は0.2μSv/hくらいになっています。

      • 除染が終われば終わりではなく、元の暮らしに戻るにはどうしたらいいか、除染が終わった後の農地で何をしていくか、1つずつ問題を解決していかなくてはいけない(スライド34)。除染で土を削ったあとは肥沃ではない山の土で客土を行うので、そこから土作りをしなければならない。
      • そもそも農地の土は初めから肥沃だったのではなく、堆肥による土壌改良など農家の努力によって良い土になっていたのであって、客土の後にそれを繰り返すことは可能です。ただ、それほどの苦労をしてまで農業をやろうという人たちが地元にどれだけ残っているだろうかということが問題です。
      • 担い手の問題は日本農業の共通の問題です。日本の農業が面白いかどうか、夢を与えてくれるようなものであるかがとても重要です。やる気のある農家にとってはこれからが面白いんだということです。新しい日本型農業を飯舘から始めるチャンスでもあると思っています。

    排水不良解決の工夫——暗渠排水

      余り知られていないことですが、除染後の農地というのは排水不良で、なかなか水が抜けないという問題があります(スライド35)。表土を削った分、バラツキはありますが5㎝以上の客土が入っています。スライド36の写真で、黄色っぽい土が山の土で、下のほうが元の土。この土を混ぜながら肥えた土に変えていく必要があります。そして、水が抜けないのは、除染をするとき重機を使用して平すので、重機の重みで固まってしまうからです。

      • 通常の田んぼでは深さ約20〜30㎝のところは硬盤といってわざと少し固めになっています。硬い層がないと田んぼの水がすうっと抜けてなくなってしまいますから、そうならないように固めてあります。それが、今回の除染では5㎝くらいのところを重機で削り取り、客土も重機で平しているため、二重に硬い層ができています(スライド36グラフ)。そのまま放っておくと雨のあと水が抜けないんですね。その排水不良の問題をどう解決するかも、これから農地を再利用していくときの1つのポイントになります。
      • この問題を解決する工夫の1つとして、暗渠排水という方法があります(スライド37)。今年のゴールデンウィークに地元の方と作業をしました。素焼きの土管を土中に埋めて、山にある杉の枝葉を土管の周りに敷き詰めて土をかぶせて埋め戻しますと、土中の水分が少しずつ染みこんで土管の中を流れ、農地の排水路まで流れていくというものです。
      • 農地の排水をよくするための方法として、日本に昔からある暗渠排水こそは、国連が決めたSDGs(持続可能な開発目標)にまさに符合する解決策です。もともと杉の枝葉は断ち落としてゴミになる不要なものですが、農地に持ってくれば暗渠の疎水材として使えます。要らないものを他方で役立てる、究極のSGDsだと、工事をしながら思いました。

    農地の「見える化」と農業再生へ

      今取り組んでいることとして、「安全な農畜産物生産を支援するICT営農管理システム」の開発があります(スライド39、40)。現在飯舘村で農業をしている人は避難先から通っている人が多い状況です。そこで、農地の「見える化」で、避難先からでも農地を見守れるモニタリングができるように工夫しています。また、若い人たちに現場を見せて、一緒に活動するための合宿所や人材育成のための学習塾など設けていきたいと取り組んでいます。

      • 2013年2月福島再生の会で提案したのが、お酒を造ろう、大吟醸酒を造ろうということでした(スライド41)。ご紹介したデータのように白米にはほとんどセシウムが行かないので、白米を利用してお酒を造ればいいのではないか、同時に地元の特産と伝統的な味付けを生かした酒のつまみを開拓して、福島あるいは飯舘ブランドとして海外へ売り出そうじゃないかと6年前に提案し、ついでにGlobal-GAPの認証を取ろうということも提案しています。
      • 今はオリンピック前というのもあってGAPは頻繁に話題になりますが、当時はそれほどでもない頃でした。どこまで実現できるかわかりませんが、実現できたこととして、今年(2018年)大吟醸酒は700本でき、完売しました。田んぼの面積を3倍にして、2019年度は2,100本造ります。
      • 生産者と消費者をつなげる活動(スライド42)や「Dr.ドロえもん教室」と題して子どもたちに対する農学教育などの子ども向けの活動(スライド43)もしています。最初に穴を掘った場所を農業用ハウスをかぶせて土壌博物館としています(スライド44)。ここでは、先ほどご紹介した客土した土をそのまま見たり、自分で押して硬さを確かめたるなどの体験ができます。

    復興の農業工学

      有名なハチ公の飼い主である上野英三郎先生は、東大農学部の教授でした(スライド45)。1900年に耕地整理法、1905年には耕地整理講義を始め、これが日本の農業工学(農業土木)の始まりとなりました。上野先生がやったことは、食料生産の基盤整備です。田んぼに水を引き、排水をする灌漑と排水、不毛な大地を肥沃な農地に変える農地造成、海外でも水のない地域に水を引いてくる技術などを推し進めました。今回お話しした農地除染も一旦使えなくなった農地を使えるようにしようという意味では、この農業工学の大事な1分野と言えます。

      • 今の私のチャレンジは、除染後の土地利用、帰村後の農村計画、人々が帰った後にそこでどのように生活していくか、また地域再生、産業再生といったことになります。これらを上野先生の農業工学にあやかって「復興の農業工学」と称して、各方面でお話ししています(スライド45)。そして皆さんに覚えておいていただくために、上野先生のイラストのシールやカレンダーをつくっています。
      • 四季折々デザインを変えていますが、シールではハチ公を子犬にしています。ハチ公が上野先生のところにもらわれてきたのは1924年1月でした。ところが上野先生は1925年5月に亡くなられてしまいます。上野先生とハチ公が一緒にいられたのはわずか1年ほどなので、ハチ公はまだそれほど大きくなってはいないはずです。そこでシールでは子犬のハチ公の影絵のデザインでいち早く商標登録しました。著作権フリーなのでどんどん使ってください。

    科学者としてできること、すべきことをし続ける

    参加者

    住民による除染活動においては、被ばく管理をされていたのでしょうか。

    溝口

    われわれのNPO法人は必ずガラスバッジと放射線計を準備し、各人に携帯してもらいます。初めて来た人には、どこへ行くと危ないかなどをご説明し、きちんとチェックしてもらいます。詳しい説明をした上で、活動に参加したい場合は改めて申し込んでもらうようにしています。

    参加者

    被ばく量についてのデータはないのでしょうか。

    溝口

    ボランティアでNPOの活動に参加してくれるメンバーが行くところは、最大で1μSv/hあるかないかで、そこに滞在するのはせいぜい30分〜1時間です。除染についての国の基準では家屋から20m以上までのところはきれいに除染するけれども、それ以上離れているところは何もしません。20mより奥の屋敷林のところは線量がけっこう高めで、高いときには2μSv/hありますけれども、そこへの案内は10〜15分程度です。

      • そうした場所へ行く場合には、被ばく量の計算も実際にしてもらいます。例えば、今日行くところの線量は最大2μSv/hで、何時間いたら今日はどれだけ浴びたことになりますかと。実際に計算して「ああ、そんなものなんだ」と実感してもらい、ガラスバッジでも全然上がっていないなと確認してもらうといった管理はしています。
      • 住民の方はまだ戻っておられる方は少ないですが、一緒に活動している住民の方にも常にガラスバッジはつけてもらって、1カ月の被ばく量も全部チェックしています。そのデータの積み重ねの結果を見るにつけ、航空機モニタリングなどで一時的に取ったデータを元に議論をするのは非常に危険だと感じています。
    参加者

    私は帰還困難区域である浪江から今も避難しています。研究で出たデータを根拠に「大丈夫だ」として住宅保障などを打ち切っていくなど、支援収束の方向に国は動いています。避難者は、環境が整うまで待てる状況がなくなっていく、それが住民の困難さにつながっていることを分かっていらっしゃいますでしょうか。

    溝口

    わかっています。だからこそ、調査をし、事実が何なのかをすべて公表しています。それを使うかどうかは国や行政の仕事です。国がやってくれないからこそ、様々な状況を理解した上で私たちNPO法人はやれることを全部自分たちでやっています。事実は事実であり、帰れないでいる人たちがいることも理解しています。だからと言って、手をこまぬいて何もしないでいたら、いつになったら解決できるのでしょうか。

    冒頭の「科学技術への信頼」というお話のポイントはそこにあります。黒澤映画の『七人の侍』を観たことはありますか?はっきり言って僕はその土地の人間ではないけれども、現地に行ってやるべきと思うことをしている。『七人の侍』の世界でなら、僕のやっていることは、あとで責任を取らされて切腹ものかもしれない。それでも、1つ1つ、大学で働く者として、1人の科学者としての責任で、他者がやっていないことをこつこつやっています。様々な状況に置かれている人たちがいることは、村の方々と話してよく知っています。その1つ1つを常に噛みしめ、自分のできることは何かという思いでいつも取り組んでいます。(完)

    (参考)関連の読み物

  • (2019.4.26)飯舘村に通いつづけて約8年-土壌物理学者による地域復興と農業再生(コロンブス2019.5)
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/edrp/fukushima/fsoil/columbus1905.pdf
  • (2015.8.31)自分の農地を自身で除染したい百姓魂(「原発事故後、いかに行動したか」より)
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/edrp/fukushima/media/150831mizo.pdf
  • (2015.5.1)復興の農業土木学で飯舘村に日本型農業の可能性を見出す
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/edrp/fukushima/fsoil/columbus1505.pdf
  • (2014.3.26)土壌物理学者が仕掛ける農業復興ー農民による農民のための農地除染
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/edrp/fukushima/fsoil/columbus1403.pdf
  • その他:
    http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/mizolab.html
  • 話題提供者大澤先生の写真話題提供者大澤先生の写真話題提供者大澤先生の写真

    話題提供者の大澤先生

    2019年2月7日(木)食の安全研究センター第40回サイエンスカフェ「聞いてみよう!食を支える品種改良技術〜新しい育種技術と安全性〜」が開催されました。筑波大学生命環境系教授の大澤良さんより、食品に関して特に関心が高まっているゲノム編集を含めた新しい育種技術をテーマにお話ししていただきました。食料生産を支える育種の歴史、従来からの育種法のしくみ、遺伝子組換えからゲノム編集に至るまでの技術の変遷と、応用、そして今後期待される開発分野と食品の安全性、また栽培種の環境影響面での安全性担保のための規制など現在の議論についても紹介していただきながら、質疑応答を交え、研究、開発、経済活動、消費等の角度から理解を進めました。

    ○第40回サイエンスカフェ配布資料(pdf) (クリックすると開きます)
    ※以下、記載がない場合の発言は大澤氏のもの
    ※質疑応答は一部抜粋

    食料供給がいま直面する課題

      世界の人口は増加し続けており、2050年には100億近くになると予測されています(スライド2)。著しい気候変動による栽培環境の悪化も予想され、1人分の食料に使える農地は減少しています。今から50年前は世界全体で1人分として約60×60mの農地がありましたが、2050年には3分の1の約60×20mにまで減ってしまうと予想されています。食料生産に使える水資源も減少しています。こうした状況下で、いかに生産性を上げ食料を確保していくかが重要な課題です。

      • 品種改良の目的はいかに美味しい物を食べるかよりも、究極の目的はまず量を確保してきちっと食べ、お腹を満たすことです。美味しいとか体に良いとかも大事ですが、食料の確保こそ、これまで育種の技術が担ってきた役割です。
      • スライド3は世界の人口の推移ですが、特にここ数十年は右肩上がりで急増しています。日本は人口が減っていますが、このことが「食料が足りない」ことを日本人が実感できない背景ではないかと私は思っています。
      • 品種改良による品質向上というと見た目や味、栄養、歯ごたえなどを向上させるというのもありますが、水稲、トウモロコシ、ダイズ、コムギなどのように生産性が右肩上がりでずっと上がってきていることも品種改良によるものです。戦争の前後などは生産性の向上が見られずグラフが寝ているところもありますが、基本的には右肩上がりで世界の食料需要を支えてきています。
    関崎

    このグラフは耕作地の単位面積あたりの生産量が上がっているということですね。

    大澤

    そうです。たくさん食べられるようにするには、2つのポイントがあります。1つは耕地の面積を広げること。面積を倍にすれば倍の量収穫できるのですが、それも限界があります。もう1つ、単位面積あたりの収穫高を上げること。これが品種改良の一番重要なポイントです。土地を改良する、水をどんどん使うというのは限界があります。その中で食料生産を支えたのが品種改良という技術です。

    品種改良の原点

      品種改良の原点として私がいつも取り上げているのはダーウィンの『種の起源』(“The Origin of Species”)です。世界で最も知られていて誰も読まない本と言われています。1859年の本です。第1章からハトの話が始まって、ハトの改良をした話が延々と語られ、大方の人はそこで読むのを諦めてしまうんです。実はハトの改良をしたのは誰か、それは人間だ、というところから品種改良の話が始まるわけです。ダーウィンは、ハトという多くの人が分かりやすいものをテーマにして説いていったわけです。

      • 『種の起源』の執筆は、ご存知のようにダーウィンがビーグル号の航海でガラパゴス諸島を回っていった際に着想を得たものでした。この本は岩波書店版でいうと上・中・下とあり、全部読んだことがあるという人はまずいないと思います。
      • この本の中でダーウィンは「すべての品種が、いま見られるような完全な、また有用なものとして、突然に生じたとは想像できない」、「品種の歴史はそのようなものではない」、「その鍵は選択を積み重ねていくことができる人間の能力にある」、「自然は継起する変異を与え」る(『種の起源』ダーウィン、岩波書店、八杉龍一 訳)、それを積み重ねていく、それが品種作りである、つまり「人間は自然に生じた突然変異を利用して、人間に有益な作物家畜を作ってきた」と述べています。

    祖先種と改良種を見てみよう

      皆さんが知っているコムギやダイズやコメがいきなり野原に落ちている訳ではないですね。では野生種から栽培種に変えていくために何をしたのでしょう。

      • スライド5の写真は野生種と栽培種ですが、例えば穂ができる植物が「バラバラと実が落ちる性質を失う」という変化もあります。自然では、種(たね)は穂からこぼれ落ちたら春が来るまでずっと発芽しないという休眠性があります。ですが、その後ずっと眠っていられても困るんですね。100年経ってもまだ発芽しないんじゃ食料になりません。ただ、作物というのは蒔いたら揃って芽が出てくれなくてはいけない。しかし、これは野生の植物が生きていくのにはものすごく不利なわけです。地面に落ちて、芽を出してみたら冬だった、ではダメなわけです。このように本来持っている性質を失わせたり、毛やトゲをなくしたり、毒をなくしたりするといった改良をしていきます。わかりやすいように実物を見ましょう。エノコログサは野生種と、栽培種のアワです。(ここから順次アワ、ダイズ、トウモロコシとその原種の実物の標本を参加者に回覧)
    関崎

    エノコログサは食べられない。アワは小鳥の餌にも使いますね。

    大澤

    エノコログサは、無理に食べれば食べられなくもないですが。エノコログサというのは通称ネコジャラシのことです。秋口なら通りがかりに道ばたで摘んでこられるんですけど。

    ダイズ、トウモロコシ、アワの祖先種の写真

    祖先種と改良種の実物を各自手に取って観察しました

  • アワは「濡れ手に粟」の「粟」です。濡れた手をアワの中に突っ込むといっぱいくっついてくるということです。ネコジャラシが改良されてアワになったんです。
  • 次にお見せするのは皆さんが食べているダイズのサヤを外したもので、味噌や醬油の原料になるものと同じです。ダイズの祖先種のツルマメは黒くて小さい粒で、全然大きさが違いますが、この2つは、かなり苦労はしますが、交配してその種を取ることもできます。
  • 参加者

    ダイズはF1(エフワン)はないんですか。

    大澤

    ダイズはF1をしません。F1をやったらすごく収量が穫れるのかもしれませんが、ダイズの花というのは2〜3㎜でとても小さくて、それにAとBという種を交配するというのは、僕らも顕微鏡を覗いてようやく交配するくらいなので、F1品種を作るのはものすごく難しいんです。

    関崎

    F1というのは1代目の雑種のことですね。

    大澤

    「鳶が鷹を生む」作戦という感じで、Aという品種とBという品種をかけ合わせることで、それぞれ品種の有用な性質がどんと出ることがあるんですが、F1を行うのは主にトウモロコシですね。(トウモロコシの標本を示しながら)黄色いほうが皆さんが食べたり、食用油の原料にしているトウモロコシです。小さいほうはテオシントというトウモロコシの祖先種です(スライド6)。(テオシントの実の標本を示して)白いほうがテオシント、黄色いほうは実はGM(遺伝子組換え)コーンですが、芯が赤っぽいのはGMだからではなく、遺伝的な色で、赤以外の色もあります。ごく一般的に輸入されている普通のトウモロコシです。

      • スライド5は、野生種から栽培種にどのように変わって来たのかを示しています。心配する人たちからしばしば言われるのは、品種改良でいろいろいじったら祖先種に戻って危ないんじゃないか、雑草化するのではないか、ということです。しかし、これはまず戻らないです。すでにあまりにも変化していて、100ぐらいの形質が変わらないと祖先種には戻っていけないからです。
    参加者

    なぜ戻らないんですか。

    大澤

    遺伝子の数が多すぎます。全部変わってしまっているので、それを全部1つ1つ戻していくということは難しいからです。

    参加者

    確率的なことですか。

    大澤

    やろうと思えばできるかもしれませんが、長い年月をかけて変化してきた物ですから、例えば1つの変異が起きるのは自然の突然変異だと10の6乗分の1だとします。変異が5つあったらさらにその5乗になりますから、なかなか戻るということはないですね。

    関崎

    改良種をつくること自体、その苦労がいろいろあって、その結果今の栽培種まで来ているということですね。

    大澤

    トウモロコシの場合、今食べているものは1粒1粒が皮に包まれていますが、それが1粒ずつむき出しになっていて全体が皮に包まれているというのが祖先種のテオシントです。ものすごい変わり方ですね(スライド6)。

      • アワの祖先種Setaria viridisはネコジャラシでしたが、それが栽培種のアワSetararia italicaになりました(スライド7)。同スライド左上写真はツルマメとダイズ、その右隣にはダイコンとその祖先に近いハマダイコンがあります。写真の中の軍手と比べると、栽培種ではかなり大きくなっているのがわかると思います。左下の写真は野生のリンゴと栽培種のフジを一緒に写しています。比べて見てください。

    イネの品種改良のあゆみ

      イネには約32,000個の遺伝子があります。個々の遺伝子すべてがわかっているわけではありませんが、それらが関わり合いながら今のイネになっています。野生のイネの32,000の遺伝子のうち、約300ほどが関わって今の栽培種になっています。

      • 300ほどの遺伝子が関わって栽培化されてきた、その段階ではまだごく素朴な栽培品種です。お米のインディカとジャポニカ、インドイネと日本イネ、かつては長粒イネと短粒イネともいいましたが、両者の間では1,100個くらい遺伝子が違います。栽培化するということは、その種が生きていくための鍵となる遺伝子を人間が一生懸命集めたことになります。
      • 品種の中での多様化というのは、その地域や民族の好み、気候など全部をチューニングしていくんですね。そうして1,000以上の遺伝子が変わったものを集めていかなければ今の品種にたどり着いていない。これが品種の多様性の元になっています。ただ、コシヒカリとササニシキがどれくらい違いますかと聞かれても、広くアジアのイネ全体から見るとそれほどの違いはありません。
    関崎

    コシヒカリ、ササニシキなどはジャポニカ種の中での話ですね。

    大澤

    どちらもジャポニカ種で、2つはほぼ兄弟なのでほとんど変わりません。タイ米など東南アジアにある細長いお米とジャポニカ米とではだいぶ違います。

    参加者

    農研機構の人に尋ねて、例えばコシヒカリとササニシキは、全然違いますよと聞いたことがありました。何が違って何がほとんど変わらないのでしょうか。

    大澤

    ササニシキとコシヒカリはおじいちゃん、おばあちゃんが一緒で、同じバックグラウンドを持つ子ども達です。そういう意味で大雑把に言えばほぼ同じ家族の関係です。その中で粘りが違うとか、開花期が少し早いといった特徴を選んでいるんですね。そういう意味では違う。でも、全体像としてはほぼ同じようなものと言えます。一方で、IR8というアジアのいろいろな品種の元になった重要なイネの種がありますが、それとコシヒカリを比べると全然違います。全然と言ってもイネの仲間なのでイネの範疇には入っていますが。

    キャベツの仲間の品種いろいろ

      キャベツも原種に近いBrassica oleraceaというものからいろいろな栽培種になっています。

      • キャベツから変化した栽培種の仲間はいろいろあります。例えばキャベツの原種で、キャベツの葉っぱに当たるところを落としながら伸びていくような形のもの、スライド8の左上写真の野菜、ご存知の方いらっしゃいますか。コールラビといいます。真ん中はキャベツで、その下はカリフラワー。左下は芽キャベツですが、傷みやすい野菜なので最近はあまり出回っていませんね。
      • 右上はブロッコリです。ブロッコリは皆さんが食べられているのは花の部分です。右下はわかりますか。これはスティック・セニョールといって、ブロッコリの芽が伸びたような形ですね。ブロッコリは茎が意外と甘みがあって美味しいのですが、そこを伸ばして食べるようにした新品種です。これらは品種は違いますが、すべて同じ種類Brassica oleraceaで、交配できます。みんな同じ黄色い花が咲きます。
    関崎

    品種の違いであって、種の違いではないんですね。

    大澤

    自然界ではこの改良種の野菜たちは生きていけません。例えば、キャベツですが、売られているキャベツの葉っぱが緩んでふわふわしていたら普通は避けて買いませんね。ぎゅっと巻いて重たいようなのを買いますよね。がっちりと葉っぱが重なって固まっているから重たいんですが、もし自然界でこのキャベツが花を咲かそうと思ったら、この葉っぱが開いてこないといけないんですが、キャベツは一種の奇形なので開けないものが多いんです。

      • 開けない葉を開かせるためには、巻いたままの葉に縦に切れ目を入れておいてあげます。すると真ん中から盛り上がって花芽が出てきます。白菜やキャベツを半分に切って長く冷蔵庫に入れておくと、真ん中が膨れてきますが、あれと同じような状態がまるまる一玉のキャベツの中で起きて花が咲きます。
      • 売られている野菜のキャベツではそれが自然にはできないように品種改良されています。それは人間が加工したということではなくて、そうした変異を集積していったものです。100何年の歴史が積み重なってできています。
    関崎

    これをかけ合わせるとまたいろいろなものができないかなと思うんですが。

    大澤

    私も同じようなことを考えたんです。スライド8の芽キャベツの写真で、くっついているのがみんなブロッコリだったらいいなと思ったんですが、そうはいかないんですね。不思議ですが、かけるとだいたい同じようなものしかできないんです。

    品種改良の歴史

      育種というのは、生物を遺伝的に改良して新しい品種を作成することです。スライド9のグラフは、横軸が時間、絶対的生産性を上げるということが縦軸、それに病気、害虫、雑草などのストレス要因ですが、それに打ち克つストレス耐性を付け生産性が減るのを防ぐのと、粒を大きくし、穂の数を増やすという生産性の潜在能力を高め、本質的に絶対的収量を増やす、そのために今までいろいろな育種方法が使われてきました。

      • スライド9下の右端のほうに遺伝子組換えとかゲノム編集という言葉が出てきますが、長い歴史から見るとごく最近のことです。メンデルの法則の再発見が1900年です(スライド10)。AとBを交配してその子どもにどんなものができるだろうかと予測できるようになった近代的育種は、今から120年前に始まったという言い方もできます。それを利用して急速に品種改良は進みました。もちろんメンデルが発見しなくても、その前からずっと品種改良はされているわけです。それが、ルールにしたがって改良ができることがわかったのが1900年ということです。
      • 先ほどの「鳶が鷹を生む」といったことが起こるのは1910年くらいからわかっています。AとBの組み合せによっては抜群の子どもができる、だからそのAとBを探しましょうというのです。そのあと、突然変異育種というのが1920年ぐらいから始まりました。原子力の平和利用ということも絡んで、のちに化学変異原というものも登場し、それらを当てることで出てくるいろいろな変異を使った育種も生まれました。
      • 突然変異は先ほどお話したように10の6乗分の1という確率でしか自然には起きないところ、放射線を当てると10の3乗分の1、すなわち1000倍の確率でいろいろな変異が出ます。しかし、それらの変異のほとんどは使えません。品種改良というのは出てきた変異について、人間にとって不要なもの、栽培にとって効果のないものを捨てていく作業です。ほとんどを捨て、良いものだけを選ぶという作業を続けるのです。
      • 1953年にワトソンとクリックが遺伝子の本体を示しました。そこから考えると品種改良に遺伝情報が関わり始めて70年くらいの歴史になります。1960年代は緑の革命と言われる時代で、イネやコムギで大規模に栽培できるような高収量品種の開発などが進みました。遺伝子組換え作物の流通は1996年からで、ゲノム編集はごく最近からという品種改良の歴史の流れがあります。

    品種改良の三原則

      品種改良は、特別な技術のことと思っている方が非常に多いと思いますが、そうではありません。これは私が考える品種改良(育種)の3原則です(スライド11)。

      • 1)変異を生み出す。これは大事なことで、まず変異がなければ変えようがありません。自然、交雑、突然変異、遺伝子組換えやゲノム編集、これらは変異を生み出す方法です。2)変異を生み出した後、欲しい性質をものすごく丁寧に選び出すという過程が必要です。「変異を生み出すもの=世の中に出せるもの」ではないです。ほとんどは役に立ちません。変異の中で最も欲しかったものを選び出す作業にだいぶかかります。3)それを性質が変わらないように維持することが重要です。生み出すところだけが大きくクローズアップされることが多いんですが、それは育種(品種改良)の最初の第一歩だということを理解しておいてください。
      • ナスを例にお話しします(スライド12)。普通のナスは受粉しないと実が大きくなりませんが、突然変異で受粉しなくても実が大きくなるナスが見つかりました。普通に栽培されて花が咲きほとんどの実が大きくなるのです。これはホルモン合成が異常を起こしており、自家受粉で勝手に受粉しているんです。その受粉の刺激で受精して、受精した種が大きくなるのと同時に実が大きくなるんです。でも、野生のナスは、メカニズムは同じでも、同じようには大きくならないです。
      • 最近、突然変異で受粉しなくてもよく生るナスも見つかりまた。これは農業上は非常に有益です。温暖化で受粉がうまくいかないことへの対策や、受粉のため人間が手作業でゆらしてあげるという作業が要らなくなります。この性質を単為結果性といいます。こうした品種改良での品種は突然変異、交配、ゲノム編集、いずれでもつくることができます。並べて書いてありますが、遺伝子組換えでは、つくれません。
    関崎

    このナスは種ができないですよね。焼きナスにしても粒々がないですね。

    大澤

    種はできません。しかし胎座だけが大きくなります。粒々のない焼きナス、いいですよ。粒々が好きな人は別ですが。ナスは種取り用に熟させたものは食べられたものではありません。家庭菜園などされた方はわかると思いますが、収穫し損ねて「しまった」と気付く頃にはものすごく長くなり、皆さんが食べる白い胎座の部分は、ゴワゴワ、スカスカして何にも美味しくありません。トマトも青いときに収穫していて、われわれが食べている野菜はほとんどとても未熟なものばかりです。逆に次の種を取ろうと思うほど熟したものは、僕はとても食べられないです。そういうトマトは食べると非常に苦いです。

    誰のための品種改良?消費者メリットと生産者メリット

      最近人気のあるキーワードをスライド13の左側に列記しました。「美味しい」、「体にいい」、「甘い」等とあります。

      • 「涙の出ないタマネギ」はイグノーベル賞を取りましたが、タマネギの、涙が出る形質を止めたんですね。これも突然変異で、ハウス食品の人が見つけました。「花粉症に効くイネ」は遺伝子組換えです。「ソラニンのできないジャガイモ」、これはゲノム編集で今話題になっています。
      • 「青臭くないダイズ」、「カラフルな野菜」、「低アミロース米」など、大人気です。右側には多収性、耐病性、耐虫性、早晩性(早いか、遅いか)などを書きました。日本では、左側は「ああ、なるほど」とよく理解されますが、右側は全く理解されません。必要ですかと聞くと、必要だと言われます。
      • スライド14の写真は近所のスーパーで取りました。撮影しているとお店の人に怪しまれますが。「フルティカ」、「ルピンズ」、「高リコピン」など、のキーワードに反応して皆さん買われます。トマト自体が体に良さそうですけど、こうしたキーワードがあると余計に体に良さそうすから。最近では紫、黄色、赤などのトマトをカップに入れたものも売られています。中身はあまり変わらないのですが、こういうところに消費者ニーズがあるんです。私は、これを消費者メリットと呼んでいます。
      • スライド15は疫病に罹ったトマトの写真です。輪紋病、潰瘍病、茎疫病。こういうトマトは、流通できるかと言えば、できません。今売られているトマトはほとんどがこれらの病気への抵抗性を持っています。これらは本来消費者メリットでもありますが、消費者には見えないところの改良なので生産者メリットと言えます。このメリットを、先ほどの売り場で「ルピンズ」、「高リコピン」の隣に「茎疫病抵抗性」と書いて出しても売れませんよね。私は品種改良というのは、目に見えないところで支えていればいいと思っています。
      • 従来、北海道と九州はコメがおいしくないと思われていました。今は北海道は「ゆめぴりか」、「ななつぼし」など、「きらら」から生まれた非常に良質なコメが生産されて、九州には「ヒノヒカリ」というのがありますが、かつては「鳥またぎ」、鳥も食わないと言われるほどコメがまずいと言われていました。どちらも今ではコメの一大産地です。
      • このところの温暖化に絶えきれなくなったのが九州で、どんどん品質が落ちていた。それを救ったのは九州熊本が初めてつくった「熊本1号」、「熊本2号」、「森のくまさん」、「くまさんの力」などの品種です。これらは暑さにとても強いのですが、なかなか普及しませんでしたので、助っ人「くまもん」を連れてきました。これで爆発的に売れました。中身は同じです。これも消費者にはなかなか見えにくいのですが、生産者・消費者両方にメリットのある品種改良の成果です。(スライド16)

    品種改良〜消費者メリットと生産者メリットのいろいろ

      スライド17は米国アイオワ州の畑です。左側はBTコーン、除草剤耐性と、耐虫遺伝子組換えのトウモロコシです。右側は除草剤耐性のダイズです。

      • 畑ではGPSでコントロールするトラクタを使っています。自分がどこにいるかわからなくなるほど広いので、衛星の電波を使ってコントロールし、何㎞も先まで行って、また何㎞も真っ直ぐ戻ってこられるんですね。こういう栽培において有効だろうと思われたのが耐虫性、除草剤耐性の遺伝子を入れたトウモロコシやダイズです。このような状況のもと、いかに農薬の量を減らし、人件費を削減するかということが求められる中でに受け入れられてきたものです。
    サイエンスカフェの会場の様子

    対虫性、除草剤耐性について質問が寄せられます

    参加者

    除草剤耐性というのはどういうことですか。

    大澤

    ふつう雑草を除去するのに使う除草剤はダイズやトウモロコシが持っている代謝系を遮断して枯らしてしまうのですが、いくつか方法があって、除草剤がかかっても別のパスで代謝を生き残れるようにしたものや、あるいは除草剤を無毒化するようなタンパク質をトウモロコシやダイズにつくらせて生き残らせるなどが除草剤耐性になります。除草剤耐性を持ったものは除草剤を撒かれても生き残れます。写真の農場に作物の生えているところ以外に何もないのは、除草剤でほかの雑草が死んでしまうからです。

    関崎

    作物以外は無差別に枯らしちゃうけど、除草剤耐性の作物だけは残るんですね。

    大澤

    畑の中ではそのように使っています。人力でこの広さを草を抜いていたら人が倒れます。ですから、アメリカの農家は除草剤耐性に関してはとても歓迎しています。

      • 今までも除草剤は使っていたんです。除草剤耐性のトウモロコシやダイズができるまでは人力で除草していたのかというと、そうではありません。除草剤を使っていました。ただ、除草剤を使うタイミングなどがとても難しいんです。なぜなら、タイミングを間違えるとトウモロコシやダイズ自体も枯れてしまうからです。それでトウモロコシやダイズが発芽するギリギリ直前に一度除草、殺虫しておくということをしていました。それがこの品種ができて手間が省けたわけです。
      • これは狭い田畑の中で使うにはあまりメリットはありません。実際種の単価は高いですが、これだけ広い圃場なので、除草、殺虫などを考えるとトータルでは農家にとっては安いということです。この生産者メリットは消費者には見えにくい改良と言えます。
      • スライド18はゴールデンライスと呼ばれるもので、コメの胚乳にビタミンAの前駆体のβ-カロテンを作らせたものです。毎年世界で1億人以上の子どもがビタミンA欠乏の影響を受け、約200万人の子ども達が死亡しているという状況の中、これを使えないかということで売り出したものです。フィリピンなどではこれはかなり安価で普及させようとしています。これはどちらかと言えば消費者メリットを考えた品種ですね。
      • 「ニンジンを食べさせればいいじゃないか」と言った人がいるんですが、そういう場所ではニンジンどころか何もつくれないんです。ただコムギだとかだけを食べ続けると絶対欠乏するんです。だから、これを混ぜて食べさせようという発想です。そういう発想がいいのか、それより地域ごとで農業生産のバランスが崩れている状況をどうするか考えるべきなのではないかという問題はひとまずおいて、現時点でそうした子ども達がいるのなら、これを届けましょうという発想です。

    品種改良の長い道のり

      ピーテル・ブリューゲルの絵を見てください(スライド20)。コムギの畑ですが、昔のヨーロッパの人が小柄だったのではなく、当時のコムギは背が高くて倒れやすかったということですね。イネでも同じようなことがあって(スライド21)、真ん中がPETA(ペーター)、右側はDGWG(デージーウージー)、背が低く倒れにくいけれども収量が低い品種と、収量があるけれども倒れやすい品種を交配してできたのが左側のIR8です。
    関崎

    この交配だと、下手をすると小さくて収量が少ないものができますよけど、そういうのは捨てるんですね。

    大澤

    どんどん捨てます。

      • 遺伝子の中のある一部だけが突然変異で欠損したのを上手に使った例です。今はこの変異が遺伝子レベルでどんなことが起こっているかわかっているので、それを人為的にできないだろうかというのが遺伝子組換えやゲノム編集での取組みなんですね(スライド22)。
      • フィリピンのイネの研究所の品種改良の実績を紹介します(スライド23)。横軸が時間、縦軸は収量です。40年にわたってずっと収量を上げ続けています。これは全部遺伝子組換えでなく普通の交雑育種です。普通の交雑育種はイメージではAとBをかけ合わせてシャッフルして、その中で良い組合せをつくる、それが交雑育種です。どれぐらいかかるかというと、1年から10年。そして、品種になれるのは100万個体に1個体、10の6乗分の1です。
      • 交雑育種の流れをよくサッカーに例えるんですが(スライド25)、小さなチームでレギュラーになり、その紅白戦で勝ち、いい選手として都道府県選抜でチーム選抜されて、天皇杯を県で勝ち抜いて出てきて、Jリーグに出て……。それくらい長くやっていって初めて選ばれるということです。育種でも同じ事をやっているんです。1品種できあがるのに10〜15年かかります。

    様々な品種改良の方法

      「戻し交雑育種法」は、例えば(スライド26)図のように2つの品種ピンク、青があって、ほぼすべての形質が青が良いのだけれども、ピンクの病気に強い遺伝子だけほしいという場合、ピンクのその部分だけ切って取って付ければいいようですが、それはできませんから、ピンクと青を交配し、交配したものにさらに青をかけるということを繰り返して行きます。すると年々青の形質が増えていきます。結果ほとんどが青の形質のままでピンクの中の病気に強い遺伝子が残る物が取れます。これが交雑育種でつくる品種改良です。途中のいろいろと出てくるものを使うことはまずなく、目的の形質にたどり着いたものを得ることを戻し交雑による品種改良といっています。約6〜7世代交配して、AにBの形質を戻していくという方法です。

      • 代表的な品種改良技術には交雑、突然変異を使う、ゲノム編集、遺伝子組換えがあります(スライド27)があります。
      • お米で言えば、突然変異でできたのが皆さんご存じの「ミルキークイーン」です。おにぎりなどに適したモチモチしたお米ですが、これは化学変異原で作った突然変異です。もともとほとんどはコシヒカリで、アミロペクチンをつくる部分だけ変異を起こしたものを拾ったんです。
      • 化学変異原を使うと、いろいろな変異が取れます。その中で目的に合うものだけ拾ったんです。「ミルキークイーン」は、粘りが強くて冷めても美味しいという品種です。
      • ゲノム編集ではまだ良いものができていませんが、収量がたくさん穫れるイネをつくろうとしています。遺伝子組換え技術によるものとしては、ゴールデンライスが、摂食によりスギ花粉症を緩和させることを目的に作出されたました(スライド28)。また、コシヒカリ、ササニシキなどは通常の交雑によってつくられました。このようにいろいろな技術を使った品種改良の事例というものが増えてきています。

    突然変異で起こる遺伝子の書き換わりの例

      遺伝子が変わるということはどういうことか。例えばコメのジャポニカ、インディカでは籾の落ちやすさが違います。ジャポニカはATTTCAですが、インディカはATTGCAで原種により近い性質のため籾がボロボロ落ちます。それが、突然変異でDNAの並びの1文字だけ“T”が“G”に換わることがあります。それだけで粒が落ちやすいか、落ちにくいかの違いが出ます。逆に言えば、その場所がわかっていて人為的にその1文字を変えることができれば性質を変えられる、これがゲノム編集の最初の考えです(スライド29)。

      • ナスの事例です(スライド30)。植物ホルモンの合成に関するある遺伝子の一部4,600文字分が偶然ごっそり抜け落ちて、受粉しなくても実が大きくなるようになりました。偶然この場所でそうしたことが起こった、それを利用しているということです。
      • 様々な理由でDNAが切れることは実はよく起こっています(スライド31)。DNAは健気で、切れたら一生懸命直そうとします。われわれのDNAもそうです。われわれの細胞のDNAもしょっちゅう壊れていますが、一生懸命直すんです。
    関崎

    切れたままだとその細胞が死んじゃう。

    大澤

    そうです。それで一生懸命直そうとします。直す時に1個抜けたとか、あるいは先ほどのように“T” が“G”に換わっちゃったとか、あるいは別の配列が入っちゃうということはしょっちゅう起きています。そうしたコピーミスというものは起きていて、それをわれわれが大事なものだと思えば使っていますが、使われずに致死になることもあります。

  • ゲノム編集には結果として何を求めるかによって、ある領域に対して、タイプ1——微細な変異を求めるもの、タイプ2——塩基が置き換わるもの、タイプ3——遺伝子を入れるものの3つがあります。どれもゲノム編集といいます。(スライド32)
  • タイプ1と2は自然界ではしょっちゅう起きています。タイプ3は遺伝子組換えです。ただし、違う遺伝子(外来遺伝子・制御配列)を入れます。
  • 関崎

    ゲノム編集の結果3つのタイプのどれかが起き、そのうちの2つは自然にも起きますが、タイプ3だけは違いますよということですね。

    大澤

    ただ、ややこしいのは、自分の遺伝子が飛んできて、自分の染色体の別なところへ嵌まるということもあるんです。それで、定義としては、自分の遺伝子の移動に関しては遺伝子組換えとは見なさないとしています。なぜなら、それは自然界でも起きるから。ところが、さすがに自然に私の中に虫の遺伝子がポコッと入るということはないですよね。それは遺伝子組換えということになります。

    参加者

    よく遺伝子組換えとゲノム編集って別なもののように言われているんですが、遺伝子組換えはゲノム編集の1つと思っていれば良いのでしょうか。

    大澤

    そうではなく部分集合のところが重なっている形ですね。ゲノム編集のほうが大きくて、遺伝子組換えがその中にあるということではありません。

    参加者

    どこが重なっているんでしょうか。その差がよくわからないんですが。

    大澤

    遺伝子組換えの今までの技術は、ある特定のところにある特定の遺伝子を入れることはできなかったんです。染色体のゲノムの「どこか」にきちっと収まっているから、ちゃんと発現してよ、というのが遺伝子組換えの方法です。結果は一緒なんですけれども、ゲノム編集で、ある遺伝子のある特定のところを切ってその間に入れてつなぐというのができるようになったのが、ゲノム編集におけるタイプ3なんですね。無作為な感じと、計画性との違いと言えます。

    参加者

    EUでゲノム編集は遺伝子組換えという判断がされたと思うんですが、国や地域によってゲノム編集は遺伝子組換えであるということは言えるんでしょうか。

    大澤

    ヨーロッパの司法裁判所が決めたのは、ゲノム編集は従来型技術ではないということであり、「ゲノム編集=遺伝子組換え」とは言っていません。EUのルールでは、一定の従来からわかっているものは規制から外し、そうではないものは規制しますというのが遺伝子組換えに対する定義です。ゲノム編集はどちらなのかという時に、これは従来の技術とは全然違うから規制の範囲に入れましょうというのが欧州司法裁判所の判断です。

    ゲノム編集の流れ

      CRISPR/Cas9というのは、DNAの狙った箇所を正確に切る技術です。遺伝子の組換えは、自然界の突然変異でも従来の遺伝子組換えでも形質の置換と挿入が起きるのですが、それが計画的に狙ってできますよというのがこの方法です。(スライド33)

      • ゲノム編集の流れを図で説明します(スライド34)。まず、組換え遺伝子を入れて、遺伝子組換えの方法でDNAを特定の場所を切るための道具であるタンパク質をつくります。するとCRISPR/Cas9+ガイドRNAという道具がつくられます。その道具が特定の場所を正確に切ります。切ってそれが修復される際に変異が起きます(スライド34、35、36)が、このままだと遺伝子組換えの状態です。
      • この切る道具がそのまま留まっていると、常に働いてしまうので、それをなくしたいということで、元の植物(組換え遺伝子なし、目的遺伝子変異なし)と交配します(スライド37)。するとメンデルの法則で、組換え遺伝子があるものとないものが分離します。変異があるものも独立でそれぞれ分離します。すると、いろいろな組合せが生まれるので、組換え遺伝子がなくかつ目的遺伝子の変異があるものが必ず生まれます。そして最も都合の良い「組換え遺伝子なし・目的遺伝子変異あり」のものだけを選べば良いのです。
    参加者

    海外でゲノム編集の(ヒト)ベビーが問題だということで話題になりました。植物の育種でそれほど問題にならないのは、今のお話のように戻しが効くからと考えてよろしいでしょうか。

    大澤

    そうですね。他のところに変異が入っても戻し交雑で元へ戻せるということと、もう1つは狙った変異を起こしたときにほかにも変異が起こってしまったとしても、それが面白くて有効な変異だったら積極的に使っていこうとする思想があります。

    • 例えば、本来はある成分だけを上げるのが目的だったけれども、それができてかつ作物の背が低くなったとすると、それは有益な変異として使おうというようなことです。人間や動物をいじるということは、ゲノム編集の使い方は違うだろうと私は思っています。人間や動物の場合には、誤ってはいけない面は多くあって、それは分けなくてはいけないですね。ただ、作物の場合は長い歴史の中で、変異というものを上手に手馴らしてきている、上手な使い方を知っているというのでしょうか。
    • ゲノム編集植物と非ゲノム編集植物を交雑した後代から得られる、組換え遺伝子を持たない個体をヌルセグリガント(スライド38)といいます。期待されているのは、通常、ある遺伝子の機能がわかっていてその遺伝子を改良する場合でも20年掛かるところを、このヌルセグリガントを使って改良すれば5〜6年でできるんじゃないかということです(スライド39)。
    関崎

    それには、遺伝子の機能がわかっていなければならいですよね。

    大澤

    なぜトマトが赤くなるのか、その遺伝子の存在がわかっているだけではだめで、どの遺伝子にどういう配列であるかがわかっていて、そこが少し壊れると赤くならずに青いままになるとかわかっていなければいけません。遺伝子の配列情報がきちんとわかっていて初めてこれができるんです。何となく変異を起こしてくれれば、というような無謀なことはできません。

    参加者

    この5〜6年をさらに短縮するにはどういった課題を克服すれば良いのですか。

    大澤

    個人的には、製品としてどのレベルで仕上げるかを考えると、さらに短縮するのは無理だと思っています。ただ変異を手に入れるだけなら1〜2年でできると思いますが、それは品種として市場に出すようなものにはならない。変異を手に入れるだけならその年にでもできますから、そういう意味では短くできますが、ほかの遺伝的なところを揃えるなど品種として出すのには必要な条件がありますから。

    参加者

    そうした条件を整えるのにはどんなことをするのですか。

    大澤

    いろいろな交配をします。

      • 変異を持っているものを変えて、それと交配して得られた後代から自分たちが望ましいものを選ぶ、あるいは遺伝子に微妙に場所が変わった変異が入ることがあります。そうすると形質の出方が少しずつ変わったりします。その中でも一番いいものを選ぶといったことです。そうした作業が必ず入りますからそう簡単ではありません。
      • もう1つは、現在行われている方法は、組織培養という過程を踏みます。組織培養とは、いったん細胞をバラバラにしてその細胞から培養して元の姿に戻すということを試験管内で行う、以前からある手法です。
      • 先ほど説明したCRISPR/Cas9をつくるのも全部その過程で行います。これも以前から知られていることですが、その組織培養の過程を経る間に様々な変化が生じます。目的の変異が入りかつほかのいろいろな変異が有益で、マイナスの効果がないものを選んでいくことが絶対に必要になるので、やはり5〜6年はかかると考えられます。
    関崎

    遺伝子組換えであれ、ゲノム編集であれ、それは最初のステップであって、その後の作業は今までと変わらないんですね。

    大澤

    育種は、まず変異そのものを探すのに10年くらいかかります。全部込み込みで考えるとやはり15〜20年かかるものです。その「変異をさがす」という部分が、始めからわかっているところを変えて目的の変異を得るという方法になることでゲノム編集のほうが格段に早くなるということです。

      • 今まで交配の場合、病気に強い、収量が多い、味が良いいという品種をつくろうとすると、欲しい形質を持つものを順番にかけ合わせていくピラミッディングという積み上げが必要なのです。それに比べ、まだ実現はしていませんが、ゲノム編集なら3つの遺伝子を同時に変えれば、甘くて、日持ちが良くて、大きいというような性質を持ち合わせる素材をいっぺんに得ることができます。もちろんその後いろいろな部分の調整は必要ですが。
      • それをゲノム編集で実現するには、実が大きくなる、赤くなる、甘くなるというのが「どの遺伝子によるのか」ということが正確な情報としてなければできません。
    参加者

    今日のお話はウェットの話が中心ですが、データ駆動型のドライでの育種を早めていこうという研究とどのように絡むんでしょうか。

    大澤

    現在私の知る限りでは、データ駆動型の方法としてゲノミックセレクションがあります。コンピュータの中で最も理想的な収量の高いものを選べないだろうかという研究も進んでいるんですね。それは、すべての遺伝子がわからなくてもできる、ビッグデータを使いながらやる方法なんです。

      • これまでの育種でも、ある意味でわれわれは例えば本当の意味で収量が高いのはどういう遺伝子が絡んでいるのかとか、遺伝子相互の絡みもよくわかっていない中で、品種としては交配したらこういうものが得られるという形で育種しています。
      • ドライでの育種というのは、ターゲットになる遺伝子すべてはわからないけれども、DNAのパターンのデータを全部集めれば、うまくいくはずだからやってみよう、DNAのパターンの情報だけから選んだらうまくいくだろうということなのです。一方、ゲノム編集はたくさんの遺伝子が絡むようなケースは苦手です。収量を増やそうとして、実を大きくしようとすると、今度は数が減ったりすることもあり、その結果全体としては収量が穫れないといったことが起きたり、いろいろな絡みがあるので難しいんです。
      • 狙うべき遺伝子がわかっていて行うゲノム編集は、病気に強くする、甘味を強くする、日持ちを良くするなどピンポイントでの狙いには非常に有効です。しかし、ただ何となく収量を良くしようというのはまだ苦手かと思います。マイナスの矢印を減らす方向のもの、例えば除草剤に強いという狙いの定まった改良というのはすでに遺伝子組換えでできています。そういったことには向いていると思います。
      • ゲノム編集による育種とデータ駆動型の育種、いつかは近付くかもしれませんが、今のところは両方を同時に考えてやっている研究者はいないと思います。

    ゲノム編集技術の活用

      ゲノム編集により、機能性成分など農林水産物が有している潜在能力を引き出すことが可能になっています(スライド40)。

      • 今行われているゲノム編集技術の活用事例としては、機能性のトマト、アレルゲンのないお米、認知症予防のジャガイモ、ダブルマッスル・フグ、赤いシャインマスカットなどがあります。せっかくマスカットが緑色で美味しいというのになぜ赤くする必要があるのかという議論もあるでしょうけれども。
      • 今苦労しているのは、生産性を大幅に高める超多収米がつくれないかということです(スライド41)。籾数を増やすことはできました。粒の大きさを大きくすることもできました。ただ、まだ中身が入らない。籾数のところを懸命に改良すると籾数がふつうの6〜7割増しで籾(花)が増える、でも、中身がスカスカなんです。これはバランスが難しくて、籾を全部埋められるだけのエネルギーを使って光合成をするというところも改良しないといけないんです。
    参加者

    これは飼料米ですか。

    大澤

    そうです。インディカで、すでに10a当たり1トンある収量を、さらに増やして1.2トンにしたいという取り組みです。

      • トマトはけっこう進んでいます(スライド42)。60日経っても全く傷まない日持ちの良いもの、それ以上熟さないというもので、それを新鮮と言えるのか、これがいいかどうかはわかりませんが。これはゲノム編集でもできますし、突然変異体もとれています。無受粉でも結実する単為結果をさせるもの、右のトマトは糖度が高いものです。今一番人気があるのは高GABAです。体に良いというGABAを高めました。こうしたものが開発されています。

    これまでの遺伝子組換え農産物

      遺伝子組換えというのは、微生物等から取り出した有用な遺伝子を取り出してベクター(運び屋DNA)に繋ぎ、農作物の細胞に導入するものです。ゲノム編集というのは、一部同等の部分がありますけれども、ほとんどが通常の変異、特定の遺伝子のところに変異を入れるという手法です(スライド43)。

      • 遺伝子組換え作物の開発過程は、変異を作り出す一方で、それらのほとんどを捨てる作業です(スライド44)。始めのほうの段階では、欲しい遺伝子は入ってはいるものの、培養の状況によっていろいろな変異が出ます。それを目的に合わせていくために、54カ月とか27カ月、30カ月、つまり4年半、2年強、2年半等々とかかっています。非意図的変異を持たない単一のイベントを選抜するところまでで、110カ月以上=10年近くかかるわけです。そこから次に圃場試験で安全性を確認するのに90カ月近くかけて今の遺伝子組換えは世に出されています。
      • よく勘違いされるのは、非意図的変異量が多い初期の段階で外に出すのではないかということです。いろいろな変異ができているのに大丈夫ですかと心配されるのです。育種家の人からすれば、その段階で出すわけがない、こんなものを出すのは私たちだって嫌ですよ、ということです。変異が起きたのは、遺伝子組換えをしたからなのか、培養の状況によるのか、いろいろな状況があると思います。そういういろいろな非意図的な要素を取り除いていって変異点1つだけを選ぶというのがこの作業の過程になります。
    参加者

    製薬の過程とよく似ていますが、これだけの長い年月をかけて出てくる結果の歩留まりはよくなさそうです。こうした作業過程について、種苗会社さんの体力はもつのでしょうか。

    大澤

    遺伝子組換えに限らず、普通の交配での育種でもこの過程は当然あります。交配して、バラバラにして、あるいは突然変異を使って、使いたいものを選んでいって、品種にする。これは通常の育種の過程です。さらに、スライド44の図の右側の90カ月、安全性の評価は遺伝子組換え特有のものです。これは普通の種苗会社さんはでは行いません。だから、これはデュボンのようなスーパー・シード・カンパニーにしかできないです。第2フェーズの開発初期段階までは普通の種屋さんもできますが、ゲノム編集が第3フェーズからの安全性評価を経るとなるとおそらく日本の種苗会社はほとんど手が出せなくなります。ですから、遺伝子組換えをやっている会社は今までどおりということになりますね。

    参加者

    安全性の評価はスライド44にあるフェーズ3でしょうか、フェーズ4でしょうか。

    大澤

    基本的な環境安全性評価、閉鎖的された圃場に出しての安全評価はフェーズ3から、フェーズ4は一般圃場での環境安全性評価となり、食品としての安全性評価はフェーズ3の段階から見ています。フェーズ4で認められたものが初めて認可の段階に向かいます。

    参加者

    市場に出てくる遺伝子組換え作物、今後はゲノム編集食品も出てくるんでしょうけれども、基本的に安全という理解をして大丈夫なんでしょうか。でも、消費者はそこが不安だから、そういうのは食べないなどいろいろな意見があると思います。

    大澤

    その点も含めて、まとめ(スライド45)のあとお話しします。遺伝子組換えの植物というのはほかの生物の遺伝子を利用しますが、ゲノム編集でできる作物は、その作物自身の特定の遺伝子を使うという大きな違いがあります。

      • 従来の育種と比較すると、遺伝子組換えでは従来の育種ではできないものも作れます。例えば殺虫性を持ったトウモロコシというのは今までの育種では絶対つくれません。BTコーンというのは、ある特定の虫が食べるとその虫が死ぬようになっています。でも、全部の虫が死ぬんじゃなくて、ある特定の虫だけが死ぬようになっているのが、遺伝子組換えのBTコーンという種類になります。
      • ゲノム編集でできるものは、科学的には従来の育種でできたものと同等です。ただ、それが50年かかっていたものが何年かで済むということです。対象の遺伝子がわかっていたらできるということです。遺伝子組換え作物では、最終製品に外来遺伝子は残りますというか、残します。ゲノム編集のほうは残らないというか、残せないです。
    サイエンスカフェ会場の様子

    陽射しはもう早春の明るさでした

  • 突然変異でできる作物とゲノム編集でできる作物はほとんど同じですけれども、前者は偶然変化したものを利用し、後者は特定の遺伝子を狙って必要な部分だけを変えます。従来の育種との比較では、突然変異を利用する方法は伝統的育種法の1つとして長年利用されていて、ゲノム編集でできる作物は科学的には従来育種と同等のものです。突然変異利用の作物は外来遺伝子は使いませんので残りません。
  • 環境影響などの安全性評価について

      環境影響については、外来遺伝子の残存についてそのリスクはあるのか、今まで経験のないような新しいケースをターゲットにできるのか、新規の形質の環境影響はあるのかなどの課題が考えられます。これについては、ゲノム編集によって開発された品種は、今までの育種法で生産された品種と最終産物として変わらないので、特殊な規制をするべきではないというのが、私の考え方です(スライド46)。

      • ただ、規制については、規制は研究をやめさせるためのものではなく、進歩する科学技術を正しく活かして有効に利用する最善の道を見出すためのものであってほしいということです。遺伝子組換えについては、バイオセイフティに関するカルタヘナ議定書という国際的ルールがあって、生物多様性条約の中で決められている法律で縛られています(スライド48)。
      • カルタヘナ法に基づいて、実験室等での試験2年、隔離圃場試験3年、一般圃場試験2年というものがあって、先ほど出てきたフェーズ3が隔離圃場試験、フェーズ4が一般圃場試験に相当します(スライド49)。隔離圃場へ出すところからずっと審査は始まります。隔離圃場で栽培して良いかどうかも審査をした上で、閉鎖系の圃場でつくります。それが承認されれば次に一般圃場で試験をします。このような段階を経ています。
      • カルタヘナ法での遺伝子組換え作物の環境影響評価の項目では、生態系への影響、野生種との交雑がないか、有害物質をつくらないかなどをチェックしながら評価をしています(スライド50)。

    食品としての安全性評価の考え方

      遺伝子組換え食品については、同等性とファミリアリティという指導原理があります。今までの食品と同じであるかどうかをきちっと判断します。遺伝子組換え生物の環境影響については、ファミリアリティ、すなわち類似性といいますか、既知の親生物と大きく離れていないかどうかを判断基準にしています(スライド51)。

      • 安全性評価も、1)安全な食経験があるか、2)導入される遺伝子およびその産物に有害性はないか、3)それによって非意図的な変化が生じていないか、これらを全部見た上で許可されます。例えば、除草剤耐性のものが入ると、その関与する遺伝子とタンパク質について毒性を調べます。それ以外の性質、含有量について非意図的な変化がないか、水分、灰分、タンパク質、脂質等々が変わっていないか全部を調べます。それに加えて環境影響の評価も判断して許可をしています(スライド52、53)。
      • 先ほどご質問のあった遺伝子組換えとゲノム編集技術というのは、技術としてちょうどグレーゾーンなんです(スライド54)。明確に線を引くとすれば、特定の箇所に種外から特定の遺伝子を入れたら遺伝子組換えになり、カルタヘナ法の規制対象に入ります。でも、その作物自身の変異を入れただけならカルタヘナ法の規制対象外となります。遺伝子組換えではないという判断になるということですね。
    関崎

    ゲノム編集でも、中には遺伝子組換えの中に入るものもあるということですね。

    大澤

    先日法律で出たのは、(スライド55)、カルタヘナ法上の取扱い方針です。

      • 宿主に細胞外から加工した核酸を入れたか入れないか。入れた場合には、入れた核酸またはその副産物が残存するかどうか、残存しなければ遺伝子組換えとの判断はしません。残っていたら、それは遺伝子組換えとして規制対象とするということです。野放しで「ゲノム編集だから、遺伝子組換えではない」とは言っていないんですね。段階を踏んで分別しましょうという方針です。
      • トレーサビリティと表示の必要性について、北海道大学の石井哲也先生は著書で「環境に影響しうる形質が付与されたものに規制が必要とされた場合」「トレーサビリティと表示の問題」だと言われていますが、普通の育種であるならばそれは必要なかろうというのが私の考え方です(スライド56)。本当に環境リスクが高いようなものを出すとしたら、トレーサビリティどころではなく、それは出してはいけないものです。ただ、出したがる人が世の中にいるかもしれない。それをどうするかは問題です。やろうと思ったらできないことはないからです。
      • トレーサビリティのために、特定のところにこれはゲノム編集をしたものだという証拠となる遺伝子を入れましょうとも石井先生は書かれています。それをした途端、GMになってしまうので、それはあまり良い方法ではないと考えます。遺伝子組換えでないものを遺伝子組換え作物にしてしまうのはなぜなのか、また普通の育種にも表示が必要かという疑問が生じます。「このイネは突然変異育種法により生じた遺伝子変異を利用して交雑育種法と戻し交雑育種法を駆使して育成されています」と書かなくてはいけないということでしょうかと。そう考えると、表示もただやればいいということではない。どういうものに表示が必要で、どういうものでは不要か、これはまだ議論が進んでいないので、これからの宿題になっています。
    関崎

    そのトレーサビリティというのはどのようにしてやることになるのか、ちょっとわかりません。家畜の世界では、肉牛など1頭ずつ耳に番号がわかるタグを付けていて、どこでどう飼われたかがわかるようになっています。スーパーなどでも国産牛肉は十何桁かの数字があって、その数字で検索すれば「宮崎で生まれて」「栃木で育って」等々調べられます。野菜の場合は葉っぱに札をつけるわけにいかないと思いますが、どのようにするのですか。

    大澤

    トレーサビリティという言葉も、幾通りかの使われ方をしていますね。

      • 例えば「生産者の顔が見える」というのもトレーサビリティです。「私がつくりました」という表示をスーパーなどの野菜で見かけますが、これも立派なトレーサビリティです。また、最近大手流通で使っているQRコードは、読み取って検索するとどこで誰がつくって、どういうふうに運ばれてきたかわかるようになっています。これもトレーサビリティです。
      • しかし、今ここで話題にしているのはどういう技術を使って生産したかわかるようにという意味の「技術のトレーサビリティ」ですね。これこれの技術を使ったことがわかるようにしてほしいという時に、例えば遺伝子組換えにおいてはすでにつくることが決まっているので、それで良いだろうと。ゲノム編集の場合、その中でも遺伝子組換えに入ってしまうものは、今までの遺伝子組換えのやり方で進められます。
      • その中に入らないものについて、必要なのかについては、私は、従来の育種で言っているように、「これは品種Aと品種Bを交雑してできた後代からこういう選抜をしてできました」と書けばよいと考えています。本当に知りたければ品種登録がされているので、品種登録を閲覧すれば何々の交雑を誰がいつやって、いつ穫れたというのがわかるので、表示については従来の方法で十分だと思っています。
    参加者

    CRISPR/Cas9にしても、それを使った育種についても、特許で押さえられて、大手の種メーカーに囲い込まれて、ビジネス上では自分たちは何もできないのでしょうか。

    大澤

    ゲノム編集に関しての特許が誰のものになるのかについては係争中ですけれども、最終的にはたぶん特許がかかります。でもそれを独占する意味はまったくないので、いくらでそれを使わせるかという話になってくると思います。

      • 独占してしまって、例えば、モンサントからかわったバイエルが世界中の野菜やコメをつくれるかと言ったらつくらないですね。ものすごく小規模なので。
      • 種子の値段はというと、すごく安いんです。でき上がっているトマトはすごく高いですけど、トマトの種1個の値段は何十円もしないんです。そこで儲けるためには薄利多売の方法になります。ダイズやトウモロコシなど種子をそのまま食べられるものは、種子も数を使うので薄利多売に向いているんです。
      • コメについては、日本のコメの複雑さにはとても対応できないというのが、外資系種苗会社の今の言い分ですね。
    参加者

    では、種子ができないものをつくり出せれば独占することができるんですね。

    大澤

    そうは言っても、穀物は種子を食べるものですから、種子がない品種というのはなかなか難しいでしょうね。

    参加者

    ゲノム編集についてはいつも開発側の立場からの話題提供が多くて、筋が通っていて、先ほどの石井先生のような方のお話が出てくるのかと思うんですが、レギュラトリーサイエンスでは国立衛生研究所のような立場の方がある程度客観的に見繕うという形のほうが筋がいいのではないかと思うんですが。

    大澤

    先ほど話を飛ばしましたが、食品の安全については国立衛生研究所等の専門家が携わっています。私が関わっている環境影響の方面はまた別で、環境省が所管するところなので、これについては生態学の先生などが関わっています。そういった意味ではバランスは取れていますけれども、食品と環境という異なる分野の間でいつもやり取りしているかは別問題です。それについては縦社会になっています。でも、おっしゃるとおりで、その第三者の信頼性をどう担保するかというのがすごく大事になってきます。

    参加者

    遺伝子組換えの作物に対して、家畜等への影響があるという理由でヨーロッパでは否定的な見方があるようですが。

    大澤

    それは違うと思います。ヨーロッパで否定的になっているのは多分に政治的な面もあって、自国の作物生産を遺伝子組換え作物の輸入から守るという意味合いもあります。ヨーロッパも遺伝子組換え作物は輸入はしています。でも自国では栽培させないという方針をECは採っています。だからといってECが遺伝子組換え作物に反対しているということではありませんが、反対している人はいます。

    関崎

    遺伝子組換え食品と聞くと「嫌い」という話が多いし、世界中の人が嫌いかもしれません。

    大澤

    まあ、大好きという人はあまりいませんね。

    参加者

    ゲノム編集をするにはそのもののゲノム情報が全部解明されていなければいけないということだったんですが、世界中で普通に食べられている農作物のゲノム情報はもう全部わかっているのですか。

    大澤

    もちろん、全然まだわかっていません。わかっているものをやっています。研究者や開発者の若干いけないところですが、わかったものについてやっているのに、研究者は「全部いける」と言ってしまうことですね。Aができたから、BもCもできるというように言ってしまうことはあるかもしれません。

      • イネでわかっていても、コムギではわからないことがあります。どういう遺伝子配列になっているかイネはもう20年前にわかっています。コムギはたぶん100年後だろうと言われていました。というのは、イネのゲノムサイズが手こぎボートくらいだとすると、コムギのゲノム情報は航空母艦くらいあるんです。だから全部解読するのはとてもじゃないけど無理だと言われていたんです。
      • そう思っていたら、2018年夏にコムギゲノムの塩基配列解読完了のニュースが出たので、僕らもものすごく驚きました。自分が生きている間は無理だろうと思っていたのが「読めました」というのですから、それほど解読のスピードが速かったんですね。
      • 会場の様子の写真

        サイエンスカフェ 40回目となりました

      • ゲノム情報がわかっているのはまだ主要な作物だけです。われわれ研究者の実験材料で言えば、わかっているのはイネ、トウモロコシ、ダイズ、トマト、メロンなどです。私が専門としているソバのゲノム情報については、だれも探してくれないので懸命に自分で探していますが、世界中に問い合わせると、ソバを探してどうするのかと言われます。それぐらい、研究者が少ないあるいは産業として規模の小さい作物のゲノムはわかっていません。この分野はまだまだわからないことがあって、それだけにホットな研究領域であると言えます。
      • (完)

    ——————–
    (注1)本文中の内容は第40回サイエンスカフェ開催時点(2019年2月7日)のものです。
    (注2)ゲノム編集技術を用いた食品等の取扱いについては、農林水産省、厚生労働省、環境省等の各省庁ホームページに詳しい議論の経緯や内容が掲載されていますのでご参照ください。

    日時:2019年10月10日(木)13:10-17:20
    会場:東京大学農学部弥生講堂一条ホール

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